橘ありす「人生の墓場へようこそ」
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11:名無しNIPPER[saga]
2018/06/05(火) 14:21:12.46 ID:7FWENaXv0
   《モバP「二人きりの事務所」》



 ◇

図体だけ大人になったような。
そんな言葉を仲のいい同業者や親類にたまに掛けられることがある。
無論、咎める意味でだ。

言外に「大人になれよ」と言われていることは分かっているのだが、残念ながら未だ割り切ることが出来ていない気がする。
多分、要領が悪いのだ。
やるべきことは分かっているのに、気が進まないとか、やりたくないというか、そんな感じ。

そう、まるきり夏休みの宿題を投げ出す子供の理論だ。

だけれど、変わらなければいけない時は、きっとすぐそこに来ていた。



それは、枯れ葉が散るようにゆっくりと灯を小さくしていた。
かつてつむじ風のように世間を駆け抜けていった女の子は、世間から姿を消そうとしている。



幾つかの幸運と沢山の必然の元、くるくると。
廻り続けて、少なくない人々の目を惹き続けた女の子は至極あっさりと引退を決めた。



ピクリとも手ごたえを感じない時期もあり、目が回る忙しさにコネを使って信用出来るヘルプ要因を希《こいねが》うハメになった時もある。

この事務所には二人しかいない。
まぁ、自分に出来ない手続きとか外の人に任せてることもあるけど……。

つまりはなにがあっても、唯一の大人である、俺の責任。
そして、俺は結局、最後まで彼女一人で手一杯であった。

本当ならば、この頃には新たなアイドルを抱えて、育成に専念していなければいけないのだろう。

だけれど、まぁ。
結局のところ、どこまでいっても「大人になれよ」ということなのだろう。

どうにも俺は、情が移りすぎるというか、向いていないようで。
そういう気にもなれなかった。
資質のなさが、致命的にもほどがある。

なまじ滅茶苦茶スケールダウンしたスネオくんみたいな恵まれた環境と少しばかりの良縁に恵まれたばかりに半端に上手くいってしまった。
というか、本当の意味で上手くやったのはありすの方なのだろうが。

忙しいながらにも。

学生としての橘ありすの時間も。
アイドルとしての橘ありすとしての時間も。

どちらも損なうことなくまっとうしつつある。

だからこそだろう。

「しっかり準備はしてるから」

どうせ切り替えられないのならば、最後の最後まで全力で力を尽くそう。
そう俺に思わせるのは彼女の人徳なのだろう。

「そっ、そうですか」

ありすは、少しだけ照れたように俺から視線を逸らした。
そして、手持ち無沙汰なのかこつ、こつ、とシャープペンシルの尻でテキストを優しく叩いた。

「期待、しちゃいますね?」

再びこちらに光を浴びた硝子玉のような綺麗な瞳が向けられる。
頬にうっすらと紅色を湛えて、久しく見ていないような子供の笑みを浮かべた女の子。

俺は静かに頷いた。
その表情にどこか懐かしいものを感じながら。


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