【バンドリ】氷川日菜「あまざらしなおねーちゃん」
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31:名無しNIPPER[sage]
2018/03/01(木) 08:58:19.03 ID:ueeqel/10
2月10日
ついに退院となり、私は安寧の場所から追放された。
怖かった。人の目が怖い。
それらから逃れるために、日菜に帽子を持ってきてくれないかと頼んだ。何か詮索をされたりするかと思ったが、日菜はあっさりと「分かった」とだけ言って、帽子を用意してくれた。
それに対してまた私は分からなくなる。
病院からの家路、最も恐れていた事態が起こった。私の知らない私を知る人との遭遇だ。
私はただ身が竦んでどうすることも出来なかった。今すぐにその場から走って逃げだしたい、でも体に力が入らない。
そんな私の手を取って走り出したのが日菜だった。出くわした人物に対して一言謝ると、一目散に走ってその場をあとにした。
それに少し助けられたが、より私は分からなくなってしまう。
本当にあなたは日菜なの?
周りに対する気遣いが出来て、その場その場で人のことを考えた行動をとれる。そんな日菜は知らない。私の中の日菜と目の前にいた日菜のギャップが大きすぎて混乱する。
また、日菜は「まさかつぐちゃんと出会うとは」といったようなことを呟いていた。
つぐちゃん。呼び方から考えるに、私のスマートフォンにも連絡先が入っている「羽沢つぐみ」という人物だろう。
何故その人物と出くわすのがまずかったのか。彼女は私にとって何か大きな意味を持つ人物だったのだろうか。
メッセージアプリには彼女とのトーク履歴もある。だがそれは怖くて見れない。見ればきっと私はまた私に否定されるのだ。
同じ理由でギターも見たくなかった。ロゼリアでもいつも使っていたというエレキギターは、まさに私じゃない私の権化といってもよかった。
日菜に連れられて家に着くと、まずは私はそのギターを見えない場所に……押し入れに入れた。その際、買ってから数えるほどしか弾いていない、少し埃かぶったアコースティックギターを見つけた。
なんとはなしにそれを手にして、コードを押さえて弾いてみる。しばらく放置されていたからだろう、狂った調律はまるででたらめな不協和音を奏でた。
私はそれにひどく安心した。
ああ、このギターは私と同じなんだ。
いつかの私に忘れられ、調律もおかしくなり、狂った音を奏でる。そうだ、まさに今の私にふさわしいギターだ。
何もかも分からない世界で唯一の理解者……いや、知った顔に出会えた。そんな気持ちだ。
チューニングをしてから、1曲、確か2か月前くらいに発売された、たまに聞くアーティストの曲を奏でる。
在りし日の幻影を ハンガーにぶら下げて 多情な少年は出がけに人影を見る
去りゆくものに外套を着せて 見送る先は風ばかり
かじかむ指先でドアを開けて 未練を置き去りにして街に出る
繁華街で馴染みの顔と 音のしない笑い声 喧騒が静寂
楽しいと喜びが反比例しだして 意識の四隅に沈殿する
小さな後悔ばかりを うんざりする程看取り続けて
一人の部屋に帰る頃 どうでもいい落日が
こんな情緒をかき混ぜるから 見えざるものが見えてくる
幽霊 夕暮れ 留守電 がらんどうの部屋
曲の半分以上は朗読のポエトリーソングだ。
表題曲ではなかったが、きっと今の私にふさわしい。
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