萩原雪歩「ココロをつたえる場所」
1- 20
22: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 21:10:51.90 ID:bbgcA4Fi0



 ――最近、チヅルとモモコがよそよそしい。
 がたんがたんと揺れる電車の中で、ロコはそう思っていた。レッスンの合間に挟まっていたお仕事を終えて、これで残りはあと少し。もうすぐレッスンに専念できるようになるというのに、それとはまた別の不安を抱えてロコは一人で劇場へ帰っていた。プロデューサーは他のアイドルのお仕事のためとかで、直接車を回して次の現場へ向かっている。

 ロコの中で根を張って、芽を出し始めているこの感覚は、いつか千鶴の様子がおかしくなった時と同じものだ。最近の彼女は少し落ち着いてきて、いつもの頼れる千鶴に戻ったようにも思える。だけど、ロコに対する態度のぎこちなさだけは変わっていなかった。
 桃子は……わからない。千鶴と同じように、前触れなく変わってしまった。口論になったわけでもないし、仲良くはまだできていないかもしれないけど、普通に話せていたはずなのに。
 ……あるいは、そう。この前の通し練習で思い切りやらかしてしまったから、愛想をつかされたとか? 想像するだけでぞっとして、頭を大きく振った。
 考えを止めて窓の外の景色を眺める。電車の窓と席の配置は、座りながら外を眺めようと思うと少し不親切だ。無理やりに身体をねじらないといけない。ちょっとつらい姿勢になってまで見えたのは、知らない街並みが記憶にとどめる間もなく流れていく光景だけだった。

 気を紛らわすには面白みの薄い車窓から目を離して、またとりとめのないもの思いにふけってしまう。二人とも何かを知られたくないみたいだと感じた。それは、ロコの持つ感情と真逆のものだった。
 伝えたいのに、伝えきれない。何をしようとしてもついて回る感覚だった。アートを通じてしか満たされることのないロコの渇望だった。伝わればきっと認めてもらえるのに、なんて、そんなのはただの自惚れだってわかってるけど。
 桃子に普段使っているカタカナ語を教えようとしたことがある。ひとつひとつの単語の意味を日本語にして、それだけのことだと思っていたけど、それは大きな間違いだった。
 説明するたびに自分がその言葉を使っているときのニュアンスとズレが生まれていくのだ。誰のものでもないロコの感情が、どこにでもあるものになってしまうようで怖かった。桃子がその、正しく伝えられていると思えない説明に納得していたことも、恐怖をより大きくした。
 結局、カタカナ語を教えるという約束は一度限りで途絶えている。今の桃子にそれを持ち掛けても受け入れてくれるか分からないし、そもそもロコ自身がこの行為を続けたいと思えなくなっていた。

 最近、ふと気づいたときに両手が虚空を動いているときがある。無意識のうちに、アートを作るように何もない場所を行ったり来たりと……まるで禁断症状だ。
 アートに熱心になりすぎることで迷惑をかけてしまったから。アートがなくても大丈夫だって背中を押してくれた人がいたから。だから、ロコはアートを捨てる決意ができたというのに。
 行き詰ったわけでもなく、作り足りないアートを捨てたのは初めてだった。思い出すたびにかぶりを振って思考の外へ追い出そうとしている。それでもまた、ふとしたときにロコの指先は何もない場所にその続きを作り出そうとするのだ。
 アートを作りたい。アートを作りたい。まるで呪いみたいだ。

「……はぁ…………」

 大きなため息が出た。誰かと話せば気も紛れるだろうか、と思い立って今日のスケジュールを確認してみる。劇場に帰って来れる頃には、雪歩が空き時間であることが分かった。
 千鶴や桃子は更にもう少ししないと時間が空かないらしい。少し安心してしまったことに、ロコの胸はじくじくと重く痛んだ。

『ユキホ、今劇場にいますか?』

 期待して不在だったなんてオチがついたら切ないからと、メッセージだけ送ってみる。返事が来るのは、あともう一つ電車を乗り継いだ後かな。ロコは降りる予定の駅名がアナウンスされたことに気付いて、席を立った。偏った暖房のおかげで、ふくらはぎの辺りだけやけに暖かかった。



<<前のレス[*]次のレス[#]>>
32Res/90.12 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 書[5] 板[3] 1-[1] l20




VIPサービス増築中!
携帯うpろだ|隙間うpろだ
Powered By VIPservice