( ^ω^)戦車道史秘話ヒストリア!のようです
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47: ◆vVnRDWXUNzh3[sage saga]
2017/12/10(日) 23:39:29.79 ID:zT+bY6RE0
( ^ω^)「ヨーロッパがキリスト教内の壮絶な宗派間対立もあって常に紛争の火種が転がっていたのに対し、日本は島国である特性を生かして徹底的にキリスト教を排除できたのも大きいおね。
ともあれ、幕府の支援を受けながら“スポーツ”としての女流鉄砲術は少しずつ全国に広まっていくお。同時に、当初は美濃・岐阜流が大半を占めた武術としての【型】に地方ごとの、そして流派ごとの特色が生まれだしたのもこの頃から。
街道整備が進んだ19世紀中頃には、他地域との交流や大手流派の地方巡業も盛んに行われていたお。『東海道五十三次』で有名な歌川広重の描いた、『百田流砲術百中之絵』は国立美術館に現存してるから興味がある人は見に行って欲しいお」
おりょう「浮世絵の大家にこんなこと言うのもあれだけどタイトルまんますぎぜよ広重さん」
典子「ねえ隊長、西住流のことを描いた浮世絵もあったりするの!?」
みほ「うーん……甲冑とか古い書物は本家の倉庫に一杯あったけど……」
( ^ω^)「まぁ、あっても不思議じゃないおね。
………さて、長きにわたり独自の発展を遂げてきた女流鉄砲術。でも、あえて言葉を選ばずに言うなら、本質はやはり“戦争に使う”技術。
太平の 眠りを覚ます 上喜撰────“ある国”との接触によって、日本は再び動乱の時代を迎える。同時に女流鉄砲術………この時はもう“砲術道”と呼ばれるようになっていた戦車道の礎もまた、眠りから覚め戦場で今一度振るわれようとしていたお」
( ^ω^)「そして皆さん、今日のその時が、やって参ります(松平定知風)」
紗希「……ヒストリアじゃなかったのかよ」ボソッ
優季「紗希ちゃん!?」
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