モバP「藤原肇とおちょこがふたつ」
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6:名無しNIPPER[saga]
2017/12/01(金) 20:32:15.45 ID:n8reEq6Z0

うちの事務所のアイドルに限ってはそんなことはなかったが、
ほかの事務所となるとてんでだめで、肇自身がおとなしい性格であることもあいまって、
あれよあれよという間に彼女らのターゲットにされてしまった。

「調子のってんじゃないの?」

女性同士の諍いというものは、男性の想像をはるかに超えて陰湿なものである。
自己顕示欲の強いアイドルの世界ならなおさらといえよう。
旧態依然の芸歴による上下関係がものを言うような業界なのだから無理もない。

肇はあの通り我慢強く、滅多なことでは弱音を吐かない人間なので、
俺の前でその事実を打ち明けるようなことはなく、またおくびにも出さなかった。
全く気づかなかった俺も愚鈍、救いようのない馬鹿であったといえよう。

しばらくして彼女は弱々しい声音でぽつりと打ち明けてきた。

「私、岡山に戻ろうと思います」

稲妻。落雷に打たれたような気持ちだった。俺は言葉を失った。
なぜ? どうして? 俺は必死になって理由を問いただした。

「祖父の強い要請もあって、その、やはり陶芸の道に進もうと……」

プロデューサーさんにはなんと言ったらいいか、今までずっとお世話になってきたのにこうした形で裏切ることになってしまってすみません。
でも、本当に貴重な体験をさせてもらいました。そのことについては感謝の言葉もありません。
本当に、本当にありがとうございました。

と、彼女は続けた。"祖父"という言葉に少しとげがあった。
今考えると肇のおじいちゃんはすべてを察していて、
孫がそんな仕打ちを受けるのに絶えきれなかったから無理矢理に彼女を呼び戻したのだと思う。
そうでもしないと肇はずっと我慢し続けてしまうから。

そんなことは露も知らない俺にとっては全くの寝耳に水で、肇の台詞は何ひとつ聞こえちゃいなかった。
ただ彼女の意思だけは尊重すべきだと思ったので、慰留することもなく最終的には契約を打ち切ることにした。

真相が判明したのは彼女が岡山に帰省してしばらく経ってからだった。

他事務所のアイドルの悪辣な所行に、卑怯で陰険なむごいやり口に、俺は十手も百手も遅れて気づくことになった。
その事務所の野郎たち(アイドルたち)は、俺がほうぼうに声をかけてしかるべき"対処"をしてやった。
彼らはもはや一生表の舞台にあがることはないだろう。

しかし俺の胸中にはぽっかりと空いたむなしさだけが残った。

後悔ばかりがいつまでも尾を引いていた。
何で気づかなかったんだろう。あんなに一緒にいたのに、ライブだってやったのに。
釣りにだって出かけたのに。なんで肇の悩み苦しみに気づいてやれなかったんだろう。

肇に対する無理解。無力感。
確かな未練がそこにはあった。




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