148: ◆EpvVHyg9JE[saga]
2018/03/01(木) 21:54:31.62 ID:52ocKMZs0
ふと、妹が魔女に本を差し出した。
勇者の妹「この本、魔女先生に謹呈します」
魔女「ボクに? 嬉しいけど、気持ちだけ受け取るよ。それは貴重な初版本だ。作者であるキミが持っていた方がいい」
勇者の妹「……」
魔女「他に理由があるなら、話は別だよ?」
勇者の妹「お兄ちゃんに読み聞かせて頂ければと……」
魔女「読み聞かせ」
勇者の妹「すみません、先生もお忙しいのに、勝手を言ってしまって」
魔女「そっか。お兄さん、長文に弱いんだっけ? うん、じゃあボクに任せて。バルフに戻ったら、定期的に勇者君のもとを訪ねるから」
妹の頬に赤みが差した。
暖かい春の日差しのような微笑みを浮かべてお辞儀する。
勇者の妹「……ッ! ありがとうございます!」
魔女「ふふふ、大事な教え子の頼みは断れないよ」
勇者の妹「あの……魔女先生。お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします。お兄ちゃん、ああ見えて結構ドジだから……」
魔女「そんなに心配? 大丈夫。神様が見込んだ勇者の器だ。キミが憂えているほど、彼はヤワじゃない。そばに軍師君もいるしね」
勇者の妹「でも……先生には分かりますか? 命よりも大切な人が、手の届かない場所にいる辛さ」
勇者の妹「今日だって朝からずっとお兄ちゃんのことばかり考えてて、ちっとも仕事に手がつかなくて……」
勇者の妹「お兄ちゃんに、逢いたい……」
彼女は細い両腕で肩を抱くと、その場にうずくまった。
魔女「自分の命よりも大切な人か」
そんな人間が、今までにいただろうか。
魔女は過去に思いを巡らせてみたが、誰一人思い浮かばなかった。
浮かんだとしても、顔の部分が黒く塗りつぶされているのだ。
共に旅をした先代勇者も、戦士も、僧侶も大事な仲間ではあったが、彼らのために命を張れるかというと、それはまた別問題だった。
遠くで夕餉を知らせる鐘の音が鳴った。
魔女「行こう。夕餉の時間だ。勇者君は、ボクが責任をもって預かる。だからキミは、安心して執筆活動に専念してくれたまえ」
256Res/223.00 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20