147: ◆EpvVHyg9JE[saga]
2018/02/28(水) 23:11:39.63 ID:6HyhX3Ea0
夕食までの間、魔女はぶらぶらと屋敷を散歩することにした。
ここには何でもある。
何十年分の食料を溜める貯蔵庫、押収した武具をしまう武器庫、守兵を訓練する練兵場、新たな武器を生み出す鍛冶場、治癒魔法では治せない病に有効な薬を処方する施薬所、良質な酒を造る果樹園と醸造所。
一日では到底回りきれない。
魔女「ここまでくると、町と言っても差し支えないよね」
魔女「専門的な施設があって、住み込みで働いている人がいて。彼らを守る兵がいて……大富豪はどれだけの人数を養っているんだろう」
建物と建物を繋ぐ渡り廊下。
盆を持った侍女達が、せわしなく行ったり来たりを繰り返している。
暮れなずむ藍色の空に、トビの澄んだ声が響く。
やけに寂しげであった。
魔女「やぁ、元気かい?」
青々と茂った葡萄棚の下で、一人の少女が本を読んでいた。
魔女が声をかけても応じない。食い入るように読みふけっている。
物語にのめり込むあまり、周囲の音が聞こえないようだ。
魔女「おーい」
勇者の妹「あ……魔女先生。ごめんなさい、あたし、気づいてなくて」
魔女「構わないよ。ボクも今日いきなり押しかけたんだし。キミが読んでいるその本、ひょっとして……」
勇者の妹「例の風刺小説です。試しにと大富豪さんが一部だけ製本して下さったんです」
魔女「いい本だ。中綴じが麻の紐できっちり施されているし、何より表紙の手触りがいい。絹でできているのかい?」
勇者の妹「いえ、ヤギの革です」
魔女「なるほど、ヤギか。毛も脂もない。すべすべしている。ヤギも職人の手にかかれば、こうも変わるものなんだなぁ」
勇者の妹「……不思議な気分ですね。書いた小説が本になるって。表紙に刻まれたあたしの名前が、まるで知らない作家さんの名前のように見えるんです」
魔女「けれど、その物語はキミが書いた」
勇者の妹「そうですね……だからちょっぴり嬉しいのかな。お兄ちゃんも、喜んでくれるかな……」
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