141: ◆EpvVHyg9JE[saga]
2018/02/24(土) 18:47:24.26 ID:w1egUsIT0
大富豪「間諜から話は聞いている。無事にバルフを奪取できたそうだな。峻険な山々で王都からの侵攻を防ぎ、アムダリヤ川を運河に利用すれば周辺都市との交易も盛んになる。よい位置だ」
魔女「ところで、キミが手に持ってる……その板は何だい?」
大富豪「大唐国の商人から仕入れた版木だ。手で書き写すのは時間も労力もかかる。はっきり言って効率が悪い。そこで、木版印刷なるものに着手してみようと思ってな。急遽、取り寄せた」
魔女「木版印刷。ふむふむ、耳慣れない響きだね」
大富豪「大半の人間はお前と同じ反応を示すだろう。私もそうだった。生まれて初めて、自分の目を疑ったよ」
訥々と喋りながら、大富豪は版木の彫られていない部分を墨で黒く塗っていく。
塗り終わった後、紙を上からかぶせ、馬楝でごしごしと押さえつけるようにこすった。
大富豪「これだけだ。見てみろ」
紙には大きく『アリガトウ』の文字。
トの部分だけかすれて見えにくくなっているが、それでも読むことは可能だ。
写本では何十分もかかる作業を、一回こすっただけで終わらせてしまった。
魔女「すごい……」
魔女は子供のように目を輝かせながらはしゃいだ。
魔女「これがあれば、いくらでも妹さんの小説を刷ることができるじゃないか! 素直に尊敬するよ」
大富豪「ゆくゆくは文字だけでなく、色のついた挿絵なども刷ろうと考えている。腕利きの絵師を雇ってな」
魔女「あっはっは! いやぁ、すごいね。これに挿絵までついたら、飛ぶように売れること間違いなしだ。内容も分かりやすくなるし」
大富豪「だが、課題も多い。その一つに、摩耗の少ない良質な樹を見つけることがある。今回の製版、トの文字が潰れているだろう。何回も使い続けた結果、木版が擦り減ってしまったのだ」
大富豪「各地の豪族と連携し見合った樹を探してはいるが、未だに思い通りの品は届いていない。数日使うと、文字が潰れてしまう」
魔女「まだギリギリ読めると思うけど……」
大富豪「読めるから大丈夫、ではいけない。これは商売であり、一種の戦でもある。常に最良の物を求め続けるからこそ、競争相手に打ち克つことができるのだ。妥協は罪と思え」
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