139: ◆EpvVHyg9JE[saga]
2018/02/23(金) 21:02:54.05 ID:NkOD371y0
目覚めた頃には、荷車の揺れは収まっていた。
穢れもない、喧騒もない、神殿のごとく静謐な空間だった。
竹の葉の隙間から漏れた暖かな日差しが、荷車を優しく包み込む。
奥に、柴垣が見えた。
魔女「着いたみたいだね。ご苦労さん」
長机「……」
大富豪の屋敷は柴垣と土の塀、二重に囲われている。
敵の侵入を防ぐ目的もあるが、最大の理由は目立たないようにするためだった。
真っ赤な唐風の門を構える屋敷とはいえ、高い柴垣で囲んでしまえば外からまったく目につかなくなるのだ。
門をくぐる。
三人の従者が駆けつけてきた。
一人は魔女が履いている氷の靴を脱がせ、もう一人は布で服の汚れを落とし、最後の一人は長机を厩の方へと連れていった。
人語を理解しようが、無機物は無機物。
家畜となんら変わらない扱いなのである。
従者A「妹御様は中庭におられます」
魔女「勇者君の妹さん? ああ、数日前に行くとか言っていたなぁ。後で挨拶しとくよ。まずは大富豪のところへ案内してくれ」
従者A「かしこまりました」
現在、勇者陣営の者を匿う上で、安全な場所といえば大富豪の屋敷である。
彼は莫大な資産とカリスマ性によって、王都に住む貴族や王族の人心を悉く掌握してきた。
国王を茶会に招いたことさえあるという。
先代勇者が消えた今、大富豪は貴族から最も信頼されている男と断言できる。
八畳ほどの部屋に通された。
東西から取り寄せた骨董品が、所狭しと並べられている。
その中央に、牡丹柄の唐衣を羽織った男がいた。
下に垂れた長い髪をすくおうともせず、木製の平板に目をやっている。
魔女が呼びかけると、ようやく顔を上げた。
大富豪「魔女か。すぐに茶を出そう。それとも酒がいいか?」
魔女「また来ちゃった……てへへ」
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