79:名無しNIPPER[saga]
2018/02/01(木) 20:03:13.58 ID:RpEvvejf0
『……直接的な一番の切っ掛けは、クウェート事件ということになるんだろうけどね』
「クウェート事件、ですか?」
テッサは出来る限り平坦な声になるように努めながら、相手の言葉をオウム返しに繰り返した。だが、その心中は穏やかとは言い難い。
クウェート事件。クウェート北部で発生した、広島・長崎に続く人類史上3度目の対人核使用。
それに用いられた電磁迷彩の基礎技術は、他でもない。自分と兄が子供の戯れに造り上げたものだった。
『君たちに説明するのは、釈迦に説法というものだろうけどね。十万人以上の命を奪った核攻撃。
ECS搭載型のミサイルは、どこから、誰が、何の為に発射したのかを掴ませなかった。
中東がいまだにごたごたを続けている理由でもある』
そして、とヘクマティアルは続けた。
『その数日前に、私は本部から初めての仕事として、ある荷物の運搬を任されていたんだ。
中身は機密。取引相手の素性もフェイクだった。とにかく目立たず極秘裏に運べと言う指示でね』
「……まさか」
『そうさ。後で調べてみて分かったよ。クウェート事件で使用された、謎の核ミサイル――あれに搭載されたECSは、私が運ばされたものだった』
一瞬で10万人以上の人命を奪った最悪の禍事に加担してしまった。間違いなく彼女が売った武器の中で最大の被害をもたらした。
それが、ココ・ヘクマティアルの原点だ。そしてそれは、テレサ・テスタロッサの原点と同種のものでもある。
(ココ・ヘクマティアルは、わたしと同じ――同じ罪悪感に苛まれている。この重さを、知っている)
共有できる者などいないと思っていたこの枷の感触を知っている者が、目の前にいる。
思わず、テッサは唇を噛み締めた。でなければ、震えた声を漏らしてしまいそうだった。
その震えは何に起因するものか。同胞を見つけることの出来た歓喜か、心の内を吐露しそうになる恐怖か、果てまた――
『……さて、値踏みはこのくらいでいいだろう。寒空の下で待つのも辛い。そろそろ合否通知をくれたまえ』
そして響いた、ヘクマティアルの声に。
テッサは全身から力を抜いた。小さな真珠色の歯を、突き立てていた唇から離す。幸い、血の味はしなかった。
「……そうですね。分かりました」
モニターに向けて微笑みを浮かべた。妖精のような、儚く可憐な微笑。向こうには伝わらないだろうが、浮かべるべきはこの表情だと思った。
その笑みを浮かべながら、ミスリル西太平洋戦隊<トゥアハー・デ・ダナン>の艦長は。
「――謹んでお断り申し上げます、武器商人」
きっぱりと、拒絶の文言を読み上げた。
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