77:名無しNIPPER[saga]
2018/01/31(水) 22:25:40.51 ID:cq3YeS910
◇◇◇
<デ・ダナン>の発令所には、ざわめきが広がっていた。
無理もない。武器商人の言葉は滅茶苦茶だ。世界平和? 戦争をなくす? 10にも満たない私兵を持つだけの武器商人が?
性質(たち)の悪い冗談だ。そう言って切り捨てるべきものだろう。
――そう、本来ならそうやって切り捨てられるものの筈だ。笑い話。与太話。その一言で済む戯言に過ぎない。
それでも発令所の空気が落ち着かないのは、ココ・ヘクマティアルの言葉に自信が漲っていることを全員が感じているからだ。
カリスマ、というものがある。それは人を惹きつける才能だ。
ヘクマティアルはそれを持っている。彼女の言葉を、荒唐無稽なはずのそれを、だが一笑に付すことが出来なくさせる力。
(そう……きっと、彼女はやる。嘘や誤魔化しじゃない。本当に、その為の手段を用意している)
モニターを見る。アーバレストのコックピット内カメラ。相良宗介を押しのけて、今は女武器商人の顔がアップで映っている。
ヘクマティアルは危険だ。もはや一介の武器商人とは言えまい。約束を反故にしてでも、ここで始末した方がいいのではないか?
テレサ・テスタロッサは足元に視線を落とした。自分の乗っている船。<トゥアハー・デ・ダナン>。世界最強の潜水艦。
やろうと思えば世界中を火の海にできる兵器。だが、この力をフルに発揮したところで世界から争いを無くすことなどできない。
ヘクマティアルになら、それが可能だと……
「嘘では、ないのでしょうね」
「艦長?」
少しだけ目を見開いて、マデューカスが声を掛けてくる。テッサは意図的にそれを無視した。
反対側のカリーニンは、先ほどから沈黙を保ったままだ。ヘクマティアルがASを不自然な兵器と言い放った頃からだろうか。
「貴女には、何か切り札があるのでしょう。詳細を教えてはもらえない?」
『もちろん、教えるさ――君が仲間になってくれるのなら』
「戦術データリンクへの介入に何か関係が?」
『さて、どうかな』
「……では、最後にひとつだけ」
テッサは背もたれに体重を預け、モニターの向こうのヘクマティアルを見つめることだけに注力した。
放つ弾丸は一つの質問。その論撃をもってして、相手を見定める。
「ココ・ヘクマティアル。貴女がどのような力を持っていても、世界から争いを無くそうとすれば、そこには多大なリスクが伴うでしょう。
四角いものを丸くするには、四辺を切り落とさなくてはならない。そして貴女の言う通り、世界が四角くあることを望む者達は大勢いる。
そんなことをするくらいなら、武器商人を続けていた方がよっぽど堅実です。貴女にはその才能がある。
そんな貴女が、どうして世界平和を実現しようと?」
『簡単な話さ。私は武器が嫌いなんだ』
「武器商人の貴女が、ですか?」
『冗談でもなんでもないよ。私が武器を売る理由は、ここにいる少年兵のヨナ、セガール氏が傭兵をやっているのと同じだ。
私には、それしか道が無かった。たったそれだけの理由さ。私が売った武器で死んでしまった人には本当に申し訳なくなる。
だから、彼らに報いたかった。彼らに納得してもらいたかった! あなた達の犠牲は、決して無駄ではなかったと!
そんな考えが積み重なって、私は世界平和に手を伸ばした』
「贖罪――ですか」
『その言葉が一番近いかな。といっても……』
ヘクマティアルが息を継ぐ。
続いたのは、予想していなかった言葉だった。
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