76:名無しNIPPER[saga]
2018/01/31(水) 21:09:54.45 ID:cq3YeS910
◇◇◇
「この世界は不自然だろう」
ココ・ヘクマティアルは両手を掲げた。頭上に広がるのは吹雪く曇天。それを抱きしめようとするように腕を目一杯伸ばす。
「世界をまわる内に、私は気づいた。東西の冷戦構造は、本来ならとっくに終わっていて然るべき筈のものだ、と」
ココ・ヘクマティアルは足元の装甲を蹴とばした。アーム・スレイブ。最強の陸戦兵器。
「武器を売る内に、私は気づいた。こんな不自然な兵器はある筈がない、と。
私は気づいたんだよ、ミス・アンスズ。世界の裏側には、どうしようもない悪意が潜んでいるのだ、と」
『……その悪意とやらが、世界を裏から動かしていると? 陰謀論者がいいそうな、陳腐な妄想ですね』
「君たちがそれを言うのかい? ――ミスリルにアマルガム。まさに陰謀論者がいう秘密結社そのものじゃないか」
『……』
何かを探るような沈黙を挟んで、アンスズは溜息を吐き出すように呟いた。
『……CIAのショコラーデですか』
「驚いてくれないのは少しだけ残念だ。そう、先進国の諜報機関なら、すでに君たちの名前くらいは把握している。
いや、名前しか把握できていないといった方がいいだろうね――だから、こうして直接話す機会を持ちたかった」
『話して、どうするつもりですか? 我々の仲間になりたいと?』
「いいや」
首を振る。ココはそこで一度言葉を切り、唇を舐めて湿らせた。
この言葉を向ける為に、自分はこんな無茶をした。この決定的な言葉を。舌の上に落ちた雪が末期の水にならないことを祈りながら、口にする。
「いいや――その逆さ。君たちを私の仲間にしたかった」
「ココ?」
手榴弾を握りしめているヨナが混乱したような表情を浮かべる。
セガール――おそらくサガラというのであろう少年兵も、不審げな眼差しを向けてきた。
アンスズは回線の向こうでどんな表情をしているのだろう。驚愕か? 侮蔑か? それとも呆れたか?
『貴女の私兵になれ、と? 武器商人の護衛に?』
「前半は正解で、後半は外れだ。私は武器が嫌いだ。兵士も嫌い。それを許容するこの世界が大嫌いだ。
けれど私は破滅主義者じゃない。だから世界から武器をなくしたいと、そう思った」
『武器をばら撒いている張本人が、ですか?』
「君たちだって、火種を摘み取るために本意でなくとも暴力を使うだろう? だが、そのやり方じゃ根本的な解決にはならない。
ミスリル。架空の銀を名前に戴く君たちは、世界から争いの火種を取り除いている
けれど、イタチごっこさ。君たちの努力とは裏腹に、人を殺すための鉄の塊が次々に生産され、何人もの子供が戦士として育てられている。
そして、そう。君の言う通り、私達のような武器商人が世界中に火種を撒く」
『……』
「対処療法だと、君も自覚している筈だ。そして永遠に続く組織なんてものはない。
君たちの場合はアマルガムというこれ以上ない敵対者がいるのだから、なおさらだ」
『我々ではアマルガムに勝てないと……?』
「勝敗に意味はないよ。君たちが勝ってアマルガムが消えても、途端に世界中の内戦が終わるわけじゃない。
ジオトロン社辺りの軍需企業が、第二のアマルガムになるだけだろうさ」
『"自分なら違う未来を提示できる"とでも言いたげですね。一介の武器商人が、世界を正せると?』
「そう、まさに一介の武器商人が真の平和にチェックを掛けているのさ。だから」
「ココ!?」
ヨナの制止を無視して、ココはハッチの縁から操縦席に飛び降りた。足首まで固めた登山用ブーツのお陰で、足を捻ることもない。
マスタースーツの上に着地し、アンスズのもとに繋がっているであろう搭載カメラに向かって手を伸ばす。この手を取れ、とでも言いたげに。
「――だから、同道したまえ。君が本当に世界の平和を望んでいることは分かった。
ミスリルという組織そのものはともかく、少なくとも君自身は。
その君が見たい景色を、私が見せてやろう」
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