相良宗介「HCLI?」
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46:名無しNIPPER[saga]
2017/11/26(日) 02:39:47.53 ID:9ajXHJzP0
◇◇◇

(無理だ。勝てない)

 ファルケもといクルーゾーは胸中でそう呟いた。全身の裂傷が痛む。何だというのだ、この化け物女は。

 これでも腕に覚えはあった。近接格闘においてはミスリルでも、ひいては世界でもトップクラスの実力を持つと自負している。

 だが、目の前のナイフ女、バルメはさらにその上を行った。ここまで偏執的にナイフ格闘の腕を磨いたのは、世界広しといえどもこの女くらいではないだろうか?

 近距離においては、銃よりもナイフが有利だ、という説がある。

 これはある一面においては正しいだろう。
 特に信頼性という部分に関しては、複雑な機構をもつ拳銃よりも、ごく単純な――いってしまえば原始的ですらあるナイフの方が高いからだ。

 しかし、では実際に、戦場で銃を持った相手に対しナイフを抜くようなシチュエーションはあるか、と問われれば、クルーゾーは首を捻らざるを得ない。

 何故なら基本的に、戦場ではナイフが有効な距離よりも、はるかに遠い間合いから戦闘が始まるからだ。

 つまるところ、基本的に兵士は皆、銃を手に持ち、構えている。
 屋内ではナイフが有効な、出会いがしらの近接戦闘も起こらないではないが、敵と遭遇してからわざわざ銃を捨ててナイフに持ち替えるような馬鹿はいない。

 音を出さずに敵を排除することが要求されるような特殊な作戦においても、消音器付の銃を使うのが一般的だ。

 現代戦に置いて、ナイフによるキル・カウントは全体の1%にも達しないのが現状である。

 世界中の軍隊でもナイフ格闘訓練の時間は縮小、あるいは完全に撤廃される傾向にあり、
 残されたものも精神修養と、武装が貧弱なゲリラなどにナイフで襲われた際の対応を覚える為という意味合いが強い。

 つまり"相手を殺すためのナイフ格闘術"は消えつつあるのだ。軍用ナイフも多目的ツールとしての性能が重視されている。

 無論、世の中には例外などいくらでもある。ECSを搭載したAS同士の戦いではまた話が違ってくるだろう。
 日本の自衛隊は例の交戦規程の影響で、銃を使わずに応戦せざるを得ない状況が他国の軍隊よりも多く想定されている。
 趣味で本格的なナイフ格闘を修めている者をクルーゾーは何人も見てきたし、メジャーではないが腕前を競う大会が開催されているのも知っている。

 だが――実戦で脅威となるような使い手には出会ったのはこれが初めてだ。

 資料で確認こそしていたが、対峙するまで実感は出来なかった。
 大勢の武装した兵士が警備する拠点をナイフ一本で潰すなど、彼女はジャパニーズ・アニメーションの世界から飛び出してきたとしか思えない。

 優れた兵士を更生する要素は2つ。持って生まれた天分(センス)と、後天的な訓練(トレーニング)の量だ。

 例えばクルツ・ウェーバーは最も前者に恵まれた兵士だろう。
 あの20そこそこの若者はライフルを手にしてから僅か数年で、兵士がその生涯を掛けて到達すべき狙撃の深奥に至った。

 相良宗介は後者の体現だ。その人生のほとんどを戦場で、それも戦力や物資の面で不利なゲリラとして過ごした経験があの粘り強さに繋がっている。

 そして、ソフィア・ベルマーはそのハイブリットなのだ。この年若さで少佐・教導官にまで至ったという、類稀なセンス。
 隻眼という兵士として致命的な不具(ハンデ)を覆すには、それこそ想像もつかないような時間と密度のトレーニングを必要としたはずだ。

 おそらく、その2点に関して自分は及びもしない。

 自分がまだ生きているのは、単純にAS操縦服に防刃性能があるお陰だった。

 これが無ければ、とうの昔に出血で動けなくなっていただろう。それでもあと10分を耐え凌ぐ自信は欠片もなかった。

 無線からはメリッサの呼びかけが先ほどから響いている。クルーゾーはヘッドギアに静かに触れると、そのチャンネルを切り替えた。

 薄暗い雪原。上がりきった自身の呼吸音すら忘れ、クルーゾーは無我の静寂の中に沈んでいく。

 目の前の女。ソフィア・ベルマー。バルメ。最強のナイフ・ユーザー。

 一際深い裂傷と引き換えに離せた間合いは僅か4メートル。この間合いで、彼女に勝つことはできない。

 繰り出せば勝てるような必殺技も存在しない。奥義など出まかせに過ぎなかった。そんなものがあるなら最初から使っている。

 いま、この場で彼女に勝つことはできない――だからクルーゾーは勝利に拘ることを止めていた。

 勝てずとも、倒せばいいのだ。

 先に動いたのはクルーゾーだった。全力で雪を蹴る。弓に番えた矢を引き絞る様に、右拳を引く。

 バルメは動かない。後の先を取るつもりなのだろう。実力にここまでの差があるのなら、それは正解。実に堅実な戦い方だ。

 故に読みやすい。ナイフを構えこちらの動きを注視するバルメを、瞑った方とは逆の目で認識しながら、クルーゾーは大声で命じた。

「――<ドラゴンフライ>、"ノーフェイス"、"バス・グランマ"!」


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