42:名無しNIPPER[saga]
2017/11/22(水) 23:25:59.30 ID:290cDT/E0
時間稼ぎ。そう判断して、バルメは更に1秒当たりの斬撃の数を増やす。
それでも応えたのは、バルメ自身もこの男に尊敬にも似た感情を抱いていたからだったが。
「こちらのことは調査済み、というわけですね。正体不明の秘密組織に個人情報を握られるなんて、一女性としては危機感を抱かざるを得ません。
それに、いまはバルメで通しています」
「失礼した。といって、名乗り返すこともできないが――そうだな、仮にだが<ファルケ>とでも名乗っておこう」
「鷹ですか。貴方にはぴったりの名です。ですがミスター・ファルケ、今回狩られるのは、貴方の方になりそうですが」
拳と刃の応酬の中で、同時に二人は言葉を積み上げていく。
「確かに、ミス・バルメ。貴女のそれは既に技(スキル)ではなく術(アート)の領域に達している。私よりも上位の、な。ナイフと素手という差を鑑みてもだ」
「まさか卑怯とは言わないでしょう?」
「ああ、それは貴女が積み上げた修練の証であり、私はそれを尊敬こそすれ羨まない。兵士という職業ならばなおさらだ。
仮に私がナイフを持っていてたとしても結果は同じだっただろうしな」
「お褒めの言葉、ありがとうございます――見逃してあげることはできませんが、降伏したいというのなら受け入れましょう」
「降伏? まさか」
目の前の男――ファルケが笑った。口の端を吊り上げる、挑発的な笑みだ。
「確かにまともにやり合っても、貴女には勝てないだろう――だから、こちらも切り札を使わせてもらう」
「切り札?」
バルメは攻防を止めず、素早く男の全身に視線を這わせた。マスタースーツという操縦系統の仕様から、AS操縦服は身体にぴっちりフィットするデザインになっている。
武器を隠せるような場所はない。唯一ホルスターに収められていた拳銃は雪の中に没し、おまけにあれから大分場所を移動している。
そんな男が、どこに切り札を隠しているというのだ?
バルメの疑問を視線から読み取ったらしい。ファルケはバルメが突き出したナイフの一撃をどうにか軽傷でやり過ごしながら応えてくる。
「目に見えるものではない。私の切り札は、私の鍛えたアーツだ。そう――俗にいう"奥義"という奴だ」
「……」
「呆れたかね?」
「ええ、まあ」
噴飯ものの発言だ。バルメはそう断じた。
一発逆転の必殺技など、この世界には存在しない。あるのは積み上げた訓練の量による、単純な技能同士の凌ぎ合いだ。
既に彼我の実力差ははっきりした。ASでの戦いでは、自分はファルケには勝てない。銃での撃ち合いも分がいいとは言えないだろう。
だがこの間合い。ナイフ格闘の間合いは、バルメの支配する領域だ。ここでは誰であろうと負けるつもりはない。
「そうだろうな。だが、奥義は実在する。東洋の神秘という奴だ」
「急にインチキマジシャンの様な物言いが増えましたが……ならば、なぜそれを最初から使わなかったのです?」
「わざわざ宣言するのは、貴女のアーツに対する敬意が故、だ。
私が"これ"を使えば、貴女は何も理解できない内に倒れているだろう」
ファルケはそう言うと、これまでに見なかった強引さで正拳を突き出してきた。
バルメは冷静に対処する。拳の軌道を見切って、ナイフを一閃。敵のAS操縦服を切り裂き、一際深い裂傷を刻む。
目に見えるほどの出血。だがそれでも突き進む男の剛拳を、バルメは後退して回避せざるを得なかった。
さらに合わせて男が後退し、間合いが開く。およそ4メートル。だが、それでもバルメなら一息で詰められる距離だ。
「そこまでいうのなら、奥義とやら、見せて頂きましょう――ですが、こちらも次の交差で終わらせます。
奥義などではない、ただの愚直な一撃ですが」
バルメは男の右腕を見つめながら呟いた。この傷は深い。後遺症が残るほどではないだろうが、放っておいていい傷でもないだろう。
敵はもはや、先ほどまでの俊敏性は発揮できない。確実さを望むならもうしばらく切り合いを続けたいが、時間も圧している。
ここで、仕留める。
「その一撃は、私に届かない」
対するファルケは、傷の状況など意にも介さずというように、大仰な拳法の構えを取って見せた。
似合わないウィンクなどしてみせて、冗談染みた声音で宣言する。
「なぜなら、その前に私が勝つからな」
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