54: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/09(木) 20:27:08.01 ID:/E20kLoAo
しかし、冬休みの二週間は、そんな感傷に浸る暇もなかった。
卒業式や、新学期のカリキュラム、来年度の準備など仕事は山積みだ。
それに加えて実家への帰省。日々の雑事もなくなるわけではない。
かえって、普段より忙しいくらいで、バタバタ働いているうち、あっという間に冬休みは終わってしまった。
55: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/09(木) 20:28:10.41 ID:/E20kLoAo
冬休み明けの始業式。
私はすっかりヘトヘトの状態で登校した。
教室へ入ると何やら騒がしい。
見ると、何やら雑誌を回し読みしているようだった。
56: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/09(木) 20:29:15.88 ID:/E20kLoAo
はて――、事情が飲み込めないうちにチャイムが鳴った。
騒ぎをよそに、当の本人――ありすはいつの間にやら登校してきていた。
ちらちら視線を投げかけるクラスメイトなんか、まるで見えていないように平然としている。
私はどうも、腑に落ちないような気持ちで半日を過ごした。
57: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/09(木) 20:29:56.99 ID:/E20kLoAo
「アイドル事務所の方に、声をかけられたんです」
放課後になってようやく雑誌のことを訊くと、ありすはこともなげに言った。
「じゃあ、ありすちゃんはアイドルになるの?」
58: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/09(木) 20:31:09.04 ID:/E20kLoAo
「どうして?」
「本当は、別の名前でデビューするはずだったんです」
「別の? 別の名前って?」
59: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/09(木) 20:32:46.72 ID:/E20kLoAo
「先生もそれは同じ気持ちだけどな……」
「先生まで。みんな、勝手です。私の気持ちなんて、全然考えてくれない」
ありすはがっかりしたような顔をして、それから、申し訳なさそうに言葉を続けた。
60: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/09(木) 20:34:12.09 ID:/E20kLoAo
橘ありすがアイドルに。
そのことで、クラス全体がどことなく浮き足立っていた。
クラスだけでなく、学校中が彼女の話題でもちきりだった。
61: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/09(木) 20:35:31.50 ID:/E20kLoAo
さて、私は台風の目の中に居て、平生通りに授業をこなした。
そうするより他ない。
台風の目たるありすもまた、淡々と学校生活を送っていた。
彼女の話では、仕事やそれに伴うレッスンが本格的に始まるのは春以降。
62: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/09(木) 20:36:59.32 ID:/E20kLoAo
クラスメイトも似たものらしく、ありすの写真が載った雑誌を繰り返し回し読みしたり、何やら噂しあっていた。
「ねえ、橘さん……」
あるとき、ひとりがおずおず声をかけると、それを皮切りにクラスメイトたちはありすの机を囲んだ。
63: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/09(木) 20:38:20.65 ID:/E20kLoAo
そんな風に、クラスメイトに囲まれておしゃべりを楽しむ彼女を遠目に、私はすこし切ない気持ちになった。
ね、ありすは、ひとりぼっちなんかじゃないんだよ――。
いつもは喉に引っかかって、矛盾を感じながら飲みこんだ言葉が、いまは私の胸を温めてくれる。
64: ◆xJHI1D1Uro[saga sage]
2017/11/09(木) 20:39:23.65 ID:/E20kLoAo
「お母さんは、なんて?」
「喜んでくれてますよ」
放課後、私が訊くと、ありすはちょっと照れくさそうにした。
97Res/51.78 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20