7: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/10/29(日) 23:10:53.06 ID:s1IKgLXf0
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「プロデューサーさん、お願いします! ありさに、このオーディションを受けさせてください!」
前回のオーディションからまだ二日しか経っていない朝。
ありさが印刷した募集要項と共に差し出した言葉に、プロデューサーさんは怪訝そうな表情を返した。
「急にどうしたんだ。理由、聞いていいか?」
ありさも、それが当然の反応だと思う。すぐに首を縦に振ってもらえるなんて思っていない。
だけど、これがありさなりに考えて出した結論であることも間違いないんだ。
「多くのアイドルちゃんは、登竜門って呼ばれるようなオーディションや番組を乗り越えてきました。そうやって、大きなステージを勝ち取ってきたんです! ……でも、ソロ公演っていう大舞台を前にして、ありさには胸を張れるものがないんじゃないかって、そう思ってしまって……」
ありさの足元には、実績も、自信も、何も積み上げられていない。
デビュー公演では少し贅沢に時間を使って紹介してもらった。他の人がメインを務める公演に出させてもらったことだって何度もある。
でも、それは与えられたものでしかないのだ。
ソロのステージはどれくらい重たいだろう。その重みに鈍感でいられればよかったかもしれない。
だけど、気づいてしまえばごまかしがきかなくなってしまう。ありさはそれを支えられないって、理解してしまう。
気づかされたんだ。このままじゃいられないって。
「でもな、亜利沙。言いにくいけど、亜利沙が初めてのオーディションに挑んだのは一昨日だ。……大丈夫なのか?」
大丈夫、と答えそうになる口を閉ざした。あの時の恐怖はまだ残っているというのに、断言なんてできるはずがない。
優しい声音に感化されてそんな見栄をプロデューサーさんに向けたって、何の意味もないのだ。
「……わかりません。でも、大丈夫になりたいんです。アイドルちゃんにとって自分だけのステージってきっと、すごく、すごく大切で……だから、弱虫なままのありさで、それを迎えたくないんですっ!」
この気持ちの芽生えは、つい最近かもしれない。
だけど、ずっと昔からそう思っていたかのように納得できるのだ。
ありさが見てきたアイドルちゃんは、いつだって自分の立つ舞台を大切に抱きしめていたから。
そう在れるように。自信を持てるように。そうすれば、やり遂げられるって思うのだ。
「亜利沙は、39プロジェクトのオーディションに合格した、立派なアイドルだよ。亜利沙が思っているよりずっと、狭き門をくぐってきた。アイドルとして今日まで頑張ってきたことも俺が保証する。……それでも、足りないか?」
「……! ありがとう、ございます……っ」
「…………そうか」
もらった言葉は胸にあたたかく広がったけれど、握ったままの拳を、ありさは解くことができなかった。
白いデスクに向けていた視線をプロデューサーさんの方へ上げると、少しだけ眉を下げた表情と目が合った。
「プロデューサーさんは、もうこんなに近くにいますから……だから。ありさは、ありさを知らない人にだってアイドルちゃんとして認めてもらえるって証明したいんですっ」
「挑戦、させてください……!」
ぎゅっと目をつぶって、深く頭を下げた。答えを待つ時間は、思ったよりも一瞬だった。
「…………わかった。全力を出してこい! ただし、オーディションがどんな結果に終わろうとも公演には本気で取り組むこと。いいな?」
「いいん、ですか?」
「簡単なことじゃないぞ?」
簡単なことじゃない……たぶん二通りの意味がある言葉を、心の中で何度も繰り返した。
両方とも、やめる理由にはならなかった。
「……大丈夫です。すぅ……っ、ありさ、頑張っちゃいますよー!」
自分を鼓舞する言葉。プロデューサーさんにアピールする言葉。
それがありさを息苦しくさせていることに、気づくことができなかった。
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