3:名無しNIPPER
2017/10/01(日) 11:10:34.07 ID:rGr4vwwsO
女性:藤原肇。陶芸家。人を避け、山奥の小屋で独り生活をしている。
鬼 :大昔の大罪人。死後、地獄にて鬼となる。
それは真冬のある日、まだ世も開けぬ頃のことでした。月が高く昇っていましたが、粉砂糖のような雪が舞う、実に寒い夜でした。私はその頃、山奥の森の、さらに奥深くに粗末な小屋が建て、そこで暮らしておりました。その夜も私は一人、囲炉裏のそばで眠っておりました。
ふと玄関で物音がしました。そっと目を開けると枕元の山刀へと手を伸ばし、布団の中へと隠しました。
しばらく布団の中で様子をうかがっていましたが、特に変化はないので、再び目を閉じましたが、どうにも気になります。布団から出ると上着を羽織り、玄関へと向かいました。
戸を開けると、そこには一人の女の鬼が座っていました。肩には降り積もった雪が厚く乗っています。
「夜遅くにお尋ねして、申し訳ございません。貴女様にお願いがあって、参りました。」
私は鬼の肩の雪を落としながら言いました。
「話は中で伺いましょう。この様な所ですが、まずはお上がりください。今、火を熾します。」
家の中へと招き入れると、囲炉裏の火を掘り出し、薪をくべて火を大きくします。囲炉裏端に鬼を案内し、肩や頭を拭いてあげました。
「ありがとうございます。私は見ての通り、地獄の鬼でございます。この度はわけ有って人の世に参りました。突然の訪問、誠に失礼いたします。その理由と申しますのは、私、仏の道を知りとうございます。」
「そうは言われましても、私は尼ではないので、教えられることなど、何もございません。仏道を知りたければ、お寺へ行かれてはいかがですか?」
「それが寺へと参りましたら、大勢から『鬼は外!』との掛け声で豆を力いっぱい投げつけられました。痛いのと悲しいのとで、情けなくて逃げてまいりました。他の何所の家でも同じこと。私、このときほど、この姿に身を落としたことを嘆いたこともありません。途方にくれて、森の中を隠れながら歩いておりましたら、貴女様の家が見つかりました。こちらのお宅だけが、そのようなことをされることがありませんでした。そこで失礼ながらこっそりと、お邪魔させていただいきました。」
「そういえば、昨日は節分でしたね。私はわざわざ豆をまくのももったいないので、もう何年も豆まきをしていませんが。」
「今でこそこのような姿に身を落としておりますが、私も百年前は人でありました。もちろん、このように身を落とす次第でございますから、その生き様は、酷いものでございました。ある日、とある事情から、やむなく盗みを働きましたところ、見つかってしまいまして、組み合っているうちにその者を殺めてしまいました。どのような理由があれども殺しは殺し。私は追われる身となりました。
そうなってはもう、生きるためにあらゆることをしてまいりました。盗みや殺し、脅しを繰り返しているうち、人の心も薄れ、いつしか『鬼』と呼ばれるようになっておりました。
そうこうしているうちに人の生も終わりを迎え、地獄のあらゆる責め苦も覚悟しておりましたが、私に与えられたのは、地獄で鬼となり、落ちてきた者たちを責め立てるお役目でございました。どのような罪人も、始は好きで罪を犯すものなど、ありませぬ。そのことを知る身として、これはあまりにも辛い罰でございました。しかし、これが因果というものでしょう。私は涙をこらえて、そのお役目を全うしてまいりました。
そうして百年が過ぎ、私も仏の道を知りたく思い、閻魔大王様に願い出て、一月の暇を頂き、こうしてお邪魔させていただいた次第でございます。」
鬼は、語り終えると、目から一粒、涙を落としました。
「そうは申されましても、この通り、私は尼でもなければ、その道を志したこともございません。聞きかじりのことしか教えられませんが、それでもよろしいですか?」
「貴女様はこうして、鬼となった私を見ても追い出そうとせず、家の中へと招き入れ、さらには話も聞いて下さいました。これ以上の師はございますまい。」
私はその言葉に衝撃を受け、姿勢を正して頭を下げました。
「わかりました。それでは一月の間、よろしくお願い致します。」
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