美竹蘭「陽が落ちて」青葉モカ「夜が明けたら、また」
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10: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/09/03(日) 19:47:09.76 ID:6LMiOYr90



 涼しげに吹く風を感じながらぼんやりと街を見下ろして、待ち人の足音に耳をそばだてる。真夏と真冬以外なら、屋上は意外と快適だ。

 蘭にちゃんと話したい、屋上にいるとだけメッセージを送って、それ以上のことはせずにずーっと待ってる。押しかけるのも、無理に呼び出すのもダメだと思った。

 別に何を眺めてもわかりやすく面白い出来事が起きているわけじゃない。でも、そういう変わりないものをぼーっと眺めるのは好きだ。緩やかに時間が流れるのは、ことのほか心地いい。

 そういう居心地の良さがあったから、あたしも蘭もこの場所が好きになったのかもしれない。なぞるように歩き回ってみれば、いろんな思い出も浮かび上がってくる。

「…………モカ」

「蘭。とりあえず、ありがと。来てくれて」

「……うん」

 蘭の言葉も態度も、やっぱりまだ弱々しい。声だって全然治ってないみたいだし、立ち直れる理由なんてまだどこにもないか。

 余計な心配はしない。蘭は、そんなことを求めてる訳じゃない、と思う。

「ほら、蘭。こっち来てよ。そんな入口に立ってないで」

「……話したいこと、って?」

 あんまり乗り気じゃないみたいだから手を引いて隣に並ばせた。拒絶はされないことに少し安心する。何を話すかは実のところほとんど決めてないけど、最初にやる事だけは決まっていた。

「難しいことを話すのはめんどくさいし、音楽で語るってやつ? とりあえず、聴いて欲しいなーって」

「……?」

 ギターケースからギターを取り出す。小型アンプに変換プラグでイヤホンを繋いで、蘭と片耳ずつつけた。軽く鳴らして指先の感覚と音を確認する。

 指先で軽くリズムを取って、演奏を始めると同時に……フレーズを口ずさむ。付け焼刃であることは違いない。骨折してる間はギターの練習をしていた時間が浮いたから思いつきで始めたことだったけど、今回だけは蘭の役に立てると思った。

 あたしのギターを蘭が支えるみたいに、蘭のボーカルだってあたしが支えることができれば……そういう対等の形もアリじゃないのかな。

 蘭のボーカルをずっと隣で聴いてきたから、できることなんだよ。どうすれば蘭に寄り添って歌えるか、あたしは知ってるから。まだまだ技術が足りなくて思った通りに歌えないことは多いけど、込める気持ちだけは間違いようがない。

 ギターの方もちょっとミスしちゃったけど、どうにか一曲歌い終えて蘭の方を見やった。できるだけ柔らかく笑いかけて、安心させられたらな、って思う。

「あたしね、この前久しぶりにギターもって練習して、蘭にすごく助けられてること、やっと実感したんだ」

「ホントのことを言うと、一か月ずーっと不安だらけ。リハビリが上手くいかなかったら、みんなが頑張ってるのを台無しにしちゃうかも、って。でも、蘭が大変なところ全部やってくれたから、あたしのパートはすっごく弾きやすかった」

 とん、と蘭に肩を寄せる。ちょっとだけ体重をかけて、蘭の腕に身体を沈み込ませた。

「あたしは治せたから、今度は蘭の番。それだけだって。蘭がしてくれたみたいにさ、あたしもできるだけ支えるから。……ほら、蘭がいてくれたから、頑張ってくれたから、あたしだって頑張れたんだよー?」

 蘭から貰ってるものなんて、いくらでもある。言葉だけじゃ足りないから、じゃれつくみたいにもっと蘭に寄りかかったって、別にいいよね?

「一緒に歌ってよ、蘭。また五人で演奏したいよ」

「…………」

「らん……えっと、なんて言うんだろ……その、だからね?」

「……ふふっ。モカ、変な物でも食べた? 賞味期限切れのパンとか」

 とん。蘭の方からも、体重がかかってくる。二人分の重みを、二人で分け合って支える。こういうの、いいなあって思う。それと、蘭はやっぱり素直じゃないなって。

「蘭の泣き顔なら、しばらく見たくないって思うくらいには堪能したかなー」

「なっ……! ……うん、わかった。しばらく泣き虫は卒業」

「蘭の方こそ、変な物食べたんじゃないのー?」

「モカのクサい台詞と粗が多いけど熱い歌なら、向こうしばらくはお腹いっぱい」

「えー、ひどい。蘭だって今はこんながらがら声のくせにー」

 お互いに皮肉りあって、堪えきれずに笑い出す。肩はぴとっとくっつけたままで、じゃれたり笑いあったり、ずっと昔にしてたみたいなコミュニケーションを取るのがどうしてか無性に楽しい。

「帰りにのど飴とうがい薬買ってこっか。ちょっとでも早く治してもらわないと」

「え……あれ、味とか匂いキツいから嫌なんだけど……」

「……らーんー?」

「う……わかった。わかったから」

 やっぱり、幼馴染といえばこういう距離が、一番心地いいとあたしは思うんだ。



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