女「犠牲の都市で人が死ぬ」 男「……仕方のないこと、なんだと思う」
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156:名無しNIPPER[saga]
2017/09/12(火) 18:46:50.27 ID:bdvuTYni0
 ◇


 目を開ければそこは見覚えのある場所だった。いままで過ごしていた、組織の建物の中。賢者がなにかをしたのかもしれない。

 ――人の声が聞こえる。

「もう四日だな。あの冒険狂たち、帰ってこなかったな」
「ああ」
「でも少し……安心してるんだ。接点はなかったけどあいつらだって俺たちの仲間だ。それを殺さなくて済んだと思うと……。俺って、矛盾してるよな」
「矛盾してるな。だが、気持ちはわかる」

 彼らに近づいてみる。その服装で処理係だとわかった。地表探索隊が魔素に侵されて帰ってきたとき、処理を実行する者たちだ。
 自分の中にあるのものを意識する。彼女を助けるためのものだ。僕は彼らに近づいていく。
 処理係のひとりは怪訝そうな顔をした。だが首を振って思い直すような動作をする。

「どうした?」
「なんでもない。きっと気のせいだ」

 『そこにあるのにそこにない』。矛盾した存在感。それが僕にできることだった。僕を認識できる人間はいない。僕が認識させようと思わなければ、できない。
 おまけに飲み食いなしに体内器官を動かせる。魔素に適合して、僕は人間なのか、人間でないのかよくわからない存在になったようだ。
 彼女を連れ出して賢者の塔に匿う。彼女は魔素に侵されたとしても進行は遅いだろう。そして塔につけば彼女は生き延びることができる。
 僕はひとり、組織の中を歩いた。誰にも気付かれなかった。途中、羅門を見た。元気にやっているようだ。照はひとりで退屈そうに読書をしていた。照らしいといえば照らしい。
 最後にボスのところへやって来た。僕がしているのは自己満足だ。だがこの三か月過ごした彼らを見ておこうと思った。
 ボスはひとり、机と向き合って資料を眺めていた。テロに関する計画書だ。
 ぴくり、と肩が動く。

「誰だ」

 自分の心臓が飛び跳ねる音。
 まさか、と思う。尋常ではない。まともな人間のそれではない。今の僕を認識できるなど、ありえない。
 ボスは用心深く周りを見渡す。僕がいる方向も見た。だが、

「……ばかばかしい」

 気付くことはなかった。

「変な気分だ」

 僕は息をひそめていた。そしてボスの様子をうかがう。

「あいつが来てからだ。ほんとに、変な気分だ」

 もしかしたら気付いてるのではないか? そんなことさえ思う。だが確信があったのなら、ボスは僕を見逃してはくれないだろう。ボスは、そういう人間だ。魔素の適合が僅かに起きているのだろうか? とにかく、尋常ではない。

「ばかばかしい」と彼は言う。

 僕はその場からひっそりと立ち去った。
 これで……ここにくることはもう、ない。


 ◇



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