女「犠牲の都市で人が死ぬ」 男「……仕方のないこと、なんだと思う」
1- 20
141:名無しNIPPER[saga]
2017/09/11(月) 22:55:33.91 ID:L2VEMbba0

 なにもできていない、成せていない。現実的になにかをするのは無理だ。帰れたところでじき、力尽きる。決して彼女を救えない。なのに……僕はなにをやっているんだろう?
 徒労であることは理解していた。卓也に言った言葉はただの嘘だと、自分が一番よく分かっている。

「でも、人が死んだんだ」

 一人、呟く。聴衆は自分のみで、誰も答えてはくれない。

「……それがどうしたっていうんだろう」

 人が死んだ。確かにそうだ。だがそんなものは世の中に溢れている。意味もなく転がる死体。しっぽのちぎれた猫。翼が折れて飛べなくなった鳥の亡骸。
 踏みにじられた蟻。汲み取られなかった意思。悔しさと失望の慟哭。
 すべてすべて、それらはなにかを変える力を持たない。

「大切な人、だったんだ」

 それがなんになる? 怒りや失望、嘆きと呪詛。感情が世の中のあり方を変えられるわけではない。常に世の中の変革は、理性と世情の方向によって任される。感情がなにかを救うなら、とっくに世界は、幸せで溢れている。
 次に目を覚ましたのはやや硬い土の上だった。
 背後に砂漠が見える。塔が近い。あと、数時間もすれば着きそうだ。
 だが指一本すらも動かなかった。それは疲労、魔素による浸食が重なり、生み出している現象だ。

 ――体が熱い。

 それでも前に進まなければ。そう強く念じた。
 しかし、動けなかった。もう意思でどうにかなる段階を過ぎていた。
 もういいや、と思う。ここまでこれただけでもまともじゃない。真っ逆さまに落ちていく崖に向かい続けて、正気を保っているだけましだ。むしろ僕は、ほめたたえられるべきだ。
 そんな思いも次には否定が襲う。

 だが、結果は出せていない。努力でなにかが救われるわけではない。結局、してきたことすべては無意味だ。
 僕はゆっくり目を閉じる。
 何も見えなかった。何もできなかった。
 苦痛に喘いでいたのが、少し楽になった気がした。

 ――約束してくれ。

 そんな声が、聞こえる気がする。

 ――気付けば僕は、再び立ち上がっていた。塔を見据える。

 硬い、地面の感触。地面に立つ自身の脚。
 ところどころに緑が見えた。小さく咲いた花。剥き出しの根。
 なにかがかわっている。変化している。そのことになにかを期待しながら進み続ける。一歩一歩、進んでいく。風が吹く。生ぬるい、風。
 防護服は一部一部が破れていた。だがそれでも、多少は僕の命を繋いでいるのだろう。
 塔を目指して、ひたすら進む。

 遠ざかっているような、近づいているような、奇妙な感覚。
 おかしい、と思った。まともに足が動いていないのかもしれない。
 そう思って自分の足を見たけれど、それはしっかりと役割を果たしていた。交互に繰り返される歩み。そして……。
 ぞっとする。そんなばかな、と言いたくなる。
 叫びたかった。だがそんな機能はとっくに喉にはないようで、音はでない。そもそも口が開いているのかも怪しい。
 塔には近づけなかった。僕が狂っていて、幻覚を見ているのだろうか? 無理やり足を動かす理由をつくるために、だからこんなものが見えるのだろうか?
 違う、と思った。塔は確かにある。そこにあるのにそこにはない、矛盾した感覚。強い存在感と空白。気付いた。ある、と確信しているのはやはり己の感覚で、そんなものは地表に出た時点でおかしかったのだと。



<<前のレス[*]次のレス[#]>>
187Res/253.48 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 書[5] 板[3] 1-[1] l20




VIPサービス増築中!
携帯うpろだ|隙間うpろだ
Powered By VIPservice