女「犠牲の都市で人が死ぬ」 男「……仕方のないこと、なんだと思う」
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116:名無しNIPPER[saga]
2017/09/08(金) 20:23:06.05 ID:c9qxGCK40

 きっと、運が悪かったのだ。だがそんなことで納得できるわけではない。
 告白しておけばよかったなあ、なんてことを思う。彼はどんな反応をするだろうか。きっと、最初は動揺するに違いない。そのあと困ったような顔をする。でもきっと、嬉しそうに私を受け入れてくれるはずだ。まあ、私のうぬぼれかもしれないけど……。

 でも、と思う。告白しなくてよかったかもしれない。そんなことをすればきっと、彼は余計に苦しむ。きっと、だから、私は……。
 なにをしても、後悔だけが残る。泣きそうだった。彼との思い出を想う。そこには弟もいて、毎日が楽しかった。
 どんなに辛くても、涙だけは流さなかった。それは無意味だが抵抗的で、まだ大丈夫だと自分に言い聞かせているかのようだった。
 私は部屋の中に戻る。「大丈夫ですか」というメイドの言葉に微笑んで頷く。

「大丈夫」

 一体何が大丈夫なんだろう? 自分を誤魔化していないとメイドに当たり散らしてしまいそうで怖かった。誰かを傷つけることだけは、したくなかった。

「なにかにおぼれることはできますよ」とメイドは言う。風俗、薬物、各種のリストを私に手渡す。男の人の裸が乗っていた。たくさんのリストからはどんな人でも好みに当てはまりそうなものもあった。薬物からは幻覚作用のパターンや、詳しい説明が乗っていた。量によって効果をずいぶん調節できるようだ。

「いいえ」と私は言う。

「なぜですか? あなたは死ぬんです。なにかに溺れたって誰も文句をいいません。もしそんな人がいたら私が排除しますよ。あなたはすべてを許されているんです」
「そうかもしれませんね。でも、私が私を見ているんです。だから、やめておきます」
「それでも」とメイドは言う。少しだけ荒い語気、込められた感情。それに気づいて彼女は恥じ入ったように俯いた。
「どうせ死ぬんです。たとえ自分が自分を許せなかったとしても、もう時間はないんですよ……? プライドなんか重要じゃありません。辛いことばかり考えて死ぬつもりなんですか? 最後ぐらい、楽をしてもいいのに」
 ああ、と思う。初めてこのメイドのことが分かった気がした。人の苦しむ姿が、彼女は好きではない。他人の不幸が許せない、そういうタイプ。
「すみませんでした、こんな強制させる言い方をしてしまって……」
「いいんですよ」

 メイドは不思議そうな顔で私を見つめる。私の声に悪意や、苛立ちを感じなかったからだろう。
 ……人が、誰かを思いやるということ。それが結果に結びつかなかったとしても、そういうのを感じるだけで救われたような気分になる。
 メイドはなにかを言おうと、してやめた。食事をとってくるといってこの場を去った。

「……きっとキミなら、こうしたと思う」

 ひとり、そんなことを呟く。彼とはいろんなことを話した。難しい話だったが、彼の思いや優しさが垣間見えるあの時間は、嫌いではなかった。

「……祐樹くん」

 彼の名を呼ぶ。
 ここに、彼はいない。
 なにかに溺れてしまいたかった。もう何も考えたくなかった。ひたすら辛いだけの時間は、もう嫌だった。それでも、私は溺れることを拒否する。
 彼のことを思い出して、浸って、それで……満足して死んでいく。いや、きっと満足なんて一ミリもできない。でも、私はこういうふうに、死んでいきたかった。


 ◆


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