女「犠牲の都市で人が死ぬ」 男「……仕方のないこと、なんだと思う」
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111:名無しNIPPER[saga]
2017/09/08(金) 20:19:10.65 ID:c9qxGCK40

「点呼だ」
「一」
「二」
「三」
「四」
「よし、全員いるな」

 短く髪を切りそろえた男――隊長は元気よくそう言った。
 ついに、地表に出る時が来た。
 あれから僕は少々の体力訓練と、地表に対する見解予想を学ばされた。僕に与えられた番号は四番だ。この探索では仲間を見捨てる可能性もあるので、無駄な感情は必要ない。よって互いに名前はしらず、僕らには番号が与えられている。

「俺たちは仕事をしに行く。だが……地表は我々の夢の場所だ! 少々ならハメを外して構わん!」

 ……しかし、隊長はあまり規則を気にしない人物のようだ。
 僕以外の番号を与えられた者はみな若者で、隊長だけはやや中年といったところか。みんな夢があってやってきた。未知なる場所への冒険心、好奇心。そういったものを抱えて。
 残していく者のことを考える。

 卓也のこと。父のこと。彼女の両親のこと。
 今からするのは奇跡を願うことだ。魔法がさらに発現して彼女を救えるようにしたり、その技術の痕跡を盗む。政府から逃げられる場所を用意する。
 最悪、ここにいるもの全員を裏切ってでも、なにかしらの特異ななにかを持ち帰らなければならない。とても、ばかばかしくても、やらなければ。
 彼女を助ける。不可能に近くても、死ぬかもしれなくても。
 誰かを傷つけないといけなくても。自分の信念を裏切ってでも。

 僕らは移動を開始する。地表にいくために秘密裏にあけられた洞窟の中へ。
 犠牲の装置メギナラムの効果はその装置の周囲数百キロメートルを、薄い膜の球で覆うことだ。その膜は人体に有害である粒子を防ぐ。魔素、という粒子だ。星が堕ちてきたあとに発生した謎の粒子。それはメギナラムの力以外では防げず、人類をほぼ滅亡に追いやった。さらにやっかいなことに、電波当を強烈に妨害し、探索機などが使い物にならなくする。
 だから、人間が直接調査するしかない。僕らはそのための防護服を着ているが、魔素を防げるのは三日が限界だ。それ以上地上を闊歩しようなら、命の保証はない。
 やがて、僕らは膜との境界線上までやってきた。
 隊長が立ち止まる。そして、他の者も。

「ここまで掘るのに何人かが正体不明の病で死んだ」と、隊長が言う。

 祈るように手を合わせ、それに他の者も習う。
 やがて顔を上げた。隊長は重々しく言う。

「原因はおそらく魔素だろう。防げないものである以上、死体は速やかに処理され、保管ができないから、対処するための研究もできなかった。――諸君、肝に銘じることだ。我々は他人の命の犠牲の上で成り立っている。我らが住まうは犠牲の都市だ」

 はい、というまばらだがしっかりした声。みな、思うところはあるのだろう。自分たちの命があるのは犠牲者のおかげであり、地表を探索するためにも誰かが死んでいる。自分も命を懸けるからといって、そういう者たちのことをないがしろにはできない。そういうことだ。
 ひとり、ひとりと膜を通過していく。ある程度の説明は受けている。ここからは世界が変わる。通常とは異なる違和感が常に、付きまとうと。

 そうだ、ここが境界線だ。今なら戻れる――なんてことを思うのも今更過ぎることだ。
 僕の番になる。みなこちらを見ていた。背後からも視線がある。僕らが異常を抱えたまま帰還した時、処理をする者たちだ。役職を処理係という。
 緊張する。何かが変わることを願い、祈り、僕は一歩踏み出した。

 ――突如、襲うのは違和感だ。存在しているのに存在する。矛盾だけを感じる。なにも外見に変わったことはない。だが……。

「みんな、大丈夫か?」

 隊長がひとりひとりの顔を覗き込む。
 それに全員頷いて答えた。僕も同じように頷く。
 背後を振り返れば、処理係は消えていた。長居はしたくないのだろう。現にここを掘った人達が正体不明の病で死んでいることを考えても、この辺りは魔素の濃度が高いのだと想像がつく。
 隊長が上のマンホールに手をかける。そこが地上への入口だ。
 光が僅かに漏れる。都市では見られない、作り物ではない、本物の光。


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