259: ◆vfNQkIbfW2[saga]
2017/07/29(土) 00:54:35.23 ID:ZrZAROhg0
急に蝉の鳴き声が大きくなったような気がした。眼前には三十路の酒樽女。後ろを振り向けば山の端に差し掛かる夕陽。茂みの裏に隠れる拙者は、いつ飛び出そうか考えあぐねていたでござる。その場に人がいなくて心底安堵した。もしいたとなれば、巨漢女を必死に垣間見る特殊性癖の男と恥ずかしい汚名を広められてしまっただろうから。黄昏時は、かえって都合が良かったのでござる。
源義経「あ、クチナシの花が咲いてる。クチナシ……クチナシの饅頭ってなんだか美味しそう……」
底野「あのう、九郎判官源義経様でござるか?」
源義経「ん? 私のことか? 誰だ、いるなら姿を見せろ。逃げも隠れもしない、私こそが九郎判官源義経だ」
義経様は拙者を追っ手と勘違いしているらしい。はったと茂みを睨み付け、刀を抜こうと頑張っているが手が柄に届いていない。
滑稽であるけれども、拙者は笑いを嚙み殺して義経様の前に進み出たのでござる。
底野「下野守底野手前の息子・底野御前でございます。この度は義経様の力添えをしたく、米東弁太郎の助けを借りて奥州まで馳せ参じた次第でございます」
源義経「へー、弁太郎も物好きだな。鬼子を私の下に連れてくるとはね。鬼子、お前は何ができる」
ぎりり。歯ぎしりが抑えられなかったでござる。拙者、幼き頃より鬼子鬼子と白髪と紅眼を馬鹿にされてきた故、鬼子と呼ばれるのが我慢ならないのでござった。
源義経「鬼子、顔を見せよ」
義経様と目が合った。義経様は眉を上げて「おッ」と意味のない言葉を漏らしていらっしゃった。およそ、拙者の形相があまりに恐ろしいので驚いたのだろう。後になって拙者の予想は完璧に覆されるわけでござるが。
源義経「ふふ……私に仕えたいと? 良いだろう。東の一室をお前のために空けてやる」
底野「ありがたき幸せ……。では、これにて失礼致す」
源義経「そうだ、弁太郎にもよろしく言っておいてくれ」
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