【デレマス】「先輩プロデューサーが過労で倒れた」完結編
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30: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2017/07/15(土) 00:12:32.87 ID:JPdS/Cks0
 控室の中。テーブルに座ったほたるはじっと、原稿を読み続けている。
 丁寧に、何度も、何度も。唇が小さく動いていた。
 ときおり、原稿から視線を外して、不安そうな顔をして息をつき、また原稿の確認に戻る。
 俺はそれを、ほたるの対角に位置する席に座って見ていた。
 待合室の中では、アナログの時計の針の音だけが響いている。

 今日はほたる単独の仕事だった。都内の繁華街で開催されているジャズフェスティバルのナレーションの仕事だ。
 ジャズフェスティバルでは街中の飲食店や公園、商業施設などの様々な場所をステージとして、同時多発的にジャズライブが開催される。
 ほたるがナレーションを担当するのは、商業施設屋上にあるビアガーデンに設置されたステージで、それなりのキャパシティを持ってはいるが、それでも多くのステージのうちのひとつにすぎない。
 すなわち、緊張するような仕事ではない。
 個人名やバンド名を間違えないようにするのは当然だが、紛らわしい名称や、気を遣うような難しい出演者もいない。

「ほたる」

 俺が声をかけると、ほたるは顔をあげて、俺のほうを見た。
 顔が暗い。唇をきゅっと結んで、不安そうにしている。

「ステージ、見てみないか。ナレーションはテントからで、客からも死角になるそうだが、実際に見たほうがイメージできて、不安がまぎれるかもしれないぞ」

「……そうですね、そうしてみます。ごめんなさい……」

「いや……」

 謝る必要はないと言おうとして、俺はその言葉を飲みこむ。
 きっと、ほたるはそういう言葉が欲しいわけではないと思った。

 最上階に設置されている控室を出て、階段を上り屋上へ。
 まだ開店前、飲食をする客のいないビアガーデンは椅子とテーブルだけが並んでいて、物寂しい雰囲気だった。
 正面にステージが見える。ステージ横には大型のイベント用テントが張られていて、舞台袖とナレーション用の席を兼ねているようだ。

「行ってみよう」

 ほたるとともにテントの中へ。パイプ椅子と長机がいくつか置かれており、長机のうちのひとつに音響設備がセッティングされている。
 スタンドマイクが置かれた座席があった。ここにほたるが座ることになるのだろう。

「座ってみるか?」

 ほたるに促してみるが、ほたるは首を横に振る。

「……機材を壊してしまうと、迷惑がかかりますから……」

 俺は肩をすくめた。

「そうか。大丈夫だとは思うけどな……ほたる、根を詰めすぎて固くなるのもよくない。フェスティバルだしな。天気もいいし、すこし風に当たってから戻ったらどうだ」

「そうですね……」

 ほたるはほんの少しだけ弱々しい笑顔を見せて、屋上ビアガーデンの中央へ歩いて行く。それから不安そうな顔で空を見上げた。

「……なかなか症状が重いな……」

 ほたるに聴こえないように、俺はつぶやいた。




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