36: ◆SESAXlhwuI[saga]
2017/06/16(金) 19:32:26.71 ID:yFIcZ1s10
「あっ……」
思いついた言葉が、一瞬で霧散した。彼は自身の顔を手でたたくと、私にゆっくり寝てろと言い残して、部屋を去っていった。私には、それを黙って見送る事しかできなかった。
――きっと、上達するかどうかは関係なかったんだ。
私は、もう取り返せない事象を振り返る。意味がないと分かっていた。それでも、私は考えた。なんで、プロデューサーさんとのレッスンを続けたかったのか。
上達したかったから?それならば、レッスンのやり方を見直してもらうという言葉だけで十分だったはずだ。
それなら、理由はなんだったのだろう?
――あ。
自主レッスンの日々を思い出す。いつも彼は、後ろで支えてくれていた。私が断ったから表に出てこなかっただけで、最初から見てくれていたのだ。
出来ていないところはどうすればいいかを指摘してくれた。出来た時には、褒めてくれた。
彼は、ずっと私だけを見てくれていたのに。
「……一人でも、大丈夫だったはずなのに」
いつからだろうか、彼が居ないと無性に心が落ち着かない。彼が見ていてくれると分かっていただけで、いつもより元気になれた。いつの間にか、目的が代わってしまっていた。
――嘘をついてでも、一緒に居てほしかったのに。
「………うぅ、うぁああ」
自覚した瞬間、涙があふれてきた。もう帰ってこない時間の貴重さに気付いた私は、静かに掛布団を濡らす事しかできなかった。
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