58: ◆AZbDPlV/MM[saga]
2025/01/13(月) 16:30:03.80 ID:srIrBjX40
「……」
剣道場にてひとり、正座をして眼を閉じる。
明鏡止水。静寂の中に自分の意識を落とし込み、この場の空気と一体になるよう心を鎮める。
ここまではいつもと変わらない。しかし、この先へ進むためには、私が自然と放ってしまっている殺気も鎮めなければならない。
(気配を消すということが、これほどに難しいモノだったとは……)
(しかしだからこそ、これを極めれば私はより高みへと登りつめられるということ)
(坊っちゃんを確実にお護りできる力にしてみせよう)
自分から発している殺気を、自分の中へと閉じ込めるイメージを描く。なかなかうまくいかないが、これを続けていれば、いずれはモノにできるはずだ。
集中している中、何者かの気配が背後に現れたのを感じる。閉じていた眼を開き、背後の気配へ呼びかける。
「……誰だ」
私の問いに答えた声は
猫「にゃー」
「?!」
予想だにしなかった可愛い声。私は弾かれるように、自分でも驚くほどの速度で振り向いていた。その視線の先には、黒い毛並みの、しかし頭頂部だけ赤茶色という特徴のある猫が立っていた。
「ね、猫……? ま、迷い込んでしまったのか?」
この学園は一般的な学園にくらべ、遥かに広い。故に、迷い込んでここまで来てしまったのかもしれない。迷い猫を外へ帰してやろうと、立ち上がって手を伸ばしながら距離を詰めていくが、その脚を止める。
触れようとすれば、私の殺気に恐れた猫が、またあらぬ方向へ逃げていってしまうかもしれないと危ぶんだ。一度目を閉じ、深呼吸をして感情の昂りを自制をする。しばらくの間を置き、落ち着いたところで目を開け、猫へ語りかける。
「そのままここで待っていてくれないか? お前を外に出してくれる者を連れて……と言ったところで、猫に私の言葉は通じないか……」
詫びしい気持ちを抱えながら、私の代わりにこの猫を外へ逃がしてくれる人間を探そうと、なるべく猫から離れて出口へ向おうとしたのだが
猫「にゃー」
その一声が、私を引き止めているように聞こえ、足をとめてしまう。
薄い灰色の双眸が真っ直ぐ私を見つめている。
(私を……恐れていないのか……?)
私を前にした動物は、私の殺気に怯え、一目散に逃げてしまう。坊っちゃん達の犬も、自分で飼っていた文鳥でさえも、私を受け容れてはくれなかった。だから、動物と触れ合うという夢を半ば諦めていたのだ。だというのに、これはどうだろうか?
いや、もしかしたら、私の動向を伺っているだけで、近づけば逃げてしまうのかもしれない。
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