41: ◆AZbDPlV/MM[saga]
2017/09/07(木) 13:01:01.84 ID:AXhxCYg/O
辺古山が出ていってから、寝たフリをやめて目を開ける。まず考えたのは、部屋で別れた獄原のことだ。
(用が済んだら戻ると約束しちまったからな…獄原は確実に俺の心配をするだろうな)
(……考えなしに居座るのはマズかったか)
(あいつのことだから、しばらくは俺を探しまわるかもしれねぇな…)
戻ると約束をしたクセに、無責任にそれを破るようなマネをしたことを反省する。
改めて、体を起こして辺古山の部屋を見回す。こざっぱりとしていて、あまり女の部屋という感じではない。
ゴテゴテと飾りたてた部屋より、気持ち的には遥かに過ごし易いか。
(俺が自ら飼い猫生活を選ぶとはな)
俺はもう、学園の外へ出ると決めていたはずだったが…辺古山のヤツがらしくない寂しげな表情をしやがるから、つい同情してして残ることにしちまった。
(らしくねぇな…)
部屋の中とはいえ、自由度の低さは檻の中とそう変わらない。食事と睡眠を繰り返しながら、辺古山の帰りを待つだけの飼い猫…か。だが、ホンモノの檻の中よりマシなのは、間違いねぇか。
新入りが受ける“歓迎”という名の洗礼からはじまって、看守に目をつけられない程度の陰湿な嫌がらせ…避け方を覚えるまでの間は、まさに地獄といってもいい環境だったあの頃と比べれば、なんてことはない。
しかし、なにもすることがないってのも困ったモンだな。ここを出たほうが、やることは多そうだ。ここでは思考を巡らせるくらいしか、することがない。だが、余計なことばかりを考えてしまいそうだ。
先をみようとしても途切れている。ならば後ろを振り返るしかない。しかし、情熱を注いで打ち込んでいたすべてを不意にした愚かしさ──大切なものを自分の手からとり落とした愚かしさ──それらをわざわざ振り返るなんざ、なんともお笑い種だ。
(だが……)
ここに来るまでの間に蘇った、あいつがいて、テニスができさえすれば概ね満たされていた頃のような“生きている”と実感し、高揚したあの感覚──
全てが許された気がした
喜びが全身に溢れた
自分という存在に意味があるように思えた
──それらが嘘のように今は残っていない。
(アレはなんだったんだろうな。名残惜しく感じちまうのは未練か……)
(…………まったく……クールじゃねーな……星 竜馬……)
あんなモノ、忘れてしまった方がいい。
(忘れてはいけないのは、自分の過ちの方だろう?)
(死にたくはねぇ。けど、その日はどんな姿だろうと訪れる。ケジメはつけなきゃならねぇ)
(あいつを不幸にした罰と、テニスで殺人を行使した罪の清算は、死をもって終える)
(忘れるべきは自ら棄てた“未来”への“期待”と“希望”だ)
(……それでいい…それが正解だろう……?)
幸い、今の俺はただの猫だ。猫にテニスは必要ない。余計な期待や希望をもたなくて済む。
“あの頃の星 竜馬はもういない”と、言ってきていたが、結局は過去を気にして、戻りたがっている自分をみつけ、ふいに乾いた自嘲を零す。
(今の俺は辺古山に飼われる、ただの猫だ)
(俺の存在する意味も理由も、それでいい)
(…………猫らしく寝ておくか)
ようやく思考を止める。瞳をとじただけの不完全な闇から、意識が落ちてほんとうの闇へ落ちていく。
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