21: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/03(火) 00:28:10.70 ID:5kzXp0UHO
美波が上京してから、海斗の姿を見たことはなかった。彼のことはすっかり忘れていたくらいだ。妹が海斗の名前を口にした途端、美波のなかで子どもの頃の記憶が、鮮やかな輪郭をともなって蘇ってきた。記憶のなかの季節は夏で、圭と海斗が虫とりにいく様子を二階の自分の部屋から眺めていた。麦わら帽子をかぶり、虫とり用の網とカゴを持った海斗のあとを、弟がついていっている。風を呼び込もうと開けた窓から、笑いあいはしゃいでいるふたりの声が聞こえてきて、部屋に遊びに来ていた友達に呼び戻されるまで、ずっと聞き入っていたことが思い出された。
その海斗のことが、いまなぜか問題になっていた。
美波は、妹にいったいなにがあったのか問いただそうとした。慧理子はなにも応えなかった。妹は、せっかく姉と楽しく過ごせるひと時を、余計なことをしゃべって台無しにしてしまったことを後悔しているようだった。足にかけたシーンをギュッと握りしめて、気まずそうに沈黙している。美波も、それ以上なにも聞き出すことはできなかった。
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