71:『パノプティコンの女王様(お題:クイーン)2/5』[sage]
2016/02/24(水) 19:12:57.74 ID:pgV1oSIqo
刑務所は何も無い平地にぽつんと建っていた。外見はローマのコロッセオを思わせる平たい円柱形で、工場の
ような無骨な灰色だった。風の強く吹く地域だったため、終始雑草が左右に揺れ、砂埃が巻上って空気を黄色く
染めた。しかし刑務所だけが絵の具をべっとりと厚塗りした油絵のように微動だにしなかった。
「この刑務所はパノプティコン構造って言うんだよね」
60代と思われる禿げて太った所長がアイビーに説明した。
「パノプティコンっていうのはさ、つまり刑務所の人件費を抑えるのに最適なんだよね。囚人たちを入れる部屋
がバームクーヘンみたいに円形の建物の中にあって、監視はバームクーヘンの穴の中から360度全ての部屋を見
渡せるってわけなのね。一人で全ての囚人を監視できるっていうのがスゴいとこよ。ホントは人間一度に周囲を
見られないけどさ、監視は首をくるっと回せばどの部屋も瞬時に見られるわけでしょ。囚人からしてみれば、い
つ監視が自分の方を見るかわからないから、結局は常に監視されてるのと同じってわけなの」
実際に建物の中を見てアイビーは驚いた。
ペットショップの犬猫のショーケースのような監獄が円形に並んでいて、部屋は三階まであった。円の中心に
は灯台のようなものがあって、監視は灯台の中に入って監視業務を行うようになっていた。
異常が発生した時ただちに非常ベルを鳴らすのが監視の仕事で、異常発生後の事態鎮圧を行うのは別の部署の
仕事である。つまりアイビーは決まった時間この灯台の中に座って囚人を監視し、何かあればそれを知らせるだ
けで良い。刑務所の監視が世間体の良い仕事でないのは確かだが、とりあえず明日食う飯を買えれば良いと考え
ているアイビーにとって仕事は楽なものほど良いのである。
・・・・・
それから半年ほどアイビーは真面目に勤務を続けたという。監視交代のときくらいしか同僚と会う機会がない
仕事だが、そのときでさえアイビーは会釈するだけで口もあまりきかなかった。そういう彼女のイメージを持っ
ていた同僚たちは、何故あんな事件が起きてしまったのか、まったく理解できないという。
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