355:家族の距離(お題:クレヨン)5/5[sage]
2016/12/28(水) 12:10:32.60 ID:K2s4O66Qo
僕はしばらくの間クレヨンを妹に渡せずにいた。恩着せがましくするのが嫌だったし、僕と妹
はそんな風に物をあげたりする仲じゃない。きっと妹という名の他人なのだ。母も母という名の
他人で、父も父という名の他人なのだ。僕自身この家のなかで他人だという気がする。
結局、クレヨンを妹にやるもっともらしい理由でもあればよかったのだがそんなものはなく、
なんでもいいから手渡してやれという気になった。ただし両親にその様子を見られてはダメだ。
僕が優しい兄を演じたことを、彼らは無神経に笑うだろう。あるいは自分たちの教育が正しいの
だと満足に頷いて見せるだろう。それはたまらなく嫌だ。彼らは子供達が真剣に何かを考えたり
必死に取り組んでいたりするなんて思いもしないのだ。だから子供達はいつも軽んじられている
心地がする。それが当事者にとってどれだけ悔しいか、虚しいか、知らないのだ。
「これ、いらないからやるよ」
と僕はいった。母が夕飯の準備をしている頃合いだった。妹はリビングに寝そべってテレビを
見ていた。妹はクレヨンに気づくとそれを手にとってお腹の下に隠した。母に見られたらまずい
とわかっているらしい。
僕は何もなかったように妹から離れて子供部屋に戻った。
別に妹に同情してクレヨンを買ってやったわけじゃない。母への反抗としてやったのだ。
その後妹からはお礼もお返しもなかった。ただ僕がクレヨンの秘密を握っているためか、いつ
もの悪癖はなりを潜めたようだった。
おわり
482Res/279.34 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20