216:何事もなき夏の出来事(お題:ラムネ)7/8[sage]
2016/07/03(日) 22:18:39.96 ID:vx65kHWzo
喧嘩を見物しようとする連中が寄り集まってくる流れに逆らって僕らは歩いた。喧嘩している人以外の声も上
がり始めていた。
ちょっとの間黙って歩いていたが、山岸は「そろそろ姉ちゃんのところに行こうかな」と口を開いた。
それとほぼ同時に、絶えず空を覆っていた太鼓と笛の音を割くように雷が低く轟いた。はっとして空を見上げ
ると、雨の香りが吹いて辺りを満たした。次の瞬間に、なだれ込むようにして雨粒が一斉に降り注いだ。叩きつ
けるような激しい雨だった。屋台の屋根やアスファルトを打つ雨音で耳の中がいっぱいになった。
人々は走って軒下に飛び込んだり、もう諦めて雨に打たれるがままになったりした。僕と山岸は全身びしょ濡
れになって足早に歩いた。
「それじゃあ」と山岸は言った「姉ちゃんのとこ、行くから!」
雨音に負けないように、声を張る必要があった。
「それじゃあ!」
僕が手を振ったのを見るが早いか、土砂降りの中山岸は走り去っていった。
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焼き鳥屋はすぐそこだった。その軒下には何人かが雨を逃れて集まっていたが、兄の姿はなかった。肌の黒い
おじさんは、屋台の周りに透明なビニルシートを張ってずぶ濡れになっていた。
避難している数人は服を絞ったりしながら、雨の時間を過ごした。雨脚の強さに、地面が白んでいた。側溝に
流れができて川のようになっている。天にまします何者かが祭りを強制終了したように思えた。神輿の少女たち
の威勢が良すぎたのかもしれない。暴力沙汰が起きたせいかもしれない。だとしたら、なかなかいい判断だ。
僕は自分のラムネを開けていないことに気がついた。歩き続けて、喉も渇いていた。
キャップでビー玉を押し込むと、白い泡が盛り上がって瓶の口からこぼれ落ちていった。慌ててすすり口に含
むと、しゅわしゅわとはじけながら甘い香りが鼻腔を通り抜けて行った。すっかり温くなっていたし、炭酸も抜
けてしまった。なんでこんなもの、飲まなきゃならないんだろう? と僕は眉根を寄せた。そういえば、今日は
ずっとこんな思いばかりしている。
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