勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」後編
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560:名無しNIPPER[saga]
2017/06/25(日) 16:17:12.36 ID:dyU/3Fo20
 ―――――試験都市フィルスト。

 勇者の実家を模した家の中で、魔族の娘が窓越しに空を見上げている。
 物憂げなその表情からは、彼女が己の父―――『伝説の勇者』の安否を心配していることが容易に読み取れた。
 はぁ、と魔族の娘は大きなため息をつく。
 どうしてこうなってしまったのだろう。本当なら今頃は、家族三人で仲良くピクニックに行っているはずだったのに。
 自分が初めて作ったお弁当を、自慢気に父に披露するつもりだったのに。

「お父さんのことが心配?」

 かけられた声に振り向く。
 いつの間にか、母が部屋の中に入ってきていた。

魔族娘「心配だよ。パパ、すごく怖い顔してた。あんな物々しい格好までして…」

魔族母「大丈夫よ。あの人はとても強いもの」

 母は娘を抱き寄せ、安心させるようにその背を撫でる。

魔族母「あの人は大魔王様と戦い、それでも生き残った唯一の人。敵であったはずの私達を慮って剣を振れなくなった優しい人。本当はもう戦いたくなんてないのに、誰かの命を救うためにもう一度立ち上がった勇気ある人―――『勇者』、なんだから」

 娘は母に背を預け、ふうと息をつく。

魔族娘「……パパが助けに行ったあいつ。あいつも、パパの子供なの?」

魔族母「そう……そうね。そのようだわ」

魔族娘「ママは知ってたの? パパに他の子供がいるってこと」

魔族母「知っていたわ。それでも、ママはパパを愛した。戦いに傷つき、魔界と自分の世界との間で葛藤するあの人を救ってあげたかった」

 魔族の母は、かつて大魔王との戦いに敗れ瀕死となった『伝説の勇者』の世話役として、彼と共に過ごした日々に思いをはせる。
 『伝説の勇者』はずっと自分を責めていた。ずっとずっと誰かに謝っていた。
 その姿を見て、胸が締め付けられるような切なさを感じた。
 キュンと締め付けられた胸の熱は庇護欲をそそり、母性を刺激し、やがて大いなる愛情となった。
 ほう、と魔族の母は熱のこもった息を吐く。

魔族母「パパはきっとあの子を連れて帰ってくる。ねえ、○○。どうかあの子と、パパのもう一人の子供と仲良くしてくれないかしら?」

 娘は頬を膨らませた。
 父を殴りつけた勇者の姿を思い出して怒りを再燃させたのだろう。
 しかし娘はぷしゅーと息を吐くとにこりと母に微笑みかけた。

魔族娘「しょうがないなぁ。ママと、何よりパパのためだもの。我慢して、仲良くしてあげる」

 それは、母譲りの慈愛に満ちた笑みだった。
 娘は窓の向こう、空の彼方を見据え、父に思いを馳せる。

魔族娘「……あれ?」

 広い空の下、小高い丘の上。
 娘はそこに、何だか見覚えのある人影を見たような気がした。




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