本田未央「プロデューサーとのごはん」 その2
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754: ◆Tw7kfjMAJk[sage saga]
2019/01/20(日) 18:21:33.08 ID:eq8ixgN30

――


「それで、どうしてとんかつなんだ?」

 歩き始めてから数分、プロデューサーが尋ねる。未央は指を唇に当てて「んー」と考え込んでから、「なんとなく?」と首を傾げた。

「なんとなくか」

 そう言ってプロデューサーは笑う。しかし、それは呆れたからではなく納得したからだろう。

 なんとなく、何かが食べたくなることはある。出そうと思えばそれ以外の理由も出せる。今回の場合であれば、『カツ』だけに次のオーディションの験担ぎにー、とか、最近寒いからー、とか、最近お肉をあんまり食べてなかったから久しぶりにガッツリいきたいと思ったからー、とか、油ものは食べすぎないようにしてるけどたまにはやっぱり食べたくなるからー、とか。理由なんて、後付でもいいのであればいくらでも出せるものだ。

 でも、それはやっぱり後付でしかない。最初からそう思っていたわけじゃない。後になって考えてみれば『これが理由だったのかもしれないなあ』なんてことはたくさんある。なんとなく、気付けば、そう思っていた。理由なんて、それだけで十分だろう。

 例えば……未央はプロデューサーのことを見る。彼に対する色々なものだって同じことだ。なんとなく、気付けば。後になって考えてみれば『これが理由だったのかもしれないなあ』なんてことはたくさんある。でも、それはやっぱり後付でしかない。確かにそう思っている。それだけがわかれば十分だ。

「ん? どうした、未央」

 視線に気付いたのだろう。彼の質問に未央は「なんでもなーい」と弾んだ声で答える。「そうか」と彼が言ってくれたので未央は「うん」とうなずく。

 なんでもないと言ったときは、たいてい何かあるときだ。ただ、言いたくなかったり、わざわざ言うことじゃなかったり。

 触れられてほしくないのなら、触れるべきではないでしょう? ……なんて。プロデューサーは、ほんとうに放っておいてほしいときには放っておいてくれなかったりするし――まあ、そういうときは、自分でも気付かなかったところでは放っておいてほしくなかったと思っていたりするんだけど。

「とんかつってさ」

「うん?」

「あんまり食べる機会ないかも。そう思わない? プロデューサー」

「そうか? ……いや、そうかもな。確かに、食べる機会はそんなにないか。カツ丼とかカツカレーとかのが食べる機会あるかもな」

「揚げ物って自分ひとりだとあんまり作らないし、食べに行くことそんなに多くはないし……カツサンドとかは、差し入れでもらったりとかするけど」

「あー……確かにな。あと、とんかつは出来たてがいちばんって印象もある」

「それはなんでもそうじゃない? って、そういうことが言いたいわけじゃないよね。ステーキとかと同じ理論かな。冷めると肉の脂が固まっちゃって……みたいな?」

「でも、カツサンドとかはちょっと置いたほうがうまい気がするんだよな……」

「それもそれでわかる……」

「まあ、とにかく、とんかつ単体ってなると思ったよりも食べる機会ないかもな、ってことだな」

 そういうことかもしれない。とんかつは『とんかつを食べよう』と思わないとなかなか食べないイメージがある。唐揚げとかだと、もうちょっと気軽に食べる気がするんだけど。

「唐揚げは色んなとこで売ってるもんな。他の揚げ物に比べると食べる機会は確かに多い」

「未央ちゃんと言えばフライドチキンですからねー」

「フライドチキンと唐揚げは違わないか?」

「違うけど……わかるじゃん?」

「わかるけど」

 わかるんじゃーん、と未央は笑う。それを見て彼も口元に笑みを浮かべたものだから、未央はますます楽しくなって、少し前に出てくるりと回る。

「いきなりどうした」

「どーしたんでしょーねー」

 後ろ手を組みながら、彼のほうを向いたまま歩く。しかし、その時間が長く続くことはない。



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