女神
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230:名無しNIPPER[saga]
2016/05/06(金) 22:36:13.83 ID:my8qAWPQo

 その日、僕はもう日が落ちて薄暗い通りを駅まで麻衣と一緒に帰った。彼女はもう何も
言わなかったけど、校舎から出ると黙って僕の手を握った。完全下校時間になっていたの
で、周囲には先生に注意される前に校門を出ようと下校を急ぐ部活帰りの生徒たちで溢れ
ていたし、校門の前には急いで生徒たちを校内から追い出そうとしている先生の姿もあっ
たけど、麻衣はやはり何も言わずに僕の手を握ったままだった。

 昨日に引き続き僕と麻衣が寄り添って薄暗い道を歩いている姿は、きっと下校中の生徒
たちに目撃されていたはずだった。こんなことを繰り返していればそのうち僕と麻衣の仲
が噂になるのは時間の問題だったろう。そういう可能性に気がついていないのか、あるい
は気づいていてもどうで もいいのか、麻衣は周囲を気にする様子もなく自然に僕の手を
握ったまま、ゆっくりと駅の方に歩いていった。どちらかというと僕の方が周りの視線を
気にして挙動不審になっていたから、他人から見たら二人の様子は寄り添うというより、
麻衣に手を引かれた僕が後ろからついて行っているように見えたかもしれない。

 麻衣にとってはこれは恋ではない。僕は好奇心に溢れてた周囲の視線に戸惑いながらも、
恥かしい勘違いをしないよう自分に言い聞かせた。麻衣と親密になることが今の僕の目標
だけれども、それはこんなに簡単に成就するものではないはずだった。今の麻衣には僕の
ほかに相談する相手がいないし、僕には傾聴スキルがあったから麻衣にとって僕は唯一の
相談相手、それも信頼できる相談し甲斐のある唯一の相手だった。もともと年上の相手に
自然に甘えることができる麻衣なのだから、信頼している相手に手を預けるくらいで彼女
の恋愛感情を推し量ることはできない。

 それに、今の僕は中学時代よりももっと自分に対して自信を持てなかった。手を繋いで
一緒に帰るというだけなら、優とだって同じことをしていた。そればかりか一度だけ、優
は僕に向かって直接僕のことを好きと言ってくれたことさえあったのだ。でも結局、優が
僕のことを好きだということは僕の勝手な思い込みに過ぎなかった。そう考えると麻衣が
頬にキスしてくれたり手を握ってくれる行為自体を過大評価してはいけない。

 有体に言えば麻衣にとって、僕は臨時のお兄ちゃんになったに過ぎないのではないか。
僕はそう考えた。麻衣がこれからしようとしていることは、池山君を優から引き離すとい
うということだから、麻衣はこれまでのように池山君を頼るわけには行かない。それに対
して、僕は麻衣の意向を全人格的に尊重する態度をしつこいくらいに示してきた。そのこ
とに安心した麻衣は、彼女の心の中で僕を臨時のお兄ちゃんに任命したのではないだろう
か。

 そう考えると僕には、下級生の少女と手を繋いで暗い帰り道を一緒に歩いているこの甘
い状況に、感傷的に浸りきる贅沢は許されていなかった。明日からはもっといろいろと仕
掛けないといけない。そのためには麻衣を傾聴者である僕にもっと依存させていかなけれ
ばならない。そのための布石は打ったし結果も今のところ予想以上だった。でもここで満
足してしまっても何にも意味はない。この先に打つ手はだいたい思い浮んでいたのだけれ
ど、もう少し体系的に整理しておいた方がいい。

 ・・・・・・ただそれは麻衣と別れて自宅に戻ってからでもいいだろう。僕は少しだけ自分を
甘やかした。この状況に浮かれさえしなければ、少しだけ、ほんの少しだけこの恋人同士
のデートのようなシチュエーションに浸ってもいいかもしれない。それが僕の勘違いであ
るにしても。麻衣に手を握られながら、そんな考えをごちゃごちゃと頭の中で思い浮かべ
ていた僕は、ふいに彼女に話しかけられた。

「先輩、さっきから何を考えているの」

 麻衣が僕の方を見上げながら不思議そうに言った。彼女もこの頃には自分の考えが整理
できたようで、さっきまでの泣きそうな表情は見当たらなかった。その不意打ちに僕は少
しうろたえた。僕はとても彼女に告白できないようなことを考えていたのだから。

「いや・・・・・・別に」

 僕は我ながら要領を得ない答えを口にした。でも彼女にはそれ以上僕を追求する気はな
いようだった。

「そう・・・・・・先輩?」

「うん」

「先輩って最近あたしに構ってくれてるけど、学園祭前なのに生徒会とかは顔を出さなく
ていいの?」

「ああ。それは大丈夫」

 麻衣の件がなかったとしても、そもそも生徒会にはい辛いのだけど、それは麻衣に言う
話ではなかった。

「副会長とか遠山さんとか、みんなしかっりしているから。僕なんかがいなくても大丈夫
だよ」

 どういうわけか麻衣は僕の答えを聞くと黙ってしまったけど、次の瞬間僕の手は彼女の
冷たい小さな手によって今までより強く握りしめられたのだった。

「先輩、本当にありがとう」

 麻衣は僕の手を離して少しだけ僕の方を見てから、ちょうどホームに入ってきた電車に
間に合うよう急いで改札の方に吸い込まれて行った。電車に乗る前に一瞬僕の方を見て手
を振った彼女は、気のせいか少しだけ僕と別れることを名残惜しそうに思っているかのよ
うに見えた。


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