魔女「ふふ。妻の鑑だろう?」
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372: ◆DTYk0ojAZ4Op[saga]
2015/11/25(水) 02:57:09.27 ID:Mm2oT6db0



そして父も母も妹も、時計すらも、彼の前から消えた。
なにも失くした彼は引きずられるようにふらふらと、
無音の家を跡にした。

今日からは、無音の時を刻もう。
それだけを思い、あてのない旅に出る。

あれはどこだっただろう。
名もない街の市場で、腹を空かした彼は、店先に積まれた林檎をふと目にし、
虚ろに林檎を見つめるうち、心に疑念が渦巻くのを感じた。

自分は何が悪かったのだろう。
なぜこのような人生になったのだろう。
店先で無邪気に遊ぶ子供、
それを笑いながら見守る母。
我が家はどうなっているのか。
溢れかえる時計を全て捨ててみれば、我が家にはなにも残らなかった。
時を刻む事を止めた我が家はただ朽ちるだけだというのか。
だというのに、我が家がそうだというのに、なぜこの家は、
硝子一枚割れていないのだ。

店先を通り掛かる時、
なんの澱みもなく指が動いた。

まるで、何年も前から、生業としていたかのように。

少しも傷まぬ心と、口に広がる、爽やかな甘味と酸味。
自分は何も悪くない。全て親が悪いのだ。
そのひとつの小さな窃盗が、
全てを失くした彼の心を、黒く染め上げたのだった。






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