もしもシャミ子が葬送のフリーレンの世界に飛ばされたら

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102 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:11:12.37 ID:4JAHijIv0
 
◇数日後

桃「石材持ってきましたー」

シュタルク「おっちゃん、ここに置いちゃって大丈夫?」

村人「あ、ああ。ありがとう。じゃあ大きさ合わせて切ってくれるかい?」

シュタルク「あいよー。んじゃあ俺が適当に割っていくから、細かいとこ頼むぜ」

桃「へーい」

村人(それこそ家一件分くらいある大きさの石を背負って持ってきた……いまもそれをチーズみたいに切り分けてるし……)

子供「シュタルクすげー! どうやったらシュタルクみたいなせんしになれる?」

シュタルク「ん? あー、そうだな。坊主くらいの歳なら、よく食ってよく寝るのが一番大切だぜ」

子供「えー! そんなのつまんない! しゅぎょうつけてくれよー!」

シュタルク「仕事が終わったらなー」

 わいわいがやがや

桃「……」


シャミ子「あっ、桃がなんか寂しそうな顔してる」

アソリ「桃はあんま表情動かなくて威圧感あるからなー。はいシャミ子、野菜切ったから並べて」
103 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:13:53.89 ID:4JAHijIv0
 
 あれから数日後。フリーレン一行とせいいき桜ヶ丘組は修復作業の為、村に滞在していた。魔法使い二人、魔法少女二人という超馬力の存在のお陰で、村の復旧は急ピッチで進んでいる。

 『村を襲ったのはシャミ子とは別の魔族で、桃達はそれを追っていた戦士と魔法使い。シャミ子とリリス、およびウガルルは人と共存しようとする良い魔族』

 結局、あの日の出来事はそんなカバーストリーで誤魔化すことになった。

 フリーレンと桃の戦闘は村人に目撃されていたが、村人は家から飛び出してすぐに眠らされた為、桃の姿は見ていない。

 彼らの認識としては、フリーレンが"何か"と戦っていたというものであった為、そこに架空の魔族の存在を当て嵌めたのだ。家を壊した責任もその魔族に全部負わせた。

ガタイのいい村人「おう、アソリにシャミ子ちゃん! 頑張ってるな! さっきミカンちゃんが鹿を大量に仕留めたから、今夜は肉が振る舞われるってよ!」

アソリ「おっ、ラッキー! こんな調子なら、シャミ子達ずっと村にいてくれればいいのにな!」

シャミ子「あははは……」

 夢魔の力が解けた為、村人達が抱いていたシャミ子への猜疑心が復活するのではという心配は――結論からいえば杞憂となった。

 あの夜以降も、村人からシャミ子への態度が変わることは無く、友好的な関係を維持している。

しおん「シャミ子ちゃんの能力は、いまはまだ深層心理に働きかける程度のものだから……シャミ子ちゃんがこの村で一生懸命お手伝いしてたのは村のみんなが見てたんでしょ?」
しおん「根拠のない猜疑心と、実在する記憶なら後者が勝つってところだろうねぇ」

 と、合流したしおんはそんな仮説を立てていたが。

 誰も気にしていないが、復活した桃のトラウマもいつの間にか消えていた。<かいふくのつえ>の効果なのだが、その事実には誰も気づいていなかったりする。

リリス「――そして余の張ったバリアが、邪悪な魔法使いの魔法を防いだ! びびびー! カキーン! ふははは、余は無敵! 最強!」

子供達「うそくせー!」「せきぞうの時のがまだかわいげがあった」「なんでおねえちゃんは働いてないの?」

リリス「余は特権階級なので労働を免除されているのだ! くくく、羨ましかろう!」

アソリ母「リリスさーん? ゴミ捨ては終わったんですかー? 働かざる者食うべからずですよー?」

リリス「あっ、はい。いまやりますー……」

子供達「だっせー」「こんなおとなにならないようにしよう」「おてつだいしにいこう」
104 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:14:31.42 ID:4JAHijIv0
 
フリーレン「村の復興は順調だね。保存食も鹿猟でなんとかなりそうだ」

フェルン「潰れた倉庫からも、ある程度は回収できましたからね。建物の建て直しも今日中に終わるでしょう」

フリーレン「となると、あの子達も明日には旅立つかな……魔法少女の魔法や魔力操作は再現できそうにないけど、有意義な時間だった」

フェルン「初日は質問漬けにされて、ミカン様たちは寝不足になっていましたが」

フリーレン「一日徹夜したくらいで情けないね」

フェルン「フリーレン様はお昼まで起きなかったの、忘れていませんよ」

フリーレン「……それにしても、シャミ子がこっちに来た理由……」

フェルン「誤魔化さないでください」

フリーレン「違う……いや本当に違うんだって。だって気になるでしょ。シャミ子の話が本当なら、シャミ子をこの世界に呼んだ奴がいるってことだよ」

フェルン「……確かに、それはまあ。いままで仕事に追われていて、考える余裕もありませんでしたが」

フリーレン「異世界を渡る魔法……この村にくるきっかけになった、私が感知した残留魔力は多分その痕跡だ」

フェルン「そんな途方もない魔法、本当に存在するのですか?」

フリーレン「人間には無理だ。可能なのは魔族の魔法か、まだ発見されていない女神の魔法くらいだろうね」
105 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:15:23.75 ID:4JAHijIv0
 
しおん「……面白そうな話をしてるねぇ。混ぜて貰っていい?」

フェルン「しおん様? 保存食作りを手伝っていたのでは?」

しおん「腕が痛くてもう無理ぃ……ウガルルちゃんに任せてきたよ。ペミカンの作り方も伝授してきたし、頭脳派キャラのノルマはこなしたと見なしていいよね?」

フェルン「それは知りませんが」

フリーレン「しおんもシャミ子を呼び出した犯人について考えていたの?」

しおん「そりゃそうだよぉ。そうそう何度も異世界に呼び出されてたら命がいくつあっても足りないもん。あっちに帰る前に、何らかの対処はしておかないと……」

フリーレン「なにか分かった?」

しおん「こっちの世界のことは知らないことの方が多いから……ただ、犯人の"手段"についての仮説は立ちそうなんだ」

フェルン「手段の仮説……? 異世界召喚魔法の術式構造の仮説ということでございますか?」

しおん「そんな難しい話じゃなくてね。確認したいんだけど、こっちの魔族の生態って――」
106 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:16:16.26 ID:4JAHijIv0
 
◇翌日 森の中

アソリ「……よし、と。これくらいでいいかな」

シャミ子「アソリちゃーん」

アソリ「ん、シャミ子か? どうかしたの?」

シャミ子「……あの、アソリちゃんに用事があって。一緒に来てくれます?」

アソリ「別にいーよ。どこに行くの?」

シャミ子「私たちがお借りしてる寄り合い所まで……ところでアソリちゃん、こんなところで何をしてたんです? その袋は?」

アソリ「別に、何でも。それよりほら、行こうよ」
107 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:16:50.87 ID:4JAHijIv0
 
◇寄り合い所

アソリ「お邪魔しまーす。お、全員勢揃いだね」

フリーレン「……」

フェルン「……」

シュタルク「……」

桃「……」

ミカン「……」

リリス「……」

しおん「……」

ウガルル「んがっ」

アソリ「んがっ! で、私に用があるらしいけど何かなー?」
108 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:17:26.29 ID:4JAHijIv0
 
シャミ子「アソリちゃん……アソリちゃんは、この世界で一番最初に出会って、この世界で一番優しくしてくれた人です」

アソリ「な、なんだよ改まって……照れるぜ!」

シャミ子「だから――正直に言ってください。なにか、私たちに隠していることはありませんか?」

アソリ「? なんのこと?」

シャミ子「正直に……言ってくれないんですか?」

しおん「ごめんねぇ、アソリちゃん。もう証拠は揃ってるんだぁ」

フェルン「隠し立てしても無駄ですし、逃げられませんよ。いま入ってきた扉はフリーレン様が魔法で閉じました」

アソリ「えっ……あっ、本当に開かない! な、なんだよ……みんな怖い顔しちゃってさ」

シャミ子「フリーレンさんは、記憶を読む魔法が使えるそうです。でも使いたくありません。アソリちゃんの口から、本当のことを聞きたいんです」

アソリ「シャミ子……」




アソリ「なぁんだ、ばれちゃったのか」
109 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:17:54.35 ID:4JAHijIv0
 
シャミ子「本当に……アソリちゃんが……?」

アソリ「なんだよ、証拠は揃ってるんじゃなかったの? あ、もしかしてカマかけられた? ははっ、ずるいなーシャミ子は」

シャミ子「どうして……」

アソリ「理由なんて分かりきってるだろ? 腹を満たすためだよ」

シャミ子「違います! 私が聞いているのは……!」



シャミ子「どうしてみんなの分のクッキー食べちゃったんですかってことです! 帰るとき、村の皆さんに配ろうと思っておかしタイムの杖で用意したのに!」

アソリ「いやしょうがないじゃん! 何だよあの暴力的なバターと砂糖の香り! こんな寒村で生まれ育った子の目の前であんなもん出しやがって!」

アソリ「みんなが留守の内に忍び込んで白湯と一緒に美味しくいただきました! 最初は一枚だけと思ったけど気づいたら全部平らげてました!」

アソリ「それにあれは毒だね! こんな寒村の住人に食わせたらいけないね! 生涯において二度と食べられないであろう甘味を味あわせるなんて残酷じゃん?」
アソリ「だから私が全部食べて、むしろ村のみんなから感謝されるべきだと思います!」

シャミ子「開き直った!? 分かりました。感謝されるべきってことなら、アソリちゃんのお母さんに言っても大丈夫ですね!?」

アソリ「あっ、母さんにチクるのはレギュ違反だろ! うちの母さんの食いしん坊振りはシャミ子も知ってるくせに!」

シャミ子「アソリちゃんのおかあさーん! アソリちゃんがー! クッキーをひとりじめにしてー!」

アソリ「わああああストップ! ストップだシャミ子! 悪かったから! 謝るよ本当にごめんなさいでした!」

シャミ子「……まったく、あとは袋に小分けするだけだったのに……用意した小分け用の袋も消えてましたけど、あれどこにやったんですか?」

アソリ「私の部屋の棚の引き出しに隠しました」

シャミ子「ええい、証拠隠滅とは悪質な。クッキーはもう一度杖で出せばいいですが……」

アソリ「ごめんってばー」

桃「それじゃあアソリには罰としひとりで袋詰めをやって貰おうか。シャミ子、またアソリが独り占めしないように監視しておいて」

シャミ子「がってんです! ほら、アソリちゃん行きますよ!」

アソリ「はーい……」
110 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:18:40.78 ID:4JAHijIv0
 
フリーレン「……シャミ子は十分建物から離れたよ」

シュタルク「あのアソリって子、役者だなぁ。マジで逆ギレしてるようにしか見えなかったぞ」

フェルン「クッキーに関しては、私たちもいただきましたのに……」

リリス「え、そうなの? 余は食べてないんですけど?」

ミカン「ご先祖様はここ数日、遊んでばかりだったらから外そうって桃が」

リリス「ちょっと−!? 余だってこっちの世界でもゴミ捨て頑張ってたんですけど!?」

桃「はいはい、次のクッキーは食べていいですから……で、計画通りシャミ子を遠くにやったわけだけど。どうしてもシャミ子には秘密にしなきゃいけないんだよね?」

しおん「たぶんね。不満があるなら、話を聞いた後にシャミ子ちゃんに話すかどうか決めてくれればいいよ」

桃「分かった。それじゃあ話してくれる? シャミ子を呼んだ奴について分かったことがあるんでしょ?」
111 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:20:09.40 ID:4JAHijIv0
 
しおん「あくまで仮説だけどね。分かったのは、シャミ子ちゃんをこの世界に呼んだ人の"手段"について」

リリス「手段? そんなもの分かりきっているだろう。魔力契約による強制召喚だ」

しおん「呼び出した手段じゃ無くて、その人がどうやって目的を果たそうとしていたか、って話だよ」

桃「目的……この世界の魔族と人を共存させる、だっけ?」

フリーレン「……」

しおん「うん。シャミ子ちゃんを呼び出した人……犯人って呼ぶけど、その人の目的は共存で間違いない」

シュタルク「なんでだ? そう言われたってだけだろ? その犯人とやらが魔族なら嘘かもしれないぜ?」

リリス「いや、魔力契約で条件を偽ることは出来ぬ。余が桃にいつか仕掛けてやろう思っているような、詐欺めいた悪質な契約を交わすこともできるが――」

桃「あ゛?」

リリス「やばい口が滑った! と、ともかく今回の契約内容は単純で、誤魔化しが入る余地はない。"魔族と人の共存を実現するため"にシャミ子を呼び出した。この前提は覆らん」
リリス「あ、いけないんだぞ桃。いまはみんな真面目な話をしているのだから、席を立って余の腕をとって複雑な関節技を掛けてはあぎゃあああああああ!」

ミカン「ごめんなさい、続けて?」

しおん「犯人の目的は魔族と人間の共存。それじゃあそれをどうやって実現する気だったと思う?」

シュタルク「普通に考えれば、シャミ子にそれをやらせる気だったってことだよな」

フェルン「確かにあの気質なら、架け橋になることもできるでしょうが……実際、この村の方々はシャミ子様に好意的です」

フリーレン「でも、それはあくまでシャミ子が異世界のまぞくだからだ」

しおん「そうだね。この世界の魔族は例外なく生まれながらにして人間の天敵。その言葉さえ人間を騙すために生態として身につけた」

ミカン「シャミ子がいくらこの世界の人と仲良くなっても、こっちの魔族の気質が変わるわけじゃないものね。変わるのは――」

フリーレン「――受け手。人間の認識だ」

ウガルル「ボスは尻尾アレだけド、ボスとしてノ心得あル。ボス、大人気!」

ミカン「なるほど、つまり犯人はシャミ子を広告塔にして人間側の意識を変えるつもりだった! そういうことね!」

フリーレン(……でも、それは)

しおん「うーん、満点はあげられない解答だねぇ」

ミカン「あら、そうなの? どこが間違っていたのかしら」

しおん「大筋では間違ってないよ。シャミ子ちゃんを使って人間側の意識を変えようとしたっていうのはきっと正しい。ただ、どう使うかが問題なんだ」
しおん「シャミ子ちゃんにこの話を聞かせないようにしたのもこれが理由」

しおん「結論から言うね。犯人はたぶん、シャミ子ちゃんを殺すつもりだったんだと思う」
112 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:21:19.97 ID:4JAHijIv0
 
桃「! ……それ、どういうこと?」

しおん「犯人にとって、私たちが干渉するのは想定外だった筈。この世界に迎えにこれたのは、リリスさんが咄嗟に投げ込んだ始祖像に、私が偶然マジカルGPSを取り付けてたから」
しおん「二重の偶然を読んでいたとは考えにくいよねぇ」

リリス「はいでた余のファインプレー! 桃はもっと余をリスペクトすべきだと思います!」

しおん「本来、シャミ子ちゃんは元の世界に帰れない筈だったの。この世界に骨を埋めるはずだった……ところでこの世界の魔族と私たちの世界のまぞくには、大きな違いがあるよね」

シュタルク「違い……分かんねえな。シャミ子の能力も、魔族の魔法なら再現できそうだし」

フェルン「能力ではなく、生態の違いということでしょうか?」

桃「生態……そうか、前にフリーレンが言ってたね。こっちの魔族は、死ぬと死体が残らないって」

しおん「そう。でもシャミ子ちゃんは死体が残る……犯人にとって、それは不都合だったはず」
しおん「なぜなら生前のシャミ子ちゃんがいくら人間の魔族に対する認識を変えても、その最期に死体が残ればこちらの魔族でないことが分かっちゃうから」

しおん「ううん。異世界という認識が無ければ、単純にシャミ子ちゃんは魔族ではなかったってことになる」
しおん「下手をすれば角も尻尾もただの奇形。ちょっと見た目の変わった人間だったんじゃないかってことにもなりかねない」

フェルン「そうなれば、変化させた人間の認識も元に戻ってしまう……」

シュタルク「なるほどな。つまり犯人の計画っていうのはシャミ子と人間が仲良くなった後、、シャミ子を殺してその死体を埋めるなりなんなりするつもりだったってことか」

しおん「いいねいいね、さっきよりは満点に近づいてきたよぉ」

シュタルク「? まだなんかあんのか?」

しおん「この犯人は、最初の魔力契約を除けば自分の手で干渉する気がない、あるいは出来ない状態にあるんだと思う」

しおん「この計画自体、完璧に詰められたものっていう印象がないよね。かなりの部分が運任せで、精々が"種はまいておくから後は勝手に育って実がなればいいなぁ"ってくらいのレベル」

しおん「例えばシャミ子ちゃんが最初に呼び出された街道を逆に行ってれば、ここより大きな街にたどり着いてた」
しおん「魔族っぽい見た目のシャミ子ちゃんがのこのこそんなところに行ったら、衛兵に取り押さえられて人間の認識を変える前に処刑されちゃう可能性もある」

しおん「他にも道ばたで野宿して凍死したりとか、魔物に襲われて食べられちゃうとか。この世界、正直シャミ子ちゃんひとりだけで生き抜くには過酷だからね」

シュタルク「じゃあ犯人はシャミ子の死体をどう始末するつもりだったんだ?」

しおん「自分で始末できないなら、他人にさせればいいんだよ。例えば――世界でも有数の魔法使いに、欠片も残さず消し飛ばして貰うとか」

フェルン「それは……つまり、フリーレン様に?」
113 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:23:08.72 ID:4JAHijIv0
 
しおん「犯人の計画の全貌は、多分こんなところだと思う。まずフリーレンさんがある一定の距離に入ったところで、その行き先にシャミ子ちゃんを召喚する」
しおん「一定の距離って言うのは、シャミ子ちゃんがフリーレンさんと出会うまでに、人間と仲良くなるための時間を稼ぐ為のものだね」

リリス「しかし余達がこの世界に来たとき、術者の姿はなかったぞ?」

しおん「遠隔から召喚したか……もしくは発動条件を設定した魔法を予め仕込んでいたのかも。それこそ一定の距離にフリーレンさんが侵入したときに発動する、とかね」
しおん「こっちの魔族の魔法は、ひとことで言えば"何でもあり"みたいだし」

フリーレン「……」

しおん「シャミ子ちゃんの召喚された街道は、基本的に帝国領までの一本道。中央諸国に住んでるフリーレンさんの進路予測は十分立てられる」
しおん「あとは召喚魔法の残留魔力をフリーレンさんが感知すれば、怪しんで勝手にシャミ子ちゃんを追跡してくれるでしょ?」
 
しおん「この辺りは昔から魔族による被害が少ないんだって。そんな土地で魔族を探せば高確率でシャミ子ちゃんに行き当たるもんねぇ」

フリーレン「そして追いついた私がシャミ子を魔法で消し飛ばす、か……なるほど。つまり私はまんまと誘導されたってわけか」

しおん「そうだね……そしてその事実が、この犯人の特定に少しだけ役に立つ……」

フェルン「特定? 犯人がどこの誰か絞れると?」

しおん「私には無理だけどね……フリーレンさんには心当たりがあるんじゃないかな。だってたぶんこの犯人は、フリーレンさんと面識があると思うから」

桃「! フリーレン、本当?」

フリーレン「答える前に教えて欲しい。しおんはどうしてそう思ったの?」

しおん「フェルンちゃんやシュタルクくんに色々こっちの世界のお話を聞いて、私なりに判断したんだけど……」
しおん「『魔族は完全に交渉の余地のない動物である』って認識は、この世界で十分に浸透してるわけじゃないみたいだね?」

しおん「長い間魔族と戦ってきた城塞都市の人間でさえ、交渉の余地があると思ってしまったくらいだもんねぇ」
しおん「たぶんきちんとその認識を持ててるのは、フリーレンさんやごく一部の魔法使い達だけなんじゃないかな?」

しおん「それ以外の戦士や魔法使いがこの村に立ち寄って、村人と仲良くしてるシャミ子ちゃんを見たら『魔族とも共存できる』って思い込むと思う」
しおん「犯人からしてみれば、それはよくない状況だよね。シャミ子ちゃんを討伐させないと死体が残っちゃうから」

しおん「でも犯人にとって都合の良いことに、やってきたのは魔族絶対殺すウーマンのフリーレンさん。これって偶然かな?」
しおん「そもそも召喚の残留魔力はフリーレンさんくらいにしかその異常性を感じ取れないくらい心許ないものだったんじゃない?」

フェルン「確かに……私も魔力探知は得意な方だと自負していますが、あの残留魔力は誰かが民間魔法でも使ったのだろうと気にも留めませんでした」

しおん「つまり、この計画に必要不可欠だったのはフリーレンさんなんだよ」
しおん「異世界から呼び出せる以上、シャミ子ちゃんの代わりはいくらでもいるからねとりあえず人畜無害で角の生えた子を引っ張ってくればいいわけだから」

桃「犯人は、そんな理由でシャミ子を誘拐したの……?」

 べきっ

リリス(うわ、桃の爪先が石床ぶち抜いてる……怖っ)

しおん「他にも仮説レベルでよければいくつか理由はあるんだけど――全部聞く?」
114 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:24:14.20 ID:4JAHijIv0
 
フリーレン「いや、それだけ聞ければ十分だ」

フェルン「では本当にフリーレン様と面識のある魔族ということですか? となると、かなり絞られるのでは?」

シュタルク「ああ、フリーレンと会って生き延びた魔族なんてそう多くねえだろ」

フリーレン「……正直な話、犯人の目的を聞いた時点で思い浮かんだ顔はあったんだ。人類との共存。そんなことを本気で願っていた魔族なんて、片手の指でこと足りる」

桃「よし、そいつら片っ端から絞めていこう」

フリーレン「それは無理だろうね」

桃「無理でもやるんだ。どんなに強い相手だって――」

フリーレン「ああ、そういう意味じゃないんだ。安心して欲しい。そいつは80年以上前に死んでいる」

桃「え……もう死んでる? どういうこと? 確かなの? ならなんでシャミ子が――」

フリーレン「確かに死んでるよ。私たちが倒したんだ。そいつは勇者ヒンメルとその一行にに倒された。シャミ子が今になって誘拐されたのは、生前に時限式の魔法を用意してたんだろう」

しおん「時限式? 条件付きじゃなくて?」

フリーレン「しおんの考察は概ね正しかった。瑕疵があるとすれば、犯人の仲間に未来を見通す魔法を使う魔族がいたってことだ。そいつも南の勇者と相打ちになって死んでるけど」

フリーレン「とにかく犯人は自身が死んでから80年以上後に、私があの街道を通ると知ることができた」
フリーレン「運任せに見えた部分も、向こうにしてみたら確かなものだったんだろう。呼び出したシャミ子がこの村に向かうのだって知っていたかもしれない」

リリス「しかし、それでは桃達の介入で計画が失敗することも分かっていたのでは?」

フリーレン「おそらくだけど、異世界の未来は見れないんじゃないかな。シャミ子を呼ぶのはこちらからの干渉で確定していたから見通せたんだろう」
フリーレン「魔法で見通す未来がどんなものかは分からないから、憶測になるけどね」

115 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:26:31.50 ID:4JAHijIv0
 
フリーレン「人間と魔族の共存の可能性を僅かでも残そうとしたんだろうね。諦めが悪いというか執念深いというか……」

桃「……でも死後に発動する魔法を遺せるなら、他にもシャミ子が召喚されるような魔法があるってことじゃ?」

フリーレン「困ったことにその可能性は否定できない。加えていうと、もうひとつ不味いことがある」

桃「それは?」

フリーレン「このままシャミ子が元の世界に帰ると、あいつの計画が成功することになる」

桃「……あ! そうか、もう村の人たちは"魔族とも共存できる"と思い込んでいるから……」

ミカン「このままシャミ子が帰ったら、その思い込みを是正することができなくなるってことね……やっぱり正直に言う? 異世界から来ましたって」

フリーレン「村民の内、何人がそれを信じるかだね」
フリーレン「異世界からきたまぞくと、人とも共存できる魔族……個人的に言えば両方とも眉唾だけど、おそらく後者の方がまだ信じられるって人の方が多いんじゃないかな」

シュタルク「放っておいても大丈夫なんじゃねえか? しおんもさっき言ってたけど、ほとんどの奴は『魔族とは絶対共存できない』なんて認識持ってないだろ」

フリーレン「なんとなくの『共存できるかもしれない』と実例を伴った『共存できる』は似てるようで違うよ。後者が広まるのは不味い。魔族につけ込まれ放題になる」

リリス「ううむ。シャミ子が村に溶け込みすぎたことが裏目に出るとはな。これもう言葉だけでは説得できんぞ」
リリス「それこそ死体みたいな物的証拠でもない限り……おい桃、なんだその目は? どうしてそんな目で余を見る? まるで死体がないなら作ればいいとでも言いたげな……」

桃「リリスさん、その等身大依り代いくらで売ります?」

リリス「やっぱり余を死体にするつもりだったな!? 売らぬぞ! ゴミノルマはあるけど動けるだけで毎日が楽しいんです! やだやだ余を殺さないで!」

フェルン「……フリーレン様から非情な戦術を使う方だとは聞いていましたが……」

シュタルク「う、うわあ……」

フリーレン「……桃、別の手を考えよう。魔族みたいな考え方してるとそのうち魔族になるよ」

桃「……い、嫌だな。冗談だよ。本気にしないでってば……ははっ」

リリス「嘘だ! 目が笑っておらぬもん!」
116 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:27:08.09 ID:4JAHijIv0
 
桃「……こほん。冗談はともかく、何か手を考えないと……シャミ子を誘拐した奴の計画をむざむざ成功させるのも腹が立ちますし」

フリーレン「問題はふたつ。まだ時限式の魔法が存在する可能性と、村人の魔族に対する認識だ」

フェルン「あの、後者に関してはそれこそシャミ子様の能力で認識を書き換えるのはどうでしょう? 少々乱暴な手かもしれませんが……」

リリス「無理だな。シャミ子には無理だ。余達夢魔は夢の中で相手に接触し、無意識部分に干渉するが……あやつに人を怖がらせることが出来ると思うか?」

◇◇◇

シャミ子『わははは、私は超怖いまぞくです! 毎日しゃとーぶりあん生活! がおー!』

◇◇◇

桃「それは……」

ミカン「難しい気がするわね……」

フェルン「メトーデ様が見たら一時間は放して貰えないでしょうね……」

シュタルク「今晩にでも、魔族に扮装して適当に暴れ回るとかはどうだ?」

フェルン「駄目ですよ。シャミ子様の印象自体をどうにかしないと『仲良く出来る魔族とそうでない魔族がいる』という認識になるだけです」

シュタルク「ああ、そっか……」
117 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:28:15.77 ID:4JAHijIv0

 
しおん「はーい。そこで私に、両方の問題を一挙に解決できる提案がありまーす」

桃「本当に? そんな都合のいいものがあるの?」

しおん「うん。といっても完全な解決ではないし、ちょっとだけ乱暴だけど……リリスさんの依り代を死体にして置いてくよりは平和的だと思うよ」

桃「だからあれは冗談だって……で、どういう案なの?」

しおん「フリーレンさんは、精神魔法でミカンちゃんの記憶を共有してたよね? なら、記憶に干渉することもできるんじゃないかな?」

フリーレン「私はそこまで精神魔法が得意じゃないから……でも、出来る魔法使いには心当たりがあるよ。特定の記憶を完全に消せるレベルのね」

桃「小倉、もしかして……?」

しおん「うん。村の人と私たち、全員の記憶を消すの」
118 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:31:59.36 ID:4JAHijIv0
 
しおん「幸い、この村は人の出入りがほとんどない……情報がこの村の中だけで留まっている今が最小の改変で済むタイミングだよぉ」

ミカン「確かにそれなら、魔族に対する認識はシャミ子が来る以前のままになるわよね……」

シュタルク「待ってくれ。認識を戻す必要があるから、村の人たちからシャミ子に関する記憶を消すのは分かるけど……」

フェルン「私たちからもシャミ子様の記憶を消す必要があるのですか?」

しおん「ううん。私たちから消すのは、お互いの記憶……異世界が存在するって情報そのものだよ。私たちの出会いを全部なかったことにする……」

フェルン「! 何故ですか? 確かに良い出会い方ではありませんでしたが、せっかく知り合えたのに」

ミカン「そうよ、せっかく柑橘類の布教もしたのに」

しおん「これはシャミ子ちゃんが再召喚されるのを防ぐためなんだけど……この前、私が結界に取り込まれて助けに来てくれたよね。あの時、和歌のおまじないを使ったでしょ?」
しおん「あれは対象にもう一度会いたいという"縁"を利用したおまじないなんだ。"縁"っていうのは魔術的にも重要なファクターなの」

リリス「うむ。余達も他人の夢に入る時に縁……近しいものとのチャンネルを利用することがあるからな」

しおん「で、私たちの間にはもう縁が結ばれてるから……今回の場合だと、今後もシャミ子ちゃんが召喚の対象になり易くなっちゃう……」

ミカン「なるほど、縁を消せば召喚の確率を下げられる……けれど魔法自体を消すわけじゃないから完全な解決ではないってことね」

桃「でも今回シャミ子が召喚された時は、まだ縁が結ばれてなかった筈でしょ?」

しおん「さっきも言ったけど、別にあの魔法はシャミ子ちゃんを特定して狙ったものじゃなくて、条件に合致する子をランダムに異世界から召喚する魔法である可能性が高いんだ」
しおん「<異世界から角の生えた人畜無害の魔族っ子を上手く誑かして召喚する魔法>とでも名付けよっか」

桃「名付けられても」

しおん「だから今回シャミ子ちゃんが召喚されたのは一那由他分の一とか、一不可説不可説転の一とか、天文学的な確率で運悪く当選しちゃっただけなの」
しおん「だけど縁が結ばれてしまってるいまだと、その確率が飛躍的に高まっちゃってる……」

桃「……」
119 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:32:34.82 ID:4JAHijIv0
 
しおん「どうする桃ちゃん? 個人的にはこれしかないと思ってるんだけど……ちなみにフリーレンさん、記憶を消せる心当たりを呼ぶのにどのくらい時間がかかるのかな?」

フリーレン「心当たりのメトーデ1級魔法使いとエーデル2級魔法使いがどこにいるかにもよるな」
フリーレン「まずは居場所の分かるデンケンに早馬で手紙を送って、そこからは使い魔が伝令をやりとりするだろうけど……最低でも2週間はかかるだろうね」

フェルン「……時間的な猶予があるとは言いがたいですね。すぐに決めなければ……」

しおん「村全体の大きな買い出しはアソリちゃんの家が担当してるからある程度融通も利くけど、外部から来る人や個人的な用事で街へ行く人はどうにもならないもんねぇ」
しおん「まあ私たちが数年ぶりのお客さんだそうだから、あんまり心配しなくていいのかもしれないけど」

フリーレン「私もしおんのより確実性のある案は思い浮かばないな」

桃「……みんなは記憶を消すことになったら納得してくれるの?」

フリーレン「異世界の知識は惜しいけど、仕方ない。魔族の跋扈を許す方が問題だ」

フェルン「……残念ですが、それが必要であるのなら」

シュタルク「せっかく出来た縁を大切にしたいって気持ちはあるけどよ……それで迷惑をかけちまうってなるとな」

ミカン「正直、今回の件ではシャミ子はかなり危ない状況だったわけだしね……次も無事って保証はないし」

ウガルル「んがっ」

リリス「全員が消極的な賛成と言うところか。余も似たようなものだが……それで、桃よ。お主はどうなのだ?」

桃「……私は――」
120 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:33:09.20 ID:4JAHijIv0
 
◇アソリの家

アソリ「クッキーがいちまーい、にまーい……シャミ子、食べながらやっちゃ駄目かい?」

シャミ子「駄目ですよ。あんなに大量のクッキーを食べたのに……病気になっちゃいますよ?」

アソリ(ほんとはみんなで分けて食べたからなあ……)

シャミ子「……」

アソリ「ん? どしたのシャミ子? 難しい顔して……いや、もう食べないって。真面目にやります」

シャミ子「ああ、いえ……そうじゃなくて。こうやってお別れのプレゼントを用意してたらなんだか……お別れするってことが、急に現実味を帯びてきて……っ」

アソリ「……シャミ子、泣いてる?」

シャミ子「な、泣いてなんていません! これは目汁!」

アソリ「あっはっは。まったく、シャミ子は泣き虫だなぁ。別にお別れって言ってもお互い死別するわけじゃあるまいし、どこかの空の下で、元気、に、やって、る、と思え、ば……」

シャミ子「? アソリちゃん……?」

アソリ「……うっ、ぐしゅっ、しゃ、シャミ子ぉ……ひぐっ、ぶしゅっ」

シャミ子「ふ……ふふっ、アソリちゃんこそ、大泣きしてるじゃないですか……鼻水まで出して……」

アソリ「シャミ゛子゛ぉおおおお〜! う゛わあああああ!」

シャミ子「!? わあああああ! アソリちゃんストップ! ステイですステイ! 抱きつく前に鼻水! 鼻水を……ぎゃあああああ!」


121 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:33:40.27 ID:4JAHijIv0

 
アソリ「すっきりしたぜ」

シャミ子「うう、酷いです。服が粘液まみれに……軽く洗っただけじゃ完全には落ちない……このままじゃ痕になってしまう……」

アソリ「気にしなくていいよ、どうせ父さんのお古だし」

シャミ子「じゃあサイズも同じくらいですし、取り替えっこしましょう?」

アソリ「え……やだよそんな鼻水まみれの服着るの。ばっちいもん」

シャミ子「ぽがー! もとはといえばアソリちゃんのにゃらがー!」

アソリ「ふぅー、やれやれ。落ち着けよシャミ子……戦場では粗忽者から死ぬぞ」

シャミ子「なんですかそのとってつけたようなハードボイルドは……ちょっとかっこいい」

アソリ「まあとりあえず、着替えてきなよ。こっちは袋詰めやってるから」

シャミ子「はぁ、まったく……洗濯桶のところに置いておくので、アソリちゃんが洗ってくださいね?」

アソリ「あとでね。あとでやるよ」

シャミ子「約束ですよ?」
122 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:34:34.68 ID:4JAHijIv0
 
シャミ子「えーと、着替え、着替えと……」

アソリ「……あー、シャミ子さ。着替えながらでいいから聞いてよ」

シャミ子「? はい」

アソリ「やっぱりさ、シャミ子の家って遠いの?」

シャミ子「……そうですね。普通の手段では辿り着けないくらい……」

アソリ「そっかぁ……じゃあまた会うっていうのは難しいね」

シャミ子「はい……」

アソリ「この村でひとりっこの家って珍しくてさ、私はずっと兄貴が欲しかったんだ。やっぱり男手ってあると便利だし」
アソリ「でもまあ……最近はシャミ子がいてくれてさ、妹分がいるのも悪くないって思うようになって……」

シャミ子「待ってください、もの申します。私は妹がいるので姉属性です。姉貴分に訂正を求めます」

アソリ「その妹ちゃんとシャミ子、どっちがしっかりしてる?」

シャミ子「うっ……」

アソリ「まあ別に妹でも姉でもいいんだ。要はさ、シャミ子といられて楽しかったってこと! ここしばらくのことを思い出すだけで、この小さな村での退屈な生活も頑張れると思う」

シャミ子「アソリちゃん……ええ、私もそういう思い出はありますし、分かります」

アソリ「だから、忘れないよ。たとえ遠くに行っちゃっても、シャミ子っていう妹分がいたって思い出はさ」

シャミ子「はい! 私もアソリちゃんと過ごしたこの楽しい日々のこと、一生忘れません!」
123 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:35:04.50 ID:4JAHijIv0
 
◇2週間後 帝国領への街道上

フリーレン「……」

フェルン「……」

シュタルク「……あれ? 俺たちっていまどこ歩いてるんだっけ?」

フェルン「いきなり何を言うかと思えば……シュタルク様、気が緩みすぎじゃないですか? 確かにいいお天気ですが……」

シュタルク「ごめん、なんかぼーっとして……えーと、とりあえず帝国領を目指してるんだよな。壊れたゴーレムが夜な夜な野菜を切り刻んでた村を出た後、次の村で食料とか買って……」

フェルン「そうです、覚えてるじゃないですか。その次は?」

シュタルク「その次……? いや、確かになんかあったよな。うーん……駄目だ、降参。答え教えてくれ」

フェルン「まったく。いいですか、前の村を出た後――……? 何かありましたよね?」

シュタルク「なんだよ、フェルンも忘れてんじゃねーか。フリーレン、何があったんだっけ?」

フリーレン「さっきから私も考えてたんだけど、心当たりはないよ。次の村までまだ遠いはずだし」

フェルン「そうですよね……そういえば、前の村で買い物した時、街道から外れたところに小さな村があると教えて貰いましたが」

シュタルク「でもそんなとこ寄ってねえだろ……まあいいか、覚えてないなら大したことでもないんだろうし」

フェルン「それもそうですね……ふう。野宿続きだからでしょうか、何だか疲労感が……」

フリーレン「それじゃ、もうちょっと開けた場所に出たら休憩にしようか」
124 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:35:38.69 ID:4JAHijIv0
 
◇モグサノ村 アソリの家

アソリ「ふへぇ……疲れたぁ。ねえ母さん、川の近くに引っ越そうよ」

アソリ母「水汲みくらいでなぁに。毎日やってることでしょう? 馬鹿なこといってないで、ほら、ご飯食べちゃいなさい」

アソリ「いや、凄い久しぶりにやったような……あれ、スープもなんか味悪くない?」

アソリ母「……やっぱり? それは母さんも思ってたんだけど……でも作り方なんていつも同じだしねぇ」

アソリ「川の水が変なのかなぁ? ちょっと上流の方を見てこようか」

アソリ母「今日は薪割りをするって話だったでしょ。帰ってからするならいいけど」

アソリ「……覚えてたか。でもさ、川は村の生命線。ひいては村全体の為だと思わない?」

アソリ母「まったくこの子は相変わらず手伝いをサボろうとして……弟妹でもいれば違ったのかしら」

アソリ「妹よりも兄貴の方が欲しいなぁ。力仕事全部やって貰えるし」
125 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:37:16.62 ID:4JAHijIv0
 
◇せいいき桜ヶ丘 ばんだ荘 吉田家

シャミ子「ふわぁ……おはようございます、お母さん」

清子「はい、おはようございます……ところで優子、昨晩なんですけど、リリスさんと何か言い合ってましたか?」

シャミ子「? いえ、特に。普通に寝てたと思いますけど」

清子「そうですか。『改めます!』とか言ってたようなので、てっきりお説教でもされていたのかと」

シャミ子「? まったく覚えがないです」

清子「うーん、寝言だったのかしら。ご近所迷惑になりそうなくらい大きな声だったので、それこそ今後は改めて貰おうかと思っていたんですけど」

シャミ子「寝言は改められません……けど、そんなに大声が続いてたなら起こしてくれれば良かったのでは?」

清子「お母さん、とっても眠かったんです……」

シャミ子「……謎です。お母さん、私、なんて言ってましたか?」

清子「うーん、聞き取れたのはさっきの『改めます』くらいでしたね。ぶっちゃけ、お母さんそれで起きましたけどすぐ二度寝しました」

シャミ子「うーん、謎は深まるばかり……あっ、でもそんなに大声だったんなら桃が聞いてたかもしれない! ちょっと行ってきます!」


126 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:37:48.83 ID:4JAHijIv0
 
◇ばんだ荘 桃の部屋の前

シャミ子「桃ー、あーけーてー!」

桃「……おはようシャミ子。朝から元気だね……」

シャミ子「おはようございます! ……桃は何だかお疲れみたいですね。あ、ひょっとして、私の寝言が原因で……?」

桃「寝言? なにそれ?」

シャミ子「あっ、ご存じないならいいんです。卵焼きのお裾分けを持ってきたんですけど、食べられます?」

桃「貰う、ありがとう……体調が悪いわけじゃないんだ。ただ……なんとなく違和感があるというか。シャミ子、今日は何日だっけ?」

シャミ子「? ○月○日です」

桃「やっぱりそうだよね……うーん……」

シャミ子「考えるのなら学校で私も手伝いますから、まずはご飯食べちゃったらどうですか? ご飯炊き上がってますよね?」

桃「そうするか……ところでシャミ子、今朝はしゃっきりしてるね。シャミ子朝弱いし、いつもだったらまだ寝てる時間でしょ」

シャミ子「あれ……そういえば確かに眠くありません。……ふっふっふ、どうやらまぞくとしてまた一段、高みに上ったようですね!」

桃「まぞくだったら夜に強くなる気がするけど……」
127 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:38:36.58 ID:4JAHijIv0
 
◇帝国領までの街道 モグサノ村への分岐点

エーデル「……ん、んん? メトーデ1級魔法使いではないか。ここで何をしておるのじゃ?」

メトーデ「エーデルさんこそ……いえ、そもそもここはどこです? 確かデンケンさんからエルンスト地方での仕事を依頼されて……」

エーデル「わしも同じじゃ。するとここは北部高原か……ん? これは……」

メトーデ「手紙……でしょうか? 誰からの手紙ですか?」

エーデル「……なるほど、大方読めてきたぞ」

メトーデ「中身を読みもせずに?」

エーデル「必要ない。これは儂が儂に宛てた手紙じゃ。封筒の中身は白紙じゃよ。どうやら儂とお主で互いの記憶を消し合ったらしい」

メトーデ「記憶を消した? どういうことです?」

エーデル「精神操作魔法を生業にしているとな、記憶の消去などもよく依頼されるのじゃ」
エー出る「その際、記憶を消したという事実まで葬り去りたい、という条件を付けられることもあってな。大概は高度に政治的な事件絡みじゃが」

メトーデ「つまり我々は何らかの事件に纏わる記憶を関係者から消して、最後にお互いの記憶も消し合った……ということですか?」

エーデル「おそらくはな。この手紙はそういう事件の処理をする際に儂が用意するものじゃ。
エー出る「手紙の存在自体が自身の記憶を消したことを示し、そこまでして消した記憶が万が一にでも外に漏れたりすることがないよう、内容は白紙にしてあるというわけよ」

メトーデ「しかしエルンスト地方は北部高原でも例外的に平和な土地の筈です。こんな場所でそんな事件が……?」
メトーデ「それに専門外の私まで呼ばれたと言うことは、かなり大人数の記憶を――」

エーデル「あまり詮索せぬ方が良いぞ。この処理を行った事件は、大抵知っていることが不利に働くようなものばかりじゃ」

メトーデ「……分かりました。では、これからどうすれば?」

エーデル「便箋は白紙じゃが、封筒には宛先が書いてある。次はここに向かえということじゃな。どうせ伝令を持たせた使い魔でも待機させてあるのじゃろう」

メトーデ「そうですか……では、ご一緒しても?」

エーデル「……儂のことを撫でたりしなければ」

メトーデ「まあまあ、もちろん無許可ではしませんよ……うふふふ」

エーデル(やっぱりやべえ女じゃ……)
128 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:39:30.77 ID:4JAHijIv0

 
◇エルンスト地方 街道

フリーレン「よし、ここなら見晴らしもいいし、魔物が隠れられる遮蔽物もない。休憩がてらお昼にしようか」

シュタルク「ようやく昼飯かー……といっても、またあの堅いパンなんだろうけどよ」

フリーレン「でもこの前買い出しをしたばかりだしね。食料担当だったフェルンが何か美味しいものを仕入れてくれたかもしれないよ」

シュタルク「マジで?」

フェルン「残念ですが、大したものは売っていませんでしたよ。調味料は塩と香草くらいしか補充できていません」
フェルン「ドライフルーツなども売るほどの量は出回ってないみたいで……というわけで、今日もパンです」

フリーレン「じゃあ今日もパンに塩かけて食べようか……」

シュタルク「上げて落とされた……これ口の中ぱっさぱさになんだよな……」

フェルン「……なんでしょう、これ?」

フリーレン「どうしたの?」

フェルン「見てください、鞄の中にこんなものが」

シュタルク「!? すげー! めっちゃでかいグレープフルーツだ! 子供の頭くらいねーか!?」

フリーレン「見たことない種類だな……フェルン、それをどこで?」

フェルン「私は記憶にありません。お二人のどちらかでは?」

フリーレン「私じゃないよ」

シュタルク「そもそも食料担当はフェルンだったろ?」

フェルン「それはそうですが……こんなもの買った覚えはありませんよ」

フリーレン「そもそも北部高原じゃこんなもの出回らない筈だ」
129 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:40:43.30 ID:4JAHijIv0
 
シュタルク「まあどうでもいいだろ! それより早く食おうぜ!」

フェルン「はしゃぎすぎですよ、子供ですか……あれ、他にも入ってますね」

フリーレン「見せて。……種類は違うけど、見事に柑橘類ばかりだね。怪しいけど、魔力探知にも毒探知の魔法にも反応しないな」

シュタルク「マジかよ。じゃあしばらくデザートには困らねえな」

フェルン「……とりあえず食べても大丈夫ということでしょうか。それじゃあこの大きいのを三等分しますね。切り分けましょう」

シュタルク「すげえ。皮がかなり分厚かったのに、それでも一房が手のひらサイズだぜ……甘っ! これグレープフルーツじゃねえな。想像してたより酸味がなくて食いやすい」

フェルン「確かにグレープフルーツより甘いですね。おまけにとても瑞々しくて」

フリーレン「うん、美味しい。それに香りがいいね」

フェルン「そうですね、この皮でマーマレードを作っても美味しいかもしれません。……? この香り、どこかで……?」

フリーレン「どうかした、フェルン?」

フェルン「いえ……ただ、なんでしょうか……」

フリーレン「?」

フェルン「……フリーレン様、時間の空いたときで構いませんので、実戦形式で指導をお願いできませんか?」

フリーレン「えっ、なに急に……闘争本能が刺激される成分でも入ってた? ちょっと、シュタルク。フェルンがおかしいんだけど」

シュタルク「はー、腹一杯……のどかでいいなぁ。ちょっと横になろ……」

フリーレン「成分は関係ないか……まあいいや。向上心があるのはいいことだ。とりあえずシュタルクが起きるまで付き合うよ」

フェルン「お願いいたします……次は、完璧な形で勝てるように」

フリーレン「物騒なことを言ったね……最近フェルンが負けたことなんてあったけ? ……私の複製体? え、もしかして私のこと目の敵にしてる?」

フェルン「いえ、フリーレン様ではなく……といって、具体的な誰かというわけでもないのですが」
フェルン「……でも、そうですね。目の敵とは違いますが、誰かに認めて欲しいという気持ちは確かにあります」

フリーレン「ハイターの夢でもみたのかな? なら、少し本気で行こうか。私もそろそろ魔力探知依存の悪癖をなんとかしないとって思ってたんだ」

130 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:41:31.75 ID:4JAHijIv0
 
◇モグサの村 アソリの家

アソリ「さて、母さんは畑へ行った……問題はどうやって薪割りをさぼるかだ。あんな作業ひとりでやってらんないよ。腕も腰も死ぬほど痛くなるし」

アソリ「とりあえず今日は家の掃除をしていたことにしてお茶を濁そう。虫干しでもするか。服って軽いし……んん? なんか父さんの服、縮んでない?」

 戸棚から引っ張り出した父の着衣は不自然に小さくなっていた。よく見れば、洗って縮んだのではない。きちんと丈を詰めた痕跡があった。

 おまけに何やら汚れの痕まである。鼻水、よだれ、その類いのものだ。

アソリ「つまり犯人は勝手に服を縫い直したあげく鼻水まみれにして洗濯もせずに放置したという訳か……そんな極悪な奴この世にいるの?」

アソリ「まあどうせ古着だからいいんだけど、サボるために棚を開けたら洗濯案件が出てきちゃったな……これが因果応報って奴か」
アソリ「だが私は応報に対しさらに応報しようっと。とりあえずこれは棚の奥に押し込んで……」

アソリ「……」


◇数時間後 アソリの家

アソリ母「ただいま。外で見てきたけど、偉いじゃない。きちんと薪割りしてくれたのね。しかもあんなにたくさん」

アソリ「ああ、おかえり……」

アソリ母「机に突っ伏しちゃって、どうしたの? えいえい」

アソリ「突っつかないでよ−、腕と腰がバキバキなんだから……」

アソリ母「ほんとありがとね。すぐにご飯にするから」

アソリ「ああ、大丈夫。スープなら作っておいたよ」

アソリ母「あなた娘に化けた魔族ね!? 娘を返して!」

アソリ「イダダダダ! 揺らすな揺らすな腕いてえ! なんだよ、お手伝いしたのにこの扱い!」

アソリ母「だっていつもなら何かと理由を付けて薪割りサボるでしょ。あとは外に遊びに行くか言い分け用の軽作業を一応やったふりしてるかのどっちか」

アソリ「そんな奴いんの? 見たこと無いなぁ」

アソリ母「はいはい。ともかく、急に良い子になったじゃない。逆に怖いわよ。誰かを殺して床下に埋めたりとかしてない?」

アソリ「娘に対する信頼度が低すぎる……」

アソリ母「それじゃなかったら、一体何で? 気まぐれなら気まぐれって言ってくれた方が安心できるんだけど」

アソリ「うーん……なんだろう。なんでそう思ったかも分からないんだけど……」

アソリ「――誰かに自慢できる自分になりたかったんだ。その誰かが、誰かは分からないんだけどさ」


131 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:43:10.63 ID:4JAHijIv0
 
◇放課後 せいいき桜ヶ丘 ばんだ荘 1階 喫茶あすら

白澤「優子君、お疲れ様。今日はもう上がりたまえ」

リコ「お疲れ〜。シャミ子はん、まかない食べてく?」

シャミ子「おつかれさまでした−! いえ、今日はうちで食べるので大丈夫です」

リコ「ほんなら一品もっていってや〜。紅ちゃんが練習で作った料理がぎょうさん残ってるの」

紅「今包むから……あ、味の保証はできんけど、よかったら感想頼むわ」

シャミ子「ありがとうございます。大丈夫ですよ、紅ちゃんもとても頑張ってますから!」



◇ばんだ荘 2階 共用通路

シャミ子(こんなに料理をいただいてしまいました……最近は食卓の彩りが増えて嬉しいです。というか自宅から徒歩1分がバイト先ってかなりの好条件では?)

ウガルル「こんばんハ、ボス」

シャミ子「あっ、ウガルルちゃん。こんばんは。これからお出かけですか? もう暗いですけど」

ウガルル「ちがウ。オレ、ボスのこト待ってタ。これやル」

シャミ子「? 巾着袋? 中身は何です、これ?」

ウガルル「秘密! さらばダ!」

シャミ子「あっ、ウガルルちゃん……手すりを飛び越えて夜の闇に消えて行きました……なんでしょう、この袋。料理を抱えてるから開けない……」

ミカン「あっ、シャミ子。ウガルル見なかった?」

シャミ子「ミカンさん。ウガルルちゃんなら、さっき夜の街に飛び出して行きました」

ミカン「えっ、なにそれ……反抗期かしら。探しに行かないと。ところでシャミ子、さっき見たとき、ウガルルって何か持ってなかった?」

シャミ子「えっと……この袋を持ってました。私にくれるとのことでしたけど」

ミカン「そうなの? じゃあやっぱりウガルルかしら……」

シャミ子「どうしたんです?」
132 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:44:22.05 ID:4JAHijIv0
 
ミカン「うちに置いてある柑橘類がちょっと減ってたの。数え間違いじゃ無いのよ。晩白柚とか、置いとくには大きいから3つしか買ってなかったし」

シャミ子「ウガルルちゃんが食べたのでは?」

ミカン「ウガルルひとりで食べるにしては結構な量なのよね……あの子、まだそんなに柑橘類大好きって感じじゃないし」

シャミ子「まだってことは、いずれはそうなる計画があるんですか?」

ミカン「うちの子なんだからそうなるに決まってるわ。ともかくウガルルが持ち出して、例えば捨て猫とかにあげてるといけないと思って……」

シャミ子「猫って柑橘類駄目なんですね……あ、この袋ですけど、お返しした方が?」

ミカン「お隣さんに配ってるだけなら別に良いんだけど……というか、そもそもその袋は違うっぽいわね。晩白柚その他が入る大きさじゃないわ。何が入ってるの?」

シャミ子「中身のことは何も聞いて無くて……いまこんなんで開けないですし、ミカンさん、開けて貰っても?」

ミカン「いいけど……あら、何かしらこれ? 柑橘でないのは確かだけど……シャミ子、分かる?」

シャミ子「あー、これはサルナシですね。山に生えてるキウイの親戚みたいなやつです」

ミカン「詳しいのね。私、初めて聞いたわ」

シャミ子「スーパーには売ってませんしね。この辺にも生えてないはずです」

ミカン「じゃあウガルルはどこでこんなもの手に入れたのかしら……」

シャミ子「分かりませんが、蛟さんの山とかになら生えてるかも……?」

ミカン「……まあ、あとでウガルルに聞けばいっか。ありがとう、シャミ子」

シャミ子「はい……あっ、良かったらサルナシ、少し持っていきます?」

ミカン「うーん……ウガルルがシャミ子にあげたんだし、全部貰ってあげて。ちなみにそれ美味しいの?」

シャミ子「美味しいですよ。味もキウイみたいな味がします。……?」

シャミ子(あれ? よく考えたら私、サルナシなんてどこで食べたんでしょう? スーパーでも売ってないし、この辺にも生えてないなら……この前のキャンプでも食べなかったですし)

ミカン「? シャミ子、どうかした?」

シャミ子「あ、いいえ……それじゃあ私はこれで失礼します」
133 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:45:34.31 ID:4JAHijIv0
 
◇夕食後 ばんだ荘 吉田家

シャミ子「……というわけで、ウガルルちゃんからサルナシを貰ったのでデザートにしましょう」

良子「わぁ、これがサルナシ! 良、本物は初めて見た!」

清子「サルナシっていうんですね。私も初めて食べます」

シャミ子「……やっぱり、家で出たわけでもないですよね……」

良子「? お姉、なんか言った?」

シャミ子「いえ、なんでもありません。さあ食べましょう食べましょう。こうやって割って……うん、甘くて美味しい……」

良子「本当だ、美味しい! 良、これ好きかも!」

清子「小粒だからいくらでもいけてしまいそうですね……優子、どうしました?」

シャミ子「ああ、いえ……お母さん、今日は食器、私が洗いますよ」

清子「あら、助かります。でも、急にどうしたんですか? 優子もバイトで疲れてるでしょうに」

良子「お姉、良も手伝うよ」

シャミ子「ありがとう。でも今日はおねーちゃんひとりでやらせてください」

清子「本当にどうしたんです? お小遣い? 何か欲しいものでもあるんですか?」

シャミ子「いえ違うんです……ただ……理由は自分でも分からないんですけど……」

シャミ子「……誰に対しても、胸を張って名乗りをあげられる。そんなまぞくになりたいって思ったんです」
134 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:46:24.97 ID:4JAHijIv0
 
◇記憶消去前 モグサの村

エーデル「……おい、なんじゃこやつ。儂の精神操作魔法が通らんぞ」

ウガルル「んが?」

しおん「あー、やっぱり……ウガルルちゃんは発生の仕方からして特殊だもんねぇ」

エーデル「角の生えた小娘には通じたから、てっきりそっちの世界のまぞくとやらには通じるのかと思っていたが……」

しおん「シャミ子ちゃんに角が生えたのは最近で、それまでは普通の人として暮らしてたから……」

エーデル「どうするんじゃ。村人連中もフェルン1級魔法使いとその一行も、お主ら二人以外はみーんな記憶消した後じゃぞ。いまさら復旧しろとか言わぬじゃろうな」

しおん「平気平気、想定の範囲内……それよりシャミ子ちゃんや私たちの痕跡は全部消せたかな?」

エーデル「記憶から読み取れる範囲ではな。ただ完全には無理じゃぞ。今回は数が数ゆえ、どうしても斜め読みになる」
エー出る「強い想いが込められているようなものならともかく、本人が忘れているようなものや意識しないで残したものまで読み取っていたら時間が足らん」

しおん「えっと、記憶が蘇ると不味いんだけど……」

エーデル「その点においては大丈夫じゃ。小さな違和感くらいは残るかもしれんが、儂の記憶操作魔法を打ち破るような大きな痕跡は全て修正したからのう」
エーデル「残った小さな違和感も、やがては押し寄せる日常に紛れて消えるであろう」

しおん「なら良かったぁ……」

エーデル「で、お主の記憶は消さなくて良いのじゃったな?」

しおん「うん。私は帰りのナビゲートをしないといけないし、自分の記憶だけなら自前で消せるから……送還地点まで気絶したみんなを乗せた馬車の御者もやらなきゃだし……」

エーデル「よし、ならば儂らの仕事はここまでじゃな。お主らとフリーレンが魔力探知の範囲外に出たら儂らの記憶も消すから安心せい」

しおん「面倒をかけてごめんねぇ」

エーデル「なに、宮廷魔法使い様に貸しをつくれたのだから安いものよ。ではな。もう会うこともあるまいし、会ってもそれとわからんじゃろうが」

しおん「はい、さようなら〜……さて。ウガルルちゃん、お待たせぇ」

ウガルル「オレの記憶、消さなくテ大丈夫カ?」

しおん「消すにこしたことはないんだけどね……ただ前にも説明したけど、ウガルルちゃんって分類的には無機物なんだ。魂が無ければ"縁"の影響も最小限で済むから……」

ウガルル「難しイ話、よク分からなイ!」

しおん「じゃあこれからの予定を簡単に分かりやすく説明するけど、次元連結膜に開けられた穴としての召喚ルートを正確に逆行して擬似的な時間遡行をするよぉ。これは本当に時間を遡るわけじゃ無くて、状況を変化させることでタイムトラベルの結果をそれっぽく再現するんだ。この世界の一週間が向こうの20分くらいに相当するみたいだから時間の齟齬はクリアできる。向こうに戻ったら精神操作魔法で気を失ってるみんなを元の部屋に配置するよ。異世界召喚を完全に無かったことにしなきゃいけないからね。幸いだったのは桃ちゃんの古傷だね。シャミ子ちゃんの杖で傷は全部治ったけど、シャミ子ちゃんの思う桃ちゃんの全盛期、つまり異世界に召喚される前の桃ちゃんの状態に復元したから古傷は残った。消えてたら言い訳が大変だったよぉ。あとは清子さんと良ちゃんが起きてると不味いけど揮発性の睡眠剤を部屋に置いてきてたからちょっとやそっとじゃ起きないはず。あ、ドアの鍵も壊れてるけど、すぎこしの結界がまだかろうじて機能してるから泥棒さんとかは大丈夫だし鍵の交換くらいなら――」

ウガルル「!? !?」

しおん「あはは、ごめんごめん。とにかくウガルルちゃんにはその都度指示をだすからよろしくねぇ」

ウガルル「仕事任されタ! じゃア行くカ?」

しおん「その前に、ウガルルちゃんの持ってるその袋はなあに? 異世界のもの持って帰っちゃ駄目だよ?」

ウガルル「木の実! ボスのこト世話してくれてタ奴ガ集めてタ!」

しおん「ああ、アソリちゃんが……お別れのプレゼントのつもりだったのかな。そういえば森によく行ってたっけ。けど、なんでそれウガルルちゃんが持ってるの?」

ウガルル「さっきノ奴がくれタ」

しおん「エーデルさんが?」

ウガルル「んがっ。こレ、ボスとノ友情ガ詰まってル。だかラこっち残ってるトいけないっテ」

しおん「ああそっか。これがさっき言ってた"大きな痕跡"のひとつなんだ。アソリちゃんにとって、シャミ子ちゃんがどれだけ大切だったかっていう証拠のひとつ……」

しおん「で、ウガルルちゃんはこれをどうするつもりだったの? たまには柑橘類以外も食べたかった?」

ウガルル「別ニ柑橘モ嫌いジャ無いゾ。肉とハ合わなイけド……ボスニ渡すつもりだっタ。だめカ?」

しおん「うーん……まあ大丈夫かな。これが残ってると不味いって言うのは、アソリちゃんにとっての話だからね」
しおん「ウガルルちゃんが異世界のことを話さないのが大前提だけど、シャミ子ちゃんにとってはただの木の実だし……これ自体は私たちの世界にもある品種だしね」

しおん「むしろ問題って言うなら、ミカンちゃんが行方を把握できないレベルで柑橘類をばらまいたことの方が……」

ウガルル「……オレ後半何モ聞かなかっタ。それじゃあコレ、帰ったらボスに渡すゾ!」
135 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:50:18.10 ID:4JAHijIv0
 
◇せいいき桜ヶ丘 ばんだ荘前

 異世界に纏わる記憶は全て消えた。

 些細な違和感はあるかもしれないが、やがてそれも日常に埋没して消えていくだろう。

 では、全ては無駄だったのだろうかか? この出会いに意味は無く、ただ時間を浪費しただけか?

 それは違う、と門柱の上に腰掛けたウガルルは思う。

ウガルル(オレ使い魔としテ生まれタ。魂なイ。けド"想イ"分かル)

ウガルル(お供えゲロマズ、魔方陣グチャグチャ、依り代秒デ崩れタ……けド、オレを造っタ奴のミカン守りたイ想イ本物だったかラ存在保てタ)

ウガルル(異世界のこト、みんなの記憶かラ消えタ。でモきっと想イ残ってル。魂なイ、依り代も無いオレにモ想いハ残ってたかラ)

 その大切さは自分にも分かる。だから、あのサルナシを捨てることは出来なかった。

 想いがあれば人は変わる。もちろん必ずしも良い方に変わるとは限らないが――自分の知り合い達が関わったのなら大丈夫だろう。

ミカン「あっ、ウガルル見つけた。ご飯だから帰ってらっしゃい」

ウガルル「んが、分かっタ」

ミカン「家を飛び出したにしては聞き分けが良いわね……ところでウガルル、家にあった晩白柚とか知らない?」

ウガルル「全部オレが食っタ」

ミカン「あの量をひとりで食べたの? そう……」

ウガルル(……これでいイ。違和感減るノ大事っテしおん言ってタ。ミカンに怒られル辛いけド平気……)

ミカン「そう! ウガルルもついに柑橘に目覚めたのね! そうよね、あのくらいの量、陽夏木一族にとってはペロリよね!」

ウガルル「う、うがっ?」

ミカン「良かったぁ。あなたはそんなに柑橘好きじゃないと思ってたから、料理とかに使う量も少なくしてたでしょ?」

ウガルル「アレでカ!?」

ミカン「でもこれからは遠慮無く使えるわね! 冷蔵庫にあるウガルル用のお肉、全部レモン果汁に漬け込まなきゃ!」

ウガルル「うがぁーーーーっ!?」


ナレーション『頑張れみんな。想いを胸に前へ進むんだ』


END
136 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:53:50.31 ID:4JAHijIv0
 
以下おまけ 和解後の日常シーンをもっと入れる予定だったけど冗長になったのでやめたやつ



 
フェルン(ミカン様に美味しい果実をたくさん貰いました。フリーレン様とシュタルク様にも分けてあげましょう)

シュタルク『ふっ! ……こんな感じか?』

フェルン(シュタルク様の声が……声の感じからすると戦士としての修行中でしょうか。差し入れにはちょうどいいですね。一緒に食べましょう)

フェルン「シュタルク様、休憩を――」

桃「そうそう、やっぱり筋が良いね。基本が出来てるから飲み込みが早い。シャミ子だとこうは行かない」

シュタルク「そうか? 褒められると悪い気はしねえなぁ。素直に褒めてくれるタイプって周りにいないし……」

フェルン「! ……シュタルク様、いったい何をしているのでございますか?」

シュタルク「ああ、フェルン。モモの奴に向こうの武術を習ってるんだよ」

桃「双方に誤解があったとはいえ、かなり殴っちゃったからね。何かお詫びがしたいって言ったら……私のはかなり我流が入ってなんちゃって拳法だけど」

シュタルク「エイシュンケンっていうんだっけ? 拳がすげえ速いんだよ。最初の何発かは反応できなかったぜ」

桃「手数の多い拳法だからね……シュタルクは普通に武器を使った方が強いと思うけど」

シュタルク「手札が多いにこしたことはねーだろ。武器が手元に無かったり、それこそこの前みたいな閉所での戦いなら役に立つだろうし」

桃「まあその頑丈さなら付け焼き刃の徒手格闘でも十分武器になるか……」

シュタルク「よーし。桃、組み手やろうぜ! うちのパーティの前衛って俺だけだからさ、こういう機会って全然無くてつまらねーんだよ」

フェルン「!」

桃「そういえば最近は私も自主練やシャミ子のトレーニングに付き合うくらいだったからな……よし、怪我しない程度にやろうか」

シュタルク「よっしゃ! それっじゃこっちから行くぜ!」

フェルン(あんなに接近して……手をねじったり脚をねじったり……)

シュタルク「……ふう、いい汗かいた。あ、ところでフェルン、喉渇いたんでよければそのオレンジ……」

フェルン「えっち」

シュタルク「なんで!?」



◇その日の夜 宿代わりに借りた寄り合い所

フェルン「1……2……3……」

フリーレン「フェルン、何やってるの?」

フェルン「腕立て……伏せ……で……ござい……ます……っ!」

フリーレン「……なんで?」

フェルン「はぁはぁ……っ、私が、身体を鍛えては、いけませんか?」

フリーレン「いや、いけなくはないよ。好きなだけ鍛えるといいよ」

フリーレン(なんか怖いな……関わらないでおこう)
137 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:56:07.52 ID:4JAHijIv0
 
◇エルフ耳はロマンです

シャミ子「あのぅ……フリーレンさんはエルフなんですよね?」

フリーレン「そうだよ。それがどうかした?」

シャミ子「耳とか……触らせて貰うことは……」

フリーレン「……まあシャミ子には返しきれない借りがあるからね。いいよ」

シャミ子「わあい! エルフ耳! エルフ耳! 長い! 鋭い! でも柔い!」

フリーレン「喜んで貰えたら良かった。なんで喜んでるのかはさっぱり理解できないけど」

桃「! ……シャミ子、何をやってるの?」

シャミ子「あ、桃! フリーレンさんの耳を触らせて貰ってます! 本物のエルフ耳を触る機会なんてこれを逃したらないですよ! 桃も触らせて貰いますか?」

桃「遠慮するよ……シャミ子、ほどほどにした方がいいんじゃない? フリーレンさんも迷惑がってるかも……」

フリーレン「別に良いよ。減るものじゃないし」

シャミ子「ほら大丈夫ですって! エルフ耳−!」

桃「あ、そうですか……ふーん……へえ……よっ、と」

シャミ子「? 桃、急にどうしたんですか、ブリッジなんか始めて……」

桃「急にブリッジがしたくなったんだよ」

シャミ子「はあ、そうですか……あっ、お腹見えてますよ」

桃「そう? ぜんぜん気づかなかったなぁ。だってぜんぜん気にしてなかったから」

シャミ子「おへそも見えてますけど――」

桃「――!」

シャミ子「――風邪引かないでくださいね。よし、じゃあフリーレンさん! お耳を折りたたんでみても良いですか!?」

フリーレン「痛くしなければ」

桃「……あー、負荷が欲しいなぁ。誰か乗ってくれるとトレーニングが捗――」

リリス「うむ。それではブリッジした桃の腹に余が飛び乗るぞ!」

桃「ぐっ。リリスさん? 一体何を……」

リリス「何をって、お主が乗って欲しいといったのではないか。潰れぬとはさすが魔法少女。余がモデル顔負けのスリム体型というのもあるだろうが……」
リリス「にしてもゴミ掃除で疲れ果てた余の椅子になるとは殊勝な心掛けよ」

桃「誰がそんなこと」

リリス「ふははは、気分がアガるアガる! これぞあるべき姿! 余が上、貴様が下だ! なかなか良い座り心地ではないか。まあ腹筋が鋼鉄と見紛うばかりに堅いのがマイナスポイントであるが……」

桃「……」

リリス「おや、どうした桃よ。もうブリッジは終わりか? 背中がよごれてしまうぞ?」

桃「ええ、ブリッジはもう終わりです。次は腹筋を鍛えます。動かないでくださいね?」

リリス「待て待て、余が腹の上に乗ってる状態で貴様が腹筋するということはだ。貴様の腹筋と大腿筋の間で余が挟み潰れることにぎゃあああああああああああ!」

シャミ子「やはり罠だったか……桃が警戒もせずにへそを出すなんておかしいと思った」

フリーレン「君たちどういう関係なの?」

138 :1 [sage saga]:2024/11/01(金) 21:56:33.98 ID:4JAHijIv0
終わり。依頼してきます
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/11/02(土) 16:04:26.32 ID:5JJytxTa0

これは無名の大まぞくが書いたss
めちゃくちゃ面白かった
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/11/02(土) 21:13:05.06 ID:VnXf7zaMO
すごいまさかのまとめて描いたのか
ありがとうごせんぞ
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/11/05(火) 00:37:50.28 ID:dNq6itLU0
良かった
乙でした
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