異説 ひのきの棒と50G

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1 : ◆CItYBDS.l2 :2024/03/20(水) 15:46:44.62 ID:A9ppvjBR0

 「ははは、ありゃあ籠城も意味ねえわな」

 領主の野郎、溜め込んだ食料をすべて吐き出すわけだ。
 あんな数の化け物相手に時間なんか稼げるはずもねえ。
 空を飛ぶ大蛇に、櫓よりもでかい巨人。
 俺たちを守ってくれる壁なんて、あってないようなもんさ。
 見てみろ、あの大狼なんか二本足で立って槍を握ってやがる。
 あまりに健気で泣けてくるじゃあねえか。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1710917203
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2024/03/20(水) 15:48:19.53 ID:A9ppvjBR0
 つまるところ、俺たちに残された道は潔く戦って死ぬことだけってわけだ。
 まあ、それもいいかもしれねえなあ。
 一度は賊に身をやつしたんだ。
 たらふく食わせてもらったうえに上等な剣までもらって、戦士として死ねるなら文句はねえ。
3 :今日はここまで [saga]:2024/03/20(水) 15:49:11.81 ID:A9ppvjBR0
 さあかかって来い化け物共。
 この辺境の勇者様がお相手してやるぜ。
4 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/03/31(日) 20:55:53.69 ID:XVRz4++K0


「僕は、正しかった」

 街を囲む堀と防壁を目にして、口をついて出た言葉がそれであった。
 魔物に襲われた故郷から、幼い妹を抱え辛うじて逃げ延びてきた。
 川の水で喉を潤し、ポケットに詰めたパンを齧り二日夜通し歩いてようやく街に辿り着いた。 

 堀に渡してある唯一の橋を渡り、門を抜ける。
 門の両脇には、全身鎧を着た兵士が物々しい雰囲気で並んでいる。
 だが仰々しい警備の割には、僕達はすんなり街へと入れてもらえることができた。
5 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/03/31(日) 20:56:35.13 ID:XVRz4++K0

 きれいに整った石畳の大通り、そして道沿いに並ぶ色鮮やかなテント張りの商店。
 目に映るどんな光景も、故郷で見ることの無かったものだ。
 初めて見る街並みにも圧倒されるが、それよりも目につくのは戦支度に勤しむ大勢の人々だ。
 多くの人が皮鎧を身に着け剣を腰に差している。だが、どうも身のこなしがぎこちない。

 腰に差した剣の鞘に、手を触れる。
 僕の体つきに見合わない重いこの剣は、父の形見だ。
6 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/03/31(日) 20:57:15.83 ID:XVRz4++K0

 ああ、そうか。彼らも僕と同じなのだ。
 これまで剣を振るう機会に、見舞われてこなかった人たちなのだ。

 故郷を襲った魔物の軍勢。あの恐ろしい怪物達が、今度はこの街を襲うのだろう。
 街の人々でさえ戦に備えているということは、もしかすると兵が足りていないのかもしれない。
 沸き立つ不安に、背中で静かに眠っている妹が恨めしく思えてくる。
7 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/03/31(日) 20:58:05.94 ID:XVRz4++K0

「坊主、大丈夫か?」

 行くあてもなく呆けていた僕に声をかけてきたのは、髭を生やした男であった。
 身に着けている武具は、どれも使い込まれており周囲の人たちと違い様になっている。
 その様子を見るに、街の衛兵であるようだ。 

「どこから来たんだ。そっちの娘は大丈夫か」

「南の集落から。妹は眠ってるだけ」

 矢継ぎ早の質問、あるいは尋問なのだろうか。僕は、なるべく簡潔に答えた。
8 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/03/31(日) 20:58:55.12 ID:XVRz4++K0

「何でまたこんな時に、街に来たんだ」

「二日前、村が魔物に襲われた」

「―――南からも魔物が来ているのか」 

 男は、少し焦った表情で近くにいた若い男を呼び止め何事か耳打ちをした。
 若い男は、顔色を変えると大通りを街の中心へと駆け抜けていく。
 僕に向き直った男は、あからさまな作り笑いを見せた。

「おっとすまないな。坊主、腹減ってないか?」

 その表情に、不安がかきたてられたが、二日間歩きどおしの空腹には抗えない。
9 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/03/31(日) 20:59:47.19 ID:XVRz4++K0

「うん」

「領主様の館で、食事が振舞われてる。この道をまっすぐ、広場を抜けた丘の一番上だ」

 男が指をさしたのは、先ほど若い男が走り去っていった方角であった。
 僕は、男に感謝を伝え妹を背負い館へと向かった。

 広場を抜けると、男の言ったとおりに館が見えた。なるほど、この街で一番高いところに領主さまは住んでいるらしい。

 石畳は緩やかな坂となっていき、妹を背負って館にたどり着くのにはかなりの時間を要した。
 登って来た坂道を振り返ると、街が夕焼けに赤く照らされている。
 その光景に、火に巻かれた故郷が重なった。 
10 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/03/31(日) 21:00:31.32 ID:XVRz4++K0

 館の前には、大きな机がいくつも並べられ大勢の人が食事をとっている。

 驚くべきは、その料理の豪勢さだ。
 村では祭りの時でしか口にしたことの無い豚や羊が、ピカピカのソースで光り輝いている。
 別の皿には、山盛りの果実。まるで貴族の食卓だ。

 そして、その量の何たることか。
 皿が足りずに街中から集めたのだろう、銀食器と木の食器が不揃いに入り混じり所狭しと並べられ、その全てに山盛りの料理が載っている。
 その場に集まった人々だけでは、到底食べつくせる量ではない。
11 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/03/31(日) 21:01:06.74 ID:XVRz4++K0

 しかし、一方で料理に向かう人々は一様に身一つで薄汚れている。
 美食とも呼べる料理と、みすぼらしい人々のその対照的な姿に違和感を禁じ得ない。
 おそらく、彼らは僕と同じく何処かの集落から、逃れてきた人たちなのであろう。

 自身の民ではない流民にまで、こんな素晴らしい食事を振るまうなんて。
 この街の領主さまは、料理に違わぬ素晴らしい考えを持ったお方に違いない。 

「おっと坊ちゃん、女の子はこっちで預かるよ」

 空いている席を探す僕に、給仕の服を着たふくよかな女の人が声をかけてきた。
 妹を渡すように言われ警戒をする僕に、女給仕は眠る妹を気遣ってか声を落として続けた。
12 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/03/31(日) 21:01:59.99 ID:XVRz4++K0

「背負ったまんまじゃ食事もできないでしょ。使用人の部屋で寝かせておいてあげるから」

 僕は、妹を起こさぬようそっと女給仕に渡す。

「妹をよろしくお願いします」

 村を出てからずっと背負っていた妹から解放され、体がとても軽く感じられた。

 僕は、軽くなった体を慣らすように数度飛び跳ねてみる。
 すると、丁度よく隅っこに空いた席を見つけることができた。 

 そこは、4人掛けのテーブル席で既に二人の男が食事をとっていた。
 まん丸としたお腹を抱えた大食漢と、目つきの鋭い男だ。
 
13 :今日はここまで ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/03/31(日) 21:02:41.28 ID:XVRz4++K0

 大食漢がその大きなお腹のせいか二人分の席を使っていたせいで、僕は少し気後れしながらも目の鋭い男の隣に腰をおろした。

 間近で見る料理は、圧巻の一言であった。
 僕の顔よりも大きいパンに、思わず声があがる。
 
 手元には、大量の料理の隙間を縫ってカトラリーが並べられていた。
 ナイフとフォーク、スプーン。
 ―――そして1枚の銅貨。

 僕は田舎者ではあるが、物を知らないわけでは無い。
 テーブルマナーだって、父から厳しく躾けられたものだ。
 カトラリーの扱いなら、知らないことなんてない。

 そんな僕でも、この1枚の銅貨の使い方には見当もつかなかった。
14 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:48:37.25 ID:VN/U1bqQ0


 空腹のあまり、街についてからのことはよく覚えていない。
 案内されるがままに、丘を登り、席につき、飯を喰らっていた。
 
 ふと我に返ると、いつのまにか隣の席にガキが座っていた。
 背の丈から見て齢は12か13といったところか。
 腰には、ガキには見合わない立派な剣が差さっている。
 断りもなく、勝手に座りやがって。しつけのなってない奴だ。

 一言、礼儀を教えてやろうかとガキに視線を向ける。
 すると、ガキは目を輝かせて銅貨に見入っていた。
 口に肉を運ぶのをやめ、目の前の皿を動かしてみる。
 なるほど、確かに俺の席にも一枚の銅貨が置かれている。
15 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:49:09.19 ID:VN/U1bqQ0

 ご馳走に気を取られて、今の今まで気づかなかった。
 この土地の慣習か何か知らないが、置いてあるのだから貰っておこう。
 俺は、ためらいなくそれを懐に納める。

「その金は、お館様からだ」

 目の前のデブが、銅貨の扱いに困っているガキに話しかけた。

「坊主は、一人でこの街に来たのかい?」

「両親は、魔物に襲われて死にました」  

「そうか……苦労をしたんだね。ほら遠慮せずいっぱいお食べ」
16 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:49:42.22 ID:VN/U1bqQ0

 領主のことを「お館さま」と呼び、食事を勧めるホストのような振る舞い。
 察するに、デブはこの館の人間だろう。
 しかし、どうして館の人間が俺達のような流れ者と席を同じくしている。
 周りを見渡しても、どいつもこいつも薄汚れて生気のない顔で飯を貪っている。

 魔物に追われ街にたどり着いた、ここにいるのはそういう連中ばかりのはずだ。 

 いや、そもそも、このご馳走は何なんだ。
 お貴族様が食べてそうな豪華な料理を、どうして流れ者に振舞える。
 そう考えると、机に無造作に置かれていた銅貨にも疑念が湧いてくる。 
 
 くそったれ。
 空腹のせいで回らなかった頭が、満たされた途端に不安を煽りだしやがった。
 喉が渇く。酒はないのか。 
 机に置かれた水差しからジョッキに注ぐ。
 一気に飲み干すが、中身は水であった。
17 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:50:13.48 ID:VN/U1bqQ0

「おいデブ! 酒はないのか?」

 デブは、目を細めこちらを睨みつけてきたが、悲しいかな少しも恐ろしくない。
 
「お館様のご指示だ。今宵の晩餐に、酒は供されない」

 今宵の晩餐と来やがった。
 その気取った言いぶりに、苛立ちが増す。 

「物見から早馬が来た」

 その声が、背後からかけられていなければ、俺はデブの鼻面を潰していたことだろう。
 静かながらも力のこもった声だった。
 振り返ると、青く染められたチュニックに妙に太い剣鞘を下げたブロンド髪の男が、居丈高に立っていた。
 
18 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:50:52.04 ID:VN/U1bqQ0

「月が出る頃には、魔物の軍勢は街を囲うだろう」

「お館様……」

 デブが、女のように震えた声をあげる。
 怖いのは、お館様か魔物の軍勢か。考えるまでもなく後者であろう。
 仲間を蹂躙された夜のことを思い起こす。
 あの筆舌尽くしがたい恐ろしさは、戦士を幼い少女に変えてもおかしくない。

「じゃあ、今晩は戦になるのですか?」

 ガキの物怖じしない問いかけ。

「私も飯がまだなのだ」

 それを無視して、領主は手を前後に振った。
 その所作に、デブが肩を縮こませ机の端に寄る。
 領主は、愉快げに頬を緩ませデブの隣に座った。
19 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:51:22.48 ID:VN/U1bqQ0

「さて、そこのお前」

 領主の青みがかった目が、俺の濁ったそれと交錯する。

「飯を喰らい、金を受け取ったな。ならばお前は、既に我が軍門だ」

 思わず息をのむ。
 ああ、結局そういうことなのだ。
 このご馳走と、一枚の銅貨は前払い金。

 俺の―――流れ者たちの命を、格安で買いたたいたわけだ。
 空腹と疲労の中で、誰がこの報酬を断れよう。
 たとえ、その代償に魔物を前に無惨にも命を散らすことになったとしても。
 
20 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:51:58.21 ID:VN/U1bqQ0

「悪いが、剣や槍は既に枯れた。だが、代わりになるものを用意した」

 領主が、テーブルナイフを握り俺の眉間に向ける。
 思わずギョッとするが、向けられているのは俺の頭の先だ。

 振り返り、テーブルナイフの先に視線を送る。
 無造作に置かれた樽から、長柄が幾本も伸びている。
 槍―――ではない。

 長柄の先についているのは、スコップでありフォークであり鍬の刃だ。
 領主の言葉通り、剣や槍の代用品。そこにあるのは、古びた農具ばかりであった。

「くそったれ」

 思わずついた悪態に、領主は眉一つ動かさなかった。
 ジョッキを握る手が震える。
 どうしてこうなった。どこで道を間違えた。
 自分自身に問いかけるが答えは返ってこない。
21 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:52:30.42 ID:VN/U1bqQ0

 くそ、酒が欲しい。この震えを止めるにはもうそれしかない。

「やります」

 幼く少し上ずった声に、隣を見上げる。
 立ち上がったガキが、拳を領主へと突き出していた。
 凛々しくも、未だ頼りないその姿を月明かりが照らす。 

「子供を戦に出すことはできん」

「しかし、僕はもう食事を口にし銅貨も貰い受けました」

 ガキが拳を開く。そこには、一枚の銅貨が載っていた。
22 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:53:44.40 ID:VN/U1bqQ0

 俺は、愕然としていた。
 どうしてそんな恐ろしいことが言える。
 魔物の恐ろしさは、お前だって知っているはずだ。

 親を殺されたんだろう?
 その場で抗うこともできず、無残に殺されることも拒んで。
 お前だって、どこぞの村から逃げてきたんだろう。
 
 なのになぜ。

「ならばそれは―――施しであって報酬ではない」

「でも」

 先ほどまで、どこか余裕を見せていた領主の表情が強張る。
23 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:54:14.78 ID:VN/U1bqQ0

「……領主さまが問題にしているのは、お前がまだガキだってことだ」 
 
 俺の言葉に、ガキが口を真一文字に結んだ。
 どうして俺は、領主に助け舟を出しているのだろうか。
 
「僕は、もう子供ではない」

「いやガキだね」

「違う」

「女だってまだ抱いたことねえだろ」

「女を抱いたことなら―――ある」

 デブと領主が、あっけにとられたのか口をポカンと開けたまま固まった。
 阿呆共が、ガキのたわごとに惑わされやがって。
 
24 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:54:51.90 ID:VN/U1bqQ0

「僕は、妹を抱いてこの街まで逃げてきたんだ」

 今度は、俺の開いた口がふさがらなかった。
 酷い誤解だ。まったく話が通じてねえ。
 やっぱりただのガキじゃねえか。

 だが、その強い眼差しに俺はもう何も言うことはできなくなっていた。
 こいつは、もう覚悟を決めている。何を言ったって聞きやしないだろう。

 冷たい風が、俺の頬を撫でた。
 手の震えはいつの間にか止まっていた。
25 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:55:21.72 ID:VN/U1bqQ0

 俺は無言で立ち上がり、後ろに置かれた樽に向かった。
 到底、武器とは呼べない農具の中からひざ丈ほどの棍棒を見つけ抜き取る。
 羊や豚を〆るのに使ったのだろう。
 棍棒には、既にいくつかの血のシミがついていた。

 机に戻ると、皆が俺の様子を訝しんでいるようであった。
 握っていた棍棒を、ガキへと放り投げる。
 ガキは、律儀にも棒を落とさぬよう両手で抱え込んだ。

 俺は、すかさずガキの腰から強引に剣を抜き取った。
 驚くガキを無視して、剣身を手のひらに載せじっくり検分する。

 錆もなく、よく手入れされた剣だった。
 刀身に残った曇りは、この剣が幾人もの血を吸ってきた証だ。
 文句なしにいい剣だ。だが、少し重い。
 
26 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:55:52.70 ID:VN/U1bqQ0
 
「これは俺が使う。お前はそっちの棒でも使っとけ」

「酷いじゃないか! それは、その子の剣だ」

 デブが、立ち上がり詰め寄ってくる。

「ガキにはもったいねえ剣だ」

「そんな盗賊みたいな真似をして!」

 デブの言葉に思わず吹き出す。
 侮辱のつもりだったのだろうが、それは俺には通じない。
27 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:56:24.13 ID:VN/U1bqQ0

「そうさ、俺は野盗さ! 東の山で野営を魔物に襲われ、仲間を全員失い、剣も具足も誇りも何もかもをかなぐり捨てて、街に流れてきた悪党だ!」

 横目にガキと領主を見る。事の成り行きをを見守っているのか、微動だにしない。

「俺を監獄にでも突っ込むか?」

「そんな話はしていない、その子に剣を返せと言っているんだ!」

 デブが、慣れない手つきで剣を抜いた。
 恐ろしく美しい刀身だった。
 ガキの剣とは比べ物にならない高級品だ。 
28 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 13:58:16.49 ID:VN/U1bqQ0

「善人ぶりやがって、てめえも盗人じゃねえか。その剣はどこで拾った!?」

「この剣は、お館様から預かったものだ!」

 領主に目を向けると、一切動じている様子はない。デブの言葉は真実なのだろう。
 口内に溜まった唾を吐き捨てる。

「いいぜかかってこい。お前を殺してその剣は俺が使ってやる。その剣なら、魔物を何体斬ったって刃こぼれ一つしないだろうよ」

「やめてください」

 ガキが、俺とデブの間に入ってきた。

「僕は、この棒で構いません」

 ガキの言葉に、デブが戸惑う。
 そして何事かを言おうとし、それをガキに再度止められた。
29 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 14:00:16.59 ID:VN/U1bqQ0

「僕に、その剣は重すぎる。父の形見なんです。大事に使ってください」

 ガキは、そう言うと腰に刺さったままの空の鞘を自ら俺に寄越してきた。
 俺は、それを受け取り剣を納める。
 ガキの目は、少しだけ涙に滲んでいた。
 柄にもなく罪悪感に沈みそうになる。

 結局、最後まで領主は一言も口を挟んでこなかった。
 止もせず、諫めもせず。何を考えていやがるのか、さっぱりわからねえ。
 
 だから俺は権力者ってやつが嫌いなんだ。
 心中を隠して、人を操ろうとするそのやり口。
 同じ人間とは、到底思えない。反吐が出るぜ。
 
30 :今日はここまで ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/09(火) 14:00:55.50 ID:VN/U1bqQ0
 
 流れ者の命を使って、街を守るつもりだろうが。
 俺には、この街の為に命を捨てるつもりはねえ。

 だが―――この剣があれば俺はまた戦える。
 俺は何も言わずに、ガキとデブに背を向け街の広場へと歩をすすめた。

 ぬるい風が坂を駆け上がってくる。
 その風には、獣と鉄の臭いが微かにのっていた。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/04/09(火) 17:09:52.93 ID:DoDPT2rOO

面白い。期待
32 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/15(月) 07:59:38.46 ID:Q62ZZ+a30


 あの盗賊は正しかった。

 僕は、この目で見た。
 魔物が、プレートアーマーごと人間の胴体を握りつぶすのを。
 魔物の皮膚が、ツヴァイヘンダ―を生身で弾き返したのを。
 あんな化け物共とまともに剣を交えてはならない。
33 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/15(月) 08:00:56.21 ID:Q62ZZ+a30
 
 幸いにも多くの魔物は、その巨体のせいか俊敏とは言えない。
 ならば壁を背に、地面を背に、魔物の攻撃を誘い、躱し、その間隙を打つだけだ。
 それも、ひたすらに急所のみを狙って。

 どうせ、僕の力じゃ大したダメージは与えられない。
 だけど、魔物の意識を一瞬だけ刈り取れれば。
 あるいは、僕に煩わしい羽虫程度の意識を向けさせることができれば。
 きっと、僕以外の他の誰かが、その剣を魔物の喉に突き立ててくれるかもしれない。

 だったら、重い剣なんか必要ない。 
 僕には、この軽い棍棒で十分だ。
34 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2024/04/15(月) 08:02:11.59 ID:Q62ZZ+a30

 正門は既に破られ、多くの魔物が門に殺到してきている。
 当初、大通りには街の衛兵や騎士で構成された本隊が陣取り、僕を含む流民の即席戦士団は道の両脇、並ぶ建屋の路地に配置されていた。
 魔物の勢いを正規兵が受け止め、その横っ腹を僕たちが突くという作戦だ。

 この用兵は、父上に教わったことがある。
 門が早々に破られることを見越した、敵を引き入れての包囲殲滅だ。
 陣も組まず、ただまっすぐに突き進んでくる魔物の様子を考えれば効果的な作戦だ。
 だけど、そううまくはいかなかった。
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