速水奏「私がなりたい、アイドル」

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1 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:39:55.09 ID:onpjVHzA0

――事務所

速水奏「何秒息を止められるか、って?」

モバP(以下P)「ああ」

奏「なぁにそれ、どういう意図かしら? もしかして、キスをしている間息を止めるとか、そんな話?」

P「それはまぁ、自由にしてくれ。次の仕事の確認だよ」

奏「あら、そう。……まぁ、ボイトレで多少は長めにもつと思うけど」

P「息を吐かずに、何秒いける」

奏「息を吸ってキープしたまま? ……そうね、1分位は問題なく」

P「動きながらだと」

奏「ん……どれだけ動くかにもよるけど、結構短くなるわよね。30秒は持たせても、45秒の自信は無いかも」

P「OK。じゃあ、本題だ」

P「水中で息を止めて、プールの底でポーズを決める」

奏「……!」


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2 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:41:17.69 ID:onpjVHzA0

P「どうだろう」

奏「……やってみないと、ちょっと…… そういう撮影ってことね?」

P「水中写真な。見たことはあるだろう?」

奏「ええ。確かに素敵な写真だと思う、けど」

P「その撮影の苦労も、想像に難くない」

奏「そうね」

P「奏にやってほしい」

奏「……」

P「改めて目的を話そう。速水奏、単独写真集だ」

奏「……凄いの、来たわね」

P「勝算は十分、というか出さない理由は無いだろ?」

奏「ふふ…… なんていうか、恐縮ね」
3 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:41:58.02 ID:onpjVHzA0

P「表紙写真をどうしようか考えていたんだけど、もし可能なら、これがいいと思った」

奏「……それは」

P「ん?」

奏「ううん……なんでもない」

P「まぁ、続けるな」

P「水中撮影そのものは特別というか、特殊な仕事になるだろう。別に水中モデルの経験を詰んでくれってことでもない」

P「ただ、今の速水奏のひとつの到達点として、大きな意味のあるものを撮りたいと思ったんだ」

P「やってみないか」

奏「……」

奏「あなたに、そう求められるのなら。断る理由は無いんじゃない?」

P「そうか。……うん、わかった」

P「後日打合せがあるから、同席してほしい。やるかどうかは、それからでも遅くない」

奏「そうなの? OK」

P「もちろん、やってほしいとは思っているけど。じゃあ、頼むな、奏」

奏「……」

奏「ええ」
4 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:42:36.61 ID:onpjVHzA0

――後日 打合せ

美術スタッフ「で、それでですね。撮影したいイメージボードがこちらです」

奏「海底遺跡……?」

P「凄いですね。言葉で伝えただけですが、かなりイメージ通りです」

カメラマン(CM)「実際には座るところとか腕乗せることろだけ、本物の石造りかな」

美術「あとはカメラから見て不自然じゃない感じで、描き割りとかそれっぽいセットをプールの中に組んで、水を満たします」

P「これ、結構深いんじゃないですか?」

CM「水面を遠くに見せたいんだよね。海底だから。どうしても深くなっちゃう」

奏「……足は届かなそうですね」

美術「プロデューサーさんと話したところでは、こだわりたいトコだと思うんですよね」

P「ええ……確かにそうですが、大丈夫でしょうか」

美術「補助のダイバーをつけるので、まぁ、万が一はないでしょう」

P「それは安心ですね」
5 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:43:08.74 ID:onpjVHzA0

美術「でもやっぱり、一番大変なのはモデルさんになってしまいますね」

CM「だねぇ。ほら、衣装イメージあったでしょ」

美術「はい、こちらです」

パサ

美術「今回、このようなドレスを着ていただきたいと考えています」

奏「真っ赤…… ……素敵」

P「ああ、裾のところ、羽根みたいになったんですか」

美術「良さそうでしょう。水の中で膨らんで、水の流れが見えそうだって」

P「いいですね」

CM「素材は印象よりは軽いはずだよ。重い生地じゃ水を含んでまともに泳げないし」

美術「それでもだいぶ泳ぎにくいですからね。さらに実際には、重りを付けて水に沈むようにします」

CM「こんな感じのやつね」

ゴト

CM「脚の付け根とか腰とかに巻いて浮力を調整するの」

P「へぇ」
6 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:43:45.39 ID:onpjVHzA0

奏「あの」

CM「うん?」

奏「それは、借りることできますか?」

CM「ああ。うん、大丈夫、貸したげる」

奏「ありがとうございます」

美術「練習されるなら、プールのはしごのある場所とかで、安全にお願いします」

奏「分かりました」

CM「あとは、付ける数は最小限にしたいかな。重り見えちゃったら台無しだし。……うーんと、まぁ、少しずつ増やしながら、ちょうどいい塩梅探ってみて」

奏「……?」

CM「んー、衣装さんがいたら、詳しいこと言ってもらうんだけど……」

P「……あ。ああ、なるほど」

CM「はは……ほら、僕らから言っちゃうといろいろとね」

奏「?」

P「速水は肉付きいいですからね。沈むのが大変と」

奏「ちょ、ちょっと、もうっ」

CM「はは、まぁ、そういうワケ」
7 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:44:21.08 ID:onpjVHzA0

P「潜るのもだと思いますが、何が大変になると思いますか」

CM「何がっていうと、全部じゃないかなぁ。水中でポーズをとって、表情を作って、目を開ける。裸眼だから自分とカメラが、どこにいるか分かりにくい」

CM「着衣水泳は、人によっては潜るのも一苦労。ある程度は補助が手を引けるけど、すぐにフレームアウトしなきゃいけない」

P「水の中で体も冷えていく。かなりハードですね」

CM「水面から泳いでセットまで潜り、ポーズを取ってもらう。しっかり止まってもらえれば、その瞬間を絶対カメラに収める」

P「さすが、頼もしいです」

CM「あはは、仕事だからね」

美術「僕たち、セッティングはできますが、結局モデルさんがどれだけいられるかになります」

CM「水中に慣れた人ならね、動きながらでも2分とか3分潜って対応できるんだけど」

CM「最終的には、モデルさんの頑張り次第かな。僕なんか、アクアラングで潜っていればいいわけだし」
8 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:45:13.25 ID:onpjVHzA0

P「というわけで、最終確認だ。奏、できるか」

奏「……」

P「正直、難易度の高いことを要求してる。ここまで聞いてできないというなら、プランは変えるよ」

美術「実際に企画が動き出しているわけではないですからね」

CM「といっても、やる気じゃない? 重り借りるくらいなんだから」

奏「……そう、ですね。やってみたい気持ちはあります」

P「でも、不安がある?」

奏「ええ…… できる、やれると言いきれないのが」

P「うん、なるほど」

P「じゃあ、ちょっとハードル下げよう」

P「このアングルを取るのは、プラスαでいい」

奏「え?」

CM「そうだね。この絵を取るまでに、僕がいいと思ったら何枚も撮る」

CM「水底までに使える写真を撮るのが、まず最初の目標」

奏「……」

CM「そしてこの絵まで辿り着けたらベスト。それでどうだろう」

CM「いいコンセプトがあるからね。僕としても撮ってみたいとは思う」

奏「……はい」

奏「わかりました。挑戦したいです」
9 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:45:53.74 ID:onpjVHzA0

−−−

奏「……できないって言ったら、どうするつもりだったの?」

P「言ったろ。また別の案を考えるだけだ」

奏「……うん。そうね、Pさんはそういう人よね」

奏「だから応えようって気にさせるのかしら」

P「じゃあ、それも掌握術のひとつか」

奏「ずるいんだから」

P「どの仕事でも同じだよ。できるって妥協点を調整し合うのが俺の仕事だから」

奏「……そして、ここから先が私の仕事なのね」

P「ああ。頼んだよ」

奏「もちろん。頑張るわ」

奏「プロデューサーさんのために」

P「そこは…… ……まぁ、何がやる気になってもいいか」

奏「そこは、ファンのためにっていうところじゃないの?」

P「最終的につながるからいい」

奏「そ。大人の考え方ね」

P「まぁ、何も言い返せないな」
10 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:46:25.57 ID:onpjVHzA0

奏「んー……練習に、プール行こうかな」

P「いいんじゃないか」

奏「……」

P「まぁ、練習とはいえ無理しないで……」

奏「……」ジッ

P「……あー」

奏「来てくれないの?」

P「うーん……」

奏「あーあ、ナンパされちゃうかも」

P「次の土日に被る休みは……」

奏「ふふっ、冗談よ。学校の使わせてもらうわ」

P「……ああ、そう。なら、まぁ、いい」

奏「あら、それとも本当に一緒に来てくれるつもりだった?」

P「さてね」
11 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:46:52.62 ID:onpjVHzA0

奏「合わせてくれるなら、それはそれでデートしましょうよ」

P「えっ」

奏「せっかくのお休みに、練習で過ごしちゃうの、もったいないでしょう?」

P「……なんか言いくるめられている気がするな」

奏「ふふ、どうかしら」

P「……わかった」

奏「本当? いいの?」

P「ギャラにおまけするよ。気が変わらないうちに決めてくれ」

奏「……うん。ありがとう」

奏「予定は開けておくから、Pさんも、ね」

P「ああ」

奏「あのね、私」

奏「水族館がいいわ」
12 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:47:50.17 ID:onpjVHzA0

――撮影日 プールサイド

奏「深い……」

P「すごいな、3mくらいか……」

美術「お疲れさまです、速水さん、プロデューサーさん」

P奏「「おはようございます」」

P「本日はよろしくお願いします」

奏「よろしくお願いします」

美術「ええ、こちらこそよろしくお願いします」

P「まだ水は入れていないんですね」

美術「ええ。先にプールの中に降りて頂こうかと思いまして」

P「助かります。あのはしごからで、いいですか?」

美術「ええ、どうぞ」

P「ありがとうございます」

奏「プロデューサーさん、ほら、行ってみましょう?」

P「ああ」
13 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:48:54.56 ID:onpjVHzA0

カン カン

奏「上が空いている部屋みたい」

P「だな。潜るためのプールだから、あまり広くなくて」

奏「そしてこれが……」

ペタッ ペタッ

CM「やあ、お疲れさま。ウェットスーツで失礼するよ」

CM「これがセットね。手前の柱と石段はしっかりしているから触れてOK」

P「わかりました。奏、ちょっとポーズとってみて」

奏「はーい。……ここですか?」

CM「うん。座るイメージでいいと思う。その石段に腕乗せたり」

CM「ぐっと脚だして…… 少し首傾ける、そう、OK」

CM「左膝に手乗せちゃおうか。右手、唇意識して…… うん、いいよ、そのポーズ取れたらベスト」

奏「……はい、分かりました」

CM「本番、ヒールだから足の位置気を付けてね。あとはある?」

奏「いえ、大丈夫です」
14 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:49:27.33 ID:onpjVHzA0

CM「OK。……ちょっと1枚いいかな」

奏「え?」

CM「プロデューサーさん、スナップとしてどう?」

P「ああ、いいですね」

カシャッ

CM「うん。これ、あの衣装で撮ったら凄いんじゃない?」

P「そう思います」

CM「水中泳いでいるときも、良さげだったら撮ってみるよ」

奏「はい」

CM「OK。プロデューサーさんは、なにかある?」

P「いいえ。お願いします」

CM「よし。じゃあ上がって、着替えてきて頂戴。水溜まって、気泡減ってきたらすぐ始めよう」

P「はい。よろしくお願いします」

CM「うん。よろしく。水入れてー!」

美術「はーい! お二人、上がってください。注水準備ー!」

P「よし、行こう」

奏「ええ」
15 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:50:16.72 ID:onpjVHzA0

−−−

衣装スタッフ「速水さん、入りまーす!」

カツ カツ

美術「ああ、いいですねぇ!」

奏「ありがとうございます。やっぱり、素敵な衣装です」

美術「うん、彼女にいってあげてください、喜ぶから」

衣装「い、いえ、そんな」

奏「あなたがこれを?」

衣装「は、はい……」

奏「ありがとうございます。……精一杯、綺麗に撮られてきますね」

衣装「……はいっ」

奏「ふふ。……プロデューサーさん」

P「ああ」

P「やっぱり赤も似合うと思ったんだ」

奏「ええ」

P「ドレス以外も良くできている。……ん、ピアス風のイヤリングか」

奏「そうなの。水中の抵抗で耳がちぎれたら、ぞっとしないでしょ」

P「おぅ……確かに。……うん」

P「綺麗だ」

奏「……ありがとう。いってきます」

P「気を付けて」
16 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:51:02.85 ID:onpjVHzA0

奏「よろしくお願いします」

スタッフ「「「よろしくお願いしまーす!」」」

チャプ…

補助ダイバー「準備運動、済んでますね」

奏「はい」

補助「1回目は潜る感覚だけで大丈夫。重りはひとまず最低限で、リハのつもりで大丈夫」

衣装「重り、ひとまず腰に付けてます」

補助「OK。速水さん、ゆっくり、どうぞ」

奏「お願いします」

カン カン

奏「……」

奏「うん…… 動けます」ザプッ

補助「息すったら、合図。手を引いて潜ります」

衣装「リボン、気を付けてください。巻き込まないように」

奏「はいっ…… すぅーー……」

奏「……」コクン

補助「OK」

ザパッ
17 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:51:40.98 ID:onpjVHzA0

P「……」

衣装「……」

カシャッ

ゴポ …ゴポ

カシャッ

P「……」

衣装「……」

P「……お」

衣装「上がってきますね」

ザバッ

奏「……はぁっ、はぁ……ふぅ」

補助「底までは着けたね。重り、少し足そう」

衣装「はいっ」

バシャッ

衣装「そのまま水中で。脚の付け根に巻くんで、少し触りますね」

奏「ええ、大丈夫です」

奏「……」

P「奏。どうだ」

奏「うん…… うん、ちょっと思ったより深くて」

奏「いま、底に5秒も居られなかったと思う。もっとスムーズにいかないと」
18 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:52:36.54 ID:onpjVHzA0

奏「……もっと……はしごを、蹴るように……」

補助「重り足した分、潜るのは早くなるけど浮かぶの大変になるから、上がるときは合図下さい」

奏「はい」

衣装「装着、OKです」

補助「よし」

補助「ここからが本番ね」

補助「体力も、衣装にもリミットあるから、出来るだけ早く決めちゃいましょう」

奏「お願いします」

補助「こっちも潜るタイミング合わせるよ。3カウント」

奏「はい。ふぅ…… すーー……」

奏「……」コク

補助「3,2,1」

ザパッ
19 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:53:15.42 ID:onpjVHzA0

−−−

奏「はぁっ、はっ……」

奏「……重り、追加お願いします」

衣装「すいません、これ以上は裾から見えてしまって……」

補助「それに、浮けなくなっちゃう。これ以上はちょっと無理だね」

奏「はい……」

補助「何枚かは撮れているので、あまり気負わずに行きましょう」

奏「……」

P「奏」

奏「大丈夫……」

P「ああ」

奏「すぅ……」

補助「……3,2,1」

ザプッ

P「……」

P(6回目……)
20 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:54:30.86 ID:onpjVHzA0

ぷか

P「ん? 靴が……よ、っと」バシャ

ザバッ

奏「Pさんっ」

奏「靴……!」

P「ああ。こっちまで泳げるか?」

バシャッバシャッ

奏「……はぁ、はぁ……あー、重い」

P「すごいな、この衣装で泳げるのか」

奏「……練習したもの」

P「さすが」

P「……見てて思ったんだが」

奏「なに?」

P「おまけの件。あれだけじゃ足りないかも、なんて」

奏「……それで?」

P「全部、好きにしていい」

奏「全部?」

P「どこに行くのも、何するのも」

P「何時までかも」

奏「……」

P「それくらい、頑張ってるな、と」
21 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:55:06.73 ID:onpjVHzA0

P「やる気は出るかな」

奏「そうね……」

奏「終わってから、考えるわ」

P「わかった」

奏「ほら、ねえ。靴」

P「ああ」

P「貴女が落としたのは、ガラスの靴でしょうか? それとも」

奏「いろいろ混ざりすぎね」

P「水中で履けるか?」

コツ

奏「……ふふっ すーー……」

奏「やってやるわ、よっ」カンッ

ザパッ

P(ヒールを壁に宛てて、潜りながら履いたのか)

P「はははっ、いいね」

P(……)

P(……笑っていたな)
22 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:55:37.62 ID:onpjVHzA0

P(速水奏は、優等生だ)

P(アイドルとしても、人間としてもある程度の常識を持って、大体のことをこなせる)

P(でも、そのうえ)

P(そこから先の、昇り詰める、欲望)

P(トップアイドルになるための、気持ち)

P(優等生だからこそ、アイドルとして綺麗にステージをこなし)

P(優等生だからこそ、天性のアイドルがもつ輝きに勝てないと自覚する)

P(だが、それでも、そのうえに行くという情熱を、渇望を、熱狂を、もっていい)

P(言われた通りだけのことをこなすんじゃなくて)

P(スタッフの、ファンの、俺の想像を超えていけ)

P(楽しめ)
23 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:56:13.80 ID:onpjVHzA0

P「……」

P(水中に、赤い影が)

P(金魚のように、炎のように揺らめいている)

P(水の青に彩られながら、光に照らされながら)

P(しばし動きを止める)

P(水の中から微かに聞こえる、シャッター音だけの、静かなプール)

P「……45秒」

P「……」

P(水中で、全員が動いた?)

ざぱっ

奏「ぶはっ、ふっ、はっ……!」

バシャッ バシャン

CM「ふーっ! チェック入ろう!」

美術「はーい!」

補助「重り外してあげて」

衣装「外します! はしご、掴まったままで大丈夫です」バシャッ

奏「はーーっ、はーー……」
24 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:56:45.15 ID:onpjVHzA0

P「お疲れ……」

ザパァ

奏「……はー、げほっえっほ……」

P「奏!?」

奏「はー……ひっ、ひー」ゴロン

P「お、おい?」

奏「……はぁ……ねぇ」

P「ああ」

奏「はぁ…… 人魚姫も……」

奏「こんな、気分だった、のかしら…… けほっ……」

P「……さてな。大丈夫か」

奏「ええ……」

P「よし、羽織るもの取ってくる」

奏「……」
25 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:57:31.88 ID:onpjVHzA0

P「あ」

CM「ああ、プロデューサーさん」

P「どうです?」

CM「とりあえず見てから。手ごたえはあったよ」

美術「一旦休憩で大丈夫です。衣装、脱いでもらって」

P「じゃあ衣装さんに、伝えておきますね」

美術「恐れ入ります」

−−−

P「お疲れ。ドレス、とりあえず脱いでいいってよ」

奏「わかったわ…… 重……」

P「一応、小物だけ付けておいてくれって」

奏「ん…… ……脱がしていただいていい?」

P「あ、いや、衣装さん呼ぶから、俺が席外して」

奏「大丈夫よ、中着てるから。早く脱ぎたくて」

P「……」

奏「気にするほどじゃないでしょう? 水着だって見てるんだから」

P「あ、ああ……」
26 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:58:18.07 ID:onpjVHzA0

奏「背中のファスナーおろして」

P「……」ジー

奏「ふぅ…… よい、しょ」

P「……お、おい奏、中着てるって」

バサッ

奏「なに? ヌーブラくらいしてるわよ」

P「え……」

奏「水着というわけにはいかないでしょう? 下は、まぁそうだけど」

奏「ふふ……背中見て、何もつけてないって思った?」

P「……いや、それでも」

奏「それより早く、ガウン着せてくださらない?」

P「……」バサッ

奏「……」

P「……なぁ、奏」

奏「えっち」

ばふっ

奏「きゃっ。……タオル投げつけるなんて。ふふ、ひどい」

P「しらんよ」
27 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/28(火) 23:59:47.98 ID:onpjVHzA0

P「なんか飲むか」

奏「ええ。温かいもので」

P「ああ、暖房効いた部屋に行くか?」

奏「大丈夫……」

P「結構、冷えてるだろ」

奏「そうね。でも」

奏「震えてるわけじゃないから、大丈夫」

P「わかった…… ……思ったより、冷たかったか?」

奏「……わかるんですって」

P「うん?」

奏「カメラを通すと、不思議と水の温度も伝わってくるって、カメラマンさんが言ってたの」

奏「今回のイメージは冷たい方が似合うでしょう。だから、冷水じゃない程度には、ちゃんと水」

P「そうか」
28 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/29(水) 00:00:43.09 ID:0R0rCPgT0

奏「ふー……」ズズ…

奏「あったか……」

P「本当に、よくやったよ」

奏「……どうだったかしら」

P「いまチェックしてもらってるけど、手応えあったとは」

奏「写真の出来だけじゃないわ」

P「うん?」

奏「Pさんは、どうだった?」

P「……」

P「水中が、どうなっているのか分からない」

P「一つのイメージを作るために、全員が力を合わせているところで」

P「何ができるわけでもないというのが、もどかしかったな」

奏「ふっ、ふふっ」

P「?」

奏「あはは……随分と、変なこと言うのね」
29 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/29(水) 00:01:36.88 ID:0R0rCPgT0

奏「あなたが集めたのに」

奏「Pさんが居なければ、今日この場が無かったのに」

P「……まあ、それはそうだけど」

奏「しっかりしていてよ。プロデューサーさん」

P「……ああ」

P「アイドルが不安にならないように、ただ構えているのも仕事か」

奏「そういう事」

奏「ねえ、訊いていい?」

P「何を?」

奏「プロデューサーさんがこの仕事を持ってきたのは……」

奏「この表紙撮影で、こんな写真を撮ろうと思ったのは」

奏「……」

奏「Pさんとの出会いが、海だったから?」
30 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/29(水) 00:02:22.95 ID:0R0rCPgT0

P「……どうかな。でも、うん、確かに奏は海のイメージもあるか」

P「あまり意識はしていなかったけど、そうかも」

奏「……うん。そうね」

奏「なら、嬉しい」

P「それと奏のイメージっていうなら」

P奏「「月?」」

P「ははは……」

奏「ふふっ」

P「海に月か……」

P「……」

奏「……」

P「クラゲ?」

奏「やめてよ、もう」
31 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/29(水) 00:02:54.54 ID:0R0rCPgT0

奏「……あ」

奏「でも、いいかもね」

P「え?」

奏「見に行きましょうよ。クラゲ」

奏「水族館に行きたいって、言ったじゃない」

P「あー」

奏「なんでも、決めていいんでしょ?」

P「……ああ」

奏「と、この話はあとで。カメラマンさん、来たみたい」

CM「おーい」

奏「はーい!」
32 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/29(水) 00:03:37.65 ID:0R0rCPgT0

CM「撮って出しだけど、見てよこれ」

P「おお、これは」

奏「……」

奏「すごい……」

P「よくこんなに…… まるで、普通に座っているみたいな」

CM「だよね。水中に平気な顔して座っている、っていうのがまた、神秘的な感じで」

CM「他にも何枚か撮れたけど、最初のイメージ通り、これが最高だね」

P「ありがとうございます。写真集の成功、確信できますよ」

CM「あはは。これさぁ、僕のサイトにも載せさせてよ」

P「ええ、もちろん。掲載は発売後一定期間後からでお願いできればと」

CM「しっかりしてるなぁ…… ねぇ、速水さん」

奏「はい」

CM「今回は、ありがとう。よく頑張って写ってくれた」

奏「そんな。こちらこそありがとうございます。私も、とてもいい経験になりました」

奏「こんな素敵に撮って頂いて。……海の女神に嫉妬されてしまいそう」

CM「セイレーン? ははっ、いいね、その魅力も越えようって気概かな」

CM「水中がまたあるかは分からないけど、また仕事ができるといいね」

奏「はい」

P奏「「ありがとうございました」」
33 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/29(水) 00:04:16.14 ID:0R0rCPgT0

――廊下

奏「……」

奏「ふふ」

P「ん?」

奏「ううん。……セイレーンだと、海の怪物になっちゃうなって」

奏「まあ、船乗りを惑わせるのは悪くないかもだけど」

P「え、ああ、そうか。……そうなると、海の女神ってなんだ?」

奏「……」
34 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/29(水) 00:04:51.08 ID:0R0rCPgT0

奏「到達点って」

P「ん?」

奏「言ったでしょう、この仕事のこと。Pさんが。速水奏の大きな意味のある到達点にしたいって」

P「ああ」

奏「今の私の、到達点だと思う?」

P「それを決めるのは俺じゃないよ」

奏「じゃあ、誰が?」

P「奏以外にいるのか?」

奏「ふふ…… 私であって、私じゃない」

奏「私のイメージは、私じゃないところで創られていく」

奏「アイドルやっていると、よく実感するの」
35 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/29(水) 00:05:30.11 ID:0R0rCPgT0

――控室

ガチャ パタン

P「……そうだな。それは、よくわかる」

奏「だから、それを飲みこんでいく、超えていくような」

奏「海みたいになれたらって、思わない?」

P「……」

奏「まぁ、どんなイメージを持ってもらってもいいけど、受け取り切れないものはあるかもね」

奏「でもそれが、速水奏というアイドルの到達した、先」

奏「Pさん」

奏「……この撮影でなりたいものが、見つかったかもしれない」

P「うん」

奏「……」

奏「私は……テティスになりたいわ」

奏「とてつもなく深い底で微笑む、女神のようなアイドルに」
36 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/29(水) 00:06:26.08 ID:0R0rCPgT0

P「ああ」

P「なれるよ」

P「いま、そうなって行ってる」

奏「……ふふっ」

奏「ところでね」

奏「私、いまから全部着替えるんだけど」

奏「手伝っていくかしら?」

P「それじゃあ、是非とも」

奏「えっ」

P「うん?」

奏「……」

P「……」

奏「その気なんてないくせに。意地悪ね、もう」

P「お互いさまだよ」
37 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/29(水) 00:07:42.67 ID:0R0rCPgT0

P「じゃあ、終わったら呼んで」

奏「……いつか、終わる前に呼んじゃうからね」

P「うーーん…… まぁ、その時になってから焦るよ」

奏「連れない人」

ガチャ

P「……ああ、奏」

奏「なに?」

P「今日の撮影、楽しかったか」

奏「……」

奏「とても大変だったし、苦しかったわ」

奏「でも」

奏「楽しかった」

P「うん」

P「上出来」

パタン





――後日、デートの情報が洩れて、LiPPSメンバーに後を付けられたのは、また別のお話。

【エンド・オブ・ブルー】速水奏より
38 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2023/03/29(水) 00:08:15.00 ID:0R0rCPgT0

お読み頂きありがとうございました。
一番最初に手に入れた奏のSSRが、エンド・オブ・ブルーでした。
総選挙Dグループ、速水奏に投じて頂ければ、この上なく嬉しく思います。


過去の奏SSです。よろしければどうぞ。

速水奏「はー……」モバP「はー……」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1546751465/

速水奏「とびきりの、キスをあげる」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1555420447/

速水奏「特別な、プレゼント」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1561907176/

速水奏「今年のチョコが、渡せない」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1581598611/

速水奏「恋愛映画は苦手」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1588939565/

速水奏「月の丘の裏側まで」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1593528022/

速水奏「ずるいひと」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1615649135/

速水奏「練習はキスシーンの後で」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1625065215/

速水奏は癒したい
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1639879679/

速水奏「眠り姫には口づけを」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1656684020/
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/03/29(水) 02:13:46.78 ID:oxc13TH30
アナ雪と一緒で露骨なゴリおしは逆に萎える法則
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/03/29(水) 22:48:26.22 ID:XWUqUtwAo
今回も良かったわ、乙
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