星輝子「真夏みたいに気持ち悪い」

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1 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:23:18.80 ID:Sev9O2YP0
『真夏』という単語を聞くと、何を想像するだろうか。
澄み渡るような青空、潮風が心地よい海、
友達と食べる氷菓子、浴衣を着ての夏祭り。
そういった夏の風物詩を何の疑いもなく思い浮かべられるのなら、
その人はおそらく、とてつもなく幸福だ。

彼女は違う。
脳味噌が腐るような暑さ、ところ構わず湧き出る蟲、
それによる苛立ちを隠そうともしない人々。
その上で自分は幸福であると周りに見せびらかそうと必死なリア充ども。

彼女は真夏を、毎年必ず自分に降りかかる災害と考えていた。
湿気により、普段よりよく見るようになる『トモダチ』。
それだけを心の支えにし、彼女はこの数ヶ月をひっそりと・・・
『キノコ』のように、耐え忍んでいた。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1654442597
2 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:28:28.92 ID:Sev9O2YP0
「お前、キノコじゃなかったのかァーーーッ!!!」

地響きのような重低音が鳴り響く。
ステージは小さく、観客は両手で数え切れる。
だがこの場所は、ドームの大舞台を彷彿とさせるほどの圧倒的な熱量を放っていた。
観客は皆一点を見つめて騒ぎ、飛び跳ね、叫ぶ。
視線の先は小さな少女。
左目には星型のペイントが施され、マッシュアップ★ボルテージと呼ばれる奇抜な衣装に身を包む。

熱気を含んだ酸素は彼女の折れてしまいそうな細い喉を抜けて唄となる。
彼女の魂を通った唄は透き通るような声質を帯び、そして同時に爆発するような荒々しさをも兼ね備えた。
その絶唱は観客全員の鼓膜を、心を震わせた。
叫べ!叫べ!叫べ!
怒りを!悲しみを!慟哭を上げろ!!
思うさま感情をぶちまけろ。此処ではそれが許される。

曲が終盤に入る。最後の見せ場、ラスサビのシャウトが迫る。
観客の口角が思わず上がる。期待の目を彼女に向ける。
その期待を受けて、彼女。
彼女は笑わない。期待を裏切らない為に、全霊を込めて最高のシャウトを決める為に。冷静に。
笑わない。
笑わない。

筈がない。

シャウトに備え息を吸う時、彼女の口角が吊り上がっていた。
どうしようもなく興奮しているのだ。
どうしようもなく感情が膨れ上がり、彼女の小さな身体から溢れ出しているのだ。

パンパンに膨らんだ風船のように、ガス漏れしているボンベのように。
一種の危うさを感じるほど溜め込んだその感情は、ついに飽和状態を迎える。
それは完璧なタイミングで爆発した。聴く者全ての心を奪う程の、魂の籠ったシャウトだった。
冷静に、全霊を込めた最高のシャウトなんかよりも、ずっと、ずっと最高のシャウトだった。


キノコ・メタル・アイドル。遠く離れた3つの星が結びつき、出来た大三角形は異彩を放つ。
その星座の名前は星輝子。そのステージで、彼女以外何も見えなくなるほど眩く輝いた。
3 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:30:21.32 ID:Sev9O2YP0
「今日は来てくれてありがとう」

曲が終わり、彼女は客席に向かって語る。
歌唱中とは打って変わって荒々しさが抜け、年相応の可愛らしい声と風貌となった。
マイクを使っているからなんとか聞こえるが、もはや観客の声の方が大きい。
だが観客は、そんな彼女を微笑ましそうに見つめている。
『これ』を含めて彼女という事を皆理解しているのだろう。

「輝子ー!!」「最高だった!!」「カッコ良かったよ!!」

観客が口々に叫ぶ。彼女への賛辞を、愛を彼女にぶつける。
彼女は「フヒッ!?」と小さく声を漏らすと、恥ずかしそうに余所を見ながら頬を掻いた。
「大好きー!!」「最後のシャウト良すぎ!!」「かわいいー!!」
彼女の顔がどんどん赤くなっていく。
頬を掻いていた手をそのまま顔に押し当て、真っ赤になった顔を隠す。
それでも鳴り止まない観客の声に彼女は俯き、プルプルと震え出す。
そんな彼女を皆笑いながら見ていると、空気の感じが僅かに変わった。
どこかで、いや、つい先ほど感じたような、一触即発の危うさを感じた瞬間。

「ヒィィイイヤッハァーーーッ!!!」

彼女は大きく、大きく叫んだ。
瞳孔の開いた目で客席を睨み、観客に指をさす。

「そこのメガネ!そこのドクロTシャツ!お前も!お前もお前もお前も!!」

観客の一人一人に指をさしていく。
小さな会場、僅かな観客。いや、最高のステージに集まってくれた
最愛のファンに一人残らず人差し指を突きつける。

「てめェらの顔覚えたからな!!次のライブも絶対ェ来やがれ!!」

そう叫んだ後、彼女は軽く呼吸を整え、小さく手を振った。

「じゃ、じゃあ、またね」

観客は万来の拍手を送る。
大歓声の中、ライブは終了した。
4 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:32:27.51 ID:Sev9O2YP0
「お疲れ、輝子!最高のライブだったな!」

「あ、ああ。ありがとう、プロデューサー」

楽屋に戻った輝子に男がタオルを手渡し、右手を挙げる。
彼女はタオルを受け取ると、その手に合わせるように弱弱しくハイタッチした。

男は彼女のプロデューサー。
輝子の趣味であるキノコとメタルを結びつけ、彼女をアイドルとして売り出した。
彼は自信を持って言う。「これが輝子の魅力を一番引き出せるプロデュースだ」と。
その言葉自体は間違っていないだろう。
だが、彼は内心焦っていた。
ハイタッチした右手を気恥ずかしそうに眺める輝子。彼女を見つめ、彼は考えていた。
観客が少なすぎる。彼女はもっと人気になっていい筈なのに。

本当にこれでいいのだろうか。

その言葉が頭に浮かんだ時、楽屋の扉が開く。
二人が音に反応して扉の方を見ると、一人の男が入って来た。

男は挨拶もなしに輝子に近付くと、じろじろと彼女の顔を眺める。
輝子は眉をひそめ、助けを求めるようにプロデューサーに視線を投げた。
プロデューサーは一瞬呆然としていたが、慌てて二人の間に割って入った。

「君、何の用ですか」

男はプロデューサーの言葉に反応したのかそうでないのか、小さく呟いた。

「顔は良いな」

ピクリと反応する二人。だが男は吐き捨てるように続けた。

「売れてないけど」

「なっ──」

プロデューサーはその男を連れ出そうと彼に迫った時、静止するように男は片手で名刺を差し出した。

「申し遅れましたが、こういう者です」

彼は別事務所のマネージャー、それも誰もが名前を知っているような、超大手のプロダクションだった。
5 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:33:24.27 ID:Sev9O2YP0
プロデューサーは驚きながら名刺をまじまじと見つめていると、その男は彼にぼそぼそと耳打ちした。
輝子はプロデューサーの顔を見て驚いた。
普段の彼は温厚で、注意をする事はあれど怒った顔など見た事ない。
なのにその時、彼はすごい怖い顔をして男を怒鳴った。

「結構です!出て行って下さい!!」

「そうですか。気が変わりましたら名刺の番号に」

軽い口調の男を追い出し、プロデューサーは眉を吊り上げながら椅子に座り直した。

「親友……?」

見た事のない親友の顔に不安になり、輝子はおどおどと話しかけた。

「ああごめん、なんでもないよ」

だが彼は輝子の顔を見るとすぐ優しい顔に戻り、彼女に微笑んだ。

「……なんでも」
6 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:34:58.24 ID:Sev9O2YP0
それから数週間、輝子はいつものように日々を過ごした。
アイドルとしての仕事もいつも通りこなし、プロデューサーと遊んだりした。
その時、彼にほんの少し違和感のようなものがあった。
輝子と話していると、どこか遠い目をしたり、辛そうな顔を見せた。
だがそれは一瞬の事だったので輝子は気のせいだろうと思い、特に何かする事はなかった。
7 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:35:55.83 ID:Sev9O2YP0
ある日、いつものレッスン終わりにプロデューサーは輝子を呼び出した。

「なんだ?親友……」

プロデューサーに促され、向かいの席に座る。
彼はとても苦しそうな顔をしていた。
だが、普段通り「輝子」と普段通り優しく名前を呼ぶ。

「お前がここに来て一緒にやってきて、もう一年経ったな。
最初の頃に比べて、本当に逞しくなった。成長したと思うよ」

「え?」

「お前は本当によく頑張ってる」

彼は優しく笑う。
唐突に褒められ、輝子はむず痒いそうににやける。

「や、やめろよ、親友……フヒヒ」

ぽりぽりと頭を掻く彼女を見て、プロデューサーはどこか寂しそうな顔をした。

「もう、お前はどこでもやっていける」

その言葉に、輝子はなんだか嫌な予感を感じた。

「親友…?」

そして、嫌な予感は的中した。

「この事務所じゃお前の実力は活かせきれない。お前はもっと人気になっていいアイドルだ」

口調は明るく、だけど目元は笑っていない。拳を握りしめ、彼は言った。

「どうだ、もっと大きいプロダクションで輝いてみないか?」

輝子はその言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けた。
目の前が歪んで見えた。思わず倒れそうなほど、彼女は動揺した。
別のプロダクションに行く。それはつまり、親友と離れるという事。
「嫌だ」そう言いそうになった。そう言いたかった。それが本音だった。
8 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:36:45.98 ID:Sev9O2YP0
「お前のポテンシャルはこんなものじゃない。もっと資金力もコネクションもあるところに行けば
すぐトップアイドルになれる。俺が保証するよ」

親友は、自分を信じてこの話をしてくれた。
自分の為に、自分を送り出す話をつけてくれた。
なら、この話を断るという事は、親友の信頼を裏切るという事になるんじゃないか?
そう思い、否定の言葉が口から出せなかった。

「なあ、輝子?」

答えを聞くべく、彼が名前を呼ぶ。
彼女は、小さく息を吸い、震える唇を開いた。

「わかった。ありがとう親友」
9 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:37:21.94 ID:Sev9O2YP0
輝子は手渡された地図を眺め、指定された場所へ来た。
そこは新しいプロダクション。

「すごい…大きいな……」

受付の人に会っておどおどと話をすると、数分後にマネージャーが来た。
彼は以前ライブ終わりに、自分たちの楽屋に入って来た男だった。
彼は輝子を見下ろすと、ろくな挨拶もなしに彼女を事務所へと連れて行った、
10 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:40:36.86 ID:Sev9O2YP0
自分の事務所にやって来た彼女をじろじろと眺めると、吐き捨てるように呟いた。

「前の事務所ではどんな扱いだったかは知らねえが、ここでは俺の言う事に従え。分かったな?」

「あっ・・・は、はい」

男は輝子と彼女のプロフィールを見比べる。

「ていうか星輝子ってマジで本名かよ。キラキラネームってやつか」
「身長142?ちっちぇー。まあロリコンにはウケるかもな」
「誕生日6/6・・・呪われてんのか?生まれからして不吉なやつだな」

男は彼女のプロフィールの感想を呟いていく。
悪意はない。ただ淡々と、まるで自分の意見が世論そのものというように
当たり前のように彼女を馬鹿にする。
元々自分に自信のない彼女は、素直にその感想を受け入れてしまう。
ただの数分で彼女の在り方が、今までの人生が否定されていく。
劣等感で押し潰されそうになり、彼女の目には涙が滲んでいた。
11 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:42:10.58 ID:Sev9O2YP0
「なんだ?嫌なら帰るか?」

半泣きの彼女を見た男は、小さく舌打ちをして問いかけた。
輝子は僅かに首を横に振る。
親友が自分の為に連れてきてくれたのだ。初日に帰れるわけもない。
嫌みったらしくため息をつくと、再びプロフィールに目を落とす。
輝子はいたたまれないように俯き、この地獄が終わるのを待っていた。
何を言われても気にしないように、心を殺していた。
だが、男の視線が趣味欄を走り、出てきた言葉を聞いた時。

「趣味何これ?キノコ栽培って・・・気持ちわりい」

輝子は顔を上げ、大きく目を開いた。

「キノコは・・・気持ち悪くなんか、ない」

か細い、掠れた声だが、彼女は答える。
自分の事は何を言われても構わない。
だが、大事なトモダチだけは、悪く言うのは許せない。
ひとりぼっちの自分に、辛い時も、苦しい時も、ずっと一緒にいてくれた
トモダチが馬鹿にされるのだけは、黙って聞くことはできない。

「いや気持ちわりいだろ。何言ってんだ」

「気持ち悪く、ない。キノコは、大事な、トモダチなんだ」

縋るような目で、男を見つめる。
男は輝子を見下ろすと、腑に落ちたような顔で鼻を鳴らした。

「ああ、そういえばお前、メタルなんてのやってたな」

彼女は虚を突かれたような顔をした。

「それが、なん…」

「いや、どこまでも趣味の悪い奴だなって」

輝子の瞳孔が開いていく。
男は彼女を見下ろしたまま語り続ける。

「メタルとか一部のオタクがカッコいいと勘違いしただけの低俗な音楽だろう?」

彼女は小さく小さく呟く。

「だまれ」

「うるさいだけの悪趣味なものを嬉々として押しつけて…サブイボが立つわ」

「だまれ、だまれ」

「メタルのジャケットって無駄にグロいものが多いだろ?自分は他人とは違うって
わざわざ人が避けるようなものを好んでるフリをしてるんだよ」

「だまれ、だまれだまれ」

血の滲むほど拳を強く握る。
歯を食いしばり、顔を震わせて男を見つめ続ける。

「気持ち悪いお前にはお似合いな、気持ち悪い趣味だ」

輝子はついに、男に詰め寄って叫んだ。

「てめェーッ!黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって!!」
12 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:43:15.84 ID:Sev9O2YP0
驚いたように眉を動かす男に向かって、溜め込んだ怒りを思い切り吐き出す。

「メタルは最高にカッコいい音楽だ!!いつも私を支えてくれたトモダチなんだ!!
お前はメタルをまともに聴いた事があるのか!?そんなご大層な事言えるほどには聴き込んだんだろうな!?
デスメタルを!!ブラックメタルを!!スラッシュメタルを!!ありとあらゆるヘヴィメタルを聴いたんだろうな!?」

男は彼女の怒りを真っ向から受け止める。
息を切らし、涙目になりながら自身を怒鳴りつける少女に向かって、
男はゆっくりと言った。

「あんなもの、まともな人間は聴かない」

ぐらりと彼女の視界が揺らいだ。
あまりの怒り、世間との断絶、失意、絶望、彼女の小さな身体では
抑えきれないほどの感情が湧き上がる。

「ふっざけんじゃねェーッ!!」

再度の絶叫。人を殺すような気迫。
しかし男に響いた様子はなく、ただ不快そうに顔を歪め、頭を掻きながら呟いた。

「うるっせえなあ」

そして男は当然のように言い放った。

「そんなだから、あのプロデューサーにも捨てられたんだよ」

「……えっ?」

男の言葉を聞いて、彼女は自分でも驚くほど間の抜けた声を出した。
一切考えていなかったその言葉によって、風船が萎むように力が抜けていくのを感じた。
13 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:44:13.47 ID:Sev9O2YP0
「なんだ、気付いてなかったのか?」

男は彼女を鼻で笑う。

「親友が、私を捨てる…?そんなこと……」

ついさっきまで勇ましく吼えていた彼女の面影はない。
不安そうに視線を動かし、幼子のように両手を胸の前で握る。

「だって、親友は…私のためにって…」

「そんなもん方便に決まってんだろ」

男は続ける。

「考えてもみろ。キノコだのメタルだの気持ち悪いものに固執して、挙句の果てに
大声で喚き散らかす。厄介払いできて清々してるだろうさ」

心臓が凍るように冷たく感じた。体中から汗が噴き出るのを感じた。
今にも泣きそうな顔をして、声を震わせ、壊れた玩具のように「違う」と呟き続ける。
そんな彼女に男は容赦なく罵声を浴びせ続ける。

「分かるか?その優しい『親友』とやらも匙を投げるほどの社会不適合者なんだよ、お前は」

「誰からも好かれない。会う人全員に嫌われる。永遠に独りだ」

「自分を客観的に見たことがあるか?薄汚い菌の塊を好んで触って、
喧しいだけの音楽を聴いて不気味に頭を振っている自分を」

「キノコもメタルもお前を救いなんかしない。お前を殻に籠らせるだけだ」

「お前が固執してるものが、お前を独りにさせてるんだよ」

言い返す事ができない。
親友に捨てられた。この男はそう言っている。
嘘だと思いたい。だが男の話を聞くと、本当にそうだと思えてくる。
自分の気持ち悪さは分かっている。
でも親友は優しくしてくれた。
……嫌々だったのか?こんな気持ち悪い自分とは、さっさと離れたいと思いながら、
嫌々付き合ってくれていたのだろうか?
一度そう思うと、もうその思考は頭から離れない。
ぐるぐると真っ黒な感情が脳に充満し、彼女は震えながら俯いた。
14 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2022/06/06(月) 00:45:54.44 ID:Sev9O2YP0
「分かったか?キノコもメタルも、金輪際手を出すな」

彼女は何も言う事ができず、うつむいたまま黙る。

「返事はどうした!!」

大の大人に怒鳴られ、輝子の小さな身体がビクンと跳ねる。
あまりの恐怖、また度重なる罵倒で委縮した事もあって、
彼女は小さく「はい」と答えてしまった。

「よし、じゃあ今から言う事を復唱しろ」

「『キノコは気持ち悪いだけのただの菌の塊です』」
「『メタルはオタクしか聴かない気持ち悪いな音楽です』」

心臓を掴まれたような気がした。これを言ったら、今までの自分を、
自分を支えてくれたトモダチを、全てを裏切る事になってしまう。

「ほら、早く言え」

だが、男の言葉で彼女の中に疑問が湧いてきた。キノコやメタルは本当に自分の思うように
良いものなのだろうか。誰にも理解されない、自分を独りにさせる物に、
これ以上執着するべきなのだろうか。

「なんだ、復唱の意味も分かんねえのか?小せえと思ったら中身も小学生か?」

彼女は俯いたまま、小さく首を振る。
男は足を踏み鳴らし、大きく叫ぶ。

「言えって言ってんだよ!言え!!」

輝子は涙をぼろぼろと零し、口を開いた。
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