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ダンテ「学園都市か」前時代史(仮)
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2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:10:42.37 ID:XVB8s0iW0
・これはダンテ「学園都市か」シリーズの前史を、改めて通史本風に書いたものです。
予定は三位一体世界の始まりからスパーダ伝説まで。
・ダンテ「学園都市か」とは、昔ここで書いていたDMC/ベヨ/禁書のクロス二次創作です。
・今回のコレはいわば各世界設定の融合実験であり、物語としては薄めです。
・DMC5/ベヨ2/禁書新約以降の設定も取り込んでおり、
旧ダンテ「学園都市か」シリーズとは設定が異なる部分も多々あります。そのため(仮)。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:11:59.82 ID:XVB8s0iW0
1 原初の時代
古の時代、『OMNE』の下に無限の世界が在った。
無限の現実、無限の宇宙、
それらが『OMNE』によって形成された枠内にあり、
『OMNE』が定めた境界で隔絶され、互いに干渉することなく存在していた。
この『OMNE』とは一種の究極的な力とされているが、詳細は定かではない。
『OMNE』という名と定義自体、後世研究において成されたものであり、
それも断片的な情報に基づく便宜上のものであって、
実態は依然不明のままである。
なぜなら『OMNE』はとある終末の時まで不可侵であり続け、
『OMNE』を詳細に認識/記録できる第三者が長らく存在しなかったためである。
もし真の名があったとしても、それも今日では永遠に失われている。
とはいえ便宜上『OMNE』と称される力が
一定の形で世界群を統べていたのは事実であり、
この年代は『原初の時代』と定義される。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:12:58.20 ID:XVB8s0iW0
この『OMNE』の不可侵性は極めて強固であった。
世界群の各宇宙にはそれぞれを統べる神々が存在し、
中には全能神と謳われた存在すらいたが、
彼らですら『OMNE』領域の認識は不可能だった。
『OMNE』は時間と現実の外に在り、
それらの内にいる者からすれば存在しないも同じだったためである。
物語の登場人物が著者に抗えないのと同じく、
現実世界の住人が『OMNE』に干渉することは不可能だった。
こうした『OMNE』の不可侵性は全世界に安定をもたらした。
『OMNE』によって定められた境界がそれぞれの現実を隔絶しており、
その法則が歪むことは長らくなかった。
何らかの災厄が訪れたとしても、
それはその一つの世界、一つの宇宙内で完結し、
他世界に波及することはなかった。
この強固な『OMNE』の揺り篭のもと、無限の世界、
無限の現実はそれぞれの物語を育んでいったのである。
しかしこの安定した時代は続かなかった。
ある段階でその不可侵性が破られ、
これら原初世界群は崩壊を迎えることになる。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:13:38.60 ID:XVB8s0iW0
2 『闇』による崩壊
それがいつ起こったのかは定かではなく、定められるものでもない。
なぜなら原初時代には、
無限にある世界それぞれが異なる時間軸を有していたからである。
しかし一つ確かなのは、
とある者共がOMNE領域を侵犯したことが決め手となった点だった。
この者共は後世において「神域すら逸した者」、
「真理の到達者」など様々に呼ばれたが、
最終的には「侵犯者」という呼び名が定着することとなる。
「侵犯者」たちはどこの世界の住人だったのか、
一つの世界からか、それとも複数の世界から現れたのか、
後世では諸説あるものの、少なくとも出自の一つは確定している。
その一つはかつて「血の世界」と呼ばれた宇宙の住人、
後世において「魔」と称された種の生まれだった。
その「血の世界」の生命は、他世界では見られない特徴を備えていた。
「闘争」によって生命力が増幅、
あらゆる力が高密度化していくという性質である。
この増幅現象は、「血の世界」における生命にとって
捕食行為とならぶ主要なエネルギー取得方法であった。
すなわち、加害行為は捕食やそれに対する防御の手段に留まらず、
それ自体が糧でもあった。
他世界の生命にとっての呼吸や食事と同様、
かの世界の生物にとって「闘争」も生命活動に必要不可欠だった。
そのため、この生命圏は「闘争」、
さらには戦闘を誘引させる「暴虐」が至上本能として備わることとなり、
極めて攻撃的な種族体系「魔」を形成させるに到った。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:14:07.52 ID:XVB8s0iW0
この「力こそ全て」とも形容される闘争と暴虐の世界にて、
彼らは際限なく戦い、そして殺しあった。
そして熾烈な競争と増幅現象の果てに、
超越的な力を有する者が次々出現し、
ついには全能神格にまで到達する存在も多数あらわれた。
これもまた、他の世界ではまず見られない異常な事態であった。
通常、一つの宇宙には一柱の全能神格という形であり、
その全能神格も各宇宙が誕生したと同時に、その宇宙の化身として出現していた。
一方で「血の世界」は、多数の後天的な全能神格がひしめくという
異常な様相となった。
ちなみにこの世界本来の全能神格は、これら「後天的な全能神格」によって殺害された。
こうした様相となった原初世界は、
「血の世界」を含めて後世では二例しか確認されていない。
そのうえもう一方の世界はとある段階で全能神格の増加が停止、
さらに減少に転じたのに対し、
「血の世界」では加速度的に増え続けた点でより異質だった。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:14:35.90 ID:XVB8s0iW0
こうした全能神格がひしめく状態では、
その力が干渉しあい、世界そのものが安定を失うこととなる。
法則が破綻した「血の世界」はあらゆる事象に歯止めがきかなくなり、
力の増幅現象がさらに加速するという悪循環に陥ることとなった。
ただしこの段階では、OMNEにとってはなんら脅威ではなかった。
「血の世界」が破綻しようが、
OMNEからすればそれらも所詮は「物語」内部の出来事にすぎなかったからである。
だがその覆るはずがない構造が覆る。
ある段階で、「血の世界」の者共が「物語」の外へと飛び出しはじめた。
彼らは果てしなき力の増幅の末、有り得ないはずのことを成した。
なぜそれが可能となったのか、確かな原理は今日でも不明であり、
彼ら自身すら理解できていなかったとされる。
とはいえ不可侵のはずだった境界をも突破し、
それまで未知だったOMNE領域に踏み込んだのは事実だった。
この者共こそが「侵犯者」である。
そしてOMNEへの到達により、「侵犯者」たちは究極の力を獲得した。
彼らの魂にOMNEと同種の力が宿ったのである、
「物語の登場人物」が「著者」と同じ力を得たが如く。
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:15:05.17 ID:XVB8s0iW0
ただし、本来の完全たるOMNEからすれば
この「侵犯者」たちすらも矮小な存在でしかなかった。
「侵犯者」たちはOMNEと同種の力を取得したとはいえ、
それらは所詮複製された断片に過ぎなかった。
オリジナルかつ完全なるOMNEからすれば、
「侵犯者」の複製された不完全な力は塵に等しかった。
しかしオリジナルのOMNEのその完全性が、
ここでOMNE自身にとって災いとなる。
たとえ塵の如きであろうと、
不純物が侵入した時点で「完全」ではなくなる。
そしてOMNEは真に完全たる領域だったゆえに余白もなく、
「侵犯者」による微小な歪みでさえも
全体の均衡を崩すには十分な衝撃だった。
そして安定を失ったOMNEはその自らの巨大な力によって自壊し、
粉々になって現実世界へと崩落した。
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:15:32.72 ID:XVB8s0iW0
こうして全ての秩序が崩壊した。
OMNEによって定められていた境界が消え、
無限の世界同士が重なり、すべての時間軸がひとつに溶け合い、
そして現実が混濁していった。
それは増幅によって内圧が高まっていた「血の世界」、
もとい「侵犯者」らが率いる魔族にとっては開放の時でもあった。
オリジナルのOMNEが崩壊した今、世界の真理を握るのは
OMNEの複製を有する「侵犯者」たちだったる。
彼らこそが世界群全体を俯瞰できる唯一の観測者であり、
そして「物語」の流れを左右できる存在、
著者のごとき権限を得たのである。
しかもその力は「侵犯者」のみならず、
彼らを基点として全魔族にも波及した。
これにより、彼らの行動だけではなく思念にも力が宿り、
魔族が形成する集合意識が世界へ大きな影響を及ぼすようになる。
彼らの願望が事象の確率そのものを動かし、
すなわち運命を手繰り寄せ、
彼らが望む方向へと「物語」が流れるようになったのである。
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:16:08.40 ID:XVB8s0iW0
とはいえこの時、彼ら自身は、
この著者のごとき現象そのものには気づいていなかった。
「侵犯者」自身ですら、
自ら有するOMNEの力を解明しきっているわけではなく、
最深部にあるこの部分にまでは理解が及んでいなかった。
しかしそれは特に問題ではなかった。
「侵犯者」は超越的な力を得て、
魔族はそれに率いられて世界群を好きにできる、
悪辣な彼らにとって状況理解はそれで充分だった。
彼らの目的は真理に至ることではなく、闘争と暴虐の追求である。
新たなOMNEとして世界群を統べるという意図はなく、
欲望のままに魔の営みを拡大する、それだけが目的だった。
そして魔族は爆発的な侵食をはじめた。
無限の新天地へ食指を伸ばし、他世界をことごとく貪っていった。
彼らは闘争と暴虐の本能をさらに増幅させ、存分に発揮した。
全てを穢して破壊し、
自分たちの現実を「上書き」し領域を拡大していった。
この魔族拡大に抗える存在などいなかった。
それまで各世界を統べていた全能神たちですらも、
この破滅を止めることはできなかった。
「侵犯者」が獲得したOMNEの力、
そこから魔族全体に波及した著者のごとき現象により、
現実の流れそのものが魔族が望む方向へと変化していったのだから。
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:16:40.08 ID:XVB8s0iW0
他世界の全能神たちはこの時、悉くがその全能性を喪失していた。
オリジナルのOMNEの崩壊によって
彼らの存在基盤たる各世界の枠組みも崩壊し、
その全能性の力を形成していた法則も共に消失していた。
そのうえこの著者のごとき魔族を前にしては、
物語の登場人物たる彼らは無力だった。
全能神各をふくむあらゆる存在が魔に食われて消失するか、
あるいは「上書き」されて次々と魔の眷属となった。
物語の登場人物が著者によって容易に改変されてしまうように。
とはいえ、他世界の神格すべてが哀れな被害者というわけでもなかった。
彼らの中にも闘争や暴虐、悪意を好む者、
魔の力に惹かれた者、または既存の原初世界滅亡を望んでいた者もおり、
そのため喜んで魔に転生した神格も多かったのである。
その一方で、魔とは相容れない存在もまた多かった。
だが抵抗は不可能、この災厄から逃れる術は一つ、
ひたすらに虚無の果てへと落ち延びるしかなかった。
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:17:14.65 ID:XVB8s0iW0
このようにして魔族によって塗り潰された現実は、
光を飲みこむために『闇』と呼ばれた。
闇の膨張は全てを飲みこむ勢いであり、
最終的には「難民」が逃れた虚無にも達して
そこをも塗りつぶしてしまうのは明らかだった。
しかし闇による征服は、完全制覇寸前にて滞ることになる。
この災禍に抗いうる唯一の存在、
崩落していたオリジナルのOMNEが再起動したために。
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:17:52.85 ID:XVB8s0iW0
3 『光』の女王
現実世界に砕け落ちたOMNEは
この墜落により初めて他者から存在を認識され、
その呼び名を得ることになった。
崩壊以前のOMNEについては
その観測不能な性質ゆえ、意識や知性の有無は不明であり、
生命体と定義できるか否かも不明である。
だが少なくとも、崩壊以降の世界においては
「彼ら」は明確な自我を有した生命体の詳細として現れる。
もちろん、それらはOMNE崩壊後に獲得された姿だった。
砕けたOMNEの破片が現実世界に落ちたことで、
すなわち「物語」の中に落ちたことで、
命と自我を宿す「物語の登場人物」へ変じたのである。
そして最初に自我を宿した破片は『光』だった。
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:18:22.67 ID:XVB8s0iW0
その『光の女神』は目覚めるや、
まず惨憺たる現実世界の状況に嘆いた。
そしてこの嘆きを抱かせる良心こそ自分の基層であると自認し、
それによって彼女は自己同一性を獲得した。
魔の所業を拒絶する「善の女神」として屹立した彼女は、
その良心によって原初世界を修復することを決意し、
魔族に対する戦いを開始した。
具体的には「侵犯者」の討伐を目標とした。
OMNE領域を狂わせている「侵犯者」が消え去れば、
唯一のOMNEとなった彼女を核として
崩壊以前の『完全なるOMNE』を再構築でき、
それによって原初世界も修復できると考えたからである。
この光の女神の目覚めは、
闇の災禍に見舞われていた者たちにとって希望の光であった。
「偽の著者」のごとき魔に対する、
原初OMNE由来の「正統な著者」が出現したのであり、
まさに反撃の烽火であった。
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:18:56.28 ID:XVB8s0iW0
この女神は様々な名で呼ばれたが、
後世では祝祭/祝宴を意味する『ジュベレウス』の名が最も知られている。
それまで逃げ延びることができた原初世界群の神々は
こぞってジュベレウスの下に集結し、
彼女をOMNEの真の継承者として戴いた。
またジュベレウス側も、オリジナルのOMNEたる力で彼らを守護し、
魔族のそれと同様に現実に対する著者のごとき効力を与えた。
こうして世界にふたたび均衡が訪れ、
魔族の望むがままだった現実の流れも変わった。
反魔の徒、その武力がようやく実態を取り戻し、
抗うことが可能となったのである。
ただし、彼ら自身も魔族同様、
著者のごとき力を自認するどころか、その存在すら知らなかった。
情報漏れによってその究極原理が魔族にも知られることを
ジュベレウスが危惧したからである。
またその力を行使するうえで、
個々がその存在を知っておく必要も無かった。
反魔の意志をみなが等しく抱きさえすれば十分であった。
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:19:35.56 ID:XVB8s0iW0
こうしてジュベレウスのもと
現実への干渉能力を取り戻した神々、
その武力は絶大なものだった。
力が全て回復したわけではなく、
特に全能神格たちは、ジュベレウスの恩恵下でも
かつての全能性自体は回復しなかった。
その全能性を定めていた法則や基盤が、
元の原初世界ごと消失してしまっていたからである。
ただし、「戦」という概念において弱体化した存在はほどんといなかった。
例え全能性を失っても、それを可能にしていた膨大な生命力は
存続していたからである。
それどころか、直接的な武力においてはさらに高まった存在も多かった。
というのも原初世界群においては、大抵の全能神格は強大すぎるあまり
活動を制限せざるを得なかった。
最大の力の行使は各宇宙を破壊してしまう恐れがあったために。
しかし今やそういった危惧は無くなった。
とっくに全ての宇宙と法則が崩壊しきった更地同然であり、
神々が武力を抑えるべき制約は消え去っていた。
原初世界群の崩壊によって、彼らは所有していた宇宙と全能性を失ったが、
代わりにそれまで叶わなかった全力の武を解き放つ舞台を得たのである。
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:20:06.63 ID:XVB8s0iW0
また彼らは全能性を失っていたにせよ、
己の周囲環境を変える程度のことは可能だった。
それ自体は幻まがいの産物であったものの、
原初のOMNEたるジュベレウスから観測されることで、
現実として固定することが可能だった。
こうした手法により、神々は自身の記憶をもとに周囲を彩った。
ある神々は、自分たちが所有していた旧世界の縮図を庭園のように作り、
またある神々は、闇に食われてしまっていた眷属や臣下を復活させた。
加えてジュベレウス自身も直属の配下衆を創りだした。
彼女は慈悲深く寛容、純粋で善良であったものの、
それゆえ戦いに必須の闘争性や狡猾さが不足していたため、
この配下衆はそれを補填する武人的性質が強く備えられていた。
後世にてジュベレウス派、あるいは「四元徳派」と呼ばれた集団の誕生である。
彼らは主神直下の兵かつ組織運営を担う官僚として、光陣営の背骨となった。
こうしてジュベレウスの存在を基礎として、
神々によって金色の天空と山野が描かれ、
小さな世界群が生み出され、そこに住まう民が出現し、
これらを治める組織も構築され、
この光の領域は一つの世界として存在を確定させた。
原初世界群の崩壊後、最初に形を成した新世界。
『天界-パラディソ』の出現である。
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:20:34.64 ID:XVB8s0iW0
この『天界』の神々は
無数にあった原初世界群の出自である以上、
様々な性質の雑多な集団であり、
ジュベレウスのもとに集った目的もまた様々だった。
ある者共は「正義」のために。
ある者共はただ生き延びるために。
ある者共は憤怒を抱き、魔への報復を渇望して。
ある者共は、かつて己が所有していた宇宙を取り戻すために。
あるいは、それによって本来の全能性を取り戻すために。
またある者は、戦いに参じる報酬として
ジュベレウスの力で願いを叶えてもらおうという私欲を抱いて。
中には、人格がむしろ魔側に相応しき悪性の者すらもいた。
もちろん彼らはジュベレウスに真の忠誠を捧げることは無く、
関係も臣下ではなく単なる共闘、一時の同盟といった
半ば第三勢力とも言える立場にあった。
ただしそんな雑多な者たちでも、当面の目的は明確に一致していた。
すなわち侵犯者を排除し、ジュベレウスを唯一にして完全なるOMNEとして回復させ、
原初世界群を修復する。
さすれば不可能が消えたジュベレウスの力によって、
彼ら全員の望みも叶えられる。
これら多様な目的と、統一された意志をもって。
ジュベレウスのもと態勢を整えた反魔勢力は、
闇への組織的な反撃を開始した。
こうして光と闇の全面対決、
後世に語られる『最終戦争 - First Armageddon』が始まった。
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:21:04.26 ID:XVB8s0iW0
4 『闇』の女王
天界の出現、そして組織的な反撃をうけ、
魔側も見よう見まねでこれに対応しようとした。
侵犯者たちはそれまで個々が好き勝手に活動していたものの、
この時より集結して軍勢を形成し、
眷属たる魔の群れを率いて「戦争」を行うようになった。
しかしその水準は歴然としていた。
ジュベレウスは『天界』という世界の存在を確定させ、
その勢力基盤を固めたが、
侵犯者たちにそこまでの力はなかった。
ジュベレウスは原初のOMNEの一部分でしかないとはいえ、
その力は正真正銘のオリジナルである。
一方で侵犯者も同じくOMNEの域に達していたとはいえ、
彼らののは所詮複製であり、
オリジナルたるジュベレウスには及ばなかった。
そして直接的な武力においても闇は劣っていた。
力を解き放った神々の軍勢により、
侵犯者たちは次々と倒され、僅かな間に半数が消滅したほどだった。
また明確な組織として統制されていた光側と異なり、
魔族の「勢力」や「軍勢」の実態はなんら連帯能力がない烏合の衆であった。
くわえて魔族特有の過剰な闘争性ゆえに仲間割れも常であり、
侵犯者も含めての内紛、もとい「共食い」によってもさらに数を減らしていった。
こうした要素もあり、戦争前期は光側の圧倒的優勢で展開した。
しかし勝利まであと一歩という時期に状況が大きく変わることになる。
もう一つのOMNEの破片が安定し、それにも自我が宿ったのである。
その破片は『闇』。
その第二の自我は『闇の女王』、または『クイーンシバ』と呼ばれた。
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:21:49.81 ID:XVB8s0iW0
『クイーンシバ』は、ジュベレウスと異なり
世界の修復等にはなんら興味を示さず、
指導者らしき振る舞いも一切とらなかった。
また常に現実表層に存在していたジュベレウスとはこれまた異なり、
彼女は表層に現れることなく虚無にて漂うだけ。
一応自我は有するものの、極端に非活動的だったため、
他者からすれば彼女は常に眠っているも同然なほどであった。
しかしただ一点、最終戦争についての態度は明確だった。
彼女は魔族に味方したのである。
クイーンシバは、原初OMNEの『闇』を構成していた部分である。
ゆえに闇の種たる魔族は、彼女にとって我が子そのものだった。
また同様の理由で、魔族にとっても彼女こそが真の創造主に相当し、
彼らから見ればクイーンシバこそ原初OMNEの正統なる継承者だった。
そのため魔族は必然的にクイーンシバのもとに集った。
そして流浪の神々がジュベレウスを戴いたのと同様、
彼らもクイーンシバを戴いた。
またクイーンシバ側も同様、母性によって彼らに闇の恩恵を授けた。
とはいえジュベレウスと異なり、
静的な彼女は闇の指導者にはならなかった。
代わりに巣立った子を見守る母のように、
闇の子らの所業すべてを愛し、容認し、望むがままにさせた。
クイーンシバは無制限の母性、
そして無制限の寛容によって魔族を支援したのである。
またオリジナルのOMNEたるクイーンシバが観測したことで、
それまで霧のように不定形だった闇領域は形を成し、
存在を確定させ、こちらも一つの世界として完成した。
魔族もついに種の存在基盤たる新故郷を獲得したのである。
こうして二つ目の世界、『魔界-インフェルノ』が誕生した。
そこは闘争と暴虐こそが正義とされる、
悪性の者にとっての楽園であった。
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:22:21.50 ID:XVB8s0iW0
こうしたクイーンシバの目覚めとその影響は、
光側に傾いていた戦況を一変させた。
彼女の目覚めが遅れたのは、
OMNEとしての破片の力が大きすぎて
安定が遅れたためである。
つまりはジュベレウスよりさらに強かった。
純粋な力の規模においても、そして現実への干渉においても。
彼女はあらゆる面で受動的だったとはいえ、
その存在の大きさ故、ただ在るだけで現実の流れを変えた。
闇の濃度が高まり、魔族の集合意識もより強まったために、
『物語』が再び闇側へと傾きはじめていった。
戦いは次第に拮抗し始め、
局所では魔側が優勢になることも珍しくなくなっていった。
加えて、クイーンシバ出現のみならず
魔族本来の性質もこの戦況変化に強く影響していた。
彼らが原初時代より引き継いできた種の性質、
際限のない力の増幅現象によって。
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:23:02.08 ID:XVB8s0iW0
魔族にとってはクイーンシバこそが
オリジナルたるOMNEの正統継承者にして全ての創造主であり、
それゆえ正統を「騙る」ジュベレウス打倒は聖戦に等しく、
その力もクイーンシバに還すべき断片でしかなかった。
そもそもの原初世界群も始まりは闇である、それが彼らの世界観であり、
ゆえに全てを闇に帰すべし、これが彼らの道理であった。
ただし、そのような大義を本心から抱いて戦っていた魔族は
ほとんど存在しなかった。
『全てを闇へ回帰させる』『魔族の栄光のため』などと本気で考える者はまずいなかった。
なぜなら魔族は奉仕や献身といった精神性が欠落しており、
彼らの行動は常に個としての闘争と暴虐の欲求を源としていたからである。
これら欲求は凄まじく、彼らは死の危険を悟るや
その「己に死を与えるほどの武力」に惹かれて
しばしば自ら死地にとびこんだ。
彼らも生命体である以上「死」は根源的恐怖ではあったものの、
他生命圏の者達とは異なり、同時に最大級の誘惑でもあった。
この狂戦士的な種族にとって、
ジュベレウス率いる強大な軍勢との戦争はまさに最高の糧であった。
過酷な戦乱が続いても魔族が疲弊することはなく、
むしろ逆に力の増幅現象を重ねて勢いを増していったのである。
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:23:31.81 ID:XVB8s0iW0
大勢はいよいよ目に見えて逆転しはじめた。
当初は光側が圧倒して終結すると思われていた戦乱は、
クイーンシバ覚醒と魔族の増幅現象によって
光が攻勢を強めるほど闇も勢いを増すという悪循環に陥っていった。
そのうえ光側にとってさらに悪いことに、
この時点ですら苦戦するということは事実上の劣勢を意味していた。
なぜなら、魔族は最終戦争に全力を注いでるわけではなかったからである。
外の光陣営との戦いと平行して、
彼らは内の同族同士でも激烈な戦いを繰り広げていた。
今まで通りの共食い習慣に加えて、
魔界の頂点、もとい「最強」の座を競って
侵犯者同士の争いも激化していた。
しかもこれまた力の増幅現象の性質によって、
この内戦も彼らを強くした。
光側との戦い、加えて内戦によって侵犯者の数は激減していったものの、
果てなき共食いと増幅を重ねたことで
総合的な武力はむしろ増しつつあった。
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:24:06.24 ID:XVB8s0iW0
光側が優勢だった頃では、
魔の内乱は確かに光側にとって有利ではあった。
しかしクイーンシバが目覚め、戦況も拮抗しはじめてからは
その意味は正反対となった。
見出せるのは魔側の圧倒的な余力、限界なき成長であり、
光側は絶望的な未来を予測せざるを得なかった。
いずれ、ジュベレウスにも届きうる強者が出現するかもしれない、と。
そしてその悪夢はすぐに現実となった。
内外両面の激烈な戦いの末、最終的に侵犯者は四柱にまで減った。
だが魔が弱体化したというわけではない。
この四柱こそ、闘争の坩堝から生まれた最強の悪魔たちであった。
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:24:33.05 ID:XVB8s0iW0
5 魔の頂点
残った侵犯者はわずか四柱とはいえ、
その武威は超越の域であり、
彼らの総合武力は侵犯者が数百柱いた時代を遥かに上回っていた。
そして単純な武力のみならず、
彼らのOMNE複製たる力もついに完成の域に達し、
それぞれが独自の性質を有するまでになっていた。
個々のOMNEの性質から、彼らはそれぞれ
具現、闘争、創造、破壊という二つ名を有していた。
彼ら自身の性格と願望も様々だったが、
共通しているのはそれぞれの領分において
妥協なき究極を目指した点である。
「具現」のアルゴサクスは傲慢な覇王であり、
全てを絶望で染めることを望んだ。
「闘争」のアビゲイルは獰猛な闘士であり、
他者全ての殺害を望んだ。
「創造」のムンドゥスは悪辣な加虐者であり、
全てを苦痛で満たすことを望んだ。
「破壊」のスパーダは孤高の戦士であり、究極の武力のみを求めた。
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:24:59.74 ID:XVB8s0iW0
最終戦争に対する姿勢も四柱それぞれ異なっていた。
アルゴサクスとムンドゥスは支配欲に塗れていたために
原初OMNEの後継を称するジュベレウスに強い敵愾心を抱き、
それゆえ光との戦乱にも積極的だった。
また支配欲からくる虚栄心によって、魔族の大軍勢も好んで率いた。
一方、アビゲイルとスパーダも光との戦いによく身を投じたものの、
彼らの目的と性格上、戦乱そのものには根本的に無関心だった。
全ての存在と事象は、アビゲイルにとっては他者に死を与えるため、
スパーダにとっては力と技を得るための舞台/素材でしなかったのである。
とはいえ両者は戦いを求めて最前に頻繁に出没したため、
その武は光側にとって最たる脅威であった。
加えてしばしば居合わせた魔族軍もその巻き添えとなったため、
同族からも畏怖されることとなった。
また魔族の性ゆえ、彼ら四柱も潜在的に互いを敵視し、
殺害とその力を奪う機会を常にうかがっていた。
もっとも強かったのがアルゴサクスであり、
次いでほぼ同格としてアビゲイル、
そしてやや差があってスパーダ、最後にムンドゥスと続いていた。
このうち、ムンドゥスとスパーダは一時的ながらも同盟していた。
彼らは後の時代では最強の座に君臨することになるが、
この頃はまだ個々では上位二柱には抗えなかった。
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:25:32.46 ID:XVB8s0iW0
ムンドゥスは『創造』の力によって事実上不死だったものの、
当時は武力においては上位二柱に遥かに劣っていたため、
もし相対すれば最終的には封印か拘束され、
永遠に成すがままと成るしかなかった。
またスパーダの側もやはり劣り、
くわえて彼は不死ではなかったため、
上位二柱と干戈を交えば敗死の危険があった。
それゆえ両者は結託したが、
それでも一時膠着に持ち込むのが精一杯であり、
不利な状況は変わらなかった。
ただし、彼らが上位二柱に襲われることはなかった。
なぜならアルゴサクスとアビゲイルはお互いをもっとも警戒し、
ほぼ同格ゆえに完全膠着していたからである。
そしてムンドゥスとスパーダは劣るとはいえ、
膠着する上位二柱にとっては無視できない第三勢力であり、
またこうして反目しようとも、ジュベレウスに対抗するには
四柱全ての力が必要だという認識は全員が共有していた。
そのため情勢は三竦みとなりつつ一時の安定を得ていた。
この安定は、次に訪れるとある『大騒動』に揉まれようとも
根本的に崩れることは無かった。
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:25:59.11 ID:XVB8s0iW0
6 最初にして最強の堕天者
ジュベレウスは、厳密には天界統治者の身分ではなかった。
実際の天界統治は、彼女から権限を授かった別の者が担っていた。
これは光陣営の世界観に沿った構図でもあった。
彼らの世界観においては、ジュベレウスこそが原初OMNEの正統継承者、
すなわち天界のみならず闇をも含んだ『全て』を司るべき存在とされた。
そのため、いち領分に過ぎない天界の統治者などという
「下位」に座すことは憚られ、その雑務に手を汚すことも忌まれたのである。
ジュベレウス自身は気にしなかったが、彼女を戴く周囲がこれを許さなかった。
そこで、代わりにもっとも強く賢い者に権限を授け、
天界を統治させるという体制がとられた。
そしてこの天界成立から最終戦争中期にかけての時代、
天界統治者の座は「不滅の者」と称えられた存在、
あるいは「無限の者」と畏れられた存在が担っていた。
その名は『ロダン』である。
このロダンなる者、原初時代およびその崩壊期における動向は、
その出自も含めて一切不明である。
彼自身は一切過去を語らず、
唯一事情を知っていたはずのジュベレウスも語らなかったからである。
また彼が第三者の前に現れた時には、
すでにジュベレウスの加護をうけて光属性に完全転化していたため、
その力の性質から出自を判別するのも困難になっていた。
彼についてのもっとも古い記録は、ジュベレウスの覚醒直後である。
目覚めた光の女王を最初に見出した者こそ彼だと言われている。
この初邂逅時に何が話し合われたのかは例によって不明であるも、
少なくともジュベレウスは彼を信頼し、自身の副官とした。
また厳密には臣従ではなく対等の同盟だという見方もある。
というのも、ロダンに与えられた頭上の光輪は
ジュベレウスと同じ位階を示していたからである。
これは彼がジュベレウスから絶大な信頼を得たこと、
及び同位が与えられるほどの徳と知と力を有していたことを示唆する。
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:26:28.08 ID:XVB8s0iW0
そしてそのジュベレウスも認める力量によって、彼は天界統治を担った。
多才ゆえに業務も体制管理だけではなく、
原初時代の知識を集積しての保存作業から、神殿や聖域の設計、
果てには日常細事の相談役まできわめて多岐にわたった。
また軍事においても、性格上不向きなジュベレウスを参謀として支え、
前線の将として実務を担うこともあった。
さらに武器発明や戦術考案の業績も数え切れず、
天界の戦争能力向上にも大いに貢献した。
ジュベレウスが天界の産みの親ならば、彼は育ての親、
彼女が天界の脳ならば、彼は脊椎だった。
そしてその貢献に相応しく、彼は多くの人望を集めることとなった。
だがまったく陰がない、というわけではなかった。
彼は眩しすぎるほどに万能かつ強大である故に、
常に濃い陰もまとわりついていた。
戦場における彼は屍の山を築く闘神であり、
その武威を称える神々も多かったが、内心で戦慄する神々も多かった。
頭上の光輪が示すとおり彼はジュベレウスに匹敵するほどに強く、
かつジュベレウスにはない攻撃的で冷酷な一面も備えていたからである。
そしてこの陰は、天界内についにある疑念を生じさせた。
最終戦争が激しさを増すにつれ、こう囁く者が増えはじめた。
ロダンの絶大な力の正体はOMNEの複製ではないのか、
すなわち彼も実は侵犯者ではないのかと。
これは、戦争激化で侵犯者と交戦頻度が増えたことによる声だった。
侵犯者と交戦した者たちが、ロダンと侵犯者の近似を抱きはじめたのである。
現に彼の力の性質は、侵犯者ムンドゥスの「創造」によく似ていた。
加えて戦場にて発揮される武は、スパーダのごとく「破壊」的でもあった。
そのためジュベレウスに出会う前の彼は「血の世界」出身、
つまり元は魔族であり、最初期の侵犯者ではないか、
それこそ原初世界群を崩壊させた張本人の一人ではないか、
そう囁かれ始めたのである。
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:26:54.35 ID:XVB8s0iW0
しかし、当初はそのような噂など些末事であった。
戦争前期における天界の圧倒優勢、
それへの彼の多大な貢献はこの陰を容易く掃っていた。
だがクイーンシバが目覚め、「魔界」が完成し、
そして闇が徐々に押し返しはじめると彼の状況も変わっていった。
不安が陰を強め、周囲は彼に対する疑念を
静かに膨らませていったのである。
ロダンは元魔族で侵犯者なのでは。
強く闇を発する侵犯者がジュベレウスの横にいては、
女神の光も濁ってしまうのでは。
それが光の劣勢に影響を及ぼしているのでは。
そんな確証なき疑念がさらなる疑念を呼び、
日に日に反感を抱く者が増えていった。
さらに過去を知る本人とジュベレウスが、
この件において一切触れなかったのも疑念を増長させた。
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:27:20.97 ID:XVB8s0iW0
しかしこれはあくまで噂、
そして天界の結束は噂程度で揺らぐものでもなかった。
また、疑念を抱きつつも彼を慕う者も多く、反感一色とも程遠かった。
だが結果から言うならば、彼は失脚を免れなかった。
確証なき噂は直接的な障害にはならなかったが、
劣勢の戦況という事実は避けられなかったからである。
彼こそ具体的な戦略と戦術を練り、
戦争遂行を統括した事実上の最高指揮官。
そのため劣勢の責任も究極的には彼にあるとみなされたのである。
そしてその批判の先鋒となったのは
光の女王によって創り出された直下衆、
いわゆるジュベレウス派である。
中でも特に声を荒げたのが「四元徳」と称される者達である。
彼らはジュベレウス派を統括する最高幹部であり、
天界の序列においてロダンの次席にある者達であった。
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:28:01.97 ID:XVB8s0iW0
個々の武力はロダンのみならず他の神々にも劣っていたが、
彼らはジュベレウスによって創り出されたために
彼女の恩恵を特に強く受けられ、
その光の意志に沿うかぎり、力量を超えた絶大な力を扱うことができた。
いわば彼らは、ジュベレウスの超越的な武力を代理行使できた。
しかしそのような恩恵を受けてもなおロダンには敵わず、
また光の実子でありながら、
序列も「余所者ロダン」の次席に甘んじさせられる、
この境遇は四元徳たちに不満をもたらした。
この不満は、彼らが対魔戦争のために創り出された故の性質に起因していた。
「戦争」遂行のため、ジュベレウスに欠けていた闘争性や敵愾心、猜疑心などが
彼らには付加されていたが、それがロダンへの疑念をも
強く抱かせることとなったのである。
そして戦況の劣勢が、その不満を発露させる決め手となった。
四元徳はジュベレウスへと、ロダン更迭を直訴したのである。
噂には触れずあくまで劣勢の責任という理由によって。
劣勢の責任についてはロダンは弁明の余地はなかった。
事実、彼の戦略は行き詰りつつあり、
劣勢を打開するためには大幅な方針転換が必要だったからである。
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:28:32.63 ID:XVB8s0iW0
この件は穏便に済ませることはできなかった。
なぜなら四元徳は、ジュベレウスに正式直訴する前に
その旨を天界中に宣言したからである。
彼らはあえて天界全派閥を巻きこんだ騒動とすることで、
ジュベレウスに厳正なる即時判断を求めたのである。
この四元徳の宣言によって、
今まで腹底でロダンに疑念を抱いていた者たちは
声を揃えて彼の失脚を求めた。
一方で彼を慕う者たちも対抗して擁護を叫び、
天界の声は二分された。
劣勢なる戦況の中でこの統制の乱れは致命的であり、
これこそが四元徳の狙いであった。
いわば彼らはジュベレウスを追い詰めたのである。
そしていくばくも経たぬうちに、
ジュベレウスは厳粛なる悲しみをこめて天界の民へと告げた。
ロダンは去った、と。
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:29:03.20 ID:XVB8s0iW0
天界からのロダン離脱、この具体的な経緯は不明である。
例によってジュベレウスとロダン本人のみが知り、
両者とも口を噤んだからである。
ロダンに反感を抱いていた者たちは、
彼は光の女王に失脚を言い渡されるや、怒りに駆られ、
愚かにも歯向かって天界から追放された、と考えた。
一方でロダンを慕っていた者たちは、
彼は天界が二分される事態を憂い、みずから失脚を願いでて、
さらに今後も己が火種になりうると考えて去った、と考えた。
そして一部の皮肉的な者たちは、
ロダンは劣勢の天界を見放したのだと嘲った。
また後々においては、ロダンが天界を離れたのは
戦況を打開するための極秘任務をこなすためだった、
という説も唱えられた(後述)。
この極秘任務説においては、天界離脱の口実を得るために
四元徳の術策を逆に利用したとみなされている。
どうであれ確かなのは、天界を離れる際に
ジュベレウスから授かった光の力を放棄したために、
ロダンは一時的に武力の大半を失ったこと。
そして次は魔界へと向かったことである。
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:29:30.05 ID:XVB8s0iW0
ロダンの魔界入りを阻む者はなく、
むしろ魔側から大変歓迎された。
もともと非魔族が魔に転じる、というのは珍しいことでもなかった。
かつて原初世界群が崩壊した頃、様々な理由で
自ら闇に転じた異界の存在も多かったからである。
加えてロダンの場合、魔界にはない多くの知識を携えていたため、
そこから力を得ようとする貪欲な魔たちに好意的に受け入れられた。
多くの有力者が彼から知識を得るべく接近を試みた。
侵犯者級も例外ではなく、
ジュベレウスの力の情報を引き出そうと
侵犯者四柱みなが柄にもなく彼を歓待した。
そしてロダン側も期待に応え、
彼らが欲する知識を惜しみなく開放した。
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:29:59.49 ID:XVB8s0iW0
魔族がロダンに求めた知識は
やはり第一は武力の糧になり得るものであったが、
それ以外の分野でも気に入りさえすれば貪欲に吸収した。
特に天界風の荘厳な様式は魔族にとっても受けいれやすく、
魔族独特の美的感覚と融合しつつ瞬く間に広まった。
侵犯者の中では特にムンドゥスが気に入り、
己の外見をも天界様式に創り変えてしまうほどであった。
この時から彼はもとの醜悪な姿を隠し、
のちに知られる、天界の神族を思わせる容姿に成ったのである。
くわえて天界風の宮殿も創り、そこを自らの居城とした。
またムンドゥスのような支配欲のある悪魔たちは、
天界式の組織統制の知識も学び、己の勢力基盤に組みこみ、
「統治」という行為をも成し始めた。
これらはある種の「文明化」現象を魔界にもたらした。
それ以前にも有力悪魔たちは自勢力の「領分」を主張し、
「軍勢」を作ることもあったが、この時以降ようやく
それらの組織と管理が実態を伴うものとなったのである。
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:30:25.83 ID:XVB8s0iW0
しかし結局のところ、これら知識とその影響は
魔族にとってほとんど遊興の域を出なかった。
生存と戦争遂行のため、
という必要に迫られて構築された天界の統治体制とは異なり、
魔族のそれは結局は個人的な虚栄欲、
支配欲を満たすためだけの玩具だったからである。
勢力と軍勢もある程度は組織化されたとはいえ、
そもそも魔族の性格ゆえ、所詮は形だけであった。
「共食い」などを何ら変わらず行う、
根本的に統制困難な者共だったからである。
当然ながら、天界風の思想、すなわち平和と安寧、
慈愛や寛容、高潔なる大義と献身などについても、
魔族が吸収することはなかった。
闘争と暴虐を至上とする価値観の彼らからすれば、
これら天界の思想など理解しがたい、「精神異常」の類であった。
中には熱心に学ぼうとした者もいたものの、
あくまで獲物である天界勢を知るためであった。
この時点では、いわば「善き心」を理解した悪魔は
一体たりとも存在しなかった。
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:30:55.77 ID:XVB8s0iW0
ともかく、ロダンの魔界入りはこのように歓迎はされ
彼もしばらくは識者として振舞った。
天界離脱によって力を失ったため、
有力悪魔たちの支援と守護が必須だったからである。
知識の求めあらば分け隔てなく応え、ひたすら友好を維持し
侵犯者にも媚びへつらって保護をとりつけた。
その魔族へ媚びる姿勢は天界にも聞こえ
古巣ではロダンの評判は地に落ち
かつて彼を信奉した友らもみな失望する有様であった。
だが、こうしたロダンの行動は全て演技だった。
彼は確かに天界離脱時に力を失ったが、一時的なものにすぎなかった。
なぜならロダンの武力の根幹は
ジュベレウスから授けられたのではなく
それ以前から彼がもともと有していたものだからである。
ジュベレウスとの別離は、実際には光属性を捨てるだけであり
彼の本来の力自体はなんら変わらなかった。
むしろ身に合わない光属性を捨てたことで
真の強さを解き放ちうる。
そして必要なのは回復に要する時間のみ、
そのために彼は姑息な弱者を演じた。
周囲を騙し、着々と力を治癒させていったのである。
だが魔族も愚者ばかりではなかった。
ある時、彼は突然強襲された。
彼の目論見を察知したスパーダに。
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:31:23.82 ID:XVB8s0iW0
「破壊」たるスパーダは、全魔族中もっとも武力探求に貪欲であり
それゆえ武への嗅覚もきわめて優れていた。
その鼻がロダンの隠された力を嗅ぎつけたのである。
そしてスパーダは、純粋に強者との死闘に惹かれて
たまらず彼を強襲した。
この戦士は高い知性と合理的思考を備えていたものの
同時にひとたび闘争状態となれば一切話が通じなかった。
それゆえスパーダは「狂者」とも揶揄されていた。
ロダンはいまだ力の回復が十分ではなかったものの
ここでその武力を露にせざるを得なくなった。
そして解き放たれた彼の力は、紛うことなき闇のものだった。
「魔界落ち」によって闇へ転生したのか、
それとも元から魔族だったのか、どちらにせよ
彼はいまや侵犯者の格に匹敵していた。
それもムンドゥスやスパーダを凌ぎ、
アルゴサクスやアビゲイルに並び立つほどに。
彼はスパーダを圧倒した。
途中で漁夫の利を得ようと参じたムンドゥスをもまとめて下し、これらを追い払った。
次いで事態に気づいたアルゴサクス、
そしてアビゲイルにも挑まれたが、これらをも引き分けとした。
無限の者たるロダン、その武威は魔界全域に轟くこととなったのである。
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:31:55.52 ID:XVB8s0iW0
侵犯者たちは最後まで殺し合おうとはせず、
途中で引き下がったとも言われる。
だが決して手抜きの遊興ではなく、彼ら自身が全力で挑んだのは事実である。
そしてロダンが二勝二引き分けという結果を出したのも事実である。
さらに実のところ、
これほど強大でありながらロダンはまだ完全な状態ではなかった。
早期に暴かれた不完全な身でここまでの力を示していたのである。
それゆえ侵犯者たちは、懲りずに夢中になって彼への挑戦を繰りかえした。
ロダンが有する大いなる可能性にも惹かれて。
彼と戦えば、力の増幅現象によって己自身もより強くなれるとも。
さらには、ロダンの力を欲する者同士、
互いに邪魔とみて侵犯者間でも対立が発生した。
もはや彼らは最終戦争などそっちのけであった。
これこそ、ロダンが極秘任務を帯びて天界を去った、
という説の根拠であった。
魔の懐にもぐり侵犯者たちを討つ、魔を頂点から突き崩す、
まさに天界劣勢を覆す起死回生の企てである。
ただし真実はどうであれ、この騒乱は結果的に失敗した。
ロダンの力が完全回復する前に、騒動が始まってしまったからである。
彼自身には落ち度はなかった。
演技は完璧であり、彼の失態で企てが暴かれたのではない、
すべてを破綻させたのはスパーダの狂気であった。
ロダンは侵犯者四柱を相手にしばらく互角に渡り合ったものの、
予定とは異なって不完全なまま戦いが始まってしまったため、
やはり長期的には勝ち目はなかった。
連戦によっても回復が追いつかず、
彼は次第に消耗し、ついにある段階で敗れ去ったのである。
そして逃げ落ち、虚無へと姿をくらますこととなった。
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:32:29.31 ID:XVB8s0iW0
こうしてこの大騒乱は収拾された。
ロダンが完全体となっていれば侵犯者を滅ぼしていた可能性もあり、
さすれば天界の勝利として幕切れを迎えていたかもしれない。
しかしその未来は、魔族の気まぐれかつ狂気的な闘争性によって打ち砕かれた。
ロダンの敗北後、侵犯者はふたたび矛先を外へと向けた。
そして魔族は改めて最終戦争へと意識を集中させ、
天界はいよいよ追い詰められることとなった。
42 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:32:59.44 ID:XVB8s0iW0
7 決着
天界にとって起死回生になり得たロダン騒乱も収束し、
最終戦争もいまや佳境、魔の優勢で展開していた。
光側の前線領域はことごとく陥落し、
天界の最終防壁たる「天門」(ヘブンズドア)にまで魔の軍が迫る勢いだった。
しかしこの決定的危機を、ジュベレウスは最後の好機ともみた。
「天門」攻勢には侵犯者四柱が揃って出陣してきていたが、
これが逆に新たな起死回生の可能性をもたらした。
闇の最強戦力たる四柱、
その首が門のすぐ外に並んでいるという状況だからである。
今ならジュベレウス自らが決闘に持ち込むことで
一網打尽も不可能ではない、と。
この時、一部の強き神々がジュベレウスに反対し、
あくまで天門の守備、防戦に徹することを論じた。
彼らは今後に起こりうる「とある激変」を察知し、
それの激変が有用である可能性が高いとして
今は時間稼ぎするべきだと意見したのである。
しかし四元徳ほか天界勢の多数が決闘の案に同意したため、
彼女は決意を曲げることは無かった。
結果的にみれば、一部の神々による反対が正しかった。
だがそれをもってジュベレウスの決意を過ちとすることはできない。
そもそも反対した一部の神々自身、
その理由とした「とある激変」については全く確証が持てず
根拠の乏しさも彼ら自身が認め、説得力が無かったからである。
それにジュベレウスが四柱を討ち取れる可能性も確かにあり、
天界勢の苦境も踏まえれば、
この時点で決闘の機会をみすみす逃す理由は乏しかった。
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:33:30.84 ID:XVB8s0iW0
彼女は全力を解き放って出陣した。
一方で侵犯者四柱も驚きつつも恐れることはなく、
喜んでこの究極の決闘に応じた。
この決闘は、その後の世界全てを左右した重要な戦いであるにも関わらず、
詳細については一切不明である。
なぜなら当事者は多くを語らず、第三者の証人もいなかったために。
全力を解き放ったジュベレウスと侵犯者たちの決闘に近づける者、
あるいは近づいて邪魔しようとする者は誰もいなかったのである。
決着の知らせは、光と闇それぞれ違う形で伝わった。
闇側には、満身創痍の四柱が帰還するという形で。
そして光側には、ジュベレウスの魂だけが天界に落ち延びるという形で。
すなわち、拮抗した末の闇の勝利であった。
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:34:04.31 ID:XVB8s0iW0
ジュベレウスは肉体と力の全てを砕かれた。
辛うじて魂だけは天界へ退避することに成功したものの、
もはや活動は困難になっており、
そのまま天界深層にて休眠状態に陥ってしまった。
これにより光側の敗北は決定的となった。
ジュベレウスは死滅したわけではないため、
その加護はいまだ光の勢力全体を包んではいたが、
彼女自身の回復と目覚めは絶望的であった。
そしてジュベレウスの勝利なくして天界の勝利もなかった。
彼女の敗北によって光側は現実への干渉力を大幅減衰させ、
いまや「物語」の流れは再び魔の望むがままに陥った。
次の最終攻撃によって光は滅亡する、
天界勢は誰しもそう確信し覚悟した。
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:34:46.75 ID:XVB8s0iW0
しかし彼らにとって幸いなことに、
闇による最終攻撃は始まらなかった。
侵犯者四柱もまた酷く消耗していたからである。
まさに勝敗は紙一重だった。
ジュベレウスによってアルゴサクスは限界まで磨り潰され、
アビゲイルは身を、スパーダは刃を砕かれ、
ムンドゥスは存在そのものを一時消されてしまうなど、
彼らも活動を一時停止せざるを得ない状態に陥っていた。
視点を変えれば、ジュベレウスは敗北したにせよ
その代わりに時間稼ぎの役目を果たした。
そしてこの決闘のすぐ後、とある事変が起きた。
ジュベレウスに反対した一部の神々が
予測した通りになったのである。
それは光も闇も巻き込んでの、
新時代の秩序を成立させてしまうほどのものだった。
『光』と『闇』に続く、第三の新世界、
『混沌』が突如出現したのである。
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:35:36.74 ID:XVB8s0iW0
第一章 三位一体世界
1 『混沌』
その第三の世界は、
厳密には最終戦争の勃発前から存在していたが、
光側も闇側もまったく注意を払わなかった。
そこはいわば利用価値がない廃棄物の掃き溜めであった。
かつての原初『OMNE』墜落によって発生した崩壊の渦そのものであり、
原初世界群の残骸、砕けた無数の現実が溜まった混沌の海だった。
内部は現実が定まらない究極の混沌であり、
如何なる者、それこそ侵犯者であっても
己の存在を維持したまま深淵に到達することは不可能であった。
そしてその誰も近づけない深淵には、砕け落ちた原初OMNEの破片のうち
ジュベレウスとクイーンシバを形成しなかった残りの部分が沈んでいた。
それはこの二柱を足した分よりも大きく、
またかつての原初OMNEの中心核に相当する部分も含まれており、
もし二柱のように安定して意志が宿れば、
前者たちを超える存在となり得た。
だがこの破片たちはその力の大きさゆえに、
安定して意志が宿るようなことは永遠にないと思われていた。
固まりかけると崩壊を起こす、
そのようなことを繰りかえしていたためである。
しかしジュベレウスが敗北した直後、
その永遠に続くと思われた崩壊が停止する。
原因は不明だが、突如安定して第三の意志が宿ったのである。
彼はのちに『エーシル』と呼ばれた。
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:36:15.34 ID:XVB8s0iW0
エーシルは紛れもなく
原初OMNE継承者の中でもっとも強大だった。
また原初OMNEの中心核が素体であるために、
その力の性質も全OMNE中において最上だった。
その性質とは「有と無の決定者」という全てに対しての最高権限である。
エーシルは有を定義することができ、
その定義は彼が観測することによって現実として定着した。
この有を定義する力は『采配の力』とのちに呼ばれ、
それを定着させる観測の力は『世界の目』と呼ばれた。
また、その有を無に反転することもできた。
この力はただ『無』と呼ばれることになる。
このうちもっとも強大なる権限は『無』であり、
最上位である故に他のOMNEの力にも適用されうるものだった。
すなわち、あらゆる存在や事象のみならず、
ジュベレウスやクイーンシバ、侵犯者らのOMNEの力をも
一方的に抹消することが可能だった。
また過去と未来を見通し、
全ての瞬間を記憶として保存でき、
限定的ながらその記憶の中に出入りができる、
いわば時間旅行の力も有していた。
この力は『時の記憶』と呼ばれた。
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:36:43.00 ID:XVB8s0iW0
またこうした力の強さのみならず、
正統性も他のOMNE級とは一線を画していた。
確かにジュベレウスやクイーンシバも
原初OMNEの後継者、もとい「生まれ変わり」たる正統性はあったが、
両者の素体は断片でしかなく、また人格の連続性も怪しかった。
少なくとも、彼女たちに原初時代の記憶は無かった。
しかしエーシルは原初OMNEの核部分であり、
何よりも当時の記憶も引き継いでいたのである。
つまり事実上はこのエーシルこそが原初OMNE本人に相当した。
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:37:20.18 ID:XVB8s0iW0
この突如出現した超越者には、光と闇双方が震撼した。
侵犯者たちすらもその力に恐怖を抱いた。
例えば、アルゴサクスやムンドゥスは、
その「具現」や「創造」の力によって不死性を得ていたが、
このエーシルならばそれらを
『無』の力で抹消できたからである。
くわえて純粋な武力においても、エーシルは全存在を圧倒していた。
ゆえに魔界の侵犯者らも対外活動を一時停止させ、
様子見を選ぶしかなかった。
しかし外界にとっては幸いなことに、
エーシルは光と闇の戦争には介入せず、
ジュベレウスとは異なり原初世界の修復も試みなかった。
とはいえ全てに受動的なクイーンシバとも異なり、
明確な目的も有していた。
それは新しい世界を構築することである。
彼は目覚めるや、すぐに己の新世界構築にとりかかった。
『采配の力』による定義で「安定」の状態を定め、
『世界の目』による観測でその「安定」を混沌の海に定着させた。
これによって混沌の海は結晶化して安定し、
現実が一つに定まり、一つの実存世界として認められるに至った。
そこは『混沌界』あるいは『中間世界』と呼ばれた。
中間というのは、混沌であるがゆえに
光と闇両方の性質を備えていたためである。
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:37:59.17 ID:XVB8s0iW0
混沌界の出現は時代を一変させた。
エーシルは自ら作ったこの世界に引きこもっていたが、
それでも存在しているだけで全てに絶大な影響を及ぼした。
原初OMNE中でもっとも強いゆえに、
著者のごとき現実への干渉力ももっとも巨大だったからである。
彼はただ存在するだけで、
魔の圧倒的優勢という『流れ』を瞬時に塞きとめ、
その後の未来をも確定させてしまったほどだった。
こうして原初世界群の崩壊から最終戦争を経て、
新たな時代が始まることとなった。
原初OMNEの三つの破片から生じた三柱。
その三柱をそれぞれ基盤として成立した三つの実存世界。
それら三界の膠着と安定。
のちに『三位一体世界』と呼ばれる時代である。
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:38:40.29 ID:XVB8s0iW0
2 『人間』
エーシルは光と闇の戦いに直接介入しなかったが、
関心がないわけではなかった。
むしろ最終戦争も含めてあらゆる混乱を収めるためにも、
新世界を構築しようとしていた。
光陣営には幸運だったことに、彼は基本的に善良な人格であり、
光も闇も含んだ全生命の共存共栄を願い、世に安定をもたらそうと考えたのである。
そしてその方法こそ、光と闇、そこに第三の混沌世界を加えて
均衡をもたらすというものであった。
こうした彼の計画は、
未来を把握する『時の記憶』の力によって得られた見識に拠っていた。
もっとも、その未来視は完全なものではなかった。
原初時代の完全なるOMNEと比べたらエーシルでも不完全であり、
枝分かれする未来像全てを網羅することはできなかった。
だがそれでも、己の行動がもたらす未来については
すでに大まかに知っていた。
己の力はあまりに絶大すぎるため、現段階における攻撃的な行動、
つまり光と闇の戦いに直接介入してしまうと、「どの未来」であれ全てを破綻させる、
この「物語」そのものを破壊し尽くしてしまうと彼は知っていた。
そのため彼は、武力によって光と闇を制するのではなく、
原初世界群に代わる新世界構造を作って均衡をもたらす、という方法を選んだ。
そしてその新しい世界群像こそが『三位一体世界』であり、
そこに均衡をもたらす手段こそ混沌界、
ここを天界と魔界に並ぶ一大生命圏にすることだった。
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:39:20.17 ID:XVB8s0iW0
こうしてエーシルによって構築された混沌界は、
新たな生命圏を育んでいくこととなった。
まずは結晶化した混沌の中から、
エーシルの長子たる『混沌界の神々』が生じた。
彼らの性質は多種多様だった。
この世界は安定したとはいえ本質は混沌であり、
その混沌は光と闇を含むあらゆるものを含んでいたからである。
神々の性質は善性と悪性、光と闇、自制と堕落、聡明と暗愚、
個々それぞれであり、天界と魔界の縮図のごとき様相を呈した。
そしてエーシルはそのすべてを認めて愛情を注いだ。
彼自身も原初OMNEの中心核だったゆえに、
光と闇を含むあらゆる性質を有していたからである。
また、この長子たる神々が成長すると、
エーシルは彼らに「魂の苗床」の管理をゆだねた。
それはこの混沌界の生命源、あらゆる魂が生じる力場にして、
物語を紡いだのちに還るいわば「冥府」でもあった。
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:39:47.08 ID:XVB8s0iW0
そうして混沌界に生命が溢れた。
草木が現れ、虫が現れ、獣が現れ、
最後にエーシルの次子たる種が生まれた。
『人間』である。
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:40:14.07 ID:XVB8s0iW0
待望した次子の誕生、しかし喜びも束の間、
その生まれた彼らを見てエーシルはすぐに嘆いた。
人間は知性種になるはずだったが、
生まれてきた彼らには自我が備わっていなかったからである。
肉体は頑強であったが、なんら意志を有していない抜け殻だった。
しかし見捨てはしなかった。
彼ならば一度抹消して新種族を創り直すことも可能だったものの、
この人間たちを生まれてくる前から深く愛していた故にできなかった。
彼はなんとしてもこの人間たちを育てることを望んだのである。
だがそこには大きな障害があった。
それはエーシル自身である。
光と闇のあらゆる性質を有するがゆえに、
彼の内面には人間を深く愛すると同時に、
不完全な人間を蔑む悪意も並存していたからである。
エーシルの蔑む心はこう唱えていた。
「自我を有する子」は『混沌の神々』のみで十分、
人間は子ではなく「自我なき奴隷」にするべきだと。
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:40:40.43 ID:XVB8s0iW0
そこでエーシルは自らを裂き、
この障害となる悪意を己から切り離すことにした。
結果、彼そのものが二つに分離することになった。
人間の自我を認める「ロキ」、そして認めない「ロプト」である。
もっとも、元のエーシルが基本的に善良な人格であり
悪意はごく一部分でしかなかったため、分離は均等なものではなかった。
『采配』、『世界の目』、『無』をふくむ大部分の力は、
「大きな善意」たるロキの側に残されたのである。
「小さな悪意」のロプトにもいくらかのOMNEの性質と
それなりに強大な力が渡ったとはいえ、
ロキとは比較にならないほどに小規模であり、
その善意を妨害できるものではなかった。
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:41:07.97 ID:XVB8s0iW0
こうして善意を存分に発揮できるようになったロキは、
すかさず人間のために大胆な行動に出た。
己のOMNEの力、観測の権限たる『世界の目』を二つにわけると、
それらを人間に授けたのである。
人間たちが自分で自分を創り直せるように、
自分の運命を自分で綴られるようにと。
もちろん片割れであるロプトはこれに猛反発した。
単に方針の相違というだけではなく、
ロキとロプト自身の存在性に関わったからである。
そもそも混沌の渦からエーシルが目覚めたのも、
原初OMNEたる『采配の力』によって定義され、
『世界の目』によって自己を観測したからである。
すなわちその『世界の目』が人間に渡るということは、
エーシル自身の存在を定める権限も渡るということも意味していた。
つまりこれ以降、ロキとロプトがどのような状態になるのかは
すべて人間側の認識次第だった。
人間たちがエーシルを「真の創造主」として認識し続けたら、
ロキたちはその認識通りに強大なまま存在し続けられる。
だが逆に軽視されたら、弱体化し矮小な存在になってしまう、
そして最悪の場合は消滅の可能性もあった。
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:41:34.78 ID:XVB8s0iW0
だがロキは躊躇わなかった。
それほどまでに人間を愛していたから。
そして『世界の目』が人間に与えられた。
人間たちは観測しあうことで互いに認識し、
意識を確定させ、自我と知性を獲得した。
かくして人類は考える葦となり、
偉大なる繁栄の一歩を踏みだしたのである。
また、この『世界の目』の譲渡と自我の芽生えは、
エーシルの有する巨大な著者のごとき力が
そっくりそのまま人間に与えられることも意味していた。
彼ら人間の集合意識もまた、天界や魔界のそれのように
世界の『流れ』を左右する力をこれより有した。
さらに大元のエーシルの格もあって、
その影響力は天魔よりもさらに強いものだった。
人間たちの感情や願望の集合こそが、
三位一体世界全体の行く末をも定めることになったのである。
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:42:00.76 ID:XVB8s0iW0
人間に授けられた『世界の目』の直接管理は、
もっとも力があった二つの集団に託された。
ルーメン族は「光の右目」を、アンブラ族は「闇の左目」をそれぞれ管理し、
この世界の理を担う中心勢力となった。
とはいえ、しばらくの間はやはりロキが彼らを導いた。
さまざまな知識を与え、災害から彼らを守り、
親かつ教師として人間たちを庇護した。
人間側もロキを分離前のエーシルと同一視し、
唯一の創造主として篤く信仰するようになった。
このためロキは強大なままで在りつづけた。
一方で、もとより人間の自立を認めていなかったロプトは、
人間に関わろうとしなかったために信仰されることもなかった。
ゆえに彼は徐々に矮小化し、
やがて現実表層に在ることすら困難になり、
現実と虚無の狭間に消えることとなった。
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:42:28.77 ID:XVB8s0iW0
とはいえ、最終的にはロキも同じ結末となった。
ただし彼は自ら選んだものだった。
人間たちが急速に発展し、知恵と力も蓄え、
混沌界を統べられる水準にまで成長したとき、ロキは隠遁を決意。
そして現実表層から離れ、虚無へと姿を消した。
これはロキ自身にもロプトと同じ矮小化をもたらすものだった。
「エーシル=ロキ」信仰は続いたとはいえ、
ロキとの接触が絶たれることで人間側の記憶が薄れ、
信仰も形骸化し、認識も希釈化するのは確実だったからである。
しかし、やはりロキは躊躇わなかった。
人間が自立さえしてくれたら、己が矮小化しようが構わなかった。
彼は愛する人間のために己の全てを捧げ、全てを託す覚悟だった。
こうしてロキが隠遁したことによって、
名実共に混沌界の支配権が人間に移ることとなった。
それゆえ、以後この世界は『人間界』と呼ばれるようになった。
エーシルもといロキ・ロプトでもなく、
その長子、「魂の苗床」を司る混沌の神々でもなく。
次子たる人間こそが、
この混沌界の存在証明たる『世界の目』を有するが故に。
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:43:09.89 ID:XVB8s0iW0
こうして「人間界」は、
天魔とはまた異なる独自繁栄の道を歩みはじめた。
しかしこの繁栄は試練の幕開けでもあった。
ロキの隠遁後しばらくして、
ついに外界からの干渉が始まったからである。
注意深く観察していた天界・魔界にとっても、
これら人間界の動向は好都合なものであった。
三界最強たるエーシルが君臨していた頃は手を出せなかったが、
ロキとロプトに分離し、『世界の目』を失ったうえ、両者とも事実上の隠遁。
天魔から見れば混沌界の弱体化を意味していた。
これより天魔はそれぞれの目的を携え、
本格的に人間界への干渉を試みはじめることになる。
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:43:59.66 ID:XVB8s0iW0
10 「魔神」たちと天界の内戦危機
天界には「ジュベレウス派」、
あるいは「主神派」と呼ばれる集団がいた。
かのジュベレウスによって創りだされた者たちであり、
四元徳と呼ばれる存在を頂点として組織化された集団である。
彼らはジュベレウス直属として武功を重ね、
また天界の官僚的実務も担い、
雑多な神々の寄せ集めであったこの領域を安定させていた。
そしてジュベレウスが敗北し眠りについたのち、
天界の実権を握った者たちこそこの主神派であった。
その頂点たる四元徳は、
ジュベレウス代理として事実上の天界最高指導部となった。
この権力継承には他派閥の神々から反発があったものの、
主神派はそれらの大半を無視して独断できる力があった。
彼らはジュベレウスと霊的回路で直接繋がっている関係で、
「ジュベレウスの加護」の代理行使権を有していたからである。
簡潔に言えば、ジュベレウスの力を
部分的に引きだして扱うことができた。
原初世界群から集結した古き神々と比べれば、
主神派勢は武力において大きく劣っていた。
しかしジュベレウスの力を利用することで
神々に対抗できるほど武力を高められ、
さらには何度でも復活でき、またいくらでも自身の分身を創りだすこともできた。
つまり力の源泉たるジュベレウスが存在するかぎり、
通常戦闘で主神派を滅ぼすのは不可能だった。
そしてジュベレウスは活動停止しているとはいえ、死んではいない。
彼女が眠ったあとも主神派のこれら権限は効力を持ちつづけた。
主神派それ自体は天界最強ではないものの、ジュベレウスの力を背景として最高権力を
保持することが可能だったのである。
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:44:37.21 ID:XVB8s0iW0
こうした主神派による「臨時政権」が発足され、
さっそくジュベレウス敗北後の天界建て直しが始められた。
幸い、余裕はそれなりにあった。
ジュベレウスとの決闘による侵犯者の消耗、
そして圧倒的なエーシル出現により、
魔界側の対外活動が完全停止していたためである。
またエーシルが基本的に善良な人格だったというのも
天界に希望をもたらした。
少なくとも彼が魔界と結ぶ可能性は無く、逆に天界との接近が見こめた。
さらに彼の協力があれば、
ジュベレウスを復活させられる可能性もあった。
そうしたことから、
主神派はすぐさま多数の密偵を混沌界に潜りこませ、
エーシルと友好を結ぶべく事前調査を開始させた。
しかしそれに全力を投じるには、
先に片付けねばならない大きな問題があった。
天界内戦の危機である。
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:45:03.79 ID:XVB8s0iW0
この『天界』とはもともと、
主神派以外は原初世界群の生き残りであり、
それゆえ種も性質もさまざまであった。
またその目的も、光や善性、良識や大義だけではなく、
ジュベレウスがもたらす「報酬」が目当ての利己的な者たちも大勢いた。
それゆえ「光の勢力」といえど
実際には闇や悪性を備えている者も多数参じており、
雑多なる烏合の衆というのが実像であった。
そんな彼らをまとめていたのはジュベレウスという圧倒的存在、
そして彼女による勝利への約束である。
ゆえにその存在が敗北し、約束も潰えた今、
天界の統率が崩壊するのも当たり前であった。
そういった不満は主神派政権への反発となって噴出した。
なかでも特に憚らなかったのは、
「第二の魔族」と物々しい名で呼ばれた派閥。
『魔神』と称された神々である。
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:45:30.25 ID:XVB8s0iW0
この『魔神派』は、雑多な集まりであった天界内でも
図抜けて特異であった。
派閥の構成員は数十程度とごく少数ながら、
その全員が元は全能神格だったのである。
かつての原初時代においては、
一つの世界に一つの全能神という構図が通常であり、
この形態は天界という避難地でも受け継がれていた。
派閥は基本的に同郷集団で組まれたため、
一つの派閥に一つの元全能神格という形である。
しかしこの魔神派は違っていた。
この元全能神たちは全員が同郷だった。
つまり彼らの故郷世界には数十もの全能神がいた。
かのような状況になったのは、
その世界では後天的に全能神格を得ることも可能だったからである。
そこでは技術と鍛錬次第で際限なく高みを目指すことができ、
極めれば全能性を獲得することもできた。
この「卑小なる種から超越者が複数現れる」という性質は、
魔界の祖となった「血の世界」とも酷似しており、
それゆえ彼ら魔神派は「第二の魔族」とも呼ばれることとなった。
特にかつてロダンは、この魔神たちを研究した上で
「もし魔族がいなかったら、彼らの世界からいずれOMNE侵犯者が出現した」
と結論付けたほどでだった。
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:45:57.19 ID:XVB8s0iW0
くわえてその魔族に似た出生のみならず、
彼らの人格や振る舞いも第二の魔族という悪評を増大させた。
おおよそ全能神に相応しくない軽薄かつ不遜な者が多く、
ジュベレウスに対しても非礼を憚ることがなかったからである。
例えば魔神たちがジュベレウスのもとに集った際、
勝利の折には報酬として個々に
それぞれ「新たな宇宙」を授けるよう「要求」した。
魔神らの第一目的は失われた全能性の回復、
すなわちその力の行使基盤となる旧世界の回復であったが、
ジュベレウスの善意を利用してそれ以上のものも得ようとしていたのである。
この「それぞれに新たな宇宙」の要求は、大勢の魔神が同居する旧世界が
あまりに窮屈だったことによるものだった。
ジュベレウスに対するこうした魔神派の交渉は、
他世界の神々が形振り構わずにジュベレウスに縋っていた災厄下において
「極めて傲慢」と見なされても仕方のないものだった。
大器たるジュベレウスはこの要求を快諾したが、
やはり主神派などからは大変な顰蹙を買うこととなった。
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:46:23.56 ID:XVB8s0iW0
また、破壊や戦いを遊興とみなす彼らの趣向も
天界内では際立っていた。
魔族のように壮絶な戦いを楽しむ闘争性、
他者を殺めることに快感を抱く残忍性もあり、
最終戦争の戦場においても彼らはしばしば笑って興じていた。
ジュベレウスによる旧世界回復、
魔神たちにとって全能性の回復という
至上目的もあったにせよ、彼らにとって最終戦争は娯楽でもであった。
彼らが戦場に赴くときの判断は基本的に
「そこの戦いが面白そうかどうか」が最たる基準であった。
そしてそのような性格の集まりであるため、
魔神派自体も組織化はろくにされていなかった。
『僧正』と呼ばれた一応のまとめ役はいたものの、
明確な役割も序列もなく、そもそも派閥としての協調も薄く、
個々の判断で好き勝手に戦い、
時には獲物を巡って魔神同士で戦うほどだった。
もちろん戦争の趨勢がどうでも良いというわけではなく、
彼らなりに至極真面目に、本気で仕事していたつもりだったが、
傍目からするとその態度ゆえに不真面目にしか見えなかった。
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:46:50.73 ID:XVB8s0iW0
さらに魔神たちが忌み嫌われた理由として、
敵であるはずの魔界とも交流を行っていた点も挙げられる。
私的な使いを魔界へ送りこみ、
有力な悪魔と接触させての情報交換は日常茶飯事。
中には侵犯者に直結しうる繋がりすらあった。
その最たる例は、アルゴサクスの側近たる一柱、
「コロンゾン」との関係である。
「彼女」はもともと魔神たちと同じ世界の生まれだった。
コロンゾン自身は魔神たちを殺したいほど忌み嫌っていたが、
それでもこの同郷の腐れ縁で、仕方なく魔神たちと定期的に接触し、
私益のため様々な情報を交換していた。
もちろん魔神派のこうした情報収集は勝利のためであったが、
引き換えに天界側の情報、時にはジュベレウス周辺の情報も渡していたため、
特に主神派の怒りを買うことがしばしばあった。
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:47:20.01 ID:XVB8s0iW0
しかしそんな彼らでも、
天界内で爪弾きにされるようなことはなかった。
その悪評を捻じ伏せるだけの実力と活躍があったからである。
原初世界群が崩壊した際、他世界の全能神たちと同様、
彼ら魔神らも、存在の基幹となる故郷世界が失われたことで
全能性を喪失していた。
だが全能性を喪失してもなお内には無尽蔵の力を宿しており、
最終戦争においても彼らは圧倒的強者でありつづけた。
また中には、「窮屈」でろくに動けなかった旧世界よりも、
存分に戦える崩壊後の世界のほうが楽しいと述べる者もいた。
その武は神々が集ったジュベレウス陣営中においても群を抜いており、
ジュベレウスとロダンを除けば
彼ら魔神こそが堂々の天界最強たる派閥だった。
実際に最終戦争において
魔神派が殺害した侵犯者は合計100柱を超えており、
これは天界が討ちとった侵犯者数の三分の二を占めていた。
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:47:49.00 ID:XVB8s0iW0
もっとも、侵犯者が数百柱いた頃は彼らのOMNEの力も未発達であり、
戦果もそれゆえのものあった。
侵犯者が「最強の四柱」にまで減った時代には、
そのOMNEの力も洗練され完成しており、魔神たちにすら破壊困難となっていた。
とはいえ侵犯者らも魔神らの不死性を破れなかったため、
魔神は一柱たりとも戦死者をださなかった。
「最強の四柱」相手にも決定的敗北を喫することはなく、
彼らの戦いはしばしば膠着、
そしてどちらかが飽きて撤退することで幕引きとなった。
そのような傾向を踏まえて、
魔神たちはしばしば「我々は侵犯者の稽古相手」と皮肉を吐いていた。
もっともこれは事実でもあり、魔族の力の増幅現象によって
侵犯者たちは日に日に強くなっていったのである。
ともあれ、ジュベレウスはよほどのことがない限り出陣せず、
ロダンも指導部業務の合間にごく短時間しか出陣しなかったため、
頻度から言えば彼ら魔神こそが最前線における切り札だった。
苦境に陥った場合、まず頼りにされるのが彼らであり、
彼らも「楽しい戦い」を求めてその戦場へ駆けつけ、
もっとも困難な戦いを快く引き受けたのである。
またそれだけの激戦をこなしながらも、
前述のとおりその無尽蔵の生命力と不死性ゆえに
一柱も欠けることもなかった。
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:48:16.24 ID:XVB8s0iW0
ただし、そんな彼らでも戦争末期には意欲を失っていた。
魔神たちは常に侵犯者のOMNEを破壊するべく脆弱性を探っていたが、
「最強の四柱」のOMNEは情報的にあまりに堅牢かつ難解であったため、
末期には思うように解析が進まず苛立ちが増していった。
また陣営基盤であるジュベレウスよりもクイーンシバのほうが強大である以上、
いくら魔神派が奮起しようが、大勢はどうしても闇に傾いていった。
そのため敗戦濃厚となる頃にはみな「やる気」を失い、
出陣も面倒くさがって避けるようになった。
そしてそのような中で、魔神派は敏感にある兆候を感じとった。
新しいOMNEと新世界、すなわちエーシルと混沌界の出現を
曖昧ながら予期したのである。
決闘を望むジュベレウスに、時間稼ぎの防戦を説いたのも彼らだった。
さらには、もし新OMNE/新勢力がジュベレウス/天界よりも強大なら
あわよくば乗り換えようとも密かに考えていた。
特にジュベレウスが敗北した直後には、多くの魔神たちが
本気で天界離脱を考えるようになっていた。
彼らがジュベレウス側にいるのは
あくまで勝利すれば願いを叶えてくれるからであり、
新OMNEもそれが可能なら別に鞍替えしても良かったのである。
だが結局のところ、エーシルは原初世界を修復するつもりがなく、
魔神たちの願いを叶えてくれるような存在ではなかったため、
彼らはジュベレウス側に残らざるを得なかった。
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:48:50.81 ID:XVB8s0iW0
もちろん大人しく居残ろうとはしなかった。
ロダンが去り、ジュベレウスが仮死状態となった後、
彼ら魔神派を抑えられる者はもう天界にはいなかった。
加えて彼らは敗戦で苛立ってもおり、
それら鬱憤はジュベレウス代理を称する主神派への反発として
遠慮なく放たれることとなったのである。
いくら「ジュベレウスの加護」の代理行使権という
天界最高権限を握っている主神派といえども、魔神派の反発を無視することはできなかった。
厳密には、天界の神々はジュベレウスと主従契約したのであって、
主神派がその権威を継げるような正統性はなかった。
また主神派が代理行使権を握ったのも、
ジュベレウスから正式に譲られたものでもなく
彼女の敗北によって結果的にそうなっただけである。
そして主神派の器量や性格についても、
使命や規律、統制と勝利を重んじるあまり、
極端で一辺倒な思考にむかう傾向があった。
少なくとも、柔和なジュベレウスが頂点にいた時代と比べて
判断や体制が硬直的になるのは明らかであり、
魔神派はこれらの点を痛烈に指摘し、退任を要求したのである。
一方で主神派四元徳もこれらの指摘自体は一理あるとした。
しかし、それでも最高指導部からの退任は拒絶した。
それはジュベレウスによって植え付けられた生来の性格、
戦争に勝つための一切妥協しない信念、
そして頑なな使命感と用心深さゆえのものだった。
彼らは結局のところ、原初世界群から集まった『よそ者』を信頼できなかったのである。
とくに魔神派がジュベレウス/天界に対して根本的に「無責任」であることは明白であり、
そんな者共の発言を受け入れるなど論外であった。
天界の行く末、そして将来的なジュベレウスの復活を託せられるのは、
彼女から血肉を授かった『身内』の我々しかいない、それが主神派の結論だった。
たとえ信義や正統性に反しようとも、絶対に退けない一線があると。
「言霊で決まらぬのなら、武で決するのみ」
それが主神派の返答だった。
これは危険な賭けであったが、彼らには勝算があった。
それも戦って勝つのではなく、戦わずに勝つ方法があったのである。
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:49:16.98 ID:XVB8s0iW0
魔神派の最終目的は「旧世界と全能性を取り戻す」というものであり、
エーシルにその意図がない以上、
結局ジュベレウスの復活なくして達成し得ないものであった。
しかし天界内戦はその望みを絶ってしまう可能性があった。
なぜなら、天界こそが弱体化して眠っている彼女の揺り篭でもあるからである。
その天界を傷つけずに主神派を滅ぼすのは、
強大すぎる魔神派にとって困難かつ緻密な戦い方が強いられるものだった。
またもう一つ、エーシルとの友好という、
ジュベレウス復活の希望が芽生えたこともあって、
魔神派は武力行使を踏みとどまる、そう主神派は予想したのである。
その読みは正しかった。
もともと魔神派もこの時、幾柱かを密偵として混沌界に潜りこませており、
盛んにエーシルの情報を収集していた。
そして彼のOMNEの力を利用できたら、
ジュベレウス早期復活も可能という結論に達していた。
そのため魔神派内でも「ひとまず様子を見るべき」という
穏健派の意見が中心的だった。
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:49:45.34 ID:XVB8s0iW0
しかしここで一時、事態が急変した。
実に間が悪いことに、エーシルの分離、
さらに少ししてロキたちの隠遁という出来事が起きたのである。
ロキとロプトの虚無への隠遁、
それは彼らが存在しなくなったも同然であるため、
そのOMNEの力の利用によってジュベレウスを復活させるという
狙いも目処が立たなくなってしまった。
これを受けて、魔神派内は一気に主戦論が強まった。
やはり現状のままでは道はない、
ここは賭けにでて主神派を排除し、我々が天界を仕切りなおすと。
そして「眠っているジュベレウスを傷つけずに主神派を皆殺しにする作戦」を模索しはじめた。
主神派は衝撃をうけ、魔神たちと友好的な派閥の神々に説得を頼んだものの無駄だった。
友好派閥がどれだけ説得しても魔神派は逡巡すらせず、
逆に戦後の「新天界」についての話し合いをもちかけてくる有様だった、
一方で各派閥は主神派にも譲歩するよう訴えたが、
こちらもやはり受けつけはしなかった。
両派とも意志は固く、もはや開戦は避けられなかった。
そうしていよいよ全天が覚悟を決めていた時、
ここでまたもや転機が訪れた。
それは混沌界、もとい「人間界」に、
密偵として潜っていたある魔神の働きだった。
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:50:11.96 ID:XVB8s0iW0
魔神のなかでもっとも若輩だったこの一柱は、
混沌界の新支配者となった『人間』にいち早く接触していた。
そして友好関係を築くことにも成功し、
『世界の目』を直接調べることも許され、
きわめて有益な情報を入手したのである。
この若輩の魔神、『彼女』がもたらした情報のうち、
とくに重要なのは以下のものである。
ロキとロプトは隠遁してしまい接触は困難であるが、
人間に授けられた『世界の目』の機能は何ら失われていないこと。
そして実現には研究時間が必要であるものの、
『世界の目』はジュベレウス復活に利用できるということ、
くわえて人間側も協力的だということ。
これら吉報はふたたび天界の空気を一変させた。
もともと面子にはこだわらない気質ゆえ、
魔神派はあっさりとまた穏健派の意見に傾いた。
彼らの奔放な性格を嫌っていた主神派も、
この時ばかりはそれに感謝した。
そして拍子抜けするくらいに速やかに、魔神派は主神派政権を承認。
こうして天界の存亡をかけた内戦危機は、
一滴の血も流さずに終結した。
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:50:38.41 ID:XVB8s0iW0
11 天界と人間
天界内の問題を解決した主神派は、
人間界への本格的な干渉を開始した。
ただし武力を伴った敵対的なものではなく、
知識や技術の供与、思想の共有などの友好的なものだった。
友好方針をとった理由は大別して二つあった。
一つ目はやはり、ジュベレウス復活に必要な「世界の目」の存在。
そして二つ目は、人間の集合意識が有する力の存在である。
OMNEが有する著者のごとき現実への干渉力、その存在や具体的な仕組みを
主神派が把握していたわけではない。
これは依然としてジュベレウスらオリジナルのOMNEのみが知る
秘匿された世の真理だった。
とはいえ、漠然としながらもエーシルの「世界の目」が
世界の在り方を左右するという事象には気づいており、
それを与えられた人間が同様の力を有したことも察していた。
ロプトの矮小化現象からもそれは明らかだった。
もし人間たちが天界に悪感情を抱いた場合、
悪しきもの、忌まわしきもの、と天を認識した場合、
その思念が影響して、実際に天界が濁ってしまう可能性があった。
いわば人間たちの認識がそのまま現実に上書きされ得た。
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:51:31.11 ID:XVB8s0iW0
ちなみに、これら要素が魔界側にとって脅威になることは無かった。
そもそも天界と違い、
魔界は侵犯者に加えてオリジナルのOMNEたるクイーンシバが健在であったため、
人間たちの認識次第で弱体化するということはなかった。
また魔界は恐怖、嫌悪、憤怒、憎悪といった負の性質を糧にする。
ゆえに人間から悪しきもの、忌まわしきもの、と認識されても問題はなく、
むしろそう認識されたらより強くなり得た。
人間たちの認識が光と闇の趨勢すら左右するとはいえ、
魔界にとってはなんら脅威性はなく、
今まで通りに活動するだけだった。
一方、負の性質を糧にする魔界とは違い、
天界は慈悲、慈愛、信頼、忠義、献身などの善き性質を糧にする。
ゆえに天界は人間との友好路線を選ばざるを得なかった、
とは言うものの、こちらも特に難があるものではなかった。
元より友好は天界の気質に合致しており、
さらに人間たちに「天界は有力な支援者」という認識を抱いてもらえば
弱体化を防げられるどころかより勢力を強めることも可能と、
不利益は無かったのである。
そのため主神派による人間界との友好方針は
天界全派閥が即座に同意した。
中でも魔神派がこの方針を喜び、
人間との交流役に自分たちも参加させるよう求めた。
主神派側も、先の内紛による反感はひとまず脇に置き、
彼らの要望を全面承認した。
魔神たちは人間とよく馴染む部分が多く、
現地の友好や様々な業務を任せるうえで適任だったからである。
それもそのはずで、
なにせ魔神たちも元は「人間」だった。
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:51:58.98 ID:XVB8s0iW0
12 人間と魔神
人間を「人間」と呼んだのは魔神たちが始まりである。
彼らはそれまで、実際には「混沌の次子」あるいは単に「次子」と呼ばれていた。
人間という呼び名は、かつて魔神たちが属していた旧世界に由来する。
原初時代のとある世界に「人間」という知性種がいた。
彼らは肉体的にきわめて脆弱であったが、
その弱点を補ってあまりうる知恵と技術を有しており、
種としての限界を超越することが可能であった。
その究極形の一つが魔神たちである。
この魔神たちは、自身らを神と定義して「人間」と区別したが、
それでも根源的には同族たる認識を有しつづけ、
全能神格となった後もほとんどの者が「人間」を原型とする姿を維持していた。
また原初世界群の崩壊によって、この自己認識には新たな要素も付加された。
その旧世界唯一の生存者である彼らにとって「人間」のシンボルは
故郷への強い想いを抱かせたのである。
その姿は望郷の念と「旧世界と全能性を取り戻す」という目的を常に思い起こさせ、
奔放な魔神同士を協調させる重要な印でもあった。
それゆえに、混沌界に出現したエーシルの次子を見たとき、
彼らは衝撃を受けた。
その姿が旧世界の人間と瓜二つだったからである。
そして魔神たちは迷うことなく、親しみと郷愁をこめて彼らを「人間」と呼んだ。
また次子の側も後の技術交流(後述)による影響で、
自らこの名を用いるようになった。
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:52:26.15 ID:XVB8s0iW0
なぜ彼らの姿が旧世界の人間と酷似したのか、
魔神たちは偶然ではなく必然と考えた。
混沌界とはもともと、崩壊した原初世界群の残骸が溜まった海であり、
魔神たちが属していた旧世界情報もその中に落ちこんでいた。
そして魔神たちの故郷世界は
「第二の魔族」や侵犯者を生じえたほどの可能性もあったため、
混沌の中でも消えずに表面化した、魔神たちはそう考えた。
「人間」の姿が酷似していたのはその情報が引継がれたためだと。
ただしこれらはあくまで推測であり、実際に証明することは困難だった。
エーシルの意志が宿る以前の混沌界は
観測不能な領域だったからである。
また旧世界と新世界、それぞれの「人間」の姿は酷似しようとも、
生命としては大きな相違点もあった。
旧人間と比べて、この新人間たちは遥かに頑強で、
そして寿命も永遠に等しかったのである。
旧世界の人間は物質領域に極端に縛られていた。
魂の状態に関係なく、肉体の損壊で容易に死に、
また同じく老いてしまい短命であった。
一方この新世界の人間たちは、天界や魔界の者たちと同様
物質よりも霊的領域を基盤とする存在だった。
精神と魂が壮健であるかぎり肉体の損壊はすぐに癒え、
また内面が若ければ老いることもなかったのである。
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:52:52.61 ID:XVB8s0iW0
とはいえ魔神たちは、こうした違いは気にしなかった。
むしろこれら相違点は彼らをより興奮させた。
旧世界の人間が物質領域から完全離脱するには、
きわめて稀なる才と運と果てしない技巧が必要であったが、
この新人間たちは全員が生まれた瞬間から
物質領域の壁を越えていたからである。
つまるところ彼らは「人間」とはいえ、性質は旧世界の人間よりも、
その「人間の異端」の頂点である魔神のほうに近かった。
この才能の宝庫を見て、魔神たちは大いなる期待と展望を抱いた。
彼らに知恵と技術を与えて昇華させれば、
人間界そのものを『魔神界』に変貌させることも可能、
我らこそが天魔に並ぶ第三勢力として君臨することも夢ではないと。
そんな大胆な野望も抱きながら、
魔神たちは友好関係確立に注力した。
そして人間側も、最初の外世界の友として魔神を選んだ。
それは単に近似ゆえの親しみというだけではなく、
現実的な理由もあった。
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:53:18.85 ID:XVB8s0iW0
人間は力を求めていた。
外には天界と魔界、人間界内でもエーシルの長子たる混沌神族がおり、
そのような勢力と均衡するために力の獲得が急務だった。
だがロキとロプトの支援はあてにならなかった。
彼らは隠遁したきり反応を見せず、
いまや存在すら確認できない有様だった。
また魔神派以外の天の者たち、および魔族は、
人間からすれば完全に種として異質であり、
力やその技術体系に互換性がなかった。
一方でエーシルの長子たる混沌神たちとは、
兄弟種としての互換性はあったが、長子側がきわめて非協力的だった。
彼ら長子は、自分たちを差しおいて「世界の目」が与えられた人間に嫉妬していたからである。
その点、魔神は友好的で、
かつ思考と霊体の性質、物質の生物学的様相すべてにおいて近似しており、
力と技術の互換性も高かった。
81 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:53:44.89 ID:XVB8s0iW0
ただし、人間たちは
魔神の技術を何でも無条件で受け入れたわけではなかった。
例えば、魔神の「不死」と「無限」の式である。
魔神たちはそれらの式で魂の密度と規模を無限に、
すなわち死を克服し無尽蔵の力を獲得していたが、
人間たちはその技術の共有はせず、
魂の強化関連は独自に行うと決断した。
いくら魔神派は友好的とはいえ、
根幹を司る技術を外部勢力と共有するのは
安全保障上の問題とみなしたために。
唯一無二たる「世界の目」を守るという使命を担う以上、
全ての外勢力を潜在的脅威と仮定せざるを得ない事情があったのである。
とはいえこの事情は魔神側、
そして天界全体としても十分理解していたため、
友好活動に支障はなかった。
また、こうした人間たちの独自路線は、
魔神のもとで成熟しきっていた『式』体系に
新たな刺激を与えることになり、魔神派にとっても有益だった。
力の基盤となる魂、それを扱う方法が違えば、
発揮される力全体も変わり、視点や理解も変わる。
この新人間たちの力体系は初期こそ魔神の技術流用であったが、
次第に独自色を強めていき、
最終的に根本から異なる新体系に発展していくこととなる。
82 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:54:11.14 ID:XVB8s0iW0
こうして技術を獲得した人間は、
「知識こそが力」という理念のもと瞬く間に成長していった。
そして魔神たちが期待したとおり、その才能には著しいものがあった。
短期間のうちに神域に達する者も現れ、
技術を昇華させて独自理論も築き、
特に時空干渉術と召喚術は魔神たちをも驚かせる域に達した。
これら人間の急激成長や新たな『式』分野開拓について、
魔神たちは脅威や嫉妬などは感じなかった。
逆にこうした共同研究者の獲得は
彼らにとっても有益であった。
「世界の目」によってジュベレウス復活の可能性が見出せたとはいえ、
それを成すには専用の式を開発せねばならず、
相手がOMNEの域ということもあって
魔神たちにとっても骨の折れる大仕事であったからである。
そのためこれら共同研究者たり得る勢力の出現は大変有益だった。
成熟した魔神たちの叡智と、若く新しい才と視点を組み合わせることで、
復活式の開発を早めることが可能になった。
しかし、そのジュベレウス復活式が完成することはなかった。
完成も間近というところで、
主神派が式の開発停止を命じたからである。
主神派と魔神派の関係がまた悪化した、というわけではなかった。
変化したのは人間界の情勢だった。
人間の最強勢力の片方、
アンブラ族が魔界とも通じはじめたのである。
83 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:54:41.83 ID:XVB8s0iW0
13 主神派の失敗と「魔女」
人間は天界の友人となったとはいえ、
天界陣営に組したわけではなかった。
彼らの目指すところは天魔に拮抗する第三勢力として君臨するものであり、
その立位置は天にも魔にも寄らずあくまで中立としていた。
そのため有益な協力者であれば、
「害を成さないかぎり来るもの拒まず」というのも基本的な方針だった。
そのため天界側の助力と同様、
魔が力を貸し出してくれるのも有益と判断し、
これを受け入れたのである。
この時はすでに魔神から技術を学んで久しく、
本来は魂に互換性がない魔族の力も利用可能になっていた。
さらにアンブラ族にとっては
彼女たちが有する「世界の目」は闇を司る左目ということもあって、
闇たる魔族との相性も良好だった。
加えて、これは天界に傾きかけていた人界の情勢を
是正するという目的もあった。
というのも、天の主神派はやはり
光の右目を有するルーメン族を優遇したからである。
例えばルーメン族にはジュベレウスの加護を限定的ながらも与えたのに対し、
アンブラ族にはそういった直接的な支援は与えなかった。
ただ、待遇の差は主神派からすればそうせざるを得ない理由もあった。
ジュベレウス復活には世界の目が必要であったが、
左目が司る闇の性質が増大してしまうと、
復活させたジュベレウスの光の性質が濁ってしまいかねない、
そのように主神派は考えていたからである。
主神の属性が光である以上、こうした待遇差は必然であった。
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:55:10.98 ID:XVB8s0iW0
しかしどのような都合であろうと
これがアンブラ・ルーメンという二大氏族の不均衡をもたらしたのも事実であり、
様々な摩擦を生じさせた。
主神派に対し、両族に対等に接していた魔神派は常々不満を述べ、
ルーメン族も待遇を平等にするよう嘆願し、
さらにアンブラ族自身もジュベレウスの加護を要望した。
だが当然ながら、主神派はジュベレウスの光属性を理由として
周囲の声を聞き入れることはできなかった。
そのため、アンブラ族はもう一つの強大な勢力、
魔族に傾倒していったのである。
またアンブラ族がこうした強攻策に出た背景には、
待遇の不均衡だけではなく天界との世界観の違いも影響していた。
というのも天界、特に主神派は、
「世界の目」が本来はジュベレウスのものだと考えていたからである。
ジュベレウスこそが唯一のオリジナルたるOMNE継承者であり、
エーシルとクイーンシバは彼女の断片に過ぎない、
ゆえに人間が「世界の目」を保有しているのも本来は誤りであり、
正しくは天界こそが保有すべき、それが主神派の世界観だった。
これは当然、人間の世界観とは根幹から相反するものだった。
彼らにとってはエーシルこそが唯一のOMNE継承者であり、
そして人間による「世界の目」保有も正統という認識だったのだから。
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:55:51.83 ID:XVB8s0iW0
この世界観の相違は当初、互いに寛容さをもって違いを認めたため、
表向きには大きな問題にはならなかった。
しかし前述の待遇の不均衡という状況が重なった今、
この封じられていた反感がアンブラ族で表面化していった。
天界が「世界の目」を欲しているのは事実、
悪意がなかろうが人界の均衡を崩し、
アンブラ族を相対的に弱体化させつつあるのも事実、
これらが並んだとき、彼女たちは現状に危機感を抱いたのである。
こうしてアンブラ族は魔族と結ぶようになった。
アンブラ族は女性主体だったこともあって、
この時より「魔女」と名乗るようになった。
それまでは二部族まとめて「賢者」と呼ばれていたが、
アンブラ族の二つ名が変わったことで
これより「賢者」とはルーメン族のみを指すようになった。
ただし、魔に傾倒したとはいえ
その関係は純粋に力を求めるためだけであり、
決して魔界陣営に与したわけではなかった。
アンブラ族は人界と「世界の目」を守護する完全な独立勢力であり、
天魔含め如何なる勢力にも与さない、この方針は固持され、
個々の悪魔との契約関係においても徹底された。
魔女にとって悪魔は使役対象あるいは単なる協力者であり、
臣従させることはあっても魔女側が臣従することは固く禁じられた。
これは単に中立を守るというだけではなく、
思想や精神までもが魔に汚染されることを防ぐためだった。
アンブラ族の属性は魔とおなじ闇とはいえ、
彼女たちは人間界と「世界の目」守護を至上目的とし、
「献身と忠義」こそ正義としていたのである。
悪魔の力は有益であっても、
「闘争と暴虐」を基盤とする悪魔の価値観は
受け入れられないものだった。
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:56:25.12 ID:XVB8s0iW0
こうしたアンブラ族の魔への傾倒は、
当然ながら主神派に強い反感を抱かせた。
ただ、さすがに主神派自身の采配が招いた失敗であることも明らかであり、
その自省が彼らを自制させ、この時はひとまず静観に留まらせた。
もとい、気づいた時にはもう強い対抗措置は選べなくなっていた。
武力行使という強硬策も選択肢の一つとしてはあった。
魔と結んだ以上アンブラ族を敵と認定し、ここは力ずくで屈服させ、
ジュベレウス復活に必要な世界の目を「奪還」する、
それ自体は主神派の世界観に則れば「正当な手段」の一つではある。
だが現実的には困難であった。
アンブラ族の武力はすでに極めて高く、打倒は容易ではない。
さらには魔族の大規模介入をも招きかねない。
加えてアンブラ族に同情的な魔神派がどう動くかもわからない。
これだけ成功が不透明な以上、武力行使という選択肢は無いも同然。
主神派は、少なくともこの時点において強硬策は論外とし、
アンブラ族と魔の関係を黙認することを選んだのである。
その黙認という選択は、もちろん主神派にとって耐えがたいものだった。
ジュベレウス復活という至上計画が崩れてゆくにもかかわらず
ただ静観するしかできなかったからである。
実際にアンブラ族と魔族のつながりが、
「世界の目」にも影響を及ぼしはじめることとなった。
魔界の力が、アンブラ族が有する「闇の左目」に流れこみ始めたのである。
これは主神派からすると紛れもない「汚染」であった。
こんな状態の目を用いてジュベレウスを復活させた場合、
ジュベレウスも悪しき性質を備えてしまうのでは、
そんな悪夢に主神派は苛まれた。
冒涜的な魔神派は「『黒きジュベレウス』のほうが気が合いそうだ」とむしろ喜んでいたものの、
やはり主神派には到底受け入れられないものであり、
復活式が開発停止に至ったのも、これが最大の理由だった。
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:57:09.82 ID:XVB8s0iW0
今回ばかりは、主神派も自分たちの過ちを認めるしかなかった。
ジュベレウス復活のため光の属性を優遇した結果、
かえって闇が増大してしまったのだから。
ただし、アンブラ族の魔への傾倒は副次的ながら益もあった。
そのおかげで、以前と比べて悪魔への対処が容易になったという点である。
エーシルが隠遁して以降、人間界への悪魔侵入は徐々に増大しつつあった。
侵犯者やそれに次ぐ上位者たちは、
隠遁したロキの行方を警戒して本格介入はしなかったものの、
知能が低い大多数の下等悪魔は
憚ることなく人間界へと食指を伸ばしていったのである。
彼らは人界生命を手当たり次第に殺害し、その魂を貪り喰らった。
またある程度の知能がある悪魔は、魂の「味付け」のために人間を誑かし、
恐怖や苦痛を与えることも好んだ。
だが当然それら悪行は野放しにはされなかった。魔へと傾倒したアンブラ族が
これら無法者の討伐を積極的に行い始めたからである。
それ以前からも、アンブラ・ルーメン族は
人界の守護者として、侵入した悪魔の狩りを行ってきていた。
他にもエーシルの長子たる混沌神族や、
二大氏族には劣るもののそれ以外の人間たち、
そして天界からも協力として兵が頻繁に参じていた。
変わったのはその活動の比率だった。
アンブラ族の魔への傾倒以降、悪魔狩りの9割以上をアンブラ族が
担うようになった。
これについての理由は複数あった。
まずは「正義」を証明するため。
魔へ傾倒したとはいえ、魔界陣営に与したのではないことと、
今までと変わらず人界の守護者であると。
次いで、人界内の最大守護者となり、主導権を強めること。
悪魔狩り活動をアンブラ族の制御下におくことで、
天界による派兵といった介入を減らし、
人界内における天界の影響力を削ぐのが狙いだった。
88 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:57:37.33 ID:XVB8s0iW0
そして最後に、討伐した悪魔の魂や亡骸等は
魔界由来の有益な資源であるという実利である。
中でも特殊能力を有する悪魔は、
素材として様々な魔導器に流用できるため
好まれてアンブラ族に狩られることとなった。
一方そのように優先的に狩られる対象がある傍ら、
利用価値や脅威性の低さゆえに後回しにされた対象もあった。
そしてそれらの中にとある『樹』があった。
後に『クリフォト』と呼ばれる魔界樹である。
89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:58:26.86 ID:XVB8s0iW0
14 『クリフォトの樹』
かの魔界植物はある時から、
人間界にまで根を下ろし、そして人間を捕食対象とし、
その血を糧とする生態を獲得した。
しかし当初、魔界側はもとより、アンブラ族ら人間側もこの樹のことは気に留めなかった。
悪魔たちにとってはただの草木でしかなく、またアンブラ族からすれば
「動物的な悪魔」侵入のほうが大きな被害で目立ち、
かつ素材としての利用価値も高かったからである。
この樹も人間を殺害したとはいえ
後世の『レッドグレイブ事件』とは異なり、
当時は一度の捕食で一人か二人を殺す程度、
かつ捕食頻度も稀であった。
そのため、基本的にアンブラ族の対応は
「余裕があったら駆除する」という消極的なものだった。
だが次第に、この魔界植物はその特性ゆえに
徐々に注目されはじめる。
後世にて『クリフォト』の名が付けられるかの樹は、
殺して吸いとった人間の血と魂を
大きな力に変換するという特性があったのである。
そして力を渇望する魔族ならば当然のこと、
この事実がひとたび明るみになるや、瞬く間に魔界全体に知れ渡り
こぞって利用されることとなった。
人間界に根を誘導し、人間を襲わせ、
樹を育て、そこから力を得る、
そのような手法が流行となったのである。
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:59:05.81 ID:XVB8s0iW0
こうも大規模になれば当然、
アンブラ族ら人間界側もすぐに事を認識し、
悪魔たちの「農業」を優先的に阻止しようとした。
だが人間界の側からでは、この樹の排除には限界があった。
そもそも魔界側では大量に生息していたため、
いくら人間界側で処理しようと根本的な解決にはならなかった。
加えてある程度成長してしまうと、
人間界側に現れている部分を刈るだけでは樹を殺すこともできず、
一時的な活動停止に追いやるのが精一杯だった。
とはいえ、この一大流行は
魔界側の事情によって唐突に終わることとなる。
発端は、クリフォトの樹にあったもう一つの特性、
『果実』の存在が世に知られたことによる。
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:59:32.70 ID:XVB8s0iW0
15 『魔王の果実』
ある時、もっとも成長していた樹が『実』を生じさせ、
それを食した悪魔が劇的な力の向上を見せた。
それでも侵犯者やそれに次ぐ上位者たちには及ばす、
その悪魔は最終的にはあっけなく殺害されたが、
一方で『実』がもたらした効果は
侵犯者を含めて魔界全体の注目を浴びた。
なにせ有象無象の下等悪魔が、
一瞬にして諸神級にまで昇華したのである。
そこで高度な知能を持つ悪魔たちも研究に乗り出したことで、
その『実』が不完全な出来損ないだったということも判明した。
そして物事を想像できる知性がある悪魔なら、誰しもがこう思った。
より成長した大樹に実る完全状態の『果実』ならば、
どれだけの力を得られるのだろうかと。
少なくとも、前例がないほどの『何か』を得るのは確実視され、
その期待が期待を呼んでいつしかこう言われるようになった。
「『果実』を食した者は、魔界最強と成る」と。
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 00:59:59.06 ID:XVB8s0iW0
そうして『果実』を巡る大騒乱が始まった。
多くの悪魔がこぞって樹を育てようとし、
また競争相手の樹を破壊して妨害、
あるいは育った樹を横取りするなど、
魔界全土にて激戦が展開した。
一方、侵犯者ら四柱は当初、この騒乱を傍観していた。
というのも、姿をくらませたロキを警戒して、
人間界関連への表立った干渉を控えていたからである。
エーシル=ロキが保有しているであろう『無』の力は
侵犯者たちのOMNEの力をも消し去れる。
そしてロキは隠遁したとはいえ、
さすがに侵犯者自らがこの「農業」で人間界に介入すれば
再び現れるのではないか、そう侵犯者たちは警戒していた。
93 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 01:00:32.98 ID:XVB8s0iW0
とはいえ、もちろん最後まで傍観するつもりはなかった。
侵犯者らも果実の力に惹かれていたのは同じであり、
くわえてアルゴサクス、アビゲイル、
そして同盟しているムンドゥスとスパーダ、
この三派のうちどれかが果実を獲得すれば、
膠着は崩れて残り二派は敗北しかねない。
それゆえ彼らも虎視眈々と果実を狙った。
迂闊に動けばロキの再起を招くのみならず、
侵犯者間の休戦も崩れて無駄に消耗しかねない。
そこで下賎の者共の樹が育つのを待ち、
果実を宿す直前に強奪し、誰よりも先に食す。
それが侵犯者たちが等しく考えていたことだった。
ムンドゥスとスパーダも一応は組んでいたとはいえ、
胸中では互いに出し抜こうともしていた。
94 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 01:01:10.09 ID:XVB8s0iW0
そうしてついにその時が訪れた。
この侵犯者同士の果実競争においては、
武力も当然重要であるが、
第一には情報収集と行動の早さが帰趨を決した。
まず、もっとも強きアルゴサクスとほぼ同格のアビゲイルは、
強者たる油断あってか、この点で後手となってしまった。
次いで三番手だったスパーダは相変わらず何を考えていたのか不明だったが、
同じく出遅れた。
完全な果実を生じさせるクリフォトの大樹はどれか、どこにあるのか、
それを最初に見極めたのはムンドゥスだった。
侵犯者四柱のうち己はもっとも、
それも勝負にならぬほど弱い、彼はそれを自覚し、
並々ならぬ劣等感を抱いていたからこそ、
その差を補うべく誰よりも
情報収集に力を入れていたのである。
優位に立ったムンドゥス、それはほんの僅かな余裕ではあったものの、
他三柱を出し抜くには十分だった。
彼は速やかに目当ての大樹へと赴き、
その樹を育てていた所有者を殺害して強奪した。
相手は魔界中に名を馳せていた強者たる悪魔だったものの、
もちろん侵犯者たるムンドゥスの敵ではなかった。
そして完全なる『果実』の誕生を目の当たりにし、
収穫し、ついに食した。
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 01:01:36.27 ID:XVB8s0iW0
その効果は誰しもが想像した以上だった。
半分食しただけでも彼の武力はアルゴサクスと同等なまでに昇華し、
加えてOMNEたる『創造』の力もより完璧かつ強大に。
もはやこの時点でも
侵犯者間の序列を覆すほどの飛躍であったが、
果実はさらにもう一つの力をムンドゥスにもたらした。
それはいわば魔界の『理』である。
これはエーシルが人間たちに与えた力、
もとい世界の『流れ』を左右させる著者のごとき力が、
クリフォトの樹によって魔界向けに転化、
結晶化されたものだった。
その効果をより具体的に言うならば、
魔界内部の物事は彼が望む方向へと流れ、
魔界において彼の在る状況は常に有利となる。
すなわち彼は魔界でもっとも『幸運』となった。
96 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 01:02:06.29 ID:XVB8s0iW0
ただし、その原理を理解していたのは
当時はジュベレウスらオリジナルOMNEたちのみであり、
こうした果実の詳しい原理を理解していたのも
ムンドゥス自身含めて魔界にはいなかった。
また、これだけの代物を産むクリフォトの樹の性質が、
はたして自然に備わったものなのか、
それとも何者かの作為によるのかも定かではない。
当時では、『果実』は闇の創造主たるクイーンシバの御業だという説が唱えられていた。
より知見が深まった遥か後世においては、
エーシルの片割れであるロプトが、
ある遠大な策略のため仕組んだとの説も唱えられたが、
真実はやはり不明である。
だが謎に満ちていたとはいえ、
この果実によってもたらされる結果自体は
誰もが即理解できるほど明確だった。
飛躍した武力、完璧となった『創造』の力、
そして魔界そのものを味方につけるかの如き『幸運』。
武力においては同格であるはずのアルゴサクス、次ぐアビゲイルも、
あらゆる『不運』が働いてムンドゥスには勝てない。
もはや魔界において敵はいなくなった。
97 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 01:02:32.99 ID:XVB8s0iW0
魔界における全ての主導権を掌握したムンドゥスは、
瞬時に次なる行動に移った。
まずはクリフォトの大樹をことごとく刈った。
己につづく『果実』獲得者の出現を防ぐために。
次いで己が新たな魔界最強だと証明すべく、
単身で平定に取りかかった。
まず標的になったのは他の侵犯者である。
アルゴサクスは武力では互角ながらも、
魔界そのもの、まさにクイーンシバが味方するかの如き
ムンドゥスの「幸運」を前に、勝ち目はないと判断して屈服した。
今はひとまず彼の覇を認め、機会を待つ道を選んだのである。
一方でアビゲイルはかの「幸運」を恐れず、
武力が互角ならば勝機十分だと挑んだが、
あえなく敗北して魔界外の虚無に落ち延びることとなった。
そしてスパーダは元々ムンドゥスと組んでいたこともあり、
衝突せずにそのまま彼の覇を認めた。
また、純粋に『果実』のもたらす力、
そしてそれが作り出した『最強たるムンドゥス』を
観察したいという好奇心にも突き動かされていた。
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 01:02:59.35 ID:XVB8s0iW0
こうして侵犯者たちの新序列が定まった時点で、
魔界におけるムンドゥスの覇は事実上確定した。
残る下々の平定など彼にとって片手間でも易かった。
ある者たちはその力に魅せられて忠誠を誓い、
ある者たちは憎悪しつつもひとまず屈服し、
ある者たちは抗い続けて虐殺され、
最終的に魔界全域が彼の支配を認めるに到る。
そうして名実共に頂点となったムンドゥスは、
『闇の創造主の長子』としてクイーンシバの代理者を名乗り、
クイーンシバに代わって魔界の実効支配を宣言。
そして自らを『魔帝』と称した。
ただし、もちろんこれら宣言は
すべて彼の傲慢な支配欲を飾る建前にすぎなかった。
クイーンシバの代理者と名乗りつつも、
腹底ではかの女王に平伏すつもりもなかった。
彼の支配欲は際限なく、いずれはクイーンシバの力をも
我が物にしようと考えていた。
とはいえ、このような魔帝の露骨な野心も含めて、
クイーンシバ側は底知れぬ寛容さで全てを受けれた。
魔帝のこの極めつけの傲慢さもまた「子」の美点であるとし、
沈黙によって彼の暴挙も承認した。
こうして闇の創造主からも認められ、魔帝はついに全魔統一を果たした。
原初時代の「血の世界」まで遡っても例がない、
魔族の歴史において初めてのことだった。
99 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 01:03:45.30 ID:XVB8s0iW0
15a 魔界の動向 頂点の者たち
こうして魔界はムンドゥスのもと統一された。
ただし平和が訪れたわけではなかった。
果実を巡る騒乱が終わろうとも、魔族の価値観と本能ゆえ
武力衝突は魔界全土で常時繰り広げられた。
そしてそんな世界を統べる魔帝も、
その闘争の日常を全面的に推奨していた。
ムンドゥス支配に、治安維持などという概念はもちろん存在しなかった。
むしろ争いが少ない領域に対しては配下を派遣して荒らし、
「治安破壊」と言える措置を執った。
これら絶え間ない騒乱は魔族の力の増幅現象をより促進し、
弱者を滅し強者をより強め、種全体のさらなる強化に繋がった。
この措置は副作用としてしばしば魔帝に対する反乱機運を生じさせたが、
それもまた闘争の種だとし、魔帝は容認した。
彼の直接支配圏では「反乱する自由」もあったのである。
こうした魔帝の統治方針は、単に暴虐と闘争という魔族の本能のみならず、
彼自身の悪辣な欲望も背景にあった。
魔帝の最大願望は全てを支配することであるが、
単に支配するだけではなく、それが加虐的なものであり、
「奴隷」に最大の苦痛を与える関係であることを大前提としていたのである。
それゆえ反乱を容認し、大規模な挑戦を喜んで受けた。
機会を与えず最初から封じてしまうよりも、
機会を与えてから叩き潰すほうが大きな苦痛を与えられると。
100 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 01:04:16.11 ID:XVB8s0iW0
反乱が発生したとき、魔帝はまず
反乱者が力と自信を蓄るのを静かに待った。
そして自ら挑戦してきたところで、ようやく魔帝は力を見せつけて、
高ぶっていた反乱者の闘志と自信を粉砕した。
魔帝に挑んだ自身の愚かさ、そして弱さを徹底的に知らしめ、
最大の屈辱と敗北感のなかで殺害した。
あるいは死が救いとなるような者であれば、
殺さずに凌辱しつづけ、永遠に辛苦を抱かせたまま
従属させるという生き地獄を歩ませた。
魔帝によるこれら加虐的な遊興への執心は並々ならぬものがあった。
「奴隷」たちをより苦しませるために、
『創造』の力を用いてわざわざ手の込んだ舞台を用意することもあった。
苦痛や屈辱を最大化させるためなら、
相手に不釣合いな労力をつぎこむことも惜しまなかった。
ムンドゥスの『創造』の力は、新たな命を小手先で創りだせるほどであり、
その気になりさえすれば三位一体世界とは別の新世界を創り出すことさえ可能だったが、
彼はそんなことに一切興味をもたなかった。
そもそも自ら創りだした「操り人形」相手では、
彼の加虐欲を満たすことはできなかったからである。
『創造』で新生命すらも容易に創りだせるが、
容易であるがゆえに自身の被造物は無価値であると彼はみなしていた。
虐げるために創った存在を虐げて何が面白いのか、と。
生来の自由と独立性を有する存在から、それらを奪って虐げてこそ意味がある、と。
つまるところ、彼が魔界における「闘争と暴虐の日常」を推奨したのも、
「魔族強化のため」などという方針は建前に過ぎず、
本質は個人的な悪意に満ちた欲求によるものだった。
新世界を生み出せるほどの『創造』という力を有しながら、
彼には創造的志向は欠片もなく、
この力はもっぱら他者を支配し虐げることに注がれたのである。
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 01:04:42.55 ID:XVB8s0iW0
こうした魔帝の趣向は、魔界の価値観からしても外道とされ、
この世界においてですら彼は暴君と呼ばれたほどだった。
しかしそのような憎悪は魔帝をより喜ばせるだけだった。
また闘争と暴虐が魔族の性である以上、
道を外れようともやはり「暴虐の権化」たる魔帝に惹かれるものも多く、
進んで彼の僕となる者も後を絶たなかった。
魔帝はそのような者たちを快く受けいれ、直属の軍勢として組織させた。
この魔帝軍は群を抜いて魔界最大規模であり、
彼らはその圧倒的戦力をもって、魔帝の暴政の伝道者として
魔界中に戦乱と破壊を撒き散らしていった。
ただし、この直属軍であっても主の加虐欲からは逃れられなかった。
特に理由なき処刑や殺し合いの命令など、
魔帝の遊興による災難は彼らにとっても日常茶飯事だった。
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