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真・恋姫夢想【凡将伝Re】5
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349 :
一ノ瀬
◆lAEnHrAlo.
[saga]:2023/08/14(月) 15:43:21.05 ID:x8Kt1Aqa0
◆◆◆
日輪の蔭りを見上げ、諸葛亮は再び手元の書類に目を落とす。
目は落ちくぼみ、頬はこけ、唇は潤いを失っている。幾日眠っていないか、それを考えるリソースすらが惜しい。
東へ。ひたすら東へ。どうせ民が主君を追うのだ。転進したルートは隠しようもない。であれば少しでも速度の稼げる漢朝内――皮肉なことにその街道を整えたのは紀霊である――をひたすらに。
頭痛が激しい。それは幸いである。意識が覚醒するから。食欲がない。それは幸いである。目の前の書類に専念できるから。
そうして、諸葛亮は数日のうちに蜀軍とそれに付き従う民の目指すルートを選定し、その道程を導き、必要な物資を算定し供給計画を策定してのけた。伏竜の面目躍如というレベルではない。
「朱里ちゃん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。私は正常に機能していますから……」
既に限界を超えてなお諸葛亮は最適解を弾き出そうとする。それを北郷一刀は抱きしめる。
「もういい、休め。朱里……。
休んでくれ……!」
その言葉に諸葛亮は素直に、弱弱しく頷く。
「はい。流石の私も少し、すこしだけ。
すこしだけ、たぶん疲れてしまいました」
はわわ……と付け加えて、諸葛亮はよろよろと起き上る。歩こうとしてごろり、と転がってしたたかに頭をぶつける。
なに、どうということもない。内なる頭痛が外からも、もたらされただけだからして。
そう思い立ち上がろうとするも上手く四肢が動かない。なるほど、筋肉が劣化したか、と思う間もなく。
「はわわ……」
北郷一刀は諸葛亮の華奢な身体を抱き上げて宿に向かう。辛うじてとれたその寝台に諸葛亮を寝かせて、苦笑する。
「まあ。少し朱里は頑張り過ぎてたからな。ちょっとここで休んでくれよ」
「はい。一応ご主人様たちの行程表については策定しましたので、それを参照して頂ければと思います。それで、大丈夫ですから。
私も、少し休んだら追いかけますが、先を急いで下さい。ご主人様たちが進まねば道は拓けません」
乾いた声で諸葛亮は言の葉を連ねる。
幾つも湧き出る。いつもの策を、その奔流を止められない。
もっと、もっと高みへと。研ぎ澄まされた思考。動かない肉体。
その齟齬に戸惑いながらも、ひとまずは横になる。
もっと、もっとできるのに、と思いながら。
◆◆◆
「分かった。じゃ、朱里。天の国で待ってるからな」
そう言って北郷一刀は横になった諸葛亮をきゅ、と抱きしめる。その抱擁。その温かさに諸葛亮は熱いものが双眸に込み上げるのを感じる。
ぎゅ、と閉じた瞼から漏れるそれを見せぬために布団にもぐりこむ。眠いのだ、と言わんばかりに。
その様子を見て北郷一刀は苦笑を一つ漏らし、その場を後にする。
その、温かい気配が消えうせてから諸葛亮は嗚咽を漏らす。肺腑から、魂魄を吐き出すように。
そして、急速に四肢が弛緩し、五感が遠ざかるのを感じ、誰とはなしに微笑む。
傍らには馬良のぬくもりがいて。あって。
「わたし、頑張ったよね……」
「ええ、これ以上はないくらいに」
その声に諸葛亮は安堵する。
「きちんと書類は無謬にて運用しました。貴女には一厘の間違いも残されません。
ええ、残された書類に誤字脱字一文字すらないことは確かですとも。
きちんと、間違いなぞ残していませんとも」
慈母の笑み。
毒婦の笑み。
そして満足する。やりとげたと。
それでも至らない。
間違いのない組織。その恐ろしさ。
無謬という状態の不健全さに。
そうして、諸葛亮は満たされ、やりきったという意識。
幸せなままに意識を手放した。
絡新婦に抱きしめられて。
そうして、二度と目覚めることはなかったのである。
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