真・恋姫夢想【凡将伝Re】5

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142 :一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo. [saga]:2022/07/04(月) 23:06:44.76 ID:ib3VgL1k0
◆◆◆

「馬鹿げているのですぞ」

陳宮は誰にともなく、呟く。だが、それは紛れもなく彼女の本音である。
一体全体、分かっているのか、と言いたい。問い詰めたい。一刻でも二刻でも問い詰めたい。それくらい陳宮は現状に焦りを覚えている。全てが絶望に変換されそうなあの時のようなそれ。そしてその焦燥感は馴染み深いものである。
かつて、真正面から自分を含む董家一同は袁家に挑んだ。そう、漢朝と言うよりは袁家に挑んだのである。
あるとき黄忠に問われ、淡々と応えた。

「まあ、それは散々だったのですぞ」

今でも思い出すのだ。あの切迫感、絶望感。じわり、と追いつめられるあの感覚はなんと言えばいいのだろうか。
打つ手、全てを見透かしたような反撃。いや、そうではない。此方が打つ手全てを読まれていたとは思わない。だが、それら全てを圧倒して飲み込む波濤が如き分厚い打ち筋、手数。

諸葛亮、そして鳳統。二人のいずれかを手にすれば天下を取れると、水鏡と言う人物は言ったという。
陳宮は笑う。笑うしかない。かつて自分たちと道を同じくしていた彼女は、その二人に勝るとも劣らなかった。身近でその人を見ていたのだ。
賈駆という少女の智謀は幾多の戦場において最優。そしてそれを後見する馬騰、皮肉げに哂う韓遂によって研ぎ澄まされ、輝きを日々増していたものだ。
彼女の智、そして覚悟。それを間近で見ていた陳宮は思うのだ。
蜀を自称するやつばらは、まだまだその覚悟、気構えが生ぬるい、と。

「ボクは、月のためにいるの」

その言葉は陳宮の底に響く。今でも。主のために最善を尽くすという在り方。それも彼女から学んだ。
ああ、そうだ。自分は呂布のためにいるのだ。そうなのだ。
うち捨てられていた自分を拾ってくれたのは、あの優しい目をした彼女。だから自分は彼女のために生きている。
彼女のために生きているのだ。

だが、と、思う。

「恋殿……」

彼女を永らえるのは、支えるのは何なのだろう。結局、軍師を自認しても彼女のことをまるきり理解できていないのではないか。

「――情けない」

戦う前から気持ちで負けてどうするとばかりに陳宮は声を張り上げるのだ。
幾度諭しても聞き入れなかった主のために。
そしてその主の言は。

「それでも、一刀は……ご主人様は恋を呼んでくれたもの。
だから、ご主人様のために今度こそ恋は頑張る……」

厄介者であった彼女らを受け容れてくれるのは、この蜀しかなかった。なかったのである。
そして主が蜀の、北郷一刀のために力を尽くすと決めたのだ。
だったら、彼女に救われた自分は付き従うべきであろう。
なに、彼女がいなければ野犬の餌になっていたのだ。それに勝ち目がないわけでもない。

「恋殿!ねねがきっと、きっと勝ちを掴ませるのですぞ!」

今度こそ、とわが身を奮い立たせる。心を決める。

「え、袁家なぞ何ほどのものか、ですぞ!恋殿の武勇あればどうとでもなるのですぞ!」

弱気を打ち払うための言葉。そして決意。
だからこそ、最善を尽くす。伝聞でも分かるその危機。かつて洛陽で散々に苦しめられた経済制裁が蜀全土に及ぼされているのだ。
その脅威を味わったからこそ分かる。今はまだ大人しいであろうが、その流れは大河の奔流のごとく一切合財を台無しにしてしまうのだ。

「時は味方なぞしてくれないのですぞ……」

その貴重な知見。

「わかりますとも」

いつの間にかいた知己に笑みが浮かぶ。

「馬良殿、貴女くらいなのですぞ。
 袁家の脅威を分かってくれるのは」

嬉々として茶の準備をしようとする陳宮。
馬良はこくり、と頷き茶菓子を供する。

常ならば漏らさないような愚痴、弱音。
それら全てを馬良は受け止める。
受容、共感。そして。

「陳宮様のご尽力、もっと評価されていいのに……」

厚い化粧が剥がれるほどに涙する馬良。

「なに、そんなこともないのですぞ。
 これしきの逆境、どうということもないのですぞ!」

高らかに、朗らかに笑う陳宮を馬良は優しく笑みで肯定するのであった。
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