私「妖精を粉砕して失われたもの」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:27:47.87 ID:O8t46fem0

オリジナルのSSです

よろしくお願いします

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1640345267
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:28:33.77 ID:O8t46fem0

──

私「マッドサイエンティストが意図的に逃した蝶が野生化した」

私「普通の蝶じゃなく人型の蝶。見た目が妖精みたいなので妖精って呼ばれている」

私「妖精は虫なので当然人のような知能はない」

妖精『ひらひらひら〜』

私「脳みそをくり抜いたら人間こうなるんだろうなという表情でいつも空を舞っていた」

私「大人たちはそんな妖精の姿に道徳的な危機感を覚え──」

私「子供たちは何も気にせず、妖精採集とか妖精相撲を楽しんでいる」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:29:49.01 ID:O8t46fem0

ミーンミンミン…

私(公園を散歩中、切り株の上に虫籠が置いてあるのを見つけた)

私(中で1頭の妖精がぐったりと倒れている)

私「……」

少年「それ、僕のだよ」スッ

私「あっ。ごめんなさい」

少年「じっと見つめていたけど、お姉さん妖精がほしいの?」

私「そういうわけじゃなくて、ただ元気がなさそうだなって」

少年「捕まえた時に網の中で暴れたから」

私「その妖精どうするの?」
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:30:23.00 ID:O8t46fem0

少年「家で標本にするよ。自由研究の課題だからね」

私「そうなんだ」

少年「じゃあ僕、次の虫取りスポットに行くから」スタスタ

私「……」

ミーンミンミン

私「”可哀想だな”って思った」

少年「ん?」

私「でも、それは私のエゴなんだよね」

私「だって籠の中にいたのが蝶なら、私は同じことを思わなかったんだから」
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:30:52.16 ID:O8t46fem0

──国会──

与党「ですので、妖精だけを保護する規定を設けることは現状不可能なわけです」

野党「それはどうしてでしょう」

与党「妖精を構成する物質は蝶と同じです。違うのは形だけ。いわば妖精とは変形した蝶に過ぎません」

野党「道端に落ちている妖精の死骸を見るだけで、多くの国民の皆様が胸を痛めているのですよ。保護法の整備が急がれるのでは?」

与党「見た目の違いによって例外を設けることには慎重になるべきです」

野党「なぜでしょう」

与党「可愛いから守るとか、美しいから区別するとかは、ルールとして曖昧過ぎるからです」

野党「そんなの動物愛護法だって同じじゃないか。美しいから区別するで結構だ。大事なのは国民の皆様がどう感じるかでしょう」

与党「その理屈では、美人税だって導入できてしまうことになる」

野党「暴論だ!」

ワーワー!
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:31:21.70 ID:O8t46fem0

──

テレビ『暴論だ!』ワーワー!

私「何だか大変なことになって来たなぁ」

博士「言い争いではなく建設的な議論をして欲しいものだよね」フム

私「国会議員の皆さんも、妖精を逃がした張本人にだけは言われたくないと思いますよ」

博士「えへへ。照れるなぁ」

私「褒めてないです」

カラン

博士「ジュースおかわり」

私「はいはい」
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:32:16.70 ID:O8t46fem0

ミーンミンミン…

博士「もうすっかり夏だねぇ」

私「ええ。妖精も随分と増えて来ました」

博士「やはり、春先に逃したのは正解だった」

──回想──

博士『はぁはぁ……逃したは良いけどこんなにすぐバレるなんて、私もまだまだだね』

私『わっ。たけのこ狩りをしに山に来たら白衣とリュック姿の怪我人を見つけた』

博士『実は追われている身なんだ。研究所から逃げてきたところで』

私『酷い怪我……今すぐレスキューを呼んで病院に行かないと』

博士『病院はまずい。無理を承知でお願いするけど、君の家に匿ってくれない?』

私『……事情はなんとなく察しました。力になりましょう』

──
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:32:53.16 ID:O8t46fem0

博士「それで今まで家に置いてくれてるんだから、君ってばお人よしだよね」

私「博士が妖精を逃した犯罪者だって知っていたら、助けていたかは怪しいですよ」

カラン

博士「妖精の何が特別なんだろうか」

私「え?」

博士「見た目が人間に近くて可愛いというだけで、生態系は蝶々そのものだ」

博士「蝶のように蜜を吸い、蝶のように羽ばたいて──蝶のように役に立たない」

博士「なのに世間じゃこの騒ぎ。妖精なんてただの虫ケラなのにね。結局、見た目が全てってことなのかな?」

私「……」

博士「私はそういう疑問を世界に投げかけるために、妖精を作り出したのかもしれない」

私「嘘つけ」

博士「嘘だけど」
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:33:25.21 ID:O8t46fem0

──小学校──

プルルルル

保護者A「近所の小学生が妖精相撲をしていたんです。あれってモラル的に大丈夫なのかしら」

保護者B「人命を軽視する人間になっちゃうんじゃないかと心配でしょうがなくって……」

保護者C「妖精の取り扱い方について、学校の方でちゃんと教育してくださいます?」

先生「貴重なご意見をありがとうございます。失礼します」

ガチャ

先生「はぁ……夏休み中の小学校に電話したって何も解決しないだろうに」

同僚「そもそもの話、国でさえまだ揉めてることを公立小学校で勝手に教えられるわけないのにな」

先生「今日はもう上がりますね。明日は予定があるので」ガタッ

同僚「彼女?」

先生「ふふ。そんなんじゃありません。……昔の教え子と会う約束があるんです」
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:33:53.92 ID:O8t46fem0

──カフェ──

ザワザワ

私「すみません。待たせてしまって」

先生「ううん。僕も今来たところだから」ニコ

私「こうして合うのも久しぶりですね」

先生「そうだね。高校進学以来だから、4年ぶりくらいかな」

私「急に連絡があったので正直驚きました。でも今日はどうして?」

先生「顔が見たくなって……最近は例の妖精のせいで小学校も大忙しでね。昔馴染みと話たくなったんだ」

私「はぁ。なるほど」

先生「小学校だけじゃない。教育機関はどこも今、大変なことになってるよ」
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:34:25.99 ID:O8t46fem0

先生「妖精採集に妖精相撲。年齢が上がると今度は妖精を虐めるようになる」

先生「知ってるかい? 妖精の解剖動画が動画投稿サイトで1億再生を突破したって」

先生「保護者たちは危惧しているんだ。子供が将来とんでもないサイコパスになっちゃうんじゃないかってさ」

私「実際、非行とかは増えてるんでしょうか?」

先生「どうかな……増えたと言ってる先生もいるし、変わってないと主張する人もいる」

先生「妖精の存在が新しすぎて、信憑性のあるデータはまだないんだよ」

私「へぇ」ゴクゴク

先生「はた迷惑な話だ。妖精を逃したっていう行方不明の博士を見つけたら、この手でとっちめてやりたいよ」

私「ごほっ。ごほごほっ」

先生「? 平気かい?」

私「え、ええ。大丈夫です」

私(その後も先生の愚痴は続き、17時過ぎくらいに解散する運びとなった)
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:35:02.39 ID:O8t46fem0

──帰り道──

先生「今日はありがとう。愚痴ばかり聞いてもらって申し訳なかったね」

私「いいえ。こちらこそご馳走様でした」

先生「ふふ。近くの公園まで送るよ」

スタスタ

先生「……ん。なんだあれ?」

私(薄暗い公園のベンチに、男女2人が座っている)

私(1人はボロボロの格好をした浮浪者で、女の子の方は西洋人形みたいな派手なドレスを着ていた)
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:35:34.53 ID:O8t46fem0

先生「……。少し話を聞いてくる。君はここで待っているように」

私「あ、はい」

私(先生は二人組に歩み寄って行った)

私(しばらく冷静に話している様子だったけど、やがて浮浪者と口論になったようで)

私(浮浪者は急に走り去り、先生はその人を追いかけていった)

私(少女は1人ポツンと取り残された)

私「……1人きりにしておくわけにはいかないよね」

スタスタ

私(近寄るにつれて少女の輪郭がはっきりとしてくる)

私(艶やかな髪、高い鼻、凛とした佇まい。煌びやかな服なんて霞むほど整った容姿をしている)

私(私が今まで見た誰よりも、その少女は美しかった)
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:36:12.18 ID:O8t46fem0

美少女「先程の男性の知り合いの方でしょうか?」

私「あ……はい」

美少女「彼は何か勘違いをしていたようで」

私「というと?」

美少女「伝言のために私の方から話しかけていたんですよ。それを薬物売買か何かだと思ったらしく」

クスクス

私(上品な仕草で女の子は笑った)

美少女「笑っちゃいますよね。私が黙っているだけで、疑いの目が全部あの浮浪者に向くんですもの」

私「……」ポカーン

美少女「可愛いって、美しいって……得だよね。お姉さん?」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:36:50.23 ID:O8t46fem0

──家──

博士「帰ってくるの遅すぎ〜。背中とお腹がくっつきそうだよ」

私「はいはい。今作りますから」

イタダキマース

博士「もぐもぐ。そういえば、ニュース見た?」

私「ごくん。いいえ、何かあったんです?」

博士「来月から妖精に税金がかけられるようになるらしいよ」
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:37:24.06 ID:O8t46fem0

私「へぇ。例の美人税ですか?」

博士「違うよ。妖精の取引にかかる税。ペットショップが儲かり過ぎてるらしくてさぁ」

私「ふーん。……ってことは、妖精と蝶を区別するって国が正式に認めたということですね」

博士「鋭いね。けど違うんだな。あくまで鱗翅目の昆虫に対して税金をかけるつもりらしい」

私「りんしもく」

博士「実質的には妖精を狙い撃ちしてるだろって、今日の国会でも議論が色々と白熱してたなぁ」

私「はぁ」
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:38:00.68 ID:O8t46fem0

博士「言い争いではなく建設的な議論をして欲しいものだよね」

私「同じセリフを2度言わないでください。同じセリフを2度言わせないでください」

博士「ふふふ……ねぇ、君は美人税って有りだと思う?」

コトン

博士「”人を見た目で判断してはいけません”。この世界で1番多くつかれている嘘の1つだ」

博士「実際、人は人を見た目で判断している。醜い者を排他し、美しいものを優遇している」

博士「優遇されるということはつまり君、お金を稼ぎやすいということだよ」

博士「容姿によって貧富の差が産まれるのだから、美人に税をかけんとする考え方は、一見正しいようにも思えるけど」

私「美人がお金持ちになりやすいというのなら、お金持ちに多くの税金がかかる累進課税制度が、すでに美人税になっているんではないでしょうか」

博士「君ってさ。たまに教科書みたいな返答するよね」

私「つまらない話を適当にあしらってるだけです。お金の事なんて、ここでする話じゃないでしょう」
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:38:38.95 ID:O8t46fem0

博士「そうだね。それじゃあ代わりに、道徳のお話でもしようか」

私「道徳……?」

博士「妖精の存在に大人たちは道徳的な不安を抱いている」

博士「子供は妖精を珍しい虫だと捉え、大人は妖精を人の形をした特別な存在だと認識するからだ」

博士「君は子供とも大人とも言えない年齢だけど……この問題に対してどんな意見を持っている?」

私「博士」

博士「うん」

私「そういう堅苦しい話を、私はつまらないと言っているんですよ」

博士「も〜。私はそのつまらない問題提起をするために妖精を作ったというのに。無下にするな!」

私「嘘つけ」

博士「もちろん、嘘だけど」クスクス
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:39:11.95 ID:O8t46fem0

──翌日・ショッピングモール──

私「お次の方どうぞ」

美少女「これください」

私「殺虫剤が1点で980円です」

美少女「スイカで」

──夜──

私(バイトの帰り。歩道の街灯に虫がぱたぱたと集まっている)

私(無数の羽虫が蠢く中に、妖精の姿も混じっていた)

妖精『ひらひらひら〜』

私(飛んでる妖精をぼーっと眺めていると、左腕の時計に何かが止まった)

私(それは蛾だった)
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:39:53.45 ID:O8t46fem0

私「……意外と知られてないことだけど」

私「蛾と蝶って、実は同じ生き物なんだよね」

カチ… カチ…

私「小学校の頃理科の先生に習ったんだ。繭を作る作らないで見分けるっていう日本特有の判別方法もあるにはあるけど」

私「基本的には見た目の違いしかなく、世界には蝶と蛾を区別しない国も多いんだとか」

私「つまり、妖精が出てくるよりずっと前から、私たちは見た目で同じ虫を区別してきたんだ」

私「博士が言っていた道徳がどうとかって問題も、本当はずっと昔から存在してる話で」

私「妖精が出てきてから騒ぎ立てるのは今更なんじゃないかって……博士の質問に答えるのなら、それが私の意見かな」

私「──ねぇ、あなたはどう思う?」

スッ

美少女「急に独り言を喋り出すからビックリしました」

私「つけられていたこと、気付いていたよ」
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:40:37.28 ID:O8t46fem0

私「何の用? 殺虫剤の返品?」

美少女「やっぱり覚えてたんですね。レジのとき反応してくれればよかったのに」

私「そんな不真面目なことはできない」

美少女「良い性格ですねぇ。本当に好きになれそう」クスクス

私(美少女が近づいてきて、私の左腕についた蛾を一瞥する)

私(手をパーの形に広げ、そして、そっとそれを握りつぶした)

蛾『ぎゅっ……!』

私「……」ポカーン

美少女「私、虫って嫌いなんですよねぇ。蛾は特に」

私「……どうして?」

美少女「だって、ブサイクだから」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:41:21.46 ID:O8t46fem0

──大学──

教授「”ヒヨコを粉砕して失われたもの”という生物学上の思考実験があります」

教授「あるところにヒヨコが1羽います。これをヒヨコAと呼びます」

教授「ヒヨコAを試験管に入れペースト状になるまで完全にすり潰します。これをヒヨコBと呼びます」

教授「ヒヨコAとヒヨコBの間で失われたものは何か?」

私「……」

教授「答えは機能。ぴよぴよと鳴くという機能、よちよちと歩くという機能」

教授「つまり、生物をその生物足らしめるのは、生物の持つ組織と組織に紐づく機能であり」

教授「逆に言えば、その機能によって人間は生物を区別するということです」

キンコーンカンコーン
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:42:03.71 ID:O8t46fem0

──大学・帰り道──

ガサッ

私(いつもの帰り道を短縮して裏通りに入ると、薄暗い道脇に老人が1人で座っている)

私(姿格好に見覚えがあった。美少女と一緒にベンチに座っていたあの浮浪者だ)

私(じっと見つめていたせいで客だと勘違いされたのか、浮浪者は段ボール箱を指差して言った)

浮浪者「カラーヒヨコはいらんかね」

私(箱の中で色とりどりのヒヨコが鳴いている)

カラーヒヨコ『ぴよぴよぴよ〜』

私「今どきカラーヒヨコ売りって……」

浮浪者「なんだぁ? 冷やかしかよ。なら用はない。しっし!」

私「……。この裏通り、滅多に人は来ないとはいえ、たまに私みたいなのも迷い込んできますから」

浮浪者「んー?」

私「露天商なら別の場所で開いたほうがいいと思いますよ」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:42:47.67 ID:O8t46fem0

浮浪者「冷やかしの次は説教か。ジジイに老婆心を語るとは」

私「そうじゃなくて、親切心のつもりです。あなたには先生が迷惑をかけたようなので」

浮浪者「先生? ……あー、公園の時の。人の見た目で善悪を判断する差別主義者だ」

私「……」

浮浪者「どういう関係かは知らんが、あういう薄っぺらい男とは早いところ縁を切ったほうが身のためだぞ」

私「老婆心に感謝します。じゃあ、私はこれで」

浮浪者「待て。俺に恩があるということは尚更、お嬢さんにはカラーヒヨコを買う義務があるんじゃないか?」

私「それはできません」

浮浪者「どうして?」

私「……着色されたヒヨコは極端に寿命を減らします。この子たちは、売るためだけに加工されているんです」

私「カラーヒヨコを買うということは、その行為に間接的に加担してしまうため、私は買うことができません」
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:43:27.97 ID:O8t46fem0

浮浪者「なんていうか、教科書みたいな返答だ」

私「よく言われます」

浮浪者「でも、それは間違った教科書だぞ」

私「? それはどういう」

浮浪者「ふふふ……なぜならヒヨコとカラーヒヨコは、全く別の生き物だからだよ」

シーン…

私「言ってる意味がよくわからないんですが」

浮浪者「例えば、蝶と蛾は生物学上は同じ生き物とされている、という話を知っているか?」

私「知っています」
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:44:12.14 ID:O8t46fem0

浮浪者「蝶と蛾はどちらも同じ鱗翅目の昆虫らしい。しかしその分類は、現実に即しているとは全く言い難い」

浮浪者「扱いには誰の目から見ても明かな差があるのだから。蝶は優遇され、蛾は冷遇される──」

浮浪者「美しいものは優遇され、醜い者は排他される。それはつまり、生存に影響を与えている”機能”として働いているということだよ」

私(握りつぶされた蛾のことを思い出した)

浮浪者「生物をその生物足らしめるのは、生物の持つ組織と組織に紐づく機能である」

浮浪者「逆に言えば、その機能によって人間は生物を区別する──そうだろう?」

私「……」

浮浪者「ヒヨコとカラーヒヨコの違いは綺麗な色をしているかどうか。ただそれだけ」

浮浪者「しかしその綺麗な色という違いが、明らかに他のヒヨコと区別され、よく売れている」

浮浪者「つまり機能として働いている」
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:45:13.14 ID:O8t46fem0

浮浪者「だからこいつらはヒヨコなのではなく、カラーヒヨコという別の生き物なんだ」

浮浪者「カラーヒヨコはヒヨコと違って動物愛護法にも登録されていない個体のため、法律にも抵触しない」

浮浪者「お嬢さんに露天商がどうのだと心配される必要もない」

私「……」

浮浪者「反論がないなら俺の勝ちだが?」

私「いつから戦ってたんですか、私たち」

私(私は会釈してその場を去った。無論ヒヨコを買うこともなく)

私(背後からは依然として、ヒヨコの甲高い鳴き声が聞こえてくる)

ピヨピヨ ピヨピヨ…
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:45:52.21 ID:O8t46fem0

──家──

私「すみません。頼まれたもの、帰りに買ってきたんですが……」ガサッ

博士「アイス溶けかけじゃん! 急いで食べないと!」

ペロペロ

私「そうだ。明日なんですけど、先生と出かける予定でして」

博士「またー? 自分だけ美味しいもの食べれてズルいなぁ」

私「そんなこと言われても、先生の方から誘ってくるんですから仕方ないじゃないですか」

博士「断ればいいのに」

私「でも……恩師なので」

博士「10以上も離れた未成年の女子を食事に誘うような人間が恩師ねぇ」

私「マッドサイエンティストが急にまともなこと言わないでください……」
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:46:36.44 ID:O8t46fem0

──夕方・公園──

先生「今日もこちらの愚痴ばかりで申し訳なかったね」

私「いえ。ごちそうさまでした」

先生「公園まで送ろう」

スタスタ

私「……ん」

私(公園のベンチに男女2人が座っている。男の方はあの浮浪者だ)

私(女の方は……誰だろう。ふくよかな体型の未成年(?)で、例の美少女ではなかった)
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:47:20.89 ID:O8t46fem0

先生「……」ジッ

私(あちゃー。また先生の正義漢が発動して)

先生「……でね。そのPTA役員がひどいんだ。教師陣を目の敵にしていて」プイ

私「えっ?」

私(先生は雑談を続けながらベンチを素通りし、その後私と別れた)

私(少し気になったので道を引き返してベンチを見ると、すでに2人の姿はない)

私(代わりに1頭の妖精が、ベンチの銀色の手すりにとまっている)
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:48:07.00 ID:O8t46fem0

妖精『……』

私(妖精の空洞のような瞳と目があった)

私(いや、目があったように私が思っているだけなのだろう。妖精は何も考えない。虫なのだから)

私(光情報に視覚器官が反応しているだけ。どこかを見つめていてるようで、どこも見てなんかいない)

私「でも、だけど……それでも可愛い」ボソ

妖精『……』

私(妖精には髪があり、四肢があり、顔がある)

私(顔は個体によって差はあれど、どれも人間にとって淡麗で美しい感じる造形をしている)

私(妖精と言って想像するような容姿。そういう風に作ったと、博士は言っていた)

私「……。…………」

私(空洞のような瞳に吸い込まれるようにして、私は妖精に顔を近づけた──)
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:48:52.09 ID:O8t46fem0

シューッ!

私「ゔっ!!?」バッ

私(手で口を覆い、尻餅をついて後ろにのけぞる)

妖精『もぞもぞもぞ……ぱたん』

私(吹き付けられたスプレーによって、妖精はもがいた後動かなくなった)

美少女「効き目いいですねぇ。高かっただけあります」

私「……」ポカーン

美少女「気をつけてくださいね、お姉さん」

私(初めて出会った時と同じく、上品な笑顔で美少女ははにかんだ)

美少女「そして決して忘れないでください。あれがただの虫ケラだってことを」

美少女「所詮は紛い物。”本物じゃない”ってことを」
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:49:33.27 ID:O8t46fem0

──家──

テレビ『水平思考クイズのお時間です』

テレビ『とある動物園がウサギを意図的に逃がしました。それはどうして?』

私「……」

博士「……」モグモグ

テレビ『答えは、”ライオンが逃げ出したことを悟られないようにするため”でした〜』

テレビ『この問題に正解できた人はIQ200。さ〜て続いての問題は?』

私「……番組変えましょうか」

博士「そうだね」
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:50:25.79 ID:O8t46fem0

──大学──

私「……あ」

私(講義のため教室の適当な席に座ると、前の座席に見覚えのある女の子がいた)

私(数日前に浮浪者と一緒にいた、ふくよかな体格の女子だ)

私「……同級生だったんだ。知らなかった」

同級生A「?」クル

私「あ、いえ。なんでも……」

私(同級生は舌打ちをして前を向き、手元にあるパソコンに向かって何やら打ち始めた)

私(私の悪口でも書かれているんじゃないかと、つい気になって画面を覗いてみると)

私(『妖精解剖_Part64』と書かれたビデオファイル名が見えてしまった)
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:51:04.59 ID:O8t46fem0

タダイマー

私「あれ。博士がテレビを消してるなんて珍しい。テレビっ子なのに」

博士「今日は書類の整理に集中したくて」

私「脱走の時背負っていたリュックに詰め込まれてたやつですね。……デザイナーベビー?」

博士「あ、こら。勝手に見ないでよ」

私「デザイナーベビーって確かあれですよね。遺伝子操作で容姿や知能を好きなようにデザインできるっていう」

博士「詳しいじゃん」

私「生物専攻してるので。博士って、こんなこともやってたんだ」

博士「私っていうか、同じ研究所の別チームがね」
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:51:48.92 ID:O8t46fem0

私「未来ではこういうことも可能になるんですかねぇ」

博士「技術的には既に可能だよ。容姿に限って言えば、ゴーサインさえ出ればいつでもって感じ」

私「へぇ、そうなんですか。……ゴーサインって?」

博士「道徳的な問題。人が神様みたいな真似事をして良いのかっていう」

私「なるほど。博士はそういう制約を嫌いそうです」

博士「そんなことはないよ。デザイナーベビーに関しては、私も慎重派だし」

私「妖精を解き放ったマッドサイエンティストがよく言いますよ」

博士「妖精はほら、ただの虫ケラだから」

私「ひどすぎる……自分で作っておいて……」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:52:36.59 ID:O8t46fem0

博士「研究所の中には当然、デザイナーベビー推進派も大勢いる」

博士「彼らに言わせれば、道徳がどうこうって言う人たちは、根本的な部分で傲慢なんだってさ」

私「傲慢とは?」

博士「デザインされた容姿端麗な人間を、自分たちと同じ生き物だと思っているってことだから」

私「……? 違うって言うんですか?」

博士「生物をその生物足らしめるのは、生物の持つ組織と組織に紐づく機能である」

博士「逆に言えば、その機能によって人間は生物を区別する」

博士「類まれなる容姿が人間社会で”機能”と化すならば、その人は人間とは違う別の生き物なんだ……と」

私「……。…………」

博士「論理の飛躍だよ。ポールワイスの思考実験は生死の状態を生物学的視点から考えるもので、分類学とはまた別物なんだから」

私(珍しく真剣そうな表情をしている、ようにも見えなくもない博士であった)
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:53:17.24 ID:O8t46fem0

──回想──

キンコーンカンコーン

小学生A『1組のあの子、○○君に告られたらしいよー』

小学生B『ちょっと可愛いからって調子乗りすぎでしょ!』

小学生C『げらげら。クラスの女子からもハブられてるみたい』

私『……』グスン

ガラララッ

先生『おや、今日も来たんだね』

私『先生。すみませんお邪魔しちゃって……』

先生『もともと人のいない理科室だ。自由に使ってくれて構わないよ』ニコ
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:54:09.40 ID:O8t46fem0

私『……壁に飾ってある標本。先生の名前が書いてあります』

先生『うん。僕が作ったものなんだ』

私『どれが蝶でどれが蛾ですか?』

先生『どれも蝶でどれも蛾だと言える』

私『……?』

先生『所詮見た目の話だからね。絶対的な区別なんて存在しないんだよ』

私『曖昧なものなんですね』

先生『そう。曖昧で不明瞭で……だけどものすごく重要なことさ』
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:55:01.12 ID:O8t46fem0

私『重要?』

先生『人間の3大欲求という言葉がある』

ミーンミンミン…

先生『食欲、睡眠欲、性欲……非常に有名だけれど、実はこれらの並びには根拠なんてまるでないんだ。単に言葉の収まりがいいだけ』

先生『人間は他にもたくさんの欲求を持っていて、例えば人を支配したがったり、名誉を欲したりする。どれも本能に基づく衝動さ』

私『……』

先生『話が逸れたね。僕が言いたいのは……”美しいものに惹かれるという本能には誰も抗えない”ということだよ』

先生『だからこそ人間は美に取り憑かれ、執着し、時には嫉妬し嫉妬される。……君は今まさにそれを経験しているんだ』

先生『っと、子供に話すことじゃなかったかな。ごめん、今のは忘れてくれていいから』

私『……いいえ。先生のお話面白いです。もっと聞かせてください』

──
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:55:48.06 ID:O8t46fem0

──朝──

私「……」パチ

博士「おはよう、眠そうだね。夢でも見ていたの?」

私「……寝過ごした。もう10時30分だ。今日は2限目があるのに」

イッテキマース

私(例の近道を使うと、道端に依然として浮浪者が座っていた)

浮浪者「やぁ、お嬢さん。本日はお日柄もよく」

私「すみませんが今度にしてくれますか。11時から講義があるんです」チラ

浮浪者「11時なんてもうとっくに過ぎてるよ。その左腕の時計、壊れてるんじゃないか?」

私「え?」

私(時計を見ると、秒針がチカチカと同じ場所で揺れ動いている)
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:56:35.31 ID:O8t46fem0

私「尻餅をついた時から調子悪かったもんなぁ……」

浮浪者「機械なんかに頼るからそうなる。通は太陽の傾き方で判断する」

私「はぁそうですか……とにかく、ありがとうございます。おかげで今日の講義は諦めがつきますね」

浮浪者「お礼なんて。人間社会とはもとより善意を前提としているものだよ」

私「……」ジト

浮浪者「ところで、今日は日差しが強くて熱中症が心配なほどだ」

私「……やっぱりそうきた」

浮浪者「若ければ平気かもしれないが老人には厳しい暑さだ。あれれ、頭がくらくらしてきたぞ?」

私「はいはい。何か買ってきますからそこで休んでいてください」

浮浪者「悪いね。そんなつもりは毛頭なかったんだが。お嬢さんの善意に甘えるとしよう」

私「いいですよ。公園の件のお詫びもまだでしたから」

私(近所にシャーベット屋さんあったのを思い出し、私は踵を翻した)
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:57:16.95 ID:O8t46fem0

──シャーベット屋──

美少女「いらっしゃいませ」ニコ

私「あれ……」

美少女「奇遇ですね。私、ここでアルバイトしているんです」

私「そうなんだ。お疲れさま。……スイカ味のシャーベット1つください。持ち帰りで」

美少女「承知しました。作るのに少し時間がかかるので、あちらで待っていてくれますか?」スッ

私(美少女が指さした、パラソル付きの外出しのテラスに腰を掛けた)

私(日陰から見つめる道路のアスファルトから、揺らめく陽炎が立ち昇っている)

私「暑い……私の分も頼めばよかったかな」

ガリガリガリ…

私(氷を粉砕する音が聞こえる)

私(粉砕。粉砕。粉砕)

私(──ヒヨコを粉砕して失われたもの)
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:57:57.21 ID:O8t46fem0

──

美少女「お待たせしました。こちらご注文のお品物です」スッ

私「ありがとうございます……あれ、シャーベットが2つ入ってますよ」ガサ

美少女「それはサービスです。私個人からお姉さんへの」

私「え……ダメだよ。そんなことしちゃ」

美少女「このぐらい平気です。この店のマスター、私に惚の字ですから」フフフ

私「なおさら受け取れない」

美少女「いいんですって。シャーベットってめちゃくちゃ利益出るんです。1個くらい誤差ですって」

クスクス…

美少女「笑っちゃいますよね。こんなのただの氷なのに。皆バカみたいに高い金払っちゃってさ」

美少女「でも……しょうがないですよね。キラキラでファンシーで、美しいんだから」

美少女「ねぇお姉さん。大事なことって、結局のところそれだけだとは思いませんか?」

私(彼女は音もなく、私に顔を近づけた)
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:58:41.61 ID:O8t46fem0

──チュッ

私(一瞬、何が起きたのか理解できなかった)

私(美少女が私の頬にキスしたのだ)

美少女「くすくす。くすくすくす」

私「……」ポカーン

美少女「シャーベットの”お代”です。これで受け取ってくれますね?」

私(美少女は顔を離して、そのまま後ろを向いて去ってしまった)

私「……。…………」

私(理科室のあのセリフが頭に反芻する)

 先生『”美しいものに惹かれるという本能には誰も抗えない”』

ドキ ドキ ドキ…
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 20:59:26.19 ID:O8t46fem0

──

私「ただいま」

博士「おかえり。ずいぶん早いね。大学は?」

私「間に合わなかったので回れ右して戻ってきました」

博士「それにしては帰りが遅いけど」

私「……お土産です。シャーベット。博士アイス好きでしょう?」ガサッ

博士「お〜すきすき! あれ、君の分は?」

私「いいんです。食べる気分じゃないので」

バタン

博士「それじゃあ遠慮なく。いただきまーす♪」シャク

博士「……ん。あれれれれ?」
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:00:22.22 ID:O8t46fem0

──国会──

野党「いい加減、妖精を妖精だと認められてはいかがでしょう」

与党「何度も申し上げてる通り、あれらは変形した蝶々です」

野党「そうやって言葉遊びでお認めにならないから、”妖精の仕返し事件”が起こってしまったのですよ」

与党「……」

野党「妖精の解剖動画をアップロードしている投稿者を中心に、今までに10数名が行方不明になっています」

野党「被害者の行方も犯人も未だ特定できておらず、巷ではこの事件を虐待された妖精の仕返しだと表現し」

野党「大変な騒ぎになっているのですよ」

与党「……蒸発事件については存じていますが、国会の場で関係のない事件をするのはやめていただきたい」

野党「関係のない!? 今、関係ないっておっしゃりましたね!?」

野党「国が妖精を新しい生き物だと認めないことと、今回の事件とは明かな関連性がある!」

野党「これは、責任問題だッ!」
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:01:24.70 ID:O8t46fem0

──大学──

同級生B「ねぇ。最近あの子見なくない?」

同級生C「あの子って?」

同級生B「ほら、解剖動画の広告収入で億万長者だーって自慢してた子だよ」

同級生C「妖精の仕返しの被害にでもあったんじゃない? いい気味だよ。罪のない生き物を金儲けの道具にして」

同級生B「まあね。最近ヒヨコの解剖動画も上げてたって噂だし」

私「……」

キンコーンカンコーン

──

私「博士はどう思います?」

博士「どうって?」

私「妖精の仕返し事件についてです」
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:02:19.97 ID:O8t46fem0

博士「うーむ。とりあえず妖精が仕返ししたわけではないってことは明らかだ。奴らにそんな知能はないんでね」

私「それは……私にもわかっていますけど」

博士「別に、良い気も悪い気もしてないよ。強いて言えば、被害者については気の毒に思ってる」

私「そうなんですね。妖精って博士が作った生き物だから、内心喜んでいるのかもと思いましたが」

博士「え。どゆこと?」

私「いやだって、自分の研究成果を金策目的に利用してきた人が消えたわけで……」

博士「……?」キョトン

私(あ、だめだ。本気で私が何を言ってるのかわかってないって顔だ)

博士「妖精が大事なら、私は外に逃したりしていないよ?」

私「それは本当にその通りですね」
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:03:10.02 ID:O8t46fem0

博士「でもねぇ。この事件、ちょっと引っかかる部分があって」

私「?」

博士「事件から、妖精に対する深い”愛情”を感じるんだよ」

私「まぁ……仕返しって言われてるぐらいですもんね」

博士「加えて動画投稿者は何も1箇所にいたわけじゃないから、これだけ広範囲の事件を起こせるっていうのは」

博士「相当の権力を持ってる人間の犯行だろうなって。民間人の仕業じゃない」

私「ヤクザとかなんですかねぇ。……それじゃあ私、夕飯の食材を買いに行ってきます」

スタスタ

博士「多分だけど、研究所の誰かによる犯行なんだよなぁ」

私「はい?」クル

博士「そうなると、流石の私も重い腰を上げなくちゃいけない。研究所の元一員として」

博士「もしかしたらお別れの時が近いのかもしれないよ。君には世話になったねぇ」

私(けらけらと笑う博士。いつもの冗談だろう。私はそう思った)
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:03:53.07 ID:O8t46fem0

──

私(買い物の帰り道、美少女を見つけた。見覚えのない人と歩いている)

美少女「1メートル以上離れて歩いてください。いつもそう言ってるでしょう。マスター」

マスター「そんなこと言わないでよ〜。俺とお前の仲じゃないか〜」

美少女「きもい言い方しないでください。今は店長とバイトでしょ」

マスター「あぁもう。怒った顔も可愛いんだ♪」

私「えぇ……」
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:04:42.87 ID:O8t46fem0

美少女「あ、いいところに。助けてくださいっ」タタッ

私(美少女は私に駆け寄って背中にサッと隠れた)

美少女「お姉さん。この人はヤバい人なんです。私を匿ってください」

マスター「この泥棒猫がッ!!」

私「展開が早い」

美少女「私怖いです……お姉さん」ウルウル

私「いや普通に私の方が怖いよ。なんなのあの人」

マスター「おい……ちょっと待て。そこを動くな!!」

私「……?」

マスター「よく見るとお前……すごく可愛い顔をしてるじゃないか!」パアアッ

私「は、はい?」

マスター「お嬢さん可愛いねぇ。何してるの。歳いくつ?」グイグイ
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:05:31.39 ID:O8t46fem0

美少女「よし、今のうちに!」ダッ

私(言うが早いか美少女は掴んだ腕を離し、私を置いて1人で逃げてしまった)

私「は、薄情な……」

マスター「振られちゃったね、俺たち」

私「一緒くたにしないでください。本当なんなんですかあなた」

マスター「俺はこれからあの子とディナーデートの予定だったんだ。席も取ってある。このままだと金と食材を無駄にしてしまう」チラ

私「聞いてないし……」

マスター「ここで会ったのも何かの縁だ。これから一緒に食事でもどうかな?」

私「嫌です」

私(それから何度も何度も断ったのだが、全く引こうとする気配を見せない)

私(このままだと家までついてこられそうな勢いだったので、私は仕方なく、本当に仕方なく了承した)
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:06:11.41 ID:O8t46fem0

──レストラン──

私(ビルの屋上にある夜景の見えるレストランに入店した)

マスター「俺ってピグマリオンコンプレックスなんだよなぁ」

私「え? ビグ……なんですって?」

マスター「ピグコン。日本語で人形偏愛症。意味はご察しの通りだよ」

私「…………」

私(この人は初対面の人間に何を打ち明けてるんだろうか)

マスター「だから身構えなくてもいいんだ。何も取って食おうってわけじゃないから」

私「はぁ」

マスター「ちょっと家に飾りたいなぁとか思ってる程度だから」

私「身の危険しか感じないんですが」
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:07:03.79 ID:O8t46fem0

オマタセシマシター

マスター「コース料理だよ。お嬢さんの口に合うといいけど」

私「高そうな料理。こんなのいただいていいんですか。あの子と食べるつもりだった料理を」

マスター「全然いいよ。断られると思ってたし。それに……お嬢さんみたいな可愛い子とも出会えたしね」スマイル

私「……。いただきます」

モグモグ

私(マスターが一向に食べようとしないので、何事かと思い顔をあげると)

私(スマホを取り出して料理の写真を取っていた)

パシャ パシャ パシャ

マスター「趣味なんだ」

私「そうですか」
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:08:12.91 ID:O8t46fem0

私(何枚か撮るとマスターはスマホをしまい、優雅な作法で食事を始めた)

私(夜景を眺めながら食後のコーヒーを飲む姿は、さっきまでの変態性を忘れてしまいそうなほど気品溢れるものだった)

マスター「2万2000円」

私「え……?」

マスター「今日のコースの代金だよ。2人合わせてじゃなく1人当たりの値段ね」

シーン

私「……払えません。あなた、それが狙いだったんですか」キッ

マスター「違うよ、奢りに決まってるだろ。そういうんじゃなくて、俺が言いたいのは」

マスター「先程の料理は、味だけを考えれば、価格の10分の1がいいところということだよ」

私「はい?」

マスター「それをわかった上で、俺は散財することを厭わない。なぁ、それはなぜだと思う?」
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:09:05.38 ID:O8t46fem0

私「……わかりません」

マスター「美しいからさ。スープのつや。野菜の彩り。肉の赤色。そしてこの夜景」

マスター「だから納得して代金を払っている。俺の全ては美しいものに注がれるのだから」

マスター「金も情熱も、この命すらも……」

私(口元を拭き取った彼のナプキンに、微かに口紅の色が着いている)

私(なぜだろう。私にはそれが血の赤に見えた)

──

私「すみません博士。訳あって帰りが遅くなってしまって」

博士「んー。いいよいいよ」ガチャガチャ

私「ついてこられて万が一にも博士がいるって通報されたらまずいと思い……ってそれなんです?」
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/12/24(金) 21:10:01.47 ID:O8t46fem0

博士「パーツを組み立てているの」

私「パーツって、何の?」

博士「ガンプラ」

私「はぁ。ガンプラの部品にネジなんてありましたっけ?」

博士「あるよ」

プルルルル

博士「電話取りなよ」

私「あ、はい。もしもし」ピッ

私「先生? 明日ですか? はい、大丈夫ですけど……」
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