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カルネアデス・プリズム(名探偵コナン×竜とそばかすの姫)
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1 :
暗黒史作者
◆FPyFXa6O.Q
[saga]:2021/11/10(水) 19:29:08.39 ID:mpYq59rk0
スレタイ通りのクロスオーバー二次創作です。
両方観てる前提の内容になります。
「周辺作品」も絡むかも知れません。
R、ではないと思いますが、事件的にきつい描写があります。
味付け苦め、かも知れません。
しっかりオリキャラ入ります。
二次創作的アレンジ、と言う名のご都合主義、独自解釈、読解力不足
等々も散見される予感の下ではありますが。
それでは、スタートです
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1636540148
2 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/10(水) 19:34:00.54 ID:mpYq59rk0
==============================
× ×
「敢ちゃん」
大和敢助は、上原由衣が運転する乗用車の後部座席でその声を聞く。
その間に由衣はハンドルを切って
幸い無人だった歩道に車を突っ込ませてハザードを点灯させた。
「長野県上田市、国道イチヨンサン号、俺の目の前で衝突事故。
俺は長野本部捜査一課の大和敢助警部だ。
ライトバンが急病を思わせる異常な進路変更を行って
反対車線の幼稚園バスに衝突………やばいっ!」
スマホに集中していた大和が更なる異変を感じて顔を上げる。
「衝突されて一度停止したバスが暴走、
近くを走行していたワンボックスカーが避けきれず衝突した。
現場への車の出入りを止めて、
PC(パトロールカー)と救急車の手配を頼む」
車を出た二人は、由衣が駆け出している間に
大和は前方を睨みつけながら110番通報を行っていた。
この時、長野県警捜査一課の大和敢助警部とその部下の上原由衣は、
長野県内各地で発生していた連続強盗事件の捜査本部に所属していた。
事件自体は被疑者が逮捕され、将来的な有罪も確実視されていたが、
諸般の事情で供述に基づく裏付け捜査と挨拶回りが多々必要な事となり、
二人はその一環として上田市内の関係先を訪問した帰りだった。
現場は片側二車線。由衣は北に向けて左車線で車を走らせていたが、
前方を南向きに走っていた左車線の営業車ライトバンが
猛スピードで反対車線に斜め走行を始めたために
とっさに避難した直後に事故以外の何物でも無い轟音を聞いていた。
大和が一番手近なライトバンに近づくと、
由衣が運転席の窓を掌で叩きながら叫んでいた。
3 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/10(水) 19:36:56.92 ID:mpYq59rk0
「ロックされてるか?」
「はい」
由衣は言うが速いか、特殊警棒を振り出して助手席側に回った。
その間に、後続車だったタクシーが停車して
中から若い女性と運転手が駆け寄って来る。
由衣が特殊警棒の底を窓に叩き付け、割れた窓から助手席のロックを外した。
由衣はそのまま助手席に入り、運転席のロックも解除する。
タクシー客の女性がライトバンの運転席を開けるのを見て、
由衣はちょっと首を傾げる。
恐らく捜査資料だった筈だがどの顔写真だっただろうかと。
「もしもし、大丈夫ですか?」
運転席に体を入れた女性は、突っ伏した運転手の肩を叩きながら声を掛け、
服に掌を入れて胸、腹を触る。
「運転手さん、救急車を呼んで下さい。ライトバン三十代男性、
口は動いても、胸に触っても動きが感じられないと」
「分かりました」
「もしかして警察の方ですか?」
「ああ、そうだ」
「だったら………」
シートにスマホが置かれた運転席から、二つの公共施設の名前が聞こえた。
「こちらに協力の要請、出来ませんか?」
「何をだ?」
4 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/10(水) 19:38:35.64 ID:mpYq59rk0
「AEDです。ここから運べば救急車よりも早く着くかも知れません。
一刻を争います」
「分かった、パトカーを向けられないか確認してみる。
上原は先にバスに行っててくれ」
「お願いします」
「分かりました」
タクシー運転手が走り去り、大和がスマホを操作する。
「医療関係者ですか?」
「いえ、家政婦です」
運転手を引っ張り出していた女性は、
背後から聞こえた大和の問いに答えながらその仕事の事を考える。
本来東京で働いていたのだが、
その、良くして貰っている派遣先から是非にと頼まれ、
追加料金と派遣元の許可を得て
こちらの別宅でのホームパーティーの手伝いを依頼されていた。
その中での、追加の買い物から
タクシーで戻ると言う豪気な仕事の最中だったのだが、
こうなってはなるべく早く連絡を入れて
後はなる様にしかならない、と腹をくくっていた。
5 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/10(水) 19:42:57.74 ID:mpYq59rk0
「大和班長」
サイレンが聞こえ始める中、地面での心肺蘇生を背に見ながら
スマホをしまってバスに近づく大和に駆け寄って来る者がいた。
「陣内か」
駆け寄って来たのは制服警察官二人、
大和に声を掛けた陣内巡査部長とその部下の巡査達。
陣内は近くの交番に主任として勤務しているが、
地元に精通し熱心な職務で信望を得ている様は
若き顔役の片鱗と言える程で、一課の大和も一目置いていた。
「自邏隊が先着して交通整理や報告を始めています」
陣内が言い、異常な蛇行運転を見せた幼稚園バスの横っ腹に
目の前の進路を塞がれたワンボックスカーが突き刺さった現場に向かう。
ワンボックスカーの運転席からサラリーマン風の男がよろよろと出て来た。
「おい、大丈夫か?」
「息、出来ないぐらい痛い、いだだっ」
警察手帳を見せる大和に、男が苦しそうに堪える。
大和が男の胸に軽く触れると悲鳴を上げた。
「肋骨みたいだな。無理に動くと内臓を傷つけかねない。
ゆっくり歩道に避難出来るか?」
敢助の言葉に頷いたサラリーマンが巡査の肩を借りて移動する。
「非常コックを探して下さい」
「あった」
バスの背面で由衣が言い、コックを見つけた陣内と共に背面非常口を開けた。
それと共に、数人の園児が泣きながらバスを飛び出す。
すれ違いにバスに入った由衣は、
思い出した様に次々と始まる号泣にたじろぎそうになる。
それは陣内も違うとは言えなかったが、
それでも彼の方が耐性がありそうで、二人で宥めながら先に進む。
6 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/10(水) 19:45:47.66 ID:mpYq59rk0
「大丈夫ですかっ?」
由衣が、頭から血を流し
通路で椅子の縁にもたれて脱力していた若い女性に声をかけた。
「は、はい。私より子どもたち、園長を」
「おい、大丈夫かおいっ?」
若い女性が言い、陣内が先に園長らしき運転席の男性に声を掛けていた。
「これ、急ぐわね。運び出します。
リモコン台(警察署無線室)から消防に連絡お願いします」
意識の無い園長の状態を確認した由衣が言い、
陣内が携帯無線で交信を行う。
「大丈夫よ、大丈夫だからぶつからない様にあそこから外に出るの」
子どもの群れの後に若い女性がふらふらとバスから表に出るのと、
由衣と陣内が二人がかりで
体格のいい園長に肩を貸す形で降りて来たのはおよそ同じタイミングだった。
「よーし、あっちで待ってような。大丈夫ですかっ?」
由衣が園長の心肺蘇生を開始する一方で陣内が園児を歩道に促し、
バスを出た教師らしき女性を支える。
「子ども、まだ中に………」
「血、止めるか。目ぇ見えてねぇや
ちょっと聞くが持病とか無いな?」
額からだらだら垂れ流しの傷口に少し目を細め、
ゆっくり座らせながら陣内がハンカチで応急処置をする。
「行かないと………」
「ちょっと待て」
女性教師の瞼を開いた大和が言う。
7 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/10(水) 19:47:15.60 ID:mpYq59rk0
「ちょっと、万歳してみてくれ、両腕だ」
「はい」
「腕、痛むか?」
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫じゃねぇよ」
陣内がぽつりと言う。
「ゆっくり立って」
大和に言われ、立ち上がろうとした女性は即座に陣内に支えられる。
「散瞳と麻痺が左右逆に出てる、中の出血を疑うべきだ。
報告しつつ彼女を安全な場所に」
大和が指で自分の頭を突々きながら指示を出す。
「あっちに。こっち側は動きますか?」
「………おいっ!」
無線に報告しながら女性を支えて移動する陣内とすれ違い、
何者かが矢の様な勢いでバスの非常口に駆け込んだ。
「みんな、大丈夫よ。あそこから表に出るの」
大和がその後を追って非常口に差し掛かると、
中では一人の女性が中の園児に声を掛け、
複数の園児が非常口に押し寄せる。
8 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/10(水) 19:49:47.92 ID:mpYq59rk0
「この子をお願い、脚を痛めてる」
「お、おう、もう大丈夫だ」
しゃくり上げながら女性に抱え上げられた園児が一旦非常口に降ろされ、
大和に声を掛けられてそちらに向けて顔を上げたその園児は
火が付いた様に泣き出した。
「よーし、よしよし、元気だ。ここにつかまれ。
あんたも早く出るんだ」
大和は、なんとかかんとか園児を脇に抱える様に外へと移動する。
そうしながら、中の女性を気に掛ける。
三十、或いは四十代の、痩せた体つきの何処か慌ただしい女性だった。
「1、2、3、4、5、6、7………」
「交代だっ! あなたは避難してっ!!」
大和と入れ違う様に非常口からバスに入った陣内は、
床に寝かせた園児を心肺蘇生している女性を発見していた。
その時、「逃げろ」、「避難しろ」と言う叫び、絶叫が一際高く聞こえた。
「ちっくしょう………」
ほんの何秒かの後、立ち上がった陣内は周囲の状況を確認する。
取り敢えずバスは横転しており、
洒落にならない臭気と熱気が今でも伝わって来る。
「おい、大丈夫かっ!?」
窓の上に立つ形となった陣内は、椅子の背もたれを避けて探索する。
そして、窓であった床に倒れる先程の女性の背中を見つけ、
その女性と女性に抱き締められた園児の取り敢えずの生存を確認した。
9 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/10(水) 19:51:56.85 ID:mpYq59rk0
「急がないと本気でヤバイぞ」
「はい。動ける?」
「痛い、痛い痛い」
女性に声を掛けられた男児が、荒い息を吐いて蹲った。
「痛いのか? 立てないのか?」
陣内の問いに園児は立ち上がろうとするが、すぐに体をくの字に折った。
「この子をお願いします」
「分かった、あんたも急げよ」
「はい」
園児を横抱きに運びながら、後ろに視線を向けて陣内は息を飲む。
後ろを進む女性は、頭からも指先からも血を滴らせ、
天井だった壁に手を着きながら懸命に進んでいる。
陣内は大急ぎでバスの外に出て、
到着していた救急隊に園児を託して振り返る。
「危ないっ!!」
バスの非常口に飛び込もうとした陣内に、
炎上するワンボックスカーからの火線を見た部下が飛び付いた。
ーーーーーーーー
上田市内の救急病院観察室で、上原由衣は大和敢助と再会していた。
「敢………大和警部、こちらだったんですね」
「ああ、バスの爆発で吹っ飛ばされたからな。
こぶが出来た程度で中身は異常は無かった。
で、結局どうなった?」
「死者一名、それ以外は命に別状ありません。
ライトバンの運転手の診断は心筋梗塞、
午前中から腹部の違和感があったそうです」
10 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/10(水) 19:55:30.89 ID:mpYq59rk0
「放散痛か」
「恐らく。只、胃炎の持病もあったため薬を飲んで済ませていた所、
運転中に急激に悪化して意識を喪失したと。
バスの運転手はライトバンの衝突後少しの間覚醒していた様ですが、
恐らくその時点で硬膜外を含む内出血の多発外傷で
正常な判断が出来る状況ではなかっただろうと。
第一の衝突でバスの中が半ばパニックとなり、
既に重傷を負っていた園長と幼稚園教諭が混乱の中で
結果として中途半端な運転操作を行って被害が拡大した様だと」
「誰も責められない、って奴か」
「バスの中で亡くなった女性は、
バス転倒時の外傷で動けなくなり、そのまま爆発に巻き込まれて焼死、
正確には一酸化炭素中毒が死因になったものと」
「分かった」
「………今日一日は検査入院。赤馬の呼吸器系は後から来る事もあるから、
くれぐれも無理に出て来る様な真似はするな、と、上からもきついお達しよ」
「………ああ、分かったよ」
ーーーーーーーー
この日の勤務を終えた陣内巡査部長は、線香をあげた仏間に座り込んでいた。
「六分、七分の勝ちを以てよしとする、か。
又、三分に当たっちまったよ。ばあちゃん」
11 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/10(水) 20:00:07.17 ID:mpYq59rk0
× ×
その日の夕方過ぎ、
東京都米花町内の喫茶店「ポアロ」には、黒ずくめの女が訪れていた。
「おすすめは?」
「グラタンは如何でしょう。
鰈のいいのが入りましたよ」
「あー、いいわね。いただくわ。
後、オレンジジュースも」
「かしこまりました」
「ポアロ」の働き者安室透が、栗山緑からオーダーを取って調理を開始する。
「ご愁傷様です」
「うん」
ウエイトレス榎本梓がちょっと奥から戻って来て、
先程安室からも聞いた梓の挨拶に緑が頷いた。
「お待たせいたしました」
「これこれ♪」
焼きあがったグラタンが希望通りドリンクと共に用意され、
相好を崩した緑が早速取り掛かった。
「BAD END」
「おや」
グラタンを半分ほど腹に収めて呟いた緑の言葉に、
安室がカウンターから反応した。
12 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/10(水) 20:01:39.68 ID:mpYq59rk0
「ああ、グラタンはいつも通り美味しいわよ。
仕事柄、詳しい事は言えないんだけどね。
先生も私も随分手を尽くした仕事で結果がBAD END。
しかも、理由が全然関係ない只々ありふれたハードラック。
それでぷっつり終わりなんだからやり切れない」
「お疲れ様です」
「うん」
安室の労いに緑が返答し、緑は食事に戻る。
「御馳走様」
手を合わせた緑が、カウンターに紙袋を置く。
「お土産。今度これで何か作ってもらおうかしら。
文字通り馬力がつく奴」
緑の言葉に、紙袋を持ち上げた安室が中身を取り出す。
「生食用ですか」
「ええ」
「明日来ていただけるなら、タルタルステーキ等どうでしょう?」
「いいわね。明日のランチにそれお願い。今夜はこれから一仕事」
「これからですか?」
緑の言葉に梓が聞き返す。
13 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/10(水) 20:03:28.94 ID:mpYq59rk0
「ええ、資料の整理をね。
只でさえ気が重い事件で気が重い終わり方だったのに、
だからこそ、今回は貴重な案件だから
うん十年後に回顧録が書ける様に記録しておくって先生がね。
もちろん表に出す時は分からない様に脚色する事になるけど、
早い内に記録は整理しておくって」
「特に記憶は変わってしまいますからね」
「そういう事」
安室の言葉に緑が答える。
「だから今夜は家でもお茶漬けね」
「柴漬けですか?」
「残念、野沢菜よ。
御馳走様、今日も美味しかった」
==============================
今回はここまでです
>>1-1000
続きは折を見て。
14 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/11(木) 02:42:21.85 ID:bhK3+YVq0
それでは今回の投下、入ります。
==============================
>>13
× ×
「哀ちゃん?」
休日の西多摩駅前でバスに乗ろうとしていた鈴木園子は、
停留所の先客に気付いて接近した。
「こんにちは」
園子の挨拶に、灰原哀がぺこりと頭を下げる。
「一人?」
「ええ」
「珍しいわね。何時もの子達は?」
「あの子達は博士と一緒に仮面ヤイバーショー。
私はこっちの方が良かったから」
「って事は、やっぱり目的地同じって事?」
「多分、そういう事になるわね」
「へぇー、哀ちゃんにそんなアウトドアな趣味がねぇ」
「あら、時々キャンプなんかにお付き合いさせてもらってるわ。
もっとも、今回は江戸川君に聞いてちょっと興味が湧いただけだけど」
15 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/11(木) 02:46:33.16 ID:bhK3+YVq0
「ふうん。じゃあガキンチョと一緒で良かったんじゃない?
哀ちゃんならついでに一人ぐらい乗せてくれたでしょう」
「別に、電車とバスで来られる場所だから
そこまでしてもらう事でもないわ」
「ふうん」
何処か意味ありげな園子に、哀はちょっとじとっとした視線を向ける。
そして、園子は、後々の事を考えて
「蘭ねーちゃん」と言ってみたい衝動を懸命に堪えていた。
そのまま、到着したバスに乗り込む二人だったが、
車内では特に言葉を交わす事も無い。
目的の停留所で降車た二人は、山々を背景にした町並みの道を歩き出す。
途中、軽くクラクションが鳴らされ、
二人がそちらを見ると、アルテシアに跨って二本指を立てたライダーが
ヘルメットの下の口をにっと笑わせるのが見えた。
ーーーーーーーー
「こんにちは哀ちゃん」
「こんにちは」
野外駐車場の入口で、目線を合わせて挨拶する毛利蘭に
灰原哀は小さく挨拶を返す。
「よっ」
軽く声を掛けるコナンに、哀が一見ちょっと面倒くさそうに手を挙げる。
「やあー、哀ちゃん」
「こんにちは」
両腕を広げて実ににこやかに声を掛けて来た世良真純に
さくっと挨拶してするりと向きを変える灰原哀であった。
16 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/11(木) 02:48:39.90 ID:bhK3+YVq0
「じゃあ、俺は仕事して来っからよ」
「うん」
毛利小五郎と蘭が言葉を交わす。
かくして、防犯アドバイザー兼地域番組ゲストとして
招待されていた小五郎と一旦別れ、
園子を含む一行は近くの河川敷へと出発した。
ーーーーーーーー
「メイプルリバー杯、高校生の部」
土手から河川敷を眺めながら園子が口に出す。
河川敷では、係員や見るからに
ウォータースポーツな人達が行き来していた。
「比較的新しい大会だけど、学生カヌーの世界ではなかなかの顔になってるわ」
園子が言った。
「確か、日本全国をブロック分けして
一ブロックから一校乃至二校、だったかしら?」
「へえー、よく知ってるねー哀ちゃん」
哀の言葉に真純が反応し、哀は小さく頭を下げて視線を逸らす。
「なかなか、見応えがありそうだね」
「うん、カヌーもそうなんだけど」
真純の言葉に、園子が含みを残して一同が歩き出す。
「あっちが応援エリア。事前登録したメンバーで
各校少人数の応援パフォーマンスが認められてるんだけど」
言いながら、園子は係員や学生が点在している河川敷のエリアを見回す。
「ちょっと早かったかな」
蘭が言い、スマホを操作し始めた。
17 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/11(木) 02:50:45.65 ID:bhK3+YVq0
ーーーーーーーー
「あちらに見えますのがー、
西多摩市北部住民センターでございまーす」
何か思う所があったのか、道路に戻り暫く歩いていた一行の先頭で、
鈴木園子は開き直ったかの様に前方に見える建物を案内した。
「に、してはちょっとお洒落だね。ロッジみたいだ」
半ば林に埋もれる様に見える瀟洒な建物に、真純が感想を漏らす。
「元々のセンターが最終的に今の基準での利用が無理って事になって、
経営難になった地元企業から丁度いい物件を買い取ったって事よ。
本館がセンターで、別館のレストランは縮小して
食堂売店その他として第三セクターで運営してるって」
開いた門扉から敷地内に入り、
建物に向かう道すがら真純の言葉に園子が説明を加える。
それを聞いていた真純は、すっと制動の仕草で掌を差し出すと
丸で猫の様な足取りですすすっと動き出した。
真純が一挙に立木への距離を詰めた、と、思った時には、
立木の陰から飛び出した者が、
とん、と、真純に黒ズボンの腿を軽く蹴られて飛びのいていた。
次の瞬間、黒い塊が真純に急接近する。
「学生服?」
哀が呟いた通り、黒は学ランの上下だった。
ごうっ、と、真純と学ランが一迅の風の如く動き、
白いTシャツの上に袖だけ通された黒い詰襟の裾と
その上で額に占められた白鉢巻きの緒が翻る。
構え直した真純は、舞い上がっていた自分の帽子を左手でキャッチした。
18 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/11(木) 02:52:38.44 ID:bhK3+YVq0
「空手だね、蘭君の知り合いかい?」
「まあね、ちょっと驚かせてやろうって思ったんだけど、
僕の方が驚いたかな? 少し会わない間に
バリツ使いからブルース・リーに乗り換えたのかな毛利君?」
「ボクが蘭君の? それは光栄だね。
確かに、蘭君はウィザード級の絶対的完全犯罪スペシャリストを
向こうに回してでも逢瀬を楽しむに値するぐらいには魅力的だからね。
だけど、郵便受けに人形が踊って、空気孔からロープが這い出た部屋の暖炉に
呪いの附木を放り込まれてから誤解でした、なんて喜劇は御免被るよ」
「ちょっと、世良ちゃんっ」
(お゛いー、俺をなんだと思ってんだよ)
園子が肩を震わせる横で、蘭が声を上げる。
一瞬真純から視線を向けられ、哀の意味ありげな笑みを横目に
心の中でコナンは独り言ちる。
「戯言だよ。大体、僕の知る限り
恋をするなら相手は男性の筈だからね毛利君は」
「ミチルくんっ」
アハハハと快活に笑ってから続けた学ランに、
蘭が立て続けの突っ込みを走らせる。
「初対面?」
「聡いんだよ、あいつは」
哀の密やかな問いに、コナンが何処か苦い口調で密やかに応じる。
「で、改めてこちらの伊達女、君達の知り合いかい?」
「でしょう、イケメン女の揃い踏みじゃない。
ええ、私達の友達で港南高校のういしみちる君よ」
19 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/11(木) 02:54:56.08 ID:bhK3+YVq0
真純の問いに園子が答えた。
確かに、160センチを過ぎた辺りかと言う、およその所は中肉中背。
さっぱりショートカットした艶やかな黒髪に
やや童顔で黒目がちの整った顔立ちは美少女寄りの美少年を思わせる。
癖っ毛でやんちゃっぽさが先に立つ真純とも好対照とも言えたが、
逆に、ミチルの方はほっぺの絆創膏が玉に瑕だった。
「世良真純、最近帝丹高校に転校した蘭君、園子君のクラスメイトだ」
真純が名乗りを上げ、右手を差し出す。
「改めまして、ういしみちるです、よろしく」
一度左手のスマホに「初士路留」と表示してから、路留は真純の手を取った。
「港南高校か」
「うん、ミチル君がこっちに来るって聞いてたから
合流しようって連絡取り合って」
真純の言葉に、スマホを掲げた蘭が答えた。
それを聞き、真純がすっと路留との距離を縮める。
「………念のため聞くけど、君は女性って事でいい?」
「港南高校応援団客分、僕が口癖でミチル君が渾名の女の子。
初士路留をどうぞよろしく」
ごく小さな声で尋ねる真純に、路留がにっこり笑って
bow and scrapeで応じた。
20 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/11(木) 02:56:32.39 ID:bhK3+YVq0
「そ、ミチル君は蘭のライバルだからね。
港南高校女子空手部のエースで応援団の花形。
渾名がミチル君で十人に一人はミチル様。
港南の王子様とは彼女の事よ」
園子が、何故かオーホホホと高笑いでもしそうな勢いで簡潔に説明してくれた。
「そうそう、甲子園でも格好良かったんだから」
「ああ、聞いたよ。あの時は大変だったね」
(ああー、大変だったよ。
流石にオメーの晴れ姿迄は気が回らなかったな)
それに続けて蘭と路留が言葉を交わすのを見て、コナンが思い返す。
「ふぅーん、そのこれは武勇伝?」
「どっちかと言うと青春の痕跡かな?
うん、只のニキビ、後始末に失敗してね」
指で頬を掻く真純に路留は苦笑して答える。
21 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/11(木) 02:58:01.41 ID:bhK3+YVq0
「王子様、ねぇ」
「ん? ………うげっ」
真純の視線を追って、園子がたじろいだ。
「ちょっとそれ、
前会った時は世良ちゃんよりちょいマシぐらいだったじゃない」
「何気に失礼だな、園子君は。
ボクらでついついネタにしてるものだから、
失礼したの、ボクから謝るよ」
「んー、まあ、そうなんだよね。
鈴木君とは都大会でもご無沙汰だったっけ。
ここ何カ月かで急に大きくなったからね、
空手にも学ランにもバランスが悪くて正直困る」
「だよね」
軽く嘆息する路留に、蘭が応じた。
「やっぱり大変だよね、そんなに急だと特に。
下着とか用意出来てる?」
「まあ、なんとかなってるよ」
「困ってるなら言いなさいよ。
可愛いのでもスポーティーのでも勝負下着でも、
何カップのでも買える様に用意するから」
「アハハ、鈴木君は頼りになるね。ところで………」
(い゛っ………)
すっと足を動かし、
一旦真正面からコナンを見下ろす路留にコナンがたじろいだ。
そして、コナンの真ん前で片膝空気椅子とでも言うべき体勢になって
すっと目を細める路留を前に、コナンの後ろ足がずずずと後退し
つつつーっと汗の伝う顔はつつーっと横を向いていた。
22 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/11(木) 03:00:03.59 ID:bhK3+YVq0
「マイクロフトだったかな、毛利君の想い人は?」
「ミチルくんっ!」
「ボク、新一兄ちゃんの親戚だからー」
「ほおー」
つ、つ、つ、と顔の向きを正面に戻したコナンは、
にっこり笑う澄んだ瞳を見て、洪水の汗をイメージしていた。
「今の判じ物を即座に理解出来るんだ。
それなら流石、彼の血筋と言った所だね。
お子様に口が軽かったのは毛利君と言う事かな?」
「もうぅーっ、この子は江戸川コナン君、
新一のお母さんの親戚で、今は私の家で預かってるの」
「江戸川コナンです」
「ふぅーん、随分可愛い声だね。
僕は初士路留、工藤新一君とも、まあ、顔見知りなのかな」
(ああー、知ってるよ)
コナンは心の中で毒づいていた。
「そうか、工藤君の親戚か。
このちびっこで見事な切り返し。と、すると」
立ち上がった路留は、コナンに背を向けてちょっと上を向く。
23 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/11(木) 03:02:07.73 ID:bhK3+YVq0
「君の正体は、さしずめ謎の秘密結社に改造手術を受けて小さくなった
平成のシャーロック・ホームズと言った所かな?」
「そうなんだ。ボクの正体は
改造手術を受けて変身能力を身に着けた仮面ヤイバーなんだー。
ワァーッハッハッハッ」
両腕を斜め上に向けて高笑いするコナンの前で
振り返った路留はくくくっと笑い、
年下の男をうまくだましてケッコンしたおばさんやら
名○偵○シンなるキャラクターやらが出没するアニメであれば
ぽわーんと大汗が浮かぶ様な微妙な空気が漂う。
「ハハハッ、そっか、仮面ヤイバーか。
それは頼もしい事だね。
仲良しの工藤新一君にもよろしく、リトル・ホームズ」
からから笑った路留が腰を屈めて右手を差し出し、
コナンがそれを握ってからちょっとその場を離れる。
24 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/11(木) 03:04:28.40 ID:bhK3+YVq0
「………灰原」
「言っておくけどブスとか鴆毒とか
ソクラテスニンジンとかの処方はやってないから
スコップでも枕でも自分で用意してちょうだい」
「ああ、俺は旅に出る。探さないでくれ」
「大丈夫よ、あの子達にはちゃんと説明しておいてあげるから
新キャライケメングラマーお姉ちゃんに迫られて
蘭姉ちゃんの眼前で見せた江戸川君の勇姿をmovieで見せたら
説得力十分でしょう。まあ、仮面ヤイバーを
無断独占した事に就いては追及必至でしょうけど」
「フサエブランド新作」
「オーケー。本当にどうしたのよ? らしくないわね。
何か余計なものに目を奪われて思考を狂わされたのかしら?」
「バーロ。言っただろ、あいつは聡いんだ。
君は黒ずくめの男に毒薬を飲まされて体が縮んでしまった工藤新一だろう、
って言い出したって驚かねーよ」
「そこは驚いてよ」
哀の返答を聞きながらコナンは嘆息した。
工藤新一は、初士路留が苦手だった。
路留は体育会系の見た目と実力の一方で相当な読書家で、
毛利蘭と工藤新一がそれぞれ得意分野で一目置く程に観と勘に優れている。
友達の友達として時々顔を合わせていた工藤新一から見て、
深く付き合えば面白い友人になりそうな魅力的な人物である事は否定しなくとも、
当面の所は、工藤新一流のキザをふわりと交わされる
苦手が先に立つ、そんな相手だった。
25 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/11(木) 03:07:25.49 ID:bhK3+YVq0
「お疲れ様」
目の前の哀が目を見張った、と、思った時には、
コナンはほぼ真横から頬の触れ合いそうな距離で路留の声を聞いていた。
思わず「ひっ」と声を出して
後退しようとしたコナンの背中がぼんっと跳ね返される。
「可愛いお子様、って言うのも大変だね」
それだけ言ってコナンの後ろで立ち上がった路留は、
ひらひら手を振ってその場を離れる。
「あれれー、気に入られちゃったかなー」
それを見て、腰を抜かしていたコナンに声を掛けて来たのは園子だった。
「あの子、あれで苦労人だからねー。
ガキンチョみたいにみょーに賢い子見ると、気になっちゃうのかなー」
(知ってるよ)
==============================
今回はここまでです
>>14-1000
なんか、この時点で既に世良ママと釣り好きの社長の合わせ技みたいな
オリキャラさんの登場になりました
続きは折を見て。
26 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/14(日) 02:00:41.16 ID:5h8GnX5I0
それでは今回の投下、入ります。
==============================
>>25
ーーーーーーーー
「ちょっと待って、忘れ物」
一度は住民センターから応援会場に移動しようとしていた
初士路留が方向を変えてセンターの中に移動し、
コナン達もその後をついて移動していた。
路留はちょっとロビーを見回し、通路がある方向へすたすたと移動すると、
自動販売機で買い物を始める。
ミネラルウォーターを購入した路留の周囲に
他の面々と一緒になんとなく付き合っていたコナンだったが、
集団の中で何人かが怪訝な顔をし、
それ以外の者はぴりっと鋭い雰囲気に包まれた。
「蘭姉ちゃん、おじさんに報せてっ!」
「分かった」
まず世良真純が先頭に立って階段を駆け上がり、
蘭に向けて叫んだコナンがその後に続いた。
ーーーーーーーー
「なんだ、仕事中………」
住民センター一階事務室の応接セットで、
スマホの電話を受けた小五郎が応答する。
「ん? ああ、分かった。危ない事するんじゃねぇぞ」
電話を切った小五郎が目の前の職員を見る。
「今、この建物で花火等を使う予定はありましたか?」
27 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/14(日) 02:03:04.31 ID:5h8GnX5I0
ーーーーーーーー
「ねえ、ここ応援生徒の控室があるんだよねっ?」
立て続けの乾いた爆発音を追って二階に上ったコナンが、
並走する路留に尋ねた。
「そうだよ、実行委員会で僕らのために
二階と三階の部屋を借りてくれてるんだ」
世良を先頭にコナン達が到着したのは、
階段もある二階エレベーターホールだった。
(悲鳴!?)
それは、ここにいる全員に聞こえたであろう明らかな悲鳴。
女性の悲鳴、それも、些か場慣れしたコナンにも
強烈な負の感情が伝わって来ていた。
ダッ、と、駆け出した路留がエレベーターホールを出る。
そこから左右に廊下が展開している。
路留は、すっ、と息を吸った。
「何かありましたかっ!?」
(右側!!)
路留が叫び、耳を澄ませたコナンは言葉にならない声を察知する。
「もしもし、大丈夫ですかっ!?」
部屋に見当を付けた真純が、
「研修室」のプレートがついたドアをノックする。
「ねえ、ミチル姉ちゃん。本当はここに学校名が張ってあったの?」
「ああ、見ての通りさ………これは、血か?」
ミチルが、すぐそばにある床設置式看板と、そのもう少し先にある、
同じ規格の「港南高等学校」の張り紙がされた看板を見比べて言う。
こちらのドアの前にある看板には、張り紙が無い一方で
コナンであれば路留の呟きがその通りだろうと言う事が理解出来る
微かに擦り付けた様な赤黒い痕跡があった。
28 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/14(日) 02:04:50.69 ID:5h8GnX5I0
「やだ、やだ、たす、やだ………」
「踏み込もう!」
「そっちかっ!!」
中からの声を把握したコナンが提案した時に、
職員を連れてエレベーターホールを出た小五郎の声が聞こえた。
「女の人の悲鳴が聞こえた、ここから助けを求めてる」
「今行くっ」
コナンの声に小五郎が応じた。
「センターの者です、何かありましたか? 開けますよ」
職員がもう一度ノックをしてドアノブを回した。
ーーーーーーーー
控室として使われている研修室に踏み込み、一同は足を止める。
一同の前では、研修用に長机が並ぶスペースと出入り口との間に
少女が一人座り込んでいた。
ここにいた職員の視覚情報からの第一情報を述べるならば、
それは長い黒髪の高校生ぐらいの少女で、
一見して制服らしい白いブラウスに臙脂のタイ、紺色のスカートの服装で
両手で顔を覆い座り込んでいる、と言う状態だった。
園子が目を見開き、何か言おうとするが言葉が出ない。
(何だ、この臭い? 爆竹と………焼肉?)
「傷を確認してっ!」
さっと目で現場を確認するコナンの側で、
叩き付ける様に叫んだのは灰原哀だった。
少女の手首から伝い落ちる赤い液体が、
白いブラウスに見る見る面積を広げている。
29 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/14(日) 02:06:28.35 ID:5h8GnX5I0
「おっし、落ち着け、大丈夫だ」
「呼吸を整えて、張り付いてるなら無理に動かさないでいいから、
動くならゆっくり手を動かして」
少女に駆け寄り、汚れていない二の腕や鎖骨を取りながら
声を掛けたのは小五郎と真純だった。
「これ、誰かにやられたのか?」
「分から、ない」
少女の手がゆっくり顔を離れ、小五郎の問いに少女は震える声で返す。
「おい、救急車と警察だ、刃物で顔を切られてる」
小五郎の声に、蘭と園子が震え上がり路留が息を飲む。
「ちょっとだけ待って。
目に傷があるのか無いのか、それだけでも押さえて」
努めて抑えた口調で尋ねたのは哀だった。
「これ、動いたら頷いてね。うん。目に傷は見えない。
両方の頬骨周辺に横向きの切り傷、まず刃物だね。
気休めかも知れないけど、傷は軽いとは言えないけど
深さや大きさはそれほどでもなさそうで傷口は綺麗だ。
どちらにしても、通報は急いだ方がいい」
指を振った真純が言い、小五郎の首の動きを見て職員が壁の内線電話を取る。
「救急箱、綺麗なハンカチやタオルをあるだけ、
それから水、出来れば封切り前のミネラルウォーターを用意して」
「それから手袋、ゴムかビニールの使い捨て、
無ければビニール袋をまとまった量で」
真純と哀が口々に告げる中で職員が電話のボタンを押す。
30 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/14(日) 02:07:42.56 ID:5h8GnX5I0
「もしもし、……です、こちらに刃物で顔を切られた女性がいます。
消防と警察に連絡を、それから………」
「蘭君、119番に電話を、まず救急車と警察への連絡をオーダーして。
指令台がパンクしない程度なら情報伝達は複数でも確実な方がいい。
園子君は部屋の撮影を頼めるかな。
踏み込んでしまった場所からなるべく動かない様になるべく満遍なく」
「うん」
「分かった」
真純の言葉に蘭と園子もスマホを取り出す。
その側で、路留もどこかに電話をしていた。
「ちょっと待ってろよ、俺からも110番で念押しするからよ。
どの系統にも直結してる本部の通信指令が一番確実なんだ」
小五郎が、震える少女に声を掛けながらスマホを取り出す。
「おじさん」
「なんだぁ?」
「おじさんの携帯の通話記録、
蘭姉ちゃん、爆竹が鳴ってすぐにおじさんに電話してるから」
「分かった、報せておく」
爆竹の残骸に視線を向けたコナンの言葉に小五郎が応じてスマホをタップする。
31 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/14(日) 02:09:02.73 ID:5h8GnX5I0
ーーーーーーーー
「どう? 動ける?」
「ちょっとうるさい、うん、大丈夫」
「分かった」
当たり前だがしんどそうな被害者の様子を確認すると、
真純は近くの長机をスマホで念入りに撮影する。
「毛利さん、これ使いたい。念のためじっくり撮影してくれますか?」
「分かった」
小五郎の撮影を受けながら、真純は長机からパイプ椅子を動かして
被害者のいる入口近くの空きスペースに移動する。
コナンとしては、部屋前方に当たる長机の上の
奇妙な物体が気になって仕方が無いのだが、まだ触れる訳にはいかない。
「大丈夫? 大丈夫、な訳ないけど、座れる?」
真純が促し、少女は椅子に掛ける。
「ちょっといいかな、目を閉じて、
手を付ける前に傷や出血の手つかずの状態を証拠保全しておきたい。
撮影するよ、ちょっと顔を上げて」
俯いていた少女が、それでも首を小さく縦に振る。
「ありがとう」
真純が言い、撮影行為を行う。
32 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/14(日) 02:10:52.40 ID:5h8GnX5I0
「まだ、もうちょっとだけ目を閉じてて」
言ったのはコナンだった。
コナンは、指示に応じた少女の顔に改造腕時計からのライトを当て、
自分のスマホでも撮影を行う。
「ありがとう、もういいよ」
コナンが告げて、痛みに顔をしかめながらうっすら目を開く被害者を見る。
こうして見ると、状態は修羅場そのものだが
目鼻立ち、顔の作りはロングヘアの似合う
見るからに美少女ではないか。と、コナンは気が付く。
それ以前の事として、まずは女の子の顔の事だ。
今は、これからの治療の成功を願わずにはいられない。
「ねえ、君」
一方、路留は哀に声を掛けていた。
「君なら持ってるかなと思って」
続いて、園子、蘭や小五郎にも声を掛ける。
そして、椅子に掛ける少女に近づき、その前に跪く。
「手、動かせる? 捨ててもいい綺麗なハンカチをもらって来た」
そして、路留は彼女に畳んだハンカチを渡すと相手の顔を指さした。
「そこでぐっと押さえて。そっちも」
路留の指示で、被害者自身が
顔の前で手を交差する様な形でハンカチで傷を押さえ付ける。
33 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/14(日) 02:12:56.11 ID:5h8GnX5I0
「これで保つかな。
あの時代なら一にも二にもブランデーって所だけど」
よいしょと立ち上がり、路留が言った。
「お薦めは出来ないわね」
口を挟んだのは哀だった。
「当然驚愕反応はあるけど今は比較的安定してる。
この状況で血の巡りを良くするなんてリスクでしかない。
「OK、Dr.Watson」
「私は科学が大好きなただの小学生。
そこのホームズオタクと一緒にしないで」
(お゛いー………)
小五郎がなんとなく二メートル超えの白髪の飲料水運搬人を連想する中、
じとっと視線を向けた哀に対するコナンの反応を見て、
路留は漏れそうな不謹慎な反応を自制する。
==============================
今回はここまでです
>>26-1000
続きは折を見て。
34 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/19(金) 19:16:45.64 ID:bkX679Ux0
それでは今回の投下、入ります。
==============================
>>33
ーーーーーーーー
「失礼します、毛利小五郎さんはこちらですか?」
「ああ、入ってくれ」
ノックと共に聞こえた女性の声に小五郎が応じ、
一組の男女が研修室に入る。
一見してセンターの職員と分かる女性と、
細身でカジュアルな休日風の中年男性だった。
「父です」
「お医者様よ」
路留の言葉に園子が続けた。
「カヌー大会防犯アドバイザーの毛利小五郎です」
「毛利さんですか。路留の父、初士雅人です」
駆け寄った小五郎と数人が入口付近で言葉を交わす。
「お医者様ですか」
「外科医です。過去には救急医として働いていました」
「それは少し昔の話になりますが」
路留の言葉を雅人が訂正する。
「実は彼女、刃物で顔を切られていまして、
救急車は呼びましたので応急処置をお願い出来ますか?」
「分かりました」
35 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/19(金) 19:22:58.02 ID:bkX679Ux0
言葉を交わす二人を見上げながら、
コナンは雅人の声、眼差しが、眼鏡を掛けた一見穏やかな紳士のまま
仕事のそれになるのを感じていた。
ミネラルウォーターや布巾の束が用意され、
手袋をはめた雅人の手で傷口の洗浄、保護が進められる。
「灰原?」
そこで、コナンが異変に気付く。
先程迄は、元来の優しさからか少々立場を忘れていないかと言うぐらい、
指令塔の一翼を担う頼もしさを見せていた灰原哀が、
どす黒い酒の気配でも感じたかの様に目を見開いていた。
「あなた………ベルの、何?」
(ベル?)
哀の言葉を聞き、コナンはスマホを取り出した。
(ベル、『U』の歌姫)
即座に思い当たったコナンがスマホの画面に目を走らせる。
(これは………それに、彼女の話し方も、ベルのオリジンも確か高知)
コナンこと工藤新一は、歌を歌わせるとド下手の部類に入るが耳はいい。
加えて、素人離れした語学の達人であり、
海外経験豊富な両親と共に外国語への精通に加えて
日本各地の方言にも通じている。
その上、新一の母親である工藤有希子は
坂本乙女役を当たり役とした往年の名女優だ。
新一が生まれた時には既に引退していたが、
そのうるさ型をも唸らせた有希子の猛勉強猛特訓の成果は、
父母の膝に乗せられていた頃から新一の耳目に繰り返し焼き付けられていた。
「ちょっとだけすいません」
もう一度、コナンが画面と見比べようと視線を向けた先で、
治療を受けていた少女が小声で言って周囲を手で制して立ち上がる。
一歩、二歩と歩を進め、哀を見下ろした。
36 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/19(金) 19:28:00.30 ID:bkX679Ux0
「ベルは、私の友達よ」
コナンは息を飲んだ。
驚愕に近い反応をしていた哀は、相手の行動に気丈さを取り戻していた。
コナンと言うか新一が睨んでいた通り、こうして立ち上がると、
今は危うさを覚えるが、全体に華奢なぐらいの細さに
すらりと背が高く手足の長いスタイルは長い黒髪に整った美貌ともマッチして
学校では男子からも女子からも目を引く存在だった事が容易に想像出来る。
そして今、背筋を伸ばし、哀を見据えて
大きくはないがしっかりとした声で告げたその姿は、
理不尽な暴力に打ちのめされていた先程までを考えると
凛としたものにすら見える。
「納得、してくれた?」
怖くない筈がない、それは今でも伝わって来る。
それでも哀を正面から見据え、大切なものを伝えている。
痛々しい傷も未だ隠すに至らない、そんな彼女が見下ろす眼差しは優しい。
哀の正面に立つのは、精一杯の優しさを込めた、
長い黒髪がよく似合う芯の強い女性。
哀も真面目な顔で頷いた。
37 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/19(金) 19:29:54.76 ID:bkX679Ux0
==============================
ちょっと中断します。
続きは近々、折を見て。
38 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/19(金) 21:48:39.78 ID:bkX679Ux0
投下再開です。
==============================
>>36
ーーーーーーーー
その日、別役弘香は、高知県内の廃校舎を再利用した
地域コミュニティーセンターの一室を借り受け、
そこにちょっとしたコクピット的パソコンルームを展開して
諸々の作業に勤しんでいた。
その傍らにいるのは内藤鈴、
弘香が今通っている高知県内の高校の同級生であり親友。
鈴自身は、元々はここにあった小学校を卒業した同窓生。
そして、今現在弘香が文字通り打ち込んでいる
膨大なデジタル作業の対象そのものの人物だった。
「東京、かぁ」
鈴は。かつての東京での目まぐるしい一日を思い返し、ぽつりと呟く。
「あの二人、よろしくやってるのかなぁ」
対して弘香は、そんな鈴の気持ちを百も承知で
リアルタイムに違いない別件にニシシシシと笑みを加える。
「張り切ってたもんね、ルカちゃん」
「そりゃあねぇ、元々一人で東京行くって言ってたんだから。
それを、吹部の子らがこっちで金を出してでも
部として応援するって校長に直談判してだから、
いやー、やっぱルカちゃん愛されてるわー」
ニッシッシと悪魔の笑みを浮かべる親友に、
それ、絶対ニュアンス違うと思う、と、鈴は苦笑いを返す。
「ちゃーんとね、帰って来たらどんだけ熱烈だったか、
聞かせてもらう算段出来てるもんねー」
言いながら、弘香はスマホを取り出し、少し怪訝な顔をする。
39 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/19(金) 21:50:23.43 ID:bkX679Ux0
「噂をすれば影」
と、ノリで言いはしたものの、弘香にとって友達と言えば友達、
それも、得難い経験を共有した間柄である事を否定する心算は全く無いが、
それでもどちらかと言うと友達の友達、と言う方が近い関係。
そんな相手からの着信に弘香は通話ボタンをタップする。
「はいもしもーし」
「もしもし、ヒロちゃん? 鈴ちゃん、今、そこにいる?」
「うん、いるけど代わる?」
「鈴ちゃんから目を離さないで」
「は?」
「鈴ちゃんの側にいて。
合唱隊のおばさん達と、しのぶくんに連絡してすぐ来て貰って」
「何かあった?」
「顔、切られた」
「は?」
「刃物で顔、切られた」
40 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/19(金) 21:52:16.07 ID:bkX679Ux0
「………
………………
………………………ルカちゃんが、って事でいい?」
「うん。その、目とかは大丈夫で、
顔が痛くて血が出て、それだけで」
「それだけって何っ!?」
「ヒエッ」
「ルカちゃんの顔って、それ、どんだけ、鈴だって………
ごめん、気を使ってくれてるんだよね。一番怖いの自分なのに」
「う、うん。私もテンパッて変な事言った」
「話せる? 無理しないで話せる範囲で。
変質者とかそういう奴?」
「そう、かも知れない」
「犯人は? 警察呼んだ?」
「うん、来てくれた人達が警察も救急車も呼んでくれた。
犯人の事は分からない」
「救急車は呼んだんだね?」
「うん、来てくれた人達が、すごく、よくしてくれて」
「うん、うん。現場と現在地、場所どこ?」
「どっちも控室」
「控室、って、西多摩市の住民センターだっけ?」
「そう、北部住民センター」
41 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/19(金) 21:53:51.36 ID:bkX679Ux0
「分かった、こっちはこっちで対処する、怪我の事に専念して」
「うん、ありがとう」
「こっちこそ………
………あのさ、今、無茶苦茶怒ってるから私。もちろん犯人に」
「ヒロちゃん?」
明らかに只事ではない電話に、鈴が電話を切った弘香に怖々声を掛ける。
弘香が、物も言わず飛び出した。
ーーーーーーーー
「大丈夫!? ヒロちゃんっ!?」
トイレに飛び込み、胃の中身を便器にブチまけた弘香の背中をさすりながら
鈴が懸命に声を掛けた。
「緊急事態っ!」
唾を吐き、唇を拭った弘香が叫び、鈴が、ひっ、と起立する。
「メールの最初にそう書いて、合唱隊のおばさん達に
動けるならすぐにここ来る様に言って、出来れば車。
問い合わせは全部メールで私に回す様に伝えて」
「分かった」
その言葉に、鈴はぱっと動き出した。
借り受けた教室に戻った弘香が、
スマホとパソコンを同時進行で操作する。
パソコンで必要なメールを作成していく。
パターンとしてはラブメール誤爆と同じケアレスミスに怯えながら、
基本的には同じグループの中で、微妙な違いこそが重要なメールを
超特急で作成送信すると言うのは想像以上に神経を使う。
42 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/19(金) 21:56:48.62 ID:bkX679Ux0
渡辺瑠果に、二通のメールを作成送信する。
一通目には、「ベルが解る警察官に、次のメールを見せる事」と書いておく。
久武忍宛に、ごくごく短い概要と行先を書いたメールを
「緊急事態」のタイトルで送信する。
千頭慎次郎に対しては、秒単位で焼け付く程頭を回転させたが、
この際相手に相応しい直球勝負しかない。
「ルカちゃんが変質者?にケガさせられた、係員や警察の指示に従う事」
最初に思い付いた落ち着け、と言うのは、
そもそも自分が落ち着いていないのに、よりによってカミシンが相手だ。
他に書ける事が思い付かなかった。
合唱隊の面々には、概要メールを送信しておく。
「もしもし、私、××××高校の別役弘香と申します。
少年係の××巡査部長かその代理の方をお願いします」
ヘッドセットを装着した弘香が
スマホの電話帳から呼び出したのはこの辺りを管轄する警察署で、
最近のトラブルを通じて知り合った警察官の名前を出していた。
少し待って、電話に出た相手は弘香の指名通りではなかったが
彼女とは顔見知りの巡査長だった。
「ご無沙汰しております、別役です。
東京の西多摩市での傷害事件の事、聞いていますか?
今日です、西多摩市の北部住民センターでの傷害事件、
被害者は渡辺瑠果、私や内藤鈴の同級生です。
ベルの案件の可能性があります。
これから私と内藤鈴でそちらに出頭しますのでご配慮願います。
今、ですか? 取り敢えず今は、
……小学校跡地のコミュニティーセンターにいます」
一度電話を切った弘香が、検索やらメモ作成やらを慌ただしく実行する。
「警視庁、メール受け付けは時間外、同じ県内なら#9110だけど、
相談センター電話番号………」
弘香がスマホを操作しながらヘッドセットを装着した。
43 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/19(金) 21:58:24.91 ID:bkX679Ux0
「もしもし、私、高知県××××高校2年×組別役弘香と申します。
捜査一課かそこに伝わる人をお願いします。
東京都西多摩市北部住民センターで本日発生した
傷害事件に就いて至急お話ししたい事があります」
弘香が少しばかり指で机をノックして、話を再開する。
「もしもし………はい、そうです。
ルール違反で大変申し訳ないのですが、
これからお話する事の要点は、××時××分××秒に私の名前で
既に捜査一課の×××××アカウントにダイレクトメッセージ済みです。
まず、その傷害事件の被害者渡辺瑠果は私の同級生で友人です………」
弘香は、過去の経験やそこからの関心により、
関係機関がどの程度手放しで信用出来るかと言う事をある程度学習していた。
鈴が自分の忠告を振り切ってリスク満点の選択に突き進んだ時点で、
面倒見切れないとマネジメント契約解除を申し渡す、と言う選択肢もあった。
何しろ、これまでは陰でニシシシとほくそ笑んで見ていた
億単位の熱烈な好悪の渦に生身で突撃した、
電子の世界ではもう抜けられないのである。
只でさえ一見して大人しい「陰キャ」の鈴と、聡い、賢い心算で実際賢い、
その分自分の弱さやリスクにも敏感な弘香が今後も乗り切る事が出来る。
なんて事を楽観的に考えられる状況ではない。
だが、生憎と、ベルの育ての親の匿名プロデューサーマネージャー、の他に、
別役弘香は「内藤鈴の親友」と言う手放し難い肩書も持ち合わせていた。
加えて、だからと言って手放す、と言うには面白過ぎる、と言う本音もあった。
腹をくくり、色々勉強もした。
安全圏を出て傷つかざるを得ない幾つかの経験も積んだ。
今以て苦手な事には違いない、自宅を共にする経営の大先輩からも
幾度となく有難いお説教をいただいた。
だからと言って、これからもずっと上手くいく、なんて思える訳ではない、
と言うより、今現在リアルタイムで崩壊レベルの大ピンチな訳だ。
スマホのメッセージを見て、操作を続ける。
騎兵隊よりの伝令に勇気をもらい、戦いを続けよう。
内藤鈴の親友として、相棒として。
「もしもし、吉谷さんですか? 別役です」
44 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/19(金) 22:04:53.17 ID:bkX679Ux0
==============================
今回はここまでです
>>34-1000
本日この際このタイミングに斯様なものを書き込んでいると言う
まことに勝手な少々の縁に於いて一言ご挨拶を。
おめでとうございます!!!
続きは折を見て。
45 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/21(日) 01:58:20.80 ID:uvgegesY0
それでは今回の投下、入ります。
==============================
>>44
ーーーーーーーー
「失礼します、警察です」
控室に現れたのは、まだ三十歳前と思われる女性警察官を先頭にした、
女性一人に男性二人の制服警察官の集団だった。
「あなたが被害者ですか? お話を伺いますから少し待って下さいね。
皆さん、その場を動かないで。毛利小五郎さんはおられますか?」
「私です」
先頭の女性警察官の発言に小五郎が手を挙げて応じた。
「毛利さんですね。警視庁の者です」
「自邏隊(自動車警邏隊)の部長(巡査部長)か」
歩み寄った女性警察官が開いた警察手帳を見て、小五郎が言った。
「はい。毛利さんの事はかねがね伺っております。
ですから端的に伺います。これは事件ですか?」
「ああ、俺も元は一課だ。
ハコ番この方、刃物の傷もそうじゃない傷も何度も見て来た。
ありゃあ、誰かが刃物が顔を切った、それ以外にゃ見えねぇよ」
「私も同意見ですね」
「あなたは?」
「医師です。彼女の応急処置を行いました」
初士雅人医師が差し出した名刺を女性部長が受け取り確認する。
46 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/21(日) 02:02:36.79 ID:uvgegesY0
「私は外科医です。かつては救急医療の一線にもいました。
私の知見経験からも回答は毛利さんと同じものになります」
「分かりました」
頭を下げた女性部長は、
警視庁の外勤警察官用制式携帯電話であるピーフォンを取り出すと、
長机に置いた名刺を撮影してメール機能を操作する。
そして、かかって来た電話と少し話をしていた。
「改めて申し上げます。この人数で移動すると却って現場の痕跡が壊れます。
このまま指示があるまでここを動かない様に協力をお願いします。
お待たせしました。大変な所をすいませんが、
少しお話を聞かせてもらえますか?」
女性部長は、ピーフォンを使いながら椅子に掛ける被害者に労わりの声を掛け、
彼女とペアで動く精悍そうな男性警察官が他の面子を誘導する。
その後の状況は、「名探偵」として秘かに活躍しているコナンにとっては
少々やきもきさせられる状況だった。
今、室内にいる警察官は、カヌー大会の警戒の為に
会場周辺を警邏していた交番勤務の巡査部長と、
駐車場にパトカーを駐めて、防犯パトロールを兼ねて
制服のまま住民センター売店に向かっていた自動車警邏隊の二人になる。
この三人と、やはり交番勤務で
上司の巡査部長と共に会場周辺を警邏していた男性巡査長が
警視庁本部に始まる無線連絡を受けて真っ先にこのフロアに到着、
交番組の内、巡査部長が室内、巡査長が廊下の配置となっていた。
自動車警邏隊の女性巡査部長が被害者に聴き取りを行い、
そのやや年上の部下である男性巡査が
小五郎から聴き取りを行いながら一同を集めている為、
コナンとしても余り保護者としての小五郎や蘭の面子を潰す勝手はし難い。
加えて、その両者の間で交番勤務の巡査部長が所轄の先着前線として
無線に掛かり切りになっていた為、
只でさえピーフォンのメール機能を通信に多用している
被害者側の聞き取りがなかなかコナンの耳に届かない。
47 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/21(日) 02:05:35.78 ID:uvgegesY0
「毛利さん、捜査一課の佐藤美和子主任、ご存知ですよね?」
「ああ、まあな」
「佐藤主任と部長は高校で部活の先輩後輩だったんです。
あの人、刑事志望で総監賞持ちのバンカケ女王ですから」
自邏隊の巡査が、被害者に聴き取りをする上官に視線を向けて言った。
その内、到着した所轄の鑑識係による作業が開始され、
そのためか、入口から見えた機捜の腕章を着けた背広も
先着した交番の巡査長と言葉を交わして去って行く。
一方で、救急隊員が部屋に入って患者の状態を確かめ、
初士雅人医師も交えた話し合いとなる。
「つまり、すぐに搬送は出来ないと?」
「ええ、別の大事故と集団感染が重なりまして、
重体患者だけでも市内の病院が掛かり切りと言うのが実際で
待てるものは出来るだけ待って欲しいと言う状況でして」
「分かりました、ここまでの処置は出来ています。
出来るだけ早くお願いします」
「確か、ここって医療体制そのものがイカレてたわね」
救急隊と雅人の会話を小耳に挟み、哀が呟く。
西多摩市は比較的大きな自治体だが、
医療面においては、政治的動揺の影響もあって、
経営危機や集団退職が最近の新聞記事になる事もあった。
現場保全が一部終わった為か、
一度部屋を出た救急隊と入れ違う様に刑事の集団が現れた。
48 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/21(日) 02:07:06.81 ID:uvgegesY0
「通報者とは聞いていたが、又君かね。コナン君も」
「と言うか、目暮警部こそ早くありません?」
「だね、所轄や機動捜査隊とほとんど同時なんじゃない?」
呆れ顔で入口近くに立つ目暮警部に対して、
園子が問い返してコナンが付け加えた。
「うむ、西多摩市役所で開かれていた広域防災会議に呼ばれていてな、
過去にこの地域で発生した大規模事件に関わるヒアリングを頼まれていた。
三係が在庁番でもあったから、そのまま担当に回されたと言う事だ」
かくして、目暮十三警部以下警視庁捜査一課第三係の面々が控室に立ち入る。
目礼を示した自動車警邏隊の女性巡査部長に、
目暮の斜め後ろにいた佐藤美和子警部補が声を掛けて言葉を交わす。
そうして、まずは先着の警察官や小五郎と言葉を交わしていた
目暮班の面々が被害者に目を向ける。
声を掛けようとした美和子に椅子に掛けた少女が顔を向け、
その顔を見て、佐藤美和子警部補、高木渉巡査部長が微かに眉を顰める。
49 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/21(日) 02:08:44.80 ID:uvgegesY0
「え゛、っ?」
その側でたじろぎそうになっていた千葉和伸巡査部長を見て
佐藤が嗜めようとしたが、その前に少女が椅子から立ち上がった。
「君っ」
そして、目暮の声にも構わず様に椅子から刑事達の側に歩み寄る。
「内藤………ベル?」
少女が千葉に見せたスマホを見て、佐藤が問い返した。
スマホには、
「内藤鈴(ベル)は×月×日に警視庁○○警察署に保護されています」
と言うメールが表示されていた。
「ユーのベルですっ!」
千葉が小さく叫ぶ様に言う。
「これですね………えっ?」
高木の混乱を見て、佐藤が高木の手からスマホを取り上げる。
「じゃあ、彼女がベルのオリジン?」
「それは無いわね」
驚きの籠った佐藤の言葉を、足元からの言葉が即座に否定した。
50 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/21(日) 02:11:19.64 ID:uvgegesY0
「ベルのオリジンと彼女は明らかに別人よ。
ベルのオリジンはアンベイルで判明した事があるし、
『U』はそのシステム上成り済ましを行う事は出来ない。
ベルのオリジンはこういう、一見して美人って言うタイプじゃなかったし
時期的に言って彼女の髪の毛も長すぎる。
只、制服が同じデザインで両者が知人、それも友人と言う話が本当なら、
『U』のシステムから考えて、
ベルのオリジンがアカウント作成時の登録に
集合写真でも使って誤作動を起こしたか
オリジンの心の中の願望が反映された、と言った所かしら」
コナンと共に哀の頭の良さもある程度知っている佐藤は、
自分の膝上に手を当てて哀の話を聞いていた。
それを横で聞いているコナンも、
『U』に就いては便利なコンテンツとしての一通りの知識、
ベルに関しても、「通俗文学の知識」の一種として
それなりには知っている心算だった。
だが、この場合、コナンが一番よく知っている事は、
ベルに就いて灰原哀が只事ではない程にのめり込んでいると言う事だ。
そして、コナン自身も、哀の変化に興味を引かれた事もあって
『U』や録画でベルに接し、確かに心惹かれるのも分かる、
ぐらいの事はベルの歌に対して感じていた。
元々、コナンから見ても哀は歌とは無縁と言うタイプでもない。
歌わせたならば、素人にしては、
であったとしてもプロのお墨付きの歌唱力の持ち主である。
人気アイドル歌手の沖野ヨーコを押さえていたり、
友達とカラオケに行って興が乗れば
仮面ヤイバーやら美少女な天才やらを熱唱している。
だが、コナンから見ても、
灰原哀にとってのベルはそういう並びとは明らかに異なっていた。
ベルが『U』に彗星の如く現れて以来、
コナンが気が付いたら哀がアクセスしながらリズムを取っていたり、
研究室で踊っていたり涙を流していたり。
漏れ聞こえる哀自身の声やそれ以外の言動その他の状況証拠から、
その原因は明らかにベルであり、
これで例えば、うっかりあのダンスミュージック系のチャライ奴、
なんぞと評価を口走ろうものなら、満面の笑みで差し出される珈琲を飲んで
目を覚ましたら転生抜きで人生を零からやり直す事になりかねないと、
コナンが本能的に察する程の熱の入れ様だった。
51 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/21(日) 02:16:00.04 ID:uvgegesY0
「取り敢えず、私からの要請で一課の資料班に繋がる様に、
PSとNの本名、日付で情報求む、って事で連絡お願い」
「了解です」
佐藤が、自邏隊の女性部長に要請する。
警視庁本部刑事部捜査一課の主任を務めている佐藤も、
捜査員仕様の警視庁制式携帯電話ポリスモードを使って
専用サーバを含む連絡を行う事はもちろん出来る。
只、この時は、まずは第一報と言う装いの最低限の情報で
しれっと照会を行った方がいい、と、勘が働いていた。
強いて言うなら、それは、警視庁に於けるベルの扱いを
小耳に挟んでいたが故でもあった。
「すまん、今一つ話についていけないのだが」
佐藤達のやり取りに、目暮が追い付いた。
「はい。ちょっといいかな?」
千葉の問いに被害者が頷きスマホを差し出す。
「この………Nはベルを芸名とする歌手、そう理解して下さい。
但し、これが本当に大事な所ですが、
ベルは莫大なフォロワーを持つ大人気歌手ですが、
Nは自分がベルである事を公表していません。
日本の地方在住で今も平凡に暮らしている、筈です。
ですから、警察であっても不用意にその平穏を脅かす様な事をすれば、
巨額の利権の意味でも未成年者の人権上の意味からも大問題になりかねません」
「今の、その、情報化社会でその様な事があるのかね?」
「情報化社会だからこそ、かも知れません」
言いながら、千葉は自分のスマホを操作する。
52 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/21(日) 02:18:42.99 ID:uvgegesY0
「Nがベルの名前で歌っているのは
インターネットの中の仮想空間である『U』です」
「うむ、『U』の事は儂も知ってはいる。名前ぐらいは、ではあるが」
「はい。その『U』で、Nがそのネットの中で使われる姿で歌っている、
その時の名前がベルです」
千葉は、自分のスマホでベルの歌唱動画を表示した。
「ふむ………このアニメ、インターネットだけかね?
テレビでも見た記憶があるのだが、珈琲のCMか何かの」
「ええ、そうです。そういうオファーをしている企業もあります。
見た目はアニメですけどアニメとはちょっと違って、
アクセスしている我々生身の人間の動きとか諸々が
直接このアニメの様なキャラクターに反映されている。
『U』の用語では生身の我々をオリジン、そこから連動して
『U』の中に反映されたキャラクターをAs、そう呼んでいます」
「………つまり、それを少し置かせてもらうが、
このNは過去に東京でPS(警察署)に保護された事があって、
それが今回の事件に関係あると言うのかね?」
「分かっているのは、彼女がベルと友人であると自己申告していると言う事と、
過去に判明しているベルのオリジン、
今の言い方だとベルを操作している生身の人間の制服が
この制服と同じデザインだと言う事よ。
実際には操作、と、言うよりオリジンが画面の中に分身して
アニメみたいなAsに化けてオリジンの意思で動かせる、
と言う方が近いんだけど」
口を挟んだのは哀だった。
53 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/21(日) 02:21:34.79 ID:uvgegesY0
「それに、お姉さん高知の人だよね?
ベルのオリジンも高知の人だって、少し詳しい人なら知ってる事だから」
「コナン君」
質問と確認の後、哀の肘鉄が腹に埋まったコナンに千葉が声を掛けた。
「だとしても、ベルは所在地に関わる情報を開示していない。
誰かが勝手に探すのと警察の前で確認するのとは違った意味になるんだよ」
「ごめんなさい」
千葉の言葉にコナンが頭を下げた。
「つまりこのNはインターネットの中で
アニメの様なキャラクターで歌っている大人気歌手のベルである、
取り敢えずこういう事になるのかね?」
「大体合っています」
目暮の言葉に佐藤が答えた。
そして、佐藤と被害者の少女が小声で言葉を交わす。
54 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/21(日) 02:23:33.81 ID:uvgegesY0
「哀ちゃん、ちょっと」
そして、佐藤が哀を手招きした。
「この中にベルはいるかしら?」
千葉を隣に配した佐藤が哀に差し出したスマホには、
集合写真が表示されていた。
哀は、ちょっとそれを凝視すると一点を指さす。
「どう?」
「合っています」
佐藤の言葉に千葉が応じ、佐藤が被害者にスマホを返却する。
「まずは、負傷を押しての情報提供を深く感謝する。
警視庁捜査一課の目暮警部だ。
改めて、君の名前からお願いできるかな?」
「高知県××××高校2年×組渡辺瑠果です」
==============================
今回はここまでです
>>45-1000
続きは折を見て。
55 :
探竜唱
◆2k5pFFm6nI
[saga]:2021/11/25(木) 01:35:34.00 ID:4EF2xDuv0
それでは今回の投下、入ります。
==============================
>>54
ーーーーーーーー
「いらっしゃいませ」
東京都米花町内の喫茶店「ポアロ」で、
榎本梓の挨拶を受けて一人の女性がカウンター席に就く。
「どうぞ」
「んー………カレーライスで」
「カレーライスですね」
梓が愛想よく応対し、メニューを伝える。
梓から見て、この女性客は最近出来た常連客だった。
訪れる時間帯はまちまちだが、週に二、三回はポアロを訪れ、
今の梓から見るとメニューを制覇するかの様に、
日替わりでまちまちのメニューを楽しんで帰って行く。
只、今日や初日がそうだった様に、
シンプルにカレーライスやハムサンド、
珈琲だけと言う日も幾度かあったが、
珈琲も砂糖だったりミルクだったりと気まぐれだった。
本人はと言えば、梓がこう聞かれたならば、
何と答えればいいんだろう、と言う事になりかねない。
つまり、三十手前ぐらいだろうか、地味なスーツで取り立てて特徴の無い、
常連さんだから辛うじて覚えている、ぐらいの印象の相手だった。
店でもほとんど口を利かないし、
愛想のいい梓も押し付けがましいタイプではない。
それでも、一度その場の雰囲気でちょっと雑談が成り立った所では、
「倉田商会」なる会社に最近雇われて
車で関係書類を運ぶ事もしている経理事務員で、
この店が気に入ったので近くに来たら
パーキングを借りて出入していると言う事だった。
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クオリティの高いサービスを貴方に
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