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イレイナ「サヤさん達とお仕事ですか」フラン「はい、そうですよ」
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/21(火) 09:03:45.15 ID:8o5XLrH+0
それは、ある秋の日のことでした。
モミジの木が見える窓からそよそよと風が入り、私は宿のなかでひとり、フラン先生を待っていました。
遠いところからやってくると聞いて、いつも旅をしている私も今日は足を止めて、
いったい何の話があるのだろうかと、ある冒険話を聞くようにわくわくしながら、先生の到着を待ちます。
やがて、フラン先生は到着し、玄関にひょっこりと姿を現しました。
「イレイナ、お久しぶりです。元気にしていましたか?」
フラン先生はにっこりした顔で微笑みます。
「はい、元気にしていましたよ。先生こそ、お変わりはありませんでしたか?」
「ええ、私も元気にしていました」
私は食堂に行き、フラン先生をテーブルまで案内しました。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1632182624
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/21(火) 09:05:42.22 ID:8o5XLrH+0
旅をしているとき、たまになじみ深い人と顔を合わせると、とても気持ちが弾むものです。
それは、旅における隠れた楽しみとでもいうべきものでしょうか。
フラン先生と話をしていると、フラン先生は、お茶が入ったカップを手にとり言いました。
「最近旅はどうですか」
「そうですね。良いことばかりではありませんが、満喫した旅を送っていますよ」
「そうですか、それはよかったです。長らく顔を見てなかったので、イレイナが無理をしてないだろうかと少しばかり心配していました」
「大丈夫ですよ。もう私も一人前の魔女なんですから」
一通りお茶を飲んだところで、私はフラン先生に聞きます。
「ところで、今日はどのような話があって来たんですか?」
あ、そうそう…と、フラン先生は本題に入るように姿勢を整えました。
「実はですね、今日はイレイナに話があって来たんですよ」
はい、何でしょう。フラン先生は言います。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/21(火) 09:07:41.23 ID:8o5XLrH+0
「先日、ある旅館から仕事を頼まれたのだけど、人出が多いほうがいいそうで手伝ってほしいと思ったんです。
内容は、打ち上げパーティーの会場の設営や、パーティーの演出などをして欲しいそうで」
打ち上げパーティー…の仕事ですか?
「ええ。海の近くにある旅館で、管理者の退任セレモニーをするそうで。
実はイレイナに話をする前にシーラにも頼んでみたのだけど、シーラも承諾してくれて、
サヤさんも一緒に連れてくると言っていたので、私もイレイナを誘おうかと思って…。
どうですか、こうして集まる機会はなかなかありませんし、良い提案なのではないかと思いますが」
サヤさんとシーラさんも来るのですか。
確かに集まる機会はなかなかありませんし、それもいいかもしれませんね。
「それに、旅館のまかないもあるので、ただの仕事ではなく旅行にもなるかもしれませんよ」
ほう、旅行ですか。私は別に構いませんよ。そう返事すると、フラン先生は顔をにっこりとさせました。
「では、シーラにもそう伝えときますね」
「はい」
そうして、私は海の旅館へと行くことになりました。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/21(火) 22:45:22.11 ID:8o5XLrH+0
出発までの間、フラン先生はしばらく宿に泊まっていました。
先生は私と同じ部屋で宿泊し、先生が行っている実験の話を聞いたり、カードを持ってきたので少し遊びませんか? と提案してきたり、
どこか魔女への修業時代を思い出すように先生と過ごしていた日々を懐かしく思いながら過ごしました。
そして、サヤさんたちと合流する日がやってきました。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/21(火) 22:46:58.91 ID:8o5XLrH+0
当日、宿を出発して合流場所に行くと、サヤさんたちはすでに来ていて、私たちを待っていました。
シーラさんがくわえているパイプの先からは、線香のように煙が出ており、サヤさんは私と同じとんがり帽子を被って、私を見るとぱっと顔を輝かせながらこちらに手を振りました。
「よう、フラン。久しぶりだな」
シーラさんがフラン先生に話しかけようとすると…
「イレイナさんーーー!」
と、サヤさんが私の前まで飛んできます。
「イレイナさん! お久しぶりです。 元気にしてましたか?
ぼくはまたこうしてイレイナさんと会えてとても嬉しいです」
それはもう新幹線が突っ込んでくるかのような勢いで。
そのままぶつかってしまうかと思いました。
「おい、今私が話してるだろう?」
シーラさんはサヤさんの首根っこをつかんで引き寄せると、拳で頭をぐりぐりとし、あいたーっ…とサヤさんは頭を抱えて涙目になります。
ぼくも話したいんですーとサヤさんが腕をパタパタさせる仕草から、
私は、サヤさんたちも、また私達と顔を合わせることを楽しみにしていたのだろうか、と思いました。
「お久しぶり、シーラ。そっちも相変わらずのようですね」
フラン先生が呼びかけると、シーラさんはサヤさんの頭から手を放します。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/21(火) 22:48:58.92 ID:8o5XLrH+0
「まあな。仕事も上手くいってるし、上々ってとこだ」
シーラさんは私を見て言いました。
「イレイナも、今回はよろしくな」
その顔は、どこか嬉しさもあるようで、また頼もしい顔にも見えました。
「はい。よろしくおねがいします」
挨拶を返すと、サヤさんも
「ぼくも…よろしく、お願いします」
と、頭を抱えながら、弱々しく挨拶をします。
いろいろと忙しいところもありますが、楽しい旅館でのお仕事になりそうですね。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/22(水) 19:16:08.87 ID:KOvdBE010
旅館は聞いていた通り海辺にあって、
バルコニーに出れば、潮風を感じながら、海を見渡せるくらい海に近いところにありました。
旅館を挟んで、海の反対側には、紅葉したモミジの木が沢山あって、
舞い散る赤茶色の葉と、ゆるやかに流れる海の間に見える旅館は、ひとつの芸術作品であるように見えました。
海の近くにこのような旅館があったのですね。すばらしい。
そんな言葉が漏れてきそうでした。
「とてもきれいな場所だな」
シーラさんが言うと、フラン先生もそれに同調しました。
「ええ。海の流れる音でも聞きながら、ゆっくりとしていたいですね」
その旅館のオーナーさんは、優雅で温かいおばあさんでした。
「今日はわざわざ来ていただき、ありがとうございます」
低い物腰で、おばあさんは丁寧に話しました。
フラン先生は、とても素敵な旅館ですね、と頬に手を当てながらにこにことします。
シーラさんは私とサヤさんに振り返って言いました。
「じゃあ私とフランは、オーナーと話があるから、サヤとイレイナは先に荷物を持って行っててくれないか」
そうして、私はサヤさんと先に、部屋に荷物を持っていきました。
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/22(水) 19:16:49.58 ID:KOvdBE010
途中、階段には、濃い赤色のカーペットが敷いてあり、壁には、夕焼けに染まった湖の絵が飾ってありました。
それは、季節が秋であることを伝えているかのようでした。
部屋の中で私は言いました。
「こんな旅館にいると、つい仕事で来たことを忘れてしまいそうになりますね」
「そうですね。でも、ぼくたちは仕事で来たんですから、ちゃんと仕事に集中しないといけませんよ」
サヤさんは凛々しい顔でそう言いました。
おや、サヤさん。朝と違ってやけに気合が入ってますね。
「そりゃあぼくも宿で働いていたことがありますから、
旅館にいると、しっかり仕事をしないといけないなー、という気がするんです」
職業的経験からでしょうか? とサヤさんは言います。
なるほど…。たしかに、私が初めてサヤさんが居た宿に泊まったときは、サヤさんは受付をしていました。
私は荷物を置き、やけに手際のよいサヤさんにならうように、部屋の段取りを済ませていきました。
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/22(水) 19:17:23.65 ID:KOvdBE010
旅館のなかを一通り案内してもらったころには、夕方になっていました。
私は、フラン先生たちと、旅館の構造やセレモニー会場の設営についての説明を受け、館内を歩いていました。
館内はとても広く、ひとつひとつ覚えるにはとてもじゃないけど覚えきれないほど、長い廊下や、数々の部屋や、広い講堂などがありました。
「ひとつひとつ覚えるのは大変そうですね」
小声でサヤさんに言うと、「そうですね」とサヤさんは返事をします。
でもがんばらないと、とサヤさんは言うと、そのまま館員さんがする話をじっと聞いていました。
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/22(水) 19:17:56.70 ID:KOvdBE010
お夕食では、さすが旅館というようなおいしい料理が出されましたが、
フラン先生がとってもおいしいですわ、と頬に手を当てるその横で、
サヤさんは言われたことを確認するように、あれこれと考えながら、黙々と料理を食べていました。
「では、今から退任セレモニーの順序を話していくぞ」
夜になり、部屋でシーラさんが予定表を開く横でも、
サヤさんはやっぱり、きりっとした顔をしていました。
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/22(水) 19:19:07.16 ID:KOvdBE010
お仕事が終わって、温泉に浸かっていると、頭にタオルを乗せて、フラン先生はにこっとした顔で言いました。
「お湯が気持ちいいですね、イレイナ」
その顔はすっかりリラックス気分とでもいうようで、
朗らかな顔をしながらフラン先生はゆったりとお湯につかりました。
そのメリハリ加減は見習いたいものです。
フラン先生は私の近くに来て、尋ねます。
「どうですか、この旅館は。旅行にもなると言ってましたけど、ちゃんと旅行になっていますか?」
「ええ。まあ」
私は肩まで温泉に浸かります。
しかし、サヤさんとシーラさんはもう少し話をするからと言うので、温泉には来ていないのでした。
私はそのことを少し気にかけていました。
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/26(日) 21:22:14.55 ID:MtTPmeyj0
旅館に来る前は、旅行にもなるかもしれないと思ってわくわくしていたのですが、
思った以上にサヤさんたちは、退任セレモニーに向けての仕事に集中しているようで、私は、旅行気分ではなくなってしまったのかもしれません。
というより、本来は仕事に専念すべきなのでしょう。
「私は仕事で来たのですから、あまりこの旅館のことには目を向けずに、仕事に専念しようと思います」
そう言うと、おやおや勿体ないとフラン先生は眉をひそめました。
「どうしたんですか、イレイナ。旅館に来る前はここに来ることを楽しみにしていたように見えましたが…もしかしてイレイナ、緊張しているのですか?」
そう言われて私はふっと吹き出しました。
フラン先生はわざとらしく眉をひそめていて、少し子馬鹿にされたようにも感じましたが、しかし、フラン先生。
確かにこの旅館は広いとはいえ、そうではありませんよ。
私は少し眉をしかめて笑みをつくって見せます。
「緊張などとはフラン先生。そんなわけないじゃないですか」
「でも、今なんか緊張していましたよね」
「していません」
いったい私は何に気をもんでいたのでしょうか。
考えていたことがどこかへ飛んで行ってしまいました。
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/26(日) 21:23:07.53 ID:MtTPmeyj0
フラン先生は少し腰を落ち着けて言いました。
「そういえば、イレイナ。
これは、この旅館の管理者と話をしているときに聞いた話なんですけど。
この旅館にはとても古い歴史がありました」
古い歴史…?
ええ、とフラン先生は続けます。
「旅館の外に沢山のモミジの木があったのはイレイナも見ましたか?」
「はい、見ましたよ」
モミジの木からは、沢山の赤茶色の葉が散っていました。
「それが、この旅館の管理者が経営を始めたころは、
旅館の近くには海があるだけで、あとは木も無い、ただの平地だったそうなんです」
そうですか…。
それじゃあ、なんで今は沢山の木が立っているんですか、と聞くと、フラン先生は頷いて続けました。
「それは、管理者が見たある鳥の群れがきっかけでした」
イレイナは、渡り鳥がこの旅館を通る話を知っていますか?
とフラン先生は聞きます。いいえ。初めて聞きました。
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/30(木) 21:53:00.18 ID:YD4fwnDP0
「実は、この秋の季節になると、沢山の渡り鳥がここに来て、一時期とまっていくそうなんです。
以前はもう少し渡ったところに森林があったのですが、
あるときその森林が開拓され、鳥がとまる場所が無くなってしまいました」
それはまた、難しい話ですね。フラン先生は頷きました。
「当時の御時世ではそれも仕方がなかったと聞きました。
でも、ちょうどその頃、この旅館の管理者がこの平地に沢山の木を植えました。
それから、渡り鳥はここにある沢山のモミジの木にとまるようになったのです」
管理者は、渡り鳥のためというより、
単に旅館の景色が美しくなると思ったから木を植えただけだ、と言っていましたが…、とフラン先生は笑います。
そのような出来事があったんですか。
私は、フラン先生の話を聞いて、この旅館が、少し思い出深い建物であるように思いました。
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/30(木) 21:53:58.15 ID:YD4fwnDP0
「だからイレイナ。ここの管理者の退任セレモニーを祝おうという気持ちがあるなら、管理者がつくったこの旅館をもっと楽しんでみてはいかがですか?」
フラン先生の表情は、単なる旅行気分で言っているのではないようでした。
フラン先生はこの旅館をただ楽しんでいるのではないかと少しだけ思っていましたが、
私が思っていた以上に、フラン先生も真剣にこの旅館のオーナーさんのことを考えていたのかもしれません。
「分かりました」と私は言いました。
真剣に旅館を楽しむというのは、とても素敵な話のように思います。
退任セレモニーがあるのは明日の夕方。
それまで、セレモニーの準備をしながら、オーナーさんがつくったこの旅館のことを楽しんでみましょう。
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/30(木) 21:54:56.64 ID:YD4fwnDP0
次の日、会場の設営をしながら、私は旅館のなかを観察していました。
そこは旅館のメインホールで、私はすっかり探偵になった気分でいました。
「おやおや? ここに生けてあるお花はどれも外にあったお花じゃないですか、モミジの枝葉もついていますね」
「そうだよ嬢ちゃん」と、近くにいた作業員さんが言いました。
またあるところでは、掃除をしながら私は落ちた貝殻を拾っていました。
そこは、夜の花火が予定されている砂浜でした。
「うーん。この貝殻はとても大きいですね」
「それは、うちの旅館でも有名な貝だよ」
近くにいた掃除員さんが言いました。
他にも、ほうきで飛びながら、旅館の屋根の頂上部に、満月のように模様付けされた丸い飾りがあるのを見たり、
よく見たら、部屋によってカーテンの色が微妙に違っていたり、
オーナーさんの思い出ともいえる装飾ひとつひとつを、私は目の当たりにしていきました。
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/30(木) 21:56:01.70 ID:YD4fwnDP0
お昼には、目の前に豪華なお魚が並べられた料理が彩られました。
こんなものも頂けるんですか? とフラン先生は頬に手を当てながらうれしそうにしていました。
それは海で獲れた新鮮なお魚で、美味ということばでは言い表せないくらいおいしいものでした。
フラン先生は言いました。
「どうですか、イレイナ。この旅館の楽しさを味わうことはできましたか?」
「はい。とても」
私はにっこりとした顔をフラン先生に向けました。
観光も、料理も、温泉も、どれも素晴らしいものですね。
私は満足した気分でそう思いました。
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/09/30(木) 21:56:38.23 ID:YD4fwnDP0
しかし、反面、少し気がかりになることもありました。
「…」
サヤさんは黙って料理をお箸でつまみ、それを口に運んでいました。
私は旅館に来てから、あまりサヤさんと話をしていませんでした。
いや、正確には、話をしてはいるけれども、どこかいつもと調子が違うというべきでしょうか。
でも、サヤさんは怒っているわけでも、気難しそうにしているわけでもなく、いたって自然にしているようでした。
私の思い過ごしでしょうか。
「なあ、イレイナ。ちょっといいか」
そのとき、ふと、シーラさんが私に呼びかけました。
シーラさんに呼びかけられることはあまりありません。どうしたのでしょうか。
「いや。この後の予定について話しておくことがあったんだ、いいか?」
と、シーラさんは言います。
分かりました、話をしましょう。
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