結標「私は結標淡希。記憶喪失です」

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641 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:13:03.66 ID:loyT3wilo


 すっかり日が暮れて夜に包まれた学園都市の街中。
 車の通りもなく静かな道沿いの歩道をゆっくりと、杖を突きながら歩く少年が一人。
 一方通行。
 その顔から生気が消え、地面を踏みしめる一歩一歩に彼の意思はなく、ただ流されるように前に進んでいる人形のようだった。

 少年の頭に何か冷たいものがポツリと一滴落ちた。
 その一滴は次第に数を増やしていき、やがてそれは数多の水滴となる。

 学園都市にパラパラと雨が降ってきた。
 傘を差さないとずぶ濡れになりそうな強さの雨が。


一方通行「…………あ」


 頭上から落ちてくる雨に当たり、一方通行の目は目覚めるように生気を取り戻した。
 同時に停止していた一方通行の思考が回り始める。


一方通行「……ここはどこだ?」


 道路を見渡す。『第七学区』の中にある道路だと表す看板が立っていた。


一方通行「……今何時だ?」


 ポケットの中から携帯端末を取り出しディスプレイを見る。
 『18:24』と表示されていた。


一方通行「……俺は一体、何をやっていたンだ?」


 一方通行は記憶を必死に手繰り寄せる。
 たしか午後四時を過ぎたくらいに廃棄された研究所をカモフラージュした、敵勢力の住処である地下施設に侵入したはずだ。
 そこでテレポートを使う駆動鎧と交戦し、苦戦しながらもソイツらを退けた。
 そのあとは……。


一方通行「あン?」


 ふと、一方通行は携帯端末が入っていたポケットに他の物が入っていることに気付く。
 何かと思いそれを掴み、取り出した。
 それは家電量販店とかに売っているどこにでもありそうなメモリースティックだった。


一方通行「…………がっ」


 『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』。


 その単語と、それに付随する情報が土石流のように一方通行の頭の中に流れ込んでくる。
 あのときの、モニター室での記憶が全て蘇る。



一方通行「がァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 一方通行は咆哮する。
 手に持ったメモリースティックをアスファルトの上に叩きつけ、それを靴裏で踏み付ける。何度も、何度も、何度も。


一方通行「……はァ、はァ、はァ、はァ」


 息を整えながら一方通行はぐちゃぐちゃになった思考を落ち着かせる。
 こんなちっぽけな物を破壊しても何も解決しない。
 本能のまま怒りに任せたところで何も変わらない。
 現実から目を背けたからといって彼女は帰ってこない。


一方通行「……そォだ。結標を、アイツを早く見つけねェと」


642 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:16:06.96 ID:loyT3wilo


 一方通行は再び携帯端末を手に取り、今日のニュースのページを表示する。
 それを見て一方通行は目を見開かせた。

 『第一〇学区にある櫻井通信機器開発所に原因不明の火災が発生』。

 『櫻井通信機器開発所』。
 その名前に一方通行は覚えがあった。
 結標淡希が過去にテレポートの関係で実験で赴いた施設の中の一つ。
 現在、結標と思われる襲撃者がターゲットにしていると予想できる施設の一つ。
 だが、今までの襲撃のニュースとは決定的に違う部分が一つあった。

 それは襲撃されたというニュースではなく火災が起こったというニュースだという点。

 今までの襲撃犯は人を傷つけ情報を盗むことはしていたが、建物を燃やすなんていうことはしていない。
 たまたま手違いで火が点いて施設が燃え上がったと考えればそれまでなのだが、一方通行はもう一つの可能性の方が脳裏によぎってしょうがなかった。


一方通行(ついに、どっかの暗部組織と結標が接触したっつゥことか……?)


 結標が空間移動能力者の関係の研究施設を狙っていることを暗部組織が予測し、それを的中させて結標と接触したという可能性。
 暗部の人間なら自分たちがいたという証拠隠滅に放火を行ってもおかしくはない。
 そして一方通行は、その可能性と連動して最悪なケースを頭に浮かべてしまう。

 結標淡希が抵抗虚しく暗部組織に捕まってしまうという、最悪なケースが。


一方通行「あっ、ああ、あァ、アア、あああ、ァァ、あ、アッ」


 言語にもなっていない声を吐く。
 携帯端末ごと手をガタガタと震わさせる。
 足から力が消えて膝から崩れ落ちる。
 目頭が引き裂けるくらい目を大きく見開かせる。
 心臓の音が今までで一番大きく聞こえる。

 パニック状態に陥った一方通行は気付いたら、ある人物へと電話を掛けていた。
 それは一方通行が頼るべきではないと考えていた人物。
 切羽詰まった少年にそれを判断できる思考能力は残されていなかった。

 端末のスピーカーから呼び出し音がなる。
 一コール目。二コール目。三コール目。
 四回目のコール音に差し掛かったところで電話が繋がった。
 雑踏の音や電子音のようなものが混じった背景音の中から、その人物の第一声が聞こえてきた。


???『もしもしー? アクセラちゃんが電話してくるなんて珍しいにゃー、どうかしたのか?』


 聞こえてきたのは軽い感じの男の声。
 それは一方通行にとってよく知る者の声だった。


一方通行「土御門ォ!!」


 受話器の向こう側にいる男は土御門元春。
 一方通行のクラスメイトであり、暗部組織『グループ』のリーダーでもある男。
 土御門は一方通行の荒げた声を聞き、


土御門『いつっ、ほんとどうした? いきなりそんな大声出して。鼓膜が破れるかと思ったぜよ』


 土御門の言葉を無視して一方通行は吠える。


一方通行「オマエ今の結標のこと知ってンだろッ!? 結標が今どォなってンのか知ってンだろッ!? 結標が今どこにいるのか知ってンだろッ!? 結標がこれからどォなるのか知ってンだろォッ!?」


 一方通行は思いつく限りの質問を吐き出す。抑えきれない思いが溢れ出していくように。


一方通行「教えろ土御門ォ!! オマエの知っていることォ、洗いざらい全部ゥ!!」

土御門『…………』


643 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:18:14.34 ID:loyT3wilo


 電話の向こうの土御門は黙り込んだ。
 数秒間沈黙が続き、騒がしい雑音だけがスピーカーから漏れてくる。
 土御門はため息をつき、声のトーンを落として、


土御門『――無様だな。一方通行』


 吐き捨てるように言った。


一方通行「何だとッ!? オマエ今なン――」

土御門『無様だと言ったんだ。聞こえなかったのか?』


 声を荒げる一方通行を無視して続ける。


土御門『一人でどうにか出来ると思ったか? この学園都市の闇を。たしかにお前は学園都市最強の超能力者(レベル5)だ。が、それだけだ』

土御門『いくら圧倒的なチカラを持っていたとしても、お前は所詮表の住人だということだ。今回の件で十分身に染みただろう』

土御門『そもそもオレは忠告しておいたはずだが? 何があってもこちら側に堕ちて来るな、と』


 忠告、その言葉を聞いて一方通行は反発するように、


一方通行「ふざけるなァ!! オマエ言ったよなァ!? 裏のことは全部オマエらが片付けるってよォ! 俺に余計な手間を掛けさせないようにするってよォ!」

一方通行「だから俺はオマエを信じた! 結標に関わる裏の事情は詮索しなかった! 表の世界でのうのうと過ごした! そしたらこのザマだッ!!」


 一方通行の反論に土御門は冷静な口調で、


土御門『そうだな。それに関してはこちらの落ち度だ、謝ろう。すまん』

一方通行「すまン、だと?」


 たった一言の謝罪、それを聞いて一方通行はガリッと音が鳴るくらい歯噛みする。


一方通行「そンな安い謝罪なンざいらねェンだよ!! 寄越せェ!! オマエらの持っている結標に関する情報をッ!! アイツの居場所をッ!!」

土御門『断る』


 土御門は一言でバッサリと切り捨てた。


土御門『先ほども言っただろ? お前は所詮表の住人。そんなヤツにオレたちが持っている情報を与えたところで何も出来ない。ただ闇雲に動いてくたばるだけだ』

土御門『オレたち『グループ』も結標を追っている。もちろん、ヤツは生かして保護するつもりだ。そのための算段も大方付いている』

土御門『そんな状態でお前なんかに下手に動かれて、オレたちの計画を狂わされても困るんだよ。素人は引っ込んでいろ』


 土御門の言葉を聞いて一方通行は嘲笑うように、


一方通行「ぎゃはっ、信じて任せろってかァ!? 散々偉そォなことォ言ってこンなクソみてェな状況にしやがったオマエらを!? 悪りィがそれが出来るほど俺ァ馬鹿じゃねェ!」

一方通行「俺の方がオマエらみてェな糞の集まりなンかよりよっぽどうまくやれる自信があるねェ。三下どもは引っ込ンでろってンだ!」


 一方通行の挑発じみた発言。
 それが効いたのか効いていないのかわからないが、土御門は声のトーンをもう一段落として、


土御門『まるでお前のほうがうまくやれると言っているようだな?』

一方通行「その通りだ」


644 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:20:19.89 ID:loyT3wilo


  一方通行の即答を聞き土御門はしばらく考えてから、


土御門『面白い。だったらお前にチャンスをやろう』

一方通行「チャンスだと?」


 土御門の提案に一方通行は眉をしかめた。
 一方通行の返しを気にすることなく土御門は続ける。


土御門『この学園都市にはオレたちグループが使っている隠れ家が大小含めて一〇〇近く存在する。その中のどこかにいるオレたちを見つけ出してみろ』

土御門『そうしたら、オレたちの持っている情報を欲しいだけくれてやろう。タイムリミットはそうだな、今日の日付が変わるまでとしておこうか』


 土御門の言ったことは要するに『かくれんぼ』だ。
 舞台は学園都市。その中のどこかに隠れている土御門たちグループを日付が変わるまでに見つけ出す。
 東京都の中央三分の一を占める広大な土地で、ビル等の建物で入り組んだ場所で、残り時間はもう六時間も無いという無茶苦茶な『かくれんぼ』。
 だが、一方通行はそれを聞いても決して戸惑ったり恐れたりすることなく、ただ笑った。


一方通行「上等だァ。すぐさまに見つ出してェ、全員まとめて愉快なオブジェにしてやるからよォ? 楽しみにしてろォ」

土御門『ふん、威勢のいい小僧だ。まあ、だがお前程度ではこの条件はちと厳しいか。少しヒントをやろう。オレたちは今『第七学区』のどこかにいる』


 学園都市には二三に仕切られた学区が存在する。
 その中で一つに絞られるのは一方通行にとって有益な情報だが、第七学区は学園都市の中でもトップクラスの面積を持つ学区。
 しかも一番学生などの人通りが多い学区でもあるため、難易度的には焼け石に水かもしれない。
 ヒントをもらった一方通行はニタニタした表情のまま、


一方通行「ンだァ? いきなり難易度緩和してくるとは気前がイイねェ? そンなミンチにして欲しいなら面倒臭せェゲームなンてまどろっこしいことせずに、直に場所ォ教えてくれやりゃイイのによォ」

土御門『調子に乗るな。ゲームにならないから言ってやったに過ぎないさ』

一方通行「そォかよ」


 一方通行は適当に返した。


土御門『さて、これからすぐにオレたちは打ち合わせの時間なんだ。そういうわけだから、これ以降お前と電話で話すことはないだろう』

一方通行「ああ、必要ねェな。次に話すときは俺とオマエ直に会って目ェ合わせながら話すンだからなァ」

土御門『では、無駄な悪あがきに、ご武運を』


 土御門は薄っぺらい応援の言葉を吐いて、通話を切った。
 一方通行はふと雨がやんでいることに気付く。どうやら通り雨だったのだろう。
 濡れた白髪をぐしゃりと掻きむしり、ただただ彼は笑った。


――――――


645 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/18(土) 23:25:20.75 ID:loyT3wilo
書いてて思ったけど座標移動って強すぎない?

次回『S7.前夜』
646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/12/25(土) 07:43:28.77 ID:XKYzQ2hkO

ほんとに久しぶりにこの板来たけど、この熱量の禁書SSが生き残ってて感動した
647 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:14:08.22 ID:jaU2C2/Fo
年内に終わると思って再開したのにどういうことだってばよ?

投下
648 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:17:33.73 ID:jaU2C2/Fo


S7.前夜


 火災を起こしていた櫻井通信機器開発所の建物の火は、なんとか一時間ほどで鎮火した。
 今は死傷者の捜索でアンチスキルが駆動鎧を着て建物の中をせわしなく歩いている。
 建物が燃えている間に逃げ遅れた人の救助活動をしたり、それを妨害しようとした暗部組織の下っ端らしき男たちを打ちのめして拘束したり、
 いろいろと奮闘していた黒子は、敷地の端のフェンスにもたれ掛かりながら体を休めていた。
 制服の焼け焦げた部分を見て、買い換える決心をしている黒子の携帯端末に着信を表す電子音が鳴り響く。
 耳に付けている端末のボタンを押して、電話をつなげる。


黒子「はい、白井です」

初春『初春でーす。救助活動お疲れさまでしたー』

黒子「……ほんと、疲れましたわ」


 ツートーンくらい低い声で答える。
 空間移動(テレポート)の演算難易度は他のポピュラーな能力に比べて高度だ。一回使用するエネルギーが桁違いということになる。
 そんな能力を、この短時間で百は超える回数使った黒子の疲労度は言うまでもないことだろう。


初春『上条さんとは合流できましたか?』

黒子「いいえ。救出活動中は火の上がっていないところは全て捜しましたが見つかりませんでしたの」


 その間に十数人ほど逃げ遅れた人を外へテレポートさせたりしたが、もちろんその中に上条の姿はなかった。


初春『ということは火が起こった場所にいて、一酸化炭素中毒を起こし気絶して焼死体になっちゃった、っていう可能性が高いってことでしょうか?』

黒子「言い方が悪いですわよ」


 げんなりしながら黒子は続ける。


黒子「その可能性はないとは言いませんが、あの類人猿がそう簡単にくたばりやがるとは思えませんの。脱出してどこかへ行った可能性のほうが高いかと」

初春『そうですよね。でしたらもう一度監視カメラの映像をハックして上条さんを捜すとしましょう。といってもその周辺は暗部の人たちにカメラ潰されているから望み薄ですけどねー』


 向こうの電話口からキーボードを叩くと音が聞こえてきた。またグレー行為を平然と。
 黒子はため息交じりに聞く。


649 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:18:01.74 ID:jaU2C2/Fo


黒子「電話はかけてみましたの?」

初春『はい。けど、何度かかけましたが一向に出ないんですよねー。コールされるってことは携帯自体は無事だとは思いますけど』


 『そう考えたら火事に巻き込まれた可能性は低いかもですねー』と初春は軽い感じに言った。
 耐火仕様の携帯端末なんてものがあったような気がするが、と思いついた黒子だったが、あの類人猿がそんなハイテクなもの持ってないだろ、と思考を頭から消し去った。
 

黒子「まあ、あの類人猿の行き先は任せますわ。わたくしはこの現場を見届けなければいけませんので」

初春『あれ? アンチスキルに引き継がなかったんですか?』

黒子「いえ、もしかしたら類人猿がひょっこり顔を出してくるかもしれませんし、それと」


 黒子は照れくさそうに続ける。


黒子「自分が関わった現場ですので、最後まで見届けておきたいとかそういう感じのやつです」

初春『白井さん……』


 初春からの声とキーボードの打音が止まる。
 そして、初春は『ふふっ』とわずかに笑ってから、


初春『でもジャッジメントとして越権行為をした事実は変わりませんので、帰ったら始末書書かなきゃですねー』

黒子「……それくらいわかっていますの!」


 そう言って黒子はむくれながら携帯端末の回線をぶっ千切った。


―――
――


650 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:19:23.44 ID:jaU2C2/Fo


 雨上がり。第一〇学区にあるとある公園。そこには異様な光景があった。
 地面に横向きで倒れた自動販売機。投げ出されたように転がったベンチやゴミ箱。
 その周辺には空き缶がばらまかれたように散らばっていた。

 スクラップの廃棄場みたいになっている一角の中心に一人の少年が転がっていた。
 上条当麻。体中に傷や火傷痕のようなものがあり、目に見えてボロボロな少年。
 ここに広がった物は全部上条の頭上から落ちてきた物であり、それらの落下物を身に受ける形となっていた。
 ベンチやゴミ箱の下敷きになっているが、自動販売機という巨大な物体に押しつぶされなかったのは不幸中の幸いだったか。


上条「…………」


 落下物の何かが頭にぶつかったせいで上条は今の今まで気を失っていたのだ。
 目を覚ました上条は雲と雲の間にある夜空の星を見ながら考え事をしていた。


上条(――悪いな一方通行。やっぱり俺じゃ駄目だったよ)


 上条当麻は心の中でそう謝った。結標淡希を取り戻せなかったことについて。
 彼は一方通行に頼まれて結標を追っていたわけでもないし、それどころか彼がそんなことをしたと一方通行が知ったら逆に『余計なことをするな』と怒るかもしれない。
 だが、上条の中にある謝罪の気持ちは一向に消えなかった。


上条(――俺じゃ、アイツの『ヒーロー』にはなれなかったよ)


 上条は他の人から『ヒーロー』と称されることがある。
 彼は自覚はないがよく人助けをしていた。
 落とし物を一緒に探すなどという小さなことから、他人の一生を左右する重大な事件に関わるという大きなことまで。
 そういうことに頻繁に首を突っ込んだりしたためか、よく『ヒーロー』だなんて呼ばれていた。
 だからこそか、上条はいつからか無意識に自分が『ヒーロー』なんだと思い上がった考えを潜在させていたのかもしれない。
 自分が『ヒーロー』だから結標を追いかけなければいけない。自分が『ヒーロー』だから結標を救い出してやらなければいけない。
 その結果が、この無様に地面へ横たわる自分である。


上条「……クソッ」


 情けないヤツだ、そう思って上条は舌打ちした。
 動かない身体を無理やり動かして体にのしかかったベンチやゴミ箱をどかす。
 上体を起こして雨に濡れた地面へ座り込む。


上条「……これからどうすればいいんだ?」


 上条は呟く。
 今から結標を追いかけようにもどこにいるかわからない。
 もう一度ジャッジメントの一七七支部にいる初春という少女に電話し居場所を探してもらう。
 そうすれば結標を再び見つけることができるかもしれない。
 だが、見つけたところでなんだ? 今結標に会ったところで何が出来る?
 そんな思考が上条の頭の中をグルグルと駆け回っていた。

 ジャリッ。

 上条の後ろから雨で濡れた砂を踏んだような足音が聞こえてきた。
 なんだ、と思い上条は後ろに首を向ける。


上条「……だれ?」


651 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:21:48.37 ID:jaU2C2/Fo


 そこに立っていたの黒髪の少女だった。
 背丈や体付きからして上条と同い年くらいの高校生か。
 春休み中なのに制服を着ているみたいだが、上条はそれがどこの学校の制服か見当がつかなかった。
 呆気を取られている上条を見て、その謎の少女はニヤリと笑う。


??「倒れた自動販売機に散乱したジュースの空き缶……もしかして盗んだジュースでやけ酒ならぬやけジュース中だったかしらぁ?」

上条「なっ、ち、違う! これはそういうのじゃなくてなぁ」


 突然の盗人判定を受け、上条は両手を前に出して弁明の機会を求める。
 そんな様子を見て少女はクスリと笑い、


??「嘘よぉ、ちゃんとわかってるわぁ。全部見てたから事情は知ってる。結標さんにやられちゃったのよねぇ」

上条「なっ、アンタ結標のこと知ってんのか!?」


 まったく知らない人間から結標の名前が出たことに上条は驚く。
 通常時なら結標の個人的な知り合いとかで片付ける話だが、状況が状況だ。
 それにこの少女は上条が結標を知っている前提で話をしている節があった。

 上条の質問に特に答えることなく、少女は公園の反対側の出口へと向けて少し歩いてから振り返った。
 まっすぐと上条の方へ向いて、


??「結標さんのこと、助けたいとは思わなぁい?」

上条「……アンタは一体、何者なんだ?」


 少女は少しだけ目を丸くさせたあと顎に人差し指を当てて何かを考え出した。
 五秒位考えたあと、少女は不敵な笑みを浮かべながら、


??「うーん、そうねぇ。ここで本当の名前を名乗ってもいいんだけどぉ、どうせすぐに忘れちゃうから不便なのよねぇ。じゃ、私のことは少女Aとでも呼んでちょうだい!」

上条「凶悪な少年犯罪犯してニュースで名前を隠された女子生徒かよ」

??「そのツッコミはどうなのかしらぁ? 人によっては不快力で笑えないかもしれないわよねぇ」

上条「そんな変なもんを連想させるような名前を名乗っているテメェには言われたかねえよ!」

A子「もう、しょうがないわねぇ。だったらA子でいいわよ。まぁ、正直名前なんてなんでもいいんだケドぉ」


 やれやれと言った感じで少女は少女AからA子へ改名した。
 そんなA子と名乗る少女と話している上条は、何か違和感のような変な感じがあった。
 この少女とどこかで会ったことがあるんじゃないか。デジャヴみたいなものだろうか。
 首を傾げながらも上条は質問する。


652 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:23:34.60 ID:jaU2C2/Fo


上条「何でアンタ結標のこと知ってんだ? 友達か何かか?」

A子「友達ではないわぁ。知り合いって言えるほどの面識力もないかもしれないわねぇ。直接会ったことあるのは結標さんがバイトしているケーキ屋さんで偶然出会って世間話した時だけだしぃ」


 けれど、とA子と名乗る少女が言う。


A子「それは結標さんが記憶喪失していた時の話だから、今の結標さんとはおそらく初対面ってことになるわよねぇ」

上条「…………」


 上条はこの言葉で確信した。この謎の少女は全部知っている。
 結標が記憶喪失していたということも、その結標が記憶を取り戻して今大変な事態に巻き込まれているということも。


上条「ほんとアンタ何者だよ? もしかして暗部組織の人だったりするのか?」

A子「私はそういうのじゃないわねぇ。わざわざそんなところに堕ちてあげる必要性が感じられないわけだしぃ」

上条「じゃあ何で結標の記憶のことを知ってんだよ。結標のことなんてそんな世間に出回っている情報じゃねえだろ?」


 少女は人差し指を唇に当てながら、


A子「アナタが納得するような答えを私は持っているんだけどぉ、言ったところでアナタには覚えてもらえないわけだしねぇ。あー、でも納得したという事実力は残るはずだから別にそれでいいのかしらぁ?」

上条「? 何言ってんだ?」


 困惑の表情を浮かべる上条を無視して少女は、


A子「実は私、超能力者(レベル5)第五位の心理掌握(メンタルアウト)こと食蜂操祈ちゃんなんだゾ☆ 私の収集力にかかればその程度の情報なんて簡単に集まっちゃうってコト♪」


 ピースみたいな形にした右手を目の横に持ってきて、左手を軽く腰に当て、ウインクのように片目を閉じる。
 そんなポーズをする少女の瞳の中には、十字形の星模様のようなものが浮かんでいた。


―――
――



653 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:25:12.09 ID:jaU2C2/Fo


佐久「――山手の部隊と連絡が付かないというのは本当か?」


 第一〇学区の隠れ家の一室にいる『ブロック』のリーダー佐久が下部組織の男に問いかける。
 下部組織の男の一人は恐る恐るな感じで、


ブロック下部「は、はい、ここ一時間程。最初は作戦行動中で連絡が付かないと思っていたのですが」

手塩「たしかに、それは妙だな」


 壁を背に腕を組んでいる手塩が怪訝な表情をする。


手塩「いくらヤツが、作戦行動中であっても、定時報告を怠るなど、あるはずがない」


 「ましてやこちらからの連絡に返事を返さないのはおかしい」と手塩がさらに付け加えた。


佐久「もしかしたら殺られちまったのかもしれねえな」


 佐久はあっさりと言い放った。
 山手という男はブロックの幹部の一人で、これまでの活動を支えてくれた優秀な男だ。
 その男が死んだかもしれないという予想を立てた佐久の表情は、特に変わったところはなかった。


佐久「あいつの仕事は情報封鎖の残り物を処理することだ。今まで情報開示していたヤツがそれを予測して返り討ちにした可能性が高い」

手塩「……たしかに、そうだな。櫻井通信機器開発所の火災のことが、ニュースに上がっている。おそらくこれは、座標移動が関係していることだろう」


 山手は既にメディア関係の施設への手回しは終えたと言っていた。
 手回しというのは研究施設を狙う謎の襲撃犯に関する報道の規制。
 だが、現実ではその関係するニュースが流れている。


手塩「最初は襲撃犯に、直接関係していないと、判断されてしまったと、思っていた。そこで、山手が倒されたという、前提で考えると……」

佐久「そうだ。情報封鎖が解かれている可能性が高い。つまりその封鎖を解いたヤツに殺されたってことになるな」


 幹部とその部隊を失う。
 その痛手を考慮して手塩が確認する。


手塩「作戦は、どうするつもりだ? 最悪な、パターンを考えたら、こちらの情報が、山手から抜かれている、可能性もあるわ」


654 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:26:11.83 ID:jaU2C2/Fo


 山手はブロックの幹部だ。
 拷問。自白剤。精神系能力者によるチカラ。
 あらゆる手を使って山手から情報が奪われていた場合、それすなわちブロックの全てが奪われたに等しい。
 ブロックの行動方針が把握されていては、これからの作戦に支障をきたす。
 質問に対して佐久は笑みを浮かべ、


佐久「決まってんだろ。続行する」

手塩「正気か?」


 いつも冷静な手塩の表情が少し動いた。
 それだけの決断をリーダーの佐久がしたということだろう。


佐久「たしかに俺たちの作戦が筒抜けかもしれねえのは痛手だ。だが、そいつらのターゲットもおそらく座標移動。それならばヤツらは俺たちの邪魔をすることができないということになる」

手塩「それはあくまで、作戦開始までのことだろう。実際に、ヤツが現れたら、混戦になる」

佐久「だろうな」

手塩「だったら、なぜ、続行する?」

佐久「勝てる算段があるからだ」


 そう一言で返したあと佐久は笑みを崩さないまま、


佐久「決行場所の都合上能力者が殴り込みに来る可能性は低い。スクールとかアイテムとかのクソッタレどもはそれだけで戦力は半減以下だ」

佐久「それに比べてうちの戦力は圧倒的だ。残りのヤツらなんて容易に制圧できるくらいにな」

佐久「混戦? そんなことにすらならねえよ。制圧して座標移動を捕らえて逃げ切りゃそれで俺たちの勝ちだ」


 説明を聞いた手塩はため息を一つつき、そのまま黙り込んだ。
 反対意見がないことを確認した佐久は携帯端末を起動し、通話を繋げる。


佐久「鉄網か? 俺だ。作戦は予定通り決行する。そちらも準備を進めておけ」


―――
――



655 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:28:44.17 ID:jaU2C2/Fo


 第七学区にあるアミューズメント施設。
 ボウリング場やゲームセンター、ちょっとしたスポーツを楽しめる設備の整った施設だ。
 現在は春休みのため学生の客で施設内は賑わっていた。
 その中にあるカラオケボックスの大部屋。そこには『グループ』の面々がいた。

 この一室はグループが隠れ家として使っているものだ。
 部屋にたどり着くためにはトリックアートのような技術で綿密に隠された通路を複数通らなければならない。
 そのため、人の出入りが多いカラオケボックスという場所でも隠れ家という役割を果たしていた。

 各々好きな場所に座って顔を見合わせているところから、何か打ち合わせのようなことをしていることがわかる。
 そんな中、見た目一二歳のパンク系少女黒夜が話を切り出す。


黒夜「――つかさぁ、本当に大丈夫なのかよ? アンタら二人がオフェンスでさ」


 テーブルに広げられたフライドポテトを一本手に取り、それを男二人のいる方向へ向ける。
 二人のうち海原のほうが冷静な口調で、


海原「自分は問題ないと思いますがね。あの場所は貴女たちがまともに戦えない環境でありますから、必然的に自分と土御門さんが適任となるでしょう」

黒夜「チッ、せっかくの楽しい楽しいお祭り騒ぎだってのに、やることが会場の警備だなんて面白くねェ」

番外個体「まあいいじゃん。クロにゃんは今回の情報を引っ張ってきた、っていう十分な仕事を果たしてくれたんだから。あとはゆっくりしとけばいいよ」

黒夜「アンタからの称賛の言葉なんてもらっても嬉しくないよ。だいたい私と同じ立場なんだからもうちょっとアンタも反論しろよ」

番外個体「ミサカはクロにゃんみたいなバトル脳じゃないからねー。ミサカ的には仕事サボれてラッキーって感じだから」


 番外個体がケラケラ笑いながら答える。それを見て黒夜が不満そうに舌打ちした。
 会話が収まったことを確認した土御門は、


土御門「というわけで、プランAの説明は以上だ。頭に叩き込んでおけ」

黒夜「へいへい。で、プランAってことはプランBがあるってことだよな? Bのほうはいつ説明してくれんだ?」

番外個体「そりゃあれだよ。例のゲームであの人が勝ったあとじゃない?」

黒夜「あー、そういうことか。ま、それならBのプランは必要ないね」


 黒夜が得意げな表情で指についたフライドポテトの塩分を舐める。


黒夜「勝とうが負けようが、どっちにしろそのときあの野郎は、この場に立っていないんだからね」


 その発言に対して他三人は特に反応はしない。
 部屋の中にはカラオケのディスプレイから流れる宣伝用の映像の音声だけが聞こえる。
 そんな耳障りな沈黙を破るように、


 ダゴンッ!!


 という大きな音を立て入り口のドアが吹き飛んだ。
 ドアはそのまま直線上にある壁に叩きつけられ、地面に横たわった。
 それを四人は視線だけ向けて確認する。
 ガチャリ、ガチャリ。
 機械の駆動するような音を立てながら、入り口から一人の少年が入ってきた。
 真っ白な髪と皮膚。悪魔のような真紅の瞳。首元には電極付きのチョーカーが巻かれており、右手には機械的な杖を突いている。
 学園都市最強の超能力者(レベル5)が口元を大きく引き裂きながら、


一方通行「こンばンはァグループのカスどもォ! 随分と待たせちまったよォですまねェなァ? お詫びってわけじゃねェけどよォ、痛みを感じることなく一瞬で肉塊にしてやっから感謝しろォ!」


―――
――



656 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:30:26.88 ID:jaU2C2/Fo


 グループの隠れ家である一室の入り口に立った一方通行は部屋を見渡す。
 正面右側には一方通行がよく知っている、金髪にサングラスをかけた男、土御門元春。
 その隣には見た目爽やかで笑顔の似合う男、海原光貴。
 入り口から対角線上の位置にいるのは茶髪の少女。背格好からして自分と同い年くらいか。暗がりにいるためか顔までは確認できない。
 彼の目にはその三人が映っていた。

 一方通行の中にある疑問が浮かぶ。


一方通行(あン? 三人だァ?)


 以前、海原光貴が言っていた説明を思い出す。
 スクールやアイテムが四人組の組織であるようにグループも同じ四人組の組織であったはずだ。


一方通行(グループってのは四人組じゃねェのか?)


 だが、そんな疑問は一瞬で吹き飛んだ。
 なぜか。
 一方通行の死角に潜り込み、突き刺すような殺気を放ちながら右方から猛スピードで接近してくる少女に気付いたからだ。


黒夜「いらっしゃい第一位ィ!! そしてこのままサヨナラだァッ!!」


 黒夜海鳥が最強の能力者へ突っ込む。彼女の右の掌から見えない何かが噴出される。
 ザパン!! という音を上げ掌の先にあったテーブルの板が切断され、上に乗っていた料理の皿や飲み物の入ったグラスが宙に舞った。
 『窒素爆槍(ボンバーランス)』。
 空気中の窒素を操り、掌から窒素で出来た無色透明の槍を生み出すチカラ。
 戦車の装甲を容易に貫通・切断する破壊力を、黒夜は一方通行の華奢な体に突き付ける。

 一方通行と窒素の槍が交差する。
 ズガン!! という爆音が鳴り、その余波で室内に烈風が巻き起こった。

 一方通行と黒夜海鳥の戦いの決着は、その一撃であっさりとついた。
 勝者は悠然とその場に立っており、敗者は体ごと吹き飛んで壁に叩きつけれていた。


黒夜「なン……だとォ……?」


 壁に叩きつけれ吐血した黒夜は、床へ膝から崩れ落ちて目を大きく見開かせていた。
 チカラを振りかざした右腕は皮膚がめくれ上がるように破れ、赤い液体を垂らしながら黒い合金製の骨を覗かせて、あらぬ方向へ折れ曲がっていた。


黒夜「ば、馬鹿な。私には、ヤツのパラメータが……!」


 驚愕の表情のまま黒夜は呟く。
 その様子を見た一方通行はつまらなそうに首を鳴らし、


一方通行「オマエ、木原のクソ野郎の猿真似をしてやがったな?」


 一方通行は見透かしたように問いかける。


一方通行「大方、『木原数多』の思考パターンを取り入れて、俺の『反射』を機械的に破ろうとしたンだろがよォ。オマエはいつの『木原数多』のデータを取り込ンだ?」

黒夜「ッ!?」


657 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:33:33.52 ID:jaU2C2/Fo


 黒夜は言葉の意図を理解したのか、顔を強張らせた。
 一方通行は気にせず、傷口に塩を塗りたくるように、丁寧に説明を続けてやる。


一方通行「人間っつゥのは時間が経過すればそれだけ変化する生き物だ。肉体的な部分はもちろン、思考パターンもなァ?」

一方通行「それは俺だって当然例外じゃねェ。例えば半年前の俺と今の俺の思考パターンを比べりゃ、大きくズレが生じているだろォよ」

一方通行「木原の技術は俺の思考パターンを完全に把握することによって、初めて『反射』を破ることが出来る」

一方通行「あの男はリアルタイムで俺の思考パターンを分析することでそれを把握しやがる。だからこそ、ヤツには後出しで反射角を調整しても通用しねェ」


 言うことを言って一方通行は片膝立ちになっている黒夜の前に立ち、見下ろす。


一方通行「ここまで言えばあとはわかるだろォ? オマエは俺がオートの『反射』をすると思ってチカラを寸前で引き寄せた。だが実際俺が行ったのは手動のベクトル操作」

一方通行「この時点でオマエが持っている『木原数多』の思考データはただの糞だったってことになるわけだ。残念だったなクソガキ」


 吐き捨てるように言った一方通行。
 それに対して黒夜は犬歯をむき出しにして、憤怒の表情を浮かべながら、無傷の左手をかざした。


黒夜「見下してンじゃねェぞクソ野郎がァ!!」


 左掌から窒素の槍が噴出された。ターゲットは一方通行の額。
 無色透明の槍が一方通行の頭に突き刺さろうと伸びる。
 しかし槍は一方通行の皮膚には届かない。

 『反射』。

 ゴパァン!! 跳ね返った窒素の槍が黒夜の左腕を吹き飛ばした。


一方通行「無駄だっつってンのがわかンねェのか?」

黒夜「く、そが……」


 両腕という武器を失った黒夜は地面に倒れ込んだ。
 瞬間、一方通行は頬に痛みが走ったことに気付いた。
 痛みのあった部分に手を当てると、生ぬるい血液がベッタリと掌に付着した。


一方通行(……腐っても『木原数多』の技術か。完全に『反射』することが出来なかったっつゥことか)


 一方通行は頬の血を適当に拭い、血流のベクトルを操作して出血を無理やり止める。自分の未熟さに舌打ちした。
 そんな様子を見て部屋の奥の方に座っていた茶髪の少女が立ち上がり、こちらを向いて馬鹿笑いしながらパチパチと拍手する。


????「いいっひっひっひっひっひひひひぃっ!! あんなに自信満々だったのにクロにゃんダッサぁー!!」

一方通行「あン? 今度はオマエが――ッ!?」


 明るみに出た茶髪の少女の顔を見て一方通行は絶句する。
 とても見覚えのある顔だった。
 同じ家に居候してる同居人であり、守るべき存在である少女『打ち止め(ラストオーダー)』。
 もう絶対に誰一人殺さないと一方通行が決心した、『絶対能力進化計画(レベル6シフト)』で一万人以上殺した少女たち『妹達(シスターズ)』。
 彼女たちのオリジナルであり、彼女たちの姉である『御坂美琴』。
 その全ての少女たちの面影を残した目の前の女。彼女を見ながら一方通行は震える口を動かす。


一方通行「オマエ、妹達(シスターズ)、か?」

番外個体「正解ぃ!! ま、でもミサカは従来の製造ロットとは違う『第三次製造計画(サードシーズン)』の番外個体(ミサカワースト)だから、ちょびっと違うんだけどねー」


658 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:36:26.50 ID:jaU2C2/Fo


 『第三次製造計画(サードシーズン)』。聞いたことのない単語だった。
 一方通行の知っている『量産型能力者計画(レディオノイズ)』とはまったく別物なのだろう。
 自分の知らないところで新たな個体が生み出されていたという事実を知り、一方通行は動揺を隠せなかった。


番外個体「クロにゃんが無様に敗北しちゃったから、お次はミサカの出番ってことなんだけどさぁー」

一方通行「ッ」

番外個体「ええと、なんだっけ? 一万人以上殺しちゃったけどもうこれ以上は絶対に殺さないんだっけ? 『最終信号(ラストオーダー)』を、他の『妹達(シスターズ)』を守るんだっけ?」


 ニヤニヤとした表情で番外個体は続ける。


番外個体「だったらさー、ミサカのことも守ってほしいなー? ミサカが生まれた理由は『一方通行(アクセラレータ)の殺害』。あなたを殺さないとミサカは処分されちゃうってことなわけよ」


 一方通行は番外個体の言葉を聞いて理解した。
 学園都市最強の超能力者(レベル5)を倒すためにはどうすればいいか。
 その問いの最適解を目の前に叩きつけられたような気がした。


番外個体「ミサカはね、ミサカネットワークから負の感情を拾い上げやすいように調整されている個体なんだー」

番外個体「その負の感情っていうのもちろん、実験で一〇〇三一回もなぶり殺してくれたあなたに対する恨み、憎しみ、復讐心」

番外個体「感情が表に出にくい他の妹達の代わりに、こうやってそういう負の感情を拾い集めて表現してあげているってこと」


 そういうわけだから、と番外個体はポケットから何かを取り出す。
 ジャラリと、彼女の手の中には十本近い数の鉄釘が収まっていた。


番外個体「殺された一〇〇三一人の妹達のために死んでよ第一位ッ!! 残りの九九六九人の妹達とミサカのためにもねぇッ!!」


 番外個体は叫びながら手の中の鉄釘を一本取り出し、それを一方通行へ向けて構えた。
 おそらく超電磁砲(レールガン)のように鉄釘を射出しようとしているのだろう。
 体中に白い火花が走る。
 番外個体のチカラが今、放たれようとしていた。
 だが一方通行は、


一方通行「……たしかに、そうだな」


 肯定した。番外個体の言葉に対して。
 全身から力が抜かれる。戦意が消える。
 番外個体からしたら予想外の発言だったのか、射出されそうだった鉄釘は止まり、眉をしかめさせた。


番外個体「へー。エラくあっさり認めちゃうんだ? もうちょっと抵抗してくると思ったんだけどさー」

一方通行「オマエの言っていることは何一つ間違ってねェよ。俺は確かに一万人以上ぶっ殺した。それに対して罪を咎められるのは当然だし、アイツらに死ねと言われたら死んでやるべきだと俺も思う」


 けど、と一方通行は付け加える。


一方通行「俺にはまだ守らねェといけねェヤツがいる。守らねェといけねェ『約束』がある。そのためにも俺は――」


 一方通行の頭の中には結標淡希の姿があった。
 自分が初めて明確に好意を抱いた女。
 こんなクソッタレな男に好意を抱いてくれた女。
 彼女は今、学園都市の闇という底なし沼に引きずり込まれてもがいている。
 だからこそ、一方通行は、


一方通行「――アイツを救い出すまで死ぬわけにはいかねェンだよ!」


659 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:39:10.03 ID:jaU2C2/Fo


 瞬間、一方通行がまとっていた雰囲気が変わる。番外個体の視界に映っていた一方通行の姿が消えた。
 番外個体はミサカネットワークの稼働状況をモニターすることで、一方通行の行動を先読みすることができる。
 だから、番外個体は一方通行は次にどこへ行き、何をしようとしているかがわかっていた。
 しかし、


番外個体(――速過ぎるッ!?)


 後ろを振り返ろうとする番外個体の首の後ろ部分に衝撃が走る。
 一方通行は番外個体の後ろへと一瞬で移動し、彼女の首へ手刀を打ったのだ。
 ガクン、と脳みそを揺らすような一撃に、番外個体は糸が切れた操り人形のようにテーブルの上に崩れ落ちる。
 薄れていく意識の中、後方にいる一方通行から声が聞こえた。


一方通行「悪りィな。全てが終わったあとまた殺しに来い。俺は逃げも隠れもしねェからよォ」


 それを聞いた番外個体は、声を発することなく口だけの動きで何かを喋った。

 なんと言ったのかは一方通行にはわからなかったが、おそらく自分に対する罵詈雑言だろと考えるのをやめて、視線をグループの残り二人へと向ける。


一方通行「さて、次はどっちだ? 海原、オマエか?」


 名前を呼ばれた海原と呼ばれる少年はクスリと笑みをこぼし、


海原「ふふっ、残念ながら今の自分は貴方を倒す手段を持ち合わせておりません。なので、ここはやめておきましょう」


 ニコニコ笑顔で両手を上げて降参の格好をする海原を見て、一方通行は毒気を抜かれたような表情をした。
 そして海原より奥側で大股開いて座っている土御門の目の前にジャンプして立ち塞がる。
 足元には壊れたテーブルの破片や食べ物が散乱していたが、一方通行は気にすることなくそれを踏み潰した。


一方通行「土御門ォ、このゲームは俺の勝ちだァ。約束通り吐いてもらうぞォ? 結標に関する情報を、洗いざらい」


 その言葉を聞いた土御門は「ふっ」と鼻で笑った。
 一方通行はそれを見て苛立ちを見せながら食ってかかる。


一方通行「ハッ、話す気はハナからなかったっつゥことかァ!? イイだろォ!! だったらこれから楽しい拷問の始まりだァ!! 最初は爪を――」


 一方通行が言葉を言い切る前に土御門は懐へ手を入れ、何かを取り出した。
 それは二〇センチくらいの棒の先に直径一五センチくらいの円状のものが取り付けられた道具だった。
 何かの武器かと思い、一方通行は身構えた。
 土御門はニヤリと笑い、その道具についたボタンを押す。


 ピンポン!!


一方通行「…………は?」


 気の抜けるような電子音が道具から鳴った。
 まるでクイズ番組か何かで正解した時に鳴るような軽快な音が。
 呆気を取られている一方通行を見てケタケタ笑いながら土御門は、


土御門「合格だぜい! アクセラちゃーん!」


 土御門が持つ道具の円盤部分。
 そこには赤い丸マークが描かれており、チカチカと点滅していた。


―――
――



660 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:41:09.37 ID:jaU2C2/Fo


数多「――帰ったぞ」


 従犬部隊のオフィスである木原数多の部屋。
 リビングの入り口のドアを開けて、数多が帰宅したことを告げる。


円周「おかえりー数多おじちゃん」


 応接用に使っているソファに寝転びながら漫画を読んでいる円周が、適当に挨拶をした。
 それを見て軽くため息を吐きながら、数多はソファの前の応接テーブルに手に持っていた箱状のものを置いた。


数多「ほらっ、買ってきてやったぞ。ケ○タッキーフライドチキン」

円周「おおっ、このスパイシーな香りは間違いなくケンタ○キーフライドチキン!」


 円周はソファから飛び上がるように上体を起こし、食欲をそそる香りを放つ箱を手に取り自分の目の前へと引き寄せる。
 スムーズな手付きで開封し、中に入っている脚部分のフライドチキンを手に取り、頬張った。


円周「うん、うん。やっぱりジャンキーって感じがして美味しいね」

数多「そうかよ。そりゃよかったな」


 数多が手に持っていた荷物をその辺の床に放り投げて、自分の席である窓際の中央デスクへと座った。
 背もたれがきしむくらい背中を預け、両足をデスクの上に投げ出す。疲労が溜まっているのだろうか。
 そんな様子を見て、鶏肉を咀嚼しながら円周は、


円周「お仕事はちゃんと終わったのー?」

数多「まあな」

円周「一体どんな仕事だったの? 開発の仕事とか言っていたけど」

数多「あぁ? あー、あれだ。こういう機械を作りたいんだけどどうすればいいですか、みたいな質問に答えるだけの面倒な仕事だったわ」


 「結局この俺が直々に設計図書いてやったんだがな」と数多は面倒臭そうに補足した。
 時計の針は午後七時頃を指していることから、それなりに難航したのだとわかる。


円周「ふーん、ちなみにどんな機械を作ったのー?」

数多「あん? そりゃ言えねえなぁ」

円周「何で?」

数多「一応、客先との話だからな。機密事項ってヤツがあるわけだから、喋ることができねえわけだ」


 社会人として情報漏えい対策のルールをしっかり守る社長を見て、円周は不満げな表情をした。


円周「えー、それって社員の人にも話ちゃいけないことなのー?」

数多「いや、お前社員じゃないだろ」


 円周が「えっ」と目を丸くする。


661 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:42:49.52 ID:jaU2C2/Fo


数多「お前はこのオフィスに勝手に居候してるガキだろうが。社員名簿にお前の名前はねーよ」

円周「スターランドパークのお化け屋敷とかいろいろ仕事手伝ってあげたのにー?」

数多「それに対する賃金を俺はやってねえだろ?」

円周「そういえば何ももらってなかったねー」


 納得したのか円周は視線をフライドチキンの入った箱に移して、手羽部分を取り出して頬張った。
 すると、円周は手羽を咥えたまま「ん?」と疑問符を浮かべる。


数多「どうかしたか?」

円周「いや、よくよく考えたらお仕事手伝ってあげているのに、給料が一銭も出てこないのはおかしくない? 労基に駆け込んだほうがいい?」

数多「何言ってんだお前。ここの衣食住の金は誰が出してやっていると思ってんだ?」


 そういえばそうだね、と円周は再び手に持つ手羽に興味を戻す。
 美味しいねー、とニコニコ笑う円周を見るところから、完全にさっきまでの会話の内容への興味が失せたみたいだった。


数多「あー、俺もメシ食って風呂入って寝るか」


 そう言って数多は携帯端末を開いて、某フードデリバリーサービスのサイトを見ながら今日の夕食を吟味する。
 そんな数多をよそ目に円周は箱から胸部分を取り出し、それを見つめながら唐突に話し始める。


円周「そういえば今日は、よく家の周りで虫が跳んでいるみたいだけど、駆除しといたほうがいい?」

数多「あー、まあ別にいいだろ放っておけ」

円周「なんでー?」

数多「朝蜘蛛とか夜蜘蛛っていう話あるだろ? 今は夜だから害虫さんは放っておけばいいだろっつー話だ」


 その話を聞いて円周は首を傾げながら、


円周「ふーん、数多おじちゃんが迷信めいたものを言うなんて珍しいねー。でもその理論なら夜だから殺さなきゃだよ」

数多「あ? そうだっけか?」

円周「それに蜘蛛はどっちかと言ったら益虫だから、害虫でもないよねー」

数多「あー……」


 数多は携帯端末を操作しながらしばらく黙り込んだ。
 その様子を円周は胸肉をムシャムシャとかじりながら直視する。
 そして数多はふと何かを思いついたかのように、


数多「まあ益虫の対義語が害虫だから、害虫の場合は逆に夜は生かすっつーことで」

円周「なんか適当だなー」


 そう言うと円周は食べ殻だけになった箱を持って、それを捨てるためにキッチンへと歩いていった。


―――
――



662 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:46:42.50 ID:jaU2C2/Fo

土御門「にゃっははー、まさかアクセラちゃんが、こんなに早くオレたちを見つけ出すとは正直思わなかったぜい!」

一方通行「…………」


 グループの面々と一方通行は、先ほどまでいたカラオケボックスの隠れ家から、近くにあるホテルの中の一室へと場所を移していた。
 ツインルームだからベッドが二つ並列しており、椅子やソファなども置いてある広々とした部屋だ。
 もちろん、この部屋もグループのたくさんある隠れ家の中の一つだった。
 部屋を移った理由は、一方通行と黒夜の交戦により結構な騒ぎが起こってしまったからだ。
 いくら無関係の一般人が見つけづらい位置に隠れ部屋が存在しているとはいえ、派手な音や振動などがしたら隠し通すのは難しい。
 他の人間に存在を悟られたくない暗部組織としては当然の判断だった。
 
 番外個体がベッドに腰掛けながら首元を抑えてゴキリと音を鳴らす。


番外個体「あちゃー、第一位に首元殴られたせいかセレクターが壊れちゃってるじゃん。せっかく自爆して嫌がらせしてやろうと思ったのになー」


 そんなことをしながらニヤついた顔で犯人の方へとチラチラと視線を送っていたが、面倒臭いのか一方通行は無視を決め込んだ。


黒夜「その装置がなんなのかは知らないけどさ、両腕を吹っ飛ばされた私よりはマシだと思うけどね。チッ、予備の義手使い切っちまったからまた技術部に作らせねーとなぁ」


 黒夜はボロボロにされ、使い物にならなくなった両腕の義手を新しい義手へと取り替え、動作確認のためか手をグーパーしたり、肩をグルグル回したりしていた。
 そんなことをしながら犯人の方を獣のような目で睨みつけていたが、やはりこれも面倒臭いのか一方通行は無視を決め込む。


海原「しかし、よくこんな短時間で自分たちを見つけられましたね。一体どういう方法を使ったのですか?」


 机に備え付けられた椅子に座りながら海原が興味深そうに質問した。
 一方通行は頭をぐしゃっと掻きながら、


一方通行「あーアレだ。録音していた土御門との電話の背景音を解析することでカラオケボックスだと断定して、あとは第七学区中の店舗を回ってっつゥ感じだな」


 「まさか一店舗目で見つけられるとは思わなかったがな」と一方通行は自分の運の良さを無意識にアピールする。


海原「なるほど。背景音の解析とはアンチスキルのよく使う技術ですね。アンチスキルにコネでもあったのでしょうか?」

一方通行「イイや。そンなモンは使ってねェ。音声のベクトルを読み取って数値化して分析した。コイツを使ってな」


 一方通行は首元の電極を指でコンコンと突く。


土御門「さすが万能ベクトル操作能力だにゃー。相変わらずのチート能力で安心するぜよ」

一方通行「そンなチカラがあったところで、一人の女も守れねェよォじゃただのクソだよ」

海原「しかし、いくらその電話の音声の中にカラオケボックスの情報が入っていたとはいえ、実際にその場にいるとは限らないとは思わなかったのですか?」


 「たまたま移動中にカラオケボックスの背景音が入っているかもとは思わなかったのですか」と海原が問いかける。


一方通行「ああ、その電話で土御門が言ってたンだよ。『これからすぐに打ち合わせ』ってな」

海原「なるほど。それですぐそこに隠れ家がある。つまり、カラオケボックスに隠れ家があると断定したのですね」


 海原が納得したように微笑む。
 
 
一方通行「そっからは簡単だったぜェ? 受付の店員に『グループ』『土御門』『海原』っつゥ単語を言ってやったらよォ、その店員は馬鹿正直に瞳孔を不自然に動かしやがったンだ」

一方通行「おかげでこの建物ン中のどこかにいるってわかったからな。あとはオマエらの臭せェニオイを嗅いで場所を特定するだけでゲームセットだァ」


 嘲笑うように一方通行は語る。
 それを見ながら土御門がニヤニヤして言う。


土御門「いやー、ほんとお見事お見事! オレの出してやったヒントを全部拾ってくれてるなんて、嬉しすぎてオレっち泣いちゃいそう」

一方通行「……こンな隙を見せるなンざらしくねェと思ってはいたが、やっぱり俺を呼び寄せるためのエサだったか」

土御門「そうそう。真面目にやったらお前なんかがオレたちを見つけられるわけないからにゃー」

一方通行「うっとォしい野郎だ」

663 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/12/25(土) 23:47:22.47 ID:ovgTZmeE0
日本人はカス民族。世界で尊敬される日本人は大嘘。

日本人は正体がバレないのを良い事にネット上で好き放題書く卑怯な民族。
日本人の職場はパワハラやセクハラ大好き。 学校はイジメが大好き。
日本人は同じ日本人には厳しく白人には甘い情け無い民族。
日本人は中国人や朝鮮人に対する差別を正当化する。差別を正義だと思ってる。
日本人は絶対的な正義で弱者や個人を叩く。日本人は集団イジメも正当化する。 (暴力団や半グレは強者で怖いのでスルー)
日本人は人を応援するニュースより徹底的に個人を叩くニュースのが伸びる いじめっ子民族。

日本のテレビは差別を煽る。視聴者もそれですぐ差別を始める単純馬鹿民族。
日本の芸能人は人の悪口で笑いを取る。視聴者もそれでゲラゲラ笑う民族性。
日本のユーチューバーは差別を煽る。個人を馬鹿にする。そしてそれが人気の出る民族性。
日本人は「私はこんなに苦労したんだからお前も苦労しろ!」と自分の苦労を押し付ける民族。

日本人ネット右翼は韓国中国と戦争したがるが戦場に行くのは自衛隊の方々なので気楽に言えるだけの卑怯者。
日本人馬鹿右翼の中年老人は徴兵制度を望むが戦場に行くのは若者で自分らは何もしないで済むので気楽に言えるだけの卑怯者。
日本人の多くは精神科医でも無いただの素人なのに知ったかぶり知識で精神障害の人を甘えだと批判する(根性論) 日本人の多くは自称専門家の知ったかぶり馬鹿。
日本人は犯罪者の死刑拷問大好き。でもネットに書くだけで実行は他人任せ前提。 拷問を実行する人の事を何も考えていない。 日本人は己の手は汚さない。
というかグロ画像ひとつ見ただけで震える癖に拷問だの妄想するのは滑稽でしか無い。
日本人は鯨やイルカを殺戮して何が悪いと開き直るが猫や犬には虐待する事すら許さない動物差別主義的民族。

日本人は「外国も同じだ」と言い訳するが文化依存症候群の日本人限定の対人恐怖症が有るので日本人だけカスな民族性なのは明らか。
世界中で日本語表記のHikikomori(引きこもり)Karoshi(過労死)Taijin kyofushoは日本人による陰湿な日本社会ならでは。
世界で日本人だけ異様に海外の反応が大好き。日本人より上と見る外国人(特に白人)の顔色を伺い媚びへつらう気持ち悪い民族。
世界幸福度ランキング先進国の中で日本だけダントツ最下位。他の欧米諸国は上位。
もう一度言う「外国も一緒」は通用しない。日本人だけがカス。カス民族なのは日本人だけ。

陰湿な同級生、陰湿な身内、陰湿な同僚、陰湿な政治家、陰湿なネットユーザー、扇動するテレビ出演者、他者を見下すのが生き甲斐の国民達。

冷静に考えてみてほしい。こんなカス揃いの国に愛国心を持つ価値などあるだろうか。 今まで会った日本人達は皆、心の優しい人達だっただろうか。 学校や職場の日本人は陰湿な人が多かったんじゃないだろうか。
日本の芸能人や政治家も皆、性格が良いと思えるだろうか。人間の本性であるネットの日本人達の書き込みを見て素晴らしい民族だと思えるだろうか。こんな陰湿な国が落ちぶれようと滅びようと何の問題があるのだろうか?
664 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:49:58.79 ID:jaU2C2/Fo


 舌打ちをしながら一方通行は続ける。


一方通行「まァイイ。とにかくこのゲームは俺の勝ちだ。教えろ土御門。アイツは今どこにいる? 俺はどォすりゃあの女を救える?」

土御門「まあまあ落ち着け。情報はきっちり教えてやる。だが、そのためにはいくつかの条件を飲んでもらおう」

一方通行「条件だァ?」


 いつもと違う暗部の口調に戻った土御門の言葉を聞き、一方通行はピクリと眉を動かした。


一方通行「オマエゲームに勝ったら情報を欲しいだけくれてやるって言っただろォがァ! ナニ勝手に条件とか後付してやがンだァ!」

土御門「オレは嘘つきなんでな。まあ、安心しろ。きちんと条件を飲めば欲しいものは全てくれてやる。これは紛れもない事実だ」

一方通行「……オマエ、何か勘違いしてねェか? 俺は情報を寄越せと言ってンだよ。素直に寄越すならソレで終わりだ。だがよォ、そンな簡単なこともせずにグダグダ言って渡さねェっつゥならよォ」


 一方通行は口の端を歪めながら、


一方通行「ここで今すぐオマエの手足もぎ取って、ナニも出来ねェダルマにしてやってもイイってことをよォ、わかって言ってンだよなァオマエはよォ!」


 一方通行が電極のスイッチに手を伸ばす。
 全てを制圧する圧倒的なチカラを開放するスイッチへ。

 だが一方通行の手が電極へ届く前にピタリとその動きを止めた。
 いや、正確に言うなら止められたと言う方がいいか。

 指がスイッチへ届くより先に、土御門の持つ拳銃の銃口が一方通行の眉間に狙いを定めて向けられていた。

 彼だけではない。
 椅子に座った海原も同じように拳銃を一方通行へ向けている。
 ベッドであぐらをかいている番外個体は、体から電気を発しながら手に持つ鉄釘を向けている。
 一方通行の背後に立っている黒夜は、掌から放つ窒素の槍を一方通行へ向けている。
 少しでもその指を電極へ近づけたら撃つ。そんな殺意に一瞬で囲まれたから一方通行は動きを止めたのだ。


一方通行「……わかったよ。さっさと言いやがれ。その条件とやらを」


 舌打ちをして指を電極から離す。
 同時にグループの面々も構えていた武器を引っ込めた。


土御門「賢明な判断だ。仮にお前がここでチカラを使いオレたちを制圧したところで、お前程度がやる拷問じゃ誰一人情報は吐かなかっただろう」


 土御門の言いたいことを理解した一方通行は「そォかよ」と吐き捨てた。
 一方通行が大人しく話を聞いてくれるようになったことを確認し、土御門は喋り始める。


土御門「まずは一つ目の条件だ。オレたちは結標淡希の身柄を押さえるためにこれから動く。その作戦行動にお前も協力してもらう」

一方通行「あン? この俺にグループのお仲間になれってか?」

土御門「そうは言っていない。あくまで協力関係という形だ。その方がお前にとっても都合がいいだろ?」


 そう言ったあと土御門は視線を一方通行からグループの問題児二人へと向ける。


土御門「ところでお前ら。ちゃんとわかっているんだろうな?」


 土御門のリーダーとしての問いかけに、


665 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:54:36.63 ID:jaU2C2/Fo


番外個体「はーい、わかってまーす」


 番外個体は憎たらしい笑顔で軽く返事をし、


黒夜「チッ、ヘイヘイ。わかってるっつーの」


 黒夜は手を広げ、投げやり気味に返事をした。
 その様子を頬杖をつきながら眺めている一方通行を見て、海原が微笑みながら、


海原「実は、貴方が我々を見つけ出すというゲームをしている間に、並行して彼女たちもちょっとしたゲームをしていたんですよ」

一方通行「ゲームだァ?」

海原「はい。もし一方通行が自分たちグループの目の前に現れたとき、一度だけ一方通行を本気で殺しに行ってもよい。ただし、それを失敗した場合はその後一切一方通行へは手を出さない。そういうゲームです」


 それを聞いて一方通行は納得した。
 あのカラオケボックスにたどり着いたとき、なぜ黒夜海鳥と番外個体は自分へ攻撃を仕掛けてきて、土御門元春と海原光貴が攻撃を仕掛けてこなかったのかという疑問に対して。
 だが、それと同時に新しい疑問が生まれる。


一方通行「番外個体(ミサカワースト)っつったか。アイツは俺を殺すために作られたと言っていた。そンなヤツにたった一回のチャンスだけ与えてあとは飼い殺しだなンて、一体ナニがしたいンだオマエら?」


 敵意を剥き出しの眼光を放つ一方通行。
 海原は何かに気付いた。


海原「おや、もしかして彼女の出生に我々グループが関わっていると勘違いしていませんか?」

一方通行「違うのか?」


 一方通行が怪訝な表情を浮かべる。


海原「彼女はまったく別の機関で生まれた方です。おそらく生み出された目的は『一方通行が学園都市上層部に対して反旗を翻した時のカウンター』と言ったところでしょうか」

一方通行「そォいうことか。俺がいつまで経っても反逆しねェから出番が一向に来ない。このままじゃせっかく作ったのに腐らせちまう、つゥことで席の空いているグループへ派遣した、って感じかァ?」

海原「理解が早くて助かります」


 海原が爽やかに微笑む。称賛された一方通行の方は鬱陶しげに目を逸らさせた。
 一方通行からしたら、製造ロットや生まれた意味が他とは違う番外個体だって守るべき妹達の一人であることは変わりない。
 そんな彼女が一方通行を殺しに来ようが、グループという掃き溜めのような組織に送り込まれようが、どちらにしろ不本意な結果な為、彼がこうなるのも仕方がないことだ。
 笑顔だった海原が真剣な表情に戻り、話を続ける。


海原「しかし、それはあくまで過去の話です。現在貴方は結標淡希を追っている。上層部がこの行動を反逆の意思だと受け取れば、必然的に彼女へ殺害命令が下ることでしょう」

海原「彼女は今グループの指揮下に入ってはいますが、もちろん優先度はそちらのほうが上です。だから、そういったことになる覚悟はしておいたほうがいいですよ?」


 「自分としてはその展開は勘弁願いたいものですがね」と海原は呟くように言った。
 二人の話が終わったことに気付いた番外個体が一方通行へ向かって、


番外個体「そーいうわけだから、今だけは見逃してあげるよ第一位。上から殺害命令が下りるのをせいぜい楽しみに待っててね☆」


 あざ笑うかのように言った。
 死刑執行日が決まるのを待つ死刑囚のようなこの状況。しかし、一方通行はこの状況に安堵を覚えていた。
 今の一方通行は結標淡希の問題で手一杯な為、ここでさらに番外個体の問題を上乗せされた場合、全てを処理しきれる能力を彼は持ち合わせていない。
 束の間の猶予だろうが彼にとってそれは大きなものだった。


一方通行「……それで」


 一方通行はカラオケボックスで襲いかかってきたもう一人の少女に目を向ける。


一方通行「こっちのチビも似たよォな感じか?」

黒夜「あ?」


666 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:57:59.11 ID:jaU2C2/Fo


 侮蔑が混じった言葉を聞いた一二歳くらいの少女黒夜は声を低くさせた。
 そんな彼女を気に留めることなく海原が答える。


海原「そうですね。彼女は貴方がよく知る『暗闇の五月計画』の生き残りで、暗部の中の組織を転々として最終的にグループへ行き着いた、って感じですかね?」

黒夜「チッ、言い方は気に入らないが間違ってはいないね」

一方通行「なるほど。やっぱりそォだったか」


『暗闇の五月計画』。最強の演算能力を持つ一方通行の演算パターンを参考に、彼の精神性・演算方法の一部を他の能力者へ植え付け、その能力者のチカラを向上させようする計画。
置き去り(チャイルドエラー)がその被検体として使われているという、暗部では有名な実験の一つだ。
被検体の一人が暴れて、研究者を皆殺しにした為、計画は凍結された。一方通行が知っているのはこの程度の知識だった。


黒夜「ふん、私をただの流れ者だと思うなよ? 私には現在の暗部組織が何らかの要因で一つ残さず解体されたときに、暗部組織を復興し、それの指導者として悪の頂点に立つ役割を与えられた――」


 黒夜が意気揚々と喋っているのを見て一方通行は、


一方通行「よォするに補欠ってことか」


 馬鹿にしたように一言で片付けた。
 それを聞いて黒夜が額に青筋を立てる。


黒夜「あァ!? 私が補欠だとォ!? ふざけンなッ!! この私の役割が補欠なンてそンなクソみてェな――」


 口調を荒げながら食ってかかる黒夜。
 しかし彼女の後ろから「補欠だよにゃー」「補欠ですね」「補欠だねー」というヒソヒソ話が聞こえてきて動きが止まった。


黒夜「……オマエら、いつか絶対ェ皆殺しにしてやる……!」


 プルプルと体を震わせながら黒夜は忌々しげにつぶやいた。
 黒夜がおとなしくなったことを確認した土御門は話を戻す。


土御門「次に二つ目の条件だ。とその前にお前に一つ聞きたいことがある」


 一方通行の方を見て続ける。


土御門「お前には結標を追い始めてから様々な障害が立ちふさがったと思う。その中でお前は人を殺したか?」

一方通行「……さァな」


 一方通行は適当に返した。誤魔化すように。
 たしかに一方通行はこの一日だけでも多くの敵にチカラを振りかざした。
 結標を捜していたスキルアウトたち、それをけしかけた研究員、地下研究施設を防衛していた駆動鎧。
 一方通行がその者たちへ直接手を下したときは、殺さない程度に痛みつけるだけで終わっていた。
 口ではいろいろ言ってはいたが、無意識のうちに人を殺すということに対し、理性がセーブをかけていたのだろう。
 しかし、彼は地下研究施設での出来事で我を忘れて、施設まるごと崩壊させるほどのチカラを振りかざすということがあった。
 施設には機能停止した人入りの駆動鎧が放置されていたし、逃げ遅れた人だっていたかもしれない。
 そんな場所を崩壊させてしまったのだから、一方通行は人を殺していないなどとは口が裂けても言えなかった。

 一方通行の曇らせた表情を見て土御門はサングラスを軽く上げて、


土御門「まあいい。それで二つ目の条件だが、これから結標を助ける道中に現れる敵、ソイツらを一人たりとも殺すな」

一方通行「ハァ? 相手は暗部のクソッタレどもだろォが。別にぶっ殺したって問題ねェクズどもじゃねェのかよ?」

土御門「ソイツらを殺すのは同じクソッタレであるオレたちの役目だ。お前の出る幕はない」

一方通行「オマエらごときで他の暗部にいる超能力者(レベル5)を殺れンのかよ?」

土御門「…………」


667 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/25(土) 23:59:50.41 ID:jaU2C2/Fo


 アイテムにいる第四位の麦野沈利。スクールにいる第二位の垣根帝督。
 他の組織にもレベル5ではないにしろ、それと同等の戦力を持っていることだろう。
 そんな状況で第一位である自分が戦力外扱いにされていることが、一方通行は気に入らなかった。


黒夜「ケッ、たかだかレベル5ごとき余裕だっつーの。私がこの手で全員の首飛ばしてやるよ」

番外個体「まーたクロにゃんのビッグマウスが始まっちゃったよ。クロにゃんって調子に乗って真っ先に命落とすタイプだよねー」

海原「ふふっ、まったくその通りですね」


 沈黙する土御門の代わりに返答したのは黒夜だった。追う形で他二人から茶々が入る。
 おちょくられてギャーギャー騒ぐ黒夜。嘲るように爆笑する番外個体。それをニコニコと見守る海原。
 そんな様子を見て一方通行は、


一方通行「……大丈夫かよ、この暗部組織」


 まるで小学校の教室だな、と率直に思った。
 呆れ顔でそれを眺める一方通行を見て土御門が軽い感じで、


土御門「なあに、なんとかなるさ。オレたちの目的はあくまで結標だ。他の組織を壊滅させることじゃない」

一方通行「楽観的だねェ。ま、オマエらが死ンだら死ンだであとは好き放題やらせてもらうだけだからァ、それはそれで好都合っつゥわけだ」

土御門「その場合はお前もくたばってるだろうけどにゃー」


 そう言われて一方通行はうっとおしそうに舌打ちした。


一方通行「次の条件は何だ? さっさと言え。もしかしてもォ終わりか?」

土御門「悪い悪い。それじゃあ次の条件だ。これは結標の情報をお前にやるタイミングの話だ」

一方通行「タイミングだァ? 条件飲ンだらすぐにくれるわけじゃねェのかよ」

土御門「ああ。情報を話すのはオレたちが結標を確保する作戦を実行する三〇分前だ」


 三つ目の条件を聞いて一方通行はニヤリと笑う。


一方通行「なるほどねェ。俺が先走ることに対しての対策っつゥことか。周到なこった」

土御門「よくわかっているじゃないか。では最後の条件も似たようなものだからついでに言っておこう」


 土御門は口角を釣り上げて白い歯を見せながら、不気味な笑顔を作る。
 その顔を見て一方通行は背筋がゾクッとなるような寒気を感じた。


土御門「お前はこれから作戦開始三〇分前まで、オレたちにその電極を預けておいてもらおうか」


 命の綱を握られる悪魔のような条件が、学園都市最強の能力者へと突きつけられた。


―――
――



668 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:03:20.75 ID:Ud1c3PHRo


 第三学区にある暗部組織『アイテム』の隠れ家。
 屋内レジャーだけ集めたいわゆる上層階級と呼ばれる人だけが利用できる、高層ビルの一角にある施設。
 その中にあるVIP用の個室サロン。個室といいながら3LDKを超える広さを持つ空間。

 リビング部分にアイテムの少女四人と下っ端浜面仕上がソファや椅子に座って会話していた。
 いや、一人だけ座っていない少女がいる。滝壺理后。
 ピンク色のジャージを着た少女がソファの一角に、毛布を被って横たわっていた。
 風邪を引いているみたいに息を荒げながら顔を赤らめている。
 そんな少女を横目にリーダー麦野が一言。


麦野「――私たちアイテムは今回の仕事降りまーす」


 麦野の発言に他のメンバーが「えっ?」と声を揃える。
 その中の一人絹旗最愛が立ち上がって中央のテーブルを叩き、前かがみになりながら、


絹旗「な、なんでですか!?  そんな急にっ!?」


 それに続いてフレンダも不安げな声のトーンで、


フレンダ「も、もしかして私たちじゃ手に余る案件ってこと?」


 困惑してる二人を見ながら麦野は冷静な口調で説明する。


麦野「別にそういうわけじゃないわ。次、本格的に攻め込めばたぶん捕れる。けどそのためには滝壺のチカラが必須なわけ」

麦野「こんな状態の滝壺を、これ以上消耗させてまで座標移動を捕まえたところで割りに合わない。だから降りるの、わかる?」


 説明を終えるとしばらく無言の時間が続いた。
 サロンに流れている癒やし系のBGMだけが部屋中に流れる。
 そこで真っ先に麦野に反論したのはソファに寝込んでいる滝壺理后だった。


滝壺「……む、ぎの。私なら、大丈夫、だから……、追おう、座標移動を」

浜面「お、おい! 無理すんなよ滝壺!」


 滝壺は体をふらつかせながらゆっくりと上体を起こしていく。
 一瞬、体がぐらついたのを見て浜面が彼女の体を支えた。
 その様子を見て麦野は舌打ちをして、


麦野「うっせーな、降りるっつったら降りるのよ。病人は引っ込んでな」

絹旗「で、でも麦野。いちおうあの電話の女からの指令だから、勝手に降りたりしたら超不味いのではないでしょうか?」


 絹旗の言う通り暗部の仕事というのはシビアだ。たった一回の失敗で多大なリスクを負う可能性だってある。
 失敗したから消す。そんなことが日常茶飯事行われているのが学園都市の暗部だ。


麦野「うーん、まあたしかに多少のペナルティーはあるだろうけど、たぶん大丈夫だと思うわ」


 麦野は軽い感じに答えた。その軽さに戸惑いながらフレンダは問う。


フレンダ「な、何でそんなことがわかるのさ?」

麦野「今回の仕事はアイテム以外の組織にも通達されているからよ」

フレンダ「他の組織って……『スクール』とか『グループ』とか?」

麦野「そうよ」


 何か確信を得いているような口ぶりで麦野は続ける。


669 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:06:06.18 ID:Ud1c3PHRo


麦野「座標移動と接触したときヤツは、私のことを『追い回しているヤツらのうち一人』って感じに言ってきたわ。つまり、ヤツを追っている組織が他にもいるってこと」

麦野「私たちと同じ指令を受けているということは同ランクの暗部組織。つまり、他の四つのどれか、または全部」


 麦野の言う四つとは、『グループ』『スクール』『メンバー』『ブロック』のことを言っているのだろう。
 それは他のアイテムメンバーでもわかっていることだが、そのうちフレンダが首を傾げながら、


フレンダ「他の組織にも同じ指令が行っているかもしれないってことはわかったけど、それがなんで指令を降りても大丈夫ってコトになるの?」


 「同ランクの組織が並んでいるのなら、むしろ出し抜いて勝ち取らなきゃいけないんじゃ」とフレンダは付け加える。


麦野「たしかにそれが一番だろうけどね。でもおそらくこの指令、それぞれの組織で依頼主は違うところになっているだろうけど、たぶん辿っていけば大本は全部一緒のところよ」

絹旗「要するにどこの組織が座標移動を捕らえても、彼女の行き着く先は超同じというわけでしょうか?」

麦野「そーいうことよ。だから失敗したからってどこかの組織が捕らえりゃ問題なし。ま、手柄がなくてマージンが取れない電話の女にはネチネチ文句は言われるでしょうけどね」


 麦野の話を聞いてメンバーたちは各々納得する様子を見せていた。
 しかし滝壺だけは違った。焦点が合っているのかよくわからない目でゆっくりと反論する。


滝壺「……でも、むぎの? その話は、あくまであなたの想像、だよね? 実際はどうなのかなんて、わからない」

麦野「ええ、そうね」

浜面「認めちゃったよ!」


 浜面の言う通り麦野はあっさりと認めた。
 しかし、麦野は表情を崩すことなく反論に対して反論する。


麦野「私たちが学園都市になくてはならない組織とかいう妄言を言うつもりはさらさらないけど、この程度のことで潰されるような安い存在じゃないことはわかるわ」


 「もしそうならとっくの昔に潰されているはずだからね」と麦野は補足する。


滝壺「でもむぎの、もし、もしだけど、今回がそのもしかしてだったら……?」


 滝壺の問に対して麦野は「ふふっ」と小さく笑ってから、


麦野「もし上層部が私たちを消そうってなったら逆にそれは面白いんじゃない? 今まで散々こき使ってくれやがったクソ野郎どもをこの手でぶち殺せるんだからねえ」


 ブチブチと引き裂くような笑顔で麦野は答えた。
 その姿を見て一同はゾッとする。あまりの圧力に体が硬直した。

 特に返事のないことを確認し、麦野はいつもの感じに戻り二回手拍子をする。
 その音を聞いて他のメンバーはハッとして、麦野の方へ目を向けた。


麦野「私の見通しだと今夜中に座標移動はどこかしらの組織に捕まると思う。おそらく明日の朝一くらいに指令取り下げの連絡が来るんじゃないかな」

麦野「ま、仮に明日の朝それが来てなかった再び私たちで追うとしましょ? それまでしっかり準備をして体を休めておくこと」


670 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:08:51.48 ID:Ud1c3PHRo


 というわけで一旦解散! という麦野の一声でアイテムはそれぞれ別行動を始めた。
 絹旗はお腹が空いたということでルームサービスで適当な料理を頼む。
 浜面は滝壺をゆっくり寝かせるために部屋へ連れて行く。
 麦野は暇潰しにテレビを付けてチャンネルを回して番組を吟味していた。
 そしてフレンダは、


フレンダ「――私、ちょっと疲れたから少し仮眠を取るって訳よ」

麦野「ほーい、おやすみー」


 麦野がテレビから特に視線を移すことなく手をひらひらさせたのを見てから、フレンダは空いている部屋へと移動した。
 部屋に備え付けてある高級個室サロンの名に恥じぬふかふかベッドに、倒れ込むように顔からダイブする。
 低反発枕に顔を埋めながら、


フレンダ(……ホントなにやってんだろ、私)


 頭の中を巡るのはやはり二時間前くらいの光景。僅かなタイミングのズレによって起こった任務の失敗。
 フレンダは別に今までヘマをしていなかったわけではない。
 そのたびに怒られたり呆れられたりして、それはそれでショックを受けたりはした。
 だからこそ、憐れんだのか気まぐれだったのかはわからないが、麦野が珍しく見せた優しさが逆に彼女の胸を強烈に締め付けたのだろう。
 こんなことならいつも通り言い上げられた方がマシだったかもしれない、とフレンダは思う。
 仕事を降りるか降りないか、そんな選択肢が生まれた原因が結果的に見れば彼女のミスなのだからなおさらだ。


フレンダ(絹旗のヤツ、すごいな……)


 今回の件では同じような境遇の絹旗という少女のことを思う。
 実際彼女が、今回の件のことをについてどう思っているのかなんて、フレンダにはわからない。
 だが、絹旗は責任感の強い少女だ。何も考えてはいないということは無いだろう。
 そんな絹旗がいつも通りの振る舞いを見せているのは、素直に彼女自身の強さの表れだろうとフレンダは推測する。
 自分より年下で小さい女の子と比べて自分は一体何なんだ。自己嫌悪の激流がフレンダの中を渦巻いた。


フレンダ(……やっぱ……わた……あん……て……かな……)


 いくら負の思考が頭を巡っていても今の彼女は疲労した状態でふかふかベッドの上。
 次第に自分が何を考えているのかわからなくなり、夢の世界へと誘われていく。
 ただ、眠りに付く前にフレンダは明確一つだけ思った。

 『目が覚めたら今日のことが夢だったらよかったのに』。
 
 砂糖菓子より甘くて儚い願いを抱え、フレンダの意識は消えていった。


―――
――



671 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:10:22.13 ID:Ud1c3PHRo


 暗部組織『スクール』のアジト。そこには構成員の四人が揃っていた。
 四人と言っても一人は非正規の雇われのスナイパーなのだが。
 砂皿緻密。本来は外で活動している男だが、現在は暗部間の抗争で失った前任の少女の代わりの補充要員として『スクール』に雇われている。
 装備の整備をしながら砂皿は他の三人の会話を聞いていた。


誉望「――あっ、来ました。『メンバー』からの情報っス」


 誉望がテーブルの上に置いているノートパソコンを、頭につけたゴーグル経由で操作して画面に情報を表示する。
 そこに書かれているのは日時と座標。それを見た垣根がピンときたのかニヤリと笑う。


垣根「なるほど。ヤツの目的はそういうことだったのか」

海美「ふーん、随分とお友達想いの人なのね」


 同じように理解した海美がネイルをいじりながら感想を述べた。
 そんな二人の様子を見て誉望が戸惑いながら、


誉望「な、なんで座標見た瞬間に場所を把握できんスか?」

垣根「学園都市内の座標くらい覚えとけよ。せめてその座標辺りに何があるとかくらいはな」


 ウス、と返事をして誉望はノートパソコンで座標の検索を開始する。
 一秒もかからないうちに結果が画面に表れた


誉望「……へー、こんなところに座標移動が現れるんスか? なんでまたこんな場所に?」

海美「彼女のプロフィールデータを一通り眺めてみればわかるんじゃないかしら?」

垣根「ま、その肝心のデータが全部吹っ飛んじまったから今さら確認できねえだけどな。どっかの馬鹿のせいでな」


 誉望が「うっ」とバツの悪そうな声を漏す。
 彼は先ほどハッキングによる電子戦で負けてしまい、情報を根こそぎ奪われる一歩手前まで追い込まれるということがあった。
 そのピンチを一歩手前で防いだのは垣根帝督。サーバーごと物理的に木っ端微塵に破壊したため、最悪なケースから免れさせた。
 だが、それイコール今までのスクールが収集してきた情報やら何やらを全部デリートしたということになる。


672 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:11:42.45 ID:Ud1c3PHRo


垣根「まあいい。つーことで座標移動は心理定規と誉望、お前ら二人でやれ」

誉望「ええっ、マジっスか? 相手は超能力者(レベル5)っスよ? キツくないスか?」

垣根「お前最初自分のチカラはレベル5級なんだ、ってほざきながら俺にケンカ売っただろうが。それが証明できるまたとないチャンスじゃねえか」

誉望「言われてみればそうっスね」

海美「それに私が付いているのだから平気よ」


 海美が不敵な笑みを浮かべる。


垣根「あとは……砂皿、お前は外周で待機して外部からの侵入者を排除しろ。狙撃ポイントは任せる」

砂皿「了解した」


 一言だけ返して砂皿は道具の整備に戻った。無愛想な返事だったが垣根は特には気にしてはいない。
 彼は与えられた仕事は必ずこなす。今までのスクールの活動から見て、垣根もその点は信用していた。


誉望「ところで垣根さんは一体なにをするつもりなんスか?」


 誉望の質問を聞いて垣根は楽しそうに笑いながら、


垣根「決まってんだろ。座標移動を追いかけてくるだろうアイツをここでブッ殺す。そして俺が頂点に立つ」


 垣根が天井の証明に手をかざし、その光掴むように掌を握り締める。
 彼から発するプレッシャーが強まったのをスクールのメンバーたちは感じた。


垣根「――楽しもうとしようぜ? なぁ、一方通行(アクセラレータ)」


―――
――



673 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:12:37.11 ID:Ud1c3PHRo


 学園都市にあるどこかのビルの屋上。一人の少女がいた。
 赤いセーラー服を着た小柄な体格。茶髪を二つ結びにして肩にかけている。
 彼女はショチトル。学園都市の暗部組織『メンバー』の構成員の一人だ。

 ショチトルは落下防止の欄干に背中を預けながら携帯端末を耳に当て、通話をしている様子だ。


ショチトル「――では約束通り、こちらは座標移動(ムーブポイント)の方を追わせてもらおう」


 そう電話先へ言ったあと、いくつか相槌を打つ。
 そして何か謙遜をするように、


ショチトル「あまり期待するな。私一人で出し抜けるほど向こうも甘くはないだろう」


 返したあとショチトルはしばらく黙り込んだ。
 おそらく電話先の相手が長々と話を続けているのだろう。
 しばらくしてから少女の口が開いた。


ショチトル「――ああ、せいぜいそちらも楽しむといい。こちらもじっくりと楽しませてもらうよ」


 ニヤリと口角を上げ、ショチトルは通話を切る。
 携帯端末を懐にしまったあと、夜のビル群を眺めながら呟く。


ショチトル「あれから半年以上か。長かった。だが、これでようやく終わりに出来る。そうだろ……『エツァリ』?」


―――
――



674 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:16:02.84 ID:Ud1c3PHRo


黒子「――ただいま戻りましたの」


 ジャッジメント白井黒子は櫻井通信機器開発所の火災現場の救助活動を終え、無事第一七七支部へと帰還した。
 少し肩を落としながら入室したところを見るに、相当疲労が溜まっているのだろう。
 体中に見える灰が擦れたような汚れや、にわか雨を受けて湿った衣服がそれを助長させているように見える。

 そんな彼女へ一番に声をかけたのは、入り口から一番近い席に座っている先輩固法美偉だった。


固法「お疲れー。例の迷子の子は見つかったのかしら?」

黒子「……いえ、残念ながら」


 黒子と初春は迷子の捜索という建前で結標を追っている。
 これは逃走犯としての結標の捜索が打ち切られたから、上条当麻に迷子の捜索と言う形で依頼してもらうことによって行っている風紀活動だ。
 結標淡希が迷子として扱えるかどうかは怪しいが、初春の起点と詭弁でとりあえず許されている状況だった。
 しかし、


固法「うーん、ここまで捜しても見つからないってことは、こちらの手に負えない状況かもしれないわね」

黒子「えっ」

固法「アンチスキルへ引き継いだほういいかもしれないわ」


 迷子。そう言うと童謡にも使われている平和そうな単語に聞こえる。
 だが、言い方を変えれば行方不明者。捜索の時間が長引けば長引くほど深刻な事態へとつながっていく。


黒子「た、たしかにそうかもしれませんわね。あはは」


 引きつった笑顔で愛想笑いをしながら初春のいる席へと向かう。
 このあまりよろしくない状況を伝えるためだ。


黒子「初春!」

初春「ほえ?」


 一個三〇〇円弱しそうなプリンの容器を片手に、プラスチックの使い捨てスプーンを咥えている初春がのんきそうに返事をした。
 机の隅にコンビニ弁当の空殻が置いてあるところを見るに、食後のデザートなのだろう。
 いろいろ言いたいことはあったが黒子はぐっと飲み込んで、


黒子「固法先輩がこの件をアンチスキルへ引き継ぐと言っていますわ。そろそろ限界かもしれませんわね」

初春「あー、たしかに時間が時間ですからねー。うーん、困ったなー」

黒子「そんなセリフはその手に持ったデザートを机に置いてから言いなさいな」

初春「ちぇー、別にプリンを持っていようがいまいが作業スピードは変わらないのにー」


 初春は唇を尖らせながらしぶしぶ手に持った容器とスプーンを置いた。


675 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:18:49.96 ID:Ud1c3PHRo


黒子「ところで進捗はどうなんですの? あれから一切連絡を寄越していないところから察しはしていますが」

初春「お察しのとおりですよー。結標さんどころか上条さんも監視カメラに引っかかってません」

黒子「類人猿もですの?」

初春「はい。電話の方も相変わらず繋がりませんね」


 黒子は眉をひそめた。
 結標淡希は裏の住人のため監視カメラを避けて移動する技術を持っている。
 そのためいくら監視カメラの映像を検索したところで一つもヒットしない、などということが起きてもおかしくはない。

 だがもう一人の上条当麻は違う。
 彼は少し特殊なチカラを持ってはいるが、その点を除けば至って普通の男子高校生だ。
 そんな彼が監視カメラに映らず街を動き回る技術など持っているはずがない。
 電話もつながらないという事実から黒子は嫌な考えを巡らせる。


黒子「やはり、あの類人猿の身に何かあって、動くこともままならないということ……?」


 監視カメラに映り込まないということは動けない状況。
 それに加えて電話にも出ないとなると言葉には出したくはないが、


初春「やっぱり死んじゃった、ってことですかね?」

黒子「あっさりそういうことを口に出すんじゃありませんの」


 たしかに口に出しても出さなくても状況は変わらないが。
 ここで黒子の脳裏によぎったのは尊敬する御坂美琴お姉様の姿だった。
 認めたくはないが、彼女は上条当麻を意中の相手として見ている。
 そんな少年が確定しているわけではないがそういう状況になっていると知ったら、全てを投げ売ってでも彼を捜しに行くだろう。
 それすなわち美琴が暗部に首を突っ込むどころか宣戦布告してもおかしくないということ。


黒子(ど、どうしますの白井黒子。このことをお姉様に伝えるべきか伝えないべきか……)


 心臓がバクバクと鳴る。全身に嫌な汗がにじみ出る。
 拳銃を持った男六人に囲まれたときと比べ物にもならない緊張が彼女の中で走った。
 そのとき、


 ピピピッ! ピピピッ!


 初春の使っているたくさんのディスプレイの中のうち一つから電子音が鳴った。
 何だと思い黒子はそのディスプレイへと目を向ける。


 そこに映っていたのは街中を謎の黒髪少女と一緒に歩いている上条当麻の姿だった。


 この映像は同日同時まさしく今撮られたもの。


初春「あっ、上条さんだ」

黒子「…………」


 このあと黒子は初春から少年の電話番号を聞き出し、鬼のように電話をコールさせた。


―――
――



676 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:20:31.34 ID:Ud1c3PHRo


 とある高級ホテル(美琴いわく普通のホテル)の七階にある一室。
 そのバルコニーにある椅子へ座りながら御坂美琴が携帯電話の画面を眺めていた。
 体が火照っていて髪の毛が微妙に湿っており、寝間着を着ていることから入浴後だということがわかる。


美琴(……大丈夫かしら、アイツ)


 携帯電話の画面には『一方通行』の文字。
 裏の世界へと姿を消した結標淡希を追っていった少年。
 美琴の今の役割は彼から預かった打ち止めという少女の面倒を見ること。


美琴(初春さんがあれだけ頑張ってやっと手がかりを掴めたものを、アイツ一人でどうにかしようなんて……)


 正直無理だろうと美琴は思った。
 一方通行のベクトル操作はたしかに優秀な能力だ。
 しかし、それはあくまでベクトルを介する事象にだけ通用する。情報収集などというベクトルが一切関わらないものには役に立たない。
 今彼はろくな手がかりをも掴めずにもがき苦しんでいるのではないか。
 どうしようもない状況で途方に暮れているのではないか。

 だから美琴は少年に電話をかけようと考えた。どういう状況なのかを確認するために。
 しかし、美琴は通話ボタンを押せない。


美琴(もし、もしこの電話をかけて、さっき思ったような状況になっていたら……?)


 ゴクリとつばを飲む。


美琴(私は一体なんて声をかけてやればいいの? 頑張れ? 負けるな?)


 そんな安っぽい言葉をかけて何になるんだ、と美琴は顔を曇らせる。


美琴(今さらだけど手伝ってあげようか、とか?)


 いや、それこそない、と美琴は即座に否定した。
 そもそも彼はなぜ一人で行ったのか。
 それは他の人を巻き込むわけにはいかないと考えての行動だろう。
 この事情を美琴と黒子に話した時、他の連中へ話すなと念を押していたことからわかる。

 しかし、美琴はある考えが浮かぶ。
 要するに彼は一人で全てを抱え込んでいる状況に陥っているのだ。
 忌まわしいあの最悪の実験を止めるために奔走していたときの自分を、美琴は思い出していた。
 あのとき、とある少年が声をかけてくれなかったら、今の自分はいなかっただろう。

 そう考えたとき、美琴の指は自然と動いた。


677 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:22:59.90 ID:Ud1c3PHRo


美琴(余計なことするなって煙たがられるかもしれない。けど、もし私があの馬鹿と同じことができるかもしれないなら)


 携帯電話を耳に当てる。すると、ある電子音声が流れてきた。
 『おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません』。
 一方通行の携帯端末に電話を繋げることが出来ないことを表すアナウンスだった。


美琴「……ま、そうよね」


 美琴は疲れたように呟いた。
 そもそも彼は今何をしているのかはわからないのだ。
 暗部組織の連中と壮絶な戦いを繰り広げているのかもしれないし、どこかの研究施設やアジトに潜入しているのかもしれない。
 だから、携帯の電源を用心のため切っていても何もおかしくはない。


美琴「はぁ、もういいや。明日の朝くらいにでももう一回連絡入れてみるか」


 諦めた感じにため息をついて、美琴は携帯電話から目を離す。
 ガチャリ、と部屋からバルコニーに出るドアが開く音がした。


打ち止め「何やってるのお姉様? お風呂上がりにそんなところにいると風邪引いちゃうよ? ってミサカはミサカは予想外の夜風の冷たさに驚きつつ心配してみたり」


 パジャマを着た打ち止めが、アホ毛を揺らしながらドア越しにこちらを覗いていた。


美琴「あ、うん、ちょっと涼んでただけ。すぐ戻るわ」


 返事をして椅子から立ち上がる。
 バルコニーを少しだけ見渡してから部屋の中へと戻っていった。


美琴(……そういえばあの馬鹿はどうしているんだろうか)


 美琴はふと思い出した。結標淡希を追っているもう一人の少年上条当麻のことを。
 彼にはジャッジメント二人が後ろに付いている。おそらく無茶なことはしないだろう。


美琴「…………」


 いや、無茶なことをするだろうな、と美琴は心の中でため息をついた。
 彼が誰かを救うためなら、危険とかそういうのを顧みず突っ走ってしまう人間だということは、美琴自身がよくわかっている。
 言っても聞かない上条当麻に頭を悩ませている少女二人が容易に想像できた。

 だが、そんな上条のことを美琴は心配などしてはいなかった。
 違う。心配していないと言ったら嘘になるか。心配してもしょうがない、そう思っていた。
 どうせすぐに全部終わらせて、何食わぬ顔でまた自分の前に現れる。
 そんな確信めいたものを美琴は感じていた。

 と心の中ではそう思っている美琴だったが、どうやら体は正直らしい。
 携帯電話の発信履歴にずらりと並んだ『上条当麻』の文字を見て、美琴は苦笑いした。


―――
――



678 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:25:55.62 ID:Ud1c3PHRo


A子「――あらぁー、まさか同じホテルになっちゃってたなんてぇ、よほどの運命力が働いたとしか思えないわよねぇー」

上条「何言ってんだお前?」


 上条当麻は第一〇学区で出会ったA子と名乗る黒髪の少女と一緒に、とあるホテルの一室に来ていた。
 女の子と一緒にホテルなんていかがわしさマックスの文面だが、今のところそういった行為が行われたような跡はない。
 それは上条の体の至るところに新しい包帯が巻かれていたり、絆創膏貼られていたりしていて、手当を受けたばかりだということがわかるからだ。
 ルームサービスで頼んだバジルとトマトのスパゲティを食べながら、少女は問いかける。


A子「ところで怪我の方は大丈夫なのかしらぁ? 手当てっぽいことはしてみたのだけど、ちゃんと出来ているかよくわからないのよねぇ」


 同じくルームサービスで頼んだ牛丼を食べている上条が、視線を手足の包帯や絆創膏へ目を向けて答える。


上条「ああ。まあ痛くないって言ったら嘘になるけど多分大丈夫だろ」

A子「個人的にはさっさと病院行けって言いたいところだけどぉ、そんなところに行ったら即入院確定だからあえて言わないわね」


 彼女が言ったように上条の怪我の手当てをしたのは目の前にいる少女本人だ。
 昼頃に、ジャッジメントの少女による手際の良い応急処置を見たせいもあるだろうが、上条には包帯グルグル絆創膏ベタベタな処置が不器用なように見えた。
 見た目が悪くても患部をきちんと処置はされていたので、彼自身は特には気にしてはいなかったが。


上条「それで結標を助けるって言ってたけど何をするつもりなんだ? もしかしてこのホテルのどこかに結標がいるとかなのか?」

A子「いいえ、違うわぁ。たぶん結標さんは今頃別のホテルか、昔使ってた隠れ家とかに身を潜めているんじゃないかしらぁ?」

上条「じゃあ何で俺たちはこんなところにいるんだよ」

A子「それはここでゆっくり休んでアナタに体力を回復してもらうためよぉ」


へっ? と上条は素っ頓狂な声が出た。
そんな様子をニヤニヤしながら少女は続ける。


A子「だってぇ、見るからにアナタの身体ってボロボロで瀕死に近い状態じゃない? そんな状態で結標さんをどうにかしようなんて、いや、そもそも結標さんがいるところにたどり着けないかもしれないわよねぇ」

上条「……たしかにそうだな。正直、走るどころか歩くのもしんどい」

A子「それはそうよぉ。だってその左足の火傷、そんなの負ってたら普通歩けないと思うんですケドぉ。一応、火傷の塗り薬っぽいのぺたぺた塗ったけどそんなので痛みが治まるとは思わないしぃ」

上条「ははっ、これ以上言わないでくれ。意識したらめっちゃ痛く感じてきた……」


 この傷は先ほど櫻井通信機器開発所での一戦で負った傷だった。
 超能力者(レベル5)第四位を名乗るビームをバカスカ撃ってくる女。
 それだけならまだよかったのだが、素のパワーや体術も上条より圧倒的に上を行く化け物。
 何度も何度も死を予感した戦いだった。生き残れたのは正直奇跡だと思う。
 つかほんとよく五体満足で勝てたな、と上条は力なく笑った。


上条「俺が身体を休めて体力を回復しないといけないことはわかったけど、そのあとはどうするんだ?」

A子「そうねぇ、結標さんが現れそうな場所に行って会う。それだけよぉ」

上条「どこなんだよそれ」

A子「ヒ・ミ・ツ☆ 行ってからのお楽しみってことで♪」


 小悪魔的な感じに笑っている少女を見て、上条は嫌な予感しかしなかった。
 食べ終えた牛丼のドンブリの乗ったプレートを適当にテーブルの上に置いて、ふと思い立って携帯電話を開く。


上条「げっ、知らないうちに着信履歴がすごいことになってる……」


679 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:28:22.65 ID:Ud1c3PHRo


 履歴は五〇件以上。一覧を見る限り御坂美琴と初春飾利と知らない番号。
 面子的におそらく知らない番号の持ち主は白井黒子のことだろう。大体の割合は美琴五割・黒子三割・初春二割。
 なぜだかマナーモードになっていた携帯電話のせいで今まで気付かなかった。
 その画面を横から見た少女が手を口に当てながら、


A子「あらぁ、もしかして彼女さん? いや、番号が三通りあるってことは……三股ゲス野郎?」

上条「ち、違げえよ! ただの友達と結標捜しを一緒に手伝ってくれてるジャッジメントの二人だ! たぶん、俺が勝手に突っ走って音沙汰なしだったから電話してきてたんだ!」


 「まあ御坂はなんで電話掛けてきてんのか検討もつかねえけど」と上条は付け加えた。
 さてどうしたのものかと上条は考え込む。
 今の時間は午後九時になりそうな時間帯だ。彼女たちが既に眠りについているとは思わないが、こんな時間に電話をするのはなんか気が引ける。
 携帯電話のディスプレイを凝視しながら難しい顔をしている上条を見て少女は、


A子「――えいっ☆」


 パシッ。上条当麻の携帯電話を取り上げた。
 突然の行動に上条は立ち上がり少女を睨みつける。


上条「なっ、なにしやがるっ!?」


 ドンッ!

 上条の体に衝撃が走った。少女に体を押されたのだ。
 不意のことだったのでバランスを崩し、上条は背中からベッドへ倒れ込んだ。


A子「アナタの考えていることは手に取るようにわかるわぁ。だからこそ、この携帯電話を渡すわけにはいかないってコト」

上条「なにわけのわからねえこと言ってんだ! かえ――」 


 上条が起き上がる前に少女が覆いかぶさるように馬乗りになった。
 何が起こっているのかわからず、上条の頭の中が真っ白になる。
 そんな上条を少女は星型の瞳で上からじっと見つめながら、


A子「下手に誰かと連絡を取られてこの場所を特定されても困るのよねぇ。だから、折返しの電話をするなら全部終わってからにしてくれるかしらぁ?」

上条「え、え、え、えーと」

A子「そういうわけで、今から上条さんはお休みの時間でーす! 時間になったら起こしてあげるからゆっくり寝ちゃっていいわよぉ?」

上条「は、はあ!? まだ九時だろ、そんな早くから寝られるわけねえだろ!」

A子「大丈夫よぉ、だって――」


 彼女が何かを言い終える前に上条の頭の中で何かの音が鳴った。
 ピッ、という電子音のようなものが。


上条(……えっ、な、なんか急に眠気が……)


 上条の意識が朦朧としている中、部屋の入口の方から声が聞こえてきた。
 さっきまで喋っていた少女とは全く違った声色だが、全く同じような喋り方の声が。


??「私の催眠力を使えばぁ、例えば虫歯で歯が痛くてまったく寝られないような人でもぉ、リラクゼーションサロンで心身を癒やされたときみたいな、快適な睡眠をお届けすることができるんだゾ☆」


 上条当麻は薄れゆく意識のまま声のした方向へ目を向ける。
 そこには蜂蜜色をした長い髪の毛の少女が立っていた。テレビのリモコンのようなものをこちらへ向けて。
 ただそれだけを認識して上条は、力尽きたように沈んでいった。


―――
――



680 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:31:11.69 ID:Ud1c3PHRo


 アイテムの隠れ家である個室ラウンジにあるシャワー室。
 麦野はそこで一人シャワーを浴びていた。
 少し熱めのお湯を浴びながら麦野はある記憶を思い起こす。
 櫻井通信機器開発所で自分に立ちふさがった上条とかいう少年のことを。

 ドゴッ!!

 壁に向かって拳を突き立てた。
 外観は特に変化はなかったが、壁の中からミシミシというひび割れるような音が鳴る。
 拳を紅く染めながら麦野は怒りで震えた声を漏らす。


麦野「……糞がッ」

 
 勝てる戦いだった。負けるはずのない戦いだった。
 相手はただの喧嘩っ早いだけのガキ。パンチの打ち方も知らないような、人の殺し方も知らないような小僧。
 実力の差はプロボクサーとそこらにいる不良学生くらいはあった。

 だが、麦野は敗北した。
 屈辱だった。何より負けたことより、こうやって敗北したのに生かされているということに。
 プライドの高い麦野にとってそれは、陵辱されて女の尊厳を奪われること以上に屈辱的だった。

 彼女は敗北した理由を自分なりに分析する。
 原子崩し(メルトダウナー)という超能力(レベル5)を打ち消せる謎の右手。
 麦野の必殺のチカラもその右手に遮られることで全て無に帰する。
 全てを貫通し焼き尽くす粒機波形高速砲も、どんな物質も通さず崩壊させる電子線の楯も。

 しかし、麦野にとってそれは驚異にはなりえなかったはずだった。

 麦野沈利は卓越した身体能力を持っている。
 蹴り一発で数メートル飛ばせる怪力。暗部で培った戦闘技術。急所を狙うことをいとわない精神力。
 並大抵の格闘家程度なら能力など使わなくても容易にねじ伏せることができる。
 普通に殴り合えば麦野が負ける要素は皆無だったということになる。

 そう、『普通』に殴り合えば。

 麦野は上条との戦いで原子崩しというイレギュラーを介入させてしまった。
 純粋な肉弾戦から能力という不純物が混じった戦いへ。
 そこに付け入る隙を与えてしまったということだ。

 結果的に見れば麦野沈利は『油断』していたということになるのだろう。
 自分の超能力(レベル5)を見せびらかすように、使わなくもいいチカラを使ってしまったということなのだから。


麦野「――糞がァ!!」


 その事実に気づいた麦野は歯ぎしりさせながら頭を掻きむしる。
 シャワーを止めたあと、個室のドアを蹴り開けた。
 鍵が掛かっていた上、想定されていない衝撃が走ったためか。ドアはハンマーで殴られたように砕け飛んだ。
 畳まれておいてあったタオルを一枚引っ張るように取り、それで濡れた頭を乱雑に拭く。

 そんな中、置いてあった麦野の手荷物から電子音が鳴った。

 ピピピッ! ピピピッ!

 麦野の携帯端末の着信音だった。
 甲高い音にイラつかせながら麦野は端末を濡れた手のまま取り、画面を見る。


麦野「……チッ」


 『非通知』。
 その三文字だけで誰からの電話か麦野は瞬時に理解した。だから舌打ちをした。
 通話ボタンを押して、携帯端末を耳に当てる。


????『おつかれー! ちょっと電話いいー? まあ良くなくても続けるけどー』

麦野「だったら聞いてくんじゃねえっつーの」


 女の声だった。電話の主は麦野たちが電話の女と呼称する『アイテム』の指令役の女。
 飄々とした喋り方だが、彼女が暗部組織を操っている者だという事実に変わりはない。


681 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:35:06.22 ID:Ud1c3PHRo


電話の女『座標移動(ムーブポイント)捕獲任務の進捗はどうなってる?』

麦野「……残念ながら進捗なしよ」


 麦野はあえてそう言った。
 実際は滝壺にAIM拡散力場を記録させたため、いつでも追うことはできるというところまで進んでいる。
 だが、彼女は既にこの任務を降りるつもりでいるため、余計なことを喋らなかった。
 そう言われて電話の女は『ふふっ』と笑い、


電話の女『そうだよねー。まあでも、せっかくのチャンスを無様に逃して涙目敗走してるなんて、現状維持どころか後退しているって言っても文句言えないけどねー』

麦野「チッ、知ってんなら聞いてくるなよ」

電話の女『こっちからしたら、あんたら四人揃ってて何で失敗してんのよーって感じなんだけど。一体誰がしくじったのかなー? 絹旗? フレンダ? まさか滝壺? ……もしかしてあんたぁ?』

麦野「…………」


 言われて麦野は黙り込む。
 反論したい意思はあるが彼女の言っていることは全部事実だ。
 思いの丈をぶつけたところで、それは感情に流されたガキが喚くのと一緒になってしまう。


電話の女『滝壺は既にヤツのAIM拡散力場を記録してるんでしょ? だったら何で隠れ家でのんびり遊んでるのかなー?』


 要するに彼女が言いたいのは『滝壺を使って早く捕獲任務を再開しろ』。
 電話の女がこちらに連絡を寄越した理由。ただそれを伝えるためだけのことなのだろう。


麦野「滝壺は今ひどく消耗してる。このまま使い続けて完全に潰れたら、これからのアイテムの活動に支障が出るわ。そんなことをしてまで続行するのは割に合わねえだろうが」


 我ながら似合わないセリフを吐いたなと麦野は心の中で思った。
 しかし、そんなセリフを言ったところで無駄だと彼女は理解している。
 滝壺理后はたしかに優秀だ人材だ。けれど、上層部からしたらあくまで彼女は能力者を追跡できる道具としか見ていない。
 ということは、滝壺が使い物にならなくなったところで、すぐに代わりの道具を用意して補充してくるということ。
 使い捨ての消耗品としか彼女を見ていない。
 だから、次に電話の女が吐く言葉は『滝壺を潰してでも座標移動を捕獲しろ』。
 言葉の細かい差異はあろうが同じ意味のセリフを淡々と告げるだろう。
 だが、


電話の女『うーん、たしかにそれは一理あるわねー』

麦野「……は?」


 電話の女は同意した。麦野の甘ったれた言い訳に。
 予想外のことに麦野は目を丸くさせた。


電話の女『もともとあんたらの業務は『不穏分子の抹消』。だからこんな毛色の違う仕事持ってこられても私たち困っちゃうー! ってことよねー』

麦野「あぁ? そうは言ってねえだろうが! 勝手なこと抜かしてんじゃねえぞ!」

電話の女『素直に認めちゃいなよー? 私たちには到底無理な仕事でした、許してくださいってね?』

麦野「誰がッ……」


 歯噛みしている麦野の姿を勝手に想像しているのか、電話の向こうにいる女はしばらく馬鹿笑いした。
 ひとしきり笑ったあと、女はいつもどおりの口調で、


電話の女『ま、そういうことで今回の仕事はキャンセルってことで。代わりに別の仕事用意してあげといたからー』

麦野「別の仕事だと?」

電話の女『そ。あんたらお得意のくそったれ共を皆殺しにする簡単なお仕事でーす』


―――
――



682 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:37:25.06 ID:Ud1c3PHRo


 とあるホテルの一人部屋。そこには一方通行と土御門元春がいた。
 ベッドに腰掛けている一方通行が目の前に立っている土御門へと喋りかける。


一方通行「土御門。作戦時間っつゥのは何時なンだよ? 俺は一体何時間眠らされるンだ?」

土御門「悪いがそれも答えられないな」

一方通行「たかだか時間を聞いただけで動けるわけねェっつゥのによォ。随分と秘密主義に徹してンじゃねェか」

土御門「この世界では、必要のない情報を無駄に漏らすことは命取りになるってことは常識だぞ? どんな情報が敵にとって有益なものなのかがわからないんだからな」


 そォかよ、と一方通行は適当に相槌を打った。


土御門「さて。では電極をもらおうか、とその前にもう一度だけ確認しておこう」

一方通行「あァ?」

土御門「本当にオレたちのことを信用するんだな? その電極をオレたちが預かってもいいんだな?」


 その言葉に一方通行は不気味な笑みを浮かべながら答える。


一方通行「信用だァ? ンなモンしてるわけねェだろォが。電極を奪われたあとは、無防備な俺へ向かって鉛玉がブチ込まれンだろォな、って思ってるよ」

土御門「ほぉ、やはり情報提供を受けるのをやめる、と?」

一方通行「そォじゃねェよ」


 一方通行は即座に切り捨てた。


一方通行「このまま情報を受けずにアイツを失うのと、電極を奪われたあとオマエらにブッ殺されるのと、俺からしたら同等にクソッタレな結果ってだけだ。だからオマエらの条件に甘ンじてやってるに過ぎねェよ」


 一方通行の言葉に土御門は「ふふっ」と笑いをこぼした。


土御門「お前らしい答えだな。ツンデレのアクセラちゃん?」

一方通行「俺はそンなのじゃねェっつってンだろォが! 殺すぞ!」


 怒号する一方通行。
 そんな彼を土御門は笑って流しながら、


土御門「ま、電極がないときの安全くらいは保証してやる。海原」


 呼ばれた海原が部屋の入り口から入ってくる。いつもどおりの爽やかなニコニコ笑顔で。
 もしかして呼ばれるまでずっと待っていたのか、と一方通行は呆れる。


土御門「これから時間までオレと海原が交代でお前の護衛についてやる。どこかのクソ野郎に命を取られる心配はしなくてもいいし、あとは――」


 言いかけた土御門はふと窓の外のバルコニーへと目を向ける。


土御門「無防備なお前へちょっかいかけようと、外で待機している馬鹿二人からマヌケないたずらをされる心配もしなくてもいいだろう」


 そう言うと突然バルコニーへの入り口のドアが開いた。
 外から二人の少女が入ってくる。
 スーパーデラックスマジックペン(定価二四五円)や猫耳などのコスプレグッズ、一眼レフカメラやレフ板を持った、番外個体と黒夜海鳥が。


683 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:39:02.69 ID:Ud1c3PHRo


番外個体「ありゃりゃー、バレちゃってたかー」

黒夜「誰が馬鹿だ。こんなヤツと一緒にするんじゃねえ」


 少女二人の登場に一方通行は特に反応を示さなかった。
 土御門と同じように彼も彼女たちの存在に気付いていたからだ。
 触れなかったのは単に面倒臭いと思っていたからだろう。


海原「どこからそんなたくさんの物を持ってきたんですか?」

番外個体「こんなこともあろうかと下部組織の連中に買いに行かせてた」

海原「そんなことに人員を割かないください」

番外個体「だってクロにゃんが買いに行ってくれなかったんだもん」

黒夜「誰が行くかッ!」

海原「それはたしかにしょうがないですね。黒夜には困ったものです」

黒夜「殺すぞ海原ァ!」


 コントみたいなやり取りをしている三人。
 それを見て土御門は頭に手を当てながらため息を付く。


土御門「とりあえず番外個体と黒夜はその玩具を持って部屋に戻って待機しておけ。明日は早いんだからな」

番外・黒夜「「はーい(へいへい)」」


 リーダーの言葉に二人はやる気のない返事をしてから部屋を出ていった。
 二人がいなくなったことを確認してから土御門は再開する。


土御門「では電極を預かろう」

一方通行「壊すンじゃねェぞ?」

土御門「ああ。きちんと使える状態で返してやるさ」


 会話を終えると一方通行は首元のチョーカーの金具をいじって取り外した。
 そしてこめかみに貼り付いている線に手をかけ、ゆっくりと引き剥がす。


一方通行「――――」


 ガクン、と一方通行の体が揺れ、ベッドに倒れ込むように横たわった。
 ミサカネットワークからの補助演算デバイスを失い、彼から言語能力・歩行能力・計算能力が奪われたからだ。
 土御門は倒れた少年から電極を取り、


土御門「義務を頂いて保管して申す。不明瞭を理解、発言する物体はあなたを全うしNOW」

一方通行「――――」


 言語処理の能力のない今の一方通行からしたら、「こいつは責任を持って預からせてもらおう。と言っても、今のお前には何を言っているのかはわからないか」というセリフがこういうふうに聞こえる。
 言葉を理解できない一方通行は、面倒なのでこのまま眠りに入ることにした。

 土御門との約束が実行されるならば、次に目覚めるときは結標淡希を救い出すとき。
 そして、全てを終わらせる。一方通行はそう決心し、深い眠りについた。


―――
――



684 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:41:51.08 ID:Ud1c3PHRo
 
 
 気付いたら天敵に囲まれていた。
 
 散々自分を追い回してきた超能力者(レベル5)第三位、『御坂美琴』。
 精神崩壊するくらいにまで自分を追い詰めた風紀委員(ジャッジメント)、『白井黒子』。
 そして、自分の希望を打ち砕き、圧倒的なチカラを振りかざした最強の超能力者(レベル5)、『一方通行』。
 
 そんな三人に囲まれていた。
 顔がこわばった。
 心臓がバクバクと鳴った。
 全身に鳥肌が立った。
 頭がおかしくなりそうだった。
 
 だから。
 
 逃げた。
 全力で。自分の身のことなど二の次に。目の前の恐怖たちから。一刻も早く離れるために。
 
 気付いたら隠れ家として使っているマンションの空き部屋にたどり着いていた。
 当たり前だが鍵がかかっていた。しかし手持ちに鍵はない。
 緊急時だからと言い聞かせて無理やり開けた。能力を使って。
 
 ドアを開けると、自分にとって信じられない景色が目の中に飛び込んでくる。
 部屋の中の家具は埃に塗れていて、長い間人が出入りした形跡がなかった。
 なんでこんなにボロボロなんだ、と疑問が浮かぶ。
 
 そこで何となくポケットに入っていた携帯端末取り出す。
 自分が持っていたものとは全然違うデザインのものだった。
 ボタンを押して画面を開いてみる。画面に表示されている時刻は二二時前。
 時計に並ぶように表示されている日付を見て絶句した。自分の目を疑う。
 
 その日付は自分が今日だと認識している日付から半年以上経過していたのだ。
 
 頭の中が混乱する。何度も画面を見る。日付がゲシュタルト崩壊する。
 だが、いくら考えても事実は変わらない。
 童話の浦島太郎の気持ちが今なら理解できるような気がした。
 
 携帯端末のボタンを押す。パスコードによるロックがかかっていた。
 四桁の番号を入力することで開くことが出来るシンプルなもの。
 自分がよく使っている数字を。誕生日でも何でも無い四桁の数字を入力してみた。
 
 開いた。
 
 やはり、この見覚えのない携帯端末は自分のものなのだろうか。
 そう思って電話帳を開いてみた。その瞬間、この携帯端末が自分のものではないことを確信する。
 
 電話帳は知らない人名で埋め尽くされていたからだ。
 それどころか自分のよく知っている仲間たちの名前が一つも載っていなかった。
 電話帳を眺めているとある名前を見つける。
 
 『一方通行(アクセラレータ)』。
 
 心臓が止まるかと思った。
 自分の前に立ちふさがった男。自分の身体の芯まで恐怖を植え付けた男。圧倒的なチカラで自分をねじ伏せた男。
 つい数時間前の記憶だ。鮮明に覚えている。
 あのときの記憶を思い出すだけでも、全身から嫌な汗がにじみ出た。携帯端末を持つ手が震える。
 
 これは一体どういう状況なんだ?
 そう思って手持ちの物を確認する。
 財布があった。中を見ると現金やポイントカードの他にある物を見つける。
 学生証。いわゆる学園都市のID。
 自分の顔写真が載っているがその自分は全然知らない学校の制服を着ていた。
 そのIDを読むと今自分は――高等学校の一年七組に所属しているらしい。
 霧ヶ丘女学院の二年生だったはずなのに何で一年生になっているんだ、と疑問に思ったがそれよりも気になる記述があった。
 
 能力名『座標移動(ムーブポイント)』。強度『超能力者(レベル5)』。
 
 
 
685 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:45:28.81 ID:Ud1c3PHRo
 
 
 超能力者(レベル5)? 自分が? 何で? 次々と疑問符が湧いてくる。
 たしかに一時期、次期レベル5だとか言われて持て囃されていた時期があった。
 その時は自分もそうなんだろう、そうなるのだろうといい気になっていたと思う。
 
 そんな話はある日を堺に聞かなくなった。それは二年前。
 自分自身の身体を密室へ転移させるというカリキュラムを行ったときからだ。
 結果から言うなら、それは失敗した。演算ミスをして自分の足を床に突っ込んでしまうという大事故を起こして。
 その事故がトラウマとなり、自分自身の転移を躊躇うようになり、自由に行えなくなった。
 だから座標移動(ムーブポイント)はこう評価される。出力だけは超能力(レベル5)級の大能力者(レベル4)として。
 
 そこであることを思い出した。つい先程のことだ。
 当時は無我夢中になっていたから気が付かなかったが。
 三人の恐怖から逃げるとき、たしかに自分は使っていた。
 トラウマによってろくに使えなかった自分自身の転移を。それも連続で。
 そんなことを行えば身体に大きな負担がかかり、胃の中にあるものを全て吐き出すなんてことがあってもおかしくなかったはずだ。
 あまりの恐怖にそれさえ気付かなかったのか、と適当に推測した。
 
 確認しなければ、と決意する。
 試しに自分自身の転移を行ってみようと思った。
 部屋の中から外のベランダまで。距離にして五メートルくらいか。
 自分の知っている座標移動なら、この程度の距離でも転移しただけで胃液がこみ上げてくる感覚を覚えるだろう。
 
 ゴクリとつばを飲み込み、身構えて、頭の中で公式を組み立てる。
 そして。
 
 跳ぶ。
 
 一瞬で、自分の体は外のベランダへと立っていた。
 襲ってくるはずの吐き気に備え、身体が強ばる。
 
 ――――しかし、その吐き気は一向に姿を見せなかった。
 
 おかしいと思い、今度はベランダから部屋の中へ、さっき自分がいた位置へと転移する。
 問題なく転移が完了し、部屋の中へと跳んだ。やはり何も起こらない。
 
 トラウマはある。あのときの記憶がなくなったわけじゃない。
 そのときの光景や痛み、恐怖心は今でも覚えている。脳裏にこびり付くように。片時も忘れたことはない。
 なら、なぜ自分自身の転移が容易に行えるようになっているのか。
 わからない。
 けど、一つだけ言えることがある。
 
 自分はトラウマを乗り越えていた。自分の知らないうちに。
 
 そこで思い出すのが、先程見た超能力者(レベル5)という知らないうちにもらった称号。
 おそらく自分の知らないうちに自分はトラウマを克服して、それを勝ち取ったのだろう。
 
 知らないうち。つまり、それは九月一四日から現在に至るまでの空白の期間。
 ここで気付く。
 
 『私は記憶喪失になっている』と。
 
 なぜ自分が記憶喪失になっているのか。さらなる疑問が溢れ出てくる。
 そんなことはいくら考えても答えが出るわけじゃない。だから、今することはそんなことを考えることじゃない。
 とにかく、今自分は何をするべきなのかを考えるべきだ。
 考える。それは真っ先に思いついた。
 それはやるべきことなどという使命めいたものではなく、やりたいことという願望。
 
 ――今まで一緒にやってきた『仲間』たちに会いたい。
 
 彼ら彼女たちが今どこで何をしているのか。
 全く検討は付かない。けど、この隠れ家がまったく使われていないところからして、以前のような活動はしていないのだと推測できる。
 どうやって探す。手がかりのまったくない状況で。
 
 ふと思い出す。自分が超能力者(レベル5)ということを。
 レベル5というものはただチカラが強ければなれるものではない。現に出力だけは強大だった座標移動はレベル4止まりだったのだから。
 そのチカラに研究価値があるかどうか。それもレベル5として必要な条件の一つだ。
 上層部が座標移動に研究価値が見出した。だからレベル5になれた。そう考える。
 
 
 
686 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:48:32.89 ID:Ud1c3PHRo
 
 
 研究価値を見出したということは、今もなお自分のデータを収集して分析をしている機関が存在しているはずだ。
 そういうところは能力についてだけではなく、その使用者のパーソナルデータも用意周到に集めている。
 つまり、『仲間』たちの消息というパーソナルデータを持っている研究機関がどこかにあるかもしれない。
 
 思いつくのは、過去自分を研究していた研究施設の数々。
 全部で八九箇所。当時の名前や場所、全て明確に覚えていた。
 二年以上前の情報なので、今となっては閉鎖されていたりと状況が変わっているかもしれない。
 しかし、施設が潰れたからと言って研究しようとする意思まで潰れるわけではない。
 施設が新設されたり、潰れようのない大きな施設へ吸収合併されたり。
 必ず、どこかにその意思は生きているはずだ。
 その研究機関たちはレベル5になった自分のことを、今もなお研究し続けているだろう。
 この記憶を使ってヤツらを追えば、もしかしたら仲間たちの情報を見つけ出すことができるかもしれない。
 確証はない。けど、やってみる価値はある。
 
 おそらく、これを実行することによっていろいろなものを敵に回すことになる。
 警備員(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)といった治安組織。そして学園都市上層部が抱えている暗部組織という闇。
 生半可なチカラではあっさりと捻り潰されてしまうだろう。
 しかし、
 
 
 『――私だって座標移動(ムーブポイント)だ。やってやれないことはないわ』。
 
 
 部屋に置いてある棚の引き出しを開く。そこには金属矢が大量に収められていた。
 普段はかさばるからと持ち運ばずに、現地にある物を武器として使用していたため、使わずじまいになっていた物。
 しかし、今はそんなこだわりを持つべきではない。これから自分にどんな困難が立ちふさがるのかわからないのだから。
 それを大雑把につかみ取り、服のポケットに入れる。ふと、棚の上に写真立てが倒れていることに気付く。
 手に取り見てみると、そこには自分と仲間である少年少女たちが写った写真が入っていた。
 自分から見れば最後に会ったのは数時間前とかそんなものだ。しかし、それを見るとなぜだか懐かしさのようなものを感じた。
 
 さて、まずはどこへ向かおうか。部屋の玄関に向かいながら考える。
 ここから近くに大きめの研究施設が建っていたはずだ。携帯端末の地図アプリを起動する。
 もう覚悟は決めた。玄関のドアを開ける。
 
 
 これは結標淡希の二四時間前の記憶。
 このあと彼女は様々な困難を乗り越えて、『仲間』たちの情報を手に入れることができた。
 『仲間』たちの居場所。『仲間』たちの状況。そして、『仲間』たちを救い出す方法。
 
 そして、六時間後。
 
 学園都市のとある場所で。あらゆる者の思惑が交錯する場所で。
 極めて短くて、限りなく長い『一五分間』という時が流れる。


――――――


687 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2021/12/26(日) 00:50:02.77 ID:Ud1c3PHRo
上条さんの食蜂専用記憶喪失の仕組みあんま理解してないから描写ミスってるかもやけどままえやろ

次回『S8.AM04:00』
688 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:16:32.30 ID:31eSI50lo
あけましておめでとうございます
元旦からSSなんて投下してなにやってんだよこいつ

投下
689 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:17:25.31 ID:31eSI50lo


S8.AM04:00


 明け方の学園都市。まだ日の光が欠片も見えない夜と変わらない空。
 第一〇学区の街中を歩く一人の少女がいた。
 時間が時間のため遅くまで夜遊びをしたあとの帰り道のように見える。
 しかし、その少女の姿はとてもそんなことをするようには見えなかった。

 長い茶髪のストレートヘアだが一束だけゴムで束ねて横に垂らしている。
 大きな眼鏡を掛けていて、着ている制服はスカートの長さが膝下までで、服装検査を受けても百人が百人合格と言うくらいきっちり着こなしていた。
 一言で言うなら地味だけど真面目そうな少女。とても夜遊びなどするようには見えない。

 そんな少女はまっすぐ目を据えたまま淡々と歩道を歩いていく。
 ある地点にたどり着くと方向転換し、ある建物のある方へと目を向ける。
 それは大きな壁に囲まれている建物だった。一五メートルくらいの高さがあるため中の様子を伺うことが出来ない。
 だが、少女はまるで何かが見えているのかのように、目を逸らさずそれを見つめていた。
 少女は呟くように、


??「…………、始まるんですね……」


 突然、少女の体にノイズのようなものが走る。
 まるで電波状況の悪いテレビに映った登場人物のような。
 彼女の輪郭が歪み、波打ち、変色し。

 最終的には少女の姿は無になり、そこには誰もいなくなった。


―――
――



690 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:18:38.80 ID:31eSI50lo


 結標淡希はビルの屋上に立ち、ある建物を眺めていた。
 それは第一〇学区にある学園都市唯一の少年院。


結標「あそこに……みんなが……」


 結標淡希のかつての仲間たちの居場所。この少年院の遥か地下にある反逆者用の独房の中。
 『残骸(レムナント)』を強奪するという学園都市に対する謀反の罪により、無期限で監禁されている。
 それが九月中旬の出来事だから、あれから半年以上の時間が経っていた。
 つまり、彼女の仲間たちはそれだけの長い時間あの中で過ごしたことになる。

 だからこそ早く助けねば、と結標は建物の様子をうかがう。
 周りは一五メートルの壁に囲まれており、その上から覆いかぶさるようにたくさんのワイヤーのようなものが張り巡らされている。
 結標はあれが何かを知っていた。


結標「……『AIMジャマー』、か」


 『AIMジャマー』。
 そのワイヤーから特殊な電磁波のようなものを流すことで、能力者のAIM拡散力場を乱反射させて、自分で自分の能力に干渉させるように仕向ける装置。
 能力者は能力の照準を狂わせられ、下手に使うと自滅しかねない危険な状態に陥ってしまう。
 例えば彼女があの場で能力を使った場合、物がどこに飛んでいくかわからないし、何が飛んでいくのかもわからなくなる。
 つまり、実質能力者はチカラを封じられるに等しい状況となるということだ。

 少年院の建物から距離的には二〇〇メートルくらいはあるビルの上、そんな位置でもその影響が出ている感覚があった。
 能力が使えなくなるというほどではないが、ずっとその場にいたらどうにかなってしまいそうな違和感が。
 そんな感覚を味わいながら結標は携帯端末を開き、時間を見る。

 『03:59』。

 結標はその時刻をずっと見つめる。
 まるで何かが来るのを待つように。
 十数秒後、時が動く。

 『04:00』。


 瞬間、


 結標「……情報通りね」


 少年院から発せられていた嫌な感じが途切れた。まるで電源が切られたストーブの熱気のように。


691 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:20:37.61 ID:31eSI50lo


 結標淡希は二つの情報を手に入れていた。
 一つはかつての『仲間』たちの居場所。それを知ることができたから今ここに立っている。
 そしてもう一つは、少年院のセキュリティーについての情報だ。
 本日、午前四時にAIMジャマーをメンテナンスするために、一五分間だけ一斉に停止させるというもの。
 つまり、少年院内で使用がほぼ不可能だったチカラが満足に発揮ができるということ。
 とは言っても、受刑者たちは何かしらの能力の使用を妨害する措置を施されているため、このタイミングで能力を使って脱獄などとはできないわけだが。
 だがそれは、外から侵入する結標にとっては関係ないことだ。ただの侵入するチャンスでしかない。

 少年院側も馬鹿ではない。こういう状況になったら、外から仲間を救出しようとする輩から攻撃を受けることを想定していないわけがない。
 いつもより多めの人数の警備兵が配置されており、装備も暴徒鎮圧用の銃火器はもちろん、駆動鎧を着た者も複数配置されているという堅牢な布陣となっている。

 シュン。空気を切るような音と共に結標淡希の姿が消えた。
 彼女は一体どこに行ったのか。


結標「……よし、無事侵入成功、と」


 結標は少年院の敷地内に侵入していた。
 監視カメラやセンサー、監視している警備兵の死角となる僅かな隙間に。
 彼女はメンテナンスの情報と一緒に内部図面とそのセキュリティー情報も得ていた。
 それを全て頭の中に叩き込んでいる。今の結標なら少年院の図面にその情報を正確に書き込めるだろう。

 結標は周辺の状況を確認しつつ小刻みに短距離テレポートを繰り返し、警備の穴をつく。
 穴と言っても本当に僅かな隙間だ。針に糸を通すような精密な計算や動作を求められる。
 それに彼女が把握しているのはあくまで書面上のセキュリティ。
 実際の現場がそれ通りに動いているとは限らない。
 だから、


警備兵A「――ッ!? 何者だ!?」

結標「くっ」


 結標は警備で廊下を歩いていた警備兵の目の前にテレポートしてしまった。
 武装した男だ。軍用のヘルメットやチョッキを着込んでおり、脱獄犯制圧用の機関銃を手にしている。
 この場所は監視カメラ等の機械的なセキュリティは避けられる場所だった。
 そんな場所に警備の人間が配備されていないわけがない。
 そのためこのようなバッタリ鉢合わせが起こってしまう。

 しかし、結標は冷静だった。
 即座に警備兵の後ろにテレポートする。
 標的を見失った警備兵が辺りを見回す。すると、警備兵が被っていたヘルメットが消え、生身の頭部が露出した。
 結標によるテレポート。警備兵の頭部の防御力が一気にゼロとなる。
 男が彼女が後ろにいることに気付き、後ろへ向くより早く、結標は軍用懐中電灯で後頭部を強打した。

 後頭部へ一撃をもらった男は、意識が消え床に倒れる。
 脅威の排除を確認した結標は、周辺を警戒しつつ先へと進む。
 目的地は地下にある反逆者用の独房。
 残された時間は多くはない。一刻も早くたどり着かなければ。
 このチャンスを逃せば、次の機会など未来永劫来ないに等しいのだから。


―――
――



692 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:22:13.26 ID:31eSI50lo


 結標が少年院へ侵入している同日同時。御坂美琴と打ち止めが宿泊している第七学区のホテル。
 時間が時間のため大半の宿泊客は眠りについている。それは少女二人も同じことだろう。
 だからホテルの廊下はほとんど人通りがなく、深夜勤務のホテルの従業員がたまに通るくらいか。

 そんなホテルの七階にある廊下。そこに異質な者たちが闊歩していた。いや、者と呼称するのは間違いか。
 それは四足歩行の犬型のロボットだった。大型犬くらいの大きさがあり、全身が銀色のメタルで包まれていて、目部分には バインダーのようなものが付いている。
 犬型ロボは全部で五体いた。それぞれが違う方向へ注意を向けながら、堂々と廊下の真ん中を進んでいく。

 御坂美琴は否定していたが、ここはいわゆる高級ホテルである。
 第三学区のランクの高いホテルに比べれば確かに下だろうが、紛れもなくここも高級と称して問題ないだろう。
 高級ホテルが高級ホテルとして言われる理由は何か。
 部屋が豪華。料理が豪勢で美味。入浴場を始めとした施設が充実している。
 人によって様々だろうが、真っ先に求められるのは安全性だ。
 上記が点が優秀でも、浮浪者が散歩でもするように中へ侵入してきたら問題だし、お忍びで宿泊している有名人へのところへマスコミや野次馬といった招かれざる客がゾロゾロ入ってきても問題だ。

 そういった点に関してはこのホテルは優秀だった。
 建物に入るための入り口全てには、軍隊上がりの屈強なガードマンが二四時間配置されている。
 内部にはたくさんの監視カメラやセンサー式の警備設置されており、入館許可を得ていない者が映り込めばすぐさま警備の者や警備ロボットに取り囲まれてしまう。
 近くには専属で契約しているアンチスキルの詰め所もあるため、場合によっては完全武装したアンチスキルたちがホテルの中に踏み込んでくるだろう。

 だから美琴は打ち止めのためにこのホテルを選んだ。
 暗部組織のような連中に狙われている以上その辺にある安っぽい宿泊施設に泊まるわけにはいかない。
 美琴は自分が住んでいる常盤台中学の寮に泊める方法も一応は考えた。
 あそこは強能力者(レベル3)以上の能力者たちが住み込んでおり、さらには鬼のように強い寮監が目を光らせている。
 下手なセキュリティよりよっぽど強固な守りをしている寮と言えるだろう。
 しかし、仮にそこを襲われた場合無関係な彼女たちを、美琴たちの事情に巻き込んでしまうということになる。
 そういった理由で美琴はセキュリティ性の高いこの高級ホテルを選んだはずだった。

 だが、犬型のロボットたちは侵入していた。この分厚いセキュリティの中を。
 なぜなのか。
 このロボットたちがこのホテルの中に宿泊している客の持っている持ち物だからか?
 このロボットたちがホテルの警備ロボットの一つで深夜のホテル内を警備しているから?
 理由はこちらではわからない。
 けれど、一つだけわかることがあった。

 犬型ロボットたちはある部屋の前で足を止め、ドアの方向へ目を向けた。
 ここは美琴と打ち止めが宿泊している部屋で、今頃彼女たちはふかふかベッドの中で眠りについていることだろう。
 犬型ロボットのうち一体が口に当たる部分を開いた。その中から金属製のホースのようなものが出てくる。
 その先端からガシャコン、という可変するような音が鳴り、そこから筒状のものが飛び出した。
 それを扉の前に向ける。口径四〇ミリくらいの黒い金属製の筒を。まるで銃口を向けるかのように。

 この犬型ロボットたちが一体何者かはわからないが一つだけわかることがある
 それは、


 美琴たちへと害を為す存在だということだ。


 筒状の物からグレネード弾が発射され、扉ごと部屋が爆破された。


―――
――



693 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:23:56.50 ID:31eSI50lo


 ドゴォン、という轟音が鳴り響き、とある高級ホテルの一室にある窓から爆風が巻き起こった。
 窓ガラスの破片や家具だったものが窓から下へと落下していく。
 ホテルの入り口前に待機していたガードマンと思われる男たちが慌てふためいている様子が見える。

 その様子をホテルから離れた歩道で眺めている中学生くらいの少女がいた。
 肩まで伸ばした茶髪。半袖のTシャツにショートパンツのルームウェアを着ていて、さっきまで部屋で寝ていたかのような格好だった。
 背中に小学生くらいの似たような容姿の少女を背負っていて、その少女は眠りについているのか瞳を閉じている。

 御坂美琴と打ち止め。
 先ほどまで爆破された部屋で眠っていたはずだった少女たちだ。

 美琴は煙を上げている部屋を遠目に呟く。


美琴「……まさか、本当に来るとはね」


 たしかに美琴はあのホテルをセキュリティ性の高さで選んだ。
 だが、彼女が期待していたのはその安全性の部分ではなく、『電子的』なセキュリティを多用している部分であった。
 ホテル内のあらゆる場所には監視カメラやセンサー式の装置が設置されている。客室やトイレ、入浴場といったプライベート部分を除けば。
 そのため、その中に侵入しようとするならばそれらの部分をどうにかしなければならない。例えるならハッキングして機能を停止させるなど。
 そこらのコソドロ程度なら不可能なことだが、暗部組織の連中なら容易にそれくらいは行える。美琴はそう踏んでいた。

 だからこそ、美琴は『電子的』なセキュリティ多用しているここを選んだ。

 美琴は予めホテル内のセキュリティを全てハッキングしていた。
 ハッキングと言ってもそれはあくまで警備情報を全て抜き出す程度のもの。
 通常のセキュリティには影響せず、ホテル側もハッキングされているとは気付かないレベルで。
 それは寝ている間も常に行っていて、絶えず美琴のPDAにはその情報が流れてきていた。

 そして、あるタイミングでPDAへ流れる情報が途切れた。

 そう。何者かがセキュリティをハッキングしてセキュリティを停止させたからだ。
 それを美琴は感知した。何者かがセキュリティの切れたホテルへ侵入し、襲撃してくることを予期できた。
 だから美琴は部屋から脱出でき、難を逃れることができたのだ。


打ち止め「……んっ」

美琴「打ち止め?」


 美琴の背中で寝ていた打ち止めが目を覚ました。
 季節は春だとはいえ夜明け前の空の下。冷たい空気に身体を震わせて意識が覚醒したのだろう。


694 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:25:03.73 ID:31eSI50lo


打ち止め「……あれ? どうしてミサカは外にいるの? ってミサカはミサカは辺りを見回しながら聞いてみる」

美琴「ごめんね。ちょっと不味い状況になっちゃったからホテルを出たのよ」

打ち止め「不味い状況? ってミサカはミサカは首を傾げてみる」

美琴「アンタを狙う悪者たちが来やがったのよ」


ほえー、と打ち止めは平坦な声で返事した。
目がぼーっとしていて、焦点があっていない感じからして寝ぼけているのだろう。
時間が時間のためしょうがないが。


美琴「とにかくここから離れるわ。しっかり掴まっていてちょうだい」

打ち止め「はーい、ってミサカはミサカはしがみついてみる」


 美琴は打ち止めを背負ったままホテルから離れるように駆け出した。
 これからどうするかを思考する。
 たしかこの近くにアンチスキルの詰め所があったはずだ。
 そこは先ほどいたホテルと専属で契約しているところなので、もしかしたらこの騒動を既に察知しているかもしれない。
 保護をお願いすればきっと快く引き受けてくれるだろう。
 いくら暗部組織とはいえアンチスキルの詰め所を正面から襲撃しようなんてことはしない。
 美琴はそう考えて目的地をアンチスキルの詰め所とした。

 しかし、美琴は足を止める。この一刻を争う状況で。
 ため息をつきつつ、目を尖らせながら、


美琴「――やっぱり、そう簡単にはいかない、か」


 美琴は周囲の道路を見回す。
 そこには犬型のロボットが彼女たちを取り囲んでいた。
 ざっと数えるだけで二〇機はいるだろうか。


美琴「打ち止め。しっかりと掴まっていなさい」


 改めて打ち止めにお願いする。
 その言葉を聞き、打ち止めの掴まる力が強まった。
 バチチィ、と美琴の額に青白い火花が走る。


美琴「――絶対、アンタには指一本触れさせないから!」


―――
――



695 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:26:43.34 ID:31eSI50lo


上条「ここってどこなんだ?」

A子「どこって、ただの少年院よぉ?」


 三〇分ぐらい前にホテルを出発し、上条当麻とA子と名乗る黒髪少女は第一〇学区の少年院へ来ていた。
 二人は敷地内を歩いている。まるで庭の中を歩いているかのように進む少女の後ろを、少年が恐る恐る付いていくような感じに。


上条「こんなところに結標が来るのか?」

A子「私の持ってる情報が正しいなら来る、いやもう来てるはずよぉ」

上条「来てるはず?」


 質問に少女は特に顔を向けずに返す。


A子「そう。結標さんはここの少年院に用がある。でも、普段はAIMジャマーっていう能力を阻害する装置が起動しているから迂闊に侵入できないってワケ」

A子「けど、今日の午前四時からそのAIMジャマーがメンテナンスの為に一五分間機能を停止される。つまり、結標さんはその隙を突いて侵入しているはずってコトよぉ」


 少女の説明にピンと来ていない感じで、


上条「何でそんなまどろっこしいことやってんだ? 捕まってる人に会いたいなら面会するなりして普通に行けばできるだろうし」

A子「そこら辺の事情は彼女のプライバシーに関わるから控えるけど、そう簡単にはいかない状況に陥っているってことは教えてあげるわぁ」

上条「…………」


 上条は黙り込む。たしかにそうだなと納得したからだ。
 結標には結標の考え方がある。こちらがとやかく言えることではない。
 しかし、上条には疑問が残っていた。
 少年院に侵入するという犯罪めいたことをしてまで一体何をするつもりなのか。
 そんなことはいくら考えても、上条にはわからないことだが。


上条「……ん?」


 考えている中、上条はあることに気付く。
 少年院に無断で侵入するのは間違いなく犯罪だ。不法侵入とかそういう感じの。
 今、上条とA子と名乗る少女は少年院の敷地内にいた。なんなら今から建物の中に入ろうとしている。
 上条は少年院から入っていいなどという許可を得た覚えもない。
 無論、目の前を歩いている少女がそんなことをしていた様子も見ていない。
 ということは、


上条「ちょっといいですか? えっと……」

A子「少女A、じゃなかった。A子よぉ? 何かしら?」

上条「そのーA子さん? ワタクシめたちは今少年院に入っているんですよねえ?」

A子「そうよぉ。というか何? その違和力ありありな喋り方」

上条「ちなみにA子さんは少年院に入る許可とかって取ってるんですかね?」

A子「そんなモノこの私が取ってるわけないじゃない」


 何言ってんだコイツ、みたいな表情で少女は上条を見る。
 上条は「ふっ」と笑みを浮かべた。少女は首を傾げる。


696 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:28:55.07 ID:31eSI50lo


上条「――ってふざけんなっ!! 俺らは絶賛不法侵入中の二人組ってことになるじゃねえか!!」

A子「あらぁ? もしかして今さら気付いたワケぇ? そういうツッコミはここに入る前にしてくれないかしらぁ」

上条「言ってる場合か! もしこれがバレて捕まったりしてみろ! 俺らがこの中にブチ込まれることになるんだぞ!?」

A子「大丈夫よぉ。バレなきゃ犯罪じゃないっていう格言があるのをアナタは知らないのかしらぁ?」


 そんな格言があってたまるか、と上条は心の中でツッコんだ。
 疲れたような表情で上条は入ってきた少年院の門を見た。
 今ならまだ引き返せるのではないか。犯罪者から傍観者へとクラスアップ出来るのではないか。
 そのようなことを考えていたが、すぐさまその必要がなくなった。

 上条たちの前方に武装した警備兵が現れたからだ。
 少年院の入り口からこちらをじっと見つめているようだった。


上条「いぃっ!?」


 思わぬ状況に上条は変な声を上げてしまった。
 引きつった顔で警備兵を見る。
 軍用ヘルメットに防弾チョッキ。手には脱獄犯制圧用の機関銃。
 終わった、と上条は思った。

 上条当麻の右手は幻想殺し(イマジンブレイカー)というチカラが宿っている。
 どんな異能の力も触れるだけで打ち消せるというもの。
 それが超電磁砲(レールガン)だろうがコンクリートを容易にぶち抜くビームだろうが。
 だが、そんなもの武装した兵隊に対しては何の意味もない。
 さらに言うなら上条はただの喧嘩っ早いだけの普通の学生だ。
 兵隊仕込の近接格闘術や一子相伝の暗殺術を持っているわけではない。
 目の前にいる男を一瞬で制圧する術など彼は持ち合わせていないということだ。

 つまり、上条当麻はここで大人しく捕まるしか選択肢はない状況。

 警備兵は上条たちのいる方向を向きながらずんずんと足を進めて近付いてくる。
 その様子を見て上条はたじろぐ。絶体絶命な状況だ。

 しかし、黒髪の少女の余裕めいた笑みは崩れなかった。

 少女は歩き出した。前から接近してくる警備の男へ向けて。
 上条はそれを見て思わず声を上げる。


上条「お、おい! 何やってんだお前!」


 上条の制止する言葉を無視して少女は歩みを止めない。
 少女と警備兵の距離が一〇メートル、九メートル、八メートルと次第に縮まっていく。
 そして、最終的に二メートル、要するにお互い目の前と言える距離まで接近して、二人の足が止まる。

 二人が見つめ合う。
 少女は変わらず笑みを崩さない。警備兵の表情はヘルメットのせいでわからないが、目の前の少女を見ていることはたしかだ。
 一体何が起こるんだ。上条は息を飲む。
 静止した二人。最初に動いたのは警備の男だった。


 男はひざまずいた。目の前に立つ黒髪少女へ向かって。


697 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:31:20.70 ID:31eSI50lo


上条「……は?」


 予想外の光景に上条は戸惑いの声が出た。
 てっきり、捕縛術みたいなのを使って少女を拘束するのだと思っていたのだからしょうがない。
 ひざまずいた男は見上げるように少女を見て、


警備兵B「オ待チシテオリマシタ。『食蜂』サマ」


 A子と名乗る少女を『食蜂』と呼称し、忠誠を誓った。
 まるで館の主人と召使いの関係のように。
 それを上条は唖然とした様子で見ていた。
 くるりと少女は回転して上条の方へと向く。


A子「これが超能力者(レベル5)第五位『心理掌握(メンタルアウト)』のチカラよぉ。ここに勤めている職員・警備の人は全て私の制御下ってコト☆」

上条「第五位……、めんたる、あうと……?」


 メンタルアウトという単語は聞いたことあるようなないような変な感じだったが、第五位については何となく知っていた。
 記憶操作・読心・人格の洗脳・念話・想いの消去・意志の増幅・思考の再現・感情の移植・人物の誤認等。
 精神に関する事ならなんでもできる十徳ナイフのようなチカラだと、たまに小萌先生が授業で言っていたのを上条は聞いたことがあった。


上条「お前が、その第五位だったのか……?」

A子「一応、昨日も同じようなことを言ったと思うんだケドぉ、やっぱり忘れちゃってるわよねぇ。ま、一応言ってはおくけど、このカラダは私の能力で操ってる借り物のカラダだから、この私は私じゃないわよぉ?」

上条「なるほど。わからん」


 そう言って上条は思考することをやめた。
 とりあえず安全だとわかったので足を進めて彼女の元へ。そして少年院の建物の中へと入っていった。
 上条・A子・警備兵という謎パーティーで中を進んでいく。
 後ろから黙々と付いてくる警備の男を横目に上条は少女へたずねる。


上条「ところで警備の人全員制御下って言ってたけど、具体的に何が出来るんだ? 例えば職員全員グラウンドに集合! って指示とか出せるわけ?」

A子「さすがにそれは私のチカラでも及ばないわねぇ、ここには職員が一〇〇人以上いるしぃ。あくまで私がやっているのはある『命令』だけを植え付けて、あとは普段通り行動しろって感じのヤツよぉ」


 黒髪の少女いわく、その命令というのは『食蜂操祈及び食蜂操祈が操る人間、そして上条当麻を排除対象から外す。オプションで食蜂操祈の命令は絶対☆』らしい。
 排除対象から外すというものは、警備する人間が彼女たちを遠目で発見しても無視するし、監視カメラやセンサーで彼女たちを捉えてもそれを管理する職員は無視するということ。
 つまり、彼女たちはこの少年院の中を自由気ままに散策することが出来るということだ。
 その説明を聞いた上条は、


上条「よくわかんないけどすごい能力ってことだな? この中を安全に動けるってことだな?」

A子「……まあ、そういうことでいいわよぉ。アナタの理解力ならそれが限界ってコトかしらねぇ」


 上条の小学生並みの理解に少女は呆れた様子だった。
 そんなやり取りをしながら通路を歩いていると、前から五人組の警備兵が歩いてくる。
 それを見て上条はビクッと体を震わせたが、少女が言っていた職員はみんな奴隷みたいな言葉を思い出し、


上条「な、なあ? アイツらも大丈夫なんだよな?」

A子「大丈夫よぉ。言ったでしょ? ここの職員はみんな――」


 彼女が言い切る前に、


警備兵C「――貴様ら何者だ!?」


698 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:32:57.71 ID:31eSI50lo


 五人組の先頭を歩いていた警備兵の声が差し込まれた。
 その声に上条はもちろん、黒髪少女も驚いた様子を見せる。


上条「なっ、どういうことだ!?」

A子「……なるほど、そういうコトねぇ」


 上条の質問をスルーして、少女は顎に手を当て何かを考えていた。


警備兵C「おい! そこの警備の者は侵入者と一緒に何をしている!? 内通者か!?」

警備兵B「…………」


 少女の管理下にいる警備兵は特に答えない。彼女の命令以外は聞かないということなのだろう。
 その様子を見て先頭の警備兵は、


警備兵C「疑わしきは罰する! 一人残らず排除させてもらう!」


 そう言って手に持つ機関銃を上条たちへ向けて構える。
 ガチャコン、という音が銃から鳴り、上条は心臓が縮み上がるような感覚が走った。
 このままでは全員やられてしまう。どうする、と上条は頭を高速回転させる。
 しかし、上条が何か妙案を思いつく前に、


 ズガン!!


 少年院の廊下に銃声が鳴り響いた。


上条(や、やられた……)


 上条は恐る恐ると自分の体を見た。
 一通り見て終わる。


上条「……あれ?」


 無傷だった。
 もしかして他の二人に当たったのか、と上条は少女とその後ろにいる警備兵を見る。
 その二人も特に怪我をしている様子もなく、その場に立っていた。
 おかしいな、弾は外れたのか。上条は銃声がした前方へと目を向ける。


上条「えっ!?」


 瞳に写った光景に上条は驚きの声を上げる。
 先ほど上条たちを警告して銃撃しようとした警備兵が倒れていたのだ。
 倒れた警備兵が落とした機関銃からは硝煙が上がっていないところから、使われた様子はない。
 だが独特の火薬の臭いのようなものが鼻につく。銃声も聞こえたから撃たれたことは間違いないはずだ。

 ふと、上条は五人組の警備兵の中の一人に目を付ける。
 その警備兵は倒れている警備兵とは隣り合うような位置にいた。
 彼の持つ機関銃からはうっすら煙のようなものが上がっている。
 つまり、


上条「……も、もしかして裏切った、のか?」

A子「それは違うわぁ。あの倒れている人以外は私の制御下にあった。御主人様である私に危険が及んだから自動で脅威を排除した、ってところかしらねぇ?」


699 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:36:49.68 ID:31eSI50lo


 少女が銃口を向けられていても取り乱すことのなかった理由が分かった気がした。
 要するに彼女は初めからこの展開になることがわかっていたのだ。というかそういうことなら教えろよ、と上条は横目で少女を睨んだ。
 A子と名乗る少女はそれを気にも止めず、


A子「まあでも、ちょっと厄介なことになってきてるわねぇ」

上条「厄介なこと?」

A子「ええ。私のチカラの制御下にいない人がいた。つまり、外部から別の組織が介入しているってコト」

上条「外部? 暗部組織とかいうヤツらのことか?」

A子「そうだとは言い切れないケド。まあ、こんな場所に忍び込める潜入力がある時点でほぼ確定よねぇ」


 上条は昨晩のことを思い出していた。
 銃火器を持っていた男たちを。超能力(レベル5)というチカラで前に立ちふさがった女のことを。


上条(あんなヤツらがここにいるかもしれねえって、厄介ってレベルじゃねえぞ)


 やっぱり一筋縄じゃいかなそうだな、と上条は思った。
 しかもその驚異は上条たちだけではなく、彼が追っている結標淡希の身にも降り掛かってくることだろう。
 急がなければいけない、そう考えていると、


 ビィィィ!! ビィィィ!! ビィィィ!!


 建物内に警戒音のようなものが鳴り響いた。
 まるで非常事態が起こったかのような。
 つまり、


上条「――おっ、おい! これもしかして俺らのことが見つかったってことじゃねえか!?」

A子「かもしれないわねぇ。私の制御下にない人が監視カメラに映ってる私たちを見て警報を鳴らした、ってところかしらぁ?」

上条「かしらぁ、じゃねえよ! つーか、何でテメェはいっつもそんなに余裕綽々なんだよ? もしかしてまだ何か策とかでもあんのか?」

A子「残念ながらそーゆうのはないわねぇ。でも一つだけ言えることがあるわぁ」


 そう言って少女は人差し指を立てて、


A子「ここにいる警備の人たちのほとんどは私の制御下にある。その人たちには私たちへ危害を加えないよう細工がしてあるわぁ。だから、自分たちからこちらへ向けて大群引き連れて来るなんてことはないはずよぉ」

上条「けど、そうじゃねえヤツらには狙われるってことだろ? それはそれで危ないんじゃねえか?」

A子「そうね。でもこれはある意味チャンスだとも言えるのよねぇ」

上条「チャンス?」

A子「ええ。だって警報が鳴っている中で一生懸命捕まえようとしている人もいれば、無視して別業務に励んでいる人もいるのよぉ? きっと向こうは大混乱じゃないかしらぁ?」

上条「……あー、たしかに」


 軽い内乱みたいことが起こってそうだな、と上条は力なく笑った。


A子「というわけで進むなら今のうちよぉ。行くわよアナタたち」

警備兵達「「「「「了解シマシタ」」」」」


 武装した屈強な男たち五人組を従えながら少女は先先へと足を進めていく。
 上条はその後ろをそそくさと付いて行った。


―――
――



700 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:38:44.10 ID:31eSI50lo


結標「――警報? もしかして気付かれた?」


 不安を煽る警告音を背に、少年院の通路を走る結標の顔が強ばる。


結標(セキュリティーには引っかからないように動いたつもりだった。ということは気絶させたヤツが見つかって、って感じか……?)


 結標はここに来るまでに五人の警備兵と交戦していた。
 全員後頭部を殴打して気絶させたのだが、その気絶した体を特に隠すとかせずに放っておいてここまで来た。
 タイムロスを恐れて手間を省いたのが失敗だったか、と結標は舌打ちする。

 しかし、結標は特に焦った気持ちはなかった。なぜか。


結標(その場合なら誰が侵入したかだとか、今侵入者はどこにいるだとかの情報は持っていないはず)

結標(仮に侵入者を能力者と見て、今からAIMジャマーのメンテを中止したとしても大丈夫ね。あれは再起動に五分はかかるはずだから)


 大丈夫とはいえ五分。決して長い時間ではない。
 なぜ結標は大丈夫という言葉を使ったのか。


結標(あのエレベーターの裏に階段があって、その階段を降りた後の曲がり角を曲がった先が独房のはず!)


 結標は自身の体を直接テレポートさせて階段へ飛び込む。
 エレベーター周りには監視カメラ等のセキュリティーが蔓延っているからだ。


結標(独房にさえたどり着けられれば問題なし。みんなの拘束を解いてここを脱出するだけなら五分間もかからないわ。私の座標移動(ムーブポイント)なら)


 階段を二段飛ばしで駆け下りる。
 L字の曲がり角の突き当りが見えた。ここを曲がればその先は――。


結標「……やっと、たどり着いた」


 曲がり角を曲がった結標の目に写った景色は狭い通路だった。
 左右に鋼鉄製の扉がズラリと並んでいる。あの扉一つ一つが独房になっているのだろう。

 結標は小走りに通路を進んである扉の前に立った。
 彼女はどこの扉に誰が収容されているのかの情報を既に持っている。
 だから、この扉の先には誰が居るかを把握していた。
 鉄の扉をノックし、扉越しに話しかける。


結標「――私よ! みんな無事!?」


 結標の呼びかけに対し、少し間を置いてから返答が来た。
 それは少女の声だった。


少女『……も、もしかして、その声……淡希!?』


 少女の驚いたような声が通路に響いた。
 それが聞こえたのか、呼応するように他の部屋にいる少年少女の声が聞こえてきた。
 その声は、結標にとって聞き覚えのありすぎる声。今まで一緒にやってきた仲間たちの声。


701 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:40:19.65 ID:31eSI50lo


結標「よかった……、本当によかった……」


 結標からすれば、彼ら彼女らと最後に会ったのは二日前とかそれくらいしか時は経ってはいない。
 しかし、なぜだか彼女の中には妙な懐かしさのようなものを感じて、目が潤んだ。


結標「ごめんね、半年も待たせちゃって。待ってて、今すぐここから助け出す」


 この鋼鉄製の扉はちょっとやそっとじゃ打ち破れない強固な物だ。
 だが、結標にはそれを容易に破壊できるチカラを持っている。
 今すぐみんなをここから出してあげなきゃ、と軍用懐中電灯を手に取る。


少女『――淡希!! ここにいちゃ駄目!! 今すぐ逃げて!!』


 結標の行動を遮るように少女が叫ぶ。


結標「えっ、どうして……?」


 結標はその言葉の意味を理解できなかった。
 やめろ、と言われるならわかる。脱獄は重犯罪だ。
 それを止めようとする言葉を言われるだろうということは、何となく予想はしていた。
 しかし、彼女が言った言葉は『今すぐ逃げろ』。

 瞬間、結標はゾクリと嫌な気配を肌に感じた。
 体ごと気配のした方向、自分が降りてきた階段の曲がり角の方へと向ける。


結標「――なっ」


 十近い人数の武装した男たちが、機関銃の銃口をこちらへ向けてきていた。
 少女の言ったことの意味、それを瞬時に理解した。


結標(――待ち伏せッ!? 行き先を読まれた!? 私が侵入したということがバレていたというの!? いや、それにしても対応が早すぎる……!)


 大勢の武装した男たちを見る。何か違和感のようなものを覚えた。
 結標は額に汗を浮かべながらも、ニヤリと笑う。
 確信したような口調で、


結標「貴方たち、ここの職員じゃないわね?」


 武装集団へ問いかける。
 その問いが聞こえたのか、集団の後ろの方から一人の男が現れた。熊のような大男だった。


??「その通りだ。確かに俺たちはここの職員でも警備員でもねえ。よくわかったな」

結標「わかるわよ。貴方たちから生ゴミみたいな汚い臭いがプンプンするもの」

??「ひでえ言われようだな」

結標「大方、上層部に馬車馬のように働かされている暗部組織ってヤツでしょ? 『スクール』とか『アイテム』とかいう」

??「またまた御名答。でも一つ違うところがあるな。俺たちは――」


 大男の声を遮るように、


702 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:42:53.23 ID:31eSI50lo


手塩「私たちは、『ブロック』。そいつらとは、違う組織だ」

??「手塩」


 声とともに男たちの後ろから手塩と呼ばれる筋肉質な女が現れた。
 手塩は大男の方を向いて、


手塩「いつまで、ターゲットと、与太話をしているつもりだ、佐久?」

佐久「別にいいじゃねえか。どうせもう俺たちの勝ちは確定しているようなもんなんだぜ?」

手塩「最後まで、何があるかなんて、誰にもわからないんだ。油断するな」


 佐久はへいへいと頭をかきながら返事した。
 二人の会話を聞いた結標は眉をひそめながら、


結標「あら? 勝利宣言だなんて随分と余裕じゃない。一体誰を目の前にして言っているのか理解できてる?」

佐久「ああ。きちんと理解できているさ。超能力者(レベル5)第八位。『座標移動(ムーブポイント)』結標淡希」


 その言葉を聞いて結標はギィと歯を鳴らす。


結標「――だったら、これから貴方たちが、どういう目に合うかなんてこともわかりきっているわよねッ!?」


 軍用懐中電灯を真横に振る。結標の懐に仕舞い込んだ大量の金属矢が姿を消した。
 テレポートによる物質転移。ターゲットは当然、目の前に立ち塞がる敵達。

 トンッ、という肉を裂く音が幾度という回数聞こえた。
 金属矢が体内に突き刺さる痛みによる断末魔が通路内を鳴り響き、武装した男たちがバタバタ床に倒れ込んでいく。
 そんな中、


佐久「おーおー怖い怖い」

手塩「…………」


 幹部と思われる二人は涼しい顔でその場に立っていた。
 おそらく金属矢が転移する場所を予測して回避したのだろう。


結標「なかなかやるみたいね。けど、そう何度も避けられると思わないことね」

佐久「……ふっ」


 佐久は鼻で笑った。まるで自慢気に的はずれなことを抜かす人間を嘲笑うかのように。


結標「一体何がおかしいのかしら?」


 結標の声色が変わる。目付きが鋭くなる。
 しかし、佐久は笑みを止めない。


佐久「いやー、なに。何にもわかってねえガキが粋がる姿を見るのって面白れえなぁと思ってな」

結標「わかっていない? それは貴方のことよ。これから頭を私のチカラで撃ち抜かれるというのをわかっていたら、普通そんな態度取れないもの」

佐久「違うな。やはりわかってないのはお前の方だ」


703 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:45:24.63 ID:31eSI50lo


 佐久は薄ら笑いを浮かべる。ゾクリと背筋に嫌なものが走るのを結標は感じ取った。
 何かがヤバイ。そんな気配を感じた結標は、佐久の脳天を狙いチカラを行使する。


佐久「――これからお前にチカラを自由に使える時間なんてもう訪れねえんだからな」


 ドスリ、と金属矢が刺さる音が聞こえた。
 その音源は標的の佐久からではない。それより圧倒的に近い距離からだ。


結標「ぐっ!?」


 ズキッ、と結標は横腹の辺りに痛みを感じた。そういえば、先ほどの音もこの辺りから聞こえたような気がする。
 自分の横腹を見た。


結標「――えっ」


 前方に立つ男目掛けて飛ばしたはずの金属矢が、なぜか彼女の横腹に突き刺さっていた。
 僅かな筋肉の収縮運動で金属矢と肉が擦れ、筋繊維を削り取るような痛みとともに出血し、衣服に赤い染みが浮かび上がる。


結標「……あ、あがっ、な、ああ」

佐久「何で、って顔してんな。気付かねえのか? 俺たちにはわからねえが、お前にはわかんじゃねえのか? 違和感みてえなもんをよ」


 そう言われて結標はあることに気付いた。横腹の激痛に隠れていたがそれは確かに感じる。
 痛みだった。頭の中を直接弄られているような小さな痛み。
 結標はこれに似た痛みを知っていた。少年院突入前に感じていたあの感覚。


結標「――『AIMジャマー』!?」

佐久「正解だ。正解者には拍手を送ってやらないとな」


 佐久はやる気のなさそうな拍手をしながら笑った。


結標「な、何でよ? 今はAIMジャマーはメンテナンス中のはず。たとえ、さっきの警報から起動準備をしたとしても、そこから五分は作動するまでかかるはずよ!」


 事実、警報の音が少年院内に鳴り響いてからまだ一分ほどしか経っていなかった。
 しかし、装置が起動しているというのもまた事実だ。
 結標は傷口を押さえながら、全身に嫌な汗を流しながら思考する。
 佐久はそんな結標を見下すように、


佐久「おかしいとは思わなかったのか? 毎年年度末に行われているはずのAIMジャマーのメンテナンスが、今回に限ってこんな中途半端な日付で行われると聞いて」

佐久「おかしいとは思わなかったのか? たかだか空間移動能力者を研究しているだけの機関が、少年院の見取り図や警備情報を事細かに持っているということに」


 問いかけるような男の説明を聞き、結標は歯噛みしながら睨む。
 佐久はそれを見て楽しそうに笑いながら、


佐久「気付かなかったのか!? お前はここにおびき寄せられていただけだったってことをな!?」

結標「おびき寄せられた……? この私が……?」


 少女は大きく目を見開いて、呟くように言った。


704 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:47:31.24 ID:31eSI50lo


佐久「そうだ。俺たち『ブロック』へ、正確に言うなら他の暗部組織にもか。座標移動の捕獲任務が下ったのは昨日の朝だった」

佐久「だが俺たちはその前からこうなることを想定して、シナリオを作り、動いていた。いずれこうなることはわかっていたからだ」

佐久「だからお前が情報を手に入れられるように、お前に関係する一部の研究機関へ情報を横流ししたし、AIMジャマーのメンテナンスも俺たちが手を回して遅らさせた」

佐久「こうすればお前はノコノコとここに現れると容易に予測できた。あとはお前が来るのをここでゆっくり待っていればいいっつう話よ」


 今までの行動が、自分が選んできた選択肢が、ここまで辿り着こうと努力した意思が。
 全てヤツの仕組んだことだったのか。全てヤツらの手の内で踊らさせられたことだったのか。


結標「…………」


 結標は膝から崩れ落ちる。
 身体には脱力感のようなものが、心には空虚感のようなものが、ずっしりとのしかかってくるような気がした。


手塩「……さて、話は、もういいか?」


 黙って話を聞いていた手塩が切り出す。


手塩「これから、私たちと共に、来てもらうわ。そちらが、暴れない限り、こちらも、手荒な真似を、するつもりはない」


 手塩が「おい」と倒れている部下の男たちに声をかける。
 男たちは急ぐように立ち上がった。結標の金属矢は致命傷とはなっていなかったようだ。
 手塩は部下の男から拘束具のようなものを受け取る。
 空間移動能力者専用の拘束具。見た目は普通の拘束具と変わらないが、空間移動能力者の演算を阻害する特殊な振動波が常に発せられている。
 あれを付けられたテレポーターは自分自身の転移はもちろん、物質の転移すら行えなくなるという物だ。


手塩「大人しく、捕まってもらえると、こちらとしても助かる」


 拘束具を持った手塩がゆっくりと跪いた少女に向かって歩いていく。
 それを呆然と見ながら、結標は考えていた。

 あれに捕まったらもう自分はお終いだろう。
 一生上層部の使い走りにされるか、実験動物と変わりない扱いを受けるか、いずれにしろロクな人生を歩まない。
 もし自分がいなくなったら、今無期限で捕まっている仲間たちはどうなるのだろう。
 自分という存在がいなくなることで、元の平穏な日常へと帰らせてくれるのだろうか。否。
 同じくくそったれのような反吐みたいな生活を送らされ、使い捨てられるに決まっている。



 駄目だ。それだけは駄目だ。絶対に許さない。



705 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:48:45.68 ID:31eSI50lo


結標「――ッ!!」

手塩「!?」


 結標は軍用懐中電灯を振るった。それすなわちチカラの行使。
 ガキンッ、という音が鳴る。
 天井に取り付けられていた蛍光灯が一本消え、通路の壁に突き刺さって割れた音だ。
 手塩はそれを見て、特に表情を変えることなく、


手塩「まさか、戦おうというの? AIMジャマーに、チカラを妨害された状態で、私たち、ブロックと」

結標「ええ、そうよ」


 即答した。少女の目に揺らぎはない。
 手塩の目を見つめながらゆっくりと立ち上がる。


結標「AIMジャマーはあくまで能力の照準を狂わせるだけの装置。能力の使用自体を押さえつけるほどの出力はないわ」

手塩「同じことだ。照準が狂う、つまりはチカラの方向が、自分に向く可能性が、あるということ。そんな危険な武器を、使うことなど、自殺行為だよ」

結標「ここでチカラが暴発して自滅しようが、貴女たちに捕まって私の一生が奪われようが、結果は同じよ」


 横腹に刺さった金属矢を無理やり抜く。激痛とともに大量の血液が流れ出てくきた。
 スカートを無理やり破って布切れにし、それを包帯のように傷口に巻きつけて止血する。


結標「だったら私は、ここで最後まで抵抗する。そして、貴女たちの言うシナリオとかいう三流脚本、全部ぶち壊してやるわ」


 軍用懐中電灯を握りしめる。



結標「貴女たち全員ぶっ潰して、みんなを助け出して、生きてここを脱出するっていうハッピーエンド。これが私の脚本よ!!」



―――
――



706 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:49:26.20 ID:31eSI50lo


 第七学区にある雑居ビルの屋上。そこでは絶えず電撃が走り、チカチカと輝いていた。
 屋上の出入り口の扉に背を預けるように立っている少女がいた。
 肩まで伸ばした茶髪にチャームポイントのアホ毛を風に揺らせている、見た目一〇歳前後の少女。
 打ち止め。寝間着のパジャマのままで明け方の時間の寒空の下にいるため、身体を震わせていた。
 彼女はそれを気にする素振りは見せていない。
 なぜなら、目の前で繰り広げられている光景に目を奪われているからだ。

 お姉様である御坂美琴と、謎の敵組織の手先の犬型ロボ達との戦いを。


美琴「――こんのぉ!!」


 美琴は額からの電流を手に流し、それを雷撃の槍として一機の犬型のロボへと放出した。
 一〇億ボルトの雷撃が犬型ロボへと襲いかかる。
 
 バヂィン!!

 雷撃の槍が命中し爆音と共にロボットが宙を舞った。
 しかし、

 ガシッ。

 まるで高いところから落ちた猫のような体捌きで、犬型ロボットは屋上の床へと着地した。
 体中に紫電を走らせているが、特にダメージを受けている様子もなく、美琴へ向かって再び走り出す。


美琴(ぐっ、コイツら……しつこい!!)


 美琴は接近してくる二〇機のロボットをひたすら電撃で吹き飛ばすという、防戦一方の戦いをしていた。
 なぜこのような戦いをしているのか。それは後ろにいる打ち止めという少女を守るためだ。
 自分一人だけなら、この程度のロボットの群れ程度なら瞬殺できるチカラを発揮できる自信が、彼女にはあった。
 守る戦いというのがこれほどキツイものとは、と美琴は冷や汗を流す。

 さらに美琴にはもう一つ、苦戦を強いられている要素があった。
 それは敵の犬型のロボットの存在である。

 美琴は超能力(レベル5)の電撃使い(エレクトロマスター)だ。
 一〇億ボルトもの出力を誇る電撃を発生させることはもちろん、磁力操作・ハッキング・マイクロ波の発生等、電磁気が絡むことならほぼ何でも行うことができる能力者だ。
 例えば、ただのロボットなら美琴の電撃が直撃しただけで、高出力の電気によりCPUがショートして機能を停止させる。
 例えば、ただのロボットなら美琴が磁力で操った砂鉄の塊を浴びるだけで、駆動系の細部まで入り込んだ砂鉄によって動けなくなったりする。
 例えば、ただのロボットなら美琴がプログラムを電磁的にハッキングして、意のままに操るなんてことは容易いことだ。

 つまり、ただのロボットが美琴と相対した場合、秒もかからないうちに完全に制圧されてしまうということ。

 しかし、美琴と犬型のロボットたちとの交戦が始まってから、既に五分くらいの時間が経過していた。
 美琴はこの状況の中でも冷静に分析をし、ある結論を導き出す。


美琴(――あのロボット、対電撃使いの対策処置がされてるわね……いや、もしかしたら超電磁砲(わたし)専用の対策か?)


 美琴はこの五分間で様々なことやった。

 一つは雷撃の槍を始めとした高出力の電撃による攻撃。
 先ほど見せたように電撃を当てても、ケロッとした顔で(ロボットだから表情はないが)立ち上がり、再び襲いかかってくる。
 おそらく電気を弾くような絶縁塗料のようなもので塗装されているのか、素材そのものがそういう類のものか。
 並大抵の物では美琴の電撃は防ぎきれない。つまり、一〇億ボルト以上の電撃を想定した特別品だということ。

 一つは砂鉄を操ることによる攻撃。
 砂鉄一つ一つが高速で振動をしている為、その砂鉄の塊一つ一つがチェーンソーのような切れ味を持っている。
 そこらにいるドラム缶型ロボットや駆動鎧程度の硬さならズタボロにできるほどの殺傷力だ。
 だが、そのチカラがあっても犬型ロボットを仕留めることは出来なかった。せいぜい装甲の表面に傷が付く程度だ。
 密閉性も大したものらしく、体全体を撫でるように砂鉄を這わせたが、内部に侵入できるような穴は存在しなかった。

 一つはハッキングによる電磁的な攻撃。
 ハッキングの方法は二種類ある。
 一つは内部CPUへ電磁波を浴びせ直接制御を乗っ取る方法。一つはロボットを遠隔操作するために使っている電波に介入して制御を乗っ取る方法。
 前者に関してはCPU周りに電磁波を通さないような仕組みを施しているみたいで、制御を奪うための電磁波を通すことが出来なかった。
 後者の方法は、そもそもあれは自動制御らしく、美琴の目から見てもそういった電波類を確認できなかった為、使えなかった。

 一つは自分の代名詞である超電磁砲(レールガン)による攻撃。
 ゲームセンターにあるようなコインを音速の三倍で飛ばすことで絶大な威力を発揮する彼女の得意技。
 これが直撃すればあの犬型のロボットたちもたちまちスクラップとなることだろう。
 しかし、それはあくまで当たればの話だ。
 美琴が超電磁砲を撃とうとした瞬間、犬型のロボットは蜘蛛の子を散らすようにあちこちへ逃げ回った。
 そこから一機を狙い撃ちしようとしても、ロボットはうまいこと直撃を回避をした。せいぜい余波を受けて吹き飛ぶくらいで、致命傷とはいかない。
 美琴の目線の移動や周囲に発する電磁波等の事前情報を察知することで、回避率を上げているのだろう。


707 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:50:21.96 ID:31eSI50lo


美琴(チッ、このままやってたらジリ貧ね。朝ご飯もまだだから体力的にあんまり長期戦も出来ないし)


 波状攻撃のように突っ込んでくる犬型のロボットたちを電撃で弾きながら考える。
 手札が次々と奪われたこの状況をいかに切り抜けていくかを。
 美琴は後ろに立つ打ち止めをちらりと見てから、


美琴(――しょうがない。ちょっと危ないけど、アレを使うしかないか)


 バチバチィ、と美琴の周囲に電気が撒き散らされる。
 そして少女はある力を操り、ある物へ向けて手をかざし放出した。


 バキバキバキッ!!


 アスファルトを砕くような音が屋上から鳴った。
 その音を確認するためか、犬型のロボット達は一斉に足を止めて、音の下方向へと目を向ける。

 そこにあったのは宙を浮いている貯水タンクだった。

 雑居ビルの屋上に備え付けられているものだ。
 大きな円錐型のタンクで昇降用のハシゴが付属している。
 宙に無理やり浮かび上がらされているためか、パイプがちぎれてそこから大量の水が流れ出ていた。


美琴「……よし、重さもちょうどいい感じかな」


 そう言って美琴はかざした手を一機の犬型のロボットへ向ける。
 すると、


 ドゴォン!!


 ロボットを下敷きにするように貯水タンクが屋上の床へと落下した。
 あまりの衝撃にビル全体が地震のような振動が起きる。うっすら建物の中から警報器の音のようなものが聞こえるのは気の所為ではないだろう。


美琴「あっちゃー、ちょっと強すぎたかー?」


 頭を掻きながら、かざしていた手をそのままくるりと手のひらが上に来るように回す。
 すると落下した貯水タンクが再び宙に浮かび上がった。
 落下地点を見る。そこには道路で車に轢かれたカエルのように潰れた犬型のロボットが床に貼り付いていた。


美琴「電撃もだめ、砂鉄もだめ、ハッキングもだめ、超電磁砲もだめ……じゃ、そういうことならこうやって質量でぶっ潰すのが簡単よね?」


708 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:52:21.42 ID:31eSI50lo


 美琴が行っているのは磁力操作。磁力を操って貯水タンクという巨大な金属の塊を意のままに動かしているのだ。
 犬型のロボット達が美琴がやろうとしていることを察したのか、散り散りになって逃げていく。
 それを追うように美琴は貯水タンクを操作し、


美琴「――遅いっての!」


 ハンマーを振るような軌道で手を振る。同じような動きで貯水タンクがアスファルトの上をものすごい速度で走った。
 軌道上にいた三機の犬型のロボットが車に撥ねられたように薙ぎ払われる。
 バチッ、と内部がショートし、機能停止したロボットたちが地面に叩きつけられた。


美琴「時速六〇キロの自動車が衝突する衝撃って、五階建てのビルから落下した速度と同じくらいなんですってね。ってことは、こんな大きくて重い物体がそれより速い速度でぶつかってきたら、ちょっと痛そうよねー」


 ガンッ!! ガガンッ!! ガシャーンッ!!

 機械の砕ける音がビルの屋上で次々と鳴り響く。
 美琴が貯水タンクを巧みに操作して、犬型のロボットの数を徐々に減らしていく。
 ふと、八機目の犬型のロボットを粉砕した辺りで、後ろにいる打ち止めが気になり、視線を移した。


美琴「…………え」


 美琴は目を丸くする。自分の背後に信じられない光景があったからだ。
 守るべき存在である少女が。大切な妹の一人である少女が。今そこにいるはずの少女が。

 いなくなっていた。


美琴「――――ッ!!」


 バチンッ!! と美琴の周囲に電撃が走り、彼女の体が宙に浮いた。
 高圧電流で空気を爆発させることによる飛翔。
 空中から辺りを見回す。視線を高速で動かす。
 そして、彼女はそれを捉えた。

 象の鼻のような機械製のロッドを打ち止めの体に巻き付けて、ここから離れようと下の道路を走る犬型のロボットを。


美琴「――逃がすかッ!!」


 美琴はその後を追うために磁力を制御して高速移動しようとする。
 
 
 瞬間、美琴の周囲に爆発が起こった。
 ビル街の空に黒煙が巻き上がる。

 それは屋上で立っている一機の犬型ロボットが起こした現象だった。
 ロボットは象の鼻のようなロッドをさらけ出していた。その先端には黒い筒状のものが付いている。
 グレネードランチャー。犬型ロボットに搭載されている兵器の一つだった。


709 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:53:58.19 ID:31eSI50lo


 宙を浮く黒煙の中から何かが落下する。
 黒煙の欠片をまといながら下降するそれは、少しずつ黒色を引き剥がし、姿を現す。

 それは御坂美琴だった。

 煤で身体を汚しながらも、周囲に青白い電気を走らせながら、右手にコインを構えて、


 『超電磁砲(レールガン)』が発射された。


 音速の三倍で射出されたコインはオレンジ色に発光しながら閃光となり、犬型ロボットの体ごとビルの屋上へと突き刺さった。
 普通に撃っていたら避けられていただろう。発射の直前まで黒い煙に身を隠していたため、予備動作が見えず回避が遅れてしまったのだ。
 超電磁砲の直撃を受けた犬型ロボットは粉々のスクラップと化する。

 美琴が磁力を操作し、姿勢を制御して屋上へと綺麗に着地する。
 遅れたタイミングで上から黒焦げた看板が落ちてきた。人一人は余裕で覆い隠せるような大きなものだった。
 彼女の体は常に電磁波によるレーダーを発している。だから、グレネードランチャーの弾頭が接近してくるのも察知していた。
 撃ち落とすことは距離的に難しかった為、急遽磁力を使い鉄製の看板を盾にすることにより身を守ったのだ。

 そう。彼女には電磁波レーダーがある。
 後ろにいる打ち止めに何かが、具体的に言えば犬型ロボットなどという鉄の塊が接近すれば分かるはずだ。
 だが、事実あのロボットは美琴のレーダーを掻い潜って打ち止めをさらった。


美琴(理由はあとからいくらでも考えられる……! 今はあの子を追わなきゃ……!)


 屋上の欄干から体を乗り出し、打ち止めをさらった犬型のロボットが走っていた方向を見る。
 いた。まだ目で追える距離にいる。今ならまだ間に合う。
 美琴があとを追おうと、ビルから飛び降りて磁力を使いながら下の道路へとゆっくり着地する。
 すると、


 ガシャン、ガシャン、ガシャン。


 今まで戦っていた犬型のロボットが、まるでこの先へは行かせまいと美琴の前を立ちふさがった。
 数は一一機。電撃も、砂鉄も、ハッキングも、超電磁砲も通用しないロボットが。
 犬型ロボット達の遥か後方に居る打ち止めの姿がどんどん小さくなっていく。
 美琴の周囲に今までとは比べ物のならない出力の電撃が撒き散らされる。



美琴「――ジャマをぉ、するなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 莫大な電流により、信号機のランプは割れ、ビルのガラスは砕け、路肩に停めてあった車が爆発した。


―――
――



710 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:55:03.00 ID:31eSI50lo


 警戒音が鳴り響く少年院の廊下。上条当麻とA子と名乗る黒髪少女、そしてその少女の周りをゾロゾロと武装した男たちが歩いている。
 最初は一人だった少女の配下の警備兵は、今となっては一〇人という大所帯となっていた。
 ここにいる職員は、第五位のチカラにより少女の命令を聞く人形となっている。そのため、警備兵とのエンカウント=新メンバー加入ということになるのだ。
 だが、その警備兵の中には外部からの侵入者も含まれているらしく、そのものたちは洗脳から逃れている。
 そういった相手はここまで来るのに三人ほどいたが、他の洗脳戦士たちのおかげで容易に迎撃してくれた。


上条「…………」


 上条は難しい表情のまま廊下を歩く。何かを考えているような様子だった。
 それを見た少女が、


A子「何か考え事かしらぁ? そんなシリアスな顔しちゃってぇ、似合ってないんだゾ☆」

上条「なっ、失礼な! 上条さんにだってそういう顔をするときもあるんだっつーの。つーか、似合ってないとか言えるほどテメェとは付き合いねえだろうが!」

A子「…………」

上条(……あれ? さっきみたいな余裕綽々な感じで何か言い返してくると思ったんだけど)


 もしかして強く言い過ぎたのか、と上条は少し戸惑った。
 いくら能力の制御下にあるとはいえ、武器を持った男に真っ向から向かっていくようなヤツだからなおさらだ。
 少女はクスリと笑い、


A子「冗談よ冗談♪ ところで一体何をそんなに考えていたのかしら?」

上条「あ、ああ。ちょっとな……いや、なんでもねえや」


 そう言って上条は流した。さっきまでの暗い表情へと戻る。
 少女はその煮え切らない態度に対してムッとした表情をした。


A子「ちょっとぉ、何でもないとか言って、そういう感じに戻るのは個人的にナシだと思うんですケドぉ?」

上条「わ、悪りぃ」

A子「これから結標さんを助けに行こうってときにそんなんじゃ、助けられるものも助けられなくなっちゃうんだゾ☆ いっそのことゲロっちまったほうが楽になれると思うんですケド」

上条「女の子がそんな汚い言葉使っちゃいけません」


 上条はそう言いながらも納得した様子を見せた。
 そしてそのまま内心に留めていたことを口に出す。


上条「ここに来てからずっと考えてたことがあるんだ。俺ってここに何しに来たんだろう、って」

A子「……へー」

上条「あっ、テメェせっかく打ち明けたのにその目は何だその目は!」


 ジトーと上条を馬鹿にしたような目付きで少女は睨む。


711 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:56:32.08 ID:31eSI50lo


A子「えっと、ホント何言ってんだろって感じなんだケド。最初に会ったときから私がずっと言ってるわよねぇ? 『結標さんを助けに行く』って」

上条「いや、それはわかってんだ。なんつーか、えー、俺はこれから結標に会って何をすればいいんだ? とか、俺には一体何が出来るんだ? みたいなこと考えてて」

A子「…………」

上条「俺さ、結標と一回会って、話して、説得しようとしたんだ。俺の伝えたいこと全部伝えたつもりだった。でも駄目だったんだよ」


 第一〇学区の公園での出来事を思い出す。
 上条は自分の思っていることを全部伝えたつもりだった。一人の『友達』として。
 結果彼の言葉は結標淡希には届かなかった。それどころか彼女を怒らせてしまい、手痛い反撃を受けることとなってしまった。


上条「そんな俺が今からアイツに会ってどうすりゃいいんだ。俺の『役割』ってなんなんだよ、って思っちまってよ」

上条「ずっとそんなことを考えてたら、全然結論が出てこなくて、お前に変な気を使わせちまったってことだ」


 変なこと聞かせて悪かったな、と上条は謝罪した。
 今更だが女の子に何話してんだ。少年は自己嫌悪のような感情が浮かばせ顔を曇らせた。


A子「…………ぷぷっ」

上条「へっ?」


 A子と名乗る少女は口元を隠すように手を当てる。
 彼女から吹き出すような声が聞こえた上に、目元だけ見てもわかるくらいニヤニヤしていた。
 上条は何かあざとさのようなものを感じて目を細める。


上条「お前、今笑ったろ?」

A子「……ううん、別にそんなこと……ぷっ」

上条「現在進行系で吹き出してんじゃねえか! つかわざとやってんだろテメェ!」

A子「アハハハハハっ、ごめんなさいねぇ。あまりにもアナタには似合わない悩みを打ち明けられちゃったから、ちょっと面白くて」

上条「ぐっ、たしかにそうかもしれねえよ。けど、さっきも言ったが似合わないとか言われるほど接点はな――」


 上条の言葉を遮るように、


A子「ま、私じゃ解決力のあるような一言はあげられないケド、一つだけ言えることがあるわぁ」


 少女はステップを踏むように上条の前に立ち、後ろで手を組み、前かがみ気味になりながらじっと見つめて、


A子「そんなこと理屈で考えたっていつまでも決着は付かないわぁ。だから、アナタが本当にやりたいと思えたこと、それがアナタの『役割』ってことでいいんじゃないかしらぁ♪」


 ニッコリと笑って、少女はそう答えた。


上条「本当にやりたいと思えたこと、か……」


 上条は言葉を噛みしめるように反復する。
 たしかに結標淡希を助けたいのは自分の本意だ。それは間違いない。


A子「少しは吹っ切れたかしらぁ?」


712 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 11:58:04.41 ID:31eSI50lo


 少女の問に上条は、


上条「……ああ。こんなところでグダグダしてる暇なんてねえよな。俺に何ができるのかなんてわからねえけど、とにかく今はがむしゃらにでも行動するしかねえよな」

A子「そ。それはよかった」

上条「ありがとな、えっと……」

A子「A子」

上条「あ、そうそう、A子さん。ごめん、何か最近物覚えが悪くて」

A子「別にいいわぁ、アナタはそういう体質になっちゃったのだからしょうがないわよ」

上条「体質……?」


 首を傾げる上条。
 だが少女は構うことなく、くるりとターンして再び通路を歩き始め、階段を降りていく。
 頭にハテナを浮かべたまま上条も後ろを付いて行った。

 階段を降り切ると、目の前に十字路の通路が見えた。
 前方に通路は四、五メートル幅の道が五〇メートルくらい先まで伸びている。
 この位置から見る限りは突き当りは壁で、さらにそこから左右に道がありそうだった。
 左の道を見る。両方ともすぐに壁に突き当たって右に曲がるようになっていた。右の道も同様だ。

 十字路の中心に少女は立ち止まった。そして、上条の方へと視線を向けながら話しかける。


A子「――さ、着いたわよぉ」

上条「着いた? ここに結標がいんのか?」


そう思って辺りを見回してみたがそれらしき人物は見当たらなかった。
というか上条と少女+その他一〇名以外は人一人いない。


A子「そういうわけじゃないわぁ。私が案内できるのはここまで、って意味の着いたよぉ」

上条「だったら最初からそう言え……ってあれ? 案内できるのはここまでってことは」

A子「そうよ。あとはアナタ一人で行ってもらうわぁ」

上条「お前は来ないのかよ」

A子「私は私でやることがあるのよぉ。それに昨日も言ったけど私は今の結標さんとは初対面。そんな女が行ったところで警戒力が増えるだけよねぇ、ってコト」


 そもそも今の私は借り物の体だから面識力があっても意味ないんだけどね、と黒髪の少女は補足する。
 そのあと少女はこれから行くべき道を上条へ懇切丁寧に説明し始めた。
 何か『隠し階段』だとか『本来は存在しないはずの部屋』とかいろいろ言われて上条は頭がパンクしそうになる。
 それを見かねた少女の簡単な説明によると、真っすぐ行って突き当たったら右に曲がって、すぐあるエレベーターの裏にある階段を降りた先に結標がいるらしい。
 とにかく真っすぐ行って右に行ってエレベーターの裏に回って階段を降りればいいんだな、と上条は心の中で何回も復唱した。


A子「じゃ、私は行くとするわぁ。頑張ってねぇー」

上条「待ってくれ。ちょっといいか?」

A子「何かしらぁ?」

上条「何でお前はここまでしてくれたんだ?」


713 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 12:00:18.89 ID:31eSI50lo


 最初出会ったときからずっと気になっていた。なぜこの少女は自分を助けてくれたのか。
 結標を助けるためか? しかし、彼女の言葉をそのまま鵜呑みにするならまったくの他人のはずだ。
 そんな他人を助けようとする男に対して、少年院などという普通では絶対に入れない場所、そんなところまで連れてほどのことをする理由が上条には思いつかなかった。


A子「何で、か……」


 少し考えてから少女は続ける。


A子「さっき言ったように私にもやることがある、目的があるってワケ。その流れでアナタをここに連れてきただけよぉ」

上条「目的……何だよそれ」

A子「女の子のプライバシーにズカズカ踏み込んじゃう男の子は嫌われちゃうんだゾ☆」


 おちゃらけて言っているが、これ以上聞いたらブチコロスぞこの野郎と言っているのだろう。
 こちらを見つめている十字形の星がそう訴えているのを上条は感じた。


A子「というかぁ、ここで私とウダウダとおしゃべりしてるのはよくないんじゃないかしらぁ? 正直、あんまり時間も残されていないわけだしぃ」

上条「げっ、そういえばタイムリミット一五分とか言ってったっけ」

A子「早くしないと結標さんがどこか行っちゃって、また行方不明になっちゃうかもねぇ」

上条「そいつは不味いな。じゃ、俺は行くよ。ありがとな……えっと」

A子「え――」


 A子という偽名を発しようとした口を無理やりつぐんだ。
 そして、ゆっくりと息を吸って、


A子「――『食蜂操祈』です!」


 その名前を聞いた上条はうん? と疑念の表情を浮かべた。おそらく「そんな名前だったっけ」とか考えているのだろう。
 しかし、少年はいつもどおりの感じに戻って、


上条「ありがとな! しょく、ほー?」


 上条当麻は軽く手を振って通路の先へと走っていった。




A子「…………」


 少女はそれを黙って見送りながら考えていた。
 おぼつかない口調だが、彼に名前を呼ばれるのはいつぶりだろうか。心が踊る。にへら笑顔が溢れそうになる。
 だけど、これは一過性の幸せ。どうせ彼は、もう自分のことなど覚えていないだろう。
 食蜂操祈という名前はもちろん、もしかしたらA子という偽物の食蜂操祈の存在そのものも。


A子「さて、私たちも行くわよ」

警備兵達「「「「「「「「「「了解致シマシタ」」」」」」」」」


 たくさんの警備兵たちを従えながら少女は左の通路へと歩いていった。
 歩きながら上条当麻が向かっていた通路を横目に呟く。


A子「――ごめんなさい」


―――
――



714 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 12:01:43.59 ID:31eSI50lo


 少年院の遥か地下にある独房。その前にある細い通路に熊のような大男と長身の女、数人の武装した男たちが立っている。
 その通路の床には一〇もいかない数の人が倒れていた。ほとんどが武装した男たちだ。
 腹部や脚部に金属矢や割れた蛍光灯等の物体が突き刺さっていて、痛みで気絶したり動けないといった様子だった。

 そんな中を、うつ伏せ気味に床で倒れている少女が一人。

 結標淡希。座標移動(ムーブポイント)と呼ばれる少女。

 いつもは二つに束ねている長い赤髪が、ヘアゴムが切れたのか無造作に背中に広がっていた。
 元から傷だらけだった体に追い打ちを掛けられたように、新しい切り傷や打撲痕が目立つ。
 いや、それらの傷が目立つと表現するのは間違いか。
 なぜなら一番目立つ彼女の外傷は、体のいたる所に突き刺さっている金属矢なのだから。

 長身の女、手塩が倒れている少女を見下ろしながら、


手塩「……随分と、手こずらせてくれたな」


 熊のような大男、佐久が腕に刺さっていた金属矢を引き抜きながら、


佐久「痛ってえなぁ。あちらこちらへ物質転移しやがって、このクソガキが」

手塩「だが、もう能力を使う体力さえ、残っていまい」

佐久「そうだな。つーわけで、さっさとコイツ連れてトンズラと行くか。おい、お前ら拘束して連れてこい」


 佐久のひと声で暗部組織ブロックの下部組織の男たちが動き出した。
 一人の男の手には拘束具のようなものが握られている。結標を捕獲するために用意された空間移動能力者専用の拘束具だ。


結標「…………」


 結標は薄れた意識の中、冷たい床を肌で感じながらボンヤリと考えていた。

 『疲れた。もう指一本動かせない』。
 全身は傷だらけだがもはや痛みさえ感じない。

 『私、十分頑張ったよね。よくやったほうだよね』。
 単身でいろいろな場所に乗り込んで、情報を探し回って、ここまでたどり着くことが出来た。健闘したほうだ。

 『ごめんねみんな。助けられないで。ごめんねみんな。こんなダメなリーダーで』。
 思い返してみる。彼ら彼女らに何もしてあげられなかった。最後の少女の『逃げて』という願いにさえも。

 目の前にあった床が離れていく。体が抱え上げられたのだろう。
 おそらく、拘束されてどこかしらに連れて行かれる。その先は地獄かそれより惨たらしい世界か。
 恐怖や憎しみ、悔しさ等の負の感情が巻き起こるような状況だったが、結標はそうではなかった。
 それだけのことをしてきた。こんな扱いを受けてもしょうがない。それをわかった上でこれまで行動してきたつもりだ。
 後悔などはしていない、と結標は全てを受け入れるつもりでいた。


715 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 12:02:59.06 ID:31eSI50lo


 ただ、彼女の中に一つだけ、心残りのようなものがあった。
 最後にある人物と会いたかったという感情。
 その人物は、彼女にとって最低最悪のクソ野郎で、世界で一番嫌いな少年だ。
 死んでしまえばいいのに。地獄に堕ちてしまえばいいのに。来世でも惨たらしく殺されてしまえばいいのに。
 少年のことを思い浮かべると負の感情ばかりが頭をめぐる。

 なぜ、こんな状況でそんな少年のことを考えているんだ。
 なぜ、そんな少年と会いたいなどという感情が浮かんでいるんだ。
 なぜ、もう会えないということを考えただけで寂しさのような、悲しみのような感情が湧いてくるんだ。


結標「……『一方通行(アクセラレータ)』」


 なぜ、名前も聞きたくもない少年の名前を呟いているんだ。
 彼女自身もそれはわからなかった。


 ピシッという音が上から聞こえた。結標は視線だけを動かし天井を見る。
 通路の自分から一〇メートル先の位置。そこの天井がまるで凍った水たまりを踏みつけた後のようにひび割れていた。

 瞬間、轟音とともにひび割れた天井へ衝撃が走る。大量のガレキを床に落下させながら天井が崩れ去った。
 その余波で通路内に暴風が巻き起こる。結標を抱えていた男がその風圧のせいで少女を離してしまう。結標は再び床に投げ出された。


結標「……い、一体、何が……?」


 粉塵が巻き起こり、視界の悪くなったガレキの山を見る。
 その上に人影のようなものが立っているのが見えた。
 視界を奪っていた白い粉塵が次第に薄くなっていき、その影がくっきりと瞳に映り始める。

 その影は少年だった。
 肩まで伸ばした白い髪。汚れを知らないような白く透き通った肌。
 線の細い体付きから知らない人が見れば白人女性と間違えるかもしれない。
 首には電極付きのチョーカー。右手には現代的なデザインの杖。
 こんな特徴の塊は、この街を捜しても二人といないだろう。
 彼女がよく知っている少年だった。

 真紅の瞳をこちらへ向けながら、少年は挨拶でもするかのような気軽さで、



一方通行「――呼ンだか?」



 学園都市最強の超能力者(レベル5)の少年が語りかけた。


―――
――



716 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 12:03:40.75 ID:31eSI50lo


垣根「――来たか、一方通行」


 暗部組織スクールのリーダー垣根帝督が呟いた。
 彼は今少年院の受付ロビーのようなところのイスに、缶コーヒー片手に腰掛けている。
 周りには十人以上の武装した警備兵と思われし男たちが、血だらけになりながら床に伏せていた。
 まさに死屍累々とはこのことだろう。
 手に持っていた空き缶を適当に床へ放り投げながら垣根は立ち上がった。


垣根「このプレッシャー、間違いねえ。遅すぎるぜクソ野郎が」


 垣根は懐から携帯端末を取り出した。いくつか操作をしてから電話口へと喋りかける。


垣根「お前ら仕事の時間だ。カモが来やがったぜ」


 リーダーからの指示に返事をする少女が一人。


海美『何を言っているのよ。あなた以外はとっくの昔に動き始めているわ。サボリ魔さん?』


 海美の嫌味を聞いて垣根は頭をガリガリと掻きながら、


垣根「へいへいうるせーな。各々状況報告しろ」


 まず最初に報告し始めたのは海美だった。


海美「こちら心理定規&誉望組。裏門から少年院に侵入して現在地下二階にいるわ」


 そう報告する海美の声の後ろには大量の銃声が鳴り響いている。


海美「で、今八人の兵隊と誉望君が交戦中。まあ、あと五秒位で終わるんじゃないかしら」


 彼女の言った通り、五秒後には後ろから聞こえていた銃声が鳴り止んだ。


海美「というわけで、引き続き座標移動がいると思われる地下の独房へ進行するわ。大きな障害がない限り、あと二分くらいで到達するんじゃないかしら」

垣根「りょーかい。砂皿はどうだ?」


 通信をオンラインにしているが、黙々と話を聞いていたスナイパー砂皿緻密へとパスする」


717 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 12:04:30.39 ID:31eSI50lo


砂皿『こちらは狙撃場所を裏門から正門へと移動しているところだ。裏門では五人殺したが、一人逃して中への侵入を許した』

垣根「ほぉ、お前の狙撃から逃れるヤツがいるとはな。どんなヤツだ? 会ったらついでに殺しといてやるよ」

砂皿『年端も行かぬ少女だった。赤いセーラー服を着て茶色い髪をした』

垣根「……ああ、アイツか。俺もアイツにはムカついてたんだ。ぶち殺す楽しみが増えたぜ」


 垣根が不気味に笑う。彼の言葉からして砂皿が逃した少女について何か心当たりのようなものがあるらしい。


垣根「じゃ、俺は今から表ルートで独房へ向かう。たぶん、一分もかからねえんじゃねえかなぁ」


 そう言うと、垣根の背中から天使のような三対六枚の翼が現れた。
 垣根は軽く足元を踏み付ける。彼を中心に直径五メートルくらいの大穴が床に開いた。まるでいきなりそこにあった床が無くなったように一瞬で。
 床がなくなったため、垣根の体は重力に従い地下へと落下する。カツン、と革靴の音を鳴らし何事もなかったかのように床へ着地した。


警備兵D「なっ、何者だ貴様!? もしや例の侵入者だな!!」


 垣根は気付いたら警備兵たちに囲まれていた。
 人数は六人。狭い通路で。もちろん全員武装した男たち。


 グシャ。


 勝負は一瞬で決する。
 警備兵たち全員の腹部に真っ白な巨大な杭のようなものが突き刺さり、大穴を開けた。
 垣根の背中から伸びた六枚の翼が変形した物だ。
 必殺の一撃を受けた警備兵たちはダラリと全身の力が抜け、持っていた銃火器を離し、床に崩れ落ちていった。

 そんな状況を知る由もない海美が電話越しに語りかける。


海美『一分で着くのなら、ついでに座標移動の方も確保してくれればいいのに。たぶん、一緒にいるのでしょ?』

垣根「ハッ、馬鹿言うなよ。何でこの俺がそんな三下みてえな雑用をやらなきゃいけねえんだよ」


 周りに転がる死体を気にすることなく、通路を歩きながら垣根は続ける。


垣根「それに俺のターゲットは片手間で殺れるようなヤツじゃねえ。だから、そんな雑魚に構ってられるかよ」

海美『そう。それは残念。じゃ、また独房で会いましょ?』

垣根「ああ」


 そう一言返して垣根は端末を切った。


――――――


718 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/01(土) 12:08:06.76 ID:31eSI50lo
台本形式なのに地の文多すぎるやろ…

次回『S9.総力戦』
719 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:18:49.69 ID:Q+V+Oj11o
ここからキャラ視点増えまくって余計に読みづらくなるね

投下
720 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:19:20.99 ID:Q+V+Oj11o


S9.総力戦


 一方通行は独房のある地下の通路をざっと観察する。
 前方にいるのは熊のような大男。筋肉質な長身の女。武装をしたいかにもな下っ端と思われる男三人。その後ろに倒れている有象無象。
 そして、傷だらけの姿で倒れていて、そんな状態でもこちらへ視線を向けてきている少女、結標淡希。
 通路の左右の壁を見る。そこには等間隔で独房に繋がっていると思われる鋼鉄の扉が取り付けられているが、その他に金属矢や蛍光灯が突き刺さっていた。
 このことから、この少女は相当暴れたのだろう、と推測できる。自分の身も顧みず。

 床に突っ伏した少女が震える声で問いかける。


結標「……な、なんでよ」

一方通行「あン?」

結標「何で貴方が、こんなところにいるのよ……?」

一方通行「オマエとの約束を果たすためだ」

結標「やく、そく?」

一方通行「ああ」


 少年は目を逸らすことなくただ一点を、結標淡希を見つめて、



一方通行「――『結標淡希』。オマエと、オマエの周りにある世界、全部俺が守る。その約束を果たしに来た」



 そう。これが彼をここまで動かしたその原動力。
 ただの口約束だ。別に契約書を交わしたわけでもない。何の効力もない言葉だ。
 だが、彼にとってはそれだけで十分だった。十分過ぎた。


結標「……なに、言ってん、のよ。そんな約束、私はした覚えなんてない、わ。」


 一方通行の言葉を聞いた結標が顔を伏せながら、


結標「その約束は、たぶん、私が記憶を失っているときの、もう一人の『私』とした、約束のはずよ。それは、貴方もわかっているはず……」

一方通行「…………」

結標「だから、今の私とは、なんら関係ないこと。なのに、なんで貴方は……、そんな決して果たすことのできない、約束を果たしに、こんな場所へ来たのよ?」


 彼女の言う通りだ。
 この約束は彼女が記憶喪失をしているときに、一方通行との間に交わされたものだ。それは紛れもない事実。
 今の結標淡希はそのときの『結標淡希』ではない。それも事実だ。
 しかし、一方通行は揺るがなかった。


一方通行「果たせない約束だァ? 何言ってンだオマエ」

結標「え……」

一方通行「俺は言ったはずだ。結標淡希を守るってよォ」

結標「だ、だから、それは、もう一人の『私』で――」

一方通行「関係あるかよッ!」


 結標の言葉をバッサリと切り捨てる。


721 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:20:14.53 ID:Q+V+Oj11o


一方通行「――あの時のオマエも、今のオマエも、紛れもない『結標淡希』だろォがッ!! 記憶があるだァ? ないだァ? そンなの関係ねェンだよッ!! 知ったこっちゃねェンだよコッチはよォッ!!」


 一方通行が吠える。
 今まで溜め込んでいたものを、内に秘めたものを、全て、彼女にぶつけるかのように。


一方通行「だから、俺はオマエを守るために、オマエをこのクソッタレな闇から救い出すために、こォしてこの場に立ってンだよッ!!」

結標「ッ……」


 一方通行の言葉を聞いて少女は黙る。
 彼の迫力に威圧されたのか。恐怖し、体が硬直したのか。それとも。
 


一方通行「……さてと」


 視線を結標からその後ろにたむろしている者共へ向ける。
 暗部組織ブロックの幹部の大男、佐久と目が合う。
 佐久はそのコンタクトに応じるように、


佐久「テメェどうやってここに来やがった!? テメェに対してこの情報が入らねえように封鎖させていたはずだ!! テメェなんかがこんなところに来れるわけねえんだよ!!」

一方通行「そォかよ、ソイツはご苦労なこった。けどよォ」


 煽るような口調で一方通行は口元を歪ませて、


一方通行「こォやってオマエらの前に立ててるっつゥことは、ソイツは点で無駄な努力だったっつゥことだよなァ? ぎゃはっ」


 佐久にとってこの状況は、避けなければいけないものだと思っていた。
 だから、水面下で情報を操作したり、一方通行に裏の事実を突きつけて心を折ろうともしていた。
 しかし、一方通行はこの場に立っている。佐久の恐れていた状況になっている。

 だが、佐久はあることに気付いた。それは自分の勝機へと繋がるような事柄。
 今まで焦りの見えていた佐久の顔に余裕のようなものが現れる。


佐久「……お前、ここがどこだかわかるか?」

一方通行「あン? 少年院の地下の独房だが、それがどォかしたか?」

佐久「だったらお前も知ってんだろ? 『AIMジャマー』っつう対能力者用の装置の名前くらいよお」

一方通行「…………」

佐久「他の階層のヤツは、メンテ中で作動はしていなかったからテメェは気付かなかったみてえだが、ここのは稼働してんだよ! 俺たちが手を回したからなぁ!」


 「本当は気付いてんだろ? 感じてんだろ? AIMジャマーっつうテメェらからしたら最悪の不快感をよぉ」と佐久が畳み掛ける。


一方通行「…………」


 一方通行はその問いに対して無言を貫き、ジッと佐久を見つめるように睨みつける。
 佐久が勝ち誇ったように、


佐久「AIMジャマーの影響っつうのは能力が強ければ強いほど、デカければデカイほど危険なんだってなッ! 例えばテメェみてえな超能力(レベル5)だとなおさらすげえんだろっ!?」

佐久「能力を使うたび腕や足が吹っ飛ぶかもしれねえっつリスクを負っちまう。つまり、そんな状態でチカラを使おうなんてヤツは自殺志願者でしかねえってことだ!」

佐久「どうりで強気な態度を取ろうとするわけだ。そりゃそうだよなぁ? 能力を使えないなんて悟られるわけにはいかねえからなあっ! 実は何のチカラも使えないクソガキでしたなんて気付かれるわけにはいかねえからなぁ!!」


722 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:21:01.86 ID:Q+V+Oj11o


 ひとしきり言うことを言って、佐久は左手を上げる。
 後ろにいた三人の下部組織の男たちが佐久の前に立った。手に持った機関銃を構え、照準を前方にいる一方通行へと定める。


佐久「好きな方を選びやがれ。鉛玉食らって蜂の巣になるか、一か八かチカラ使って自爆するか――」


手塩「…………」


 ブロックのもう一人の幹部、手塩が一方通行を観察するように眺めながら考える。
 最初から疑問だった。なぜ一方通行はこんなところに『来た』のか。いや、正確に言うと『来られた』のか、か。

 手塩はAIMジャマーについて詳しくは知らなかった。だからこの階層のAIMジャマーがどの程度の範囲に効果を及ばせているのか検討もつかない。
 完全にこの階層のみなのか、それとも上階にも影響があるのか。手塩の勝手な推測では前者と見ていた。

 その理由は一方通行が天井を突き破って現れたからだ。
 少年院の地下の階層を仕切る床や天井は核シェルターにも匹敵する強固な建材で作られている。能力者を収容する施設なため、そういった部分の耐久力にも力を入れているのだろう。
 普通の人間が使うような兵器では到底破壊できない天井。それこそ核ミサイルを何発も打ち込まないと破壊できない鉄壁。

 しかし、それはあくまで兵器での話だ。ベクトル操作という圧倒的なチカラを持った一方通行には関係のない話だ。
 彼が本気を出せば、そんな強固な壁もコピー用紙を破るかのような気軽さで打ち破ることができるだろう。
 ゆえに、一方通行は能力を使用して天井を破壊し、この階層へと侵入した。だから、上階にはAIMジャマーの効果は及んでいない。
 一見、筋の通っていそうな推測だ。が、手塩は納得していなかった。

 それは杖がないと歩けないような少年が、どうやって三メートル強の高さはある天井から安全に飛び降りたのか、という疑問が邪魔しているからだ。
 普通に考えればベクトル操作の能力を使って、姿勢を制御して着地したと考えるのが妥当だろう。
 しかし、忘れてはいけないことがある。この階層はAIMジャマーの効力の範囲内ということだ。おそらくこの床から天井に至るまで、通路全体へ広がっているだろう。
 そんな空間でベクトル操作の能力を使用してしまえば、先ほど佐久が言ったように制御がうまく出来ず、安全に着地が出来ないどころか手足が吹っ飛んだりするかもしれない。

 あの少年は一体、どうやって安全に着地したのか。
 実はあの杖はフェイクで普通に動けるのか? AIMジャマー下で能力を使用してたまたまうまく制御できただけなのか?
 手塩の中で仮説じみた疑問が次々と浮かんでくる。しかしそれらの疑問は、次に行った一方通行のある行動を見ることで、全て吹き飛び、正解が頭だけに残った。


 一方通行は笑ったのだ。わずかにだが。口の端を引き裂くように。


手塩「――待て!! 罠だ佐久ッ!!」


 手塩はとっさに反応し、佐久に銃撃を止めさせようとする。
 だが、すでに佐久の左手が降ろされていた。ブロックの中で使われている『射撃しろ』のハンドサイン。


 ズガガガガガガガガ!!


 おびただしい数の銃声とともに、三つの銃口から弾丸が斉射される。
 銃弾の到達地点は当然一方通行。訓練された兵士たちによる射撃。決して外すことはない。
 一方通行は『避けることが出来ない』のか、ただその場に立ち尽くしていた。
 いや、違う。


 あれは『避けようとしていない』――。


 ガシャシャシャン!! と何かが砕け散るような音が手塩の耳に飛び込んできた。
 目の前に立っていた三人の部下たちが、銃を持っている方の腕を抑えながら、うずくまるように地面に倒れる。声にならないような声を喉で鳴らす。
 彼らの腕から機関銃が消えていた。その代わりなのか、彼らの足元には大量の鉄くずと赤い液体が広がっている。
 それらを見て音の正体がわかる。先程まで獣の咆哮のような音を上げながら銃弾を吐き出していた、三人の部下が持っている機関銃がバラバラに破壊された音だったのだ。

 床に散らばった機関銃のパーツを見る。その中に明らかに使用済みの弾丸のようなものが数え切れないほどの数転がっていた。
 その弾丸を見て手塩は気付く。これはあの機関銃で使われている物だ。

 手塩は全てを理解した。この場で何が起こったのかを。
 彼女が口からそれを発しようとする。しかし、手塩より早く隣に立っていた佐久が叫ぶ。


723 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:21:48.79 ID:Q+V+Oj11o


佐久「――なんで『反射』が使えるんだテメェはぁ!?」


 その問いに一方通行は、


一方通行「…………」


 答えない。
 ただあざ笑うかのような笑顔で佐久を見ていた。
 何も喋らない少年の代わりに、別の少年の声が通路の中を響かせる。



???「――『AIMジャマーキャンセラー』。製作『グループ技術部』。技術提供『とある学園都市のなんでも屋さん』」



 その声は一方通行が開けた天井の大穴から聞こえてきた。
 穴から人影が飛び込んでくる。床の上に難なく着地し、声の持ち主が姿を表す。
 金髪にサングラスを掛け、アロハシャツの上から学ランに袖を通した少年。


佐久「て、テメェは『グループ』のリーダー、土御門……!」

土御門「初めましてだな。『ブロック』のリーダー、佐久」

佐久「なるほど、ようやく理解ができたぜ。第一位がここまで到達できた理由がよぉ」

土御門「そいつはよかったな」


 二つの暗部組織のリーダーが相対する。
 睨み合う二人。まるで真剣勝負の斬り合いをしているかのような威圧感。
 ぶつかり合うプレッシャーが空間を重く圧迫する。

 二人に割って入るように手塩が口を挟む。


手塩「AIMジャマーキャンセラー、と言ったか? なんだ、それは?」

土御門「言葉の通り、AIMジャマーを打ち消す装置、と言ったところか。実際はAIMジャマーを始めとした、AIM拡散力場を乱す装置全般を打ち消す、と言ったほうが正しいんだがな」

手塩「ば、馬鹿な。そんなものが、存在するのか……!」


 土御門はうろ覚えのことを思い出しながら話すように、


土御門「オレも詳しい理屈とかは理解してないんだがな。AIMジャマーってのは能力者のAIM拡散力場にジャミング波みたいなのをぶつけて、乱反射させることで照準を狂わせる装置だ」

土御門「AIMジャマー内にいる能力者は常にAIM拡散力場が乱れている状態にある。だから、好き放題チカラを使えない」

土御門「そんな中で能力を使うためにはどうすればいいか。それは簡単だ。至ってシンプルな答えだった」


 サングラスを中指で上げ、ニヤリと笑いながら、


土御門「乱れちまったAIM拡散力場を正常な数値に戻してやればいい。プラマイゼロを標準とした場合、マイナス五〇されたならばプラス五〇する。プラス一〇〇されたならマイナス一〇〇するという感じにな」

土御門「それを可能にしたのが『AIMジャマーキャンセラー』だ。一方通行の首に巻いてあるチョーカーに付いている電極、その反対側に取り付けられている装置がそれだ」


724 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:22:44.93 ID:Q+V+Oj11o


 「余計なことぺちゃくちゃ喋ってンじゃねェよ」と一方通行は睨みつけた。
 彼の言う通り、一方通行の首には電極付きのチョーカーが巻かれている。
 それは一方通行から見て左側の位置にスイッチ兼バッテリーの装置が取り付けられており、そこからこめかみへと伸びた線を介してミサカネットワークからの電波情報を脳内に伝達する。
 しかし、今はチョーカーの右側部分にも装置が増設されていた。元の電極と似たようなデザインだったが一回り大きく、少し首を右に傾けるだけで肩に当たりそうになる。
 装置から伸びた線は一本だけで、それは元の左側に付いている電極に繋げられ、連結しているようだった。


一方通行「…………」


 一方通行は首の右側についている装置を手で撫でながら考える。
 普通なら口に出すだけで机上の空論だと切り捨てられそうな装置、『AIMジャマーキャンセラー』についてだ。

 この装置は作戦時間三〇分前に叩き起こされたときには、既に首へ取り付けられていた。
 最初は『ナニ勝手なことしてンだ』と激昂した。だが、土御門のどうしても必要なモノだという説得と、電極本来の機能自体は問題なく使用できたという事実で、嫌々ながら無理やり納得した。
 そのときに先ほど土御門が言っていたような雑な説明を聞いていたが、それに関してはどうしても信じることはできなかった。

 土御門は簡単に言ったが、狂ったAIM拡散力場を正常値に戻すのはそう簡単なことではない。
 五〇や一〇〇といった大雑把な数字を上げていたが、実際は小数点以下どころかマイクロレベルの極小の誤差も許されない精密な分析が必要となるだろう。
 歪んだ数字を元に戻すとするならその元の数値も正確に把握できていないといけない。
 AIM拡散力場は常に一定の数値を保っているわけではない。能力者のそのときそのときに適した形に変化して、それを正常値としている。
 そういった要因を含めた上で、AIMジャマーキャンセラーという装置を作ろうとした場合、その使用する能力者の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を完全に把握していなければいけない。
 そんなことは不可能だ、と一方通行は思っていた。

 だが、現実一方通行はこのAIMジャマーで能力が阻害されている状況で、正確に『ベクトル操作』というチカラを使用することができた。
 先ほどの無理難題をクリアーしたということになる。土御門が言った『とある学園都市のなんでも屋さん』という言葉を思い出す。


一方通行(……ああ、そォいや居たなァ。そンなことを鼻の穴をほじりながらこなすことができるクソ野郎が一人な)


 また変なところで借りを作ってしまったということか、と一方通行は舌打ちする。
 次会ったときに、ムカつくような面して煽りに煽りまくってくるオッサンが絵に浮かぶ。


佐久「くそったれがッ……!」

手塩「…………」


 一通りの説明などを聞いて圧倒的不利な状況に自分たちが立っていることに気付いたのか、ブロックの二人組は顔をひきつらせていた。
 そんな二人を見た一方通行は適当に首を鳴らしながら一歩踏み出す。


一方通行(AIMジャマーキャンセラーっつってもやってることはAIMジャマーと同じだ。歪ンだAIM拡散力場をさらに歪ませて元に戻しているに過ぎねェンだからな)

一方通行(AIMジャマーは莫大な電力を食う。ソレはコイツも同じ。装置本体には俺の持っていた電極の予備バッテリーが搭載されていて、さらに電極に付いたメインバッテリーも併用させることで、やっと五分間起動させることができるっつゥ話だ)


 ここにたどり着いてからどれくらいの時間が経ったか。一分か? 二分か?
 関係ない。こんなヤツらを制圧するのに十秒だっていらない。

 カシャン、と一方通行の機械的な杖の棒部分が収納された。
 一方通行の両手が空く。苦手と悪手を広げながら悪魔のような笑顔で、ゆったりと佐久たちとの距離を縮める。


一方通行「――コイツは戦いなンて高尚なモンじゃねェぞ。ただのくだらねェ害虫駆除だよ、ゴミムシどもが」


―――
――



725 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:23:15.73 ID:Q+V+Oj11o


 少年院の敷地内を一人の少年が歩いていた。
 海原光貴。暗部組織『グループ』の構成員の少年だ。
 彼の任務は外周の警備。グループに仇をなす者の外からの侵入を防ぐために行動している。

 当初の作戦では海原は土御門と共に独房へ赴き、結標淡希を救出する役割を与えられていた。
 しかし、急遽一方通行が加わったことでプランAからプランBへと変更され、番外個体と共に防衛の任についている。


海原「――さて、そろそろ始まっている頃ですかね」


 携帯端末で時間をひと目確認した後、警報の鳴っている少年院の方へ目を向ける。
 そんな海原の名前を呼ぶものがいた。


番外個体「おーい、海原ー」

海原「どうかしましたか番外個体さん。貴女の持ち場はこちらではないでしょうに」

番外個体「なんかねー、面白いことがあったから海原にも知らせてあげようと思って」

海原「……まったく、貴女という人は」


 堂々と任務をサボっている少女を前にして海原は頭を抑えた。
 番外個体のニヤニヤとした顔からして悪びれる様子はまったくないようだ。


海原「面白いこととは?」

番外個体「少年院の裏口の辺にさ、なんか集団自殺している人たちがいてね」

海原「集団自殺?」

番外個体「そうそう。みんなして自分のこめかみや脳天を自分の銃で撃ち抜いていたよ。ナイフ持ってる人は自分の心臓をぶっ刺しててさー、傑作だったね」

海原「…………」


 ケラケラと笑う番外個体とは対局に海原は難しい顔をして何かを考え込んでいた。
 ここは少年院。間違ってもネットの掲示板とかで集まった自殺志願者たちが来て自殺しにくるような場所ではない。
 その自殺に使われた方法が拳銃やナイフ。ここの警備兵やブロックの連中が使っていそうな装備。
 つまり、その自殺者たちは――。


726 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:24:47.62 ID:Q+V+Oj11o


?????「見つけたぞ」


 二人の背中から声がかかった。
 番外個体が歩いてきた方向。つまり、集団自殺があった少年院の裏口のある方向から。


海原「……どなたでしょうか?」


 二人は声のした方向へ向く。そこにいたのは小柄の少女だった。
 赤いセーラー服のような制服を来ていて、濃い茶髪を二つに束ねている。
 鋭い眼光が二人を、いや、正確には海原光貴の方へと向けられていた。


番外個体「どうやら少年院に迷い込んだガキンチョとかじゃなさそうだね。裏にどっぷりと浸かったドブクセェ臭いがプンプンだー」


 軽口を言う番外個体の体に紫電が走る。
 二億ボルトの電撃をいつでも放出できるという合図だろう。


番外個体「『スクール』や『アイテム』にはこんなヤツいなかったと思うから、『メンバー』か『ブロック』か。どっち?」

?????「『メンバー』だ。まあ、目的のために利用していただけだから、そんな枠組みなど今となってはどうでもいいがな」

番外個体「そっか。てことはさくっとドタマぶっ飛ばして終わりー、って感じでオッケーってことだよねー」


 番外個体は懐から鉄釘を取り出し、少女に向けて構える。
 釘を持った腕に電気が走り、磁力による音速弾が放たれようとする。
 しかし、海原がそれを止めるかのように番外個体の前に手を出した。


番外個体「ん? どしたの海原ー?」

海原「……あ、あなたは、まさか、そんな……」


 番外個体の質問に反応することなく、海原は顔をこわばらせながら目の前に立つ少女を見つめている。
 少年を鼻で笑うかのようにセーラー服の少女は、


?????「信じられないか? 私がここにいることが。夢か幻などというくだらない言葉で片付けようとでも思っているのか?」


 少女が手を顔に持っていく。そして顔にある何かを掴むように指を引っ掛ける。


?????「――だったら、貴様に現実というものを突きつけてやろう」


 顔についた何かを引き剥がすように、少女は手で顔を拭う。
 瞬間、目の前に居たはずの茶髪の日本人的な外見の少女が姿が変わった。
 堀の深い顔立ちをした浅黒い肌を持つ、くせ毛がかった黒髪を首元まで伸ばした少女が目の前に現れた。


海原「ショチトル……!」

ショチトル「久しぶりだな……『エツァリ』」


 ショチトルと呼ばれる少女が目の前に現れ、海原は歪ませた顔をさらに歪ませる。

727 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:25:42.69 ID:Q+V+Oj11o


番外個体「えつぁり……?」


 空気を読まずに番外個体はとぼけたような感じで首をかしげる。
 嫌がらせのためにわざとやっているのか、それとも彼女の素なのか、もしくは両方なのか。


海原「エツァリとは自分の本名です。海原光貴はこの顔の持ち主の名。つまり偽名なんですよ」

番外個体「はえー、そうなんだ。じゃあこれからはエっちゃんって呼んであげるよ」

海原「ッ……いえ、結構です」

番外個体「遠慮しなくてもいいのにー、照れちゃってー。エっちゃん♪」


 そんな二人の様子を見てショチトルが肩を震わせながら、


ショチトル「エツァリ貴様ッ!! 学園都市に寝返った裏切り者がッ!! まさか『組織』を裏切った理由はそのアホみたいで下品な女のためとか言わないだろうなッ!!」


 褐色の少女の咆哮に番外個体はピクリと反応する。


番外個体「あん? 誰がアホで下品だってー? あんま調子乗っちゃってると×××に電極ぶっ刺して、体内に直接二億ボルトの電流ぶっ放しちゃうよん? これぞまさしく電気マッサージだね、略して電マ!」


 お上品とは対局な発言を息を吐くように述べる少女。
 いつもの海原なら『下品じゃないですか』と一言ツッコミを入れるだろうが、今の彼にそんな余裕はなかった。


海原「ショチトル。まさか貴女は裏切り者の自分を追ってこんなところに……?」

ショチトル「ああそうだ。長かったよ。こんな気持ちの悪い街に半年以上も閉じ込められるとは思いもしなかった」


 ショチトルが片手を振るう。すると突然、手の中に白い大剣が現れた。
 サバイバルナイフのような鋭い凸凹が両刃に付いた白い玉髄で作られた刀剣が。


ショチトル「それも今日で終わりだ。エツァリ、貴様を処分することによってな」

海原「『マクアフティル』……! 貴女がそんなものを持ち出してくるなどとは、一体何があったのですか!?」


 海原の問いかけに答えない。白い大剣を携えたまま、少女はゆっくりと距離を詰めてくる。
 その姿を見た海原はごくりと唾を飲んで、


海原「番外個体さん」

番外個体「なに?」

海原「ここは自分に任せてもらえないでしょうか?」

番外個体「いーよ」


 番外個体は軽く返事をした。何の迷いもない。
 海原のことを信じているのか、はたまた面倒事に巻き込まれたくなかったからなのか。
 獲物を持って近付いてくる少女に背を向け、番外個体は離れるように歩いていく。


番外個体「じゃ、あとは若いお二人さんでごゆっくりー。ミサカは適当に外で散歩でもしてくるかにゃーん」


 手をひらひらさせながら番外個体は少年院の表門へと向かっていった。


海原「……ありがとうございます。番外個体さん」


 海原は構える。目の前に立ち塞がるショチトルと対峙するために。


 かつて師弟関係にあった少女と戦うために。


―――
――


728 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:26:16.84 ID:Q+V+Oj11o


 第七学区と第一〇学区の境目辺りに建てられた建物。一階と二階が吹き抜けになっているのが特徴の巨大な倉庫だ。
 中央には巨大な物資運搬用のリフトが設置されていて、広大な空間内でスムーズな荷の移動が可能となっている。
 各階には外部から搬入された物資が詰め込まれたコンテナが、倉庫内に隙間がないと思えるほどたくさん並んでいた。

 倉庫の一角に二つの人影と一つの獣の影が見えた。

 一人は男だった。
 ボサバサとした白髪にメガネを掛けている中年の男性。
 白衣を羽織っていることから、いかにもな学者という風貌をしている。

 もう一人の影は少女だ。少女は二メートル四方くらいの小さなコンテナの上に寝かされていた。
 打ち止め(ラストオーダー)。先ほどまで御坂美琴と一緒にいた少女だ。
 顔が風邪を引いているときのように紅潮しており、息を荒らげさせ、全身から流れる汗でパジャマの生地が皮膚に貼り付いていた。

 打ち止めの側には銀色の獣が佇んでいた。まるで少女を見張る番犬かのように。
 『T:GD(タイプ:グレートデーン)』と呼ばれる全身を金属で覆った犬型のロボットだ。
 御坂美琴が交戦していたロボット、打ち止めを連れ去っていったロボットと同じような型に見える。

 犬型のロボットが耳に当たる部分をピクリと動かし、音声を発する。


イヌロボ『博士。超電磁砲に向かわせていた対超電磁砲仕様のT:GD二〇機が全滅しました』


 少年の声だった。淡々とした口調で事実だけを報告した。
 博士と呼ばれた男が特に表情を変えることなく、


博士「そうか。ところで『最終信号(ラストオーダー)』を例の場所に運び出す準備の進捗はどうなっているかね?」

イヌロボ『あとニ分ほどで完了するかと』

博士「超電磁砲がニ分以内にこの場所を特定し、ここまでたどり着く可能性は?」

イヌロボ『ありえませんね。仮に最初からここだと決めて全力で移動しても四分弱はかかる。まず間に合いませんよ』

博士「それは結構。では『馬場』君。最終信号の搬送とともに『君自身』もここから離脱したほうがいいのではないかね?」


 『君自身』というのは今会話しているロボットのことではない。
 『馬場』と呼ばれるこのロボットを遠隔操作し、回線をつないで会話をしている少年のことだ。


イヌロボ『何を言っているんですか。『ヤツ』が来るかもしれないんですよ? そのときは僕がぶち殺してやって、無様に床へ転がる死体をこの目で直に焼き付けないと気が済まない!』


 機械の声色が変わる。今までの淡々としていたものから恨み辛みを込めたものへと。
 博士は不気味に口角を釣り上げながら、


博士「君という男には本当に困ったものだ。このために我々『メンバー』の資金を一体いくら注ぎ込んだことか」

イヌロボ『博士には感謝していますよ。僕のワガママを聞いて、実現してくれたのだから』


 博士が自分たちのことを『メンバー』だと名乗った。
 そう。彼らはショチトルと同じ暗部組織『メンバー』の構成員だ。
 博士はその中でもリーダーという立ち位置にいる。


博士「気にすることはない。これは投資だ。こちらとしても良いデータが取れることだろう。すぐに回収できる」

イヌロボ『必ずあなたの期待に応えられるように――』


 カッ、カッ。ペタッ、ペタッ。


 メンバーの会話に割って入るように、二人分の足音が倉庫内に響いた。
 一人はコルク製の靴裏が硬い床を叩くような大人の男の足音。
 一人はスニーカーで軽くステップでもするような年端も行かない子供の足音。


729 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:27:00.96 ID:Q+V+Oj11o


 博士と犬型のロボットは足音のする方向へ目を向ける。
 照明がついていない暗がりの通路から、二人の人間がゆっくりと姿を現した。
 その姿を捉え、博士はメガネのズレを直しながら、


博士「……来ると思っていたよ。『木原』君」


 ニヤリ笑い、その者たちの名前を言った。


数多「よぉークソジジイ。こんな日も昇ってないような朝っぱらから犬連れて散歩とはよぉ、ついに深夜徘徊するような歳になっちまったっつーことかぁ?」

円周「あっ、打ち止めちゃんだ。おーい、元気ー?」


 木原数多と木原円周。
 『木原一族』の二人がメンバーの二人に立ちふさがる。


博士「一応聞いておくが、一体どうやってことの場所を特定した?」


 世間話でもするように博士は質問した。


数多「あん? それはコイツに聞いたら快く教えてくれたぜ」


 数多はそう言って何かを放り投げるように右手を放った。
 ドサリ、とその何かは緩やかな放物線を描いて床に落下した。
 それは少年だった。メンバーの構成員である、彼らにとっては見覚えのあるジャケットを来ている高校生くらいの。
  

イヌロボ『――さ、査楽……!』


 犬型のロボットを操作する少年がその名を呟く。
 それは査楽と呼ばれる『メンバー』の構成員の一人だった。
 ただ、それは彼らの知っている査楽という少年の顔とはだいぶ変わっていた。
 顔が全体的に赤青く染まっていて、まるで内側から膨らませたかのように大きく腫れ上がっている。
 穴という穴から血液を流しており、頭蓋骨が砕かれたかのように輪郭が歪んでいた。

 何度も何度も叩かれ、何度も何度も殴られ、何度も何度も砕かれたのだろう。
 その様子が容易に思い浮かべられるほど、査楽という少年は惨ったらしい外見をしていた。


数多「いやー、ほんと心優しい少年だったわー。家の周りをチョロチョロ嗅ぎ回ってたようだったから、ちょこっと小突いてやっただけで、日時場所目的全部吐いてくれるなんてなぁ。こんな素直でいい子今時いないぜぇ?」


 口の端を割りながらギョロリとした目付きで、地面に転がった査楽を見下ろす。
 博士も査楽を見下ろしながら、


博士「たしかにそのようだ。物理的な拷問程度で情報を売るとは暗部組織の人間としては失格だな」


 同意する。博士の目から査楽への興味が消え失せていた。
 メガネの奥の瞳が木原数多へと向く。


博士「さて、君は私たちの目的を知った上でどうするつもりなのか」

数多「そんなの決まってんだろ」


 数多は小さいコンテナの上で寝ている少女を指差す。


数多「そこに寝ているガキを返してもらう。それはこちらにとっては大事な商品なんでな」

博士「ふん、随分と丸くなったものだな。木原数多君」

数多「あん?」


 博士がため息交じりに続ける。


730 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:27:50.71 ID:Q+V+Oj11o


博士「楽しいかね? 生温い表の世界で幼稚な会社を作り、お山の大将を気取れるその生活が」

博士「従犬部隊(オビディエンスドッグ)と言ったかね? 従業員は当時の猟犬部隊(ハウンドドッグ)の部下だったか。そんな使い捨てのクズどもを起用するとは情でも移ったのかね?」

博士「仕事で最終信号を預かっているそうだな。隣で無邪気に笑うこの少女を見て庇護欲でも湧いたのかね?」


 語りかけるように質問を投げ続ける。
 ただただ一方的に。


数多「…………」


 木原数多は答えない。
 博士を見たままその場を動かなかった。


博士「……なるほど」


 博士が何かに気が付いた。
 まるで長年持ち続けた疑問の答えを見つけたかのような表情を見せる。


博士「去年の九月三〇日。君が最終信号を捕獲しウイルスを打ち込むという任務を放棄し、アレイスターを裏切った理由がわかった」

数多「何が言いてぇんだテメェ」

博士「君はあの幼い外見に惑わされてウイルスを打ち込むことができなかった。ただの実験動物とは思うことができなくなっていた。違うかね?」


 博士の問いを聞き、数多が目を逸らし、顔を伏せた。
 その様子を見た博士が白い歯を不気味に見せる。


博士「くだらない、実にくだらない。君はそういうものとは対局の位置にいるような人間だと思っていたがね」

博士「君たち木原一族はそこにいる木原円周のことを『木原』のなり損ないと称しているそうだな」


 突然名前を呼ばれた円周が首をかしげる。


円周「?」


 だが、それだけで円周は特に何も喋らない。


博士「私からしたら君のほうがよっぽど『木原』のなり損ないだよ。科学に巣食う木原一族が憐れみなどという、最も不必要な感情に流されてどうする?」


 博士の言葉を聞いた数多の体は、震えていた。
 彼の抱いている感情は、動揺か、怒りか、悔しさか。


数多「…………はは」


 どれも違う。彼の抱いていた感情は、



数多「――ギャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」



 愉悦。
 全てを卑しめるような笑い声が倉庫内に響く。
 博士が眉をひそませる。


博士「何がおかしいのかね?」

数多「全部だよ」


 一言で全てを突っぱねた。


731 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:29:00.84 ID:Q+V+Oj11o


数多「部下に情が移っただぁ? 新しい人員を補充するのが面倒だったからそのまま使ってやってるだけだ!」

数多「そこで寝ているクソガキに庇護欲が湧いただぁ? テメェは耳元でギャンギャン鳴く糞犬にそんな感情が湧くのかぁ? 俺には到底無理だねぇ!」

数多「『木原』のなり損ないだぁ? どこの誰が言ってんのか知らねえがそりゃ間違いだ。そもそも『木原』っつうのはなり損なえるモンじゃねえんだからよぉ」


 数多は頭を掻きむしりながら続ける。


数多「『木原』っつのは生まれた時点で『木原』なんだよ。んなことがわからねえで『木原一族』を語るなんざ、愉快で素敵で馬鹿馬鹿しいヤツだよテメェは」


 「まあたしかにぃ、円周は『木原』が足りてないのは事実だ。それは認めよう」と数多が補足する。
 それを聞いた円周が頬を膨らませながら、


円周「ひどいよ数多おじちゃん。生まれた時点で『木原』は『木原』ってさっき言ったよねー? だから私も立派な『木原一族』の一員なんだよ!」

数多「そんなこと言ってる時点で足りてねえんだよクソガキが」


 ギャーギャー問答している二人。まるで自宅でいつも通りやっているような他愛もないやり取りだった。
 そんな光景に博士は気にすることなく数多に問いかける。


博士「だったらなぜアレイスターを裏切ったのかね? 君が私の言ったことを否定するというのなら、その選択肢を取ったことがまったくと言っていいほど理解ができない」

数多「そりゃできないだろうな。アレイスターの犬に成り下がっているテメェじゃあな」


 博士たちが所属する『メンバー』は統括理事長アレイスターの直属の組織だ。
 その役割は任務内容の善悪に関係なく、アレイスターの手足として動くことである。


数多「テメェはあのガキにウイルスを打ち込もうとした理由は何か知ってるか?」

博士「……ウイルスを打ち込んだ最終信号の上位権限で妹達(シスターズ)を使い、AIM拡散力場の流れを誘導することで虚数学区を展開させることだろう。そうすることで『風斬氷華』は『ヒューズ=カザキリ』へと進化を遂げる」

数多「そうだな。だがそのウイルスの影響でガキは完全に壊れちまう。ミサカネットワークは崩壊し、妹達はただのAIM拡散力場を世界中にばらまくだけの電波塔に成り下がっちまうっつーことだ」

博士「まさか、君はミサカネットワークなどという玩具を守るためだけに裏切ったというのかね? アレイスターの求めるものを拒否してまで」

数多「残念ながら、正解半分だ」


 数多は鼻で笑う。まるで無知なものを見下すように。


数多「そもそもよぉ、必要なかったんだよ。あの任務自体がな」

博士「どういうことだ?」

数多「あん? お前知らねえのか? もしそうならとんでもないマヌケだっつーことになるんだがよぉ」

博士「だから、どういうことだと聞いている」


 ニヤニヤとした顔付きで数多が告げる。


数多「『風斬氷華』はそんなまどろっこしい方法を使わなくても、既に自分で『ヒューズ=カザキリ』へと変貌を遂げてたんだよ。九月三〇日以前からな」

数多「そんな状態で実験材料を無駄に使い潰してぇ、無駄な労力使ってぇ、何にも変わりませんでしたっつー無駄な実験をするなんざ、面倒臭せぇだろうが」


 その事実を聞かせられた博士は目を見開かせた。
 目の当たりにした数多は確信したように、


数多「そんな面見せるってこたぁ、ミサカネットワークの利用価値もわかってなさそうだな」

博士「……第一位の代理演算をさせて延命措置をさせていることか? それとも一〇〇三一人分の死の記憶などというオカルトじみたもののことか?」

数多「たしかにそれもその一部分だ。けどやっぱわかってねえよ。そんな表に浮き出てきた誰でも知っている事実しか挙がってこねえ時点でな」

博士「他に利用価値があるというのか?」

数多「あるぜ。何十何百とな。そうだな、例えば――」


732 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:29:35.94 ID:Q+V+Oj11o


 顎に手を当て三秒ほど考えてから、


数多「『ヘヴンズドア』って言葉、聞いたことあるか?」

博士「直訳すると天国への扉か。だとすると――」


 博士が何を言おうとする前に数多は口元を引き裂きながら、



数多「ギャハハハハハッ!! そんな表面上の言葉にしか目が行ってねえ時点でテメェはアレイスターの犬、いや、その犬のケツから垂れ流される糞以下の価値しかねえヤツだっつうことだッ!! 残念だったなぁ!!」



 博士の言葉を遮る。
 まるで発言権を奪うように。可能性を潰すように。存在全てを否定するように。
 叩き潰すような言葉を受けた博士は、


博士「……そうか」


 ただ一言だけ。これといったリアクションを見せることなく。つぶやいた。
 こめかみをポリポリと掻いた後、静かに語りかける。


博士「では君を処分した後で、ゆっくりとアレイスターからそれについて教えてもらうとしよう――馬場君」


 名前を呼ばれた犬型のロボットは特に返事をしなかった。
 その代わりにガシャン、という弾けるような音が倉庫内に何十も響き渡る。

 数多は周りを見回した。倉庫内に置いてあった大量のコンテナの蓋が全て開いていた。
 コンテナの中から何かがおもむろに姿を現す。

 それは『T:GD(タイプ:グレートデーン)』と呼ばれる犬型のロボットだった。
 しかし、それは目の前にいる博士の側で佇んでいる者とは違う形状をしている。
 背中に巨大なドラム缶のようなものが載せられていた。そこから管が伸び、砲台のようなものへと繋がっている。
 重量物を支えるため脚部にサスペンションのようなものが取り付けられていて、四足が大型化していた。

 異形の機械を見た数多が何かに気付いたように呟く。


数多「あれは……『Gatling_Railgun(ガトリングレールガン)』か」


 その言葉にかぶせるように馬場という少年が、犬型ロボット越しに、


イヌロボ『木原数多ぁ!! お前言ったよなぁ!? 俺を殺すなら第三位の『FIVE_Over(ファイブオーバー)』一〇〇機くらい用意しろってなぁ!! だから――』


 ガシャン、ガシャン、と全方位からロボットが起動する音が聞こえてくる。
 たくさんのコンテナの中から次々とドラム缶のようなものを背負った犬型のロボットたちが飛び出す。


イヌロボ『――用意してやったぞ!? ガトリングレールガンを搭載した『T:GD−C(タイプ:グレートデーンカスタム)』を!! 一〇〇機なあッ!!』


 倉庫の一階と二階から。数多たちを取り囲むように全方位から。
 一〇〇もののガトリングレールガンが銃口を向けられていた。


数多「……あー、そういやそんなこと言ったっけなぁ」


 数多は面倒臭そうに頬を掻いた。


数多「よくもまあ、わざわざ俺なんかのためにそんなもん手間暇かけて準備してくれたもんだ」

イヌロボ『お前が全部悪いんだ!! あのとき素直に『最終信号(ラストオーダー)』を渡さなかったから!! 僕たちに歯向かったから!! 僕のプライドに傷をつけやがったから!!』


 犬型のロボが咆哮する。
 腹の中で凝り固まった負の感情を全てぶちまけるように。


イヌロボ『だからお前を殺すッ!! 吹き飛ばしてやるッ!! 粉微塵になるまで消し飛ばしてやるッ!! この一〇〇機のガトリングレールガンでッ!! この僕の手でッ!!』


733 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:30:34.78 ID:Q+V+Oj11o


 ガシャコン!! と一〇〇機のガトリングレールガンの安全装置が外れる音が鳴る。
 数多はため息をつき、隣に立つ円周を見て、


数多「円周。あの犬っころどもの相手はお前がやれ」


 命令された円周は露骨に嫌そうな表情を浮かべる。


円周「えぇー? なんで私がー? 一人でイキり発言してに勝手にピンチへ陥ったのは数多おじちゃんだよねー」

数多「俺はそこのジジイの相手をしてやらなきゃいけねえからな。つーか、ピンチじゃねえし。俺一人でも余裕だからな残念でしたー」


 それに、と数多は付け加える。


数多「今作ってる例の『装置』のテストにピッタリだとは思わねえか? この状況はよぉ」


 そう言われた円周はしばらくボーッと考えた。
 なるほど、と納得した様子を見せてから前線へスキップするように立つ。
 それを見た犬型のロボは、


イヌロボ『木原円周か。そういえば君にも苦汁を舐めさせられたな。だったら、先に君から消し炭にしてあげるとするかッ!!』


 円周から向かって正面の二階にいたガトリングレールガンを持つ獣が動く。
 照準を少女に合わせる。ドラム缶の中からウォーン、という駆動音が鳴る。
 数秒後、全てを貫き、全てを吹き飛ばし、全てを破壊する砲弾の嵐が木原円周へと発射されるだろう。

 しかし、円周は気にせず首にかけた携帯端末を見ながら、ブツブツとつぶやいていた。


円周「うん、うん、うん、うん」


博士「……あれは」


 博士はあることに気付いた。
 木原円周は、電子端末を利用して状況に応じた他人の思考データを自分自身へと落とし込み、その他人の発想を得て戦術へと変えるという技術を持つ。
 『木原』が足りていない彼女はそれを利用して『木原』を補うことで、あらゆる状況を対応する。それが彼女の戦い方。
 彼は木原円周を何回か見かけたことがある。だから彼は木原円周の戦い方を知っていた。

 だからこそ、博士は気付いた。その違和感に。

 円周に会った何回か、その中で変わった部分はいくつかあったが、それはあくまで髪型や服装などというどうでもいい部分だけだ。
 しかし、彼女は一貫して首から電子端末をぶら下げていた。上記の技術を使うために。

 そんな過去に出会った彼女たちと、今目の前に立つ彼女には決定的に異なる点があった。


 木原円周の首にはチョーカーのようなものが巻かれていた。
 それには向かって右側に黒い機械のような物が取り付けれていて、そこから伸びたコードが二手に分かれて彼女のこめかみへと貼り付いていた。
 博士はあるものが頭の中をよぎった。彼女と同じような装置を付けた人物を。


 特殊な電極を取り付けたチョーカーを首に巻いた、学園都市の最強の超能力者を。


円周「うん、うん、そうだねアクセラお兄ちゃん」


 円周は首元に付いた機械に手を伸ばし、それのスイッチを入れた。
 ピーガガガガガガ、というノイズ音が走る。彼女の瞳に反射して映る、心電図のような線が上下に激しく動く。
 携帯端末から手を離す。重力に従い落下し、ストラップに引っ張られるように首にぶら下がる。



円周「――『一方通行(アクセラレータ)』ならこォするンだよね」



 彼女の瞳の色が変わる。全てを飲み込みそうな黒色から。
 ドロドロに薄汚れた血のような赤色へと。


734 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:31:41.88 ID:Q+V+Oj11o


 ドゴゴゴゴッ!! という連続した爆発の音が鳴る。
 木原円周の正面に立つガトリングレールガンが発射された音だ。
 音速の三倍を超える速度の砲弾が、毎分四〇〇〇発もの速度で、障害物を食い破りながら襲いかかる。
 砲弾が着弾する。建物全体が地震のように揺れる。倉庫内に粉塵が巻き起こる。

 ガトリングレールガンの音が止む。
 木原円周の肉体が砕け散り、ターゲットを見失ったから砲撃をやめたのか。
 今頃砲撃を撃ち終えたロボットは、砲身を冷却させながら次のターゲットへと銃口を移動させていることだろう。


 しかし、現実は違った。


 粉塵が晴れる。
 ガトリングレールガンの発射地点の倉庫の二階、一機のガトリングレールガン搭載の獣が立っていた場所。
 そこには誰もいなかった。その後ろにも何機か同じような獣が立っていたはずだ。だが。

 その一帯はまるで爆撃でもあったかのように床は砕け、壁は吹き飛び、天井に大穴を開いていた。


 粉塵が晴れる。
 ガトリングレールガンの着弾地点と思われる場所、木原円周が立っていたはずの場所。
 そこには人が一人立っていた。その姿は先ほどまでそこにいた少女だった。

 木原円周が、ガトリングレールガン発射前と変わらぬ姿で、悠然とその場に立っていた。


博士「……ば、馬鹿な」


 その一部始終を見ていた博士の顔が歪んだ。
 この場で起こったことを説明できる一言を、その起こった現象の単語を呟く。


博士「――『反射』、だと……!」


 着弾地点で首をゴキッと鳴らしながら円周はぼやくように、


円周「……うーン、反射角結構ズレてるねェ。威力も一〇〇パーセント跳ね返せてないし、まだまだ調整が必要かなァー」


 まァイイか、と円周は思考をやめてガトリングレールガンを持つ獣達へと再び目を向ける。


円周「じゃ、とりあえず『一方通行』らしく、この一言は言っておかないといけないよねェ」


 少女は赤い目を見開かせて、口端が裂けるくらい口角を上げて、



円周「――スクラップの時間だぜェ!! クソ野郎どもがッ!! って感じでお願いしまーす」



―――
――



735 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:32:44.30 ID:Q+V+Oj11o


 スクールの二人組。『心理定規(メジャーハート)』と名乗る少女獄彩海美と誉望万化は、少年院の地下三階の通路を駆けていた。
 通路にはバタバタと警備兵と思われる男たちが倒れている。通路を走る海美が倒れた警備兵たちを横目に、


海美「この死体、独房まで続いていそうね。この道を誰かが通ったってことかしら?」

誉望「おそらく第一位スよ。あんなえげつない殺し方しそうじゃないっスかアイツ」


 誉望が言うようにその男たちは、決まって体にドリルのようなもので抉り取られたような傷を負っていた。
 胸が裂け、腹に大穴を開けて。


海美「まあ、そう考えるのが妥当ってところかな。というか垣根のヤツが早く来てくれないと困るんだけど。このままじゃ私たちが第一位の相手をしないといけなくなるよ」

誉望「ゲッ、そいつは勘弁願いたいっスよ。アイツ相手にして一〇秒以上立ってられる自信ねえっス」

海美「言っておくけど私のチカラもアテにしないでよ? 何となく彼、逆上タイプな気がするし」


 海美の能力は『心理定規(メジャーハート)』という精神系の能力だ。
 彼女は対象の持つ他人との心理的な距離を、すなわち信頼度や親密度などを観測し、測定して数値化することができる。
 例えるならある男が持つ恋人との心理的な距離は一〇、のような感じに。
 さらに彼女の能力はそれだけではなく、その数値を元に自分と対象との心理的な距離を自由に操作することが出来るチカラがある。
 彼女からすれば、見ず知らずの男と運命の赤い糸で結ばれた恋人同士にも為ることも、親を殺された宿敵同士のような関係性に為ることも、造作のないことだった。

 海美の言う逆上タイプというのは、戦意を奪うためにチカラを使って親密な関係を偽装しても、『可愛さ余って憎さ百倍』という思考になり余計に襲ってくる人のことを指す。
 実際、海美は一方通行に能力をかけたことはないが、彼女の勘がそうじゃないかと告げていた。


誉望「そんな状況で座標移動(ムーブポイント)を捕獲しろなんて、無茶言いますよねー」

海美「ま、最悪座標移動を私の能力で味方に付ければ何とかなると思うよ。彼女が相手なら第一位も全力は出せないでしょうし」

誉望「さすが心理定規さん。頼りになるっス」


 会話をしながら進む内に通路の終わりが見えた。
 その先にあるのは地下四階に繋がる階段。地下四階には地下独房まで繋がる隠し階段が存在する。
 目的地はもうすぐそこまで来ている。


誉望「――ッ、誰かいる!?」


 誉望の顔が強ばる。頭に付いた土星の輪のようなゴーグルに付いているケーブルの一本が大きく揺れる。
 彼の念動能力は様々なことに応用することができる。
 彼が今行っているのは、微弱な念動波を常に周囲に発することで周辺の物体の動きを感知するレーダー。
 索敵や不意打ちを回避するために使用していたチカラが、誰かを感知した。

 誉望の言葉を聞いて海美も警戒心を強める。
 銃撃、爆発、刺突、あらゆる襲撃を警戒しつつ二人は通路の先にある階段前の広場へと飛び出した。


 何も起こらない。


 おかしいと思い、誉望はレーダーに反応した誰かがいるはずの方向を見る。
 その先には壁伝いにベンチが置いてあった。おそらく看守が休憩するために置いているものなのだろう。
 ベンチの上に何か黒いものが横たわっていた。誉望はそれが何かを確認するために目を凝らす。

 それは少女だった。
 見た目は一二歳位。パンク系の黒い服で身を包んでいる。
 肩甲骨辺りまで伸ばした髪の毛の色は黒だったが、無理やり脱色させているのか先端だけ金色をしている。
 そんな奇抜な格好をした少女が、ベンチの上で自分の両手を枕にして寝ていた。まるで暇潰しに昼寝でもしているかのように。


736 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:33:54.83 ID:Q+V+Oj11o


誉望「……なんだあれは?」

海美「たしか……あの子は――」


 色物を見るように二人は少女を見る。
 そんな二人の気配と視線に気付いたのか、寝転んでいた少女は目を覚ました。
 少女は上体を起こして、首のコリをボキボキとほぐしながら、


??「ふわー、やべっ、寝ちまってた。ったく、暇過ぎんだろこの任務……おっ?」


 辺りを見回した少女はスクールの二人の存在に気付く。
 二人の姿を二秒くらい見つめた後、はぁ、とため息を付いてからゆっくりとベンチから立ち上がる。


??「チッ、アンタたちかよ。あー、クソッ、二択外しちまったなぁ」

海美「こんなところで何をしているのかしら? 『暗闇の五月計画』の生き残り、黒夜海鳥さん?」


 黒夜と呼ばれた少女がニヤリと笑い、


黒夜「別に。ただのくだらない雑用さ」


 黒夜海鳥という名前を聞いた誉望が何かを思い出し、耳打ちするように海美に話しかける。


誉望「黒夜、ってアレっスよね? 去年の九月くらいに垣根さんにボコボコにされた」

海美「そうね。垣根に圧倒的な力の差をわからせられたあの子よ」

黒夜「……聞こえてんだけど」


 二人の会話に聞き耳を立てていた黒夜は体をプルプルと震わせていた。
 事実、彼女は超能力者(レベル5)第二位の垣根帝督と相対したことがある。
 そのときに超能力(レベル5)というチカラを見せつけられたことにより、戦意を完全に喪失させられていた。
 屈辱的な過去を持つ黒夜はふう、と息を整えてから続ける。


黒夜「たしかにあのときの私はただのザコだった。それは認めるよ。けど、今の私はあのときの私じゃない。超能力者(レベル5)だろうと何だろうと全員ブチ殺せるチカラを持っているのさ」

黒夜「本当はここで、第一位を追ってきた第二位をプチッと潰して借りを返してやるつもりだったんだけどさ、実際に来たのはアンタら残念な三下どもってわけだ」


 黒夜の発言を聞いた誉望の眉がピクリと動く。


誉望「垣根さんを潰す?」

黒夜「そうさ! 手足をぶった切って、内臓をグチャグチャにえぐり取って、脳みそコナゴナに吹き飛ばして、憐れな肉塊にしてやろうって言ってんだよ!」


 両腕を大きく広げ、見下ろすように笑う黒夜。
 絶対的な力を持っているような自信を少女から感じられる。

 そんな黒夜に向けて誉望は手をかざした。ゴーグルに付いたケーブルたちが蠢くように動く。
 何かを握り潰すように誉望はゆっくりとかざした手を握り締める。


 ブチィ!!


 黒夜の左腕が捻じり切れた。
 まるで雑巾を絞っているかのように螺旋を描き、肘の先からブッツリと。


737 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:35:20.86 ID:Q+V+Oj11o


黒夜「…………は?」


 捻じり切れた腕の断面からボタボタと赤い液体が床に垂れ落ちていく。
 それを見た黒夜は怪訝な表情を浮かべる。
 誉望がかざした手を下ろして、


誉望「この強度、普通の腕じゃないな? 骨格を特殊な合金にした義手か何かってところか」


 まあどうでもいいか、と誉望は淡々と続ける。


誉望「俺の攻撃を感知することが出来ず、無様に腕を切断されているようじゃ、垣根さんには足元にも及んでいない。お前にはウチのリーダーを潰すことはできないね」


 誉望の念動能力は発火・透明化・無音化・電子操作などの多彩な力を包括的に扱うことができる汎用性の高いチカラだ。
 しかし、それはあくまで彼の能力に付属したオマケのようなもの。念動能力の本質は見えないチカラを操ることで、触れずに物体を動かしたり、干渉することが出来るというものだ。
 超能力(レベル5)級と自称するその念動力の出力が、黒夜の合金製の義手を捻じり切ったのだった。


黒夜「……はぁ」


 肘から先が無くなった左腕から目を離し、黒夜はつまらなそうにため息をついた。


黒夜「ほんと、残念だよなぁ……」

誉望「残念? お前の今の無様さのことか?」

黒夜「アンタらのことだよ」


 黒夜は憐れむように誉望を、そして海美を見る。


黒夜「私の左腕をスクラップにしてくれたチカラの強さはたしかにすごいよ。けど、何でアンタは私の首じゃなくて左腕をわざわざ狙って潰してくれたんだ? そしたら一瞬でケリが着いたっつーのに」

誉望「ッ……」


 誉望は睨みつけるように目を細めた。


黒夜「心理定規だっけ? 獄彩海美だっけ? まあ、どっちでもいいや。アンタここにいるってことは銃なり何なり持ってんだろ? いくらでもチャンスはあったはずなのに、何で私を撃ち殺さなかったんだ?」

海美「…………」


 海美は表情を変えることなく黒夜を見ていた。


黒夜「アンタらはどこかで思ってたんだ。ウチのリーダーの垣根帝督があっさりと打ち払った相手だから、自分たちでも余裕で処理できる相手なんだと」

黒夜「自分たちは会ったことはないけど、リーダーがクソザコだって言ったコイツは驚異になりえない相手なのだと、勝手に私のことを値踏みしてたんだ」

黒夜「だから、こうやって急所を狙わないなんていう舐めた戦いをしやがるし、後ろから呑気に観戦を決め込むことができるのさ」


 黒夜はベンチに置いてあったイルカのぬいぐるみを手に取り、抱きかかえるように持つ。
 パァン、とそのイルカのぬいぐるみは音を立てて破裂した。
 黒夜が引き裂くように笑う。彼女のまとう空気が変わる。


738 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:36:36.42 ID:Q+V+Oj11o



黒夜「――つまり、オマエらは私を殺すことが出来る最後のチャンスを無様に失ったっつゥことなンだよッ!! わかったかなァー三下どもがッ!!」



 ゴパァ!! 黒夜から爆発のような空気の流動が、階段前の広場で巻き起こる。


誉望「ぐっ!?」


 誉望は咄嗟に目の前に念動力によって透明の壁を作り出した。
 四トントラックと正面衝突しても破れない鉄壁の壁を。

 しかし、黒夜の起こした爆風はそれを発泡スチロールのように突き破り、誉望の体を吹き飛ばした。


誉望「――ごぷっ!?」


 背中から壁に叩きつけられた少年は吐血し、そのまま床に崩れ落ちた。


海美「誉望君!?」


 あまりに急の出来事に海美が取り乱す。
 しかし、即座に意識を倒れた誉望から黒夜に移した。
 懐から取り出した銃を構え、銃口を向ける。


海美「……な、なによ、それ……」


 海美は目を大きく見開かせた。
 黒夜の腕が増えていた。比喩ではなく。横腹から左右合わせて二〇本近い数。
 掌は赤子のように小さいが、長さは彼女の腕とそう変わらない。
 色は肌色だが質感はビニール製品のようなもので、いかにも人工物的な光沢を放っている。


黒夜「コイツかァ? そォだな。いわゆる私の第二形態ってところかな? 私のチカラを大幅に増加させることができるね」

海美「気味の悪い姿ね」

黒夜「機能的と言って欲しいねェ」


739 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:37:32.41 ID:Q+V+Oj11o


 海美は考える。
 おそらくこの相手と正面からぶつかって勝つ確率などゼロに等しいだろう。
 そもそもそういった戦いは海美が得意とする分野ではない。


海美(心理定規(メジャーハート)を使うしかない。もしかしたら逆上タイプかもしれない、とかそんなことを考えている暇はなさそうね)


 海美が能力を使用するために意識を集中させる。

 黒夜は『暗闇の五月計画』という実験の被験者だ。
 超能力者(レベル5)第一位の一方通行の思考パターンの一部を植え付けることで、能力を向上させている能力者。
 一方通行が逆上タイプかもしれないと思うように、黒夜に対しても似たようなものを海美は感じていた。
 しかし、今そんなことを気にして何もしなければ殺されるだけだ。


海美(まずは、あの子の中の心理的な距離を――なッ!?)


 海美の表情が歪む。彼女にとって信じられないことがわかったからだ。
 彼女は心理定規のチカラを使い、黒夜の中にある心理的な距離を測定しようとした。
 だが、それはできなかったのだ。

 まるで、機械相手に能力を使用しているような感覚を、海美は覚えていた。


海美「――貴女は一体なんなのよ!?」


 目の前に立つ人の形をした異形の化け物を見て、海美は叫ぶ。


黒夜「そォいえば私の方からきちンと名乗ってなかったか……」


 再び黒夜は嘲笑うように腕を広げた。
 それに連動して脇腹から生える腕たちも蠢くように広がる。



黒夜「――『グループ』所属。黒夜海鳥。いずれ暗部の頂点に立つ女だ。ヨロシク、お姉さン?」



―――
――



740 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:38:09.34 ID:Q+V+Oj11o


 『スクール』に雇われている狙撃手、砂皿緻密は建設途中のビルにいた。
 磁力狙撃砲を構え、スコープを覗き、何かをじっと見据えている。

 彼の視線の先にあるのは少年院の正門だった。

 このビルは少年院から大体五〇〇メートルくらい離れた位置にある。
 ここからでは少年院の塀が邪魔をして敷地内までは見えないが、建物周辺の情報を探るのには十分な場所であった。

 砂皿緻密の任務は外部からの侵入者の狙撃。『スクール』の害と為す者の排除。
 先ほどまで少年院の裏門側にある似たような地形の建物に籠もり、五人ほどの狙撃し殺害したところだ。
 スナイパーは位置をバレるわけにはいかない。そのため、砂皿は表門側にあるこのビルに移動をしたのだ。


砂皿(……今の所、外部から侵入しようとする者はいないか。こちら側はハズレだったか?)


 表門側には人っ子一人いなかった。
 裏門側にいたときは、頻繁に人が出入りしているのを見たからなおさら人通りがないように見える。


砂皿(任務の残り時間は五分もないか。しかし、また裏門側に戻る時間もあるまい)


 安全のためとはいえ、狙撃場所を移動したことに若干の後悔を覚える砂皿。
 そんな彼の覗いているスコープに一人の少女が映り込んだ。
 肩まで伸ばした茶髪。手入れをしていないのか髪の毛の先があちこちへとハネていた。
 野良犬のような鋭い目付きをした瞳の下には隈のようなものが見える。


砂皿(……あの女、裏の人間だな)


 砂皿はスコープに映る少女のことを知らない。だが、薄汚い闇の世界に住み着く裏の住人だと一瞬で見抜いた。
 理由は、彼女が少年院の正門から歩いて出てきたことを確認したからだ。
 最初は脱獄犯か何かと思ったが、着ている服は囚人服ではなく白色の全身を包むような戦闘スーツのようなもの。
 少年院に勤める警備兵かとも思ったが、銃火器も装備していないし、成人にも満たしていない幼い外見からそれはないと判断した。


砂皿(リストにない顔だな。ということは『グループ』の不明だった残り二人のうちどちらか、それ以外の誰かか……)


 頭の中に記憶している暗部組織の構成員のリストと照合したが、あのような少女は見たことなかった。
 しかし、砂皿はそんなことは気にもしていなかった。


砂皿(私の仕事は『スクール』に害を為す者の排除だ。その可能性のある者なら狙撃するだけだ。相手が誰だろうと関係はない)


 砂皿は少女を狙撃するために周囲のビル風や空気抵抗などの計算をし、照準を合わせる。
 スコープに映る少女はまるで目の前に立っているかのようにくっきりと見える。
 この距離なら外すまい、と砂皿は引き金に指をかけた。


 と。


 スコープ越しに映る少女と目が合った。
 一瞬目が合ったとかそんなものではなく、ハッキリとこちらを見るかのように、顔を正面に据えて、視線を向けてきた。


砂皿「ッ!?」


 信じがたい出来事に砂皿は一瞬体がビクリと反応し、スコープから目を離してしまった。
 砂皿の手にはじわりと嫌な汗がにじみ出てくる。
 だが、彼もプロだ。すぐに息を整えて、狙撃の体勢へと戻り、スコープを覗き直す。


 少女は何かをこちらに向けていた。
 手だ。腕をこちらへ真っ直ぐと伸ばし、拳を握り締めるような形にして、親指と人差指の間に何かを挟み込むように持って。
 真っ赤な舌で出して、舌舐めずりをした。


砂皿(……なんだあれは――)


 砂皿がそれが何かを理解する前に、彼の視界がオレンジ色に染まった。


741 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:38:53.01 ID:Q+V+Oj11o


 ゴシャン!!


 覗き込んでいたスコープごと、磁力狙撃砲が弾け飛んだ。


砂皿「ごっ、がああああッ……!?」


 砂皿の体は建設途中のビルの足場にのたうち回るように転がっていた。
 右腕に傷を負ったのか血でにじむ長袖を左手で抑えている。
 爆散した磁力狙撃砲に巻き込まれたのだろう。


砂皿(……まさか、狙撃されたのか!? この私が!?)


 あの一瞬の出来事から砂皿はそう推測を立てる。
 彼女は銃火器を持っている様子はなかった。手ぶらだ。つまり、彼女は何かしらの能力者だということ。


砂皿(チッ、いずれにしろ場所が割れている以上、ここに居座る道理はない。撤退だ)


 側に置いていた大きな鞄を開け、磁力狙撃砲だった部品を乱雑に押し込める。
 ここに自分がいた形跡を残すわけにはいかないからだ。
 その最中に、部品と混じって転がっている、ある物が目についた。


砂皿(これは……釘、か?)


 それは鉄製の釘だった。
 ここは建設途中のビル。すなわち工事現場だ。釘の一本や二本落ちていてもおかしくはない。普通ならそう判断するだろう。
 しかし、その釘は金槌で横から殴ったようにひん曲がっていた。そして、焼けたように真っ黒に焦げていた。
 それを見て、砂皿はあることを思い出す。

 学園都市にいる超能力者(レベル5)と呼ばれる能力者の第三位に当たる少女のことだ。
 少女が使う超電磁砲(レールガン)という技。それは金属で出来たコインを音速の三倍で射出することによって莫大な破壊力を生むというものだ。

 砂皿の覗くスコープがオレンジ色の光に包まれたのはなぜか。
 莫大な電力が彼女の周りに放たれたからではないか。

 鉄釘がなぜ黒焦げているのか。
 電気を纏って射出されたため熱で焼けたからではないか。

 超電磁砲は金属製のコインを飛ばす技だ。
 コインが飛ばせるのなら鉄釘を飛ばせてもおかしくはないのではないか。


砂皿(……もしや、ヤツが第三位の超能力者(レベル5)、『超電磁砲(レールガン)』というヤツか)


 片付け終わった砂皿は鞄を肩へ掛け、下の階へと降りるために階段のある方向へ目を向けた。
 すると、

 カン、カン、カン。

 下から金属製の階段を歩いて上ってくる音が聞こえてきた。
 誰かがこのビルへと上ってきている音だ。時間が時間だ。工事現場の人間ではないだろう。
 砂皿は身構える。その階段の音は次第に大きくなっていき、距離が近くなっていく。

 階段から人影が現れる。


????「――こんにちはー!! アナタだね? スクールに雇われてるスナイパーさんってヤツは」

砂皿「……貴様は超電磁砲か?」


 砂皿は冷静に問いかける。


742 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:40:06.37 ID:Q+V+Oj11o


????「残念ながら違うよ。というかミサカをあんな幼児体型のおこちゃま趣味と一緒にしないで欲しいよねー」

砂皿「なら貴様は何者だ?」


 再び尋ねられた少女はクスリと笑い。


番外個体「そうだね。名前なんてないけど、あえて名乗るなら『番外個体(ミサカワースト)』とでも言っておこうかな」


 それを聞いた砂皿は肩にかけた鞄を床に落とした。


砂皿「……そうか。貴様は超電磁砲ではないのだな」

番外個体「だからそう言ってるじゃん」

砂皿「それはいいことを聞いた」


 砂皿は懐から拳銃と、何かに使う機械のようなものを取り出した。
 そして、番外個体と名乗る少女をじっくりと見据えて、


砂皿「ならば、何の問題もなく殺せそうだ」


 その言葉を聞いた番外個体は唇をぺろりと一舐めしてから身構える。


番外個体「相当自信があるみたいだね」

砂皿「私がこの街に来てから半年となるか。『スクール』の所属となり、あらゆる者と戦ってきた。学園都市が作り上げた不気味な機械はもちろん、あらゆる能力者たちともな」


 砂皿が拳銃の安全装置を外し、銃口を少女へと向けた。


砂皿「貴様は電撃使い(エレクトロマスター)だろ? 私は大能力者(レベル4)程度の電撃使いなら二人殺したことがある。もちろん狙撃ではなく、こうやって直にな」

番外個体「……なるほど、たしかに嘘は言っていないみたいだね。生存意識が薄いミサカでも死ぬかも、って思えるくらいのプレッシャーを感じるよ」


 けど、と番外個体は続ける。


番外個体「それはあくまで、ミサカがレベル4程度のザコザコ電撃使いっていう前提の話だよねー?」

砂皿「何が言いたい?」

番外個体「だってさ――」


 番外個体は笑う。
 まるでこれからイタズラを仕掛けようとするかのような笑顔を見せる。


番外個体「――誰もミサカが大能力者(レベル4)の電撃使い(エレクトロマスター)だなんて、一言たりとも言ってないよねぇ?」


 ふと、砂皿はある装置が目に入る。それは番外個体と名乗る少女のうなじに取り付けられている物だった。
 まるで無理やり接着剤か何かで後付したような、取ってつけたような違和感を放つ機械だ。
 その装置にはランプのようなものが点灯していた。薄い黄緑色だ。
 そして、砂皿は見た。


 そのランプの色が、黄緑色から赤色に変化するその瞬間を。


―――
――



743 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:42:32.31 ID:Q+V+Oj11o


 上条当麻はエレベーターの裏にある隠し階段の前に、つまり、結標淡希がいると言われている場所へと繋がる入り口の前で立ち尽くしていた。


上条「……クソッ、何やってんだ俺は……! 早く動けよ。今さら何をビビってんだよ……!」


 上条は呟くように自分を奮い立たせようとする。
 しかし、少年の足は根を生やしたように動かない。


上条(さっき爆発みたいな音が聞こえた! 地震みたいなもんが起こった! もしかしたら結標の身に何かが起きているかもしれねえんだぞ!?)


 結標淡希を助けたい。その気持ちはたしかに存在する。


上条(さっき決めただろうが! 俺がやりたいと思ったことが俺の『役割』なんだって! なのに、なんで動かねえんだよ!? 俺の身体!!)


 頭ではそう思っていても身体は正直、というヤツか。
 どこか無意識の部分で恐れているのか。再び、結標淡希に拒絶されるかもしれないということを。

 くっ、と上条当麻は右拳を壁に打ち付けた。
 拳にじわりとした痛みが広がる。


上条「はっ、何やってんだ俺!? 今何時だ!? あと何分残ってんだ!?」


 上条当麻はポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認しようとする。

 ゾクッ、

 背筋に這い寄るような悪寒が走り、携帯電話を開こうとする上条の手が止まった。


上条「なっ、なんだっ!?」


 上条当麻は振り返る。当たり前だが誰もいない。
 小走りでエレベーターの裏からエレベーター前への廊下へと行き、確認する。誰もいない。
 それを確認したのになぜか上条が感じる悪寒は一向に収まらなかった。いや、むしろ段々と強くなっていく。


 カツン、カツン、カツン。


 なにかの音がこちらへ向かって近付いてくるのを上条の耳が捉えた。
 これは革靴で硬い廊下の床を歩いてできる足音だろうか。
 とにかく、何者かがエレベーターの裏にある隠し階段を、その先にいる結標へ向かって近付いてくる。


上条「…………」


 上条は息を飲む。心臓の鼓動が加速する。じわりと嫌な汗が全身に流れる。
 じわりとにじみ寄ってくるプレッシャーに上条当麻の息が荒くさせる。
 ついに、その悪寒が全身を包んだ気がした。

 そして、男は現れた。
 廊下の二〇メートルくらい先にある曲がり角から、革靴の音を鳴らしながら、ゆっくりと歩いて。
 その姿を見た上条当麻の全身が強張った。


上条「――て、テメェは……!」


744 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:43:17.23 ID:Q+V+Oj11o


 上条当麻はその男のことを知っていった。
 たった一度しか会ったことはなかったが、しっかりと脳裏に焼き付いていた。

 その男と出会ったのは冬休みの時に行ったスキー場。そこで開催されていた雪合戦大会の準決勝のときだった。
 正体不明のチカラを使い、自分だけではなく他のチームメイトである友達にまで、雪合戦という領域を遥かに超えた攻撃をしてきた男。

 上条当麻はその男の名前を知っていた。
 叫ぶように、吠えるように、嘆くように、上条はその名前を口に出す。



上条「――垣根提督!!」

垣根「あ?」



 名前を呼ばれた垣根は今気づいたかような様子で上条へ話しかける。


垣根「テメェは雪合戦のときにいた無能力者(レベル0)じゃねえか。何でこんなところにいやがんだ? もしかして、何かやらかして捕まっちまったのか?」


 垣根は軽い冗談のようなものを交えながら上条へ問う。
 しかし、上条の耳にはそんな言葉は届いていない。


上条「何でテメェがこんなところにいるんだ!?」


 敵意剥き出しの上条を見て、垣根は面倒臭そうに頭を掻いた。


垣根「ったく、質問を質問で返してんじゃねえっつうの。俺はここに用があって来ただけだよ。少なくともテメェには一ミリたりとも関係のな……うん?」


 関係のないという言葉を言いかけた垣根が何かに気が付き、言葉を止めた。
 顎に手を当て、何かを考えている様子だ。
 しばらく考えてから、垣根の表情が変わる。

 禍々しさを放つような笑顔へと。


垣根「――テメェ、もしかして座標移動(ムーブポイント)を助けにこんなところまで来やがったのか?」

上条「ッ!?」


 図星を突かれた上条の身体に緊張が走った。
 垣根が笑いながら続ける。


垣根「ぎゃははっ、正解かよ? カッコイーなぁお前。そんなくだらないことのために一人で少年院にまで乗り込んだのか? 傑作だぜ」

上条「くだらないこと、だと?」


 上条は垣根を睨みつける。


上条「困っている友達を助けることがくだらないことなのか!? 鼻で笑われるような馬鹿馬鹿しいことなのか!?」

垣根「何をマジになってやがんだ。コイツもしかしなくても本物か? 気色ワリー」

上条「質問に答えろよ!!」


 お前が言うなよ、と垣根は呟く。
 ため息をついてから氷のような冷たい目で問う。


垣根「お前、座標移動とはどういう関係なんだ?」

上条「言っただろ! 友達だ!」

垣根「いつからだ?」

上条「ッ」


745 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:44:19.01 ID:Q+V+Oj11o


 上条は垣根の言いたいことを瞬時に理解した。
 それは今の上条がここに立っているという意思を打ち砕くような致命的なこと。
 だから、言葉が詰まり、返答をすることが出来ない。


垣根「幼稚園の頃からの仲か? 小学校の頃からか? 中学校の頃からか? 高校へ入学してからか?」


 垣根はそのまま続ける。
 

垣根「――アイツがテメェらのいる高校へ転入してから、か?」

上条「…………」


 上条は答えない。答えたくない。認めたくない。


垣根「もしそうだとするならよ、今の座標移動とお前は友達どころか知り合いですらねえ、完全な赤の他人ってことになるよな?」


 ダメだ。やめろ。やめてくれ。


垣根「だったらさ、今の座標移動がお前なんかの助けを待ってるわけねえだろ。そんなヤツを勝手に友達認定して助けに行くなんて、一体何様のつもりだよヒーロー気取りクン?」

上条「…………ぁ」


 少年の中にある芯が叩き折られた。
 上条は腕をだらんと下ろし、力なくその場に立ち尽くす。
 今まで自分を奮い立たせていたものが崩れ、気力が削がれる。


垣根「チッ、つまらねえヤツ」


 吐き捨てるように言った垣根は再び歩みを進める。
 独房へ繋がる階段のある、エレベーターのある方向へ向けて。

 呆然と立つ上条と目的地へと進む垣根がすれ違う。
 その際に垣根が、


垣根「さて、やっと会えるぜ『一方通行(アクセラレータ)』。今からぶち殺せるかと思うと楽しみで仕方がねえ」


 白い歯を不気味に見せながら、呟くように宿敵の名前を呟く。


上条「あくせら、れーた……?」


 上条当麻の耳にもその名前が届いた。少年の止まった思考が再び動き出す。

 なぜ、一方通行の名前をつぶやきながら結標のいる独房へと向かっているんだ?
 そういえば、結標を救うために暗部という闇に立ち向かっている一方通行は今どこにいるんだ?
 そんなの決まっている。今も結標を捜してどこかを駆け回っているはずだ。
 いや、違う。一方通行は頭のいいヤツだ。絶対に場所を突き止めて、そこにいるはず。
 そうか。だから、垣根帝督は――。


上条「――おい、垣根」


 上条は呼び止める。


垣根「あん?」


 垣根がどうでもよさそうに振り返り、呼び止めた少年の方へと目を向ける。


垣根「ッ!!」


 そこにいたのは右手を握り締め、右腕を振りかざし、右拳を垣根に叩き込もうとする上条当麻の姿だった。


746 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:46:10.30 ID:Q+V+Oj11o


 ゴガッ、と上条の鉄拳を垣根は腕をクロスすることで防御する。

 その衝撃で垣根の体が二メートルほど後ろへ下がった。
 腕に痺れを感じているのか、垣根は手を握ったり広げたりしながら、


垣根「一応、俺の体にはオートで能力の防衛機能が働いてたんだがな。相変わらず、気持ちの悪いみぎ――」

上条「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 垣根が言い切る前に上条は叫びながら再び右拳を振りかざす。
 大ぶりで腕を振り回すように放たれた右ストレート。
 チッ、と垣根は舌打ちをしてからそれを飛び越えるように跳躍して避けた。

 バサリ、と空中に滞在する垣根の背中から六枚の天使のような白い翼が現れる。
 
 そのうちの一本が巨大な杭となって、上条当麻の心臓を貫くために射出された。


 バキン。


 上条はまるで投げられたボールを掴むように杭を右手で捕らえ、握り潰した。
 静かに床に着地した垣根がそれを見て、忌々しそうに言う。


垣根「ホント、何なんだその右手? スキー場んときは何かの間違いかと思っていたが今ので確信したよ。テメェは異常だ」

上条「そうだよな。俺ってホント馬鹿だよな」

垣根「はあ?」


 一見、会話になってそうでなっていない上条の返答を聞き、垣根は眉をひそめた。
 それもそのはずだ。上条は自分に対してその言葉を言ったのだから。


上条「たしかに俺はヒーロー気取りの大馬鹿野郎だよ。勝手にそれが自分の『役割』だと思い込んで、一人で勝手に背負い込んでたんだからな」

上条「本当のヒーローは俺なんかじゃない。結標淡希っていうヒロインを助け出すのは『アイツ』なんだよ。俺はせいぜいそれを傍から見守るだけのエキストラだ。通行人Aだよ」


 上条当麻は誰かに問いかけるように続ける。


上条「だったらさ、通行人Aの俺が出来ることってなんだろうな? 俺の『役割』ってなんなんだろうな?」


 上条当麻は睨みつけるように垣根を見る。その瞳は先ほどまでの迷いのあった少年のものではない。
 希望のような、勇気のような、進むべき方向を見つけた、ハッキリとした意思を持った目だ。


上条「そんなの決まってんだろ? ヒーローとヒロインが一緒に困難を乗り越えようとしているのに、それに水を差すどころか泥水をブッ掛けようとしてるヤツが目の前にいるんだ」


 上条は右腕を真横に広げる。道を塞ぐかのように。


747 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:47:05.67 ID:Q+V+Oj11o


上条「そいつをこっから先へ通さねえことだよ。例え、この体が真っ二つに切り裂かれようが、全身の骨がコナゴナに砕けようが、この心臓が止まって死んじまっても、な」

垣根「……くっはっ」


 立ちはだかる少年を見て、垣根は吹き出すように笑った。


垣根「面白れえじゃねえかよテメェ。まさか、この俺が超能力者(レベル5)第ニ位の垣根帝督だと知った上で、そんな舐めた口を利いてくるヤツがいるとはな」

垣根「けど、残念だよ。いつもの俺なら少しくらい遊んでやろうっていう気も回してやれただろうが、今は状況が違う」

垣根「俺は今からその後ろにいるクソ野郎をぶっ殺してやらなきゃいけねえんだよ! 悪いが死んだっつうことに気が付けねえくらい、一瞬で終わらせてもらうぞ!」


 垣根の背中から伸びる白い翼が膨張するかのように大きく広がる。
 まるで裁きを与える大天使のように。



垣根「今日は雪合戦みたいな遊びじゃねえぞ!? 純粋な、混じり気の一切ない、一〇〇パーセント完全な未現物質(ダークマター)だ!! テメェの中の常識を百万回ひっくり返しても足りねえくらいの異常空間を、せいぜい楽しみなッ!!」



 上条当麻は宣戦布告する。超能力者(レベル5)第二位の男、垣根帝督へ。



上条「――殺してやるよその幻想。二人の邪魔をしていいなんていう思い上がった考えや、そんなくっだらねえチンケなチカラごと。この俺が、全部ッ!!」



 全ての現実を歪める異能の翼と、全ての異能を破壊する右手が、少年院内の廊下で交差した。


―――
――



748 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:47:39.16 ID:Q+V+Oj11o


 地下独房前の廊下で一方通行と土御門元春はその場で立ち尽くしていた。
 顔をしかめ、ある一点を見つめ、体を微動だにもせず、まるで身動きが取れなくなったように。
 その原因は彼らの視線の先にあった。


佐久「――へへっ、動くんじゃねえぞクソ野郎ども」

結標「ぐっ……」


 佐久という大男が結標淡希の首に腕を回してホールドしていた。
 首へ回した手にはコンバットナイフが、もう片方の手には拳銃が握られている。

 人質。

 この空間の支配権をブロックが再び引き戻していた。


佐久「少しでも動いてみろ。この女の首を掻っ切る。別に俺からすりゃコイツの命なんざどうでもいいんだがよお、テメェらからすりゃそうじゃねえんだろ?」

土御門「チッ……」


 舌打ちする土御門の額には汗のようなものが見える。
 想定外の状況に焦りを出てきているのだろう。
 しかし、一方通行は違った。


一方通行「…………」


 冷静に。表情を変えることなく。結標を。彼女を捕らえる佐久を。
 ただただ黙ってそれを見つめていた。


佐久「さて、人質を助けたいんだろ? こちらの指示に従ってもらおうか」


 形勢が逆転した佐久は一方通行を見る。


佐久「まずはその厄介な『AIMジャマーキャンセラー』とかいう玩具をぶっ壊してもらおうか」


 手に持った拳銃で一方通行の首元に付いている装置を指す。
 これがなくなると彼はAIMジャマーという装置の効力が働いているこの場所で、能力を自由に使うことができなくなる。
 まさしく絶体絶命な状況に陥ってしまうだろう。
 しかし、


一方通行「ああ」


 グシャリ。一方通行は間髪入れず返事をし、首の右側にある装置を握り潰した。
 装置の部品が床にバラバラと落下していく。


一方通行「ッ……!」


 一方通行の身体がふらついた。
 今まで受けていなかったAIMジャマーの影響を受けたせいだろう。
 これで一方通行は自由に能力を使うことができなくなった。


749 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:48:31.98 ID:Q+V+Oj11o


佐久「よくできました。それじゃあ、お次は――」


 そう言って佐久は銃口を一方通行へ向ける。


佐久「テメェらにはここでくたばってもらおうか。安心しろ。みんな仲良くあの世に連れて行ってやるよ」

土御門「みんな、だと?」


 土御門が佐久の言葉に怪訝な表情をする。
 一方通行と土御門を殺すのなら『二人』という単語を使うはずだ。
 なのに、佐久は『みんな』と言った。


佐久「そうだよ。どうせこの女もすぐくたばるんだからな」


 それを聞いて一人だけ驚愕の声を上げる者がいた。
 一方通行でもなく、土御門でもなく、結標淡希でもなく。


手塩「どういうことだ佐久!? 座標移動は、生きたまま上層部へ、引き渡す予定だっただろ!?」


 同じブロックの構成員である手塩だった。
 まるで初めてそのことを聞かされたような、戸惑いの表情を浮かべている。
 手塩からの質問に面倒臭そうに佐久が答える。


佐久「そういえばお前には言ってなかったか。この女は上層部には引き渡さねえ」

手塩「何だと? では一体、座標移動を、どうするつもりなんだ?」

佐久「決まってんだろ。こいつは俺たちが使うんだよ」

手塩「使う?」

佐久「そうだ」


 不気味に口角を上げて佐久が笑う。



佐久「――『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』。座標移動(ムーブポイント)はその計画の礎となってもらう」



 一方通行がピクリと体を震わせる。
 『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』。その言葉の意味を彼はよく知っていた。
 一定水準に達した空間移動能力者(テレポーター)を素体とし、一〇八台のスーパーコンピューターと連結させることにより、莫大な演算能力を与える。
 そして、それらは一つの装置として扱われるため、誰でもボタン一つでテレポートというチカラを使うことが出来るようになるというもの。
 この装置を作るためには空間移動能力者の肉体は必要なく、脳髄と脊髄が残っていれば運用が可能となっている。
 つまり、彼らが欲しているのは座標移動の脳であり、結標淡希という少女は必要ないということだ。


手塩「その計画については、簡単にだが知っているつもりよ。だが、あれは我々だけで、再現できるものではないはずだ」

佐久「たしかにそうだな。けど、その点に関しては問題ないぜ。既にそれを再現してくれるスポンサーは見つけてある」

手塩「スポンサーだと?」

佐久「外部には学園都市の科学技術を狙う輩はたくさんいんだよ。その中には、それを再現できるだけの技術を持つ組織だって存在する」

結標「…………」


 結標が顔を曇らせる。
 かつての彼女も、学園都市の外部にある『科学結社』という組織と取引をしていたからだろう。


750 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:49:16.16 ID:Q+V+Oj11o


土御門「外部組織だと? 馬鹿な」


 土御門が問う。


土御門「上層部が一番気にしているのは外部への情報流出だ。だから、外部組織との連携の監視は一番力を入れている。そんな中、貴様らはどうやってコンタクトを取った」


 質問に対して佐久はあっさりと答える。


佐久「知らないのか? 俺たち『ブロック』の仕事は学園都市の外部協力機関との連携を監視することだ」

土御門「……なるほど、そういうことか」


 土御門は納得したように呟いた。


佐久「はぁ、余計なこと喋りすぎたな。あんまりここに居座ってクソどもを増やしてもしょうがねえか」


 再び、佐久は拳銃の照準を一方通行へ合わせる。
 引き金に指をかけた。


佐久「――くたばりやがれ第一位!! せいぜい、地獄に落ちねえように閻魔大王様に許しを乞うんだなァ!!」


 銃口を向けられた一方通行は目を逸らさない。佐久だけを見ている。
 佐久が引き金にかけた指に力を入れる。
 あと数ミリで銃弾が発射される位置まで押し込まれる。

 しかし、発砲音がなる前に別の音が通路内に鳴り響いた。
 ピピピピピピピピピッ!! という不安感を煽るような甲高い電子音が。


手塩「……これは、非常時の支援要請の音か?」


 手塩はこの音を知っていた。
 『ブロック』内で使われている携帯端末の着信音。
 それは緊急事態に陥っており、助けを求めている仲間からの連絡が来ていることを表していた。


佐久「…………」


 佐久の指から力が抜ける。どうやら、その着信音は佐久の端末から鳴っていたようだ。
 そのまま引き金から指を離し、拳銃を持ったまま腰に付いた携帯端末を取る。
 ピッ、と端末のボタンを押すと甲高い電子音が鳴り止み、通話モードとなった。
 佐久は端末を耳に当てる。


佐久「鉄網か? 何があった?」


 電話の先は鉄網という、同じブロックの幹部を担っている少女らしい。
 だが、電話からは声が帰ってこない。


佐久「まさか例の組織との連携で何か問題でも起きたのか? おい!」


 再び声をかけるが帰ってこない。
 と、思ったらザザッ、という音が聞こえたあと、女の声が聞こえてきた。


751 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:50:07.31 ID:Q+V+Oj11o


??『どーもー! 『ブロック』のリーダー佐久ちゃーん? お外にいるお友達と随分楽しいことやってたみたいだねえ?』


 その声は佐久の知っている鉄網という少女の声ではなかった。
 少女と比べたら低く、大人びたような声色をしている。


佐久「……誰だテメェは?」

??『あれれー? もしかしてわからないわけー? うーん、しょうがないなー。ちょっとだけヒントあげちゃおうかにゃーん?』

佐久「ふざけてんのか!! いいからさっさと名乗れ!!」

??『アンタらブロックと同等の機密レベルを持っていてー、上層部や暗部組織の監視や暴走の阻止を業務としている組織はなんでしょーか?』

佐久「なっ……!」


 クイズのような問いの中にある言葉言葉を聞いて、佐久は気付く。
 恐る恐るという感じに、電話口に答える。


佐久「『アイテム』、そのリーダーの麦野沈利か?」


 いひっ、と電話口の女は小さく笑う。


麦野『だーいせいかーい!! ま、って言っても正解したところで景品やら特典なんてものは、なーんにもないんだけどねー?』

佐久「ッ」


 佐久の端末と繋がっているのは同じブロックの構成員である鉄網の端末だ。
 その端末を麦野沈利が使っている。つまり、電話の持ち主が既にいなくなっているということ。

 佐久が鉄網に与えた仕事は外部組織との連携。
 ブロックの仕事をしている中で佐久が作った外部への運搬ルートを利用し、鉄網は学園都市の外へ出た。
 そして、外部組織のアジトへと向かい、今組織の人間とこれからの流れを打ち合わせしていることだろう。

 麦野沈利がその学園都市外にいる鉄網の携帯端末を持っているということは――。



佐久「――テんメェええええええええッ!! よくもやりやがったなあああああああああああああああああッ!!」



 佐久が電話口に向かって吠える。
 肺の中にある空気を全部吐き出すような声量で。


麦野『やりやがった、って一体何のことなのかにゃーん? アンタらの仲間の陰気臭えガキをブチ殺したこと? アンタらのお友達の組織とやらを皆殺しにしたこと?』


 電話の先の麦野の声が、嘲笑するようなトーンへと変わる。



麦野『――それとも、テメェのコツコツと積み上げてきた全部を、跡形もなく叩き潰してやったことかなー?』



 ガシャン!! 怒りで頭に血が上った佐久が携帯端末を壁に投げつけた。
 衝撃に耐えきれなかった端末は砕け散るようにバラバラの部品となり、床に散らばった。


―――
――



752 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:51:05.89 ID:Q+V+Oj11o


麦野「ぎゃははははははははッ!! 全然物事がうまくいかないからって物に当たるなんて、ガキかよこのオッサン!?」


 血塗られた端末を片手にアイテムのリーダー麦野が笑い声を上げていた。


滝壺「しょうがないよむぎの。あそこまで小馬鹿にされたら、誰だって怒ると思うよ?」


 高笑いする麦野の言葉に、ぼーっとした感じで滝壺が反応する。


絹旗「こんな周到に超準備してるようなヤツですからねえ。プッツンとキてもおかしくはありませんね」


 冷静な表情で絹旗が言う。

 彼女たち『アイテム』は今、学園都市の外にある廃病院のような建物の中にある一室にいた。
 廃病院なのは外見だけだった。学校の教室二つ分の広さのある部屋には、研究機材等の設備で溢れており、いかにもな研究所という感じだ。
 あちこちには研究員と思われる男たちが倒れており、施設の床が血の海のように赤く染まっていた。

 そんな中をアイテムの構成員フレンダが室内を歩きながら考え事をしていた。


フレンダ(……昨日今日の私、ほんとダメダメって訳よ)


 この施設の中には五〇人近い死体が転がっている。そのほとんどが麦野沈利、絹旗最愛がやったものだ。
 しかし、フレンダはここでは一人たりとも倒せてはいなかった。
 自分ではいつも通りやっているつもりだった。頑張っているつもりだった。
 だが、なぜだかフレンダの思うような結果は付いてこなかった。


フレンダ(……もしかして私、弱くなってる……?)


 具体的に何が弱くなったとか、フレンダ自身は理解していない。
 ただ、自分の中で何かが変わってしまったのじゃないか、と漠然とだがそんなもの感じていた。


フレンダ(このままじゃ足手まといになってしまう……どうにか、どうにかしないと)


 今日の自分の調子が悪いのは、しょうがないで済むかもしれない。
 だが、これ以上はそれでは済まないかもしれない。

 もし明日も調子が悪く、このままだったら。
 もし一週間後も調子が悪く、このままだったら。
 もし一ヶ月後も調子が悪く、このままだったら。

 もしずっとこのままだったら、フレンダはもう『アイテム』というこの居場所にいることができなくなる。
 役立たずの烙印を押され、排除されてしまうだろうからだ。
 そんなことを考えているフレンダの表情には陰りのようなものが見えた。

 室内をにある扉のない物置のような小部屋の前に、フレンダはたどり着いた。中にあるダンボールや機材をぼーっと眺める。
 そんな彼女に一人の少年が近付く。


浜面「どうかしたのか? フレンダ」


753 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:52:44.26 ID:Q+V+Oj11o


 下部組織の一員の浜面仕上が何気ない感じで話しかけた。


フレンダ「……ううん、別にどうもしないけど」

浜面「そ、そうか。ならいいんだけど」

フレンダ「というかまだ仕事中だよ? 持ち場から離れちゃって、こんなところでサボってたら麦野に怒られちゃうって訳よ」


 呆れるようにフレンダは言う。彼はこの部屋の入り口を見張る役目だったはずだ。
 何でこんなところにいるんだ、とか思いながらフレンダは彼を持ち場へ戻させるために手をひらひらとさせる。
 すると、急に浜面の表情が強ばる。


浜面「――フレンダ!! 危ねえッ!!」

フレンダ「えっ」


 浜面仕上が急に目の前の少女の両肩を掴み、床へ横向きに押し倒すように力を加える。
 突然のことでフレンダは踏ん張ることが出来ず、そのまま横向きに床へと倒れ込む。


 ドガッ!!


 鈍い打撃音のような音が聞こえた。



フレンダ「……痛ッ、な、何なのよいきなりぃ」


 肩と背中を硬い床へ軽く打ち付けたのか、フレンダは肩の後ろ部分を手で抑えていた。
 苦痛の表情に怒りを混ぜて、フレンダは現在進行系で自分を押し倒している少年を睨むように見る。


フレンダ「ちょっと浜面ぁ! アンタ一体――へっ?」

浜面「け、けがは、ねえか? フレンダ……」


 フレンダの目の前にいる少年は安堵の表情を浮かべている。
 しかし、その少年のこめかみの辺りから、赤い液体がダラリと流れていた。
 顔を伝って流れる液体は重力に従い落下し、ぽたりと真下いる少女の頬へと雫となって垂れ落ちる。


フレンダ「なっ、何でアンタ怪我して……ッ!?」


 フレンダは目だけを動かして、浜面の頭より後方を見る。

 そこには鉄パイプのような棒を持った、研究員のような格好をした男が立っていた。

 一体どこから現れたんだ、とフレンダはふと思い出す。
 自分は今扉のない物置のような部屋の前に立っていた。
 物置ということは物がたくさん置いてあり、その数に比例して物陰がたくさんできるということだ。
 つまり、あの男は今の今まであの部屋の中にある物陰に隠れて、ずっと機会を伺っていたということだろう。一矢報いれるチャンスを。

 そんなことを考えている中、男が鉄パイプ強く握り締め、大きく振りかぶったのが見えた。
 このままあれが振り降ろされたら、目の前にいる少年に硬い鉄パイプが当たってしまう。
 大怪我、最悪死ぬ。


754 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:54:31.30 ID:Q+V+Oj11o



フレンダ「浜面ッ、避け――」


 ドグシャ!! 鉄パイプが振り下ろされる前に、男の頭部がコンクリートの壁に叩きつけられた。
 同じアイテムのメンバーである絹旗最愛が、獣のような表情をして拳を男の顔面に叩き込んだからだ。
 鉄板をも容易に貫く絹旗の拳を受けた男の頭は、砕け散ってザクロのように赤い物体を周りに撒き散らした。


絹旗「調子に乗ってンじゃねェぞ、クソザコ野郎がッ……!」


 吐き捨てるように言った絹旗は、視線を男だったものから床に倒れ込んでいるフレンダたちへ向ける。


絹旗「超大丈夫ですか? 二人とも」

フレンダ「う、うん」

浜面「あ、ああ、助かったぜ絹旗……」


 そう言って浜面はゆらりと立ち上がった。それを追うようにフレンダも立ち上がる。
 別の場所にいた麦野と滝壺が、騒ぎを聞きつけたのかこちらへと駆け寄ってきた。


麦野「おーおー浜面クーン。随分と男前な面になったもんだねー」

滝壺「大丈夫? 血が出てる」


 滝壺はポケットからハンカチを取り出して、それを浜面へ差し出す。
 それを受け取った浜面が薄く笑って、


浜面「……あ、ありがとうな、た、きつ、ぼ……」


 浜面仕上の意識が消え、体が床へと倒れ込んだ。


滝壺「はまづら……!」

麦野「あっちゃー、当たりどころが悪かったのかねー? 絹旗。下部組織に連絡してここの後始末の指示と、浜面の代わりの運転手を一人こっちに寄越させなさい」

絹旗「了解です」


 アイテムのメンバー三人が忙しなく、手際よく動いている中、フレンダは倒れた少年を呆然と見ていた。


フレンダ「…………」


 フレンダは考える。
 この少年が怪我をしたのは自分のせいなのではないか、と。
 普通に考えれば、あんな隠れる場所が多くある物置に伏兵がいないわけがない。例えいなかったとしてもいる前提で行動するべきだ。
 フレンダはそこまで考えられていなかった。いつもなら絶対にやらないミスだ。
 そのミスのせいで、この少年は怪我を負った。下部組織の下っ端だとはいえ、仲間を危険に晒した。

 私のせいで。私のせいで。私のせいで。私のせいで――。


―――
――



755 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:55:25.79 ID:Q+V+Oj11o


土御門「……電話の内容まではわからないが、どうやらお前らの思惑はうまくいかなかったようだな」


 土御門は、携帯端末を通路の壁に叩きつけて、息を荒げている佐久を見て、言った。
 彼はブロックの二人に暗に『これ以上の抵抗は無駄だ。投降しろ』と言っている。
 それは佐久も手塩もよく理解していた。

 手塩が佐久の方を向いて、


手塩「……もう潮時だ。佐久」


 諦めの言葉を聞いた佐久はギリリと歯を鳴らす。


佐久「ふざけんな手塩ッ!! 俺たちはまだ負けてねえッ!!」

結標「うぐっ……!」


 人質を抱えている腕の力が強まり、結標から息が漏れる。
 佐久は手に持ったコンバットナイフの刃を少女の首筋に突きつけ、威嚇するように叫ぶ。


佐久「オラオラッ!! 俺たちにはまだこの座標移動がいんだよッ!!」

土御門「無駄だ。そんなことをしても貴様は生き残れない。仮にここから逃げ切れたところで、学園都市から反逆の罪で追われるだけだ。例え、外へ出られたとしてもな」

佐久「それはどうかな?」


 白い歯を見せながら土御門を否定する。


佐久「コイツは俺たちトップシークレットの暗部組織全部に回収命令を出すくらい、上層部から価値があると見られている存在だ。コイツを交渉材料に使えば活路はある」

手塩「活路だと? これ以上、何が出来るというのよ?」


 率直に疑問に思った手塩が聞く。


佐久「んなモン後から考えりゃいいんだよ!! 今はここを無事出ることだけ考えろ手塩ォ!!」

手塩「馬鹿な……」


 手塩の顔が曇る。
 リーダーの場当たり的な判断に嫌気が指したのだろう。
 そんなことも気にせず佐久はぼやくように続ける。


佐久「大体、あんなに苦労して手に入れたんだからよお、しっかりと有効活用しなきゃ割に合わねえだろうよクソッたれが……!」

一方通行「……苦労、した?」


 ずっと無言で佐久を見ていた一方通行が口をはさむ。
 まるで何かに引っかかったかのように。

 それを聞いた佐久が待ってましたか、とでも言うような笑みを見せる。


土御門「――よせ! これ以上ヤツの言葉を聞くな! 一方通行ッ!」


 佐久に気付いた土御門が止める。
 しかし、無力にも佐久の言葉が一方通行の耳へと届く。


756 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:56:37.72 ID:Q+V+Oj11o


佐久「そうさ!! コイツの記憶を戻すように動いたのも、コイツがここに来るように仕組んだのも、こういう環境を作り上げたのも、全部俺たちだッ!! 今まで散々コキ使ってくれたクソったれな上層部を潰すためになッ!!」

佐久「だったらよ、その努力が少しくらい報われてくれるような展開があってもいいよなぁ!? なあオイッ!?」


 滅茶苦茶な理論を正当な発言かのように、佐久は己の言葉を全部ぶちまける。
 身勝手で、禍々しい悪意が彼から発せられたように思えた。

 その悪意に触れた一方通行の目が剥かれる。赤い瞳の中にある瞳孔が収縮する。
 一方通行は呟くように、



一方通行「……そンなことのために」


 ――二人の未来が奪われたのか。


一方通行「……そンなことのために」


 ――あのガキは涙を流したのか。


一方通行「……そンなことのために」


 ――結標淡希はあンなにも酷く傷付けられたのか。


一方通行「……そンなことのためにィッ!!」




 ――自分たちの居た世界は跡形もなく破壊されてしまったのか。




 ブツッ。



 一方通行の中にある何かが壊れた。それが何かはわからない。
 だが、それが何か重要なものなのだということはわかる。なぜなら、それを失ったことによって彼の中にドス黒い何かが流れ込むのを感じたからだ。
 決壊したダムの水のように、土石流のように流体は一方通行の意識を侵略していく。
 喜怒哀楽。彼を構築するあらゆる感情の輪が全て崩壊する。バラバラになった様々な色の粒子が全て流体に飲み込まれた。
 一方通行の中にたった一つの色だけが残る。


 『黒』。


 その意味――『純粋な殺意』。






一方通行「ゴガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」







 その黒い殺意は現出された。
 少年の背中から。


 噴射されるように溢れ出る一対の黒い翼として。


――――――


757 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/08(土) 11:58:57.43 ID:Q+V+Oj11o
この上条さんメンタル弱すぎ問題
このシリーズじゃないSSも書いたことあるけどそのときも上条さんと垣根戦ってたな成長してねえ

次回『距離』
758 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:38:11.61 ID:2z6G7I5Go
あへあへバトルパートはこれでラストや長かったね

投下
759 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:39:06.07 ID:2z6G7I5Go


S10.距離


 第七学区と第一〇学区の境界線にある、吹き抜けで一階と二階が繋がった大型の倉庫。建物内は荒れていた。
 爆風が巻き起こり、砂煙が舞い、建物は揺れ、金属と金属が激しくぶつかり合うような音が幾度とも鳴り、崩れた天井が次々と床へと落下していく。
 災害とも言えるような現象。これは一人の少女と、一〇〇にも近い数の機械の獣によって起こされたものだった。

 少女の方は木原円周。
 ロケットのような速度で床から壁へ、壁から天井へ、天井から床へと、高速移動し、機械の獣を追う。
 彼女の拳を受けた壁はガラスのようにひび割れ、彼女の蹴りを受けたコンテナは針で突かれた紙のように穴を開けた。
 自分の体を顧みず暴れるように動き回る少女だったが、その体には砂煙による汚れのようなものが見えるが、致命傷のような傷は一切負っていなかった。

 機械の獣の方は暗部組織『メンバー』で作られた犬型のロボット『T:GD(タイプ:グレートデーン)』。
 正確に言うなら、それの背中にガトリングレールガンという第三位のファイブオーバーを搭載した、『T:GD―C(タイプ:グレートデーンカスタム)』。
 一〇〇近い数の方向から単発でも戦車の装甲さえ貫通し、破壊する砲弾が毎分四〇〇〇発という嵐のような攻撃が発射されるという脅威。
 それが発射される度に空気は振動し、射線にある障害物は全て吹き飛び、コンクリートの床を抉り取り、天井に大穴を開けた。

 二つの戦力がぶつかり合う中、倉庫の中心部に木原数多と博士が相対していた。
 周りの騒音を気に留めず、お互いに一〇メートル位の距離を空け、二人はただただ睨み合っている。
 二人のいる空間だけは、なぜか静寂だった。
 床は傷一つない綺麗なままだし、倉庫内を飛び交う破片は落ちず、砲弾がその一帯へ発射されることもない。

 安全地帯にいる博士が安全地帯にいる数多へと話しかける。


博士「くくっ、見事な位置取りだ。たしかにそこに居ればガトリングレールガンが発射されることはない。あの機械には私を巻き込まないようにする設定をしているからな」

数多「残念ながらそれだけじゃねえよ」


 笑みを浮かべながら数多が空を駆けている少女を指差す。


数多「あのガキは俺らを巻き込まねえように戦ってんだよ。どうすればこの一帯に傷がつかないようにするか、考え、工夫し、実行している。馬鹿馬鹿しいとは思うが、ヤツは今そういう『思考』を持ってんだ」


 博士もその少女のことを見ながら息を漏らす。


博士「しかし、あれは見事だな。まさか第一位の『FIVE_Over(ファイブオーバー)』が作られるとは。しかも、あんなに元の能力者の身体を維持した形で」

数多「はぁ? アレはそんな高尚なモンじゃねえよ。ただの子供の工作だ」


 面倒臭そうに数多は後頭部を掻く。


数多「大体、アレのどこがファイブオーバーだ? 第一位の能力を部分的に超えるどころか再現すら出来てねえじゃねえか。そう考えたら『アウトサイダー』にすら満たねえ欠陥品だよ」

博士「あれは木原円周が作ったのかね?」

数多「そうだな。せっかく第一位と接する機会が多くなったんだからな、って感じにな。ま、でもあれは作ったというよりは既存の技術を組み合わせただけのキメラだ。物理干渉電磁フィールド、慣性制御装置、反重力発生機、発条包帯――」


 その他二〇ほどの名前を言ってから、木原は億劫になったのか言うのをやめた。
 そもそもこんな話をしても何にもならない。本題に戻す。
 博士の側にある小さなコンテナの上へと横たわる少女を見る。


数多「随分と手の込んだことをしてんじゃねえか。今ごろほとんどのヤツらは座標移動(ムーブポイント)を中心に動き回ってるっつうのに、テメェらだけはそこで寝てるガキを狙うなんてな」

博士「何のことかね?」

数多「今第一〇学区の少年院でハシャイでいる『ブロック』とかいう連中、アイツらを焚き付けたのはテメェらだろ?」


 博士は不敵に笑う。


760 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:40:15.24 ID:2z6G7I5Go


博士「どんな物語にも道化は必要ではないかね? 木原数多君」

数多「うっとおしいジジイだ」

博士「ところで、呑気に私などと談話などしていていいのかね?」

数多「あ?」


 いつの間にか博士の手には携帯端末が握られていた。


博士「そういえば、君は以前馬場君と戦ったときに、敵と仲良く談話していて形勢逆転されてしまった彼のことを、間抜けなヤツと称していたな」


 ザッ。
 木原数多の周りで何かが動いた。だが、そこには何もないように見える。
 しかし、それはたしかにそこにある。まるで数多の逃げ場をなくすように、取り囲むように。
 博士は笑う。


博士「――今の君も、同じく間抜けだよ。木原君」


 瞬間、数多の数メートル先の床に転がっていた査楽が絶叫した。


査楽「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 査楽の両足の膝から先が無くなっていた。
 いや、無くなったのは肉だ。皮だ。血液だ。
 少年の足は、履いていたジーンズと靴と骨だけになっていた。


数多「『オジギソウ』か。相変わらずの趣味の悪さだな」


 数多はその光景を見て、吐き捨てるように言った。


博士「知っていたか。特定の周波数に応じて特定の反応を返すナノサイズの反射合金の粒だ。その粒一つ一つが、接触するだけで細胞をバラバラに引き剥がし、骨と服だけしか残さない優秀な清掃道具だ」

博士「オジギソウは今の君を取り囲むように配置してある。ネズミ一匹逃げられるような隙間もない。君は終わりだよ」


 触れたら死ぬ檻に閉じ込められる。今の数多の状況を端的に表すとこうか。
 だが、その檻は動く。数多の安全地帯を狭めるように、殺意は最終的に数多を包み込む。
 絶体絶命とも言えるような状況で数多は、


数多「……なぁ、ジジイ。ビリヤードって知ってるか?」


 世間話のようなことを始めた。
 

博士「ビリヤード? キューで球を打って一五個の玉を穴に落とすゲームのことか?」

数多「そうだ。俺あのゲーム好きでよくやるんだよな」

博士「……何のつもりだ? そんな突拍子もない話を始めて」


761 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:41:06.83 ID:2z6G7I5Go


 怪訝な表情をする博士。駅前で裸踊りをしている男を見るかのような目だ。
 しかし、数多は気にせず続ける。


数多「あれってな、手玉の形や重さ、キューの先端の硬さや摩耗率、並んだ一五個の玉の位置関係、細かい反射角やその場の空気の流れ、テーブルの上に乗るチリ一つ一つ」

数多「他にもいろいろあるが、そういうのきちんと計算すれば誰でも一発で一五個の玉を、全てポケットに落としてやることができるんだぜ?」


 数多はウンチクでも語っているように得意げな表情をする。
 その意図がわからない博士は解せない様子で、


博士「だからそれが何だというのだね? 君はもうその楽しいゲームすら出来なくなる。それくらいわか――」


 ゾクリ、と博士は背筋が凍るような感覚が走った。
 博士は前方一〇メートル先にいる数多を見る。
 彼の表情が一変した。
 先ほどの趣味の話を活き活きと語る男の顔から、『木原』特有の実験動物を見るような禍々しい顔へ。


数多「俺は力の制御に関する天才だ。金槌のような打撃を電子顕微鏡レベルの精密さで操作できるし、ある程度の外装の機械なら、殴った衝撃を弄って中身のCPU部分だけを破壊することだってできる」


 手につけた機械的なグローブ。マイクロマニピュレーターをガチャガチャと動かしながら。



数多「――それが『木原』だ」



 危機感を覚えた博士は、手に持った端末を操作する。
 一秒後、オジギソウが木原数多を包み込み、骨と衣服だけを残して分解するように。

 だが、それより早く木原数多が動く。
 腕が消えたと錯覚するような速度で、何もないように見える空間を殴りつけた。
 凄まじい拳圧だったのか、一〇メートル先にいる博士の頬をそよ風のような冷ややかさが撫でた。


 一秒後。


博士「……そ、そんな馬鹿な」


 博士は何度も瞬きをする。目を擦る。目を凝らす。
 しかし、彼の見る景色は何一つ変わらなかった。

 木原数多が存在していた。
 全身の肉が毟られ、骨と衣服だけ残して消えるはずだった男が。何一つ変わることなく。彼の目に映り続けた。


博士「なぜ貴様が生きている!? なぜオジギソウが効いていないんだ!?」


 手に持った端末の画面を見た。この画面にはオジギソウの稼働状況が表示されている。
 折れ線グラフや数字の羅列、散布状況をモニタリングするレーダーのようなもの配置されていた。
 それらを見て、博士は額に嫌な汗がにじみ出る。


博士「オジギソウが、全て工場の外へ流れ出ている、だと……?」


 オジギソウの散布状況を表すレーダーが、博士から一〇〇メートル以上離れた位置に、何十グループに分かれて配置されていることを示していた。
 どういうことだ、と博士はオジギソウの移動履歴のデータを確認する。
 それを見ると、たしかについ数秒前までは木原数多の周囲にオジギソウがいたことがわかる。
 しかし、数多が拳を空間に突き付けた時を境に、その状況は大きく変化していた。
 オジギソウたちが壁や天井に開いた数十の穴へ向けて、吸い込まれるように流れ出ていたのだ。
 きっかけは間違いない。木原数多の強打だ。

 そこで博士は思い出した。数多の言っていた無駄話の中にあった単語。『ビリヤード』。


762 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:41:58.89 ID:2z6G7I5Go


博士「――ま、まさか貴様っ、オジギソウをビリヤードの玉のように弾いて、あの工場に開いた穴から外へ全て放出したと言うのか!?」

博士「ありえん!! ナノサイズの粒子だぞッ!? たしかにそれが物理的な現象であれば不可能はない!! しかし、その計算結果を導き出すためにどれだけの情報量がッ、天文学的な数字がッ、それを再現する技術がッ!?」


 はぁ、と数多はため息をつく。


数多「もういいか?」

博士「ッ!?」


 数多はズボンのポケットに手を突っ込みながら、ゆっくりと博士のいる方向へと足を動かす。
 その足取りは軽く、まるで近くのコンビニにでも行くかのような気軽さを感じる。


博士「糞ッ!!」


 オジギソウは全て建物の外。呼び戻すには時間が足りなさ過ぎる。
 目の前の化け物と戦えるような手段が全て消えた。そう思った。
 だが、博士は気付く。まだ終わりではないことに。


博士「――馬場ァ!! グレートデーンで私を守れ!! カスタムもだッ!!」


 小さなコンテナの上で寝ている少女の隣に佇んでいる、犬型のロボットへ命令する。
 あのロボットは常に馬場という少年と通信が繋がっており、こちらの状況がモニタリングされているはずだ。
 他の一〇〇近い数がいるロボットは基本自動操作の為、あのロボットを操作して援護する余裕くらいあるだろう。


イヌロボ『…………』


 しかし、犬型のロボットは答えない。


博士「何をしている!? 馬場ァ!!」

イヌロボ『…………』


 やはり、犬型のロボットは応じない。
 妙だと思い、博士はそのロボットを目を凝らして観察してみる。
 起動中は絶えず点滅しているはずの頭に付いたサングラスのようなセンサーが、全くと言っていいほど点滅していない。
 まるで、電源が切れているような。

 ふと、博士は気付いた。
 この倉庫内は、木原円周と一〇〇近いガトリングレールガンという兵器を搭載した犬型のロボットが交戦している場所だ。
 絶えず爆発音や、金属がこすれ合うような音、コンクリートが砕けるような音が響き渡っていた。
 ビルの解体現場の隣とは比べ物のならない騒音地帯のはずだ。はずなのに――。

 静かだった。今まで聞こえなかった夜風の音が聞こえる。
 博士は辺りを見回した。

 機能が停止して、電池の切れた玩具のように床に転がっている一〇〇近い数の犬型のロボットがいた。


博士「なっ」


763 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:43:02.09 ID:2z6G7I5Go


 外部に目立った外傷はない。木原円周に破壊されたわけではない。
 つまり、制御している側で何かあったということ。
 具体的に言うなら、襲撃。

 いつの間にか木原数多は博士の目の前に立っていた。
 見下ろす数多に対し、博士は見上げるように目を尖らせる。


博士「木原貴様ッ……!」

数多「何だその目は? 別に俺は何にもしてねえぞ」

博士「貴様ら以外に誰がいる!?」

数多「いるじゃねえかよ。もう一人」


 何かを知っているように数多は言う。


数多「……テメェら、一体誰を敵に回したのかわかってんのか?」


 そう言われて博士はあることを思い出した。
 このガトリングレールガンを積んだ犬型のロボットたちは、遠隔している少年が操作しない限り基本自動制御で動いている。
 普通の人間なら同時に一〇〇ものロボットを制御することができないからだ。
 だから、仮に遠隔している者に何かがあっても、自動制御のロボットたちは従来のプログラム通りに動く。
 あのように停止させるためには、遠隔している少年に停止プログラムを起動させなければいけない。

 いや、違う。


博士「――そうか」


 博士は笑った。
 全てを理解したからだ。



博士「貴様らは、最初からこれを想定して動いていたのか!? 木原数多ァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 廃墟のようになった倉庫内に響き渡った男の絶叫は、すぐに途切れて静かになった。


―――
――



764 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:43:40.28 ID:2z6G7I5Go


 木原数多や博士がいる二つの学区を跨いで建てられた倉庫。
 そこから約一キロほど離れたところにある大型車両用のパーキングエリア。
 その中に一台の大型トレーラーが駐車している。
 暗部組織『メンバー』の遠隔地からのサポートを任務としている構成員の一人。馬場芳郎がそのトレーラーの中にいた。

 トレーラーの中は部屋のような構造をしており、中には通信機器や分析用のコンピュータ、そしてメンバーが使用しているロボットの制御装置を積んでいる。
 電子制御で開閉する扉は防弾・防爆仕様で、彼がここの扉を自発的に開けることがない限り、外からの侵入を許すことはない。
 いわば、ここはメンバーの司令室のようなものだ。馬場芳郎はこの中で指示やサポートを行っている。

 そんな鉄壁の部屋にいる馬場は椅子から転げ落ちるかのように、床に尻もちをついていた。
 彼の目線の先は部屋の入り口の扉。扉が壁側にスライドし、外から冷たい空気を室内へ送り込んでいた。
 扉が開いている。それを我が目を疑うように馬場が見ていることから、彼がそれを開けたわけではないと思われる。

 彼の周りにはたくさんのモニターが設置されている。メンバーのサポート業務を行うためのコンピュータを使うためのものだ。
 ハッキング、通信の傍受、情報操作、レーダー、ロボットの制御、用途は様々。
 この部屋の要と言える数々のモニターだが、今は全て同じ画面が表示されていた。
 黒いバックに赤い枠ありの横文字で単語が一つ。『Locked』。
 馬場の存在意義が全て奪われたことを意味していた。

 部屋の外から、誰かが入ってきた。
 暗がりでよく見えないが、身長は一六〇センチくらい。体格や髪型からして少女だろうか。
 その誰かはゆっくりと、しっかりとした足付きで、馬場のいる方へと向かってくる。

 距離を取ろうとして壁を背中に擦りながら馬場が問いかける。


馬場「だ、誰だお前は!?」


 頭がテーブルにぶつかる。振動で上に置いていた二リットルペットボトルが床に落ちて転がった。
 中から炭酸の茶色液体が中から溢れ出ていく。


馬場「お前なのか!? ここの設備を掌握したクラッカーは!?」


 誰かは何も答えない。黙々と馬場との距離を詰めてくる。
 目の前と言える位置にその誰かが来た。
 モニターから発せられる淡い光に照らされ、その誰かの顔が浮かび上がってくる。


馬場「お、お前は……まさか!?」


 馬場芳郎はその誰かのことをよく知っていた。
 なぜなら先ほどまで、その少女のことをロボットのカメラ越しによく観察していたからだ。
 整った顔立ちで、茶髪を肩まで伸ばしている。
 数十分前まで床についていたのか、半袖のTシャツにショートパンツのルームウェアを着ていた。
 馬場は叫ぶ。その嫌というほど知っているその少女の名を。


馬場「――超能力者(レベル5)第三位!! 御坂美琴ッ!!」

美琴「…………」


 常盤台の超電磁砲(レールガン)と呼ばれる少女が。守るべき少女を彼の操作するロボットに奪われて右往左往しているはずの少女が。
 馬場の目の前に立ちふさがった。


馬場「なんでお前がここにいるんだ? お前に放った二〇機のグレートデーンは完全自動制御だ。僕の居場所を特定できるような要素は皆無だったはずだ。そういう風に対策したんだからな。なのに……なんでだッ!!」


 焦りと怒りが混じった表情で睨みつける少年。
 それに応じるように美琴も目を下に向ける。
 その表情は冷静だった。唇を横一文字で結び、表情筋が動いている様子がない。
 しかし、目だけは違った。まるで黒目が収縮しているようだった。そう思えるほど目を見開いていて、白目の面積が多くなっている。
 ずっと閉じていた少女の口が開く。


765 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:44:30.17 ID:2z6G7I5Go


美琴「……やっぱりその声、あのときのヤツと同じだわ。婚后さんを傷付けやがったクソ野郎とまったく同じ」


 パチッ、と美琴の周囲に火花が走る。


馬場(ま、不味い。コイツ、まだあのときのことを根に持ってやがる……!)


 馬場は過去、婚后光子という少女と交戦し、倒し、痛みつけたことがあった。
 その少女は御坂美琴と友人関係にあったらしく、馬場はその件で激怒した彼女から手痛い報復を受けることになった。


馬場(くぅ、コイツがここに来るのは予想外だったが、僕だって対策をまったく取っていなかったわけじゃない……!)


 馬場は目線をそのままに手だけを動かして、自分のズボンの尻ポケットを探る。
 そこから試験管のようなの細長い入れ物のようなものを手に取った。


馬場(これは超電磁砲用にカスタマイズされたモスキートだ。最終信号(ラストオーダー)をさらったときに使ったグレートデーンと同じ、電磁波透過素材で出来た特注品さ)


 『T:MQ(タイプ:モスキート)』。蚊をモチーフにした極小サイズのロボット。
 その名の通り、蚊のように飛行して、取り付いた相手の皮膚に針を突き刺し、そこからナノデバイスを注入する。
 ナノデバイスを注入された者は高熱を発生させ、身動きが取れなくなるという兵器だ。
 彼が持っている入れ物にはこれが入っている。


馬場(通常のモスキートなら電磁波レーダーに引っかかって察知されてしまうだろうが、コイツは違う。つまり、こんな暗がりでコイツを出されたら目視で発見することも困難ッ。ヤツに防ぐ術は存在しないということだ)


 これを彼女に注入することができれば、いくら超能力者(レベル5)だろうと動けないただの一般人と相違なくなるだろう。
 たった一つの勝利条件にすがるように馬場は行動する。


馬場「ま、待ってくれ。話せばわかる。僕もやりたくて君たちを襲ったわけじゃないんだ。陰険なジジイに無理やり命令されていただけなんだ……」


 口八丁の言い訳を次々と並べていく。彼女を倒すためには時間を稼がなければいけない。
 その間にT:MQを起動するため、入れ物に付いた起動ボタンを指の感覚だけで探る。
 急げ、急げ、急げ、と指を細かく動かしつ続ける
 入れ物をガッシリと掴み、親指が起動ボタンにかかった。


馬場(き、来たッ!? これで、ヤツは完全におわ――)


 バチチチィッ!! 御坂美琴を中心に周囲へ電撃が放たれた。
 室内のモニターは全てひび割れ、コンピュータはショートし、床に転がっていた炭酸飲料の入ったペットボトルは感電して破裂した。
 それに伴い、馬場の体にも電気が走る。



馬場「ォおあああああああああああああああああああッ!?」


 
 電撃による痛みで絶叫する。モスキートの起動ボタンを押そうと力を入れていた腕が、変に力が入ってしまい腕が真上に上がった。
 その勢いで手に持っていた入れ物が放り投げるように宙を舞い、目の前にいる少女の足元へと音を立てて転がった。
 美琴は落ちた入れ物を拾い上げる。


766 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:45:18.11 ID:2z6G7I5Go


美琴「ねえ。電磁波レーダーって知ってる?」

馬場「あが、あがが、がが、あば、ばばが」


 美琴が発した電撃波で舌がしびれて、うまく喋ることが出来ない様子だった。
 だが、気にせず美琴は話し続ける。

 
美琴「周囲に発した電磁波が物体に接触したときの反射波を利用して、周りの空間を把握できるってヤツなんだけど」


 モスキートの入った入れ物の中身を覗き込みながら、


美琴「これがどういう仕組みかよく知らないけど、私の電磁波レーダーを掻い潜れるみたいね。あの子をさらった犬みたいなロボットも同じ仕組みかしら?」


 「ま、でもそんなこと関係ないわよね」と付け加える。
 美琴は再び、地面に座り込む馬場へ目を向けた。


美琴「だって、レーダーで丸分かりだったんだもの。これを必死こいてポケットから取り出そうとしているアンタの間抜けな動きがね」


 馬場は感じ取った。自分ではどうしてもできないという無力さを。圧倒的な力を前にした絶望を。
 どんな能力者も徹底的に分析し、適切な対策を取れば倒せると思っていた。支配できると思っていた。
 しかし、現実は違う。自分たちの張り巡らせた小細工を規格外のチカラでねじ伏せる。
 既に負けていたのだ。超能力者(レベル5)を、学園都市が作り出した怪物を敵に回した時点で。


美琴「私、たしかあの時言ったわよね? 私の目の前や大事な友達の周りで一瞬でもあのロボを見かけたなら、アンタがどこにいようと必ず見つけ出して、潰すって」


 過去に通信回路越しで言った忠告を、再度馬場へ突きつけた。
 クシャクシャに歪めた馬場の顔から、目から、鼻から、口から、汚らしい体液が流れ出る。


美琴「けど、私だって鬼じゃないわ。こちらの条件を飲んでくれるなら、助けてあげないこともないわよ?」

馬場「ッ!!」

美琴「打ち止めの居場所を教えなさい」


 馬場に与えられた救いの手は、メンバーを裏切らないと掴むことが出来ない残酷なもの。
 メンバーを裏切るということ=統括理事会を裏切ること。つまり、学園都市そのものを敵に回すということ。
 苦渋の決断。前門の虎、後門の狼。
 人生の岐路に立たされた馬場は、口を震わせて歯をガチガチと鳴らす。


美琴「ただし、もし教えないという選択肢を取ったり、嘘を教えるなんていう裏切りがあったり、あの子がもう無事じゃないなんていう笑えない冗談を言うようなら」


 美琴が手に持った入れ物を自分の目前に持っていく。
 グシャリ。
 握力だけでそれをへし折り、砕く。



美琴「――殺すわよ」



―――
――



767 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:45:57.71 ID:2z6G7I5Go


 一方通行は体の力を抜いたように両腕を垂らし、背筋を曲げながら立っていた。
 曲がっている背中から噴射するように飛び出した黒い翼は上へ上へと、核ミサイルにも耐える天井を突き破るように伸びている。
 長さは何メートルあるのかわからないが、あの先にあるあらゆる障害物は粉微塵に粉砕されていることだろう。


佐久「……何でだ」


 佐久は怪物を目の前にして恐怖を覚えた。
 体が震える。全身から絶えず嫌な汗が滲み出る。唾液が消えたように口の中が渇く。


佐久「何で能力が使えやがるんだテメェ!!」


 この施設のAIMジャマーは起動しているはずだ。でなければ人質になっている結標が何らかのアクションを取ってもおかしくないからだ。
 能力を使えばAIMジャマーの影響で何らかの不都合が発生する。腕が飛ぶなり、足が飛ぶなり。
 しかし、一方通行は目の前に五体満足で立っている。そして、現在進行系で能力を使用している。
 黒い翼というチカラを。

 ――本当にあれは能力なのか?

 佐久は科学者ではない。能力開発に関わる分野に詳しいわけでもない。物理法則に詳しいわけでもない。
 この世の全てのベクトルを操る能力者が、一体何のベクトルを操れば、あんな現象が起こせるのか。
 何一つ思い当たるような事象を佐久は導き出すことができない。
 だが、これだけはわかる。あの黒い翼はまともなものではない。まともな物理法則で動いているものではない。

 理解不能の現象を起こす能力者を目の前にして、ここにいる誰もが動けずに居る。
 同じ仲間のはずの土御門や、人質として囚われている結標はもちろん、相対している佐久や彼の隣りにいる手塩も。
 指一本さえ動かしてはいけない、目を反らしてもいけない、意識を別のものにすら移してはいけない。
 脅迫じみた圧力を感じていた。

 そんな中、一歩前に足を踏み出す者がいた。


 一方通行。


 背筋を曲げながらも顔だけは前を向き、真紅の瞳で佐久を捉えながら。


佐久「――一方通行ァ!! 動くなと言ったはずだがあッ!? こっちには人質がいることを忘れたかマヌケがァ!!」


 思い出したように佐久は叫ぶ。
 そうだ。こちらには最大の防御手段であり最大の攻撃手段である人質がいるのだ。
 一方通行がいくら強力なチカラを振りかざそうが、その事実には変わりない。
 佐久は再びナイフを結標の首筋に突き付ける。


結標「ッ……!」


 力が入りすぎたのかナイフの刃が人質の少女の首筋に当たる。
 裂ける痛みを感じたのか結標は顔をしかめた。
 傷口から赤い液体が首筋を伝って流れ出ていく。

 ゾクリッ、と佐久は背筋に刃物を突き立てられたようなプレッシャーを感じ取った。
 佐久は反射的に一方通行を見た。本能でヤツが発生源だと断定するように。

 一方通行の瞳の赤色が破裂したように広がり、眼球全体を覆っていた。
 目が充血しているとかそんな話ではなく、まるで最初からそうだったかのように染まっていた。


768 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:46:30.00 ID:2z6G7I5Go


一方通行「――――」


 何かをブツブツと呟きながら、ゆっくりと、まるで狙いをつけるかのように、一方通行は左手を目の前にかざした。
 それを見た佐久はブチッ、と血管が切れるような頭で鳴った。


佐久「――だから動くなと言ったはずだろうがッ!! 馬鹿かよテメェえええええええええええええええええッ!!」


 咆哮する佐久。
 その感情は指示通り動かない目の前の少年に対する怒りなのか。
 それとも正体不明のチカラに対する恐怖心からなのか。
 佐久はナイフを握った右手の力を強める。


佐久「わかったわかったいいだろう。そんなに殺して欲しいなら、今すぐここでこの女をぶち殺してやるよおおああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 顔を歪めながら全身に力を入れる。体の全ての動きを結標淡希の首を掻っ切るために適応させた。
 一瞬という時間の間で頸動脈は切り裂かれ、噴水のように血液を噴出するだけの肉塊と化するだろう。


結標「ぐっ――」


 明確な殺意を、死の確定を感じ取った結標は覚悟する。
 目を瞑り、歯を食いしばった。


 ゴリュ。


 どこからともなく、何かの音が鳴ったのをここにいる全員が聞いた。
 その中でも佐久は、どこからその音が聞こえたのかを理解していたような気がしていた。
 ふと、人質を切ろうとしていたコンバットナイフを持った右手を見る。


 手とナイフが融合していた。


佐久「――なっ」


 まるで二色の紙粘土を混ぜてこねくり回したようだった。
 金属のナイフと指が不自然に歪な形で折れ曲がり、絡まるように一つとなっている。
 鉄色と肌色のマーブル模様の物体を認識した佐久は、



佐久「なんだこれァああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 目の前の非現実的な現実に錯乱する。
 人質を投げ出す。左手に持っていた銃を放り捨てる。
 自由になった左手で、右手だった物を抑える。
 意識が飛びそうだった。
 痛覚が潰されてしまいそうだと思えるほどの苦痛から逃避したくて。
 思考が狂ってしまうほどのリアリティーを頭から消し去りたくて。

 そんな佐久に追い打ちをかけるように、次の動きがあった。


769 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:47:34.91 ID:2z6G7I5Go


 ダンッ!!


 見えない何かが佐久と激突した。
 トラックと正面衝突したような衝撃が、佐久の体全体に襲いかかる。
 彼の体はなすがまま後ろへ吹き飛ばされ、後方にあった硬い壁へ背中から叩きつけられた。
 肺に溜め込んだ空気が一つ残らず漏れ出ていく。


佐久「――ごぷっ」


 佐久へ与えられる苦痛はまだ終わらない。
 叩きつけられた体がそのまま壁に磔にされた。その見えない何かに押し付けられて。
 プレス機のように重く、ゆっくりな力で圧迫されて、肉体が壁の中へとめり込んでいく。
 圧力と壁に挟まれ、全身の骨がミシミシと悲鳴を上げる。内蔵が締め付けられて、体の穴という穴から血液が滲み出てきた。

 佐久をただただ破壊するためだけの現象。それを引き起こしているのは間違いなく、


土御門「やめろ!! 一方通行!!」


 土御門はその者を呼ぶ。一対の黒翼を携えた怪物を。
 彼の言葉に一方通行は反応を示さない。


土御門「オレたちとした取引条件を忘れたか!? ここでお前がヤツを殺してしまうと、お前はもう一生戻れなくなってしまう! お前が守りたかったあの世界へだ!」


 『お前は殺すな』。土御門が出した条件。
 その意図は、この一件を終わらせたあとに彼を元の世界に帰すために出したもの。
 汚れ役は自分たちだけで十分だ。土御門はそう考えていた。


土御門「人質となっていた結標は解放された! お前の目的は既に達成されたはずだ! これ以上の行動は何も生み出さない! 無意味なことにチカラを使うのはやめろォ!」


 土御門の必死な説得は、



佐久「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」



 バキィ!! 痛々しい叫びを上げる佐久の後ろの壁に大きなヒビが入った。
 それは謎の見えない力の出力が増幅したことを意味する。


一方通行「etijht壊osa」


 土御門の言葉は彼には届かない。
 理性が跡形もなく粉砕され、破壊衝動に支配された一方通行。
 背中の黒い翼が彼の殺意に呼応するかのように、爆発的に天井へ向けて噴射された。


―――
――



770 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:48:21.58 ID:2z6G7I5Go


一方通行『……ここはどこだ? 俺は何をしていた?』


 一方通行は寝起きのようにぼーっとした表情で辺りを見回した。
 狭い通路のようだった。四、五メートルほどの幅で、長さは端から端まで二〇メートルくらいあるだろうか。
 通路の左右にある壁のようなところには、等間隔で扉のようなものが取り付けられていた。

 先ほどから『のような』と曖昧な表現をしているが、それには理由がある。
 この目に映る景色はたしかにそれらの物だったが、それぞれの物の輪郭がゆらゆらと揺れていた。
 まるで陽炎のようだ。触ったら消えてしまいそうな、本当はここに何もないのかと思えるような。

 曖昧な世界の中には一方通行以外の人がいた。
 いや、人と称するのは間違いかもしれない。その人影一つ一つの輪郭も揺らめいていたのだから。
 人影はたくさんあった。しかし、ほとんどの影は輪郭だけで中身が見えない。黒で塗り潰した塗り絵のシルエットのように。
 そんな中でも、輪郭をぼやけさせながらも色を付けていた影が五つあった。


 一人は肩にかかるくらいの白髪を生やした線の細い少年のような影だった。
 左手を広げ、正面に腕を伸ばして何かに向けてかざしているような格好をしている。
 背中からはドス黒い竜巻のような噴射する翼が一対天井へと伸びていた。

 一人は金髪にサングラスをかけた少年の影だった。
 先ほどの白い少年に何かを喋りかけている様子だった。
 しかし、それに白い少年は見向きもしていない。

 一人は赤髪を腰まで伸ばした少女の影だった。
 床に投げ出されたようにうつ伏せで地面へ横たわっており、無理やり顔を上に上げて白い少年を見ている。
 その表情は、不安や困惑といったものが入り混じったように見える。

 一人は筋肉質で長身な女な女の影だった。
 白い少年の向いている方向。白い少年が手をかざしている方向を見て、恐怖で歪めた表情をしている。

 一人は熊のような大男の影だった。
 通路の端の壁に大の字のような体勢で、何かに強力な力で押さえつけられているように貼り付けられていた。
 苦痛を味わっているのか、白目をむくように目を大きく見開いていて、舌を揺らしながら大口開けて絶叫しているようだった。


一方通行『……そォだ』


 一方通行はそれらを見て、特に最後に目を向けた熊のような大男の影を見てあることを思い出した。
 それは彼の使命。命を賭してやり遂げなければいけないこと。自分の存在意義。
 大男を見つめながら、彼は呟く。


一方通行は『俺は、アイツを殺さなければいけなかったンだ。俺は、アレを破壊しなければいけなかったンだ』


 どういう方法を取ればいいのか。何をすればあの男を壊せるのか。
 彼は何一つ思いつかなかった。
 だから、一方通行はただ一歩踏み出した。壁に貼り付いた大男に向かって。

 すると、ある変化が見られた。
 ただでさえ苦痛で歪んだ男の表情が、さらに大きく歪んだのだ。


771 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:49:15.24 ID:2z6G7I5Go


 一方通行はもう一歩踏み出す。さらに歪む。

 もう一歩踏み出す。また歪む。

 ニ歩、三歩と近付いていく。顔がグチャグチャになるくらい歪む。


 一方通行は理解した。熊のような大男の影を殺す方法は簡単だったのだ。
 ただ近付くだけでいい。近付くだけで彼は苦しむ。
 つまり、一方通行にとって彼はゴールなのだ。彼との距離がゼロになれば、最上級の苦しみを与え、命を奪うことができるだろう。
 だから一方通行は、進む、進む、進む。道中に居る白い少年や金髪の少年、赤髪の少女や筋肉質な女の影たちへ、気を止めることなく一目散に。

 そして、ついにたどり着いた。
 熊のような大男の影を目の前にして、一方通行は足を止める。
 今にでも崩れ去っていきそうな大男の顔を、見上げるように眺めた。
 一方通行の中にある憎悪や憤怒の炎が燃え上がる。なぜこのような感情が湧いてくるのかを彼は理解していない。
 だが、この感情に身を任せること。それが一番正しい判断だと一方通行は思っている。


一方通行『……コレで、終いだ』


 ゲームの終了を告げるように、少年はか細い手をゆっくりと大男の顔へと伸ばす。
 触れてしまえば壊れてしまうだろう。指先がかすっただけで潰れてしまうだろう。
 だからこそ、一方通行は鷲掴みにして握り潰してやろうと、男の目前で手を大きく広げた。


??『――待ってください!!』


 遮るように、誰かの声が少年の鼓膜へ突き刺さった。


一方通行『……あン?』


 差し出した手を引っ込めて、一方通行は体ごと後ろへ振り向く。
 声の持ち主はすぐ目の前にいた。
 少女だった。長い茶髪のストレートヘアを一束だけゴムで束ねて横に垂らしている。
 大きな眼鏡を掛けていて、制服のスカートを膝下まで伸ばしている、一見地味な外見。


一方通行『オマエは誰だ?』


 少女はじっと一方通行を見つめながら、引き締まった表情で答える。



風斬『――私は「風斬氷華」。あなたを止めに来ました』



―――
――



772 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:50:14.90 ID:2z6G7I5Go


 風斬氷華は『正体不明(カウンターストップ)』と呼ばれる少女だ。
 その正体は、学園都市に住む能力者たちが無自覚に発する『AIM拡散力場』が集まり、人の形をとった集合体。
 普段は『虚数学区』というAIM拡散力場が集合して出来た世界に住んでいる。
 虚数学区は学園都市と常に隣り合うように存在する世界だ。風斬氷華はそんな世界を行き来しながら生活している。

 今、彼女が立っている世界はそのAIM拡散力場で出来た世界だ。
 つまり、目の前に立っている一方通行という少年は、その世界に入り込んでしまった迷人ということになるのか。

 現実はそうではない。彼は一方通行ではなく、一方通行の形をしたチカラの塊だ。
 一方通行は今なお現実世界に存在している。破壊衝動のままに行動する戦闘マシンとして。
 意識が吹き飛ぶほどの衝撃を受けた彼の精神が、彼の能力を通してAIM拡散力場へと溶け出して、この世界へと現出させたのだ。
 役割は『殺意の遂行』。佐久という男を破壊する役割だけを与えられたチカラが具現化した人形だ。

 だから、彼の中に残っているのは佐久に対する憎しみと怒りだけだった。


一方通行『俺を止めに来た、だと?』


 一方通行の形をした具現体が顔をしかめた。


風斬『はい』


 風斬は一言だけ返事をし、そのまま続ける。


風斬『やめてください。これ以上、罪を重ねるのは』


 風斬氷華の考えていることは、現実世界で必死に説得していた土御門と同じことだった。
 一方通行を元の居場所へ帰す。
 風斬はかけがえのない友人である少女を、それを取り巻く世界を守るために生きていくと誓っている。
 彼は、その少女にとって大事な存在の一つだ。彼を失うことは彼女の世界を大きく歪めてしまうことに等しい。
 悲しむ少女の顔を見たくない。それが彼の前に立ちはだかる風斬氷華のたった一つの意思だった。


一方通行『俺にコイツを殺すな、って言うつもりかよ』


 風斬の言葉の意味を理解したのか、具現体は噛み砕いて返した。
 少女は静かに頷いた。それを見た具現体が、


一方通行『ふっざけンじゃねェ!! 俺はコイツを殺すためだけにここへ立ってンだッ!! そンな安い言葉を突き付けられてハイハイとやめるわけねェだろォがッ!!』


 目を見開かせながら吠えた。具現体の怒りに反応したのか、彼の輪郭が大きく揺らめく。
 風斬は動じることなく問いかける。


風斬『本当にそうでしょうか?』

一方通行『どォいう意味だ?』

風斬『それが本当にあなたのやりたかったことなんですか? あなたが本当にやるべきことなんでしょうか?』

一方通行『何だと?』


773 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:51:09.08 ID:2z6G7I5Go


 具現体は顔をしかめた。自分の根幹を為す部分を否定されたような気がしたからだろう。
 存在意義を揺らされた具現体は考え込むように口を閉じる。
 風斬は畳み掛けるように、


風斬『あなたは結標さんを救い出すためにここに来たはずです。彼女を守るためにこの場所に立っているはずなんです』

風斬『恨んだ敵を殺すためなんていうそんなつまらない理由で、あなたはここにいるわけじゃないはずなんですよ』


 風斬は視線を地面に横たわった結標淡希の影へ向ける。


風斬『何より、結標さんはそんなことを望んでいないはずです』


 具現体は風斬につられるように結標の影を見る。
 黒い翼を背に君臨する一方通行を見る彼女の顔は、不安や困惑が入り混じったような表情だ。
 圧倒的なチカラで君臨する白い怪物に恐れているようだった。
 しかし、反対にこうとも思える。
 何かの間違いを起こそうとしている少年を心配しているようにも見える、と。


一方通行『むす、じめ……、あわ、き……』


 具現体は何かを思い出したかのように、少女の名前を呟く。
 佐久を破壊する意思しかない、彼の中に守るべきモノの存在が介入した。

 これは賭けだ。風斬が心の中で言う。
 あれは佐久を殺すためだけに生まれた存在だ。それ以外はまったくない負の存在。
 その中に結標淡希という、元々の彼が持っている意思の根幹を担っている正の部分をぶつけた。
 プラスとマイナスが合わさり相殺するように、具現体の中にある殺意を消滅させる。
 そうすることによって、一方通行を正常に戻し、この場を収める。


一方通行『むすじめ、あわき……、結標、淡希……』


 具現体が頭を抱え葛藤する。彼の中の二つの意思がぶつかり合っているのだろう。
 数十秒の葛藤の末、


一方通行『……そォだ。そォだった。俺は、俺は……』


 彼の中に残ったものは。




一方通行『アハギャヒャハハハハハハハハハハハハハギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハァッ!!』




 具現体は笑った。邪悪に。全てを見下したように。
 口の端を引き裂きながら、具現体は風斬を見る。


一方通行『そォだァ! 全部思い出したァ! オマエのおかげで全部思い出したンだァ!!』

風斬『な、なにを……!』


 心のつっかかりが取れたように、具現体は楽しそうに話を続ける。


一方通行『たしかに俺はあの女を守るためにここいるッ! 約束を守るためになァ! だから、あの女に危害を加えやがる存在を排除するために俺は存在するゥ!』


 具現体は壁へ磔にされた佐久の影へと目を向ける。


774 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:51:42.00 ID:2z6G7I5Go


一方通行『コイツはあの女を傷付けやがった、痛み付けやがった、殺そうとしやがったァ!! クソみてェな理由でなァ!!』

一方通行『俺は排除しなきゃならねェ! 守るためにコイツを殺さなきゃいけねェンだ! コイツの存在そのものがあの女の存在を脅かしてンだよ! 俺が壊してやらなきゃ守れねェンだよォッ!!』


 彼の並べる怒りの文言を聞いた風斬は、反論する。


風斬『そんなことをして、彼女が本当に喜ぶと思っているんですか!?』

一方通行『死んじまったら喜ぶことすら出来なくなるンだぞ?』

風斬『ッ』

一方通行『悲しむことも出来なくなれば、怒ることも出来なくなる。そして、一緒に思い出も作れなくなっちまうンだよ』


 今までの荒々しい言葉とは裏腹に、冷静な口調で語る具現体を前に、風斬は言葉が詰まってしまう。
 彼を否定する言葉が見つからなかったからだ。
 違う。彼の言葉に少しでも、つま先の先ほどでも、彼女は心の中で『たしかにそうだ』と肯定してしまった。
 そんな風斬から彼を止められる言葉が生まれるわけがない。


一方通行『俺はもォあの女と離れたくねェンだよ、一緒に居てェンだよ。そのためだったら何だって壊す。誰だって殺す。だから、邪魔するってンならオマエもぶち殺してやる』


 失敗した。風斬は己のミスを悔やんだ。
 結標淡希の存在が彼の殺意を打ち消すどころか、逆に爆発させてしまった。火に油を注いだように。
 マイナスにプラスを掛け算したら、より大きなマイナスが生まれる。
 もう彼を止める手立てなど何も思いつかない。


風斬(……やっぱり、私では駄目だった。あの子たちのようにはできなかった……)


 風斬は二人の少女を思い出していた。
 どうすればいいのかわからず迷い、ふさぎ込んでいた彼へ進むべき道を示した少女たち。
 行動する勇気を持てず、動けなくなった彼へ進むための勇気を示した少女たち。
 あの二人がここにいれば、また違う結果を生み出していたかもしれない。
 しかし、現実は違う。ここには彼女たちは存在しない。存在するわけがない。


 彼を止められる者はここにはいない。


 非情な現実という刃が彼女の心へ突き刺さり、胸が痛む。
 自分の無力さに風斬は下唇を噛む。
 それに気付いた具現体は見透かしたように肩を揺らしながら笑う。
 少女は潤んだ瞳で目の前の少年を睨んだ。

 ふと、風斬は気付いた。
 具現体が揺らしていた肩をピタリと止めたのを。
 歪な笑顔がそのまま固まって、次第に呆然としたような表情へ変化していったことに。


風斬(い、一体何が……?)


 正面にいる具現体の目を見る。彼の目の中には風斬などいない。
 彼は風斬より後ろにある何かを見ている。視線の先を追うように、風斬は後ろを向いた。


 赤い髪の少女が立ち上がろうとしていた。
 歯を食いしばりながら、傷だらけの体にムチを打って、立つこともままならない足へ必死に力を入れて。



 結標淡希が立ち上がった。



―――
――



775 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:52:13.40 ID:2z6G7I5Go


 ふらふらとした足取りでも結標淡希は最短距離を進んでいく。黒い翼を持つ白い怪物へ向かって。
 視界の端にいる金髪の少年が何かを言っているようだったが、今の彼女には何を言っているのかわからなかった。
 それほど疲弊した少女は、歩きながらも考える。
 なぜこんなことをしているんだろう。結標は心の中で小さく笑った。

 こんなにも痛いのに、苦しいのに、疲れているのに。
 だけど、震える足をゆっくりと動かして、一歩一歩たしかに前へと進んでいく。

 こんなにも怖いのに、怖いのに、怖いのに。
 だけど、決して目を逸らすことなく、少年を見つめている。

 自分に何が出来るのかなんてわからない。自分が何をすべきなのかなんてわからない。
 だから、こうやって歩いている。
 
 大層な理由なんてない。ただ、自分がこうしたいと思っただけだ。
 なぜこうしたいと思ったのかなんて自分でもわからない。でも、そう思ったのはたしかに自分だ。
 自覚はなくても、それは紛れもない自分が抱いている想いだということだ。


 そして、結標淡希は辿り着いた。世界で一番嫌いな少年の目の前へ。


結標「あく、せられーた……」


 掠れた声でも、聞こえるように、少年の名前を言う。
 一方通行は反応を示さない。
 左手を前方にかざしながら、背中から一対の黒い翼を噴射し続ける。

 結標の姿がまるで見えていないようだった。
 その赤黒い瞳は目の前の少女ではなく、まったく別のものを見ている。

 結標の声がまるで聞こえていないようだった。
 耳栓でも付けているように、その声へ意識すらしない。

 結標淡希という存在自体を認識していない、そう思えた。
 しかし、


 結標はうろたえない。
 熱を帯びていてろくに働いていない脳みそを無理矢理動かして思考する。
 そして、

 結標は理解した。
 二人の距離が離れすぎているのだ。
 何千キロと離れている相手を肉眼で捉えることが出来ないように。何千キロと離れている相手に肉声を届けることが出来ないように。

 結標は思いつく。
 だったら、距離を縮めてしまえばいい。
 一ミリでも短く、一ミクロンでも先へ。

 結標は迷わない。
 これ以上近付いたら何が起こるかなんてわからない。
 心臓を抉り取られるかもしれない。木っ端微塵に吹き飛ばされるかもしれない。
 そんな怪物に近付くために、少女はさらにもう一歩踏み出した。

 結標は止まらない。
 一歩、一歩と一方通行との距離を詰める。
 そして、目と鼻の先に彼がいる位置へと足を踏み入れた。
 だが、一方通行に変化はない。まだ遠い。


776 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:52:56.78 ID:2z6G7I5Go


 結標は決意した。
 少女は自分の腕を一方通行の首へ回し、引き寄せるように身体を密着させる。
 彼の全てを受け入れるように。彼の全てを迎え入れるように。


 二人の距離がゼロとなる。


 ザザザッ!! 一方通行の背中から噴射する翼が、結標の腕を掠めるように接触した。
 皮膚が剥げ、肉が千切れ、血液が飛び散る。意識を刈り取ってしまいそうな激痛が襲いかかってくる。


結標「一方通行……」


 しかし、結標は臆することなく少年の耳元で囁く。



結標「……もういいわよ、一方通行」


――なぜこんなことを言っているのだろうか。


結標「貴女は十分頑張ったわよ」


――こんな言葉をかけていい資格なんて、私にはない。


結標「これ以上頑張らなくてもいいのよ」


――そんなことは十分わかっている。


結標「こんな辛い思いなんてしなくてもいいのよ」


――けど、そんなことは関係ない。


結標「私はもう大丈夫だから」


――『私』がそうしろと言っているんだ。『私』がそう言えって言っているんだ。


結標「私はちゃんとここにいるから」


――私にとってはそれで十分なんだ。


結標「だから、そんな似合わないこと、無理してやらなくてもいいのよ」


――なぜなら私は、


777 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:54:11.50 ID:2z6G7I5Go




一方通行「がァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」




 怪物が咆哮する。それに呼応するように黒い翼が爆発的に噴射される。
 バキバキィ、と抱き寄せている腕から嫌な音が鳴るのが聞こえた。
 だが、結標はやめない。



結標「だってそうでしょ?」



 顔を耳元から離し、一方通行の顔を正面から見据えて、



結標「面倒臭いわよね? そんなくだらないことをするのって」



 結標淡希は微笑んだ。



 パキンッ、音が鳴った。
 一方通行の背中にあった一対の翼がなくなっていた。あたかもそこには元から何もなかったかのように。
 全てを破壊し尽くすチカラは消え、そこには少年の華奢な背中だけが残っていた。


一方通行「……あ、わ……、き……」


 一方通行の眼球に広がっていた赤色が消えていき、いつもの赤と白の目へと戻る。
 破壊衝動に囚われていた険しい表情は、戒めから解き放たれたような優しく、穏やかなものへと変わった。

 全ての力を使い果たしたのか、一方通行はゆっくりと目を閉じて、全身から力を抜いた。
 そのまま身を任せるように、彼女の腕の中へと寄りかかっていった。
 結標はグチャグチャになった腕を無理やり動かして、眠りについた少年の白髪をそっと撫でる。


結標「おやすみなさい、一方通行」

 
 同時に、結標も力尽きて意識が消失する。
 支える力がなくなった二人の身体は、床へと一緒に崩れ落ちていった。


―――
――



778 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:55:08.49 ID:2z6G7I5Go


 独房前の通路で横たわっている二人を見て、土御門は言う。


土御門「……ほんと、大したヤツらだよ。お前たちは」


 土御門は呆れるように笑った。
 視線をボロボロになった通路の壁や天井へ。床のあちこちで転がっているブロックの兵士たちへ。
 一方通行の殺意から解放されて壁に持たれかかるように座り込んだ佐久へ。そして、土御門の他に唯一この場に立っている手塩へと向ける。


土御門「まだ続けるかい? 『ブロック』」

手塩「…………」


 手塩はリーダーの佐久を見る。
 指一本動かせないのか座り込んだまま動いていない。息遣いの音がかすかに聞こえるから死んではいないのだろう。
 だが、これ以上の継戦は不可能だ。
 手塩は、再び土御門を見る。


手塩「これ以上の戦いは、お互い無意味だわ。認めよう。私たちの、負けよ」


 両手を小さく上げ、手の平を見せて、降参の意思を見せる。
 それを見た土御門が持っていた拳銃を懐へ仕舞い込む。


土御門「そう言ってもらえると助かる」


 携帯端末を取り出し、いくつか操作して電話口に喋りかける。


土御門「――こちら土御門だ。目的は果たした」


 それだけ言って端末の画面を切った。さて、あとは後片付けというくだらない雑用をして任務完了だ。
 土御門は次の段階へと行動を移そうとする。
 瞬間、


 ゾクリッ、と土御門は何かのチカラの動きのようなものを肌で感じとった。


土御門(なっ、なんだ!?)


 まだ何かあるのか、と土御門は警戒心を強める。
 視線をあちこちへと持っていき、そして彼はあるものを目撃した。


 倒れている結標淡希の周りを覆うように、淡い白色をした光のようなものがまとわれていた。
 まるで癒やしの光だ、と土御門はそれを評した。
 見ているだけで心が落ち着く。自分が死線に立っていることを忘れさせるような。
 光は次第に少女を包み込んでいき、そして弾けて消えていった。


―――
――



779 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:55:52.04 ID:2z6G7I5Go


 少年院地下四階にあるエレベーター前の通路は荒れ果てていた。床や壁や天井といった通路にある全ての面はボロボロになっていた。
 巨大な彫刻刀で削り取られたような傷が、鉄球を叩きつけたようなひび割れが、ドリルでこじ開けたような穴が。
 それらのダメージが四方八方へ数多の数見られた。

 そんな中を垣根帝督が肩で息をしながら立っていた。
 口の端に流れる血を手で拭って、


垣根「何でだよ!? 何で倒れねえんだよテメェは!? 必殺の一撃を何発も、何十発もぶつけたはずなんだッ!! 何でテメェは死なずにそこで立ってんだッ!!」


 膝を軽く曲げ、前かがみ気味の体勢になり、ぜぇぜぇと息をする上条当麻へ喚き散らすように聞いた。
 着ている服がボロボロに破け、元々負っていた怪我の傷から再び血が吹き出し、覆っていた白いガーゼや包帯が赤黒く変色している。
 痛めているのか、右手で押さえている左腕が力なく垂れ下がっていた。霞んで焦点の合っていなさそう目でも、しっかりと 垣根を見ながら答える。


上条「……言った、だろ? 絶対に、通さねえってよ。二人の、邪魔はさせねえってな」


 息を交えながら途切れ途切れになっている言葉を聞いて、もう限界なんだと垣根は思った。
 いや、限界なんてとっくの昔に越えているはずだ。
 いつ体が動けなくなってもおかしくない。いつ意識が飛んでもおかしくない。いつ死んでしまってもおかしくない。
 そんな人間がなぜ、未だに垣根帝督の前に立ちふさがっているのか、彼は理解できなかった。

 優勢なのはこちらのはずだ。誰が見ても明らかだ。
 こちらはニ、三発の拳を受けただけだ。素人が喧嘩でやるような稚拙な打撃。
 致命傷なんて一つも貰ってはいない。体力も有り余っている。今からこの建物を滅ぼせと言われれば百回は滅ぼせられるほどに。
 だが、優位に立っているはずの垣根の心臓の鼓動が早くなる。掌が汗で湿る。足が震える。
 まるで追い詰められているのはこちらじゃないか。垣根は歯噛みする。


上条「……どうした?」


 上条が問いかける。


上条「もう、終わりかよ? テメェの未現物質(ダークマター)ってのは、その程度なのかよ?」


 挑発のようなセリフを言う上条。それを垣根は理解が出来なかった。
 なぜこの状況でそんな強気なセリフを吐けるんだ。
 少し小突いただけでぶっ倒れてしまいそうな体で。HP1のゲームのキャラクターみたいな状態で。


垣根「じょ、上等じゃねえかテメェ!! お望み通り全力でぶっ飛ばしてやるよッ!! この建物ごと、俺の未現物質(ダークマター)でなァ!!」


 垣根の背中から六本の白い翼が現れた。
 ガギギギギッ、とその翼は不気味な金属音のようなものを鳴らしながら、後ろへ後ろへ伸びていく。
 一〇メートル、二〇メートル、地下の壁を突き破り三〇メートル、四〇メートル……。
 気付いたら垣根の背中には、一〇〇メートル以上の長さを持つ巨大な翼が出来上がっていた。


垣根「原理はゴムと一緒だ。伸ばせば伸ばすほど力が大きくなる。一〇〇メートル以上伸びた俺の翼はその弾性で途中にある空気や障害物を全部巻き込んで、圧倒的な質量の塊と一緒に前方にあるモン全部吹き飛ばす」


 翼の付け根が唸るような音を上げる。


垣根「テメェの超能力を打ち消す右手は、どうやらチカラによって副次的に起こされる物理現象までは打ち消せねえようだな」


 垣根はこの数分の戦いで得た知識をひけらかす。
 例えば未現物質で作った翼による攻撃は打ち消せるが、未現物質で破壊した壁から飛び散る欠片は打ち消せない。
 だから、翼を引き戻す際に発生する風圧や、それと一緒に飛んでいくガレキは上条には防げない。


780 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:56:39.73 ID:2z6G7I5Go


上条「…………」


 絶体絶命の状況にあるはずの上条は何も答えない。
 ただ、チカラを振りかざそうとする男を見ているだけだった。
 垣根は舌打ちをしてから、



垣根「つまり、テメェは終わりってことだよッ!! クソ野郎がァァあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 未現物質で出来た六枚の翼が急速に縮み始めた。
 遥か後方から大量の空気や破壊した障害物を巻き込むような音が聞こえる。
 全てを吹き飛ばすエネルギーが垣根の前方へと放たれようとされる。


 ゾオォッ、


 瞬間、垣根の全身に悪寒が走った。
 ピタリと収縮する翼の動きが止まる。急ブレーキを掛けられたことによる反動で通路に強い風が巻き起こった。
 風で茶髪を大きく揺らしながら、垣根はゴクリとツバを飲む。背中の翼が粒子となって消える。


垣根(な、なんだ……? 今の殺気はッ……!)


 止めなければ死ぬ。このまま攻撃を続けていたら殺されていた。
 彼の直感がそう悟り、無理やり未現物質の動きを停止させた。
 死ぬ? 誰が?
 殺される? 誰に?
 垣根は見た。



 あらゆるものを叩き潰すようなプレッシャーを放つ、上条当麻を。



 『AIMジャマーのメンテナンスが終わりました。AIMジャマー再起動まで残り一分です。繰り返します――』。

 通路内にある拡声器からアナウンスが流れた。
 その声を聞いた垣根はハッ、と我に返る。
 一分後にAIMジャマーが起動する、つまりタイムリミットがすぐそこに来てしまったということ。


垣根「クソッ!! やっちまったッ!!」


 垣根は自分がやるべきだったことを思い出し、それがもう達成できないということに気付き、激昂した。
 今から一秒で目の前の男を殺し、一秒で一方通行が居る場所へ行けば、まだ五〇秒ほど時間が残るか。
 そんな時間で目的を果たせるのか。おそらく無理だ。そこまで簡単に済む話ではない。


 だったら、任務関係なく一方通行をこちらへ引きずり込んで倒すしかないか。


781 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:57:35.10 ID:2z6G7I5Go


 ピピピピッ、そう思った垣根の携帯端末が音を鳴る。
 その番号は心理定規(メジャーハート)こと獄彩海美が使っている端末の番号だった。
 垣根は首をかしげる。今はスクール内の端末で常に会議モードにしており、誰とでもいつでも会話できるようになっている。
 ただの状況報告だけなら、わざわざ電話をかけてくる必要はない。
 疑問に思いながらも垣根は通話に応じた。


垣根「どうした? そっちの状況はどうなっている?」

海美『…………、かき、ね……?』


 電話口からは海美の声が聞こえた。
 しかしその声は、いつもの彼女の声ではなく、震えていて、か細い感じだった。


垣根「あん? どうしたんだよその声は?」

海美『……ご、ごめん、なさい。わた、したちはし、っぱいよ』

垣根「失敗? 座標移動を取り逃したっつうことか?」

海美『わ、たしたちは、もう、だめ、だから。かきね、はや、くてったい、し、て……?』


 海美の声が言葉を発する度に小さくなっていくような気がした。
 まるでチカチカと点滅して明かりを弱めていく、切れかけの電球のように。


垣根「何言ってんだよテメェ! 俺の質問に答えやがれコラ!」

海美『わたし、ね……あなたに、いっておき、たいことが、ある、の』


 垣根の言葉を無視して、海美は話を続けていく。


海美『あな、たって、ほんと、がき、っぽい、とか……ばか、っぽいとか、さんざん、いってきた、けど』


 最後の力を振り絞るように、


海美『やっぱり、わたしは、あなたのことが――』


 海美の言葉は最後まで聞こえなかった。
 ガシャン、という機器が粉砕されたような音を上げて、通話が終了したからだ。
 彼女の持っている携帯端末が、彼女の身に何かあったのだろう。


垣根「…………」


 垣根はディスプレイに映る通話終了の文字を見て考える。
 暗部にいて殺されるのなんて当たり前のことだ。
 本当にあっさり死ぬ。下部組織の下っ端共はもちろん、同じ正規の構成員だったとしても。
 半年くらい前には正規の構成員として少女が一人いた。無能力者ながら暗殺を得意とする優秀なスナイパーだった。
 そいつはあっさりと死んでしまった。ちょっとした暗部間の小競り合いで、無様に爆殺されて。
 だから、今回の任務で誰かが死ぬなんてことも当たり前のように起こることだろう。
 それは獄彩海美という少女であっても同じことだ。そう、同じこと――。


782 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:58:46.69 ID:2z6G7I5Go



垣根「ふっざけんじゃねえぞあの女ァ!! どうせ死ぬならちゃんと全部セリフ言い切ってから死ねよコラッ!!」



 垣根は投げ入れるようにズボンのポケットに端末を入れて、上条の方へと目を向ける。


垣根「チッ、今日のところは預けておいてやるよ。一方通行の命、そしてテメェの命もな」


 垣根の背中から再び三対六枚の白い翼が出現する。
 力を溜め込むように、下方向へ向けて翼が折れ曲がっていく。


垣根「テメェのことは覚えたぜ? 上条当麻ァ!!」


 ドォンッ!! 垣根は力強く翼を羽ばたかせ、天井を突き破って上階へ飛び去っていた。




上条「……、終わった、のか?」


 上条は呟く。
 垣根が電話でどんな話をしていたのかはわからないが、あの様子ならここにはもう戻ってこないだろう。
 これで二人への脅威は去った。つまり、上条は役割を果たせた、ということだ。


上条「…………あ、れ?」


 それを実感した瞬間、上条の身体に強い疲労感が襲いかかってきた。
 ただでさえ満身創痍の状態だったのにも関わらず、垣根との戦闘でさらに傷を負い、上条の身体は完全に限界を迎えている。


上条(……や、べえ、意識が……)


 上条は硬く冷たい通路の床へと倒れ込んだ。
 そのまま重い目蓋を閉じて、意識が消え、脳を休息状態へと移行させる。


 タッ、タッ、タッ。


 床の上で寝ている上条の元へ、ステップを踏んでいるかのような軽い足音が近付いてきた。
 足音の持ち主は少女だった。
 蜂蜜のような淡い色をした金髪は、肩の辺りからニつに分かれて腰辺りまで伸びている。
 星のような形をした十字が入った金色の瞳。御坂美琴と同じ名門常盤台中学の制服を着用している。
 しかし、その体型は明らかに中学生離れしたものだった。

 少女は上条当麻の元へ立ち、見下ろすように彼を見る。
 数秒だけ彼を見つめて、にへら笑いを浮かべながら呟くように言う。



??「――お疲れ様。ヒーローさん♪」



―――
――



783 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/15(土) 23:59:39.82 ID:2z6G7I5Go


 少年院地下三階。地下四階へと繋がる階段の前の広場。獄彩海美は壁にもたれ掛かるように床へ座り込んでいた。
 彼女着ている綺麗なピンク色のドレスは、見る影もなくボロボロにされていた。
 肩紐が片方切れており、首に付けていたアクセサリーの装飾品の一部が、千切れたのか穴あき状態になっている。
 激しく動き回ったのかサンダルが片方脱げていた。そんな中、一番目立つのは横腹に負っている怪我だろうか。
 大量の血液が湧き出てきているのか、ピンクのドレスはそこだけ真っ赤に染まっていた。
 だらりと下がった彼女の右手の先には壊れた端末と、その部品が撒き散らされている。

 そんな海美を見下ろしている少女がいた。
 黒いパンク系の服で身を包んだ十二歳くらいの少女。少女の左腕は肘から先が無くなっており、先端から赤い液体が床にポタポタと落ちていた。
 その代わりなのか両脇腹へ二〇本近い数のビニール質な義手が取り付けられている。それらはマネキンが球体関節に依らず動いた様な動きで蠢いていた。
 黒夜海鳥。暗部組織『グループ』の構成員の一人であり、先ほどまで海美と交戦していた少女だ。


黒夜「あはぎゃはっ、最後の最後にドラマチックで泣かせるセリフ吐いてくれンじゃねェか。ま、最高のタイミングで端末ぶっ壊してやったから、向こうには届いてねェだろォけどなァ?」


 黒夜は嘲笑う。
 しかし、海美は死んだような目付きのまま、それには反応しない。



 『AIMジャマーのメンテナンスが終わりました。AIMジャマー再起動まで残り四〇秒です。繰り返します――』。



 少年院内に流れるアナウンス。
 それを聞いた黒夜はニタニタと笑いながら、


黒夜「さて、そろそろ私も脱出しねェとヤベェよなァ? 土御門は全部終わったっつってたから、私がここにいる意味もねェし」


 そう言って黒夜は右掌を海美の頭へ向けてかざす。
 シュー、という音とともに掌へ窒素が集まっていく。


黒夜「今からオマエと、あそこで気絶してる誉望とかいうカスへ、サクッと止めを刺してここから脱出するンだけどよォ。オマエは意識まだあるみてェだし、辞世の句とかあンなら聞いてやってもイイぜ?」


 黒夜は後方で倒れている血塗れの状態の誉望へチラリと目配せした。
 少女の持ちかけに対して、海美は瞳だけぎょろりと動かし、掠れたような声で応える。


海美「……くたばれ」

黒夜「最高の言葉だ」


 黒夜の掌に窒素で出来た透明の槍が発生した。
 その槍が射出される。海美の脳天へと目掛けて。


784 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:01:22.36 ID:PU+Tw3fzo


 しかし、その槍は到達する前に吹き飛ばされた。黒夜の小さな体もろとも。



黒夜「ごぱァッ――!?」



 黒夜の横腹へ鈍器で殴られたような重い一撃が叩き込まれた。取り付けられたビニール質な義手の半数が粉砕される。
 薙ぎ払うように打撃を受けた黒夜の小さな体は宙に浮き、二〇メートルほどの長さのある通路上空を飛び、その先にある壁へと叩きつけられた。



??「ったく、誉望も心理定規(メジャーハート)も二人してよお、こんなクソガキに遊ばれてんじゃねえっつうの」



 黒夜を吹き飛ばした男が、海美の前へと立つ。
 震える体を動かして、海美はその姿を目の当たりする。


海美「……かき、ね……?」

垣根「よお心理定規。命拾いしたな」


 憎たらしい笑顔の垣根を見て、海美は薄く笑った。


垣根「時間があんま残ってねえ。さっさとここを脱出すんぞ? もうここは用済みだ」

海美「たお、せたの? だいいちい、は……」

垣根「……聞くんじゃねえよ」

海美「ふふ、ごめ、んなさい……」


 垣根の六本の翼のうち二本が変形する。
 先端が五つに分かれて一本一本が独立して動く。その姿まるで巨大な手だった。
 翼で作られた白い手は、それぞれ海美と誉望の体を包み込み、垣根の元へと引き寄せる。


垣根「全開で上へ飛ぶぜ? あまりに速すぎてションベンちびらせんなよ?」

海美「……ほんと、あなたって、でりかしー、ない、わよね」


 残り四本の白い翼を羽ばたかせる。通路内に爆風が巻き起こる。
 上にある全ての天井を突き破るような勢いで、垣根たちは急上昇していった。


―――
――



785 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:02:32.35 ID:PU+Tw3fzo


 海原光貴は少年院を出て、街の中の歩道を歩いていた。
 息を荒げながら、ふらふらとした足取りで、今にでも倒れそうな状態だ。
 右腕にはノコギリで削り取ったような切り傷があり、着用している白い制服を赤く濡らしていた。

 そんな彼の背中には一人の少女がいた。
 くせ毛がかった黒髪、浅黒い肌色の皮膚、堀の深い顔立ち。
 どこかの学校の制服である、赤いセーラー服を着ている。
 ショチトル。暗部組織『メンバー』の構成員の一人であり、海原が以前いた組織で一緒に居た、同僚であり師弟関係にあった少女だった。

 海原とショチトルはさきほどまで少年院に居て、そこで交戦していた。
 結果は見ての通り、海原が勝利した。
 
 つまらない結末だった、と海原は思う。

 ショチトルは魔術師の一人だ。しかし、彼女は組織の中では非戦闘員という立場であったはずだ。
 そんな彼女が海原を圧倒できるほどの力を振るい、追い詰めることができたのは理由があった。

 魔道書の『原典』、『暦石』を皮膚の内側に記すことで、ショチトルは足りない力量を補っていた。

 それは諸刃の剣の行為だった。だから、すぐに破綻した。海原との交戦中に限界を迎えるという形で。
 戦闘中にショチトルから聞いたことだが、彼女も組織で海原と同様に裏切り者の烙印を押されているらしい。
 その処分として魔導書の力を使う『兵器』として、海原の元へ送り込まれた。まるで使い捨ての銃弾を撃つかのように。

 つまり、ショチトルはここで死亡するはずだった。しかし、現に彼女は生きている。
 限界を迎え、体がバラバラになっていくショチトルを見たとき、海原は思った。


 『彼女をこんなつまらないことで死なせるわけにはいかない。死んでいいわけがない』と。


 だから、海原は彼女を救った。
 正確に言うなら彼の力ではなく、魔導書の『原典』の力で。
 『原典』はその知識を欲する者に対しては力を貸してくれるという傾向があった。
 そこで海原は『原典』を騙すことによって、力を行使させた。

 『前の所有者』であるショチトルが死亡すれば、『次の所有者』になる海原光貴への『原典』の引き継ぎが行えなくなる。

 そう『原典』に思い込ませることにより、ショチトルを救い出すことが出来た。
 救い出したと言っても、かろうじて生き延びさせることが出来たと言ったほうがいいか。
 彼女は肉体の三分の二を引き換えに『原典』の力を手にしていた。そのため、今の彼女の肉体は三分の一だけしか残っていないということになる。
 そんな状態で生きていくことは不可能だ。肉体がなければ生命維持に必要な内臓を保持することができないのだから。
 そこで、『原典』はショチトルを生存させるために擬似的な身体を作り出して、彼女のその三分の二を埋めた。
 ただそれは上から肉を巻き直したようなものなため、きっとこれからの日常生活に支障が出てくることだろう。


海原「ッ………」


 海原は頭を軽く押さえながら、表情を歪ませた。

 ショチトルから『原典』の所有権が消えた。つまり、今『原典』を所有しているのは海原だ。
 彼の頭の中には膨大な知識が流れ込んでいた。それは人が記憶していいものではないとわかる。
 脳みその皺一本一本に砂鉄を擦り込まれたような頭痛を感じ、気を抜けば全身に痛覚が走るからだ。
 『原典』は毒物とはよく言ったものだ、と海原は苦笑いしながらそう思った。

 そんな状態で海原はショチトルを連れ、街の中を歩く。
 先ほどの仲間からの連絡からすれば、『グループ』の任務は既に完了した。
 本当ならこれから後始末やら何やらいろいろやることがあるのだが、今はショチトルのことのほうが心配だ。
 あとでグチグチとサボったことについて小言を言われるだろうな、と考えながらも、いつも真面目にグループの活動に取り組んでいるのだから今日くらい許して欲しい、と海原は素直にそう思った。


 背中にいる少女を救うために、海原光貴は闇夜の街へと消えていった。


―――
――



786 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:03:12.68 ID:PU+Tw3fzo


 第一〇学区の少年院の近くにある路地裏。
 番外個体は一人の男の首を掴んで体ごと持ち上げていた。
 その男は砂皿緻密。暗部組織『スクール』に所属している雇われのスナイパーだ。
 だらりと力なく腕を下げていることから、もう体を動かすような力を出すことが出来ないことを表していた。


番外個体「……はぁ、つまんないの」


 ため息をついてから、番外個体は手に持った砂皿を投げ飛ばした。
 ビルの壁に叩きつけられた砂皿は口から血が混じった息を吐いて、そのまま地面に落ちる。


番外個体「まあスナイパーだし、接近戦は本業じゃないからしょうがないとは思うけど、もうちょっと楽しめると思ったんだけどなー」


 ケラケラと笑う番外個体。
 地面に横たわる砂皿はそれを横目に、


砂皿「殺せ」

番外個体「漫画とかでよく見る『くっ、殺せ』ってヤツじゃん。リアルで言ってる人初めて見たよ。言ったのはかわいい女騎士サマじゃなくてむさ苦しいオッサンだけど」


 適当なことを言いながら、番外個体は腰に付いたポーチを開ける。
 その中から、鉄釘を一本取り出す。


番外個体「ま、安心してくれていいよ。そんなこと言われなくてもちゃーんと殺してあげるからさー」

 
 鉄釘をぺろりと舐めてから、それを指に挟んで砂皿へ向ける。
 バチバチッ、と番外個体の指先に電気が走った。


番外個体「とりあえず礼は言っといてあげるよ。例の『オモチャ』のテストに付き合ってくれたんだからね。その代わりと言っては何だけど、これ以上苦しまないように一瞬で終わらせてあげるよ」


 砂皿の頭部へと狙いを定める。
 番外個体が放つのは能力を用いて鉄釘を磁力で飛ばす音速弾。威力は砂皿が使っていたライフルと大差ない。
 こんな一メートルもない至近距離で頭蓋へ直撃すれば脳みそごと吹き飛ぶ。まさしく、痛みを感じることなく。


番外個体「じゃ、サヨナラ。スクールのスナイパーさ――」


 ダッ、と番外個体は何かが駆け寄ってくるような気配を感じた。
 路地の曲がり角の向こう側からアスファルトを蹴る足音が聞こえる。


番外個体(なんだ? こんな時間からこんな場所でジョギングなんてする酔狂な人は、この街には居ないと思うけど)


 番外個体は意識を砂皿からその気配の元へと切り替えた。
 首だけ動かして路地の曲がり角を見た。足音が大きくなってくる。
 そして、その気配は現れた。


番外個体「なっ……ッ!?」


 番外個体は顔をギョっとさせた。
 その気配の主は女だった。金髪碧眼で足元に転がっている砂皿緻密よりも高そうな長身。
 学園都市ではあまり見ないような成人した西洋人女性だった。
 しかし、番外個体が驚いたのはそこじゃない。
 彼女の手に黒光りしたものが握られていた。軍用のアサルトライフル。
 全長一メートル近い機関銃をこちらへ構えて、引き金に指をかけ、挨拶代わりに発射しようとしてきているからだ。
 狭い路地裏で――。


787 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:04:55.47 ID:PU+Tw3fzo


番外個体「――冗談っ、でしょッ!?」


 番外個体は前方に高出力の電撃を放つ。これは謎の機関銃女への攻撃のためじゃない。
 ドッ!! と高圧電流を浴びた空気が爆発し、番外個体の体が後方へ向かって吹き飛んだ。
 その先にあった反対側の曲がり角の壁へ、左肩からぶつかる。
 ゴキリ、と骨が外れる音が鳴る。変な体勢で激突したから脱臼したのだ。

 だが、今はそんなことを気にしている暇はない。
 番外個体は壁を蹴り、機関銃女から影になる曲がり角へと飛ぶ。


 ダガガガガガガガガッ!!


 狭い路地裏で凄まじい勢いで軍用アサルトライフルがフルオートで連射された。
 ピュン、ピュン、と弾丸があちこちへ跳ね返る音が聞こえる。
 番外個体は頭を抱えて体を丸めた状態で横たわって、被弾面積を狭くする。後頭部の方にある地面に弾が当たる音が聞こえた。
 運が悪ければ死んでるな、と番外個体は思った。

 弾が連射される音が止んだ。番外個体は壁を背にしながら様子を覗う。
 機関銃女は砂皿のところにいた。女は眉をひそめながら、


??????「ちっ、やっぱりただの機関銃じゃ決定力がなさ過ぎですね。いつもの軽機関散弾銃ならぱぱっと殺れたはずなんですが」

砂皿「そ、その声……まさか」


 倒れている砂皿を見て、機関銃女は嬉しそうな顔で喋りだした。


??????「お久しぶりです砂皿さーん! 間一髪でしたね!」

砂皿「『ステファニー=ゴージャスパレス』か?」

ステファニー「はい! あなたのかわいい愛弟子ステファニーですよ!」


 ステファニー=ゴージャスパレス。砂皿いわく彼女はそういう名前らしい。
 聞いたことない名前だ、と番外個体は大したデータの入っていない頭の中を検索して思う。
 あの二人の会話からして知り合いか何からしい。何なら知り合い以上の雰囲気を感じる。
 というか、知り合いがぶっ倒れている路地裏でアサルトライフルを乱射したのかあの女は、と番外個体は自分でも驚くくらい引いていた。
 ステファニーの視線が番外個体の居る方へと向けられる。


ステファニー「さて、そこに隠れている子ネコちゃん。悪いですが砂皿さんはやらせませんよ?」

番外個体「ステファニー=ゴージャスパレス、だっけ? あなたは一体何者なのかな? そこに転がっている砂皿緻密と同じ『スクール』に雇われた殺し屋さん?」

ステファニー「『スクール』? ああ、今砂皿さんが雇われている組織の名前がそんなでしたね、たしか」

番外個体「違うってことは、ほんとに何なのさ? 関係者でもないのに何でこんなところにいるわけ?」

ステファニー「ちょっとお仕事で学園都市に来る用事がありましてね、そのついでに砂皿さんの様子を見に来たら、って感じですかね?」

 
788 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:05:41.30 ID:PU+Tw3fzo


 「あっ、不用意に仕事のことを言っちゃいけないんでしたよね」とステファニーはおとぼけた感じで誤魔化す。
 砂皿へ目を向けて頭を掻きながら誤魔化し笑いをしているところからして、さっきのセリフは番外個体へ言ったものではなかったのだろう。
 なにはともあれ、番外個体がやることは決まっていた。


番外個体「あなたが何者かはよくわかんないけど、邪魔するって言うならあなたも黒焦げになってもらう、ってことだけどそれでオッケーかなー?」

ステファニー「それで構いませんよ。別にお友達になろうと思ってあなたとお話しているわけじゃありませんし」

番外個体「へー、言葉の節々に余裕を感じるね。ちょっとイラっとするよ。そーいうのはミサカの専売特許なんだけさー」

ステファニー「そう思えるのはあなたがビビってるからじゃないですか?」

番外個体「なに?」


 番外個体は眉を少し吊り上げた。


ステファニー「たしかにあなたは強いんでしょうけど、まだまだ戦闘経験が足りてなさそうです。そんなガキに殺られるほど私は弱くはないですよ」


 舐めやがって、と曲がり角の先でしゃがんだ番外個体は右手に電撃をまとわせながら構える。
 早撃ち勝負だ。ヤツのアサルトライフルが早いかこちらの電撃が早いか。
 こちらはこの一撃で殺す必要はない。痺れさせて動けなくさせてしまえば、あとはどうとでもなる。
 そう考え、番外個体は曲がり角を飛び出そうとする。

 カポン、という空気が抜けたような音が聞こえた。

 ふと、番外個体の視界にフィルムケースくらいの大きさの黒い筒状の物が飛んで来るのが見えた。
 彼女の卓越した動体視力と学習装置で得ていた軍事知識があの物体が何かを瞬時に判断する。


 グレネードランチャーの弾頭。

 
 路地裏に轟音とともに爆風が巻き起こる。
 路地に置いていたゴミ箱が中身ごと吹き飛ぶ。ビルやアスファルトの地面が揺れた。通路の中が黒い煙で埋め尽くされる。


789 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:08:02.63 ID:PU+Tw3fzo


 しばらくしてから、黒煙が晴れた。
 路地裏の通路は壁と地面の三方が焼け焦げていた。建物で囲まれているような閉鎖された空間のため焼けた臭いが充満している。
 そんな中、一人の少女が現れた。


番外個体「――ったく、信じらんない! こんな密閉空間でグレネードぶっ放すなんて頭イカれてんじゃないの!? 自爆したいなら勝手にしてろっての!」


 プンスカと番外個体が怒っていた。
 彼女は先ほどの銃撃を回避したときのように、空気を高圧電流で爆破して水平方向へ飛翔し、爆発から離れていた。
 しかし、多少は巻き込まれたようで、体の至るところに焦げ跡のようなものが残っている。


番外個体「とりあえず、あの二人の死体は回収しとかなきゃだよね……ありゃ?」


 曲がり角を曲がった先を見る。そこは砂皿緻密が横たわっていた場所で、ステファニー=ゴージャスパレスが機関銃を持って立っていた場所でもあったはずだ。
 だが、そこには二人の影の形すらなかった。バラバラになって体の部位の一部が落ちているとか、そういうものも見られない。
 跡形もなく木っ端微塵に吹き飛んだのか、と考えたがグレネードランチャーの爆発にはそこまでの威力はない。それは見た限り明らかだった。
 つまり、


番外個体「逃げるための目眩ましも兼ねてのグレネードだった、ってことか」


 まんまとしてやられて逃げられた。その事実を認識して番外個体は二人の居たはずの空間をぼーっと眺めた。


番外個体「……はぁー、まあいっか。あっちのほうはもう任務完了しているわけだし、こんなくだらない残業をやる必要性なんてミサカにはないからねー」


 誰かに話しかけているような声量で独り言を言った。
 元々、彼女はそこまで任務に精を出しているような少女ではない。今回もそこまで力を入れて任務を行っているわけじゃなかった。
 面倒臭そうに辺りを見回した後、体を路地裏の出口の方向へと向ける。

 『まだまだ戦闘経験が足りてなさそうです』。

 ふと、ステファニーの言った言葉を思い出した。


番外個体「…………チッ」


 少女は舌打ちして、脱臼した左肩を抑えながらこの場を後にした。


―――
――



790 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:08:45.05 ID:PU+Tw3fzo


 『メンバー』との戦いを終えた木原数多たちは後始末をしていた。
 壁や天井がボロボロに崩れて廃墟とかした倉庫の中には、コンテナだったと思われる鉄屑やスクラップと化した高所作業車が棄てられたように転がっていた。
 数多の周りには大勢の人影が集まっている。軍用のヘルメットに暗視ゴーグル、防弾チョッキといった装備を身に着けた風貌をしている者たちだ。


数多「さーてお前ら、面倒臭せぇお片付けの時間だ。三〇分以内に終わらせろ。じゃねーと殺す」


 数多の無茶苦茶な指示に「はい」と一言だけ返事をして、装備を身に着けた者たちは間髪入れずに行動を開始した。
 彼らは木原数多の経営するなんでも屋『従犬部隊』の従業員だ。
 ほとんどが元々『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』という暗部組織に所属していた者たちなため、こういった裏の後始末といった仕事は下手な事務作業より慣れ親しんでいた。
 作業を始めた従業員たちを背にし、数多は倉庫から出ていくように歩き始める。それに 付いていくように円周も数多の横へ付く。


円周「ねえねえ、数多おじちゃん?」

数多「あ?」

円周「打ち止めちゃんは大丈夫なの?」


 円周は数多の背中の方を見ながら聞く。そこには打ち止めという少女がいた。
 木原数多に背負われる形で、少女は体を背中に預けてすやすやとした感じで安らかな表情で眠っている。


数多「ああ。あのジジイがナノマシンの停止コードを持っていたから即座に治療できた。ニ、三時間もすればいつもどおりのうるせぇクソガキに戻るだろうよ」

円周「ふーん、なんでそんなもの持っていたんだろうねー」

数多「大方、このガキを人質として使うための交渉材料の一つとして用意してたんだろうよ。ま、俺からすりゃこのガキが死んだところでなんとも思わねえから、無駄な準備だったっつーことなんだけど」

円周「まーたおじちゃんがツンデレ発言しているよ。オッサンのツンデレほど見苦しいものはないよねー」

数多「言ってろ」


 倉庫の出口を通り、二人は外に出た。
 まだ日が昇っていない時間帯のため、街中は暗闇に包まれている。
 円周がお腹を抑えながら、


円周「数多おじちゃんお腹すいた。朝ご飯はハンバーガー食べに行こうよ。マ○ク行こうマ○ク」

数多「あ? 別にいいけどよ。今から行ってもまだ開いてねえだろうし、開いたとしてもハンバーガー売ってねえだろ時間的に」

円周「うーん、世知辛い世の中だねー」

数多「その程度のことで世の中とか語ってんじゃねえよクソガキ」


 今日の朝食について会話しながら歩いている二人がいる方向へ、走ってくる足音が一つあった。
 深夜徘徊している老人にしては若々しい足取りだし、ジョギングしているにしては足音と足音の間隔が短い。
 その足音が一〇メートルほど先にある建物の前で急に止まる。まるで捜しているものが見つかったかのように。


791 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:09:30.52 ID:PU+Tw3fzo


??「ちょっとアンタたちッ!!」


 足音の主は、荒々しく二人を呼び掛ける。
 呼ばれたから数多と円周はそちらへ向く。
 円周がその人物の顔を見て少しだけ目を見開いて、


円周「あっ、美琴ちゃんだ! おーい!」


 そこにいたのは、木原数多が背負っている打ち止めと似た顔付きをした中学生の少女。
 御坂美琴だった。
 手を大きく振って円周は存在アピールをする。それを見た美琴はキョトンとした感じで、


美琴「あれ? アンタってたしか、一方通行と一緒にいた円周とかいう……」


 知り合いかつ同世代くらいの女の子の出現に美琴は面食らっている様子だった。


数多「おーおー、随分と遅めの登場じゃねえか超電磁砲(レールガン)? こっちは全部終わっちまったぜ?」

美琴「アンタは?」

数多「木原数多」

美琴「『木原』……」


 美琴が嫌なことを思い出すように眉をひそめる。
 

美琴「もしかして木原幻生やテレスティーナ・木原・ライフラインと親戚だったりする?」

数多「そうだとも言えるし、そうじゃないとも言えるな」

美琴「誤魔化してるつもり?」

数多「事実を言っているだけだ」

美琴「……はぁ、まあいいわ」


 美琴がため息交じりに続ける。
 

美琴「アンタね? 私の携帯にこのメール送ってきたのは」


 そう言って美琴はポケットから携帯電話を取り出し、画面を突き付けた。
 そこには未登録のメールアドレスで送られてきたメールが表示されている。
 アドレスの中に書かれている前半の文字列は『mika-arahata』。ミカ・アラハタ。人名のようだった。


美琴「『mika-arahata』っていう名前は『amata-kihara』を並び替えたアナグラムね?」


 数多は小さく笑う。


792 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:10:35.67 ID:PU+Tw3fzo


数多「正解だ。さすがは超能力者(レベル5)のガキなだけある。こんな子ども騙しくらいじゃ秒で解いちまうか」

美琴「メールに書かれていたのは座標だったわ。ここ第一〇学区のある場所を指したね。そこに行ったら打ち止めをさらったロボットを制御していた男がいた」


 美琴は数多たちの後方にある、廃墟と化した倉庫を見た。
 あちこちから煙が上がっている。ついさっき壊されたのが明らかにわかる光景だった。
 そして、視線を木原数多の背中にいる打ち止めへと移す。
 美琴は目の端を吊り上げた。


美琴「まんまと私を利用しやがったってことね?」

数多「思い上がってんじゃねえぞクソガキ。テメェがいなかったとしても、結果は変わらねえよ」

美琴「だったら、何で私にこんなメールを送ってきたのよ!」

数多「このガキを無様に奪われたことでテメェが溜め込んだ、ストレスを発散させられる場所を提供してやっただけだよ」

美琴「ぐっ」

円周「とか言ってるけど、ほんとは美琴ちゃんを助けてあげようとしてただけなんだよねー。いやーツンデレツン――」


 ゴッ、と円周の頭頂部に拳が振り下ろされた。数多が黙らせるために放った鉄拳。
 脳みそに直接突き刺さったような痛みを感じながら、円周は唸り声を漏らしながら頭を抑えてしゃがみこんだ。


数多「そういうわけだ。子守しようと思ってんならもう少し大人にならねえとなぁ?」

美琴「……たしかにアンタの言う通りよ。私は甘かった。もう少しちゃんと守れると思ってた。でも、現実はそうじゃなかった」


 うつむきながら美琴は吐き出すように言葉を連ねた。
 そして、何かを決心したように顔を上げて、


美琴「だから、今度は絶対に失敗しない! そのためにもっと強くなる! 誰だって守れるように、誰だって助け出すことが出来るように!」

数多「そうかよ」


 数多は適当に返事をした。心底興味のなさそうな様子だった。
 そんな彼を美琴は睨みながら、


美琴「ところでアンタはその子をどうするつもりなのかしら?」


 バチッ、と美琴の体表面に電気が走った。


美琴「見たところ科学者、って感じだけど。もし、打ち止めを何かの研究材料として使おうって言うつもりなら――」

数多「しねーよ。そんな面倒臭せぇこと」


 美琴が何かを言い切る前に数多は否定した。
 そう言った数多はゆっくりと歩き出した。立ちはだかっている美琴のいる方向へと。


793 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:11:30.42 ID:PU+Tw3fzo


美琴「なっ、なによやる気ッ!?」

数多「たしかにこのガキの利用価値は高けェよ。多種多様の方面へと影響力がある。コイツを利用した実験の企画書を集めただけで、マンションの一フロアが埋まっちまうほどにな」


 美琴の前へとたどり着く。二人の視線が交差する。
 数多はまるで虫でも眺めているような目で少女を見下ろしながら、


数多「けど、利用価値がある存在だからって、それが俺にとってメリットがあるものとは限らねえわけだ。そんなモンにわざわざ割いてやる時間なんてないってことよ。わかるかなーん?」

美琴「じゃあ、なんでアンタはその子を助けたのよ?」

数多「決まってんだろ」


 数多は背負っている打ち止めの体を一度降ろし、背中と膝の裏を支えるように横向きで持ち上げて、美琴の前に差し出すように持っていき、


数多「くだらねえ仕事だよ」


 面倒臭そうに数多はそう答えた。
 差し出されたため、美琴は自然な流れで打ち止めを受け取ってしまう。
 その様子を美琴は唖然とした様子で眺めていた。


数多「おい円周! 行くぞ!」


 打ち止めを引き渡したことを確認した数多は帰路に付くため歩き出す。
 はあい、と円周は気の抜けそうな返事をして小走りで付いていく。

 小さくなっていく二人の背中を見て、美琴は反射的に呼び掛ける。


美琴「――アンタたちは一体、何者なのよ!?」


 木原数多は足を止めた。
 首だけを後ろへ向けて、答える。




数多「『従犬部隊(オビディエンスドッグ)』。ただのなんでも屋さんだ」




――――――


794 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/16(日) 00:12:22.87 ID:PU+Tw3fzo
いよいよ次回で蛇足編最終回
蛇足のくせにいつまでグダグダやってんねんって話やで

次回『S11.未知の世界へ』
795 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:26:56.34 ID:7SptLiMdo
うおお最終回だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ1!!!!!!!!!!!!

投下
796 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:27:36.83 ID:7SptLiMdo


S11.未知の世界へ


 一方通行はゆっくりと目を開ける。去年の秋頃に嫌というほど見た天井がそこにあった。
 
 
一方通行(……病院だァ?)


 彼は今、とある病院内にある病室のベッドの上にいた。
 入院着に着替えさせられていることから、現在入院中なのだろう。
 辺りを見回すと、他にはベッドがない。個室だ。
 こんなクソ野郎と同室になりたいなどという奇特なヤツは居ないから当然か、と一方通行は鼻で笑った。
 
 窓の外を見る。太陽の位置からして昼過ぎといったところか。
 いつもならこのまま昼寝を続行しようと思うような時間帯だが、そんな気分には到底なれなかった。
 なぜなら、自分が今どういう状況に置かれているのか、まったく理解できていないからだ。
 
 ガララ、と病室の引き戸を開く音が聞こえた。誰かが入ってきたようだ。
 一方通行は寝転んだまま視線を入り口の方へ動かした。


土御門「よぉーす、アクセラちゃーん。元気ー?」

一方通行「……土御門か」


 クラスメイトであり、暗部組織『グループ』のリーダーでもある土御門がニヤニヤしながら歩いてくる。


土御門「ほい、これお見舞い。なに買えば喜ぶのかわからんかったから、適当に缶コーヒー買ってきたぜよ」


 そう言ってベッドの横に置いてあるテーブルへ、大量の缶コーヒーが入ったビニール袋を乱雑に置いた。


一方通行「チッ、ンなモンどォでもイイ」


 吐き捨てるように言って、一方通行は上半身を起こした。
 そして、目の前の少年に問いかける。
 

一方通行「教えろ。わかっていること全部。今どォいう状況だ? 一体どォなってンだ?」

土御門「…………」


 先程まで呑気で飄々としていた土御門の表情が変わった。冷静な暗部の土御門へと。
 病室に置いてあった丸椅子に座り、ゆっくりと口を開ける。


土御門「……さて、何から話そうか」

一方通行「今はいつだ?」


 間髪入れずに聞いた。
 
 
土御門「四月六日の午後三時過ぎだ。あの件から半日近い時間が経過しているということになるな」

一方通行「半日、か……」


 いつもの自分なら平常時の睡眠時間だな、と笑って流すところだが今は違う。
 結標淡希を取り戻すために少年院へ侵入してから一一時間強経過しているのだ。
 つまり、それだけの時間、現場を放棄していたということになる。
 だから、一方通行はすぐにそれを聞く。


797 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:28:13.39 ID:7SptLiMdo


一方通行「結標はどォなったンだ? アイツは助かったのか?」


 白い少年の真っ赤な瞳が土御門を見つめる。
 それに対して土御門は、
 
 
土御門「結標は無事だ。オレたちグループが保護した。今のお前と同じくここへ入院しているよ」


 ニヤリと笑ってそう答えた。
 

一方通行「そォか」


 一方通行は呟き、視線を下へと落とした。
 ひとまず彼女の安全が確認できたことで、安堵しているのか軽く息を吐いた。
 しかし、彼の表情の中には疑問のような色が残る。
 その疑問を察したように土御門が、
 

土御門「あのとき、お前の意識がない間に何があったのか……聞きたいか?」

一方通行「…………」


 土御門が言うように、たしかに一方通行はあの現場での記憶が途中から消えていた。
 気付いたら病院で寝ていたとか、そんな感じだ。


一方通行「……そォだな。ま、どォせ聞いたところで、ロクな答えなンざ返ってこねェだろォがな」
 

 馬鹿にしたように口角を上げる。
 どうせ敵にぶん殴られて無様に気絶したとか、そんな答えが返ってくるのだろう。
 しかし、土御門から返ってくる言葉をそうではなかった。


土御門「お前は能力を暴走させていた。自分の意識を飛ばしてまでな」

一方通行「暴走?」

土御門「ああ。背中から黒い翼が出現して、目に見えない何かのチカラを操って佐久を殺そうとしていた」

一方通行「黒い翼だァ? ハッ、くっだらねェ。どっかのメルヘン馬鹿じゃねェンだからよォ。そンなモンが俺から出てくるわけねェだろォが」


 一方通行は鼻で笑った。
 彼の能力はあくまでベクトル操作。力の向きを変えるだけのチカラ。
 そんな黒い翼などというファンタジーのようなものを生やしたり、念動力の真似事のようなことなどできやしない。
 適当なことを言ってからかっているのだろう、と一方通行は信じなかった。
 しかし、


土御門「…………」


 土御門は至って真面目な顔をしていた。サングラスの奥の瞳がこちらを見据えている。
 冗談を言っているような雰囲気が、欠片も見られない。
 
 
一方通行「……チッ、俺も随分と化け物らしくなってきたじゃねェかよ」


 一方通行は舌打ちした。本当にくだらないモノを見たときのように。
 これ以上、この話を広げても無駄だろう。そう思った一方通行は話題を変える。


798 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:28:53.64 ID:7SptLiMdo


一方通行「で、俺と結標はこれからどォなるンだ?」

土御門「どう、とは?」


 土御門が首をかしげる。
 

一方通行「俺もアイツも裏の世界にドップリと浸かっちまった。俺は『グループ』っつゥ暗部組織に協力し破壊工作をした。結標は研究施設や少年院を襲撃した犯罪者だ」

一方通行「そンなクソッタレどもが、これから真っ当な生活が送れるだなンて到底思えねェ」


 どちらも重い罪だ。通報されれば警備員(アンチスキル)等の治安維持組織が拘束しようと飛んで来るだろう。
 そうなれば、少年院に長い期間放り込まれてもおかしくはない。
 
 
土御門「ま、そこんところは心配しなくてもいいぜよ」


 そんな重苦しい質問に、土御門は軽い感じで答えた。
 一方通行が目を細める。


一方通行「どォいうことだ?」

土御門「お前ら二人とも、無罪放免。表の世界へ逆戻り、ってわけだ。よかったな」

一方通行「……オイオイ、ナニ寝言抜かしてンだテメェは?」

土御門「まだまだ寝るには早すぎる時間だぜい」


 何を言っているんだコイツは、と一方通行は彼が言ったことに対して理解が追い付かなかった。
 アレだけのことをしてきた人間が無罪? ありえない。許されるわけがない。
 そんなことを考えている少年に気にすることなく、土御門は話を続ける。
 

土御門「まずは今回起きた一連の事件についてだが、『ブロック』が主犯格ってことになって話が落ち着いているようだ」

一方通行「主犯格? 襲撃自体を行ったのは結標だろォが」

土御門「そもそもブロックが動かなければこんな事件が起きなかっただろう?」

一方通行「たしかにそォかもしれねェが、そンなモン傍から見れば関係ねェ話だろォが。例えば、脅されたから人を殺した殺人犯は罪を負わねェのか?」


 結標淡希に至っては脅されたわけではない。
 外的要因で記憶を蘇らせられたとはいえ、そこから先は自分の意志で動き、今回の事件を起こしている。
 情状酌量の余地など存在しないはずだ。
 
 
土御門「……たしかにお前の言う通りだ」


 土御門は賛同するように返した。
 だが、と続ける。
 

土御門「それはあくまで表の世界の常識だろう? 裏は違う。表の常識なんて通用しない。それはオレたちにとってマイナスの要因でもプラスの要因でも、な?」

一方通行「言っている意味がまるでわからねェぞ? 俺たちが無罪になっている理由を説明しやがれ!」

土御門「わかったわかった。順を追って説明するつもりだから、そう急かすな」


 今でも飛びかかっていきそうな一方通行を手で制しながら、土御門は説明を続行する。


799 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:29:53.71 ID:7SptLiMdo


土御門「ブロックは結標淡希を使い、『空間移動中継装置(テレポーテーション)計画』を実行することにより学園都市上層部を潰そうとした。それを知ったお偉い様方は現在進行系で大騒ぎしているところだ」

一方通行「どォして今さらそンなことで騒ぐンだ? 学園都市にはヤバい技術で作られたような兵器が山程あるだろォが。今さら誰でもボタン一つで長距離テレポート使えますよ、っつゥ装置が出来たところで兵器が一種類増えたとしかならねェンじゃねェのか?」

土御門「その誰でも使えるって点が問題なんだ。地球上のどこにでも核爆弾を転移させることが容易にできる装置だからな。そんなものを敵対勢力に奪われてでもみろ、逆にこちらが大きな被害を被ることになる」

一方通行「ハッ、なるほどねェ。核シェルターの中に身を隠そうが、地球の裏側に逃げようが無駄。上のカスどもはそンな逃げ場のねェ状況を想像しちまってブルっちまったっつゥところかァ?」


 ニヤニヤと口の端を裂かせる一方通行を見て、土御門も口角を釣り上げる。
 
 
土御門「そういうわけで、だったら最初からそんなもの作らなければいいだろ、ってことでこの計画自体が完全に凍結された。それに伴い、結標淡希捕獲命令も取り下げられた。元々この計画のために結標を狙っていたらしいからな」

土御門「そして今頃楽しく犯人探しをしていることだろう。こんな計画を承認をした統括理事会のメンバーは一体誰なんだ、ってな。汚らしい人狼ゲームだよ」


 土御門は吐き捨てるようにそう言った。


一方通行「……あン?」


 一方通行が何かに気付いたように眉をひそめる。
 
 
一方通行「上のクソ野郎どもが馬鹿みてェにハシャイでンのはわかったが、結局俺らはどォして無罪になったンだ?」

土御門「そうだったな。それに関してはさっきの話に付随する形になる」

一方通行「付随?」

土御門「ああ。さっき計画が凍結されたと言っただろ? あれは実は間違いで、正確に言うなら計画を隠滅させようとしている、と言った方が正しい」


 ハァ? と一方通行は疑念の声を漏らす。
 
 
一方通行「一体、上のヤツラはナニがやりてェンだ? 今さらそンなモンをもみ消したところで何のメリットがあるってンだ」

土御門「メリットならあるさ。お前は覚えているか? ブロックがどうやって例の計画を実行に移そうとしたのかを」

一方通行「外部のアンチ学園都市の組織と連携してだろ? それがどォか……いや、待てよ」


 一方通行が頭に手を当てながら考え込む。
 学園都市と外部との技術力の開きは数十年と言われている。
 そんな技術力が圧倒的に劣っている外部組織に、ブロックは連携を持ちかけて計画を実行しようとした。
 つまり、
 

一方通行「外の技術でも実現可能な計画、っつゥことか?」

土御門「そういうことだ。素体となる結標淡希さえ居ればあとはどうとでもなるような計画。そんなものをいつまでも残しておくわけにはいかないだろ?」

一方通行「それで計画自体をなかったことにして、外部への情報流出する可能性を完全にゼロにしよォってか」

土御門「そう。だから、様々な暗部組織が今その情報の処分に駆り出されているところだ。と言っても、扱うモノがモノだからオレたちクラスのトップシークレットのヤツらだけだがな」

一方通行「それが撤回した結標の捕獲命令の代わりってことかよ。相変わらずクソみてェな雑用ばっかで楽しそォだねェオマエら」

土御門「なんなら一緒にやるかにゃー?」


 「死ねよクソ野郎」と呆れたような表情で一方通行は言った。
  

800 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:30:36.30 ID:7SptLiMdo


土御門「ま、そういうわけだから、ブロックの野望を打ち砕いて計画の流出を未然に防いだ、オレたち『グループ』へ莫大な報酬が入ったわけだ。報酬という形を取ってはいるが要するに口止め料だな。計画を口外するなっていう」

土御門「さらに言うなら、おそらくこの計画は結標を追っていた他の暗部組織も掴んでいたはずだ。連中も同様にそれなりの口止め料はもらっているだろうよ」


 たしかにそうだな、と一方通行は思った。
 自分程度でも入手できた情報だ。他の暗部組織の者たちが持っていないわけがないだろう。
 そんなことを考えている一方通行を見ながら、土御門が続ける。
 
 
土御門「それはもちろん、お前たちも一緒だ」

一方通行「俺たち? 俺と結標のことか?」

土御門「そうだ。お前たちもあの計画についていろいろと掴んでいた。だから、お前たちの持っている情報も処分の対象になっている」

一方通行「情報を持っている俺たちが抹消リストに載っているっつゥことかァ? ソイツは愉快で笑える展開だな」

土御門「逆だよ」


 土御門は小さく笑う。
 
 
土御門「このことは一切口外しないかつ、持っている情報を全て献上する。その条件を飲むことでお前たちにも口止め料が支払われる」

一方通行「……そォいうことか」


 一方通行は理解した。
 彼の言いたいことが。自分の質問に対する答えが。


一方通行「その口止め料っつゥのが、俺たちが行ったあらゆる悪行の免責、ってことか」

土御門「御名答。お前たちの持っていたデータは全てこちらで引き払っておいた。お前たちは自由の身だよ」


 自由の身。そう言われても一方通行は特に実感が湧くことはなかった。
 むしろ、彼の性格からしたら、逆に疑念のようなものが湧いてくる。
 だから一方通行は目の前の少年を睨みながら、
 
 
一方通行「ンなクソ甘めェ言葉ァ吐かれて、ハイハイと信じられるわけねェだろォが」

土御門「…………」

一方通行「俺は知っている。暗部がそンな簡単なモンじゃねェっつゥことをな。あの計画をなかったことにしてェっつゥのはわかるが、それだけで俺たちを手放すことなンざするわけがねェ」


 食って掛かるように前のめりになり、
 
 
一方通行「例えば、俺の場合は妹達を。結標の場合は少年院に収監されている仲間たちを。ソイツらを人質にして俺らを手中に収めるなンてこと、ヤツらは平然とやってきてもおかしくはねェ」

一方通行「さらに言うなら、結標はその計画になくてはならない重要人物だ。計画のことを知ろうが知らまいがアイツがいなきゃ話にならねェくらいのな」

一方通行「そんなヤツを野放しにしておくなンて選択肢を、あのクソ野郎どもが取るはずがねェンだよ」


 土御門はため息を付く。
  

土御門「ああ、たしかにお前の言う通りだ。現にお前らから人質を取って管理下に置こうとしている強硬派もいた。それは紛れもない事実だ」

一方通行「当たり前だ。それが学園都市のクソッタレな闇っつゥモンだからな」

土御門「だが、それはある人物がその者たちへ圧力を掛けたことにより抑えられている、って話だ」

一方通行「誰だソイツは?」

土御門「統括理事会の中の一人、貝積継敏だ」

一方通行「貝積だと……?」


801 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:31:36.50 ID:7SptLiMdo


 その名前を聞いた彼の頭の中に真っ先に浮かんだのは、統括理事会の一員である老人の顔ではなく、一人の女の顔だった。
 一方通行は口の端を歪める。
 

一方通行「チッ、そォいうことか。あのクソ女め、余計なことしやがって」

土御門「ちなみにそのクソ女さんから伝言を預かっているぜい」

一方通行「伝言だと?」


 土御門がごほん、と咳払いをする。
 

土御門「『卒業式前日のときの借りは返したけど。これでもう貸し借りなしってことだから、次何かやりやがったらもう知らんけど』だとさ」

一方通行「……馬鹿かコイツ。あンなくだらねェ進路相談のお返しで、統括理事会の一人を動かしてンじゃねェよ」


 一方通行は全身の力を抜いてベッドに倒れ込んだ。
 まるで気が抜けたように、不貞腐れたように寝転ぶ。
 

土御門「じゃ、オレはそろそろ行くとするよ。せいぜい、ゆっくり休むことだな」


 そう言いながら土御門は病室を出ていった。


一方通行「……チッ」


 ドアが閉まり、少年が出ていったあと、一方通行は忌々しそうに舌打ちをした。
 彼との話をしている中で、あることに気が付いてしまったからだ。
 結局、自分は彼女との、結標淡希との『約束』を果たせていないのではないか。
 
 土御門の話を全て鵜呑みにすれば、結標淡希は闇の世界から救い出されたことになる。
 それは一方通行にとっての目的でもあるため、願ったり叶ったりのことだ。
 しかし、それは一方通行の功績ではない。土御門を始めとした『グループ』や、統括理事会の一人を裏から動かすことができる女が与えてくれたモノ。
 一方通行は学園都市最強のチカラを持っている。だが、それだけだ。
 所詮は一介の学生である彼には、何も変えることはできなかった。
 
 胸にズキリと痛みを感じた。
 
 
一方通行「…………、いつまでも、泣き言は言ってられねェか」


 呟き、起き上がった一方通行はベッドから足を降ろし、棚に置いてあった機械的な杖を手に取る。
 それを使ってゆっくりとベッドから降り、立ち上がり、部屋の外へと向かって歩き出した。
 
 
―――
――



802 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:32:10.62 ID:7SptLiMdo


美琴「――ほんとアンタって馬鹿よね。せっかく黒子たちが協力してくれてたってのに、最終的には一人で突っ走ってそんな大怪我負ってるわけだし」

上条「……悪い」


 上条当麻は病室のベッドの上に居た。
 彼もまた、気付いたら病院に搬送されていて、目が覚めたら昔よく見た懐かしい天井を目の当たりにしたという感じだった。
 カエル顔の医者いわく全治一週間の怪我らしい。結構な大怪我を負っていたような気がするが、その程度で済んでいるのはお医者様様だということだろう。
 入院代も馬鹿にならないし、明後日からは新学期だということなので、なんとか明日には退院できるようにしてもらえないか、と説得でもしようかと思っていたところに美琴が来たのだった。
  
 美琴が呆れたように続ける。


美琴「しかも、結局結標のヤツを助け出したのは一方通行って話だし、アンタは一体何やってたのよ?」

上条「何をやってた、か……」


 上条は当時のことを思い出していた。
 
 結標を傷付けようとしている、第四位を名乗る女と対峙したこと。
 結標を説得しようとしてが、拒絶されてしまったこと。
 結標を追って、少年院へ潜入したこと。
 結標たちを守るために、第二位のチカラを振りかざす男を止めようとしたこと。
 
 別に誰かに頼まれたことじゃない。自分がやるべきことだというわけでもない。
 誰かが言った。自分がやりたいと思えたことが自分の『役割』なのだと。
 だから上条は、微笑みながらこう答える。
  

上条「そうだな。俺は俺のやりたいことをやってただけだ」

美琴「……はあ? なによそれ?」


 曖昧な答えを聞いた美琴が眉をひそめた。
 

 ドタドタバタバタ。


 忙しなく走っているような足音が病室の外の廊下から聞こえてきた。
 その足音は次第に大きくなってきていることから、この部屋へと近づいてきているということだろう。
 不機嫌そうな視線をこちらへ送り続けている美琴から目を逸らすように、上条は病室のドアへと目を向けた。  


 ドタバタ、ガチャ。ドアが開かれた。


禁書「とうま!!」


 同居人である純白のシスターさんが姿を現した。


上条「インデックス!? ……あっ」


 上条は何かを思い出したような声を上げた。
 それは決して忘れてはいけないようなことだったらしく、サーッと少年の表情が青ざめていく。


803 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:32:53.41 ID:7SptLiMdo


禁書「とうま? 今の今まで一体どこ行ってたのかな? お昼ごはんの材料を買いに行くって言ったっきり全然戻ってこないし」


 その帰り道で結標と接触してから、今の今までいろいろあったため、上条は完全にそのことを忘れていた。
 だから、あの大量に買い込んだ食料は今どこにあるのかなどという記憶は、頭の片隅にも存在しない。


上条「あのー、インデックスさん?」


 存在を忘れられていた挙げ句に、ご飯という彼女にとっての生きがいとも言えるイベントをすっぽかされていたインデックスはさぞお怒りだろう。
 少しでも怒りを緩和させるための言い訳を考えるために頭を思考させる。
 しかし、その思考は即座に中断された。



禁書「おやつの時間になっても戻らなくて、晩ごはんの時間になっても戻ってこなくて、次の日の朝ごはんの時間になっても帰ってこなくて、またまたお昼ごはんの時間になってもとうまはいなくて――」



 言葉を連ねる彼女の顔には怒りなどというものは見えなかった。
 どちらかといえば不安だとかそういった表情だ。



禁書「私、ほんっとに心配したんだよ!!」

 

 涙を滲ませた碧眼が、上条当麻をじっと見つめていた。


上条「……ごめん。インデックス」


 だから上条は、何の飾り気のないその一言で謝った。
 そんな二人の間に立っていた美琴がため息をつき、インデックスの方へと向いて、


美琴「一応言ってはおくけど、ここ病院だからあんまり大声上げないほうがいいわよ?」

禁書「あれ? みこと? 何でこんなところに?」

美琴「今気付いたのか……」


 美琴は目をパチクリとさせている少女を見て、げんなりした。


禁書「もしかしてみこともとうまのお見舞い?」

美琴「ま、まあ、そんなとこよ」

禁書「ふーん」


 ふと、インデックスの視線がテーブルの上へと向いた。
 そこにあるのは、美琴がお見舞いの品として持ってきたデパートかどこかで買ってきた缶入りのお菓子。
 それを見たインデックスはピクリと反応する。


804 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:33:34.17 ID:7SptLiMdo


禁書「もしかしてとうま、私がひもじい思いをしている中、とうまだけこんな高そうで美味しそうなものを食べていたのかな?」


 先程の不安を抑えきれなくなったような目から一変し、疑念を浮かべるような物言いたげな目をする。
 あっ、これはまずい。そう思った上条は弁解するように。


上条「いや、違う! これは御坂が持ってきたお見舞いの菓子だ! まだ一口たりとも口にしてねえ!」


 上条はこの二四時間以内に食べたものを片っ端から思い出しながら、


上条「それに、今日食ったのは病院食とかいう、栄養バランスだけで男子高校生の味覚に合わせられてない料理だけだし、昨日だってどっかのホテルのルームサービスで頼んだ一杯五〇〇〇円もするボッタクリ牛丼しか食ってねえよ!」

美琴「それってもしかして、第七学区にあるホテルが出してる高級和牛乗せてる牛丼じゃない?」


 思わぬところからの援護射撃がこちらへ飛んできた。


上条「えっ、マジでか? あんま美味しくなかったぞ?」

美琴「……ああ、味覚が合ってなかったのね」


 残念なものを見るような目で美琴はそう言った。
 まさかあの牛丼がそんな高級料理だとは思わなかった、とか、もっとちゃんと味わって食えばよかった、とかいろいろ思いたかったがそんな暇はない。
 なぜなら、目の前にいる純白シスターさんも美琴の話を一緒に聞いているのだから。


禁書「へー。私がこもえやあいさやまいかやいつわに普通のご飯を食べさせてもらっている間、とうまは美味しい牛肉が乗ったごはんを食べていたんだね」

上条「だからそんなには美味しくはなかったって! つーか、テメェさっきひもじいとか言ってたよな!? なにさらっと昼晩朝昼全部ごちそうになってんだ! ぜってえそっちの料理のほうが一〇〇倍うめえよ俺が食ったヤツより!」


 上条の怒涛のツッコミが病室へ響き渡った。
 先程名前の上がった救いの女神様たちにはあとで死ぬほどお礼言わなきゃいけねえなコンチクショー、とか思っている上条のことなど気にせず、インデックスは犬歯を光らせる。
 

禁書「とりあえず、一回とうまにはお仕置きをしておいたほうがいいかも」

上条「テメェさっきのお涙頂戴的な感動の再会シーンのときの感じはどこいった!? お菓子が入った缶切れ一つと、たった一杯のぼったくり牛丼でこんなに態度が変わんのかよ!?」

禁書「それとこれとは話が別かも」


 そう言ってインデックスはじりじりと距離を詰めてくる。


上条「ちょ、ちょっと待てインデックス! 御坂がさっき騒ぐなって言ってただろ?」

禁書「大丈夫。私は一言たりとも声は出さないんだよ」

上条「そりゃそうだ、お前は噛み付いてんだからな!」

美琴「じゃ、そろそろ私は行くわね」


 見捨てるかのように美琴がドアに向かって歩を進めていた。
 

上条「待て御坂! 助けてくれ! このままじゃインデックスに頭蓋骨粉砕されて集中治療室送りにされちまうッ!」

美琴「ま、私じゃどうしようもないからせいぜい頑張りなさい? あっ、そうだ」


 美琴が面白いことを思い出したかのようにニヤリと笑う。


美琴「たぶん、このあとこわーい顔した風紀委員(ジャッジメント)の二人が来ると思うから、楽しみにしときなさい♪」

上条「げっ、マジ?」


 だらりと嫌な汗が流れる。
 明日退院できる可能性のパーセンテージが急速にゼロへ向かって急降下していくのがわかった。


805 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:34:03.11 ID:7SptLiMdo


美琴「ほいじゃ、またねー……ん?」


 病室を後にしようとした美琴の視界にあるモノが映る。
 それは部屋に備え付けられている棚に置かれているいろいろな種類のフルーツが入ったバスケットだった。
 見るからにお見舞いの品だ。


美琴(私たち以外にも誰かがお見舞いに来てたのね)

 
 もちろんこれは美琴のモノでもないし、インデックスが手ぶらでここに来たのは知っているから彼女のモノでもない。
 つまり、ここにいる二人以外の誰か。


美琴(……一体誰が?)


 ふと、美琴の鼻が甘い香りを感じ取った。おそらくあのフルーツ盛りから香ってきたのだろう。
 だがその香りはフルーツのようなモノとは違うように思える。なぜなら、この香りがフルーツ類以外の何かということを知っているからだ。


美琴(蜂蜜の香り? どうしてフルーツ盛りからそんな香りが?)


 見たところあのフルーツ盛りの中にはそういうモノが入っている様子はない。
 ましてや、そういう系統の香りを発する果物など聞いたこともない。

 しかし、美琴はその蜂蜜のような甘ったるいニオイに覚えがあった。
 それは自分と犬猿の仲のような関係にある少女がまとっていたニオイとよく似ている気がした。
 ははっ、と力なく美琴は笑う。


美琴「……まさか、ね?」


 美琴はそう呟いて病室を出ていった。




上条「不幸だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」




―――
――



806 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:34:53.84 ID:7SptLiMdo


 とある病院の個室。窓を半分開けた室内には、温かい春風が緩やかに流れている。
 起き上がったリクライニングベッドに背を預けながら、結標淡希はカエル顔の医者に言われたことを思い出していた。

 『キミは肉体再生系の能力でも持っているのかな?』
 
 もちろん結標はそのようなチカラなど持ってはいない。なのに、なぜそのような質問を受けたのか。
 それは彼女がこの二日間弱の間に負った傷の数々のせいである。
 学園都市の暗部と命の取り合いとも言えるような戦いを繰り広げてきた結標は、体の至るところに傷やダメージを負っていた。
 かすり傷とかそういったレベルではない。全身から血を流すような重症とも言えるようなモノ。
 
 結標は今の自分の身体を見る。たしかに怪我はしている。痛みも感じる。
 しかし、それらは至って普通の怪我程度のモノに収まっていた。医者が言うには、病院に運び込まれた時点でこうだったらしい。
 付き添っていた少年が、どういった怪我を負ったのかという説明を事細かくしてくれたらしいが、彼が言うような怪我の度合いには到底及ばないほどの軽症だった。
 勘違いして大げさに言っているのだと医者は思ったらしいが、怪我の原因や箇所まで正確に言っていたりと、嘘を言っているような表情ではなかったことから、先程のようなセリフを結標に冗談交じりで問いかけたのだろう。

 何度も言うが、結標淡希には肉体再生などというチカラはない。
 だから、自分が重症だと思っていた怪我は、もしかしたら勘違いだったのかもしれない。そう考えればこの状況にも説明がつくだろう。
 だが、一つだけ説明のつかないことがあった。
 
 結標は、自分の両腕を見た。
 この腕は、能力を暴走させた少年の背中から発せられた、黒い翼のようなモノと接触してズタボロにされたはずだ。
 皮は破れ、肉は飛び散り、骨がへし折れ、まるで食べ散らかされた骨付きチキンのような見た目になっていた。
 しかし、現実今の彼女の目に映る両腕は至って普通の腕だった。
 自分の思い通りに動く。感覚もある。汗もかく。作り物でもない、紛れもない結標淡希の両腕。
 
 もしかして、あれは夢だったのか?
 あのとき感じた痛みも、あのときの出来事も、あのときの自分が思ったことも――。
 
 
結標「……はぁ、馬鹿馬鹿し」


 結標はため息交じりにそう呟いた。
 

 トントントン。


 自室のドアをノックする音が聞こえた。
 医者でも来たのか、と結標は入口の方を向いて返事をする。
 

結標「どうぞ」

??「失礼します」


 入ってきたのは中学生の少女だった。
 常盤台中学の制服を着ていて、ツインテールにした茶髪をゆらゆらと揺らしながら彼女がこちらへ歩いてきた。
 

結標「…………ッ」


 その少女は結標にとってよく知っている人物だった。
 だから結標は、眉をピクリと動かしたあと、くすりと笑みをこぼした。


結標「あら、こんにちは。白井さん?」

黒子「……どうも」


 そう挨拶して、黒子は一礼した。
 

807 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:35:24.74 ID:7SptLiMdo


結標「まさか貴女が私のお見舞いをしに来る日が来るとはね。一体どういう風の吹き回しかしら?」

黒子「勘違いしないでくださいます? 別にこれはお見舞いとかそういった類のものではありませんのよ? ただ様子を見に来ただけですの」

結標「……菓子折り持って?」


 黒子が後ろに隠すように持っていた紙袋を指差して、結標は問いかける。
 

黒子「こ、これはわたくしが個人的にここのお菓子を食べたいと思って店に買いに行ったから、そのついでに一緒に買ってきただけのモノですの! 決して、貴女のためではありませんわ!」


 顔を真っ赤にして否定する少女を見て、結標は「ふむ」と顎に手を当てながら、
 
 
結標「なるほど、これがツンデレというヤツね」

黒子「わたくしをそういった俗な呼び方で呼ばないでくださいます!?」

結標「冗談よ。ありがとうね白井さん」

黒子「まったく……」


 息を整えながら黒子は手に持っていた紙袋を差し出す。
 それを結標はお礼を交えつつ受け取った。
 
 ふと、中身を見てみると『学舎の園』の中にある有名な洋菓子屋さんで売っている、洋菓子の詰め合わせセットだった。
 昔、雑誌か何かで見たことある。度々、贈り物の菓子折りオススメランキングの上位に上がっていたので、印象に残っている。
 結標は中身を取り出して、箱を回したり角度を変えたりして様々な角度から箱を見る。
 その様子に黒子が怪訝な表情をする。
 

黒子「……どうかなさいましたの?」

結標「これMサイズね。常盤台のお嬢様なんだからケチらずにLサイズにしてくれたらよかったのに」

黒子「ほんといけ好かない女ですわね、貴女は」


 黒子は呆れながら言った。
 ごめんごめん、と軽い感じで結標は謝り、そのまま続ける。
 
 
結標「で、私に何か用? まさか本当に様子を見るためだけに、わざわざここまで来たとか言わないわよね?」

黒子「…………」


 その言葉に黒子の顔に陰りが見えた。
 しばらく沈黙が続く。
 よほど深刻なことなのだろう、と結標は彼女の様子から察する。
 意を決したのか、黒子の口が開かれる。
 

黒子「わたくし、貴女に謝らないといけないことがありますの。今日はそれを伝えにここに来ましたのよ」

結標「謝る? 私に?」

黒子「ええ。正確に言うなら、わたくしが謝りたいのはもう一人の貴女に対して、ですが」

結標「……なるほどね」


 結標はわかったような表情をし、


結標「もしかして、貴女も九月一四日以降の『私』と知り合いだった?」


808 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:35:50.79 ID:7SptLiMdo


 結標は先回りするように質問した。
 記憶喪失していたときの自分がどういう交友関係を持っていたのかなんてわからない。
 だから、目の前の少女と仲良くお茶をするような関係だったとしても、何らおかしくはない話だ。
 しかし、


黒子「いえ、まったく」

結標「は?」


 真顔で真逆の答えが返ってきた。
 思わず結標も唖然としてしまった。


黒子「わたくしは記憶喪失していたときの貴女のことは何一つ知りませんわ。けど、そのときの貴女が幸せに過ごしていたことは知っているつもりですの」


 「知っているとは言っても、あくまで聞いた話や状況から組み立てた憶測レベルなんですが」と黒子は付け加える。
 

黒子「けど、その幸せは全部壊れてしまいましたの。それも全部、わたくしのせいで」

結標「…………」

黒子「わたくしがもう少ししっかりとしていれば、もしかしたらあんな悲しいことは起きなかったかもしれませんわ」


 懺悔するかのように黒子は思いを打ち明けていく。
 ふと、黒子は目をハッとさせた。
 彼女の視線の先には怪我を負っている結標淡希がいる。


黒子「そう考えましたら今の貴女にも謝らないといけませんわね。貴女がこうやって怪我を負って入院している原因も、元を正せばわたくしですもの」


 結標は知っている。
 自分の記憶を蘇らせるために『残骸(レムナント)』事件に関わる人物たちが利用されたことを。
 『一方通行』。『御坂美琴』。そして、目の前にいる少女『白井黒子』。
 白井黒子もそれを知っている。わかっているからこうやって結標の前に立っているのだろう。
 だからこそ結標は言う。
 

結標「……自惚れないでくれる?」

黒子「えっ」


 結標は正面から彼女の目を見ながら、
 

結標「この怪我は私が自分のために行動した末残った結果。ただそれだけよ。貴女が介入できる余地なんてない。それに私はこういう結果になったことに対して、後悔なんて微塵も感じていないわ」

黒子「し、しかし」


 何か言おうとしている少女を遮るように口を動かし続ける。
 

結標「それに幸せをぶち壊した云々に関しては論外ね。だって、それは私に謝られても困るもの。私はあのときの『私』じゃない。許すこともできなければ、許さないと言って突き放すこともできないわけ」

黒子「うぐっ、たしかに……」

結標「そんな自己満足の謝罪をする暇があったら、学園都市の平和のためにパトロールでもしたほうがいいんじゃないかしら? 風紀委員(ジャッジメント)の白井黒子さん?」


 ふふん、と結標は笑った。
 それに対して黒子は体を震わせていたが、次第にそれが収まっていき、落ち着くようにため息をついた。
 

809 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:36:25.61 ID:7SptLiMdo


黒子「……たしかにそうですわね。貴女の言う通りですの。わたくしとしたことがどうかしていましたわ」

結標「まあでも、しおらしい白井さんは見てて面白かったわよ?」

黒子「そんなフォロー要りませんの!」


 ピコン♪
 

 突然携帯の通知音のようなものが鳴った。
 キィーキィー言ってた黒子の動きが止まる。
 スカートのポケットの中を探り、細長いスティック状の携帯端末を取り出した。
 どうやら彼女の携帯の音だったらしい。
 いくつか操作し、画面のようなものが出てきた。それを見た黒子が「あっ」と声を漏らした。
 
 
結標「どうかしたのかしら?」

黒子「ええ、貴女に会いたがっている人が居ましてね。その子からの連絡でしたの。ここに連れてきていたのをすっかり忘れていましたわ」

結標「へー、そんな物好きがいるのね。というか、今の今までずっと外で放置させていたわけ?」

黒子「そういうことになりますわね。ま、別にいいでしょ」


 黒子は画面を操作しながら話を流した。
 メッセージに対する返事でも送っているのだろう。
 
 
 ガララッ!!
 
 
 メッセージを送って五秒後くらいに病室のドアが勢いよく開かれた。
 ずんずんと力強い足取りで黒子と同世代くらいの中学生の少女がこちらへと歩いてくる。
 知らない学校の制服を着ているが、右腕部分にジャッジメントの腕章をつけていることから、おそらく白井黒子の同僚か何かなのだろう。
 頭につけている色とりどりの花々が飾られたカチューシャは、まるで花束をそのまま頭につけているようにも見えるほどの量だ。


??「ちょっと白井さーん! いくらなんでも待たせ過ぎですよ!? 悪いことして廊下に立たされてる生徒ですか私はー!?」

黒子「こちらが貴女なんかに会ってみたいなどという世迷い言を言う、頭がおか……女の子ですの」

??「無視して勝手に始めないでください! あと、さっきとんでもないこと言いかけませんでした!?」

黒子「気のせいですわ」


 いきなり入ってくるなり漫才のようなやり取りを始めた少女たち。


結標「えっと……」


 結標はそれに圧倒されながらも、あとから入ってきた花束みたいな少女を見ていた。
 視線に気付いた少女があたふたした感じになり、
 
 
初春「あっ、す、すみません、騒がしくして。申し遅れました、初春飾利と言います!」


 よろしくお願いします! と腰を直角くらいまで曲げてお辞儀をした。


結標「初春さんね、よろしく」


 つられて結標も軽く頭を下げた。
 二人は顔を上げ、しばらく見つめ合う。


810 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:36:55.23 ID:7SptLiMdo


初春「え、えっと、あはは……」


 と、愛想笑いのようなものをしながら初春は目線を右往左往させていた。
 埒が明かないな、と思い結標が動く。


結標「その、初春さん?」

初春「は、はい!」

結標「貴女はどうして私に会いに来たのかしら?」


 率直な疑問をぶつけてみた。
 結標は自分がそんな大した人間ではないことを理解しているつもりだ。
 そんな羨望の眼差しで見られたり、何かを期待してもらえるようなそんな立場にはいない。
 だから、結標はそう聞いた。
 

初春「へっ? え、ええっと……」


 聞かれた初春は戸惑ったようなリアクションを取った。
 まるで授業中にぼーっとしていたとき、突然先生に当てられた生徒のように。
 少し考えたあと、少女は困った感じの表情を向けてきた。


初春「その、え、えへへ、な、なんでしたっけー?」

結標「?」


 雑な質問で返された。
 そのため結標も首をかしげるくらいしかリアクションができなかった。
 二人のやりとりを隣で見ていたツインテールの少女が顎に手を当てながら、
 

黒子「何を言っていますの初春?」

初春「白井さん?」

黒子「貴女、殿方二人が大切に思っている人がどんな人なのかとか――」

初春「ちょ、ちょちょ白井さんストップ!! わー!! わー!!」


 黒子の言葉を遮るように声を上げる。


黒子「何をそんな大声上げていますのよ貴女は?」

初春「そりゃ本人の前であんな恥ずかしいセリフを言われそうになってるのだから、阻止だってしますよ!」

黒子「別にあの程度で恥を感じることはないと思いますが。わたくしならお姉様への愛の気持ちなら校庭のど真ん中でも叫べますわよ? 一切の恥じらいなく」

初春「私は白井さんのような恥知らずとは違いますので」

黒子「は? 貴女今なんとおっしゃいました?」


 お見舞いに来ているはずの二人組が病室で口論を始めた。
 ギャーギャー騒がしい声が部屋の中を飛び交う。ボクシング一ラウンド分くらいそれは続いた。
 言うことを言った二人は息を荒げていた。
 

初春「ぜぇ、ぜぇ、む、結標さん。これお見舞いの品です」


 唐突に初春が桃色の箱を結標へと両手で差し出した。先程の会話をさらりと流したつもりなのだろうか。
 よくわからないが余程お見舞いに来た理由を言いたくないのだろう。
 
 
811 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:37:34.37 ID:7SptLiMdo


結標「え、ええ、ありがとう」


 結標も別にそこまで理由に興味があったわけではないので、特に触れることなくそれを受け取った。
 渡しながら初春は言う。
 

初春「まあ、なんというか、あれです。あなたが無事でよかったというか、こうやって出会うことが出来て嬉しかったです!」


 少女はにっこりと微笑みかけた。
 太陽のような眩しい笑顔だった。
 

結標「……そう」


 初対面の人になんでここまで言えるんだ、と結標は少し照れ臭くなって、視線をもらったお見舞いの品の方へ向けた。
 その箱には描かれている絵を見て、結標は中身が何かに気付く。


結標「あら、これってたい焼き?」


 屋台とか専門店とかそういうところで売られているようなモノだった。
 その日に作られた出来たてのたい焼きをテイクアウトして持ってきたのだろう。
 箱の発するほのかな温かさからそれが伝わってくる。
 ……出来たての温かさ?


結標「この病院の近くにたい焼き屋さんなんてあったかしら?」

初春「いいえ、ありませんね。ちなみにそれは、ここからだと少し距離があるところにあるたい焼き屋さんのモノです。私のお気に入りなんです」

結標「まるでこれ出来たてみたいに温かいんだけど」

初春「はい! 結標さんのために頑張って持ってきました!」


 ニコニコしながらそう返した。おそらくこの温かさは彼女の能力か何かでもたらされたモノなのだろう。
 ああ見えてジェット機並みの速度で飛行できるチカラとか持っているのかもしれない。
 なにはともあれ、自分のためにこの少女はここまで頑張ってくれたのだ。なぜここまでしてくれたのかは未だにわからないが。
 結標はらしくないとは思いながらも、嬉しい気持ちは湧いて出てくるのを感じた。
 

結標「ありがとうね。嬉しいわ」


 結標は笑顔でそう応えた。
 

黒子「……ちょっとよろしいですの?」


 黒子が不満そうな表情をしていた。
 
 
結標「なにかしら?」

黒子「何でわたくしのお見舞いの品にはケチつけやがりましたのに、初春のは文句の一つも言わずにそんなに大絶賛なんですの?」

結標「失礼ね。まるで私がいつも悪態をついている人間みたいに言って。というか、やっぱり貴女もお見舞いに来てくれていたのね」

黒子「そういうことを聞いているんじゃないですの!」

結標「そうね」


 結標は不敵な笑みを浮かべながら、
 

結標「私だって悪態つく相手くらい選んでるわよ?」

黒子「ほんっと! いけ好かない女ですわ!」


―――
――



812 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:38:44.41 ID:7SptLiMdo


 ショチトルは病院のベッドの上で静かに眠りについていた。
 カエル顔の医者が言うには命に別状はないらしいが、あまり良い状態とは言えないらしい。
 肉体の三分の二を失い、それをまがい物の肉で埋められているのだからしょうがないことなのだろう。
 

海原「…………」


 ベッドの横にある椅子に座っている海原が、見守るように少女を見つめる。
 なぜこんなことになったのか。どうして彼女がこんな目に合わなければならないのか。
 疑問は尽きないが、今考えたところで何も解決はしない。
 今は、彼女がこうして生きていてくれている状況に感謝しなければ。


海原「……また来ます」


 海原は呟いて、音を立てないよう静かに病室から廊下へ出た。


海原「……おや、二人共いらしていたのですか?」


 病室の前には二人の少女がいた。
 
 
番外個体「ヤッホー☆」


 一人は番外個体。海原と同じ『グループ』の構成員の一人。
 今朝の作戦で左肩を脱臼するという怪我を負った為、治療のため肩にサポーターを取り付けている。
 本人はそのことを気にしていないのか、ケラケラと笑いながら手をこちらへ向けて振ってきていた。
 
 
黒夜「…………」


 もう一人は黒夜海鳥。同じく『グループ』の構成員。
 少年院の中での戦闘で苦戦を強いられたのか、体のいたる所に包帯やらギプスやらで処置されている跡が見られる。
 傷付いた野犬のように鋭い目を海原に向けていた。


黒夜「敵を助けるなんてアンタどうかしてるよ。コイツが回復した途端、私らに牙を剥いてきやがったらどうするつもりなのさ?」


 海原の背中にある扉へ向けて顎で指して言う。
 たしかに彼女の言う通り、今この病室で寝ているショチトルは暗部組織『メンバー』の構成員の一人だ。
 つい半日前には敵対関係にあって交戦していたことも事実だ。
 

813 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:39:53.12 ID:7SptLiMdo


海原「今の彼女にそこまでやれる力は残されてはいませんよ」

黒夜「脳みそさえ動いていればやりようはいくらでもあるよ?」

海原「自分がそんなことさせません」

黒夜「コイツを助け出すために『メンバー』の連中が動くことで、血みどろの抗争が起きちまうかもしれないよ?」

海原「この時点で何も起きていないことから、彼女にはそこまでの価値はない。切り捨てられたと見たほうが妥当だと思いますが」

黒夜「そんな安っぽい憶測を信じろと?」

海原「信じられないのなら、どうぞ自分の首を落としてください。それだけのことをしていることは自覚はあるつもりです」


 二人の視線がぶつかり合う。
 犬歯をむき出しにしながら睨みつける黒夜に対して、海原は動じることなく一直線に目の前の少女を見つめていた。
 殺気の満ち溢れたにらめっこ。
 先に動いたのは黒夜だった。


黒夜「チッ、くっだらねェ」


 舌打ちしながら視線を逸らす。


黒夜「ボロボロで無抵抗なアンタを殺しても何の面白みもないからね。好きにしなよ」


 黒夜はそう言って背中を向ける。
 この場から立ち去るようにゆっくりと廊下を歩き出した。
 

海原「……ありがとうございます」


 彼女の小さな背中を見ながら海原は微笑んだ。
 

番外個体「なんかカッコいいこと言ってる風だけど、実際はクロにゃんがエっちゃんにビビって引き下がっただけだよねー」


 そんなやりとりを見ていた番外個体が、茶々を入れるように言い放った。
 黒夜が勢いよく振り返って吠える。


黒夜「ビビってねェよ! 誰がこンなヤツなンかにッ! ……うん? エっちゃんって誰だよ?」

 
 番外個体の言った知らないあだ名を聞いて、黒夜は首を傾げた。
 ニヤニヤしながら番外個体は質問に答える。


番外個体「海原のこと。本名エツァリって言うらしいよー」

海原「ちょ、ちょっと番外個体さん。その名前はあまり広めて欲しくはないのですが……」

番外個体「えぇー? いいじゃんエっちゃん。かわいいよー?」


814 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:40:48.29 ID:7SptLiMdo


 海原光貴は偽名だ。この顔の本来の持ち主の名前をそのまま名乗っているだけ。
 この少年の本当の名前はエツァリ。それはアステカの魔術師としての名前。
 学園都市は科学サイドの中心。そんな中で天敵である魔術サイド側の名前を広められるのは、あまり好ましいことではない。
 
 
黒夜「……へー」


 それを聞いた黒夜は、面白いことを聞いたときのようにニヤリと口の端を歪めた。
 

黒夜「なるほどねー、そうだったのか。だったら私もエっちゃんって呼んで――」

海原「ぶち殺されたいのですか黒夜?」


 言い切る前に海原が鋭い眼光を光らせる。
 怒りと殺気を感じ取った黒夜がビクリと体を震わせた。


黒夜「なっ、なンでだよ!? 何で番外個体のヤツがよくて私が駄目なンだ!」

海原「貴女にそんな呼ばれ方をされるなんて虫唾が走ります番外個体さんは別ですけど。自分を怒らせたくないのならそんな呼び方はやめるべきですよ番外個体さんはどうぞ続けてください。貴女もバラバラに解体はされたくはないでしょ番外個体さんならいいんですが――」


 つらつらと言葉を並べていく海原。
 このような流れの言葉があと一〇個くらい続いたくらいで番外個体が、
 

番外個体「うわぁ……」


 ドン引きしていた。
 頭の中が負の感情で溢れかえっているはずの少女が。


黒夜「この依怙贔屓野郎めェッ! 安心しろ海原ァ! こっちもハナからそンなクソみてェなニックネームで呼ぶつもりなンてねェからよォ!」

海原「賢明な判断です。あっ、番外個体さんは好きに呼んでくれて構いませんよ?」

番外個体「……何か気持ち悪いから呼び方元に戻すね? 海原」


 目線を合わさずに番外個体はそう言った。
 

海原「そうですか。それは残念です」


 海原は爽やかな笑顔を浮かべた。


―――
――



815 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:41:24.24 ID:7SptLiMdo


 第七学区にあるふれあい広場。
 春休み期間ということもあり、小学生くらいの子どもたちが楽しそうに駆け回っていた。
 そんな場所だが中・高生もいる。RABLM(らぶるん)という移動式のクレープ屋の屋台の順番待ちの列に並んでいた。
 特にキャンペーンなどしている様子はないが、これだけの列ができるということはそれだけ有名な店なのだろう。
  
 そんな店のクレープを買い、ベンチに腰掛けて食べている金髪碧眼の少女二人組がいた。
 高校生くらいの少女フレンダと小学生くらいの少女フレメア。見ての通りの姉妹である。


フレメア「やっぱりクレープはチョコ&ショコラの組み合わせが最高! にゃあ」

フレンダ「それどっちもチョコレートじゃん」


 フレンダは呆れながら手に持ったクレープをかじる。
 
 
フレメア「ところでお姉ちゃん?」

フレンダ「なに?」

フレメア「今日はどうしたの? 急にクレープを食べに行こうだなんて」

フレンダ「……別にー。これと言った深い意味はない訳よ。ただ暇だっただけ」

フレメア「ふーん」


 嘘だ。本当はただ逃げたかっただけだ。
 暗部から。現実から。失敗続きで良いとこなしの自分から。
 妹という光の世界の象徴へ逃げたかっただけだ。
 

フレメア「だったらお姉ちゃん! 暇なら今から映画観に行こうよ!」


 フレメアが大きな瞳を輝かせる。
 正直、いま映画なんて観てもまったく内容が入ってこないだろう。
 けど、それで彼女が喜んでくれるのなら、とフレンダは小さく息を吐いた。


フレンダ「映画かー、まあ時間はあるし別にいいけど。何が観たいのよ?」

フレメア「今やってるゾンビのヤツ!」

フレンダ「うぇーやっぱそういう系かー。恋愛モノのヤツ観ようよー? 何か今やってるでしょ? 学園ラブコメのヤツ」

フレメア「そんなラブコメとかいうフィクションの塊なんて、大体、興味ない。にゃあ」

フレンダ「ゾンビ映画もフィクションの塊でしょうが!」


 ピコン♪ 二人の会話を止めるように携帯の通知音が鳴る。
 嫌な予感がする。
 そう思いながら、フレンダはスカートのポケットから携帯端末を出して、画面を見る。


816 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:42:03.20 ID:7SptLiMdo


フレンダ(ゲッ、仕事の連絡じゃん。もうっ、今朝学園都市へ戻ってきたばっかだってのに、ゆっくり休む時間ももらえない訳?)


 今朝、学園都市に反旗を翻そうとしている外部組織を殲滅するという任務を終えたばかりだった。
 ふとそのときのことを思い出してしまう。
 自分の失敗で浜面仕上という少年に怪我を負わせてしまったことを。
 幸い命には別状はなかったが、一つ間違えれば彼は死体処理場行きとなっていただろう。
 

フレンダ(……大丈夫。大丈夫だから。次はちゃんとやる。ちゃんとやれるハズ!)


 フレンダは心の中でそう言い聞かせる。
 そんな彼女の表情に不安や焦りといった陰が見えた。


フレメア「どうしたのお姉ちゃん?」


 フレメアが首を傾げる。


フレンダ「ごめんフレメア! ちょっと急用入っちゃって、映画一緒に行けない!」

フレメア「えぇー、またー? この前も同じこと言って遊園地行くの当日ドタキャンしたはず!」


 両手をバタバタ動かして抗議するフレメア。
 フレンダは彼女をなだめながら、
 
 
フレンダ「ごめんごめん、この埋め合わせは今度必ずするから、ね?」

フレメア「むむぅ、しょうがないな。ここは私が大人になってあげる。にゃあ」

フレンダ「じゃ、そういうことだからちゃんと門限までに寮へ帰りなさいよ?」


 そう言ってフレンダは立ち上がり、持っていたクレープを頬張った。
 ごくりとそれを飲み込んで、一歩踏み出す。
 
 
フレンダ「それじゃあまたね! フレメア!」


 フレンダは駆け出した。再び、闇の世界へ向かうために。
 
 
 
 
フレメア「……お姉ちゃん」


 フレメアは心配するかのように呟き、小さくなっていく姉の背中を見送った。


―――
――



817 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:42:55.74 ID:7SptLiMdo


 第七学区の中のとあるビルの中の一フロア。
 ここは暗部組織『スクール』が利用している隠れ家件医療施設だ。
 このビルの近くには病院があり、連絡すればスクールの息がかかった医療従事者が駆けつけて、治療するという仕組みとなっている。
 設備は他の病院と大差のないレベルで整っている。が、非合法なモノもたくさん置かれているため、そういう点で言えばこちらの方が上かもしれない。
 
 その中にはもちろん入院患者用の病室だって備え付けられている。
 医療用の器具やベッドが設置されており、白を貴重としたその部屋はまるで病室そのものだった。
 そんな一室に入院している少女が一人いた。
 獄彩海美。スクールの構成員の一人である中学生くらいの少女。
 頭には包帯が巻かれており、右腕がギプスで固定されているという、痛々しい見た目をしていた。
 入院着で見えないが、その下は包帯だらけのミイラ状態になっていることだろう。
 
 
垣根「なんつーか、新鮮だよな」

 
 ベッドの横に立っていた垣根が問いかけるように言った。
 海美が少年の顔を見上げながら、


海美「なにが?」

垣根「お前がボロッボロで入院してる姿なんてよ」

海美「なにそれ? まるで私が怪我して面白いみたいな言い草ね」


 海美が不機嫌そうに顔をしかめた。
 
 
垣根「そうは言ってねえだろうが。お前は何ていうか、何でも卒なくこなして、何事もなかったかのような顔で、任務完了を報告してくるようなイメージがあったからな」

海美「それは褒めてくれていると判断してもいいのかしら?」

垣根「ばーか逆だよ。失敗したくせに褒めてもらえると思ってんのか?」


 垣根はあざ笑うように少女を見下ろした。
  
 
海美「たしかにそうね。それに同じく失敗した人から褒められても嬉しくもなんともないし」

垣根「チッ」


 バツが悪そうに垣根は舌打ちした。
 

海美「そっちは何があったのよ? その感じだと第一位にボコボコにされて逃げ帰ってきたとか、そういうわけじゃないんでしょ?」


 話の流れのまま海美が問いかける。


垣根「…………」


 垣根は黙り込んだ。
 何かを考えているという様子だった。
 海美はその様子をただただじっと見つめていた。

 しばらくしてから、垣根がため息をして、
 

818 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:44:10.30 ID:7SptLiMdo


垣根「……上条当麻って覚えてるか?」

海美「上条……」


 海美が少し視線を上げながら記憶を思い起こすような素振りを見せる。
 

海美「たしか、雪合戦大会の準決勝で戦ったチームのリーダーだった人かしら? あのツンツン頭の。彼がどうかした?」

垣根「ヤツが立ち塞がって来やがったんだよ。一方通行をぶち殺すために独房へ向かっている俺の前にな」

海美「あんな見るからに表の人間って感じの人が、何でそんなところに?」

垣根「さあな。結局、俺はヤツを殺すことができなかった。逆にヤツも俺を殺すことが出来ていない」

海美「貴方と引き分けるなんて、相当なやり手ね」

垣根「引き分けじゃねえ」


 食い気味に垣根は否定した。
 

垣根「ヤツの目的は、時間いっぱいまで俺の足止めをすることだった。一方通行や座標移動を守ることだった。その勝利条件を達成されたっつーことは、すなわち俺の負けだよ」

海美「ふーん」


 海美が軽い感じに相槌を打つ。
 垣根は続ける。
 

垣根「あのあと気になって、その上条とかいうヤツを調べてみた。そうしたら面白れーことがわかったよ」

垣根「一方通行をぶっ飛ばして、『絶対能力者進化計画(レベル6シフト)』を凍結させるまでに追い込んだ無能力者(レベル0)、ソイツがヤツだ」


 すなわち、それは上条当麻は一方通行を倒したということ。
 未現物質(ダークマター)というチカラを持っている垣根でも成し遂げることができなかった偉業を、あの無能力者の少年は達成することができたということだ。
 
 
海美「なるほど、ね。道理で勝てないはずよね。第一位より強いヤツが相手じゃ」

垣根「うるせえよ。つーか、何勝手に俺が一方通行より下だって決めつけてんだ?」

海美「完膚無きまでに叩きのめされるシーンを目の前で見せられたからね」


 雪合戦、舐めプ、逆算、次々と癇に障るワードを吐き出す海美。
 垣根はそれを遮るように舌打ちをして、
 

垣根「まあいい。いずれにしろ負けっぱなしは趣味じゃねえ。一方通行に上条当麻。いずれこの借りは必ず返す」

海美「……そ。せいぜい期待はしないで見守らせていただくわ」

垣根「可愛くねえヤツ……あっ、そういやよお」


 垣根が思い出したかのように話題を変える。
 

819 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:44:51.43 ID:7SptLiMdo


海美「何かしら?」

垣根「お前、少年院のとき電話してきて最後なんか言いかけてただろ? アレなんて言ったんだ?」


 ビクッ、と海美の体が少し揺れた。
 
 
海美「……ああ、あれね。知りたい?」

垣根「そりゃな。このままじゃ気になって昼寝も出来ねえレベルには」

海美「果てしなく微妙なレベルね」

垣根「どうでもいいところに引っかかってんじゃねえよ」

海美「そうね……」


 海美はそう言って少し黙り込み、窓の外へ目を向けた。
 つられて垣根も見る。ビル街の中の病室のため、コンクリートジャングルしかない。
 風景を見るために彼女は外を見ているのではないのだろう。
 話すことが決まったのか、海美は振り向き、小さく笑って言った。
 

海美「うーん、ヒミツ、ってことで」

垣根「は?」


 その答えに垣根は目を細めた。
 

垣根「テメェ、俺が何のために助けたと思ってんだ?」

海美「えっ、そんなくだらない理由で私は命拾いしたわけ? ちょっとショックなんだけど……」

垣根「生き残れただけでもありがたいと思え。いいからさっさと言えよ、殺すぞ」

海美「もうっ」


 海美は困ったような声を漏らした。
 困ってんのはこっちなんだが、と垣根は頬を掻いた。
 ふと、それを見た海美が何かを思いついたようにニヤリと笑う。


海美「そうね。だったらヒントをあげるわ」

垣根「ヒントだ?」

海美「そう。ちょっと耳貸してちょうだい」


 そう言って海美はベッド横に置いてある台に左手を置いて、前のめりに顔を突き出した。
  
 
垣根「? こうか?」


 言われた通り垣根は中腰になって片耳を差し出す。
 海美はそのまま唇を近付けた。
 

 
 垣根の頬へ。
 


820 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:45:38.19 ID:7SptLiMdo


 頬に柔らかい感触を感じた垣根が飛び上がるように立ち上がる。
 海美から離れるように垣根はたじろぐ。
 
 
垣根「なっ、て、テメェ何しやがったッ!?」

海美「ふふっ、これがヒントよ?」


 わずかに頬を紅潮させながら、海美は微笑んだ。


 トントン、ガララ。
 ノックを二回したあと、部屋のドアが開かれた。


誉望「失礼しまーす。行方不明になってた砂皿さんと連絡付きましたよ」


 点滴付きのスタンドを片手に誉望万化が部屋に入ってきた。
 報告をしながらそのまま部屋の奥へと入っていく。
 

誉望「それで驚いたんスけど、なんと噂のステファ――」


 誉望の動きが止まった。
 今まで見せたことのないような戸惑いの表情をしている垣根。顔を赤くして目を逸らせている海美。
 そんな世にも珍しい二人組を目の当たりにしたからだ。


誉望「ちょ、二人してなんなんスかその感じッ!? ここで何かあったんスか!?」

垣根「な、何にもねえよ殺すぞッ!!」


 垣根の背中から三対六枚の白い翼が現れた。
 未現物質(ダークマター)。学園都市第二位の殺意が具現化する。


誉望「ええぇっ!? ちょ、病院で能力使わんでくださいよッ!? てか俺も結構重症患ぎゃああああああああああああああああああああああッ!!」


 点滴スタンドを抱えながら誉望は部屋の外へ逃げ、廊下を全力疾走していく。
 それを追うように垣根が翼を羽ばたかせながら飛行する。
 
 パリン!! ガシャン!! ドガッ!! ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


海美「……ふふっ」
 
 
 廊下から聞こえてくる破壊音や絶叫を聞きながら、海美はくすりと笑った。


―――
――



821 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:46:13.20 ID:7SptLiMdo


結標「……自由の身、か」


 ベッドの上で上半身を起こしている結標が、窓の外を見ながら呟く。
 先程まで土御門という少年と話をしていた。
 彼は結標淡希と同じ学校に通うクラスメイトらしく、『グループ』という暗部組織に所属する構成員でもあるらしい。
 らしい、というのは今の彼女には彼の記憶はないため、そのような助動詞が文章の最後に付いてしまう。
 
 土御門からはいろいろなことを聞いた。
 自分が様々な暗部組織から狙われていたということや、自分が起こした事件がどういう風に処理されたのか。
 そして、これからの自分の処遇、など。


結標「そんなこと言われても、私にはもう……」


 ガンガン!


 結標の病室のドアから、荒々しいノックの音が鳴った。
 今日は来客が多いな、と結標は入り口を見る。
 
 
結標「どうぞ」


 ドアが開かれた。
 そこにいたのは少年だった。
 白い髪を頭に生やし、血のように染まった赤い瞳、線の細い体はまるでハリガネのよう。
 首に巻いたチョーカーからは線がこめかみへ向けて伸びており、右手にはメカメカしい現代的なデザインの杖を取り付けていた。
 結標は少年の名前を呟く。
 

結標「……一方通行」

一方通行「よォ」


 一方通行は適当に挨拶をしながら歩を進める。
 ベッドの横に辿り着き、結標を見ながら、
 

一方通行「具合はどォだ?」

結標「おかげさまでね」

一方通行「そォか」


 挨拶程度の会話をして、そこで流れが止まった。
 沈黙。それに絶えきれなくなった結標が言う。


結標「……座ったら?」

一方通行「おォ」


 促されたため、一方通行はベッド横にある丸椅子へと座った。
 だが、沈黙はまだ続いた。変わったことは椅子に座ったかどうか。
 はぁ、と結標はため息をつく。


822 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:47:17.84 ID:7SptLiMdo


結標「ねえ」

一方通行「あン?」

結標「聞きたいことがあるんだけど」

一方通行「何だ?」

結標「どうして私を助けたのよ?」

一方通行「あァ? あのとき言っただろォが。俺はオマエとした『約束』を果たすために――」

結標「そういうことを聞いているんじゃないわよ」

 
 一方通行の返答を遮るように言った。
 

結標「貴方もわかっているんでしょ? 私は貴方を恨んでいる。嫌悪している。身の毛がよだつ程の恐怖の対象として貴方を見ている」

結標「そりゃそうよね? だって私にとっては、貴方にぶん殴られたのがつい一昨日のことよ? 新しい記憶として私の中にはっきりと残っているわ」

結標「そんな貴方にあんなことを言われて助けられたからって、私が喜ぶとでも思っていたの?」


 結標は少年を睨みつける。
 投げかけられた質問に一方通行は、
 

一方通行「いィや、ンなことは思ってはねェよ」


 考える間もなく即答した。
 

結標「じゃあ貴方はそれを理解した上で、なんで私を助けたのよ?」

一方通行「ただの自己満足だよ」


 吐き捨てるように言った。
 そのまま一方通行は続ける。
 
 
一方通行「九月一四日ンときのことは、俺は別に何とも思ってねェよ。お互いの立場が違った。俺は俺の正義で、オマエはオマエの正義で動いた結果だからな」

一方通行「だが、そっから先はクソだ。オマエから半年以上の記憶を奪った。いや時間を、人生を奪ったっつった方がイイか?」

一方通行「そォいうことを全部分かった上で、俺はオマエと共に過ごした。呑気に思い出作りなンてモンに興じた」

一方通行「そのとき俺たちが過ごした日々のことをオマエが知ったら、おそらく今とは比べ物にならねェほどの負の感情が湧き上がってくンだろォよ」

一方通行「よォするに罪滅ぼしをしたかっただけだよ。オマエを助け出して光の世界へと連れ戻す。そォすることでそれを償うことができると思ってやった、自分勝手で傲慢な行動だ」


 長々と返ってきた一方通行の言葉に、結標は目を丸くさせる。
 
 
結標「信じられない。そんな的外れな自己満足のために、貴方はあんなところにまで駆けつけてきたって言うわけ?」

一方通行「……そォだな」

結標「何で? 何で貴方はそんな事ができるのよ? 貴方の行動原理が私には理解ができないわ」


 ピタリと一方通行の動きが止まった。
 ちょっとした動作や、眼球の動き、息遣い。全部が。
 結標が首を傾げた。


結標「どうかした?」

一方通行「……悪りィ。今言ったこと全部嘘だ」

結標「はあ?」


823 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:48:07.57 ID:7SptLiMdo


一方通行「オマエに言われて気付いた。約束だとか、自己満足だとか、罪滅ぼしだとか、そンなモンただの建前だった。オマエを助けたかった理由はもっとシンプルだったンだ」


 真紅の瞳が結標淡希を見つめる。決して目を逸らすことなく、ただ一心に。
 そして、一方通行は言う。



一方通行「結標淡希。俺はオマエが好きだ」



 告げた。一言一句ハッキリと。目の前の少女に伝わるように。
 

結標「なっ」


 突然の告白に、結標が驚き、顔を赤面させる。
 一方通行はそのまま続ける。


一方通行「だから助けた。オマエに傷付いて欲しくなかった。オマエには笑顔で居て欲しいと思った。そンなオマエと一緒に居たいと思った。これは俺の嘘偽りのない気持ちってヤツだ。建前も打算も何もねェ純粋な想いだ」

結標「……違うわよ」


 俯きながら、結標は否定する。
 
 
結標「貴方のその気持ちは間違っているわよ。だって、私は貴方の知っている結標淡希じゃないのよ? なのに、そんな……」

一方通行「あのとき言っただろォが。記憶があろうがなかろうがオマエはオマエだってよォ」

結標「…………」


 結標は俯いたまま黙り込んだ。
 見たくないものから目を逸らせているように見える。


一方通行「ああ。そのリアクションは間違ってねェよ。これは俺が勝手に思っていることなンだからな」


 目線も合わせない少女に語りかけるように言う。
 

一方通行「オマエの気持ちはわかっているつもりだ。俺がどォ思っていよォが、俺がオマエの半年という長い時間を奪ったクソ野郎ってことには変わりねェ」


 一方通行は立ち上がり、結標へ背を向ける。


一方通行「邪魔したな。俺はもォオマエの前には二度と現れねェ。一切関与しねェ。オマエはオマエの好きなよォに生きろ」


 一方通行はそう言い残し、部屋の外へと向かって踏み出そうとする。
 しかし、彼のその一歩が止まった。
 振り返らずに、一方通行は問いかける。


一方通行「どォいうつもりだオマエ」


 一方通行の服の袖を掴む手があった。
 それは他の誰でもない、結標淡希の手だった。
 立ち去ろうとする一方通行を阻止しようとするように、引き留めようとするように。
 彼女はその手を離さない。


824 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:48:50.65 ID:7SptLiMdo


結標「一つだけ言わせて」


 結標は顔を下げたまま話し始める。
 

結標「たしかに私は貴方のことが嫌いよ。世界で一番って言っていいくらいに、視界に一切入れたくないくらいに、身体が震えるほどの恐怖を覚えるくらい」

結標「けどね、その気持ちとせめぎ合っているもう一つの感情が、私の中にはあるの。それはさっきのとはまったくの真逆な感情」

結標「世界で一番って言っていいくらいに、ずっと離れたくないと思うくらいに、一緒にいると安心感を覚えるくらい」


 結標は顔を上げた。
 少年の背中へ向かって、投げつけるように言い放つ。
 
 
 
結標「私は貴方のことが好きなのよ!」


 
 結標淡希の口から出てきた、絶対にその口から出てこないであろう言葉を聞いて、一方通行は目を大きく見開かせた。
 

結標「おかしいでしょ? わけがわからないでしょ? 笑っちゃうわよね? そんな相反する感情が混在しているなんて」

結標「私は九月一四日のときの貴方しか知らない。そんな感情が生まれるはずなんてない。なのに、私はたしかにそう想えている」

結標「ねえ、一方通行。これは一体どういうことだと思う?」


 ふぅ、と一方通行は息を吐いた。
 目を閉じながら、諭すように答える。
 

一方通行「……決まってンだろ。まがい物だよそれは」

結標「だったら」


 結標は袖を掴んでいた手を離し、じゃらりという音と共に、何かを取り出した。
 
 
結標「これもまがい物なわけ?」


 一方通行は振り返って、その何かを見た。
 
 
一方通行「ッ……」


 一方通行が動揺したかのように、見開かせた両目の瞬きが止まる。
 それはペンダントだった。
 四葉のクローバー型に加工された赤い宝石を金のビーズで縁取っている。
 学生が持つものとしては高級感のあるアクセサリーだった。
 見覚えがあるモノなのか、一方通行はそれを凝視したまま動かなかった。
 
 結標は手にしたペンダントを見ながら、 


結標「これを見ると、何か胸をギュッと締め付けられるような気持ちになる。楽しくて、嬉しいような、そんな感じの気持ちに」

結標「いつからこれがここにあるのかもわからない。けど、これはたしかにここにある。これも貴方の言うまがい物のなのかしら?」


 そう言って結標は一方通行の赤い瞳を見る。
 

825 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:49:34.86 ID:7SptLiMdo


一方通行「…………」


 一方通行は何も言わない。
 彼もわかっているのだろう。その意味を。
 わかっていても自分では答えられないのだろう。
 だから、結標は代わりに言う。
 

結標「私ね、思うのよ。たぶん、これはどちらかが偽物だとかそういう話じゃない。どちらも本物なのよ。紛れもない私が抱いている気持ちなのよ」

結標「けど、こんな相反するものがいつまでも共存できるわけじゃない。いつかはどちらかを決めないといけないときがきっと来る」


 そして結標は再び掴んだ。今度は袖ではなく、彼の左手を、しっかりと。


結標「だから教えてよ? 見極めさせてよ? 貴方がどんな人なのかを。私のどちらの気持ちが正しいのかを」

結標「この気持ちをハッキリさせないまま、私の前からいなくなるなんてダメよ。絶対に逃がさないから」


 結標淡希の顔は真剣そのものだった。嘘や冗談を言っている様子は皆無だ。
 ほのかに紅くした頬。正面から向き合おうとする目。その目にやんわりとにじむように浮かぶ涙。ガタガタと震える手。
 それらを見た一方通行は、大きくため息をついた。


一方通行「……やっぱりオマエはオマエだよ。俺の知っている結標淡希だ」

結標「? どういう意味よ」


 その問いに、一方通行は息を吐くように小さく笑い、


一方通行「面倒臭せェ女っつゥことだよ」

 
 そう答える一方通行の表情は、穏やかな優しいモノだった。
 

結標「うぐっ……」


 結標が小さく声を漏らした。
 ドクン、と結標は自分の心臓が大きく鼓動したのがわかった。
 思わず表情が崩れそうになり、目を逸しそうになったが、息を整えて、
  

結標「……ふふっ、貴方にだけは言われたくないわね」


 笑ってそう返した。
 

―――
――



826 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:50:12.93 ID:7SptLiMdo


 超能力者(レベル5)第五位の少女、食蜂操祈は一方通行たちが入院している病院の屋上にいた。
 欄干に肘を乗せ、落下防止用の高柵越しに、対角線上の位置にある一室、結標淡希がいる病室の中を眺めている。
 視力2.0あっても部屋の中を詳細に見ることは難しい距離だったが、彼女にとっては関係ないことだった。

 食蜂は今、精神掌握(メンタルアウト)のチカラを使って結標淡希の頭の中を覗いていた。
 彼女が感じている五感や深層心理、彼女の中にある記憶などを全てリアルタイムで抜き取り、食蜂の中へとインプットされている。
 もちろん、結標淡希本人はそんなことをされているとは知りもしない。
 精神モニタリングしながら、食蜂は呟く。


食蜂「……未だに、信じられないわよねぇ」

 
 食蜂は驚いていた。それは結標淡希の感情に対してだ。
 一方通行に対する好意と嫌悪が混在している。彼のこの部分は好きだがあの部分は嫌いとか、そういう次元の話ではない。
 彼女は全面的に彼のことが好きで、全面的に彼のことが嫌いなのだ。

 食蜂は今までいろいろな感情を見てきた。喜怒哀楽はもちろん四六種類に細分化された全ての感情の形を知っているつもりだ。
 そんな彼女でも今回の結標の感情に関しては初めての経験だった。

 嫌悪が生まれるのは当然だ。今の結標淡希の中にある一方通行に対する記憶は、敵対したときの記憶でほとんどを占めている。
 そんな相手を目の前にして嫌悪が生まれないわけがない。よほどの聖人君子でなければそれは不可能に近いことだろう。

 好意についても謎だった。これは一体どこから出てきた感情なのか。
 記憶喪失していたときの結標の記憶、つまり一方通行と恋人関係にあったときの記憶は、たしかに今彼女の脳の中に存在する。
 ただし、それは彼女の記憶の中の奥底。今の彼女では絶対に手を出すことができない場所に保管されていた。
 今の結標と記憶喪失中の結標の存在は表裏一体だ。彼女たちはお互いの記憶を決して共有することができない。
 現に、今の彼女が認識している記憶を端から端まで検索してみても、記憶喪失時代の記憶は一欠片も出てこなかった。

 ほとんどが嫌悪の記憶で埋まっている結標だが、一部だけだが好意的な記憶は一応はある。
 それは少年院で一方通行に命を救われた記憶だ。
 結標からしたら彼は命の恩人ということになるわけだが、果たしてそれだけで身を捧げたくなるような好意が生まれるのだろうか。
 嫌いの感情は好きへと変換できるとはよく言ったものだが、おそらくこれには当てはまらないだろう。
 なぜなら、好きと嫌いの感情が両立している時点で変換できていないということなのだから。

 そこで結標淡希の好意がどこから出てきているのか考えてみる。
 身体が好意を覚えていた? 本能といった彼女の先天性の部分に刻み込まれていた? そもそも脳みそ自体の形が変わり一方通行を受け入れた?
 様々な仮説を組み立ててみるも、これといってしっくりくるような結論は出てこない。

 とある少年が言っていた言葉を思い出す。『心』。
 おそらくあの少年が言った『心』は科学的に証明されている心理学的なものとは違ったものだと思う。
 そうでなければ、能力の名前の通り心理を掌握している食蜂が理解できないわけがないのだから。
 彼が言っている『心』は根性論とかみたいな精神論のようなものだ。オカルトだ。
 超能力者(レベル5)という科学に精通した存在である食蜂は、そういった類のものをなかなか受け入れられずにいた。

 そもそも彼の言う『心』に記憶が保管されているなどという確証はどこにもない。
 食蜂は今まで何百もの記憶喪失者を見たことがある。今みたいな完全に記憶を取り戻せない人たちだってたくさん見てきた。
 その中には将来を近い合った恋人だっていた。長年の絆で結ばれていた兄弟だっていた。お互いを死ぬほど恨んでいた加害者と被害者だっていた。
 だが、決まってその者たちの中に、今回のような思い出せない感情を明確に表面化させていた者はいなかった。
 そんな経験をしてきた食蜂。だから彼女はこう呟く。


食蜂「……もしかして、これが『奇跡』ってヤツなのかしらぁ?」


827 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:50:50.83 ID:7SptLiMdo


 我ながらいい加減な発言だな、と食蜂は笑う。『心』などと言う少年と大差ない。
 奇跡とは起きないから奇跡という。万が一どころか億が一の確率でも起きない事象なのだと食蜂は考えている。
 たった数百しかないサンプルでそうやって決めつけるなんて、奇跡なんてそこらに転がっていると言っているようなものだ。
 奇跡を馬鹿にしている。奇跡を軽く見ている。奇跡という言葉を安売りし過ぎている。
 しかし、自分が理解のできない現象を目の前にした食蜂は、おかしいと感じていてもそうじゃないかと思うしかなかった。

 この現象を『奇跡』と称するなら、それを引き起こしたのは一方通行という少年で間違いないだろう。
 一方通行は結標淡希の記憶が戻った場合、彼女が自分へ敵意を向けてくることはわかっていた。わかっていながら彼は進むことを止めなかった。
 彼は本気だった。真剣に結標淡希を救おうとしていた。自分の持ち得るモノを全て使い、どんな手段を用いようとも、ただただ一直線に。
 そんな彼だったから『奇跡』を勝ち取ることができたのだろう。


食蜂「…………」


 食蜂はそんな彼が羨ましかった。

 彼女はある『奇跡』が起きることを待ち望んでいた。
 とある想い人の少年のことだ。彼は絶対に『食蜂操祈』という存在を記憶することができない。
 例えば、目の前で恋愛ドラマのような大々的な告白をしても彼の視線が自分を離れれば、彼はそのあったことをまるごと忘れてしまうのだ。
 これは暗示にかかっているとか能力によって記憶を阻害されているとかではなく、脳の構造自体が変質してしまったことために起きる現象だ。
 精神系最高峰のチカラを持つ彼女でもどうしようもないことだった。

 だから、彼女は待つと決めた。いつか彼が自分のことを覚えていてくれるようになる時が来るのではないかと。
 そんな『奇跡』のような現象が、いつか自分の前に起きるのではないかと、淡い希望を抱いていた。

 食蜂が一方通行を陰ながら助けたのは、とある少年を巻き込んでまで助けたのは、彼に似たような境遇を感じたからだった。
 想い人に記憶すらしてもらえない食蜂と、いくら思い出を作っても記憶喪失が治ればそれが全て消え去ってしまう一方通行。
 結果的に見れば、それは食蜂が勝手に持っていた同族意識にしか過ぎなかった。
 彼からすればそんな事情は関係なかった。だから、足踏みすることなく動いた。そんな彼だから『奇跡』を起こせた。


食蜂「……なるほどねぇ、つまり、待っているだけじゃ『奇跡』なんて起きるわけがない、ってコトかしらぁ?」


 自分へ言い聞かせるように、食蜂は呟く。
 屋上を後にするために入り口へと向かって足を進める。
 少女の黄金色の瞳には、何かを決心したような光が見えた。


―――
――



828 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:51:27.10 ID:7SptLiMdo


一方通行「しかし、オマエ本当にイイのかよ?」

結標「なにが?」


 病室にある丸椅子へ腰掛けた一方通行が、隣に置いてある台に頬杖を突きながら結標へ聞く。
 

一方通行「俺と一緒にいるってことは、今までオマエが過ごしてきた環境を全てかなぐり捨てるっつゥことだぞ?」


 一方通行と同じ家に居候し、同じ学校へ通い、同じように生活をする。
 つまり、今の結標淡希からすればまったくの別世界へ飛び込むことと同義だ。
 それは生半可な覚悟では務まらないことに違いない。
 だが結標は、
 
 
結標「別にいいわよ」


 二つ返事で返した。
 一方通行は眉をひそめる。
 
 
一方通行「もォ少し思考してからモノォ言ったらどォだ?」

結標「別に何も考えていない、ってわけじゃないわよ?」


 軽い感じで結標はそのまま続ける。
 

結標「霧ヶ丘に未練があるわけでもないし、今のところ何かをやろうって気もないし、何かをやろうにも仲間たちが少年院から出られるのはまだ先だし」

一方通行「あン? オマエの仲間って反逆者として無期限で捕まってるって聞いたが」

結標「どういうわけか知らないけど、罪状が変わって刑期がきちんと付いたって聞いたわ」

一方通行「誰がそンなことを」

結標「土御門」


 ああ、と一方通行は納得の声を出す。
 自分だけではなく結標にも説明していたのか。
 アフターフォローまできっちりしていて気味の悪いヤツだ、と一方通行は心の中で呟く。


結標「…………」


 ふと、結標が目の前にいる少年をぼーっと見つめていた。
 それに気付いた一方通行は怪訝な顔になる。 


一方通行「どォかしたかよ?」
 
結標「……ねえ、一方通行?」

一方通行「あン?」

結標「今の私たちの関係って、何だと思う?」

一方通行「何って……恋人じゃねェのかよ?」

結標「……ふっ」


 結標は小馬鹿にしたように笑った。
 一方通行の怒りのボルテージがピキピキと上昇する。
 

829 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:52:13.62 ID:7SptLiMdo


一方通行「何かおかしいこと言ったかよ?」

結標「甘いわよ一方通行。大方、私が貴方のことを好きとか言ってしまったから両想いだと勘違いしてしまったんだろうけど、私は同じくらい貴方が嫌いとも言ったわよね?」

一方通行「そォいやそォだな」

結標「つまり好き一〇〇パー嫌い一〇〇パーでプラマイゼロ。そんな状態で恋人を名乗るなんておこがましいとは思わなかったのかしら?」


 あざ笑うように、見下すように結標は目の前の少年を見る。
 態度は気に入らないが、彼女の言いたいことはよくわかる。正論だ。
 だからこそ、一方通行は呆れたように言う。
 
 
一方通行「別に。どォでもイイ」

結標「あら、随分と余裕そうじゃない。もう少し慌てふためくかと思っていたのに」

一方通行「俺がそンなヤツに見えるかよ?」

結標「まあそうなんだけど……あっ」


 結標が何かを察したような表情をした。
 

一方通行「ンだァ? そのクソみてェな面はァ?」

結標「ふふっ、わかったわよ。貴方がそんな余裕ぶっこいている理由が」

一方通行「あン?」

結標「以前の『私』を一回落としたからって、私のことを簡単に落とせるとか思っているんじゃないかしら?」

一方通行「ハァ?」


 アホを見るような目を一方通行は少女へ向けた。
 しかし、結標はそんなことを知らずに指摘する。
 

結標「図星でしょ? 残念ね。私はそんな軽い女じゃないわよ?」

一方通行「知ってる。前のオマエから直に聞いた」

結標「あら、そうだったの。さすがは『私』ね」

一方通行「言ってろ」


 一方通行はため息交じりにそういい捨てた。
 何となく、このやり取りに妙な懐かしさのようなモノを感じた一方通行は、ふと思い出す。


一方通行「そォだ。一つ言い忘れていたことがあった」

結標「言い忘れていたこと? 何よ?」

一方通行「これはオマエのこれからの生活にも関わる重要なことだ」

結標「?」

一方通行「今までの生活を捨てて俺と一緒に過ごすってことはよォ――」


830 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:53:17.20 ID:7SptLiMdo


 ざわざわと病室の外の廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
 その声の数は二人三人とかじゃなく一〇人近い数はいる。
 男の声や女の声。大人の声や子供の声。
 様々な声色の集団が徐々にこの病室へと近づいてきて、ドアの前へでそれが止まった。
 
 ガラララッ! と勢いよくドアが開かれた。


打ち止め「来たよーアワキお姉ちゃーん!! ってミサカはミサカは行きつけの飲み屋に入る常連さんみたいに入室してみたり!」


 同居人である打ち止めが勢いよく部屋に入ってきた。
 
 
黄泉川「打ち止め、なんでお前の口から飲み屋とか常連さんっていう単語が出てくるじゃんよ?」

芳川「いや、それより先に病院なんだから静かにしろ、って注意すべきよ。愛穂」

 
 それを追うように、同居人の黄泉川が抜けたツッコミしながら入室し、隣の同居人である芳川桔梗がそれを諭す。


青ピ「おっじゃまっしまーす!! おっ、姉さん髪下ろしてんやん!! エッろごふっ!?」

吹寄「うるさいわよこの馬鹿者が!!」

姫神「吹寄さんも。十分うるさい」


 いつもと違う結標淡希を見て興奮を覚えているクラスメイトの青髪ピアスが、同じくクラスメイトの吹寄制理のゲンコツを喰らい床に沈んだ。
 そのやり取りを同じくクラスメイトの姫神秋沙が冷めた目で見る。
 

土御門「ところでカミやんは、なーんで病院の中なのに頭から血を流しているんだにゃー?」

上条「シスターとは名ばかりのモンスターに噛みつかれ――」

禁書「何か言ったかな? とうま」


 同じくクラスメイトの土御門元春と上条当麻が適当な会話をしながら入室してくる。
 その後ろをオマケのように付いてくるインデックスはクラスメイトではないが、友人ということにしておこう。


結標「…………」


 結標淡希は入ってきた大勢の人たちを前にぽかんとしていた。
 その様子を見て、一方通行は口の端を尖らせる。
 
 

一方通行「俺なンかより百倍面倒臭せェヤツらの相手をしないといけねェってことなンだぜ?」



 結標が一方通行を見る。
 彼女の顔が呆然とした表情から、自信に溢れたような笑顔へと変わる。



結標「――上等よ」



―――
――



831 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:55:01.40 ID:7SptLiMdo


 一方通行たちが入院している病院の遥か上空。
 何もないはずの空中に足を付けて立っている少女がいた。
 風斬氷華。彼女の体には弾けるような音と共に白い電気のようなモノが小さく走っている。
 何らかのチカラを使い、その場に留まっているのだろう。
 
 風斬はあるモノを見ていた。
 それは苦難の状況から脱却し、日常へと戻っていった少年少女たち。
 あの場に自分も行って喜びを分かち合いたいが、自分が行くのは場違いだろうと思い、こうやって静観している。
 微笑んでいる少女の後ろから、何者かが話しかける。
 
 
????「楽しいかね? 自らの行動で変質させてしまったモノたちを眺めるのは」

風斬「……あなたですか」

 
 風斬は振り返らずに答える。
 まるで誰が話しかけてきたのか理解している様子だった。
 表情が変わる。微笑みから険しい顔へと。
 

????「君は本当に自由奔放に動く。少しはutojavsoufの自覚を持ちたまえ」


 声の途中にノイズのようなモノが入り込んだ。
 しかし、風斬はそれを気にも止めない。まるでその意味を理解しているように。 


風斬「私は『友達』を助けるために行動しました。これが私の存在意義であり、生きる意味でもあります。だから、あなたたちのような存在に指図を受けるつもりはありません」

????「君があの場に介入しなければ、アレのyueialsdを促すことができたというのに」

風斬「あなたたちの事情など私には関係ありませんよ」

????「まあその代わりに、ほんの少しだが『ヘヴンズドア』のxeiotuewoafを見ることができた。それはそれで面白かったから良しとしよう」


 その言葉に風斬は眉をひそめた。
 ノイズ混じりの声はそのまま続ける。
 

????「世界とは面白いモノだ。本来ならこの世界はあらゆる国を巻き込んだ戦争が起きていたり、世界そのものが崩壊するなどといった事象を経ていたはずだった」

????「しかし、たった一つの歪がこうも世界を変質させてしまったとは。qwoperypoの私も驚きを隠せない」

 
 その声は楽しそうに言った。
 まるで映画の大どんでん返しを見たように。スポーツの試合の大逆転劇でも見たように。
 
 
風斬「何を言っているんですかあなたは」

????「君が気にすることではない。せいぜい君は君の存在意義というモノを果たしたまえ」

風斬「一体何を企んでいるんですか?」

????「私は何もしないよ。プランだとかそういうものを考えるのは『彼』の役割だ。私はただ観察して楽しむだけだよ」

風斬「……まあ、私からしたらどちらでもいいです。しかし、一つだけ覚えておいてください」


 風斬は振り返る。
 目の前にいる存在をメガネのレンズ越しに睨みつけながら、バチィと電気のようなモノを走らせながら。
 
 

風斬「エイワス。あなたがもし私の『友達』に手を出そうとしたならば、私の全てを捧げてでもあなたを叩き潰してみせます」



 エイワスと呼ばれる者が不敵に笑う。
 

エイワス「面白い。それは実に興味の湧く忠告だ」


―――
――



832 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:55:39.30 ID:7SptLiMdo

 
 一方通行と結標淡希はファミリーサイドの二号棟のエントランスにいた。
 あれから一日経ち、二人は自宅療養ということで退院となった。
 退院時間は午後の三時だったが、いろいろあって出るのが遅れ、ここに辿り着いたのが午後五時過ぎとなっていた。
 
 一方通行がカードキーをエントランスにあるパネルへかざす。
 ピーガチャン、という音と共にロックが解除される。
 家は一三階の部屋のため、二人はエレベーター前へと向かって歩いていく。
 結標がキョロキョロと周りを見回しながら言う。


結標「――へー、私ってこんないいマンションに住んでいたのねえ」

一方通行「つっても居候だけどな」


 一方通行は不機嫌そうにそう答えた。
 

結標「貴方はせっかく退院できたっていうのに、何でそんなに不機嫌そうな顔をしているのかしら?」

一方通行「俺の顔は元からこンなだよ」


 結標は少年の顔をじっと見てから、
 
 
結標「……たしかにそうよね」

一方通行「オイ」

結標「冗談よ。そもそも私はいつもの貴方の顔なんて知らないのだから、そんなこと言われても困るのよね」

一方通行「そォいや、そォだったな」


 一方通行は面倒臭そうに頭を掻いた。
 エレベーターの前にたどり着き、一方通行は上の矢印が表示されたボタンを押してエレベーターを呼ぶ。
 ウイーン、と中で駆動音がかすかに聞こえてくる。
  

結標「で、結局その表情の意味はなんなのよ?」

一方通行「これから面倒なことが起こンだろォなァ、って思ったら自然とな」

結標「どういうこと?」

一方通行「これだ」


 一方通行は携帯端末の画面を突き付ける。
 なになに、と結標はその画面をまじまじと見た。
 あるメッセージが書かれていた。

 『退院したら寄り道せずに、お腹を空かせた状態でまっすぐウチに帰ってくるべし』。
 
 その文章を見て、結標が勘を働かせる。


833 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:56:20.69 ID:7SptLiMdo


結標「……なるほどね。大方、私たちの退院パーティーでも開いてくれるのかしら?」

一方通行「そォいうこった。面倒臭せェ」

結標「あの子そういうの好きそうだものね。えっと、打ち止め、だっけ?」

一方通行「アホ面ぶら下げて玄関前で待機してンのが目に浮かぶ」


 一方通行はげんなりとした表情のままため息をついた。
 キンコーン、とエレベーターが一階に到達する。
 ドアが開き、そのまま二人は乗り込んだ。
 一方通行が一三階のボタンを押す。
 ドアが閉まり、特有の浮遊感とともにエレベーターが上へ上へと上昇し始める。

 ふと、思い出したように一方通行が彼女を呼ぶ。


一方通行「結標」

結標「なに?」

一方通行「……あー、ンだァ」

結標「?」


 一方通行が天井を見上げた。
 何もない空間を見て、何か考え事をしている様子だった。
 だから結標はその様子をただただ首を傾げて見ていた。
 
 ふうっ、と一方通行が息を吐く。
 視線を結標淡希へと移す。
 
 
一方通行「えー、短い間か長い間か、どれくらいの付き合いになるかはわかンねェけどよォ」


 まるで慣れないことを言っているかのように、声のトーンを上下させながら、


一方通行「何つゥか、アレだ、改めてこれからよろしく頼む、っつゥかァー」


 たどたどしくそう言われた結標は、じっと彼を見る。


結標「……もしかして照れてる?」

一方通行「は?」


 その言葉に一方通行は食って掛かるように顔を近づける。


834 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:57:10.99 ID:7SptLiMdo

 
一方通行「何言ってンだこのクソアマはァ!? ンなわけねェだろォが!」

結標「ひっ、い、いや、だって言った瞬間、目逸らしてたし」

一方通行「逸らしてねェよ!」

結標「そ、そんなムキになってるところからして、よっぽど恥ずかしかったのね!」

一方通行「もォ一回顔面ブン殴って記憶飛ばしてやろォか?」


 ギリリと一方通行は左拳を握り締める。
 結標が身体をビクつかせた。


結標「あ、あはは、ごめんなさい。冗談よ冗談。というかその脅し文句は、割とトラウマダメージ大きいからやめて欲しいんだけど……」

一方通行「あ、ああ、悪りィ。ちと無神経過ぎたか」


 一方通行は戸惑いながら謝罪した。
 その様子を見て結標は少し口角を上げ、視線をエレベーターの隅っこへ向ける。
 
 
結標「(ふふふっ、こうすればコイツから主導権を握ることができるわけね。良いことに気が付いたわ……!)」

一方通行「……聞こえてンぞオイ」


 結標本人は心の中で呟いたつもりだったらしいが、どうやら声に出ていたらしい。
 だから一方通行の白い額に青筋が浮かび上がっている。
 あはは、と結標は誤魔化すように愛想笑いした。
 
 キンコーン。エレベーターが一三階に辿り着いた音を鳴らした。
 

結標「あっ、どうやら着いたみたいよ?」

一方通行「うっとォしいヤツ」
 

 決まりが悪そうに結標はドアの前へと一歩動いた。
 ドアが開かれる。 
 

結標「ふふっ、まあでも、そうね。これからどうなるかなんて私にもわからないけど――」

 
 駆け出すように結標は外へと一歩踏み出した。
 そして、体ごと振り向きながら、柔らかな笑顔を見せながら、



結標「こちらこそ、よろしくね?」



835 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:57:46.26 ID:7SptLiMdo


 私は結標淡希。九月一四日以降の約半年間の記憶がない、記憶喪失です。

 この半年間『私』がどう過ごし、何を思っていたのかなんて私はわからない。
 そんな未知の世界へ『私』の代わりに飛び込んでいくと私は決めた。
 不安がないわけじゃない。けど、不思議と怖さはなかった。
 それはこうだという明確な理由があるわけじゃない。
 だけど、私は思う。



 「『私』が好きになれた世界なのだから、私も好きになれるはずだ」。



 そんな至極単純なことを思って私はここに居るのだろう。きっと。


――――――


836 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 18:58:54.91 ID:7SptLiMdo





結標「私は結標淡希。記憶喪失です」 完





837 : ◆ZS3MUpa49nlt [saga]:2022/01/22(土) 19:00:19.20 ID:7SptLiMdo

というわけで終わり
もうおらんやろけどここまで読んだ人がおったらおつかれした

伏線回収のための蛇足編のはずなのに全回収どころか逆に増えてるような気がするのは気のせい
ぶん投げENDってことでこんなしょうもないSSのことなんてもう忘れろ

長々語ったけど最後に心残りが一つ
>>345>>346を逆に投下してしまったのがほんま糞ムーブ

838 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/01/28(金) 22:24:04.62 ID:bbKW2wlIo
お疲れ様でした、懐かしいssがまた見れて大満足です。
また禁書ss書いてくれること祈ってます
839 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2022/03/24(木) 13:20:31.28 ID:TVWxG2Hf0
何となく気になって見返してたけど、続きが更新されてたなんて思いもしませんでした。
また続きが読みたいです
840 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/24(木) 20:35:32.61 ID:DbHM2PgY0
死体蹴りとは陰湿だなぁ……
841 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/05/06(金) 18:07:26.43 ID:rYV+b3N9O
SS避難所
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