【ミリマス】心の声

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27 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:28:14.32 ID:DD1b+AyVo

「あの……真壁、さん?」

ずいぶんと考え込んでしまっていたようです。
目の前に人がいる事にも気づいていませんでした。

「あ……如月さん」

声の主は如月千早さんでした。
765プロの先輩で、私たちのずっとずっと先を行く方です。

「急に話しかけたりしてごめんなさい」

ハッとした私を見て、如月さんが視線を逸らしました。
私を心配してくれている事は、仕草や表情で分かります。
だから如月さんが気まずそうにする必要なんでどこにもありません。

「いえ、大丈夫です」

だから私はそう答えました。
ホッと息を吐いたのが伝わってきます。
28 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:29:44.12 ID:DD1b+AyVo

「なんだか悩んでいるように見えたのだけれど」

意を決したように、と言えばいいのでしょうか。
顔を上げた如月さんがそう言いました。

「力になれるかは分からないけれど、話を聞くくらいならできるかなって……」

けれどその表情は、どこか自信なさげに見えます。
その姿に、なぜか私は昔の自分を思い出していました。

自分の気持ちが上手く伝えられなくて。
みんなとどう関わっていけばいいのか分からなくて。
劣等感のようなものを抱えていた、昔の自分です。

まるで見当違いな事を考えているのかもしれません。
こんなことを考える事自体、失礼な事かもしれません。
けれど私は、勝手に親近感のようなものを感じていました。

それに如月さんは、こういった事に慣れていないように見えます。
……私も人の事は言えないのですが。

ともかく、こうして声をかけてくれた事が嬉しくて。
だから私は先輩を頼る事にしました。
29 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:30:18.12 ID:DD1b+AyVo

「……なるほど」

一通り打ち明けると、如月さんは頷きました。
あごに手を当てて言葉を探しているようです。

「今の真壁さんだから歌える歌があると思うの」

少しの沈黙の後、そう切り出されました。

「今の私だから……ですか?」

「ええ」
30 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:30:56.99 ID:DD1b+AyVo

今のままではちゃんと歌えないと、私はそう思っていました。
ですが、如月さんは言うのです。

メロディに、歌詞に、その表面に囚われてはいけないと。
ただ素直に向き合うだけでいいのだと。

今の私だから気づける事があって。
今の私だから見えるものがあって。
分からないという事は、分かりたいの裏返しで。

そういった事に向き合った先に、どうしたいのかがあるんじゃないかと。

「それは全部、今の真壁さんにしか分からない事じゃないかしら」
31 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:31:42.60 ID:DD1b+AyVo

歌と、自分と、向き合って。
その先にある想いを見つけて。
それを歌に乗せて、歌う。

その話がストンと胸に落ちました。
決して簡単な事ではないでしょう。
ですが、ついさっきまでのことを考えれば雲泥の差です。
やるべき事が見えたのですから。
32 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:32:22.55 ID:DD1b+AyVo

「抽象的な事しか言えなくてごめんなさい」

申し訳なさそうな声が耳を打ちました。
どうやら私は、無意識のうちに如月さんを見つめていたようです。
その視線で誤解させてしまったのかもしれません。

こういう時、自分の無表情を悔しく思います。
もっと気持ちをストレートに表にさせたら、と。
私は如月さんに感謝しているというのに。

「相談に乗るなんて言いながら頼りない先輩で……」

「いいえ、そんなことはありません」

ですが、今すべきは後悔なんかではありません。
表情に出ないのなら、言葉で伝えればいいのです。
33 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:33:20.38 ID:DD1b+AyVo

「如月さんのお陰で、やるべき事が分かった気がします」

俯きがちだった目が、私を見てくれました。
しっかりと目を合わせて、感謝を伝えます。

「だから、ありがとうございます」

ペコリと頭を下げると、胸を撫で下ろす気配がしました。

「いえ、お役に立てたのなら良かったわ」

緊張から解放されたような、そんな表情が飛び込んできました。
自分の気持ちがちゃんと伝わったんだと、そう教えてくれます。
そしてもう一つ気づいた事があります。
声をかけてくれた如月さんも、不安を抱えていたんだという事を。
34 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:33:50.08 ID:DD1b+AyVo

私の前を素通りしたとしても、誰も何も言わないでしょう。
そもそも私は、如月さんに気づいてもいなかったのですから。
それなのに、声をかけてくれました。

「また、相談に乗ってくださいますか?」

それがどれだけ嬉しかったことか。
その気持ちを伝えたくて、厚かましいお願いをしてしまいました。

「ええ、私で良ければ喜んで」

嬉しそうな笑顔が、とても綺麗でした。
私の気持ち、伝わったようです。
35 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:34:27.61 ID:DD1b+AyVo

***************************


それからはもう、あっという間でした。
毎日のレッスンに汗を流して。
学校で授業を受けて、友だちとおしゃべりをして。
公演の宣伝にと、ラジオやウェブ番組にも出演しました。

目の回るような日々を駆け抜けて、気づけば公演の当日です。
完璧でなくてもいいから、後悔だけはしないように。
自分にできる精一杯を見せられるように。
それだけを胸にステージに立っていました。

時間が嵐のように過ぎていきます。
ただただ無我夢中で、気づけばもう私のソロ曲を残すのみになっていました。
36 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:35:01.30 ID:DD1b+AyVo

照明が落とされたステージの中央、そこにいるのは私一人。
なのになぜか、それほど緊張していません。
これまでの事を振り返る余裕さえあるくらいです。
一緒に頑張ってきたみんなが舞台の袖からこちらを見ているからでしょうか。

何度も何度も聞いたイントロが流れ出しました。
スポットライトが私に降り注ぎます。
頭が真っ白になるかも、なんて心配は杞憂だったようです。
考える前に体が動いて、口から歌があふれ出します。
37 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:36:30.35 ID:DD1b+AyVo


それはきっと、想いがあるから。

この胸に、伝えたい気持ちがあるから。

それを見つけられたから。

38 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:37:14.42 ID:DD1b+AyVo


私は自分が好きになれました。

歯がゆい思いをする事もあります。

でも、今の自分が好きなんです。

39 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:38:07.60 ID:DD1b+AyVo


受け入れてくれる人が増えました。

気持ちが伝わる人が増えました。

かつての自分には考えられなかった事です。

40 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:38:54.59 ID:DD1b+AyVo


嬉しくて。

嬉しくて。

41 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:39:23.03 ID:DD1b+AyVo


だから今度は、私が。

受け入れてもらうだけじゃなくて、受け入れたい。

42 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:40:04.94 ID:DD1b+AyVo


それはきっと、ずっとあった気持ち。

私は、みんなを、誰かを、もっと好きになりたいんです。

43 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:40:43.90 ID:DD1b+AyVo


『………らぶですか?』

44 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:41:10.32 ID:DD1b+AyVo


この気持ち、伝わるといいな。

45 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:41:44.13 ID:DD1b+AyVo

――――――
――――
――

屋上への扉を開けると、目の前に大きな月が出ていました。
吹き抜けていく風が火照った体に気持ちいいです。

メインとして立った初めてのステージは無事に幕を下ろしました。
今の私にできる事は全部やれたと思います。
プロデューサーも笑顔で迎えてくれました。
大成功と言っていいんじゃないでしょうか。

お客さんを送り出した後にジュースで乾杯をしました。
ちゃんとした打ち上げはまた後日にするようです。
……楽しみ。
46 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:42:11.44 ID:DD1b+AyVo

後はもう帰るだけ……なのですが。
何となくここに来てしまいました。

アンコールに応えて、全ての演目をやり終えて。
今日のメンバー全員で挨拶をすると、劇場を揺るがすような歓声が応えてくれました。

体の芯が震えるような感動。
ああ、私はちゃんとやれたんだなって。
その達成感を、もう少しだけ噛みしめたかったのかもしれません。
47 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:43:00.87 ID:DD1b+AyVo

背後でガチャリと音がしました。
私と同じように、誰かがやって来たようです。

「ここにいたんですか」

馴染み深いその声を私が聞き間違うはずもありません。
振り返ると、そこにいたのはやっぱりプロデューサーでした。

「はい。余韻に浸っていました」

「良いステージでしたからね」

隣にやって来たプロデューサーはのんびりと笑っています。
ネクタイを外している所を見ると、今日のお仕事は終わりのようです。
48 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:43:38.25 ID:DD1b+AyVo

プロデューサーであり、お兄さんでもある。
そんな姿を見て、聞いてみたくなりました。

「……私は届けられたでしょうか」

今の私の気持ちを乗せて、できる限り精一杯。
果たしてそれは、誰かに伝わるだけの力があったのでしょうか。

やり遂げた充実感はあります。
ですが、それだけで満足してはいけないような気がしたのです。

「ええ」

何を、とは聞き返されませんでした。
私の言いたい事を、ちゃんと分かってくれています。
隣を見上げると、満足そうな笑顔でした。
49 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:44:21.35 ID:DD1b+AyVo

分かってくれるのはプロデューサーだから?
それとも、お兄さんだから?

そんな疑問が頭をよぎりました。
お兄さんだろうとプロデューサーだろうと。
今までそんなこと気にもならなかったのに。

驚いて。
慌てて。
それなのに心がフワフワしていて。
落ち着かないのに安らかで。
恥ずかしくて。
嬉しくて。

それはまるで……
50 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:44:56.24 ID:DD1b+AyVo


「……好きです、お兄さん」

51 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:45:37.84 ID:DD1b+AyVo

強く吹いた風が背中を押してくれたんでしょうか。
何かを考える前に言葉がこぼれ落ちました。

そうやって口に出して、私は初めて気づきました。
この気持ちは、ずっと私の中にあったんです。

ずっとずっとすぐ傍にあって。
そこにあるのが当たり前で。
だから今まで見つけられなかった想い。

自分の歌と向き合って。
自分の気持ちと向き合って。
ようやく見つけられた想い。
52 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:46:19.52 ID:DD1b+AyVo

「…………瑞希、ちゃん?」

口調がお兄さんのものに変わっています。
こちらを見る目が見開かれています。
でも、瞳の奥にあるのはいつもと同じ優しい光。

ああ。
お兄さんはやっぱりお兄さんですね。

「冗談です」

誠実なプロデューサーへの信頼。
昔から知っている家族への親愛。
手品を教えてくれた師匠への尊敬。
私を導いてくれた恩人への感謝。

私の中には色んな『好き』があります。
どんな名前を付けたらいいのか分からない、たくさんの『好き』が。

「……そっか」

だから今はこれでいいんです。
今はまだ、自分の気持ちが全部分かったわけではありませんから。
53 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:47:04.44 ID:DD1b+AyVo

でも。

これから先、この想いに名前が付くのだとしたら。
もしそれが、『恋』だというのなら。

その時は覚悟しておいてくださいね、お兄さん?


<了>

54 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2021/06/26(土) 21:49:28.62 ID:DD1b+AyVo
というお話でございました

以前に書いた話から約2年、ようやく形になりました
真壁瑞希さんから告白された後「冗談です」って言われる人生が送りたい


お読みいただけましたなら幸いです
55 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2021/06/26(土) 22:02:20.57 ID:oUU4tS130
親戚ってことはメモリアルコミュ5の内容も変わってくるのかねぇ
乙です

真壁瑞希(17) Da/Fa
http://i.imgur.com/xrJoLBm.png
http://i.imgur.com/GVehLRx.png

>>27
如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/FnF055A.jpg
http://i.imgur.com/wDVHapz.png

>>43
「...In The Name Of。 ...LOVE?」
http://youtu.be/j-3IOaaJb74?t=104
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/07/09(金) 20:25:33.34 ID:I/n0Q7Aso
乙、面白かった
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