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【ミリマス】馬場このみ『3月19日』
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31 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2021/03/19(金) 12:26:34.67 ID:wEzeH4cQ0
目の前には、大きな門扉が開かれていた。
そしてそのすぐ脇には、『二次試験 試験会場』と書かれた、白い看板が立っている。
僕は看板の前で立ち止まって、そっとイヤホンを外した。
僕は胸ポケットから受験票を取り出した。
それはありがちな様式で、受験番号がただ事務的に印字されている。
他の人には、ありきたりで、何でもない紙切れなのかもしれない。
でも僕にとってこの受験票は、僕が自分の意志で自分の道を選んだことの証だ。
受験票を丁寧に仕舞って、僕は門扉の先へと進んでいった。
32 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2021/03/19(金) 12:27:15.49 ID:wEzeH4cQ0
◇
あの日から、何週間かが経った。
住み慣れたこの街を歩くと、少しずつ季節は移り変わっていることを実感した。
家のそばの公園では、桃が綺麗な花をつけていた。
明日、僕はこの街を旅立つ。
だから今日は、その最後に、僕にとって大切な場所に来ていた。
電車でたった数区間。
駅を降りると、微かに潮風が抜けて、僕の鼻をくすぐった。
765プロライブ劇場。
休日ともあって、広場には多くの人が詰め掛けていた。
建物の傍には、法被を着て談笑する人たちが見える。
少し離れたベンチの傍には、寄せ書きを呼び掛けている人たちが集まっている。
そこには、普段と何も変わらない光景が広がっていた。
僕はそれを遠巻きに見ていた。
僕の心は温かくなって、そして胸の片隅がちくりと痛んだ。
33 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2021/03/19(金) 12:28:02.44 ID:wEzeH4cQ0
今日の定期公演では、開演前に握手会が設けられる事になっている。
765プロライブ劇場では、このような構成のイベントが、結構頻繁に行われる。
基本的には、当日の公演の出演者と同じメンバーが参加する。
僕はスタッフに携帯のメール画面を見せて、劇場の中に入った。
『馬場このみ』と書かれた札を見つけて、僕はその列の最後尾に並んだ。
いつになっても、握手会は慣れなかった。
言いたい事は沢山あるのに、本人を前にすると胸がいっぱいになって、言葉が出てこなくなる。
僕がこの一年頑張ってこれたのは、貴方がいてくれたからだって、伝えたい。
待機列に並んでいる間、心の中で何度もシミュレーションをした。
列が進んでいくたびに、胸の鼓動が大きくなるのが分かった。
待っている時間なんて、あっという間に過ぎていった。
気が付けば、自分の番になっていた。
34 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2021/03/19(金) 12:29:02.58 ID:wEzeH4cQ0
「──い、いつも応援しています!」
「ウフフ、ありがとう。お姉さんも頑張るわね♪」
彼女が伸ばした手を、僕はそっと両手で握った。
彼女の手は柔らかかった。
僕が目線を戻すと、彼女の顔がすぐ目の前にあって、ちょっぴり気恥ずかしかった。
僕は準備していた内容を彼女と話した。
やりたいことを見つけて、ある大学を志望したこと。
受験当日の朝に『水中キャンディ』を聞いていたこと。
そして、志望していた大学に合格したこと。
「僕は今まで、貴方からたくさんの勇気を貰いました。
──本当にありがとうございました」
僕は、彼女の手を握ったままで、頭を下げた。
顔に熱が上っていくのを感じる。
ともすれば何かが溢れそうになるけれど、それを何とか押しとどめた。
僕が顔を上げると、そこで彼女と目が合った。
優しい目だった。
彼女のその瞳は、真っすぐ僕の目を見つめていた。
彼女の息遣いが聞こえてきそうだった。
35 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2021/03/19(金) 12:29:57.08 ID:wEzeH4cQ0
「私もね、みんなが振ってくれるサイリウムの光に、いつだって勇気をもらってるの。……だから、私からも言わせてほしい」
「いつも、ありがとう」
彼女はそう言ってから、にこっと笑った。
36 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2021/03/19(金) 12:30:42.43 ID:wEzeH4cQ0
僕の中で色々な記憶、思いが駆け巡った。
僕は公演へ来るたびに、彼女の色のサイリウムを掲げてた。
──『どうか、届きますように』って。
抱えた色々な思いが僕の心で溢れて、胸がいっぱいになった。
それと同時に、胸が鈍く痛んだ。
僕がこの街にいられるのは今日が最後なんだ、と。
思いが大きくなるたびに、そんな胸の綻びが大きくなっていく。
そしてとうとう、僕の心は決壊した。
今まで隠していた言葉が、勝手に声になって、僕の胸の奥から出ていく。
自分でも、もうどうにも止まらなかった。
合格した大学が地方で、関東から離れなくてはならないこと。
この街にいられるのが、今日が最後だということ。
そして、この劇場に来れる回数も減ってしまうかもしれないこと。
彼女は、そんな僕の話を、ただ静かに聞いていた。
僕の心は正直だ。
……話すつもりなんてなかったのに。
本当は別の事を言おうとしたのに。
こんなことを彼女に伝えても、彼女を悲しませてしまうだけだって分かっていた。
37 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2021/03/19(金) 12:31:42.19 ID:wEzeH4cQ0
「で、でも──」
僕は沈黙を破るように、慌てて切り出す。もう、今更隠すことなんてないだろう。
「僕は貴方に、劇場のみんなに必ず会いに来ます。
向こうで頑張って、『かっこいい大人』になって──!」
……結局、全部言ってしまった。
やっぱり、良くも悪くも僕の心は正直なんだと思う。
彼女の瞳は、何も変わらず僕の目を見つめていた。
たったそれだけだったけれど、僕には分かった。
大勢のファンの一人でしかない僕の話を、彼女は真っすぐに受け止めてくれたんだと。
38 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2021/03/19(金) 12:32:35.61 ID:wEzeH4cQ0
「伝えてくれて、ありがとう。
そういう気持ちを誰かに話すのって、すっごく勇気がいると思う。
……だから、私は嬉しい」
彼女は、もう一方の手を添えて、僕の手をぎゅっと握った。
「最高のステージを見せるから。
貴方が安心して貴方の道を進んでいけるように、私がこの場所で最高に輝いて見せるから」
「──だから、その姿を見ていてくれる?」
その答えは、初めから決まっていた。
初めて出会った時から今まで。
そしてきっと、これからも。
時間が来て、彼女の手がそっと離れた。
彼女の手はとても小さくて……とても暖かかった。
彼女のような『かっこいい大人』になりたい。
改めて、僕はそう思った。
39 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2021/03/19(金) 12:33:03.39 ID:wEzeH4cQ0
◇
僕は座席に着いて、開演の時間を待っていた。
時間まで、あと二、三分くらい。
僕の胸の中で、どきどきと鼓動が高鳴る。
だけどそれと対照的に、僕の心は穏やかだった。
きっとこの公演は、僕の宝物になる。
照明が落とされた。
それに呼応するように、ファンたちは一斉に歓声を上げた。
客席の光が一つ二つと増えていって、次第に辺りは光の海に変わっていく。
40 :
◆Kg/mN/l4wC1M
:2021/03/19(金) 12:33:31.25 ID:wEzeH4cQ0
開幕のベルが鳴る。
その音に、思わず緊張が走った。
きっとそれはみんな同じで、辺りは途端に張りつめた。
隣の人の鼓動さえ、聞こえてきそうだった。
暗がりの中で、オープニングとなる音楽が流れ出す。
『Thank You!』。
たった十数秒の、短いアレンジ。
昔からずっと変わらない、優しいメロディー。
幕が、開く。
高翌揚が高翌揚を呼ぶ。
それが最高潮に達した瞬間、一斉にスポットライトが点いて、ステージを眩しいほどに照らし出した。
41 :
◆Kg/mN/l4wC1M
[saga]:2021/03/19(金) 12:35:56.42 ID:wEzeH4cQ0
その刹那、僕は桃色のサイリウムを掲げていた。そして、その先には、白い光に包まれた彼女がいた。
『とびらあけて さあ行こうよ──』
『──私たちの Brand New Theater Live!』
客席中からコールが響いて、サイリウムの光たちが一際大きく揺れる。
大きな破裂音と共に、銀色に光を反射するたくさんのリボンたちが、宙を舞った。
僕は、彼女のパフォーマンスを目に焼きつけながら、目一杯にサイリウムを振った。
最高のステージには、最高の応援を──。
僕の思いが貴方に届くように、心を込めて。
遠い場所へ発つことに、後悔なんてなかった。
例え遠く離れてしまっても、きっとこの桃色の光が繋いでくれる──そんな確信が此処にある。
だからまた、その度に、何度でも。
──何度でも、恋をしよう。
42 :
◆Kg/mN/l4wC1M
[saga]:2021/03/19(金) 12:36:34.13 ID:wEzeH4cQ0
◆
俺は、舞台袖の片隅から、ステージに立つ彼女を見つめていた。
彼女のダンスは小さいながらも、それを補い余りあるほどの情熱がある。
額から流れる汗が、輝きに変わる。
見ている人を惹きつけて離さない──そんな瞬間を幾度だって垣間見た。
彼女の歌声は、鈴が鳴っているようだった。
透き通った声が、会場の端から端までに届けられていく。
切なさと強さを併せ持った、彼女の震えるような高音が劇場中を包みこむ。
彼女のパフォーマンスは全て、これまで彼女が実直に取り組んできたトレーニングに裏打ちされたものだった。
43 :
◆Kg/mN/l4wC1M
[saga]:2021/03/19(金) 12:37:15.26 ID:wEzeH4cQ0
出逢った頃の彼女は、毎日夜遅くまで自主レッスンに取り組んでいた。
自分に実力が足りていないだけだからと、彼女はよく自嘲した。
当時の俺は、彼女のその姿に危うさを覚えた。
彼女をそうまで突き動かすものは何なのか、俺は分からなかった。
もし突然、その原動力が失われてしまったのなら……?
あれから彼女は、多くの時間を仲間たちと過ごして、たくさんのステージに立ってきた。
そして、その数だけ、多くのファンたちと出逢ってきた。
──そうした出逢いの先に、今の彼女がいる。
彼女のこのステージは、その軌跡の上にあるものだ。
44 :
◆Kg/mN/l4wC1M
[saga]:2021/03/19(金) 12:38:26.78 ID:wEzeH4cQ0
ステージの上の彼女の、瞳の向く先を追いかけた。
彼女の瞳には、光あふれるサイリウムの海が──ファンたちが映っていた。
向かい合えば、手を伸ばせば──きっと、気持ちは届く。
彼女と客席のファンたちの間で、そんなやり取りがあった。
彼女はステージ上でのパフォーマンスで。
ファンたちはサイリウムの光の波で。
それだけできっと、想いは伝わる。
彼女のステージを見て、そう直感した。
だからこの劇場から、数えきれないステージを、何度でも。
──何度でも、恋をしよう。
45 :
◆Kg/mN/l4wC1M
[saga]:2021/03/19(金) 12:56:19.82 ID:wEzeH4cQ0
以上になります。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
GREE版ミリオンライブ!のサービス終了から、早いもので3年も経ってしまいました。
それでも8年前に始まった彼女の物語──軌跡は止まっていないのだと、何度も実感します。
実際、GREE版でも重要な役割を果たしてきた彼女の楽曲『dear...』や『水中キャンディ』もまた、シアターデイズで新たな物語を紡いでいます。
そんな背景の下で、3年前当時と今現在、それぞれの彼女を取り巻んでいる(いた)環境と、その変化について表現したいと思い立ち、筆を執りました。
その中でとくに、現在の彼女において、『定期公演』の概念はとても大きな役割を果たしているのでは、と思っています。
メタ的な側面もまた、彼女の軌跡の一部だと考えています。
そんな彼女の物語を見て、何かを感じ取ってくれたのならば、幸いです。
46 :
◆Kg/mN/l4wC1M
[saga]:2021/03/19(金) 12:57:14.26 ID:wEzeH4cQ0
>>40
(sagaを忘れてました……)
開幕のベルが鳴る。
その音に、思わず緊張が走った。
きっとそれはみんな同じで、辺りは途端に張りつめた。
隣の人の鼓動さえ、聞こえてきそうだった。
暗がりの中で、オープニングとなる音楽が流れ出す。
『Thank You!』。
たった十数秒の、短いアレンジ。
昔からずっと変わらない、優しいメロディー。
幕が、開く。
高揚が高揚を呼ぶ。
それが最高潮に達した瞬間、一斉にスポットライトが点いて、ステージを眩しいほどに照らし出した。
47 :
◆NdBxVzEDf6
[sage]:2021/03/19(金) 21:49:33.90 ID:Gyo0PNQZ0
記憶残したまま世界線超えてきちまったか
3年もたったんだな....乙です
馬場このみ(24) Da/An
https://i.imgur.com/kTQPgbO.jpg
https://i.imgur.com/RUbDFP9.jpg
https://i.imgur.com/0soeree.jpg
>>14
音無小鳥(2X) Ex
http://i.imgur.com/hFRWAa5.jpg
http://i.imgur.com/ZBxZZAR.jpg
>>30
『水中キャンディ』
http://youtu.be/sWU-PSuRAC8?t=86
>>40
『Thank You!』
http://www.youtube.com/watch?v=KaOo73W_GS8
>>41
『Brand New Theater!』
https://www.youtube.com/watch?v=2ELtcG7sRCU
>>45
『dear...』
http://youtu.be/Vc8Nlerv5iE?t=68
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/03/19(金) 22:05:38.62 ID:D3XMlGfDO
ありがサンキュー
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[ Aramaki★
クオリティの高いサービスを貴方に
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