【モバマスSS】まゆ「大切な日を、大切な人と」

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1 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:12:30.17 ID:5XdNLX5N0
9月。

暦の上では既に秋だが、ここ最近はまだまだ夏ということが多い。
だが秋らしさを微塵も感じられないというわけでもない。
例えば高い青空、それに張り付いている薄い雲。
ビルの間を吹き抜ける熱風は秋の訪れを許さないが、すれ違う景色だけは僅かに秋を覗かせている。

俺の右手には通勤時にいつも抱えている鞄。左手には小さな包みを握っている。
真っ赤なリボンで華やかに彩られたそれは、ワイシャツ姿のくたびれたサラリーマンが持つにはあまりにも不相応だろう。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1611933149
2 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:13:09.03 ID:5XdNLX5N0
でも通行人の皆さん、今日だけはこの違和感を許してください。
もうあと5分も歩けば事務所に到着するから、そこで左手はお役御免なんです。

包みが左手から解放された瞬間、俺の目に映るのはまゆのどんな表情だろうか。

9月7日は我が事務所が誇る人気アイドル、佐久間まゆの誕生日である。
人気アイドルの彼女は当然メディアへの露出も多く、したがってファンの数も途方もない。
俺のファンは恐らく親と祖父母くらいだろうから、比べるまでもない。切ない。
だからまゆの誕生日を祝ってくれる人も大勢いて、この2週間くらいはどこへ行ってもたくさんの祝福に囲まれていた。
それを彼女の次に近い場所で見てきた俺は、その幸せな日常を最も理解している自信がある。

そんな光景を目の当たりにしてきた俺が、しがない一般人の俺が、
世界中から愛されるまゆの誕生日を祝う意味はあるのか。
3 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:13:51.08 ID:5XdNLX5N0
P「あるに決まっているじゃないか」

なぜなら俺が一番、まゆのことを祝えるから。
世界70億人の中で俺が一番だ、絶対に。

勘違いしないでほしいが、スタッフや共演者、ファンの方々からのお祝いを下げるつもりなんて毛頭ない。
彼ら彼女らの心からの祝福は全てまゆにも届いている。
俺の祝福が強すぎるだけだから、一番を奪ってしまうのは仕方のないこと。
他のみんなはどうか気にしないでほしい。本当に申し訳ない。まゆを祝う気持ちだけは誰にも譲れない。
これはプロデューサーとしての矜持だ。
4 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:14:27.43 ID:5XdNLX5N0
俺の頭の中のまゆスケジュール帳によると、今日は朝から事務所に来ているはずだ。
そこで俺は朝の挨拶もそこそこに、持てる限りの全力を彼女への祝福に捧げよう。

ダメだ、のろのろ歩いていては身体を気持ちが追い抜いてしまうかもしれない。
待ち切れなくなった俺は走り出す。まゆの待つ事務所へ。

P「まゆ、待っててくれ....今行くぞ....!」ダッ

P「これを渡せばきっとまゆは
5 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:14:53.41 ID:5XdNLX5N0
〜事務所〜

ちひろ「....」カタカタ

ガチャリ

まゆ「おはようございます」ペコ

ちひろ「まゆちゃん?早いですね〜」

まゆ「....やっぱり寝付けなくて」

ちひろ「寝付けなかったというと聞こえは悪いですから」

ちひろ「早起きできた、にしてみましょう」ニコ

まゆ「....そうですね」
6 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:15:52.46 ID:5XdNLX5N0
ちひろ「....」

ちひろ「まゆちゃんも、今日で17歳ですか」

ちひろ「時が経つのは本当にあっという間....」

まゆ「....」

ちひろ「もしかして今」

まゆ『ちひろさん、おばさんみたいなこと言いますねぇ』

ちひろ「って思いました?」プンスカ

まゆ「....ふふっ」クスリ

ちひろ「やっぱり!」
7 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:16:32.01 ID:5XdNLX5N0
まゆ「そんなこと、思ってませんよ」クスクス

まゆ「だってまゆにとっても」

まゆ「この1年はあっという間でしたから」ニコ

ちひろ「....うん」

ちひろ「私、まゆちゃんが無事17歳を迎えられて嬉しい」

まゆ「....ありがとうございます」

ちひろ「....お誕

ガシャーーーン!!!!

まゆ「!?」
8 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:16:58.74 ID:5XdNLX5N0
P「まゆううううううううう!!!!!!!!!」ダダダダダッ

P「誕生日おめでとおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」ドタドタ

まゆ「....」

まゆ「....あ」

ちひろ「なんで....」

P「まゆ、おはよう!」

P「打合せって言って呼び出したけどな!実は本当の集合時間は30分後なんだ!」

P「なぜかって?それはな!」
9 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:17:26.65 ID:5XdNLX5N0
P「俺が一番にまゆの誕生日を祝うためさ!」

P「確かにまゆは散々祝われてたけど」

P「誕生日当日くらいは俺が一番に祝いたいじゃん?」

P「だから職権乱用してちょっと早めにまゆを....」

P「ってちひろさん!?早くないですか!?」

P「....はっ!?」
10 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:17:52.82 ID:5XdNLX5N0
P「ももももももももももしかしてもう祝っちゃいました!?」

P「ちょっと勘弁してくださいよ〜」

P「せっかく俺が一番に祝おうと思ったのになんでそういうことしちゃうんですか〜」

P「....まあうだうだ言ってもしょうがない」

P「まゆ、一番じゃないかもしれないけど一番のつもりで言うよ」

P「すーはー....」スーハー
11 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:18:22.45 ID:5XdNLX5N0
P「....」

P「16歳の誕生日おめでとう、まゆ」

P「今日からもまた一緒に頑張っていこう」

まゆ「....ぅ」

P「嬉しくて声も出ないか〜?」

P「ああ忘れる所だった!」ガサゴソ
12 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:19:00.89 ID:5XdNLX5N0
P「これはプレゼントだ、受け取ってくれ」スッ

まゆ「ぅっ、ぅぇっ....」

P「ん?」

まゆ「おぇぇぇ....」ビチャビチャ

P「」

P「ちょっまゆ、お前、大丈夫か!?」

P「朝から盛大に祝い過ぎたか?ごめんごめん」
13 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:19:30.88 ID:5XdNLX5N0
P「背中さすってやるから

ちひろ「触らないでっ!!!」バシッ

P「ち、ちひろさん!?」

ちひろ「あなた、なんですか?」

ちひろ「どういう技術か知りませんけど」

ちひろ「まゆちゃんに何の恨みがあってそんな酷いことをするんですか?」

P「恨みて....そこまで言わなくても....」
14 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:20:24.36 ID:5XdNLX5N0
P「俺はただまゆの誕生日を、プロデューサーとして恥ずかしくないように....」

ちひろ「....私たちが」

ちひろ「どんな思いでこの1年過ごしてきたと!!!」ブルブル

P「や、あの」

まゆ「ハァ、ハァッ、ハッ、ハッ」ゼェゼェ

ちひろ「まゆちゃん!?大丈夫ですか!?」

まゆ「ちひろっ、さんっ、すみっ、すみませんっ....」ゼェゼェ
15 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:20:50.28 ID:5XdNLX5N0
ちひろ「落ち着いてゆっくり息を吐いて、ふーって吐いてください」

まゆ「ハァッ、フー....」

ちひろ「立てますか?医務室で休みましょう?」

まゆ「ハァッ....ハァッ....」

ちひろ「大丈夫ですよ、ゆっくりゆっくり」

P「ま、まゆ....」

ちひろ「....あなた」
16 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:21:31.77 ID:5XdNLX5N0
ちひろ「そこにいてください、あとでゆっくり話を聞きます」

ちひろ「でもどんな理由があろうと」

ちひろ「絶対に許しませんよ」ジッ

P「ヒェ....」

スタ スタ スタ スタ

P「....」

P「....やっちまったなぁ」

P「怒りすぎて他人行儀になってたわ....」

P「こりゃ相当キツイお説教になるぞ....」ゲンナリ
17 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:21:59.15 ID:5XdNLX5N0
スタスタスタスタスタスタ

P「あ、来た」

バンッ

ちひろ「....」ジロリ

P「....」

P「すみませんでしたあああああああああ!!!!!」

ちひろ「....」
18 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:22:27.34 ID:5XdNLX5N0
ちひろ「....あなた、一体何なんですか」

ちひろ「そんな格好して、やっていいことと悪いことの違いもわかりませんか」

P「へ?」

ちひろ「精巧な被り物なのか特殊メイクなのか知りませんが」

ちひろ「今すぐそれを取ってください、極めて不快です」

P「被り物?帽子なんてしてませんけど?」

ちひろ「声まで似せて、嫌がらせでそこまでしますか!!!」

P「??????」
19 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:22:57.66 ID:5XdNLX5N0
ちひろ「....警察を呼びます」

P「け、警察ぅ!?」

ちひろ「....今すぐ」

ちひろ「今すぐそのPさんのフリをやめなさい!!!」

P「えぇ?俺プロデューサー本人なんですけど」

ちひろ「....チッ」チッ
20 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:23:25.42 ID:5XdNLX5N0
ちひろ「....警察を

P「....ちひろさんの」

ちひろ「....?」

P「ちひろさんの趣味はコスプレ!!!」

ちひろ「!?」

ちひろ「ど、どうしてそのことを....」

ちひろ「それは事務所の中でしか知られていないはずなのに....」
21 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:23:52.69 ID:5XdNLX5N0
P「ちひろさんの好きなジャンルはオネショタリョナもの!!!」

ちひろ「!!?!?!?」

P「....なぜちひろさんが俺のことを偽物だと思ったのかは知りませんが」

P「これでわかったでしょう」

P「ちひろさんの秘密の暴露をできるのは」

P「正真正銘俺だけですから」ニコッ

ちひろ「ぁ....ぁ....」ガクガク
22 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:25:30.55 ID:5XdNLX5N0
ちひろ「....でもそんなわけっ」

ちひろ「そんな、ありえませんっ!!!」

ちひろ「あなたはPさんを騙る悪趣味な最低の人間なんです....」

ちひろ「喪った未来を見せつけて」

ちひろ「そうしてまた、現実に苦しめられる私たちの顔を見て」

ちひろ「愉悦を感じる人間の屑なんです....」

P「なんでここまで信じてもらえないんだ....」
23 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:25:57.74 ID:5XdNLX5N0
P「俺そんなに怪しいかなぁ....傷つく....」カキカキ

ちひろ「見た目も声も、喋り方も、そのしぐさだって何もかもそっくり」

ちひろ「....違う」

ちひろ「あなたは、完全にPさん」

P「だからそう言ってるじゃないですか」

ちひろ「何度も夢に見ました、何度も願いました、何度も祈りました」

ちひろ「それでもっ!」

ちひろ「Pさんはもういないんです」ワナワナ

P「....?」
24 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:26:47.54 ID:5XdNLX5N0
ちひろ「1年かけてようやく乗り越えたのに」

ちひろ「今更っ、蒸し返すようなマネをして....」ボタボタ

P「ちひろさん、え?泣いてる!?」

ちひろ「もうわけが、わかりません....」ビシャビシャ

P「俺のセリフなんですが....」

ちひろ「Pさんは」

ちひろ「亡くなったのに....」ボロボロ

P「....」
25 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:27:15.73 ID:5XdNLX5N0
P「....んん」

P「....」

P「....ん?」
26 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:29:16.50 ID:5XdNLX5N0
9月7日は、私の一番大切な日でした。
毎年楽しい思い出ばかりがいくつも積み重なっていって、どんどん特別な日になっていきました。

その日も、素敵な日になると信じて疑いませんでした。
いえ、あえて信じることすら必要はなく、幸せが向こうから私を迎えに来てくれるものだと、
座って待っていれば、いつものようにやってきてくれるのだと、
そう思っていました。

9月7日は、私の一番大切な人が亡くなった日です。
おかしいですね、中身は全く変わっているのに、
一番大切な日であることは変わっていないなんて。
27 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/01/30(土) 00:30:02.52 ID:5XdNLX5N0
書きためていないのでペースは遅いですが、続く予定です。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/30(土) 02:21:03.43 ID:GY9V9UYuo
おつおつ
29 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/13(土) 18:05:15.58 ID:dBsvw9UF0
まゆ「....」

ガチャッ

ちひろ「....どうですか?」

まゆ「....元々体調を崩していたわけではありませんでしたから」

ちひろ「....うん」

まゆ「....」

ちひろ「....」
30 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/13(土) 18:05:56.24 ID:dBsvw9UF0
ちひろ「....さっきのことなんですけど」

ちひろ「話しても大丈夫ですか?」

まゆ「....知りたいです」

ちひろ「....警察に通報しようと思って、電話を取るつもりでした」

ちひろ「でも」

ちひろ「あの人の表情も、仕草も、言葉も」

ちひろ「全てが....」グッ

まゆ「....」
31 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/13(土) 18:06:36.46 ID:dBsvw9UF0
ちひろ「私もう、わけがわからなくて」

まゆ「....はい」

ちひろ「....ありえないのはわかっているんです」

まゆ「....」

ちひろ「....一応、あの人と私でお互いに話しをした後」

ちひろ「事務所の一室で待ってもらっています」

まゆ「....まだいらっしゃるんですか」

ちひろ「真実がどうであれ」

ちひろ「Pさんを知っている人があの人と会ったら、大騒ぎになりますから」

ちひろ「今はとにかく、隔離という形で」

まゆ「....」
32 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/13(土) 18:07:05.10 ID:dBsvw9UF0
ちひろ「....どうしますか」

まゆ「....」

まゆ「まゆに聞くんですね」

ちひろ「だって....」

ちひろ「....」

ちひろ「....私が決めるわけにはいかないでしょう」

まゆ「....わかりました」
33 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/13(土) 18:09:54.11 ID:dBsvw9UF0
今日は今年の9月7日だと思っていたら、来年の9月7日だったらしい。
何を言っているかサッパリだが、俺が今世界で一番サッパリだ。
いや、俺からしたら今日は来年だが、世間的には今年だな....。この表現は間違っているのか?

そんなことは、ちひろさんから告げられた事実からすれば些細なことだ。
なんでも俺は昨年の9月7日の朝、事務所に到着する直前で車に轢かれて死んだらしい。
....随分荒い作りのドッキリ番組だが、俺も芸能事務所にそこそこ長く勤めている人間である。
あらゆる理不尽にさらされてきた経験で培ったでっかい包容力をもって、番組を成立させてやろうと意気込んだ。
のだが、まゆやちひろさんの様子は明らかに異様だった。演技経験のあるまゆはまだしも、
一般事務員のちひろさんの演技力はどこで培ったんだろうか。
34 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/13(土) 18:12:09.14 ID:dBsvw9UF0
なんてことを考えていたら、僅かに平静を取り戻したちひろさんから、
断片的な情報と俺が死んだという証拠をいくつか聞かされ、見せられた。
そして、そのまま待っていてください、とだけ言って部屋から出ていってしまったので、
俺の方でも考えをまとめてようと試みている最中だ。

窓の外ではまだ煩わしい蝉が、まだ見ぬ相手を求め必死で鳴いている。
朝から小走りで事務所へ向かっていた俺のワイシャツは、湿り気を帯びていて不快なフィット感を生み出していた。
どちらも、体感では数十分前からほとんど変わっていない。湿り気の程度以外は。
しかしちひろさんの話が真実であれば、実際の時間は数十分に加えて丸1年が経過していることになる。
35 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/13(土) 18:14:30.16 ID:dBsvw9UF0
どれくらいの時間が経っただろうか。体感では数十分といったところだが、
最早今の俺の体感など何の当てにもならない。

示された情報や自らの調査によって導き出した結論は、俺が死んだのは真実である、というものだった。
未だにその自覚はないが、逆に言えば俺以外の世界全てがその事実を肯定している、ように見える。
多数決原理に照らし合わせるなら、圧倒的大差での完敗だ。
別にドッキリならそれでもいい、最後のネタバラシでほっと胸を撫で下ろせば済むわけだし。

そりゃ、1年前に死んだやつがいきなり現れて、1人だけ日常生活を送り始めたら混乱するよな。
こっちは知らなかったとはいえ、あの2人に対して途方もない悪行を働いてしまったように思えてならない。

俺自身の方は、突如置かれた状況に頭が回らず、感情の波も脳まで到達していない。
並べられた情報を整理して現実を受け入れたつもりなのだが、まだ身体に反映されていないのだろうか。
36 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/13(土) 18:14:59.74 ID:dBsvw9UF0
コン....コン....

遠慮がちな、途切れ気味の小さなノック。
この身で返事をしてよいものなんだろうか。
対応に躊躇していると、

コンコンッ

俺が気づかなかったと勘違いしたのか、1度目とは違う軽快なノックに変わっていた。
こうも訴えかけられては返事をしないわけにもいくまい。
37 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/13(土) 18:16:27.47 ID:dBsvw9UF0
P「はい....?」

ガチャ

まゆ「....」

まゆ「....失礼します」

P「....お、おう」

まゆ「....」

P「....」
38 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/13(土) 18:16:55.83 ID:dBsvw9UF0
ついさっき(と言っても実際は1年以上前)までは、早くまゆに会いたい、なんて恋する乙女になっていたのが信じられない。
悪寒が走ったのは、気化熱と狭い部屋にしては効きすぎたエアコンの風によって、身体が冷えてしまったからなのか。
それとも、正面に座る彼女の表情が、否応なしに俺の死を自覚させてくれたからなのか。
39 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/14(日) 18:28:34.86 ID:q3m1PlvQ0
まゆ「....」

P「....」

まゆ「....あの」

P「?」

まゆ「すみませんでした、取り乱してしまって」

P「ああ、いやいいんだ」

P「俺の方こそ驚かせてしまって申し訳ない」

まゆ「....」
40 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/14(日) 18:29:48.00 ID:q3m1PlvQ0
P「....よかったのか、ここに来て」

まゆ「....あのまま逃げていても」

まゆ「まゆの心のざわめきは治まりません」

P「....」

まゆ「....直接話してみてわかりました」

まゆ「あなたはやっぱり、プロデューサーさんなんですね」

P「....そのつもりだ」

まゆ「....」

まゆ「....お話、しませんか」

まゆ「いつもと同じように」

P「....」

P「ああ」
41 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/14(日) 18:30:58.55 ID:q3m1PlvQ0
私たちは、現実から目を逸らすように他愛もない話を続けました。
1年という長い離別は、お互いの心を遠ざけてしまっていたんでしょうか。
プロデューサーさんはどこか遠慮がちに、私の内側を探るような語り口。
私は言葉を紡ごうとしても、どこかで引っかかってしまって、滑らかに口から出ていきません。

この人を愛し、恋をしていた頃も、言葉を発するのに時間をかけてしまうことがたびたびありました。
でもそれは幸せの迷路に迷い、微笑みながら苦しんでいたからで、今のそれは正反対。
2人きりで話しているのにこんなに哀しくなるなんて、考えたこともなかったんです。

それでも30分、1時間と話し続けていると、幾らか私の心も落ち着いてきて、
以前のようにとはならなくとも、周りから見ればそう変わらないくらいの和やかさを取り戻せたような気がします。
プロデューサーさんも私の心が溶けていくのを察したのか、ゆっくりといつもの調子に戻していって。
42 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/14(日) 18:31:29.21 ID:q3m1PlvQ0
P「そうか、もう立派な売れっ子アイドルだな....」

まゆ「プロデューサーさんがそう言ってくれて、嬉しいです」

P「....まゆも俺が見ないうちに、もっと成長したんだな」

P「もちろんいた頃からすんごい子だったけどさ」アハハ

まゆ「....」

まゆ「....まゆ、この後お仕事があるんです」

P「そうなのか、だったら早く行って来た方がいいんじゃないか?」

まゆ「....」

まゆ「終わったら帰ってくるので、ここで待っていてもらえますか」ジッ

P「?」

P「俺の予定は空白だから構わないが....」

まゆ「約束ですよ」

P「おう」
43 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/14(日) 18:31:57.74 ID:q3m1PlvQ0
ガチャリ

P「....」

P「....これでよかったんだろうか」

ちひろ「どうでしょうね」

P「うわっ!?」

ちひろ「お化けが出たみたいな驚き方はやめてくださいよ」

ちひろ「Pさんの方がよっぽどお化けなんですから」

P「それは確かに」
44 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/14(日) 18:33:07.87 ID:q3m1PlvQ0
P「あれ、もういいんですか」

ちひろ「何がです?」

P「俺をプロデューサー認定しても」

ちひろ「....ある程度会話を交わせばわかります」

ちひろ「あなたがPさんであることを疑う理由は」

ちひろ「世界の摂理に反しているという一点のみですから」

P「....ありがとうございます」
45 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/14(日) 18:33:41.22 ID:q3m1PlvQ0
ちひろ「それに」

ちひろ「まゆちゃんがあなたをPさんだと認めたんです」

ちひろ「何よりの証拠ですよ」フフッ

P「まゆへの信頼度抜群だなあ」

ちひろ「ちょっと違います」

ちひろ「まゆちゃんのPさんへの想い、これに対する信頼度です」

P「そりゃそうだ」アハハ
46 : ◆bL5b7ovQmQ [saga]:2021/02/14(日) 18:34:31.85 ID:q3m1PlvQ0
ちひろ「....」

ちひろ「....ただ、どうして今なんだろうって」

ちひろ「怒りもあります」

P「それは....」

P「....すみません」

ちひろ「....Pさんにぶつけるのもお門違いでした」

ちひろ「私の方こそすみません」

P「いや....」
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