【咲-Saki-】京太郎「たのしい宮永一家」【微安価】

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227 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/11(木) 09:04:44.42 ID:xzi4dPFd0
ゆみ「.........」

京太郎「.........」

モモ「.........」

京太郎「緑茶でも淹れようかな」ガタッ

ゆみ「......少し言い過ぎてしまったか、私は」

京太郎「大丈夫でしょう。あいつバカだし」

ゆみ「そうかな」

京太郎「帰ってくる頃にはケロッとしてますって」

ゆみ「だと良いんだが.........」

ゆみ「それにしても、なんだか彼女の意外な一面を見てしまったような気がするよ」

京太郎「そうですか?イメージ通りな気もしますよ」パカッ ジャー

京太郎「良くも悪くも歳不相応に純粋というか、子供っぽいというか......これでよし」カチッ

モモ「小学生がそのまま大学生になったような人っすよね」

ゆみ「素直に捉えるならな。でも、本当にそうなんだろうかと私は斜に構えていた」

モモ「?」
228 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/11(木) 09:06:42.07 ID:xzi4dPFd0
ゆみ「三年間も清澄と鎬を削り続け、一時代を築き上げた高校麻雀界のツートップ......あの白糸台高校のエースだった人物だ」

ゆみ「彼女ほど麻雀の世界に揉まれていれば、否応なしに酸いも甘いも少なからず噛んできただろうさ」

ゆみ「だからこそ淡の本来の性格はもっと達観したところにあって、それを誤魔化すためにわざとおちゃらけてるんじゃないかと思えてしまう」

京太郎「自信屋で不遜な態度もふわふわした雰囲気も、全部猫かぶりだってことですか」

ゆみ「身も蓋もない言い方をすればそういうことだ」

ゆみ「......しかし須賀、さっきの泣き顔まで作り物に見えたか?」

京太郎「いや。俺には全く」

ゆみ「私だってあれこそが淡の本性だと思う」

ゆみ「それに私が彼女に説教じみたことを言った時の態度もそうだった」

ゆみ「実際問題として淡はうちで一番強い雀士だ―――それこそ洋榎以上の。今回は偶然勝てたが、普段ならこの三人が束になってもトップを阻止するのは難しいだろう」

ゆみ「負けん気も強いし、格下からの助言なんて聞く耳を持たないだろうと思っていたよ。寧ろ嫌味混じりに言い返されるだろうと」

ゆみ「でも今日の淡はそうしなかった。素直に私の言うことを聞いてくれたんだ」

ゆみ「負けたという事実がそうさせたのか......私たちに対する気遣いなのか」

ゆみ「これこそ淡の持つ純粋さや優しさの証拠なんじゃないかな」
229 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/11(木) 09:07:26.80 ID:xzi4dPFd0
京太郎「加治木先輩、淡のこと気に入ってるんですね」

ゆみ「......確かにそうかもしれない。ああいうのって私たちみたいな年齢になると貴重じゃないか」

ゆみ「辛いことがあっても真っ直ぐ生きてきた人間だよ、淡は」

京太郎「そういう人がタイプなんですか?」

ゆみ「タイプというわけじゃないが、見守ってあげたいとは思うさ」

ゆみ「どう言えばいいんだろうか.........庇護欲を掻き立てられるというか」

モモ「............」ムスー

京太郎「なんだよモモ、不貞腐れるようなことでもあったのか?」

モモ「別に不貞腐れてなんかないっすよ」

京太郎「は?......あぁ、そういうことか」

ゆみ「須賀、これもひょっとして私が悪かったりするのかな」

京太郎「そりゃ当然でしょう」

ゆみ「うぐっ.........決してそういうつもりじゃなかったんだ」

ゆみ「私と君の間柄を壊すようなやましい気持ちは一切ない」

モモ「でも私は嫌だったっす」ツーン

ゆみ「頼むから許してくれ、モモ......」

モモ「......ふふっ、ちょっとからかっただけっすよ?」

ゆみ「モモ!」パァ

京太郎「モテる女も大変ですね」ケラケラ

ゆみ「何故だか分からないが凄くむず痒い気分だ......何だろうな、これ」

モモ「たぶんそれは普通に恥ずかしいだけっす」
230 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/11(木) 09:08:34.02 ID:xzi4dPFd0
ガチャッ


淡「ただいま!自販機でジュース買ってきたよ!」

アルミ缶をいくつか両腕に抱えた私が再び部室の扉を開けた瞬間、三人は目を点にしてお互いの顔を見合わせた。
それからいかにも面白おかしそうな口ぶりで、

モモ「キンパツさんの言う通りだったっすね」

淡「えっ、なになに?」

京太郎「大した話じゃねえよ。それより元気出たか?」

淡「もう大丈夫!100年生だからこのくらいじゃへこたれないもん」

ゆみ「良い心がけじゃないか」

カチッ

京太郎「おっと、沸いたみたいだな」

部屋の一番端に立っていたキョータローは部屋の片隅で湯気をあげていた電気ケトルを持ち上げると、その中身を急須へと注ぎ始めた。
ケトルを戻した彼の腕が今度は急須へ伸び、机の上に置かれた湯呑みの上を何度も忙しなく行き来させる。
231 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/11(木) 09:09:12.37 ID:xzi4dPFd0
京太郎「どうぞ」コトッ

ゆみ「ありがとう」

淡「えー、ジュースは?」

京太郎「後で飲むから置いとけ」

ゆみ「ん?......茶葉を変えたのか。いつもより美味しい気がする」

京太郎「ならよかったです。結構高いヤツなんで味わって飲んでくださいね」

淡「相変わらずキョータローは物好きだねー」ズズズッ

淡「あちっ」

モモ「言ってくれれば私たちもお茶汲みくらいやるっすよ?」

京太郎「そうなんだけどなぁ......なんつーか、身に染みちまってさ」

モモ「さすが清澄高校の雑用担当」

京太郎「うっせえ」

淡「じゃあキョータローったら、高校で雑用ばっかりやってたんだ」

京太郎「んなことねえよ!俺だってちゃんと練習もしてたし大会だって出てたっつーの」

京太郎「―――まあ、鳴かず飛ばずだったのは認めるけど」

そう自嘲気味にキョータローは声を低く潜めると、決まりの悪そうな渋い顔で湯呑みをグイッと煽った。
232 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/11(木) 09:09:57.42 ID:xzi4dPFd0
ゆみ「だが、去年は個人で県予選通過まで行ったんだろう?」

モモ「全国では予選負けっすけど」

淡「よっわーい」

京太郎「そりゃインハイチャンプ様から見れば雑魚も良い所に決まってんだろ」

ゆみ「まあまあ、そこまで言う必要はないだろう。そもそも淡と比べれば須賀の麻雀歴はまだ短い」

ゆみ「私だって始めたのは高校に入学してからだったから、三年でこれほど成長するのがどれだけ大変かはよく知ってるよ」

ゆみ「君はもう少し自分の実力に自信を持ってもいいんじゃないか?」

京太郎「そう......なんですかね。あんまり実感が湧かないですけど」

ゆみ「確かに部内成績はあまり奮わないかもしれないが、男子というハンデを考えれば悪くないはずだ」

ゆみ「そもそもこの環境が異常だと思わないか?こんな麻雀で有名というわけでもない私大の部活に女子インハイの最上位選手が二人も居るんだぞ」

ゆみ「大丈夫、本番ではちゃんと結果が出るさ」
233 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/11(木) 09:13:09.93 ID:xzi4dPFd0
ゆみ先輩は不思議な人だ。
インカレが個人主義的な風土を持つ以上、大学の麻雀部で先輩が後輩に指導をするというのはあまりない話である。
強くなりたければ自分で何とかしろ―――実際この三ヶ月でも、洋榎先輩からはちょっとしたアドバイスを受けたことすら指折り数えるくらいのことだった。
だがこの人はそうじゃない。後輩に真正面から向き合って、『先輩らしいこと』をしようとしているのだ。
彼女の右手が数度、慰めるようにキョータローの肩を叩いた。

モモ「本番......来週っすね、東京予選」

淡「ゆみ先輩と洋榎先輩は今年が最後なんだっけ」

ゆみ「そうなるな。来年は卒研と就活でそれどころではないだろうし、これが私の競技麻雀人生最後の大会だよ」

ゆみ「洋榎はきっと平気な顔で本戦準決勝くらいまで上り詰めるんだろうが、私はそうもいかない」

モモ「.........」

京太郎「加治木先輩はプロにはならないんですか?」

ゆみ「『なりたいか』と聞かれれば首を縦に振れるんだがな......多分ならないだろう」

ゆみ「私は所詮凡人だ。洋榎のように天性の才能があるわけでも、ましてや淡のように牌に愛されているわけでもない」

ゆみ「例えそうであっても私なりに戦えるところを見せてやろうと思い、今まで続けてきたが......」

ゆみ「凡人が戦える世界じゃないよ、プロは。それくらい分かってるつもりだ」
234 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/11(木) 09:13:36.44 ID:xzi4dPFd0
何も言えなかった。彼女に対して言葉を持ち合わせていなかった私は、すごすごと肩を縮めて湯呑みを手の中で廻した。
淹れたてのお茶の温もり以外の全てが私を冷たく突き放すのだ。
いつの間にか窓の外は暗くなっていて、地面を打ち付ける雨降りの音だけが外の天気を知らせていた。

ゆみ「......ところで須賀、君は用事があるんじゃなかったのか?」

京太郎「あぁーっ!!!」ガバッ

モモ「もう七時前っすよ......」

京太郎「クソッ、あいつに大目玉くらっちまう!」

京太郎「わりぃ淡!ジュースの金は今度払うから冷蔵庫にでも入れといてくれ!」

淡「う、うん」

京太郎「じゃあお先に失礼します!」ダッ


バタン
235 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/11(木) 09:14:17.69 ID:xzi4dPFd0
ゆみ「行ってしまったな」

淡「野暮用って何だろ」

モモ「さぁ......『あいつ』って言ってたし、友達と遊びにでも行くんじゃないっすかね」

ゆみ「しかし須賀が抜けると卓が割れるな。三麻でもしようか?」

モモ「今日はもう良いんじゃないっすか?結構打ったし疲れたっす」

ゆみ「なら、私たちもそろそろ帰るか」

淡「うん......そうだね」

荷物をまとめ、他愛もない話をしながら三人で肩を並べて正門まで歩く。
そこにキョータローの声はなかった。なんとなく、ちょっと寂しい気がした。
236 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/11(木) 09:15:43.53 ID:xzi4dPFd0
今回はここまで
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/11(木) 12:14:45.62 ID:9zK3cZC+0
乙です
面白かった
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/12(金) 01:57:27.79 ID:YwRkta+Lo
乙ー
素直なあわあわかわいい
239 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:27:40.29 ID:0NrVtQsE0
とーか
240 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:28:07.04 ID:0NrVtQsE0
「はーい......」

インターフォンを鳴らすと、弱々しい返事はスピーカーからではなく壁越しに直接聞こえてきた。
ビニール袋にはスポーツドリンクとジェルシートと果物、それから数食分の食材が一杯に詰まっている。
とても両手が使える状態ではないが、だからといってこの部屋の主も身動きが取れるような体調ではないらしい。
仕方ないか。一旦荷物を地面に置いてからドアノブをひねろうとして―――

ガチャッ

ゆみ「いらっしゃい、モモ......うおっ」ガタッ

モモ「先輩!ヨロヨロじゃないっすか」

モモ「私が全部やるから先輩は寝てないとダメっすよ!」

ゆみ「しかし......」

何かしないと気が済まないらしい先輩を無理やり布団に押し込み、その間に煮物を作る。鍋に残しておけば後は温めるだけで食べられるはずだ。
先輩は眠りに落ちたわけではないようだが、一言も喋ることなく窓の外を眺めていた。

モモ「ご飯出来たっすよ。食欲が出てきたらいつでも」

モモ「ポカリも何本か冷蔵庫に入れておいたっす」

ゆみ「何から何まで申し訳ないな」

モモ「ゆみ先輩のためっすから」

ゆみ「......ありがとう」
241 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:28:44.85 ID:0NrVtQsE0
ゆみ「......」

モモ「......」

ゆみ「.........インカレの結果はどうなった?」

モモ「愛宕先輩が五位、大星さんは三位に入賞っす」

ゆみ「そうか。今度ちゃんと祝ってやらなきゃな」

ゆみ「それに比べて私は二回戦敗退か......ははっ、部長の面子も何もない」

モモ「十分凄いっすよ。私とキンパツさんは都大会突破も無理だったし」

モモ「全国数万人の大学生雀士の中でベスト64......絶対誇れないことなんかじゃないっす」

ゆみ「それでも私は......やっぱり、悔しいよ」
242 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:30:01.42 ID:0NrVtQsE0
【19歳 8月】


――― 都下 某所


京太郎「............」

淡「どうしたの?」

京太郎「いや、お前が急に『みんなで遊びに行こう』だなんて言うから来てみたら」

京太郎「全然『みんな』じゃねーじゃねえか」

淡「仕方ないじゃん。誘ってもダメだったんだから」

大学から電車で三十分弱―――だだっ広い郊外の再開発地に建つ巨大ショッピングモール。
インカレも無事終わったことだし、久々に羽を伸ばそうかと思っていたのだが......

京太郎「加治木先輩が夏風邪でモモはその看病」

京太郎「おまけに愛宕先輩は帰省で大阪ときたもんだ。はぁ」

京太郎「......淡と俺の二人だけか」

淡「不満?」ジトー

京太郎「別に」

淡「ふーん」
243 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:30:47.42 ID:0NrVtQsE0
京太郎「とりあえずどこか入ろうぜ。この調子じゃ焼け死んじまう」

淡「焼け死にはしないでしょ?暑いのは確かだけど」

京太郎「冗談に決まってるだろ。それにほら、こうやって寝そべったら本当に......」

京太郎「熱っ!!」バッ

淡「ちょっと!こんな街中で変なことしないでよ恥ずかしい!」

京太郎「淡が『恥ずかしい』だなんてな。今日は雪でも降るのか?」ケラケラ

淡「」イラッ
244 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:31:15.14 ID:0NrVtQsE0
――― 喫茶店


京太郎「.........」ズズッ

京太郎「......旨いな」

淡「顔にモミジの痕付けてるくせにそんなこと言っちゃって」

京太郎「誰のせいだと思ってやがる」

弱々しいクーラーの冷気を天井のファンがゆっくり掻き混ぜているだけだが、茹だるようなアスファルトの上と比べればここは天国だ。
アイスカフェラテを吸い上げながらそんなことを思う。800円のケーキセットは既に半分以上が胃袋の中に収まっていた。

京太郎「それで、これからどうする?」

淡「せっかくだし遊んでいこうよー」

淡「ほら、ボウリング場もカラオケも雀荘もあるし」

京太郎「お前がフリー雀荘なんて行ったら地獄絵図だぞ......」

京太郎「他だって盛り上がりに欠けるんじゃないか。五人ならまだしも」

淡「そーやって文句ばっかり!」

淡「美少女とのデートってもっとテンション上がるものなんじゃないの?」

京太郎「普通『美少女』とか自分で言うか?」

京太郎「......それに、別にデートなんかじゃないだろ」プイッ

淡「つれないなー」

実を言えば、にわかに降って湧いたこの状況に私は緊張していた。
私とモモは文系でキョータローは理系。教養科目では同席することも多々あるが、そういう場合はもれなくモモも一緒である。
部室に行けばゆみ先輩がいるし、三日に一回は休みだけど洋榎先輩もいる。
キョータローと二人きりになる機会なんて春先の一件以来かもしれないのだ。

淡(あれ?......私、なんで緊張してるんだろ)

京太郎「ごちそうさまでした」
245 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:34:44.18 ID:0NrVtQsE0
――― ボウリング場


京太郎「確認するぞ」

京太郎「このゲームで負けたほうが昼飯代を持つ......」

淡「......」コクリ

京太郎「本当にいいんだな?」

淡「もちろん。淡ちゃんに二言はないよ」

京太郎「.........ッ!」

カコーン


――― ファミレス


淡「じゃあこれとこれと、あとこれも」

店員「かしこまりました」

京太郎「ちょっと待てよ!俺の奢りだからって調子乗るんじゃねえぞ」

京太郎「クソッ、麻雀ならまだしもスポーツで淡に負けるなんて......」

淡「終わったことなんだから文句言わない。女の子は服とかお化粧とかお金かかるんだよ?」

淡「キョータローはバイトしてるし大丈夫でしょ」

京太郎「そういう問題じゃないっての!」

京太郎「第一お前は実家暮らしなんだから―――」

淡「そうだ、セットでドリンクバーもお願いしまーす」

店員「は、はい」

京太郎「聞いちゃいねぇ......」
246 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:35:25.65 ID:0NrVtQsE0
――― カラオケ


淡『かーませ犬とは呼ばせない』

淡『ギーロロごちょー完成だぁぁ!!』

京太郎「がはは!なんだよその歌」


京太郎『ジャンジャンランラングットグットジョブ』

京太郎『モリモリマッスルスルもういっちょぉぉォ!!!』

淡「ぎゃはははは!変なの〜」

京太郎「お互い様だろーが!」


――― ゲームセンター


淡「見て見て!UFOキャッチャー!」

京太郎「あーダメダメ。あんなの取れるわけないだろ」

淡「でもほら、マリオカートだよ?」

京太郎「そもそもWii持ってんのかよ」
247 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:36:46.54 ID:0NrVtQsE0
――― プリクラ


『3! 2! 1!』

淡「いぇーい!」

京太郎「いぇ、いぇーい......」


――― 公園

――― 雑貨店

――― CDショップ
―――
――



京太郎「バイト代入ったばかりなのに......これから一ヶ月どうしろってんだ」グスッ

淡「仕送り貰ってるんじゃなかったっけ」

京太郎「家賃と光熱費で全部消える」

夕方、相変わらず人通りの絶えないショッピングモールのメインストリートを私たちは歩いていた。
一日中歩き回った脚はクタクタになってしまったが、どうも足先は駅へ向かない。
248 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:37:26.41 ID:0NrVtQsE0
京太郎「なぁ、そろそろ帰らなくていいのか?」

淡「晩ご飯食べてかないの?」

京太郎「夕飯にしてはまだ早すぎるだろ」

淡「ならそれまでお店でも見てみようよ」

京太郎「ここの店は粗方周りきっちまったしなぁ」

京太郎「......あっ、本屋がある。漫画でも立ち読みするか」

淡「そういうのじゃなくてさ」

京太郎「?」
249 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:37:57.72 ID:0NrVtQsE0
――― 服屋


京太郎「.........」

淡「なんで固まってるの?」

京太郎「いや、ちょっと入りにくくて」

淡「なんでよ。普通の服屋じゃん」

京太郎「女物のだろ!?俺なんて明らかに場違いだろ!」

淡「別に誰も気にしないよ。ほら、早くいこ」グイッ

京太郎「ちょっと待っ―――」


淡「ね、追い出されたりなんてしないでしょ?」

京太郎「しかし周囲から冷たい視線を向けられているような気がするんだが」

淡「そう?たぶんキョータローの自意識過剰だよ」

京太郎「.........そうですかい」

京太郎「それで、何か目当てのものでもあるのか?」

淡「ううん。なーんにも」

京太郎「じゃあなんで来たんだよ」

淡「こーやって見て回るのが楽しいんじゃん」

淡「ほら!これとかよくない?」

京太郎「うーん......」チラッ

京太郎「いや、淡にはちょっと過激すぎるだろ」

淡「そうかなー」
250 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:46:22.99 ID:0NrVtQsE0
【十数分後】


淡「!!」

京太郎「ワンピースか?」

淡「なにこれ、すっごいかわいい!」

それを手に取った瞬間、私の脳裏を一気に駆け巡る何かを感じた。
『ビビッときた』ってやつかもしれない。

淡「すいませーん、試着室借りてもいいですか?」

「どうぞー」

淡「すぐ着替えてくる!」ダッ

京太郎「はいはい、テキトーに待ってるから好きにしてくれ」

小さな個室に入るや否や、右手のワンピースを着て姿見に向き直る。
大丈夫、変なところは無いはずだ......それでも私は浮足立って、何度も服をずらしたり髪を直したりしてからカーテンを開けた。

淡「お待たせ」

京太郎「へぇ」

淡「ねーねーキョータロー、これ似合ってるかな?」クルリ

京太郎「ああ。似合ってるよ」

淡「.........今、なんて?」

京太郎「だから似合ってるって」

淡「ホント?!」

京太郎「さっきからそう言ってるだろ」

正直、キョータローの返事にはあまり期待してなかった。
彼のことだからどれだけマシでも「馬子にも衣装だな」とか、そういう感想が飛び出してくるものだとばかり予想していたのだ。
悪くない感触なら御の字......そのくらいに思っていた。
251 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:46:50.14 ID:0NrVtQsE0
買おう。きっとこの服は私が着るためにあるに違いない。
キョータローに褒められてちょっと舞い上がり、そんな私は腰にぶら下がったタグへ視線を伸ばして―――

淡「い、いちまんごせんえん......」

京太郎「買えるのか?」

淡「......」フルフル

京太郎「おいおい、今いくら持ってるんだよ」

淡「ええと......」ガサガサ

淡「.........7305円」

京太郎「細かっ」

京太郎「......しょうがない奴だな、淡は」

淡「ごめんなさい......」

京太郎「全く......ちょっと待ってろ」

そう言って店員さんのところへ赴き少しの間会話を交わすと、キョータローは奥の方へ。
店員さんは懐からハサミを取り出しながらこちらへ向かってきて、

「失礼しますね」

とだけ言うと、タグを切り取って去っていった。
252 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:47:18.29 ID:0NrVtQsE0
別の店員さんが私の方へやってきて聞いてくる。

「このまま着ていかれますか?よろしければお召し物を袋にお入れしますが」

狐につままれたようにぽかんとした私は、しかしレジで財布を取り出すキョータローの姿を見ることで初めてその意味を察した。


淡「......お願いします.........」
253 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:49:04.49 ID:0NrVtQsE0
「ありがとうございました!」

淡「......お金、ないんじゃなかったの」

京太郎「ああ。この懐事情じゃしばらくはモヤシしか食えん」

淡「ならどうしてよ」

京太郎「こういうときに黙って出してやるのが男の甲斐性ってもんだろ?」

淡「わけわかんない」

京太郎「困ったなぁ......それじゃあ」

京太郎「いつも淡には世話になってるからさ。感謝の印ってことで勘弁してくれよ」

淡「.........」

京太郎「納得してくれたか?」

淡「うん......ありがと」

京太郎「おうとも」

淡「......さてと」

淡「よーし!それじゃあ張り切ってご飯行こっか!」

京太郎「張り切りすぎて汚すなよ。買ったばかりなんだから」
254 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:49:33.61 ID:0NrVtQsE0
【19歳 9月】


京太郎「ノーテン」

ゆみ「ノーテン」

モモ「テンパイっす」

洋榎「テンパイ」

京太郎「げっ、鳴きたい牌が全部止められてる」

洋榎「このウチを出し抜こうなんぞ百年早いで」


ガチャッ


淡「こんにちはー」

洋榎「うぃーっす」
255 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:50:48.90 ID:0NrVtQsE0
夏休み明け、久々に授業が再開した残暑の厳しい日の昼下がり。意外にも部室には私以外の全員が既に揃っていた。
普段なら荷物を置いてから冷蔵庫の麦茶をグイッと飲み干して一息つくところだが、今日の私はそれすら待つことが出来ないほどウズウズして仕方がなかったのだ。

淡「みてみて、この服かわいいでしょ!」クルクル

洋榎「お前そーゆーフリフリしたの好きやなぁ」

ゆみ「よく似合ってるじゃないか」

淡「えへへー、やっぱりそうかな」

ゆみ「高かっただろう?」

淡「キョータローに買ってもらったんだー」ニコニコ

ゆみ「......なんと」

モモ「驚天動地っすね」

洋榎「.........」ニヤニヤ

京太郎「.........なんすか、愛宕先輩」

洋榎「べっつに〜?」ニヤニヤ
256 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/18(木) 00:51:14.96 ID:0NrVtQsE0
今回はここまで
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/18(木) 03:20:19.10 ID:aigwlyY60
乙です
あわあわかわいい
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/18(木) 06:38:04.12 ID:wxobbqHmo
乙よー
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/20(土) 10:33:23.27 ID:cigeGIT+0
乙です
これは今どのルートなのか気になる
260 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 00:56:46.57 ID:rlDX+EL/0
番外編投下です
261 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:02:36.66 ID:rlDX+EL/0
【18歳 3月】


――― 清澄高校 麻雀部室


和「...............」

和「............」ペラッ


ガチャッ


優希「おーっすのどちゃん、朝からご苦労だじぇ!」

咲「おはよう和ちゃん」

和「あぁ、おはようございます」

咲「何読んでるの?」


『アイデンティとライフサイクル:エリック・H・エリクソン 著』


咲「うへぇ、なんだか難しそうな本」

和「倫理の授業で先生が仰っていた話が少し気になって。それで昨日、図書室から借りてきたんですよ」
262 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:03:05.87 ID:rlDX+EL/0
咲「倫理?......そういえばエリクソンって聞いたことあるかも」ポンッ

優希「一方なーんも覚えてない私であった」

和「別に威張ることでもないでしょう」

咲「ふふっ、優希ちゃんらしい」

優希「でも倫理って偉い学者が難しいこと言ってるだけだろ」

優希「覚えようとしても全然頭に入ってこないんだじぇ」

咲「確かに、昔の哲学者の話ばっかりだもんね......」

和「そういったイメージがあるのは否定しません。地理や政治経済に比べると日常生活に直結した内容というわけでもないですし」

和「でも、中には私たちが生きていく上で重要な知識だってあるんですよ?」

優希「例えば?」

和「......そうですね。それこそ、今私が読んでいる『アイデンティティ』の考え方は現代人にこそ必要なものです」

和「せっかくの機会ですし、授業で出てきた内容だけでも大まかにおさらいしましょうか」

優希(あ、これ長くなるやつだ)

咲(ヤブヘビだね......)
263 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:03:33.76 ID:rlDX+EL/0


【のどっちと学ぶ『発達段階』・『アイデンティティ』】

264 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:04:24.10 ID:rlDX+EL/0
和「エリック・H・エリクソンは20世紀の中盤から後半にかけてアメリカで活躍した心理学者です」

和「主に発達心理学の分野で大きな功績を残しました」

咲「発達心理学って?」

和「心理学の中でも、人が年を取るごとにどう発達していくのかを研究する分野のことですよ」

和「エリクソンは人間が生まれてから死ぬまでの生涯を八つの『発達期間』に区分しました」


エリクソンによる心理社会的発達段階の分類

1. 乳児期(0〜2歳)
2. 幼児期(2〜4歳)
3. 児童期(4〜5歳)
4. 学童期(5〜12歳)
5. 青年期(13〜19歳)
6. 初期成人期(20〜39歳)
7. 成人期(40〜64歳)
8. 老年期(65歳〜)

※それぞれの期間や呼称については文献により揺れがあるので注意すること。


和「こんな感じですね」

和「もちろん年齢については一人ひとり個人差があるでしょうが、大まかにこのように分けられると考えてください」

咲「この一覧で言えば私たちは青年期で、お父さんたちは成年期に入ることになるね」

優希「ふーん......でも、そもそも『発達段階』ってなんなんだ?」
265 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:05:03.03 ID:rlDX+EL/0
I:発達段階と発達課題


和「根底にあるのは『人間は心理的な疑問や課題を解決しながら成長していく』という考え方です」

和「乳児期を例に見てみましょうか」


乳児期と発達課題

年齢:0〜2歳
要素:希望
課題:基本的信頼
失敗:不信


咲「基本的信頼?」

和「生まれたばかりの乳児は自分では何も出来ませんし、何より自分と他人の境界すら曖昧なこともあります」

和「自分とそれ以外―――具体的には母親ですね―――が別の人間であるということをこの時期にようやく認識するんです」

和「その過程で自分や他人を信頼することの価値を学ぶのが、この乳児期における心理的な課題ということになります」

咲「へぇ......赤ちゃんなのにそんな難しいこと出来るのかな」

和「あくまで『基本的』ですから。自分は何とか生きていけそうだというレベルの信頼感が得られればいいんでしょう」

和「例えばお母さんのお乳を飲むとか」バイーン

咲「......」スカッ

優希「......」スカッ
266 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:07:41.77 ID:rlDX+EL/0
和「エリクソンはこうした課題―――発達課題が人生の各区間に存在すると指摘しました」

和「これが発達段階です」

優希「へー。言葉だけ聞くと難しそうだけど、内容は思ったよりフツーの話だ」

咲「和ちゃん、この『不信』っていうのは何?」

和「発達課題をクリア出来なかったとき、このような状態に陥ってしまう可能性があるんです」

和「こうして無事成長した私たちでも赤の他人を信じるというのは難しいことですから」

和「赤ちゃんの頃にお母さんの愛情に触れられなかった人が、人間不信になってしまっても無理はありません」

咲「なるほど」

和「ここで勘違いしてはいけないのは、必ずしも全て上手くいくことが良いわけではないということです」

和「最終的には全体として成功する必要がありますが、やはりそれなりの失敗も経験しないと正常な成長には繋がらない」

和「......と、一般には言われているようですね」
267 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:08:45.76 ID:rlDX+EL/0
和「もう一つ例を出してみましょうか」


老年期の発達課題
年齢:65歳〜
要素:賢さ
課題:自我の統合
失敗:絶望・孤立


和「ある種人生の振り返りのようなものですね」

和「人類や世界という大きな括りの中で『自分はこれでよかったのか?』という問いに答えを出すことがこの段階での発達課題になります」

優希「なんか仰々しい感じだ」

和「この年齢ともなると、やり直したくても既に取り返しのつかない物事も多くなってしまうでしょうから」

咲「私たちも後悔のないように、だね」
268 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:09:34.94 ID:rlDX+EL/0
II:青年期とアイデンティティ


和「次に青年期の発達課題について確認しましょう」

和「いわゆるティーンエイジャー、日本の感覚に当てはめなおせば中学校入学から高校卒業くらいの年齢になります」


青年期の発達課題
年齢:13〜19歳
要素:忠誠心
課題:アイデンティティの確立
失敗:アイデンティティの拡散・混乱等


和「この通り、青年期においては『アイデンティティ』がキーワードになっています」

優希「アイデンティティ......?」

和「日本語で言えば自己同一性ですね。辞書で引いてみましょうか」
269 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:10:04.35 ID:rlDX+EL/0
アイデンティティ【identity】

1 自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること。主体性。自己同一性。
2 本人にまちがいないこと。また、身分証明。

― 小学館「デジタル大辞林」より。ただし一部表記ゆれを訂正した。
270 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:10:38.94 ID:rlDX+EL/0
和「心理学においては自分がどういう存在かを認識している状況という意味合いで使われます」

和『私は何者なのか。何者であることができるのか』

和「それが青年期の―――つまり、今の私たちが達成しなければならない発達課題なんです」

優希「私は私じゃないのか?」キョトン

和「そういう漠然としたものだけではなくて、ある程度は具体性のある認識も必要ですよ」

和「どういう職業に就くのか?政治的にどういう主義主張を持っているのか?」

和「学問、文化、性別、宗教......そういった社会の中での自分の立ち位置を確立することが求められます」

和「これが『アイデンティティの確立』です」

咲「なんだか凄く難しそうだね......」

和「エリクソンはこの段階を一つのターニングポイントと見なしていました。実際難しい話なのでしょう」

和「元々アイデンティティ自体はこれまでの児童期や学童期段階でも形成されていますが、それらとは全くもって異質ですから」

和「『これまで育ってきた自分』と『社会から必要とされる自分』を摺り合わせなければならないのが青年期の特徴と言えます」
271 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:11:08.73 ID:rlDX+EL/0
III:アイデンティティの確立の失敗


和「アイデンティティの確立を脅かすような状況のことを『アイデンティティ危機』と呼んでいます」

和「しかしそれを乗り越えられなかったり、あるいは未だ経験していないような場合に陥ってしまうと......」
272 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:11:59.79 ID:rlDX+EL/0
・アイデンティティ拡散
全ての可能性を残そうとして選択が出来ず、延々と自分探しを続ける

マホ「和先輩みたいになりたいのです!でも咲先輩もカッコいいし、優希先輩だって凄いし」

マホ「そもそも本当のマホってなんなんでしょうか」グスッ



・患者アイデンティティ
何らかの病人であることに自分の属性を見出す

怜「私は病弱やし、別に勉強とかどうでもええよなー」グデー



・否定的アイデンティティ
非行や反社会的行為に走る

京太郎「どーせ俺なんて練習したって全然上手くならねえし」メソメソ

京太郎「......イカサマしちゃうか」
273 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:12:27.85 ID:rlDX+EL/0
和「他にも様々なパターンが知られていますが、分かりやすいのはこういうものでしょうか」

咲「ま、マホちゃんはもっと明るくていい子だよ!京ちゃんだってそんなことしないもん!」バタバタ

和「落ち着いてください咲さん!マホと須賀くんはモノの例えですから!」ガシッ

優希「でも、ちょっと前に京太郎がツバメ返しの練習してるの見たじぇ」

咲「!?」

和「.........続けてもいいですか?」

咲「......うん」ワナワナ

優希(すまん京太郎、南無三)

和「えー、とにかくですね」

和「青年期は特に大切な時期で、アイデンティティの確立はその後の人生を健全に送るのに大きく影響する」

和「だから子供や青年に対しては社会がサポートしなくてはいけないんですよ」

優希「なるほど......現代日本にはそれがないなんて残念だじょ」

和「ありますよ?」

優希「えっ?」

和「というか今は私も咲さんも、ゆーきだって受けてるじゃないですか」

優希「......?」

咲「ひょっとして、それって学校のこと?」

和「正解です」
274 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:13:02.77 ID:rlDX+EL/0
IV:アイデンティティの確立と心理社会的モラトリアム


優希「どういうことだ?学校って勉強を教えてもらうところじゃないのか?」

優希「数学とか数学とか、あと数学とか」

咲「優希ちゃん、本当に数学嫌いなんだね......」

和「確かに学校の一番の目的は学問や技術の伝授ですけど、それ以外にも様々な役割があるんです」

優希「その割には先生からそんな話された覚えは全然ないじょ」

和「アイデンティティの確立をする主体はあくまで生徒の側ですからね。むしろ学校の目的は『何もしないこと』とも言えます」

和「二人とも、染谷先輩の家以外のお店で働いたことはありますか?」

優希「私はないな」

咲「私は一年生の頃に一回だけコンビニでバイトしてみたんだけど―――」
275 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:13:37.98 ID:rlDX+EL/0
【回想】


咲「おかしいな、これどうすればいいんだろう......」ピピピ

客「馬鹿野郎!レジもまともに使えねえのか!」

客「どんだけ待たせるつもりじゃコラ!」

咲「すみません!あれ......?」ガチャガチャ


咲「ゴミ出し行ってきま―――きゃあっ!」ドサッ

咲「いたたた......あ、袋が......」

店長「......ゴミ、ちゃんと全部集めといてね」


店員「宮永さん!これ発注したの宮永さん!?」

咲「えっ?そうですけど......」

店員「こんなに沢山発注してどうするのよ!そんなことも考えられないの!?」

咲「ご、ごめんなさい!私、どうすればいいのか分からなくて」

店員「なら確認しにきてよバカ!全く...」チッ

咲「.........ごめんなさい」


【回想おわり】
276 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:14:05.73 ID:rlDX+EL/0
咲「それですぐ辞めちゃったんだ......」グスッ

優希「よしよし、泣くな咲ちゃん......しかし、世の中酷いこと言う人もいるもんだなー」

優希(鈍臭すぎるような気もするけど)

和「その話は災難でしたが、実際世の中にはそういう人が沢山います」

和「例え表面上は敵対していなくとも、水面下で攻撃をしてくるような人間すらいるでしょう」

和「こんな状況に子供が居てはアイデンティティの確立に支障を来すこと請け合いでしょうね」

優希「小学校出たばかりの子にコンビニバイトなんてさせたら絶対精神病んじゃうじょ」

和「だから一人前になるまでの青年には保護された環境が必要なんです」

咲「なるほど、それが学校なんだね」

和「その期間生徒や学生という身分を与えたりすることで、青年に対しアイデンティティを確立するまで社会へ出るのを猶予する」

和「これを『心理社会的モラトリアム』といいます」
277 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:15:10.41 ID:rlDX+EL/0
<まとめ>


・エリクソンは人生を八つの『発達段階』に区分し、それぞれで達成すべき『発達課題』の存在を提唱した。
・青年期においては、自分は何者なのかを認識する『アイデンティティの確立』が課題である。
・それを支援するために社会は青年に対して、社会人になるのを猶予する『心理社会的モラトリアム』を与える。
278 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:15:45.26 ID:rlDX+EL/0
和「さてと。その青年期の次にあたる初期成人期ですが―――」


ガチャッ


マホ「こんにちはー」

和「マホ、おはようございます」

マホ「暖房があったかくて嬉しいのです」

優希「ムロと一緒じゃないのか?」

咲「京ちゃんは!?」ゴッ

マホ「わわぁ!?」ビクッ

マホ「む、ムロ先輩はお手洗いに行きました」

マホ「京太郎先輩はいつも通り生徒会室に向かうのを見ましたけど......」

咲「.........仕方ないか。聞くのは後にしてあげる」

マホ(なんだか分からないけど咲先輩がすっごく怖いのです)

和「まだ話の途中だったんですが......とにかく、これで四人揃いましたね」

優希「やっと始められるじぇ!」
279 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:16:45.49 ID:rlDX+EL/0
和(こうして卓を囲めるのもあと数回ですね......)

和(私や須賀くんは進学するけれど、咲さんとゆーきは春にはプロ雀士になる)

和(そうなれば、もはや貴女たちを守るものは何もない)

咲「和ちゃんどうしたの?そんな険しい顔して」

和「いえ。何でもありません」

和「......さぁ、始めましょうか」


ツモ!リンシャンカイホー!

ギャー!



【のどっちと学ぶ『発達段階』・『アイデンティティ』】


  終
制作・著作
―――――
Ⓝ Ⓓ  Ⓚ
280 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:17:11.39 ID:rlDX+EL/0
参考文献
・「幼児期と社会」 エリクソン
・「アイデンティティの心理学」 鑪幹八郎
・「青年の心理」 遠藤由美
・他

>>1は専門家ではありません。
内容の正確さについては細心の注意を払っていますが、この文章によって生じた不都合について一切の責任は負いません。
281 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/21(日) 01:20:40.31 ID:rlDX+EL/0
以上です。
本筋から外れた話にはなりますが、本編に関係あったりなかったりする内容ですので宜しければご一読ください。

既にご存じの方はテキトーに読み飛ばしてください。
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/21(日) 17:24:02.92 ID:xNtGxY3X0
乙です
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/21(日) 21:42:16.67 ID:aRQEXXki0
乙です
誰かが"発達"に失敗したって事なのかな
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/24(水) 00:52:29.29 ID:YkvHrJzXo
乙ー
285 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:45:06.69 ID:7SyiISYv0
ちょっちお久しぶり&投下
286 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:45:42.45 ID:7SyiISYv0
【21歳 5月】


この頃には週末の夜にたむろして酒盛りに興ずることが私たち三人の恒例行事になっていた。
しかしその会場は概して大学近くの居酒屋であって、こうして彼の住処に来るのは今日が初めてだ。
当然モモと私の間には「男の部屋に上がり込んで大丈夫なのか」という疑念はあったものの、それもほんの一瞬だけ。
キョータローがそんな度胸を一ミリも持ち合わせていないことは十分承知のことだったからだ。


京太郎「淡、生きてるか?」

淡「............」

京太郎「おい、淡」

淡「..................あれ」

京太郎「眠いのか?」

淡「ううん、全然」

京太郎「嘘つけ」

京太郎「ったく......ほら、これ飲めよ」


――― 京太郎の部屋
287 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:46:27.85 ID:7SyiISYv0
手渡された麦茶を一口飲み干すごとに段々と意識が明瞭になっていく。
気がつくと私はモノの散乱した部屋の床に座り込み、座卓へもたれ掛かっていた。
お世辞にも広いとは言えない学生向けのアパート―――初めての風景、初めての空気、初めての匂い。

京太郎「モモ、起きろってば」ユサユサ

モモ「ここは私が......早く...先に..........行く、っすよ.........Zzz」

京太郎「まったく......一体何と戦ってんだか」

京太郎「こりゃそろそろお開きだな」

淡「えー?もうちょっと飲もうよ」

京太郎「さっきまで船漕いでたくせによく言うわ」

京太郎「それに、見ての通りモモは潰れちまったぜ?」

淡「別に私は二人でもいいけど」

京太郎「それは......何というか、俺が困るんだよ」

淡「なんで?」

京太郎「そのくらい察してくれ」

淡「......へぇ、キョータローったら案外ウブなんだね」

京太郎「小学100年生が生意気なこと言ってんじゃねーぞ」

口角を上げ、わざとからかうような口調でキョータローにそう問いかける。
.....らしくないことをしていた。そんなことはわかっちゃいるけども。
288 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:48:00.99 ID:7SyiISYv0
確かにキョータローは一見バカで助平なようだけどその実紳士的で、安易に手を出してくるような男ではない。
しかしこの時の私は、むしろ彼に度胸があった方が都合が良いとさえ思っていたのだ。
長らく麻雀漬けの青春を送ってきた私にとって、須賀京太郎は初めて触れた男性にも等しかった―――それが悲劇の始まり。
彼と積み重ねてきた二年間は私にある種の『思い込み』をさせていた。

京太郎「先輩に電話掛けてくる。テキトーにモモの荷物をまとめておいてくれ」

淡「はーい」

京太郎「あーもしもし、加治木先輩ですか?須賀です。ええ、はい......いやぁ、ホントにすいません」

京太郎「今帰ったところですか......ああ、それなら―――」

淡「............」

普段であれば吐くほどに酔っ払うにもかかわらず、今日は飲む量を相当抑えてある。結果的には少し寝てしまったが妥協点だろう。
先輩がもう三十分もしないうちに車で乗り付け、モモを乗せて彼女たちの住まいへと引き揚げていく。
そして玄関の扉が閉まった途端、この部屋は私たち二人だけの国へと様変わりするのだ。
......だからどうってわけでもないけど。今のところその先にまで進む決心はないが、如何にせよ事は悪くは運ばない筈だ。
289 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:50:23.27 ID:7SyiISYv0
京太郎「ふぅ......仕事終わりだろうに悪いことしたかな」

淡「大変だなー、ゆみ先輩」

京太郎「他人事みたいに言うけどなぁ。俺たちだってあっという間に先輩と同じ立場だぜ」

淡「私はどこかのチームに契約してもらうし大丈夫」

京太郎「麻雀プロにだって社会人らしい苦労は沢山あるだろうさ」

淡「キョータローこそどうするの?プロ目指すんでしょ」

京太郎「俺か?俺は.........」

京太郎「......さぁ、どうだろうな」

淡「あ............その......ごめんね」

なぜ、口から出す前にその浅はかさに気づけなかったのだろうか。
近年のプロ麻雀界は青田買いが激しい。高校卒業はおろか在学中―――下手をすれば中学卒業と同時に話を持ちかけ、自分たちのチームで囲い込む。
そんな中で大卒がプロになるには、相当の実力を持っていることをインカレで示さなければならないのだ。
今のキョータローは明らかにそのレベルには達していなかった。一昨年の東京予選敗退、そして去年の本戦一回戦負け......
高校時代を焼き増ししたような実績に、彼自身も焦燥感を持っていたに違いない。
290 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:51:39.38 ID:7SyiISYv0
モモが食い散らかしたつまみの皿と私が平らげた冷凍チャーハンの皿を片手で器用に持ち上げる。
キョータローはシンクへ向かうと、そのまま洗い物を始めてしまった。

京太郎「―――ま、なるようになるだろ!」

京太郎「プロになれれば万々歳。それがダメなら実業団、それがダメなら.........」

淡「雀荘に入り浸ってるおっさんとか?」

京太郎「ははっ、それも良いな」

京太郎「どうにせよ麻雀しながら生きていくさ。それは変わんねーから安心しろ」

淡「私はキョータローが将来どうなろうと知ったこっちゃないよ」

京太郎「相変わらず冷たいやつだなお前は」

淡「いーじゃん別に」

京太郎「第一みんな俺の扱いが雑すぎるんだよ!お前もモモも先輩達も、俺のことを何だと思ってんだ」

京太郎「お陰で後輩まで真似し始めるし......はぁ」

つい先程までの張り詰めた空気が嘘であるかのように、一瞬にして私たちの顔はほころんだ。
しかし果たしてキョータローが大して気にしていないのか、苛立ちを隠しているだけなのかは私には判別できなかった。
291 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:52:23.03 ID:7SyiISYv0
京太郎「淡、お前どうやって帰るつもりだ?加治木先輩に一緒に送ってもらうか」

淡「逆方面だし申し訳ないからいいや」

京太郎「不遜なお前に『申し訳ない』なんて考えがあるなんて、天変地異の前兆か何かかよ?」

淡「なにをー!?私だってそのくらい持ち合わせてるぞー!」ポカポカ

京太郎「痛っ!おい、お前やめろって!」ゲシッ

淡「うわっ、女の子を足蹴にするなんてサイテー」

京太郎「洗い物してんだから仕方ないだろ!」

淡「うるさい!正義の鉄槌だー!」ポカッ

京太郎「ぐっ......ガード!」

淡「きゃっ!ちょっとどこ触ってんの変態!」

京太郎「あ、いや違うんだ!これはそういう意図があったとか―――」


ピンポーン
292 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:53:09.07 ID:7SyiISYv0
京太郎「.........加治木先輩か?やけに早かったな」

京太郎「すまん。手が離せなくてさ」

淡「はいはい、淡ちゃんが出てあげますよーだ」スタスタ



来た。
あとはゆみ先輩に飲んだくれを預けてしまえば―――



咲「さっきからうるさいよ!いま何時か、わかっ...て.......あれ?」

淡「.........!」

咲「淡ちゃん......なんでこんなところに......?」
293 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:53:54.59 ID:7SyiISYv0
【数十分後】


咲「あはは、そうだったんだ。京ちゃんったら大学の話はあんまりしないから」

淡「シェフ!私はタコスを所望するぞー!」グビッ

京太郎「二人とも、もうちょい声のトーンを落としてくれ。あとタコス作る材料なんてねぇよ」

咲「うるさいよ!今日の試合全然ダメだったし......あーもう!むかつくー!」ゴクッゴクッ

咲「京ちゃん!おつまみ全部もってこーい!」ゲフッ

京太郎「ミイラ取りがミイラになってどうすんだよ、おい」

宮永咲。麻雀プロでテルの妹で、しかもキョータローの隣人らしい。
思わぬ人物の来訪によってペースを崩された私は、全てを諦めて完全にヤケ酒の方向に舵を切っていた。
294 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:54:38.61 ID:7SyiISYv0
不意にチャイムが鳴る。
キョータローが玄関へ走っていき、すぐにもう一人の訪問者を連れて戻ってきた。

ゆみ「うわっ、酒臭―――って宮永咲プロ!?」

咲「やだなぁ。堅っ苦しいし宮永でいいですよー」

ゆみ「えっ?ああ......すまない。仕事の癖が入ってしまうとどうにも」

淡「ライターも大変だね、ゆみせんぱーい」

ゆみ「......随分入れたようだな、須賀」

京太郎「まさかこいつらがこんなに飲むなんて思いもしませんでしたよ」

ゆみ「だからってこの惨状は一体どうやったら......いや、取り敢えずモモだけでも回収して帰ろう」

ゆみ「おいモモ、起きろ」ユサユサ

モモ「......せんぱ、い......?......Zzz.........」

京太郎「ダメみたいですね」
295 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:55:14.96 ID:7SyiISYv0
ゆみ「おぶっていくしかないか」

京太郎「手伝いましょうか?」

ゆみ「大丈夫だよ。手荷物も大した量じゃないし一人でもなんとかなる」

京太郎「俺が下まで担いでいきますよ」

ゆみ「私がそれを許すと思うか?」

京太郎「あぁ、なるほど」

ゆみ「そういうわけだ。須賀、迷惑を掛けて悪かったな」

先輩が荷物を―――じゃなかった。モモを背負ってよろよろと玄関を出ていった。
それを見送ったキョータローは深く溜息をつくと、

京太郎「はぁ......疲れた。俺も頭冷やしてくるか」

京太郎「二人とも、少し出てくるから大人しくしてろよ」

咲「あっ、ちゃんと外まで行ってから吸わないとまた大家さんに怒られちゃうよ」

京太郎「分かってるって」


バタン
296 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:55:57.20 ID:7SyiISYv0
淡「......行っちゃった」

咲「行っちゃったねぇ」

淡「......ねぇねぇ、サキ」

咲「ん、どうしたの?」

淡「サキとキョータロー、付き合ってんの?」

咲「ううん、違うよ。でもどうして?」

淡「何でもない男の人と一緒に東京まで出てきて、しかも隣に住むなんてありえないでしょ」

咲「あはは、なんでだろうね......成り行きかな?」

淡「えー、なにそれ」

咲「......でもね。これからどうなるかはわかんないかも」

淡「......?」

咲「この前、京ちゃんと話したんだ」
297 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:56:45.50 ID:7SyiISYv0


 京太郎「咲、八月の二週目って空いてるか?」

 咲「えーっと......」パラパラ

 咲「まだわかんないけど、今のところはお仕事入ってないよ」

 京太郎「その週に大会があるんだ。一緒に観に来ないか?」

 咲「インカレの話?別に良いけど......」

 京太郎「なら、それからもう一個頼みがあるんだけど......」

 咲「?」

 京太郎「あー......あのさ。もし俺がベスト4に入ったら」

 京太郎「俺と付き合ってほしい.........とか、思ったり」

 咲「.........バカ。そういうことは予選終わってから言いなよ」

298 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:58:00.64 ID:7SyiISYv0
淡「......それで、サキはなんて言ったの」

咲「『いいよ』って返したよ」

淡「なんで?」

咲「なんでって、えーっと.........」

咲「......好きだから、かな」

淡「.........そっか」

淡「どうせなら優勝って言っちゃえばいいのに、格好悪いなー」

咲「十分じゃない?京ちゃんが決勝まで行けるだけでも凄いし」

淡「もし四位に入れなかったらどうするの?」

咲「もちろんダメでしょ。京ちゃんが自分で決めたんだもん」

淡「.........バカだよね。なんで普通に言えないんだろ」

咲「おバカだよ。でもそういうものだから」

淡「そっか」

咲「うん」
299 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/03/30(火) 04:58:30.44 ID:7SyiISYv0
今回はここまで
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/30(火) 09:53:46.49 ID:nh7i3rfl0
乙です
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/30(火) 14:48:22.76 ID:XplmIFT6o
302 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:41:14.61 ID:TrFu1u/e0
投下
303 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:41:57.95 ID:TrFu1u/e0
【21歳 8月】


――― 部室


モモ「インカレ、終わっちゃったっすね」

京太郎「そうだなぁ」

モモ「はぁ、いい加減インターンとか考えなきゃ......」

京太郎「加治木先輩のところに永久就職するんじゃないのか?」

モモ「それとこれとは別問題っすよ」

モモ「この先何があるか分からないし、食い扶持は必要っす」

京太郎「へぇ、結構真面目に考えてるんだな」
304 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:42:27.53 ID:TrFu1u/e0
モモ「これからは忙しくなるし、ここに来る機会も暫くは無さそうっすね」

京太郎「そう寂しいこと言うなって!たまには息抜きしに来いよ」

京太郎「俺と淡はもう少し居座ることになりそうだしさ」

モモ「京さん、本気でプロ雀士を目指すつもりなんすね」

京太郎「あぁ。今回の大会でやっと光明が見えてきたんだ」

モモ「男子の部で個人第三位......確かに実績としては悪くないっすけど」

モモ「この先も上手くいく保証なんて無いのに」

京太郎「それでも、なんとか繋げてみせるよ」

今年度のインターカレッジが閉幕し、お盆休みを挟んだある平日の昼下がり。
まだ夏休みの最中であるが、一度私物を引き上げたいというモモの手伝いをしに私たちは大学まで足を運んでいた。
―――もっとも、手伝いが必要なほどの片付けがあるわけもない。ただ単純に集まる口実が欲しかっただけだ。
305 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:43:21.38 ID:TrFu1u/e0
キョータロー、モモ、そして私。三人で作り上げた青春は一つの終焉を迎えようとしていた。
それはモモが就活準備のために部活を引退するためだけではなく、むしろ私にとっては『もう一つの理由』の方が余程重要だった。

モモ「さてと。こんなもんっすかね」

京太郎「あーあ、せっかくの一張羅なのに汚れちまったぜ」

モモ「どうしてそんな......あぁ、デートっすか」

京太郎「ご名答。実は付き合い始めてからアイツと出掛けるの初めてでさ」

モモ「リンシャンさんも物好きっすねぇ。こんなチャラ男のどこが良いんだか」ヤレヤレ

京太郎「俺ってそんなにチャラいか?」

モモ「金髪だし、実際軽薄な性格してるじゃないっすか」

京太郎「失礼な奴だなぁ」

モモ「半分冗談っすよ」

京太郎「半分は冗談じゃねーのかよ......」
306 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:43:53.63 ID:TrFu1u/e0
モモ「それで、どこに行くつもりっすか?」

京太郎「具体的には決めてないんだ。都心の方に行くつもりではあるんだけど」

モモ「はぁ!?よく大事な初デートにそんな準備で臨めるっすね」

京太郎「ま、マズかったか!?」

モモ「確かに京さんは大学生かもしれないけど、相手はれっきとした社会人っすよ?」

モモ「夕食だってその辺のファミレスってわけにもいかないに決まってるじゃないっすか!」

京太郎「しかし俺と咲の仲だしなぁ......あんまり堅苦しいのも」

京太郎「それに、初めてなんだからそんなこと言われても困るぜ」

モモ「情けないっすねぇ」

京太郎「なら教えてくれよ。モモは普段どうしてるんだ?」

モモ「えーっと......あー、ウチはいつも先輩がセットしてくれるから......」

京太郎「よくもまあ偉そうに言えたもんだな、おい」
307 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:44:26.49 ID:TrFu1u/e0
京太郎「......っと、もうこんな時間か」

モモ「待ち合わせは?」

京太郎「四時に新宿駅で」

モモ「なら早く行ってくるっすよ!」ゲシッ

京太郎「うげっ」

モモ「遅刻したら市中引き回しの上打首獄門っす」

京太郎「なんでお前が......まぁいいけど」

京太郎「じゃ、またな」
308 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:45:50.71 ID:TrFu1u/e0
小洒落たジャケットの裾を払うと、そう言ってキョータローは部室を後にした。
宙に舞う埃が窓から差し込む西日によって映し出され、その隙間を縫ってヒグラシの鳴き声が聞こえてくる。
額に浮かんだ汗をハンカチで拭い取ったモモは辟易した様子で、

モモ「まったく、浮かれちゃって.....男ってホントに単純っす」

淡「......そうだね」

モモ「淡さんらしくないっすね。普段ならもっとおしゃべりなのに」

淡「黙っちゃ悪い?」

モモ「やっぱりあの人のことっすか」

淡「別に。キョータローのことそんな目で見たことないし」

淡「友達としては楽しいけど、付き合うなんてこっちから願い下げ」

モモ「そこまでは言ってないっすよ」

淡「......」

モモ「......」

淡「......」
309 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:46:18.17 ID:TrFu1u/e0
モモ「......あぁもう、しょうがないっすね!」

淡「な、なに?」ビクッ

モモ「失恋くらいでそんなにショゲてどうするんすか」

モモ「男や女の十人や百人くらい、淡さんならすぐにいい人見つかるに決まってるっすよ」

淡「だからそんなんじゃ―――」

モモ「こういう時は気分転換が一番!」

モモ「駅前のゲーセンで豪遊して、その後いつもの居酒屋にでも行けばサッパリ忘れられるっす」ガシッ

淡「ちょ、ちょっと待ってってばー!」

普段のモモはこんなに強引な性格だっただろうか。
ともかく、ズンズン進む彼女に腕を引かれるまま私は歩くほかなかった。

モモ「淡さん、音ゲーとか好きっすか?」

淡「うーん......あんまりやったことないかな」

モモ「やってみたら絶対ハマるっすよ!最近のオススメは―――」
310 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:46:51.02 ID:TrFu1u/e0
【夜】


――― 居酒屋


モモ「生中追加で!それからたこわさ一つ」

淡「モモ、そんなに飲んで大丈夫?」

店主「ガハハハ!相変わらず桃子ちゃんはうわばみだなぁ!」

モモ「無駄口叩いてないで早く持ってくるっすよ」

店主「冷てぇや」

淡「あ、ピーチソーダもお願いしまーす」

店主「はいよ」

旨くもなければ綺麗でもなく、安いくらいが取り柄であるいつもの居酒屋のカウンター席。
駅から離れ、路地からも入り組んだところに店を構えているので客は少ない。こういう穴場感を私は結構気に入っているのだ。
テーブル席に座っていた数人連れの客も少し前に出ていき、今では私たちの話し声と喧しいラジオの音が店内に流れていた。
311 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:48:09.78 ID:TrFu1u/e0
店主「生中とピーチソーダ、それとたこわさお待ち」ゴトン

モモ「どうもっす」

店主「そういや一人足りなくねえか?須賀くんはどうしたのよ」

淡「キョータローなら......」


『―――最後に麻雀、M1リーグの対局結果をお伝えします』

『午前中に行われた第二十八節A試合、立川・富山・松山・恵比寿戦を制したのは立川ブルーセーラーズです』

『前半に宮永が+22.7の大トップ。後半でフロティーラの戒能が盛り返しますが、神原がリードを守りきりました』

『B試合はつくばが延岡・美作・仙台を下し―――』


店主「おっ、やるなぁ宮永」

淡「おっちゃん、セーラーズファンなの?」

店主「地元だしな」
312 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:49:10.09 ID:TrFu1u/e0
モモ「京さんなら今頃、その宮永プロとデート中っすよ」

店主「宮永だって!?そりゃなんでまた」

モモ「中学からの同級生で、この度無事お付き合いすることになったらしいっす」

店主「ははあ......しかし”あの”須賀くんがなァ」チラッ

おっちゃんの目線がこちらへ向く。

淡「なによ」

店主「俺はてっきり淡ちゃんとデキてるもんだとばかり」

淡「そ、そんなわけないじゃん!」

店主「付き合ってるってのも嘘なんじゃねえの?」

店主「実は淡ちゃんの気ィ引こうとしてハッタリ掛けてるとか」

モモ「それにしては悪手な気もするっすけど......」

店主「ま、しばらく待ってみるのも良いんじゃないか」ケラケラ

淡「......今更そんなこと言ったって知らないっての」ボソッ

それ以降私があまり喋らなくなったのを見ると、モモはおっちゃん相手に雑談を始めた。
モモと違ってアルコールに強いわけでもない。どういう内容だったかはいまいち記憶にないが、キョータローと関係ない話だったのは確かだ。
313 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:50:04.74 ID:TrFu1u/e0
――― 路上


モモ「じゃあ私はここで」

淡「またね〜」

居酒屋からすぐ近くのバス停でモモと別れる。
彼女と加治木先輩の住まいはそう遠くないので路線バス一本で帰ることが出来るが、都心方面の私はそうもいかない。
まず駅に向かい、数回の乗り換えを挟まなければ我が家に辿り着けないのだ。
あと二時間もしないうちに日付が変わるが、街は未だに人で溢れかえっていた。


歩きながら一日の出来事を振り返る。久々に入ったゲームセンターではモモに振りまわれ続けた。
音楽ゲームの才能は全然なかったがUFOキャッチャーの才能はあったようで、お陰で私の右手にはぬいぐるみで一杯の紙袋がぶら下がっている。
居酒屋は相変わらずだったな。お酒は美味しくないし、悪酔いして頭がガンガン痛くなる。
店主のおっちゃんはやけに馴れ馴れしい上に下品だけど、案外ああいうのは嫌いじゃない。
ただムカつくのはキョータローの話を振ってきたことだ!
ハッタリだなんて、あんな変なこと言わなくたっていいのに......
314 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:51:00.15 ID:TrFu1u/e0
淡(......私、またキョータローのこと考えてる)


結局、本当に私は彼のことが好きだったんだろうか。
好きな人が他の人と付き合うなんて話を聞いたら、普通は「悲しい」とか「つらい」とかそういう感想を持つものだろう。
でも私はそうじゃない。別に悲しいとは思わないし、涙の一滴も流れそうな様子はないのだ。
今思えば、数ヶ月前の『アレ』も所詮は一時の気の迷いだったのだろう。
実際彼に抱いているのは友情であって、誰かを好きになったことがないからそれを恋情だと勘違いしてしまっただけだ。

だからキョータローがサキと恋人になろうがどうしようが、私の関知することではない。
私とキョータローは友達で、それが変わるわけではないのだから。
......たぶん。きっと。


淡(あーもう!よくわかんなくなってきた!)

淡(キョータローに会ってみたら、ちょっとは整理つくのかな)


だから私の足は駅でなく、彼の住むアパートへと向いていたのだろう。
315 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:51:37.27 ID:TrFu1u/e0
アパートの二階にあるキョータローの部屋の玄関は―――当然その隣にあるサキの部屋と共に、すぐ外の路上から十分はっきり見える。
携帯電話の時計は、時刻が間もなく夜の十時半を回ることを示していた。

淡(キョータロー、そろそろ帰ってるかな......)

淡(でも、会ったら何話せばいいんだろ)

淡「.........人?」

その時だった。
鉄柵で囲まれた螺旋階段を昇っていた二つのシルエットが廊下に出ると、キョータローの部屋の前で止まった。
逆光のせいでそれが誰かまでは分からない。
316 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:52:25.89 ID:TrFu1u/e0
「今日は助かったよ」

「もう!今度からどこに行くかくらいはちゃんと考えといてね!」

「分かっとりますわい」

「ふふっ......でも楽しかった」

「ああ。俺も楽しかったぜ」

「あのさ............」

「お、お前ってそんなキャラだったっけ......?」

「だって寂しいんだもん」

「寂しいったって隣の部屋じゃねーか」

「それでも!ね、いいでしょ?」

「仕方ねぇな......下手でも文句言うなよ」

「うん.........」

「.........」

「............んっ」
317 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:53:04.84 ID:TrFu1u/e0
『影が重なる』という表現がただの比喩でないことを知った。
気がつけば、私の両脚は駅に向かって駆け出していた。
318 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:53:35.21 ID:TrFu1u/e0
京太郎「あれ?」

咲「どうしたの?」

京太郎「いや、そこに誰かが居たような気がしてさ」

咲「......まさか。見間違いだよ」

京太郎「そうかな」
319 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:54:30.90 ID:TrFu1u/e0
――― 淡 自宅


淡「ただいま......」

母「あら、おかえりなさい」

母「晩ご飯は用意してないけど平気?」

淡「モモと飲んできたから大丈夫」

母「また東横さんと?一度ご両親に挨拶したほうがいいのかしら」

淡「子供じゃないんだからそんなことしなくていいってば!」

母「それともう一人の、えーっと......須賀くん、だったっけ」

母「彼は一緒だったの?」

淡「―――ママのバカッ!!!」バタン

母「.........淡?」
320 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:55:23.80 ID:TrFu1u/e0
勢い良く自室のドアを閉める。
天井の照明は最近LEDに替えたばかりだが、部屋はちっとも明るくはならない。スイッチを入れていないのだから当然だ。
右手の紙袋を乱暴に放り投げ、肩に掛けた鞄も同じように―――しようとしたが、少し考え直して丁寧に置く。
上着とストッキングを床に脱ぎ捨て、ベッドに寝転がって布団を頭まで被った。
嫌なことがあった後は昔からこうするのが一番だった。
何もせずともいつの間にか眠りに落ちていて、朝になればどんな悩みも大した事には思えなくなっている。
化粧がそのままだったけど、そんなのは些末事だ。
321 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:56:09.67 ID:TrFu1u/e0
淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」

淡「..........」
322 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:56:39.57 ID:TrFu1u/e0
淡「..........なんでよ」

淡「なんで、いまさら.........」ポロポロ

淡「すきでも......なんでもないのに.........」ポロポロ

淡「どうでもいいのに............」ボロボロ

淡「.........なんでよ.........きょう、たろう.........」ボロボロ
323 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:57:09.49 ID:TrFu1u/e0
朝が来た。
いつも通りに陽が昇り、いつも通りに降りていくと、階下では母親がいつも通り朝食を用意していた。
得体の知れないナニかは、未だ私の心にのしかかったまま離れない。
324 : ◆copBIXhjP6 [sage saga]:2021/04/02(金) 03:57:57.87 ID:TrFu1u/e0
今回はここまで
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/02(金) 06:01:59.48 ID:EFihVdFMO
乙です
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/03(土) 10:17:45.92 ID:/+up7SAL0
乙乙
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